沙那はひびの入った棒を自ら地面を叩いてふたつに折った。
戦闘の途中で折られて不覚をとるよりも最初から短い方がいい。
棒が最初の半分の長さになったとき、
沙那はかわす姿勢も見せずにかわし、一気に踏み込んで間合いを詰めた。
張須陀の大きな身体と沙那の身体が激しくぶつかって離れる。
離れたときには張須陀は、手から棒を離してうずくまっている。
間合いが詰まったときに、折れた棒で利き腕の手首を叩き折ったのだ。
張須陀は憤怒の表情で手首を抱えて沙那を睨んでいた。
周囲のざわめきが聞こえた。
なにが起こったのが観客にはよく見えなかったようだ。
「拾ったら?」
沙那はつま先で張須陀の棒を空中に放りあげると、片手で受けて張須陀に差し出した。
「折れた棒を渡せばわたしに勝てると思ったの、卑怯者……」
張須陀に棒を渡すふりをしながら、その耳元でささやいた。
張須陀の顔が真っ赤になった。
「うおおおっ」
張須陀が折れていない手で棒をひったくると、沙那に滅茶苦茶にふりかかってきた。
沙那は簡単にかわして、足で思い切り張須陀の両脚を払った。
態勢を崩した張須陀が顔面から地面に倒れる。
今度は周りもどっと歓声をあげた。
張須陀が倒れるとき、持っていた棒を放り落としていた。
その棒は沙那が宙で掴んでいる。
「まだ、やるの?」
沙那は張須陀にまた棒を差し出した。
張須陀は今度はしっかりと棒を受け取った。
ゆっくりと立ちあがり姿勢をとり直す。
打ちこもうと思えば簡単に打ちこめたが、沙那は張須陀が構え直すまで待ってやった。
張須陀が構える。
沙那は折れている棒を捨てた。空身で張須陀の攻撃を受ける姿勢をとる。
大きな奇声とともに張須陀の打ち込みがやって来たが、利き腕を折っている張須陀の棒は、沙那から見ればまるでとまっているかのようだった。
棒を避けて張須陀の身体を掴む。
そして、向かってきた勢いを利用して、くるりと回転させる。
今度は背中から地面に叩きつけた。
張須陀はうっと呻いて動かなくなった。
「勝負ありね」
沙那は静かに言った。
わっと拍手が周りから起こった。
「見事だ、沙那殿──。さあ、賞金を……」
高将軍が興奮した表情で声をあげた。
沙那はにっこりと笑ってそちらに歩み寄ろうとした。
「お、お前ら全員でかかれ。この女の手足を叩き折れ──」
背後から張須陀の大声が聞こえた。振り返ると起きあがった張須陀が連れて来た取り巻きたちに、沙那を全員で襲うようにけしかけている。
明らかな無法に、見物のほかの武芸家たちが張須陀に対する抗議の声を一斉にあげる。
だが、張須陀もその取り巻きたちも完全にそれは無視している。
張須陀の取り巻きたちが棒を手にして沙那を囲み始めた。その数は十人ほどだ。
「誰か棒を──」
沙那は叫んだ。
見物人から一本の棒が投げ入れられる。
沙那はそれを掴むと、迫っている十人に踏み込んだ。
正面の三人に続けざまに手首に棒を打ち込み、その手から棒を叩き落とす。
たちまちにうずくまった三人を無視して振り返り、背後から襲いかかってきたひとりの身体を棒の先で突きあげた。
ものの見事にその男の身体は頭よりも高くあがり、ほかの仲間に方向に投げ捨てられる。
態勢が崩れた取り巻きたちに、沙那は次々に踏み込んでは棒で叩きのめした。
全員が沙那に打ち倒されるのに、それほどの時間はかからなかった。
気がつくと、もう沙那に打ちかかる者はいなくなり、張須陀も含めてその取り巻きの全員が沙那ひとりに倒されたという状況ができあがっていた。
今度こそわっと大歓声が起きた。
沙那は武芸を称えようと寄ってきたたくさんのほかの武芸家たちに揉みくちゃにされた。
取り囲む彼らの賞賛の言葉を聞きながら、沙那は視線の端で張須陀と取り巻きたちがこそこそと逃げ帰っていくのを捉えていた。
