37 蘇る悪夢
夢を見ている。
これが夢だというのは、すぐにわかった。
宝玄仙は、素っ裸で右手首と右足首、左手首と左足首をそれぞれまとめて縛られている体勢で、汗びっしょりになりながら、部屋の端に転がっていった小さな鶏の卵ほどの球体を追っていた。
それを投げたのは
どうやら、また、あの三人組にいたぶられているときの悪夢のようだ。
数日間、ずっと繰り返し見ている「記憶」である。
この夢の中で、宝玄仙は、帝都で闘勝仙の「性奴」にされていたときのことを思い出し、それを追体験させられるのだ。
お蘭と別れてすぐに始まった悪夢であり、宝玄仙は、寝るたびに、様々な恥獄を繰り返していた。
「ほら、すぐに時間切れになるぞ、宝玄仙。今度の玉は、“吐気”だ。少しのあいだ、猛烈な吐気に襲われる。だが、実際には嘔吐物は口からは出んから心配するな。部屋を汚されてはかなわんからな。ただ苦しいだけだ」
椅子に腰かけている闘勝仙が大笑いした。
その横に座っている腰ぎんちゃくの
「くっ」
宝玄仙は歯噛みしながら、必死で転がっていく球体を追った。しかし、左右で手首と足首をそれぞれに縛られているので、屈んでいる窮屈な体勢でしか歩けない。だが、急いで球体を追わなければならないのだ。
すでに、球体は最初の白色から緑色に変化している。
白い球体はだんだんと青みがかかり、次いで、短い時間で緑から黄色、黄色から赤色に変化していく。
完全に赤くなれば、それで終わりだ。
球体が弾けて消滅し、三人がそれぞれに込めた「念」が宝玄仙の肉体に迸るという仕掛けである。それを受けないためには、球体が完全に赤くなる前に、持ち帰って三人の足元にある皿に戻すのだ。
それで、苦しみを受けないで済む。
そんなことを半刻ほど、ずっと繰り返し繰り返し、やらされているのだ。
もうくたくただ。
追いついた。
球体は黄色……。
もう時間がない。
宝玄仙は必死になって、球体をなんとか手で掴むと、それを自分の股間に押し込んだ。縛られているが、そのくらいの余裕は作ってもらっている。
球体を運ぶのは、宝玄仙の性器でなければならない──。
それ以外の手段で運搬すると、すぐに球体が弾けるように、この連中が道術をかけたのだ。
「ううっ」
女陰に球体をねじ込むと、今度は淫らな振動を球体がしはじめる。宝玄仙は思わず身体を悶えさせてしまった。
こういういたぶりだけは、細かくねちねちとしつこくやってくる。
嫌な奴だ……。
この三人の嗜虐を受けるようになって、もう二年が経とうとしている。
宝玄仙は、この悪夢の中でそれを思い出していた。
それはちょっとしたきっかけだった。
天教の最高位である八仙は、天教における最高意思であり、本来はその地位に優劣はない。ただ、事実上の第一の地位はあった。それが「帝仙」である。
本来は、八人の合議のための話し合いが行われるときに、最初に発言をする役割の意味であったのだが、次第に八仙の中の最高位と認識されるようになった。
老衰で死んだ先代の帝仙がいなくなると、空席となった八仙のひとつに宝玄仙が推挙されるとともに、新しい帝仙に、当然のように闘勝仙がついた。
闘勝仙は、先代の帝仙がいた時代から、史上最高の八仙と称されており、闘勝仙がその地位に就くのは、もはや当たり前のことになっていたのである。
しかし、この闘勝仙は、高い法術とは裏腹に、その性格は最悪だった。
他人が自分に媚びへつらうのは当然とし、ちょっとでも刃向かう者には容赦なく徹底的に潰した。
それが闘勝仙という男だった。
それに対して、宝玄仙は生意気だった。
もともと、自分の道術に自信があったというのもあるが、そもそも、他人に風下に立つのをよしとしなかった。
だから、闘勝仙に対して不遜な態度は崩さなかったし、ましてや、ひと晩、寵をせよという失礼な物言いは完全に無視した。
それで罠をかけられた。