「いやあ、久しぶりに興奮した。素晴らしいものをみせてもらった。是非とも軍に紹介させて欲しい。沙那殿ならば、一兵卒としてではなく、すぐに十人隊長、いや、百人隊長として抜擢されると思う」
興奮で顔を高揚させた高将軍が近づいてきた。
沙那を囲む輪が割れる。
高将軍は沙那の手を取り、酒宴の席に引っ張っていった。
ほかの男たちも一斉に沙那を囲み、我先にと沙那の周りの席に群がった。
席に着くと、高将軍は、賞金の金十枚の包みを家人から受け取って沙那の前に押しやるとともに、沙那にしきりにさっきの見事な戦いぶりを説明してくれとねだってきた。
「それにしても、わしも人間があんなに見事に舞いあがるのは初めて見た。それに、失礼じゃが、そなたの細い腕のどこに、大の男を棒で突きあげるような力が出てくるのかわからず、まるで道術を見ているようじゃったわい──」
高将軍が笑って言った。
「あれは力は必要ないのです。相手の力と勢いを利用しているだけで……」
沙那の説明に、周りからも感嘆の声があがった……。
*
「へえ、そんなことがあったんですか」
朱姫が相槌を打った。
「それが縁で軍に入ったのよ。そして、一年で千人隊長にまで出世したというわけよ。ところで、その話はまだ終わりじゃないわ。続きがあるのよ」
沙那と孫空女と朱姫の三人で食事をしながら、沙那の昔の武勇伝をしていたところだった。
だが、いつの間にか、三人が食べていた大皿の料理はなくなっていた。
それで、部屋に戻って続きを語ろうということになった。
階段をあがって借りている部屋に向かう。
最奥の部屋のふたつが、沙那たち四人が借りているふたつの部屋だ。
奥側には、いま宝玄仙とその宝玄仙が意気投合したという旅の男がいるはずだ。
宝玄仙のいる部屋には、宝玄仙の結界が内側にかかっているので物音は聞こえない。性愛の好きな宝玄仙のことだから、いま頃は、その張須陀という旅の武芸者と狂態を演じているに違いない。
沙那がひとつ手前の自分たちの部屋に入ろうとしたとき、さらに手前の別の部屋から男たちの酔ったような声が聞こえた。
「その部屋は、もともとの張須陀さんの部屋ですよ、沙那姉さん」
朱姫が言った。
「あらっ、こっちの張須陀というご主人様のお気に入りの方には、連れがいたのね」
「三人連れだったよ。さっきも言ったけど、あたしはいけ好かない男たちだったね」
孫空女が言った。
部屋に入った。
真っ暗な部屋に朱姫が道術で明かりを灯した。
「……それで、さっきの話の続きがあるようなことをさっき言っていたけど?」
寝支度を済ませて、それぞれに寝台に潜り込むと孫空女が促した。
「事件があったのは、その酒宴から帰り道のことよ」
沙那は物語の続きを語りだした……。
*
自宅に戻る途中で建物の陰から突然に矢が射かけられてきた。
月明かりはない。
沙那の身体は無意識に動いた。
飛翔する矢を転がって避けていた。
二本の矢が沙那の転がった地面に突き刺さる。
しかし、反対側からも矢が来る。
それは完全には避けきれずに沙那の肩を掠った。
また、矢が来る。
それは逸れた。
沙那は倒れたまま這い進み、取り落とした灯を慌てて消した。
襲撃者は沙那の持っている灯を目がけて射ているのだと悟ったからだ。
灯を消すことに成功すると、周囲は真っ暗闇に包まれた。
矢の襲撃もとまった。
沙那は用心深く、地面を這った姿勢で周囲の気配を探った。
少なくとも四人の人間の闘気を周りから感じる。
眼を凝らすがどこにいるのかわからない。
建物の陰にでもいるのだろう。
沙那を探っている気配もある。
「なに?」
不意にさっき矢が掠った肩の部分が熱くなった。
それとともに、筋肉が弛緩するような感じが全身にやってきた。
痺れ薬──?