八仙として、この天教で最高の道術の実力を誇る宝玄仙たちだが、実はそれぞれに得手不得手もある。
例えば、宝玄仙の得意なのは、霊具作りだ。
霊具というのはあらかじめ霊気を込めて道術を発揮する工夫をした道具のことだが、霊具作りであれば、宝玄仙は誰にも負けなかった。それは闘勝仙が相手でも同じである。
それに対して、闘勝仙の得意は、「呪い」だった。
他人に対して、逆らうことのできない誓いを強要するのだ。それについては、かなりの大家だ。また、闘勝仙の取り巻きのひとりの漢離仙は、道薬作りの第一人者だった。
このふたりと、呂洞仙に仕掛けられた。
宝玄仙は、定期的に、三人の精と小便を飲まなければ、半日ものあいだ、いき狂いの発作が起きる毒薬を飲まされてしまい、それで三人に逆らえなくされてしまったのだ。
三人に逆らったり、三人のいる前で道術が遣えなくなる「呪い」も受け入れされた。
そして、宝玄仙の地獄が始まった。
すべてを奪われ、自殺も、誰かに救いを求めることも封じられ、ただただ、三人に蔑まれる日々が始まったのだ。
そして、二年……。
この悪夢は、その屈辱の帝都時代の最後の時期のことのようである。
「ううっ、うっ、うっ」
宝玄仙は激しく振動する球体を股間で運びながら、やっとのこと闘勝仙の足元に戻ってきた。
皿を跨ぐ。
「こ、こけこっこう──」
大きな声で叫びながら、股間から皿の上に球体を排出する。
この馬鹿馬鹿しい叫びまでが、一連の行為なのだ。それをやらなければ、球体に込められた「悪意」が発動する。
涙が出るほどの屈辱だがやるしかない。
外に出た球体は、もう桃色がかっていた。
皿に戻った球体は、元の真っ白な色に戻る。
とりあえず、ほっとする。
「休む暇はないぞ、宝玄仙。俺は“便意”だ」
「こっちは“股間への電撃”だ」
漢離仙と呂洞仙が同時に、しかも、別々の方向に球体を投げた。
「あっ、そんな、二個も──」
宝玄仙は一瞬、絶句した。
球体を拾って戻るために与えられている時間は少ない。二個も同時など、ほとんど不可能に近い。
迷ったが、「便意」を優先的に追いかけることにした。
以前にもやらされているので、出すことができないのに、便意だけで襲いかかってくるのはかなりつらい。それに比べれば、「痛み」の方がましだと思ったのだ。
「宝玄仙、二個入れろ。そうすれば、二個目を入れたときに、両方とも色が変わる制限時間が倍になる」
そのとき、闘勝仙がすかさず言った。
倍に……。
だったら間に合うかも……。
宝玄仙は、片方だけを拾って、もう片側の苦痛を受け入れようという打算をやめ、両方を追いかけることにした。
幸いにも、「便意」の球体は、それ程に転がらずに、すぐ近くにあった。
これなら……。
「あっ」
だが、近くまでやって来たときに、思わず声をあげた。
遠くまで転がらなかったのは、球体の表面にべっとりと掻痒性の油剤が塗ってあったからだ。
これを塗ると、猛烈な痒みが襲いかかってくるのは、何度も嗜虐されたので、十分に知っている。
なんという嫌がらせ。
宝玄仙は歯噛みした。
「なにを呆けておる。さっさとせんと、時間切れになるぞ」
漢離仙が一瞬凍りついたようになった宝玄仙に対して、皮肉たっぷりの声をかけてくる。
宝玄仙はぐっと唇を噛みしめて、油剤の塗られた球体を股間に入れた。
「う、ううっ」
すぐに振動が始める。
一転して、きびすを返して、もうひとつの球体に向かう。
間に合うか……。
そのときだった。
なにかが足に当たったのだ。
「あっ」
宝玄仙は声をあげて、頭側からひっくり返ってしまった。
わざと足をかけられたとわかったのは、仰向けにひっくり返ってしまってからだ。
急いで起きあがろうとするが、この体勢からでは縛られたままでは、なかなか起きることができない。
やっと起きたときには、まだ股間に入れていない球体が完全に赤色に変ったときだった。
「ひぎいいいっ、んがあああっ──、うわああ──」
それらは同時に襲ってきた。
股間に加わった怖ろしいほどの電撃の痛みとお尻を襲う便意だ。
宝玄仙はのたうち回った。
その醜態に、三人が大笑いする。
限界を超えるほどの苦痛の末に、やっと「便意」と「電撃」が終わる。
宝玄仙は息も絶え絶えになりながら、這うように球体のところに行き、拾うことができなかった球体を膣に入れる。
失敗しても拾わなければ、今度は十倍の時間、その苦痛が流されるのだ。
「ううっ、ううう」
強い振動が始まる。
二個の球体が暴れまわって、宝玄仙に途方もない快感を与え出す。
宝玄仙は懸命に、三人のところに戻る。
「こけこっこう──」
一個……。
「こけっこっこう」
もう一個──。
なにも考えられない。
宝玄仙はがっくりと脱力した。
「そら、行け」
しかし、闘勝仙がまた球体を放った。
行くしかない。
今度の苦痛がどんなものかわからないが、それがえげつないものであることだけは確かだ。
「……ところで、闘勝仙様、例の噂は本当でしたよ……。道術師の体内にあるすべての霊気を完全に消失させてしまう首輪があるというのです」
そのとき、呂洞仙の声が聞こえた。
球体を追いかけながら、宝玄仙はびくりと身体が反応するのを感じた。
連中が語っているものが、なんについてのものであるかがわかったのだ。
この三人は、しばらく前から、闇の霊具市に出現したという噂を追って、謎の霊具である「霊気消しの首輪」というものを探していた。
これを装着すれば、宝玄仙の身体の中にあるすべての霊気を消失させることができ、完全に宝玄仙をただの女に成り下がらせることができるというわけなのだ。
実のところ、宝玄仙の道術は三人に封じられてはいるものの、それは、彼らに対して、あるいは、彼らを害する目的のために遣えなくされているだけで、道術師としての霊気がなくなっているわけではない。
ただ、「凍結」されているだけだ。
彼らは、それを完全に消失させようとしていたが、それは彼らにもできなかった。
三人が宝玄仙の霊気の完全消失を企てている理由は簡単だ。
宝玄仙の霊気を「消失」させれば、それが妨害している、宝玄仙の「護り」が一切なくなるからだ。
宝玄仙の霊気には、特殊な防護があり、それが宝玄仙を妊娠させないようにしているというのがわかったのだ。ほかにもあるのだが、連中の狙いはそこだった。
三人は、なんとか宝玄仙を孕ませたいと考えていて、あの手この手で成し遂げようとやっているのだが、いまのところ、闘勝仙たちでさえ、宝玄仙の潜在的な男の精に対する「防護」だけは消すことができないでいる。
そんなときに、他人の霊気を完全に消失させることができるという霊具が現われたのだ。
闘勝仙たちは、それを色めきだって追っている。
嗜虐の一環として、宝玄仙を孕ませるという目的のためにだけにだ。
「まことか?」
闘勝仙が興味を抱いた口調で応じた。
呂洞仙が、おそらく、入手できると思うと答えている。
「うっ、くっ」
だが、宝玄仙はさっき膣に入れてしまった掻痒剤付きの球体によってもたらされた、新たな苦痛と戦わなければならなかった。
それどころではない。
さっそく、猛烈な痒みが襲いかかってきたのだ。
膣に球体を入れる。
すると、振動によって痒みが癒え、大きな甘美感がやってくる。
宝玄仙は、甘い声をあげてしまった。
「おっ、いい声を出すな。やっと雌の声が出たようじゃ。だが、早くした方がよいぞ。今度の球体には“痒み”を刻んだ。間に合わんと、猛烈な痒みが一刻は消えなくなる」
闘勝仙が笑った。
宝玄仙は自分の顔が引きつるのがわかった。
冗談じゃない……。
「じゃあ、俺も次の球体には、痒みを刻むか。“尻穴の痒み”にするかな」
「俺は“尿道の痒み”にしよう」
漢離仙と呂洞仙だ。
なんてことを……。
いま入っている球体を戻すために、宝玄仙は必死に三人のいる卓の下に歩みながら、腹が煮えるのを我慢した。
しかし、ふたりはもう投げようとしている。