咄嗟に思った。
さっきの矢にはおそらく、なにかの毒が塗られていたに違いない。
慌てて、そばの立木に這い寄る。
懐から小刀を出して、矢が掠った傷口の部分に刃を刺して裂いた。
血がどっと出るのがわかった。
痛みが走るが、全身に回りかけていた痺れのようなものは軽くなる。
沙那は、しばらく傷口から血が流れるに任せた。
やがて、周囲から誰かが近づく足音がしはじめた。
片手と口を使用して、沙那はとっさに布で傷口を縛る。
そして、傍に刺さっている矢を抜いて、その矢に沙那の肩から流れる血を擦りつけた。
その矢を故意に折ってそばに捨てる。
そのまま樹木に背もたれるようにして待っていると、四人の男たちが樹木の根元で座り込んでいる沙那の周りを囲んだ。
四人の全員が剣を抜いている。
その四本の剣が沙那に突きつけられた。
「さっきはよくもやってくれたな」
四人の中のとりわけ巨漢の影が沙那を見下ろしながら言った。
「張須陀殿……」
さっき高将軍の屋敷の庭で叩きのめした張須陀だ。
よく見るとほかの三人もさっき沙那が倒した取り巻きに含まれていた顔だ。
どこまで卑怯な連中なのだろう。
試合に負けた腹癒せに沙那を闇討ちにしたらしい。
「肩に当たったか……。さっきの矢に痺れ薬が塗っていたからな。それだけ深く抉られれば、もう動けんだろう」
張須陀は沙那の様子とそばに落ちている血だらけの矢を見て言った。沙那が自分で傷をつけたとは思っていないようだ。
「わ、わたしをどうするつもりよ……?」
沙那は静かに言った。
四本の剣先は沙那のすぐ眼の前に突きつけられている。
「心配するな。殺しはせん──。すぐにはな……」
張須陀が声をあげて笑った。ほかの三人からも同調した哄笑が起きた。
「だが、しっかりとさっきの償いはしてもらうぞ、沙那──。まずは、俺が味見をする。前の穴と後ろの穴を一度ずつな。つぎにお前がさっき倒した俺の門弟が順番にお前を犯す。その後はまあ、厠だな──」
張須陀がまだ笑いながら言った。
「厠?」
「おう、厠だ。俺の屋敷の奥に檻を作るので、そこで飼ってやる。それで門弟全員の性処理用の厠として飼ってやる。お前の身体が使いものにならなくなったら殺してやろう。まあ、そんなに先のことじゃないと思うがな──。俺にあんな恥辱を与えたことを後悔するがいい……」
最後まで言わせなかった。
男たちが沙那の凌辱に想像を逞しくして、話に夢中になっている隙を認めると、沙那は身体を回して四人の足を払った。
「うわっ」
「おっ」
男たちがその場に崩れ落ちる。
沙那は立ちあがった。
頭から血がすっとなくなる感じがして、一瞬だけ眼がくらんだ。
だが、一瞬だけだ。
すぐに血を出したお陰で毒は完全に回ってはいない。
しかし、身体の弛緩はかなり残っている。
長い戦いはできない。
すぐにひとりの男が落とした剣を拾った。
同時に眼の前にあったひとりの男の顔を思い切り蹴り飛ばした。
「ぶごうっ──」
豚の鳴き声のような声がした。
つま先に人間の鼻が折れる感触がしっかりと伝わった。
蹴り飛ばした後で、いま蹴ったのが張須陀だとわかった。
張須陀は起きあがれずに、そのまま顔を抱えてうずくまった。
「やるの? ひとり残らず、斬り殺すわよ──」
沙那は剣を構えて大声をあげた。
ほかの男たちが怯むのがはっきりとわかった。
だが、出血のためかかなり身体がふらつく。
おまけに動いたことで、入ってしまった毒が一気に全身を駆け回った。
弛緩を感じて手足の先が痺れてくる。
これは拙い……。
沙那の背に冷たい汗が流れる。
無理だ……。