「ま、待っておくれ──。せめて、これを置くまで待って──」
情けないが哀願した。
いま、両方投げられては、ふたつとも間に合わない。
だが、ふたりは笑いながら投げる。
ふたつの球体が床を転がっていく。
宝玄仙は歯噛みした。
とりあえず、いま身体にある一個を戻そうと思った。
「こけっこっこう──」
叫びながら球体を出す。
すぐに二個の球体を追った。
「宝玄仙、もうすぐ、やっと妊娠ができるぞ。妊娠したら、少なくとも胎児として育つまでは、腹の中に留めてやろう。ただし、生まれる前に取り出すがな」
闘勝仙が言った。
「そうなのですか?」
呂洞仙の声だ。どうやら、驚いているようだ。
「そうじゃ。新しい趣向を考えておってな。新しい呪いをかける。宝玄仙はいき狂いになったら、自分の赤ん坊の死骸で作った張形でないと、それが止まらんという呪いだ。それを受け入れさせる。面白い見世物になると思うぞ。生まれなかった赤ん坊で自慰をする宝玄仙じゃ。皇太子殿下も大喜びするじゃろう」
闘勝仙が笑った。
残りのふたりも、それはいいと笑い合った。
そんな三人の会話を宝玄仙は他人のことのように聞いていた。
くっそう……。
あの皇太子……。
この三人組とともに、宝玄仙を玩具として苛めるのを心からの悦びにしているくず男だ。
あんな卑劣漢が、次の皇帝など、この帝国も終わりだ。
心からそう思う。
しかし、それよりも球体だ。
今度は、すぐには終わらず、一刻も続くらしい。
この三人のことだから、その一刻、宝玄仙がのたうち回るのを解放することはないだろう。
宝玄仙はひたすら二個を追いかけた。
それにしても、肛門と尿道の痒みだって……?
冗談じゃない……。
「宝玄仙、一個追加だ。これは“肉芽の痒み”だ。急いで持って戻れ」
闘勝仙が新しい球体を床に投げた。
宝玄仙は絶望的な気持ちになった。
三個も取れるわけがない。
宝玄仙は目の前が真っ暗になるのを感じた。
*
「も、もう、許して──」
宝玄仙が悲鳴のような声をあげて、がばりと起きあがった。
「大丈夫かい、ご主人様……?」
孫空女は、汗拭き用の布を宝玄仙の顔に当てる。さっきから、苦しそうな寝言を呟き続けていた。だから、もしかしたら、また起きるのではないかと思って、準備していたのだ。
「あ、ああ……、孫空女かい……。つまりは、夢か……」
「また、悪夢ですか?」
沙那も身体を起こして、声をかけてきた。
目を覚ましていたようだ。
まだ、真夜中だ。
ここは、山道を越える途中で見つけた岩の切れ間であり、孫空女たち三人は、その岩と岩の狭間に集まって横になっていた。
野宿だが、宝玄仙が一帯に結界を刻んで、野獣や盗賊などが近づけないようにしているので、三人一緒に眠ってしまっても問題はない。それで見張りも置かずに、宝玄仙を真ん中にして、三人で重なるようにくっついて眠っていたのだ。
しかし、いつものように、宝玄仙が眠りながら、苦しそうに呻きだしたので、目を覚ました。
この数日、お蘭の里を出てから、ずっとである。
眠るたびに、かつて、
眠れなければ疲れも蓄積する。
宝玄仙は眠れなくても、回復できない疲労は道術で癒しているようだが、それでは、そのうち倒れてしまう。
孫空女も心配だ。
「ああ、沙那……。夢だよ……。また、あの悪夢だ……。ちくしょう、なんなんだい。嫌がらせのように、毎晩毎晩……。せっかく、都合よく、忘れていたのに、わざわざ、その記憶を蘇らせるように……」
月の光に、宝玄仙の口惜しそうな表情が映る。
いまは、三人で一枚の毛布に腰から下を覆われ、上体だけ起こして並んで座っている体勢だ。
なんとかしてあげたいが、宝玄仙の夢の中のことなので、孫空女もどうしていいかわからない。
あるいは、お蘭の里で、宝玄仙がこの旅をすることになった理由を語ってくれたとき、孫空女たちに、闘勝仙という法師に、どんな目に遭わされ続けたのかいうことを口にしてくれたせいかもしれない。
そのことが、宝玄仙の思い出したくない記憶を呼び起こしてしまったのだとしたら、孫空女は宝玄仙に申し訳ないという気持ちになる。
「……ねえ、沙那、なんとかならないかい?」
孫空女は沙那に訊ねた。
沙那は物知りだ。
孫空女にわからないことでも、沙那なら、なんとかしてくれるかもしれない。
「なんとかといっても……。まあ、わたしの場合は、ぶっ倒れるまで剣の素振りをして、それで悪夢からは解放されましたけど……」
沙那も、宝玄仙が心配そうに言った。
「なんだい。お前も、悪夢に悩まされたことがあるのかい、沙那?」
宝玄仙の口調はちょっと、興味を抱いた感じだ。
「そうですね……。軍に入ってすぐに大抜擢され、千人隊長になりました。就任したばかりの頃は、寝るたびに穴に入れられて、だんだんと土を埋められる悪夢を見ました。そんなときは、剣の素振りを倒れるまでするんです。そのうちに、そんな夢は見なくなりました」
沙那は、宝玄仙に悪辣な手段で強引に供にさせられる前は、愛陽の城郭で千人隊長だったらしい。
千人隊長といえば、地方軍でも数名しかいないはずの高級将校になる。沙那の年齢で、しかも、女の沙那が千人隊長になれば、他者から感じる嫉妬や責務の重みでかなり心労をしたはずだ。
だから、そんな悪夢に悩まされたのかもしれない。
「なるほどねえ。お前は、孫空女……? いや、これは失礼したね。沙那みたいに、物を考える性質じゃないから、悪夢なんて高尚なものをは無縁だろう。悪いことを訊いたよ」
宝玄仙が孫空女を見て笑った。
「ひ、ひどいよ……。あ、あたしも悪夢に悩まされたときはあるよ」
孫空女は憤慨していった。
「へえ、あんのかい? じゃあ、言ってみな」
「ううん……。まだ、十歳ばっかしのときかなあ……。そのころ、あたしは、旅芸人の一座にいたんだけど、それを盗賊が襲ってね。それでみんなで戦ったんだけど、あたしは、そのとき、最初に人殺しをしたんだ。それまでも戦ったことがあるけど、人殺しは初めてだった。しかも、十人……」
「十人? 十歳で? やっぱり、あんたってすごいのね」
沙那が感嘆した声をあげた。
「まあ、それはいいんだけど、我に返ってねえ……。夢中だったからわかんなかったけど、殺した盗賊の中には、その頃のあたしと年端も離れていないような子供もいたんだ。女もいた。その日は寝れなかった……。そして、やっと眠れたと思ったら、あたしが殺した連中が、追いかけてくるんだ。顔を血だらけにしてね……。あれは怖かったな」
孫空女はぽつりと言った。
「それで、お前の場合は、どうやって悪夢を見なくしたんだい? お前も素振りでもしたかい?」
「いや、周りの芸人仲間の大人に相談したら、そんなときは……をすればいいと言われたんだ。疲れるまでね……。そうしたら、なんとか……」
「なに? 聞こえなかったよ。なにをしたって?」
宝玄仙が大きな声を出した。
孫空女は自分の顔が夜闇に赤らむのを感じた。
口にすれば、絶対にからかわれるに決まっている。
だから、言いたくなかったのだ。
「じ、自慰だよ……。疲れるまで、自慰をしろって言われたんだ。それでやったんだよ。おかげ様で悪夢は一日で解放されたよ」
孫空女は言った。
「沙那は剣の素振りで、お前は自慰かい……。さすがはお前だよ」
宝玄仙が大笑いした。
孫空女は頬を膨らませて、無言の抗議をした。
「まあでも、悪夢に対する対処法はそれですね」
沙那が冷静な口調でぽつりと言った。
「えっ、自慰が?」
孫空女は思わず言った。
「ち、違うわよ。疲れて眠るまで、ってことよ。わたしの場合も、孫女の場合も共通するのはそれよ。つまり、疲れて眠るまでなにかをすればいいってことよ……。ねえ、ご主人様、なにか運動でもなさってはどうでしょう……。お付き合いしますから……」
沙那はそう言いながら、なにやら悲痛な表情で嘆息した。