こうやって剣を構えるので必死だ。
その重さだけで身体が崩れそうだ。
剣を握る自分の手が小刻みに震えるのがわかった。
だが、そのとき、真っ暗だった周囲の建物に灯がつきだした。
襲われている場所は平民の民家の集まっているところだ。
外の騒ぎに、寝ていた者が起き始めたのだろう。
「や、やばいですよ、師範」
周囲の建物からこっちの様子を伺う気配が増えていく。するとひとりの門弟が焦った声をあげた。
「お、覚えていろ、沙那……。ひ、引き揚げだ──」
張須陀が顔を押さえながら言った。
手の隙間から張須陀の激しい鼻血と奇妙な方向に曲がっている鼻が見えた。
四人が駆け去っていく。
沙那はしばらく剣を構えたままでいたが、その四人が完全に闇に消えると、剣を落としてその場に尻餅をついた。
これ以上は立っていられない……。
出血と矢毒の痺れ──。
その両方の本格的な影響が身体に襲いかかってきていた。
「どうした?」
「大丈夫か──?」
ばらばらと建物から人が出てきて、沙那に向かって集まってきた。
「お、お願いです。助けてください──。襲われたんです」
沙那はそれだけを叫ぶと、ふっと気力が尽きて、その場に倒れ込んでしまった。
*
「……それで、その張須陀はどうしたのさ?」
寝床に横になっている孫空女の声がした。
「わたしの訴えで翌日には兵に捕らえられたわ。目撃者もいるし、連中の残していった剣には、しっかりと張須陀の門弟の者である印も刻まれていたのよ。連中は、失敗しても証拠を残さないようにしようという知恵もなかったのね。裁きで張須陀は、棒打ちの後、城郭から追放となったわ。それから彼がどうなったかは知らないわね」
沙那は言った。
この事件の約一年半くらい後に、宝玄仙が城郭にやってくるという出来事があった。
そして、その宝玄仙の陰謀により、沙那もまた城郭追放になった。
それからは宝玄仙の供として、あるいは、性奴隷としての旅だ。
やがて、旅に孫空女が加わり、朱姫が加わった。
いろいろとあったが旅に出ることができてよかったと思う。
城郭にいた頃の自分は、本当に世間のことを知らない独りよがりだった。
自分の武芸や知識に自惚れて、ほかの者を見下しているところがあったように思う。
この張須陀のときだって、あんなに完全に叩きのめすような試合をしなければ、闇討ちまでするくらいに張須陀を逆上させることもなかったろう。
そもそも、馬鹿にされたくらいで、あんなに激昂する必要もなかった。
受けた侮蔑を晴らそうなどと思わず、平然としていればよかった。
高将軍の集まりなど、女は来るなと言われれば、素直に出ていけばよかったのだ。
別にどうしても参加したい集まりなどではなかった。
沙那がくだらない意地を張って、武芸を見せびらかすようなことをしたために、一歩間違えばとんでもないことになる危機に沙那は陥ったし、張須陀も城郭を追放されるということになった。
「ねえ、本当にこのまま寝るんですか──。ちょっとくらい、三人で遊んでから休んでもいいんじゃないですか……?」
朱姫の声がした。
「うるさい、朱姫──。黙って寝なさい。本当に首を絞めるわよ」
沙那はかっとして怒鳴った。
朱姫は宝玄仙がいないことをいいことに、自分が沙那や孫空女を責めて愉しみたいのだ。
宝玄仙に責められるのであれば、恥辱にも耐えるが、なんで朱姫にまで嗜虐されなければならないのか……。
「おう、怖い──。じゃあ、いいですよ、沙那姉さん……。朱姫は自分で慰めて寝ます」
朱姫はそう言うと、がそごそと寝床で動き出した。
沙那の寝台は窓側の奥で、朱姫の寝台は沙那の寝台の列の扉側にある。