そして、服を脱ぎ始める。
孫空女もやっとわかった。
宝玄仙に、「疲れるまで運動」とか口にすれば、なにをするかわかりきっている。
孫空女と沙那を相手に限界までの性愛だ。
まあ、仕方がない。
宝玄仙のためだ。
孫空女も、自分の着ているものに手をかけた。
だが、どうでもいいけど、宝玄仙も、もっと普通に愛し合うということはできないのだろうか。
いつもいつも、孫空女たちが失神して意識を失うまで続けるとか、やることが極端すぎるのだ。そうでなければ、まあ、宝玄仙と愛し合うという行為は、そんなには嫌ではないのだが……。
「……いや、いいよ……。そんな気になれない……。ちょっと横になるよ。眠りはしないけど、身体は休める。お前たちは寝ていいよ」
しかし、宝玄仙はそう言うと、ごろりと横になってしまった。
孫空女は沙那と顔を見合わせた。
宝玄仙が性愛を拒否した……。
これは重症だ。
唖然として、孫空女は沙那と眼で語り合った。
*
「真似事ですよ、真似事……」
沙那が懸命に言った。
宝玄仙は眉をひそめた。
やっと山越えを果たして、ここまで来れば、帝国の西の国境はすぐだ。
あと一日歩けば、
天教の影響は続くが、一応は外国だ。
まずは、ひと段落というところだ。
それはともかく、久しぶりの宿屋である。
このところ、ずっと野宿が続いていたせいもあり、やっと屋根のあるところで休めるのはありがたい。相変わらず悪夢の影響による不眠は続いているものの、温かいお湯で身体を洗い、調理をされた食事を食べて、屋根のある場所で寝具に包まれて眠ることは嬉しい。
しかし、夕食を済ませて、借りた部屋にやって来ると、突然に沙那が久しぶりに、三人で愛し合おうと誘ってきたのだ。
沙那から誘ってくるなど珍しい。
……というよりも、初めてだろう。
しかも、攻守を逆転しようというのだ。
つまりは、いつもは宝玄仙が責める側で、沙那たちが受ける側だが、今夜はそれを交代しよう提案してきた。
宝玄仙はちょっと驚いてしまった。
「ねえ、いいだろう、ご主人様。たまには、あたしたちに責めさせてくれたってさあ……。どうせ、ご主人様は道術であたしらを支配しているんだから、やめさせようと思ったら、好きにできるじゃないか。遊びだよ。遊び」
孫空女も一緒になって迫ってくる。
どうやら、このふたりは、あらかじめ示し合わせていたようだ。
宝玄仙は肩を竦めた。
「まあ、いいけどね。だけど、わたしは、やっぱり責められる側よりも、責める方が好きでね。途中で気が変わってやめるかもしれないよ」
宝玄仙はにやりと笑った。
だが、沙那も孫空女もにこにこしている。
なんだか、ちょっと気味が悪い。
「それで結構です。着ているものを脱いでいただけますか……? それと、この部屋の物音や声が外に漏れないように結界を……」
沙那が言った。
宝玄仙はとりあえず、結界をかけた。
これで、この部屋は完全に封鎖され、誰も侵入できないし、この部屋の物音は外には出ない。それにも関わらずに、内側の者は自由に外に行ける。もっとも、一度出れば、結界を解除しないと戻っては来れないが……。まあ、これはそういう道術なのだ。
そのあいだに、沙那と孫空女は生まれたままの姿になっている。
ふたりが、宝玄仙を寝台の上に引き寄せた。
前後から挟むようにして、宝玄仙の服を脱がせていく。
あっという間に、三人揃って、生まれたままの姿になる。
「あっ、そうだ。沙那、折角だ。霊具を使えるかどうか試してごらん。霊具入れから、手枷と、あと黒い色の細い鎖があるはずだ。それを持って来るんだ」
宝玄仙は言った。
「これですか?」
沙那が一度寝台を降りて、荷の
「その手枷も鎖も、霊具だ。しかも、仙具だ。霊気を注がなければ使えないものだ。いまのお前なら扱えるはずだ。やってごらん」
宝玄仙は使い方を教えた。
一般に、霊気をあらかじめ込めて道術の力を刻んでいる道具のことを「霊具」と呼ぶ。しかし、その霊具は、さらに大きく二種類に分かれる。「仙具」と「術具」だ。
仙具というのは、道術師しか扱うことができないものであり、効果を発揮するためには、道術師が霊気を注がなければならない。それに比べて、術具というのは、道術を帯びていない一般の人間にも扱えるようにしたものであり、霊具自ら霊気を吸収したり、あるいは、あらかじめ込めている霊気のみで効果を発揮するというものだ。
もちろん、術具の方が作るのが難しく、しかも、大した効果は込めることはできない。それに比べて、仙具は、かなりの複雑な道術を刻むことができるので便利なものだ。
「こうですか……。じゃあ、ご主人様、両手を出してください」
沙那は宝玄仙の前に座ると、仙具の革枷を嵌めた。
すっと、宝玄仙の手首に合わせて縮まり肌に密着したようになる。
「できた」
沙那は感動したように声を洩らした。
宝玄仙は思わず笑ってしまった。
「じゃあ、次だ。手枷に鎖を繋いでご覧。それは『自在の鎖』という仙具でね。長さも自在に調整できる。ただ念を込めるだけだ」
宝玄仙は言った。
沙那が一度天井の梁材に回して固定した自在の鎖の先を、宝玄仙が嵌められている手枷の鎖に近づけた。
その瞬間に、鎖と鎖が密着して繋がる。
「大したものだ。もう、仙具の扱い方がわかったようだね」
宝玄仙も満足した。
「そうですね……。縮め……」
沙那の言葉が終わった瞬間に、天井から伸びている鎖が短くなり、宝玄仙の両手は吊りあげられて頭の上にまで引き上げられる。
「うっ」
ぐんと勢いよく身体があげられ、膝立ちした体勢になる。宝玄仙も思わず声を出してしまった。
「孫女、前を頼むわね」
「あいよ」
沙那が宝玄仙の後ろ側に行き、孫空女が前に出てきた。
なにをするのかと思えば、孫空女は耳の中から如意棒を出して、膝立ちになっている宝玄仙の膝に如意棒の両端を当てると、縄で縛ってしまった。
孫空女が使ったのも仙具は「魔縄」だ。
術を込めて縛るので、緩くなっていても、術を込めないと解けない。
孫空女の如意棒は、大の男でも三人がかりでなければ、持ちあがらないほどに重い。宝玄仙の霊気を吸い込んで怪力になっている孫空女だから、軽々と扱えるが、宝玄仙の力では如意棒を括りつけられると、ほとんど動けなくなってしまう。
「伸びろ」
孫空女が声をかけた。
「い、痛たたた……。も、もう開かない。んぎいいっ」
宝玄仙は悲鳴をあげた。
一気に真横に近いくらいまで引き裂かれたのだ。
孫空女が慌てたように、ちょっと緩める。
「な、なにすんだい──」
怒鳴りあげた。
「ごめんよ」
孫空女が笑いながら謝った。
宝玄仙は孫空女を睨んだ。
「お前ら、あんまりいい加減なことすると交代だよ。このところ、眠れなくて苛々しているんだ。そういえば、お蘭の里を出てから、調教らしい調教もしてないしね。地獄責めもいいんじゃないかい」
宝玄仙は言った。
ちょっと、孫空女の顔が心なしか蒼くなった気がする。
「孫女──」
背中側にいる沙那が孫空女をたしなめるような声をかけた。
なにか嫌な感じだ。
沙那があんな風に、思わせぶりな態度をするときには、きっとなにかを企んでいる。
「ところで、ご主人様、かねがね不思議に思っていたんですけど、ご主人様って、結界をかけたまま、そのままお眠りになりますよねえ。眠っていても、結界は大丈夫なんですか?」
沙那が後ろ側から訊ねた。
「わたしを見くびるんじゃないよ。これでも三蔵の異名のある法師だよ。八仙だよ。この部屋を封印するくらいの結界術なら、一度霊気を込めれば一日だってもつよ。問題ないさ」
「つまりは、いまこの瞬間に、ご主人様の霊気が遮断されても問題ないということですね?」
「まあ、そういうことだね」
「それを聞いて安心しました」
宝玄仙の首にがしゃりと何かが嵌まった。
首輪?
しかし、その瞬間に、全身の霊気が完全に凍りつくのを感じた。
道術封じの首輪──?