足元側から、掛け布の中で朱姫がもぞもぞと股間に手をやったのがわかった。
すぐに手が動き始める気配もする。
朱姫の細かい息が聞こえ出す。
「や、やめてよ、朱姫──。大人しく寝なさいよ」
沙那は声をあげた。
「は、はあっ……そ、そんなこと……はあっ、はあっ……沙那姉さんに……い、言われたく……ないですよ……朱姫の……はあっ、はあっ……勝手じゃ……はあっ……ないですか……」
朱姫が小刻みで荒い息をしながら言った。
「じゃ、じゃあ、勝手になさい──」
沙那は鼻を鳴らして朱姫に背を向けた。
「はあっ……はあっ……はあっ……はあっ……はあっ……はあっ……はあっ……はあっ……はあっ……はあっ……はあっ……はあっ……」
朱姫の耳障りな呼吸音が部屋に響く。
気にすまいと思うのだが、無視しようとすると却って気になってしまう。
朱姫の呼吸音が沙那の耳を刺激する。怒鳴りつけようと思ったが、さすがに自重した。
朱姫の自慰は続く。
「はあっ……はあっ……はあっ……はあっ……はあっ……」
真ん中の通路を挟んだ沙那の反対側には孫空女が寝ている。
孫空女の緊張も感じる。黙ってはいるが、孫空女も朱姫がやっている自慰の声が気になるのだ。
しきりに孫空女も寝床で寝返りを打っている。
「はあっ……はあっ……はあっ……はあっ……はあっ……」
いつまで続けるのか朱姫の呼吸音はかなり長く続いている。
やがて、自分の息も朱姫の呼吸と同じくらいに荒くなってくることに気がついた。
「さ、沙那──。これっ、ただの息じゃないよ──」
不意に孫空女が寝床で叫んだ。
「あら、気がついちゃいました、孫姉さん? でも、もう、遅いですよ。もう、おふたりとも、朱姫の『縛心術』にかかっています──。だって、身体がもう動きませんよね」
朱姫が笑いながら起きあがった。
「なっ」
驚いて起きあがろうとした。
しかし、全身が鉛にもなったかのように動かない。
はっとした。
本当に『縛心術』にかかっている。
それで、すぐに朱姫のからくりがわかった。
自慰による息の音というのは見せかけだ。
あの単純な繰り返しの呼吸音に、ついつい沙那も意識を集中させてしまった。あまつさえ、無意識ではあるが、それに自分の呼吸を合わせるというようなことをしてしまった。
それによって、沙那は朱姫の『縛心術』を受け入れるという失態をしてしまったのだ。
「しゅ、朱姫、や、やめるのよ──。術を解くのよ。後で酷いわよ」
沙那は怒鳴った。
しかし、身体はぴくりとも動かない。
部屋が明るくなった。
朱姫が道術で灯を明るくしたのだ。
朱姫は寝台から降りて、椅子を運んできて沙那と孫空女が寝ている通路にその椅子を置いて座った。
朱姫が手を伸ばして沙那と孫空女の身体の上から掛け布を取る。
「しゅ、朱姫、お前ねえ……」
孫空女の半分諦めたような抗議の声もした。孫空女も沙那と同じように仰向けの姿勢で動けなくなっている。
「いいじゃないですか、おふたりとも……。なにもしないで寝るなんて身体に毒ですよ──。じゃあ、自慰をしてください。それで許してあげます──。自慰をしようとするときだけ身体が動きますよ。それ以外の行動では身体は動きません」
朱姫が嬉しそうに言った。
「ふ、ふざけるんじゃないわよ」
沙那は声をあげた。
「そ、そうだよ、朱姫──。いい加減にしなよ」
孫空女も言った。
「あれっ、自慰をしないんですか……。だって、身体がもの凄く疼くでしょう。身体が火照って堪らないはずですよ」
朱姫の声が終わると同時に、かっと全身が熱くなった。
「あ、ああっ……」
沙那は身悶えした。
気がつくと手が股間に伸びようとしていた。
意識を集中すると宙に浮いていた腕がばたりと寝台に落ちた。
「へえ、頑張りますねえ、沙那姉さん……。でも、孫姉さんは始めましたよ。我慢するとどんどん疼きが大きくなって大変ですよ」
朱姫がくすくすと笑った。
途端にかっと熱いものがやってきた。
「あ、ああっ……しゅ、朱姫……や、やめるのよ……い、いい加減に……」
苦しい……。
全身を激しい官能の疼きが暴れ回っている。
股間が熱い──。
沙那の意識を無視して、身体が朱姫の言葉のままに反応している。
しばらく耐えた。
だが、確かに全身の疼きは痛みにも感じるほどだ。
隣の寝台の孫空女の自慰の悶えと嬌声が沙那を更に追い詰める。
「あはあっ──」
朱姫の向こう側にいる孫空女が激しい嬌声をあげた。達したのだ。
「ほら、孫姉さんは素直ですよ……。もう、一回目が終わって二回目を始めているところです。沙那姉さんも意地を張らないで自慰をすればいいじゃないですか」
朱姫が言った。
「に、二回目──?」
孫空女が悲鳴のような声をあげた。
「あ、あんたも……しなさい……」
沙那がやっとのこと言った。全身を苛む疼きはもう耐えられるようなものではない。大きな官能の波が暴れ回っている。
「あ、あたしですか?」
沙那の言葉に朱姫が顔を真っ赤にした。
「そこでしなさい……。あんたもすれば、後でもう怒らないわ」
もう諦めた……。
朱姫の『縛心術』にかかって、それに抵抗できるわけがない。
その諦めの気持ちが、朱姫に対するさっきの言葉になった。
自分でも驚いたが、三人で自慰をし合うというのも悪くない。
心の底の淫らな黒の感情が沙那を支配していく。
そんな気がした。
「わ、わかりましたよ……。あ、あたしも本当にやります。だ、だから、沙那姉さんもしてくださいよ」
「わかったわ」
頷くと耐えていた感情を解放した。
ごく自然に沙那の手は股間に動いた。
下着の中に手を入れて割れ目に指を這わせ始める。
もうびしょびしょだ。
たちまちに大きな愉悦が襲ってきた。
「あ、ああっ……」
椅子に座る朱姫の声が聞こえてきた。
その向こう側では孫空女の悶え声がしている。
快感に酔う三人の声が部屋に響き合う。
「あはあああぁぁ──」
やがてやってきた快感の波に沙那はがくがくと身体を震わせた……。
*
翌朝──。
すっかりと身支度を終えて食堂で待っていた。
宝玄仙を部屋に声をかけたら、三人で食堂で待っているように、扉越しに命令されたのだ。
待っていると上機嫌の宝玄仙と大柄の男が二階から降りてきた。
沙那はその男の顔を見て驚愕した。
紛れもなくその男は、故郷の愛陽で悶着を起こしたあの張須陀だったのだ……。
「今日の出発は延期だよ。もう、一日、ここですごすからね……。ところで、紹介するよ、沙那──。お前は、まだ遭っていなかったはずだね。こいつは、張須陀という旅の男だよ。なかなかの精力絶倫でわたしも昨夜は愉しませてもらったよ……。それで、今日はお礼にお前たちの身体も提供してやろうということになってね……」
宝玄仙がにこにこしながら言った。
沙那はほかの三人とともに、呆気にとられて口を開けたままでいた。
宝玄仙の気紛れはいつものことだが、今日は極めつけだ。
供の三人の身体を旅で出遭った男に、娼婦のように提供させるなど……。
沙那は、宝玄仙の隣で得意気に微笑んでいる張須陀の顔を見た。
視線が合ったとき、その張須陀の表情が不敵に笑った。
その鼻は四年前に沙那が蹴り飛ばしたときの傷でしっかりと曲がっていた……。