しかも、強力なものだ。
宝玄仙の強い霊気を凍結させるような道術封じなど、そう簡単には存在しないはずだ。
「うわっ、な、なにしたんだい、沙那──?」
さすがに狼狽えて怒鳴った。
「お蘭にこっそりと作ってもらった霊具です。ご主人様の霊気の波動に合わせてもらいました。ほかの道術師には無効ですが、ご主人様に限り、これを嵌められると、一切の道術が遣えなくなります。もちろん、ご主人様には外すことなど不可能です……。じゃあ、覚悟はいいですか」
沙那が言った。
後ろから両手が伸びて乳房を握ってくる。
はっとした。
なにかをべっとりと塗っている。
それを乳首を中心とした乳房全体に塗りたくられる。
「ひいっ、な、なにを塗ってんだい、お前──」
びっくりした。
だが、おおよその見当はついている。
塗られた途端に、胸全体が燃えるように熱くなってきた。
おそらく、これは……。
「
沙那が淡々と言った。
それをどんどんと重ね塗りしてくる。
「あたしにも頂戴、沙那……。へへ、ご主人様、覚悟はいいかい? そう簡単に許さないからね。今夜はとことん、疲れさせてあげるよ」
孫空女が宝玄仙の股越しに受け取った随喜油の小壺から、たっぷりと指に油剤をすくう。
「うっ」
その量を見て、宝玄仙は自分の顔が引きつるのを感じた。
こいつ、とんでもない量の油剤を宝玄仙の股間に塗りたくろうとしている……。
「や、やめないか──。それは量が多いよ──。そんなにたくさん使うものじゃないんだ」
声をあげた。
だが、孫空女はにやにやしながら、宝玄仙の股間に油剤を塗りたくる。
宝玄仙は悲鳴をあげた。
「……夢なんて見る余裕がないくらいに、音をあげさせてあげますね……。悪夢を見そうになったら、このことを思い出してください。今夜は、ご主人様は、いつも嗜虐している供に、徹底的に苛められて、泣きべそをかくんです。その屈辱を頭に焼きつけてあげます」
「今度、悪夢を見るとしても、このことしか出てこないよ」
沙那に次いで、孫空女がそう言った。
こいつら……。
どうやら、ふたりして結託し、宝玄仙を嗜虐して、それで悪夢から解放させようということか……。
まあ、心配してやってくれようとしていることとは思うが、この量の痒み剤は……。
「んひいっ、はあっ、そ、そこは……」
宝玄仙は奇声をあげて腰を振った。
沙那の指がお尻の穴に入り込んで、油剤を塗り込み始めたのだ。
「本当に、ご主人様はお尻が弱いですね」
沙那が後ろで笑った。
「沙那ばかり狡いよ。あたしも、お尻を責めさせてよ」
孫空女もまた、背後に回っていく。
一方で、早くも痒み剤の洗礼に襲われ始めた宝玄仙は、全身を振って、その苦しみに声をあげた。
だが、容赦なく、今度は孫空女が油剤をお尻につめ始める。
そのときには、宝玄仙は全身を蝕むような痒みに狂いそうになり、ただただ、大きな声で呻くことしかできなくなっていた。
「あとは待つだけね。どうですか? いつも、わたしたちにやっていることをたまにはやり返されるのもいいもんでしょう」
「ご主人様、屈辱かい? この屈辱が大きければ大きいほど、後でご主人様がよく眠れるって、沙那が言うんだよ」
「わたしのせいにしないでよ、孫女……。それは狡いわ」
「考えたのは、ほとんど沙那じゃないか……。痒み責めは、古典的だけど一番効くって提案したのも沙那だ」
沙那と孫空女が宝玄仙の前に戻って来て言い合いを始めた。
どうでもいいけど、ふたりとも離れてただ見ているだけだ。
脳天を焼き尽くすような痒みが襲い続ける。
宝玄仙は、もう恥も外聞も捨てる気分になった。
沙那と孫空女の前で、苦悶と哀願とさらに脅しを繰り返す。
そして、なんとか痒みから逃れようと身体をくねらせ続けた。
だが、このふたりは、とことん宝玄仙を追い詰めようと話し合っていたようであり、いつまで経ってもなにもしない。
宝玄仙は本当に、このまま狂ってしまうかと思った。
「あ、ああ……、か、痒いい……。ゆ、許しておくれ──。ね、ねえ、お願いだよ……、あああっ、あああっ……」
やがて、宝玄仙はなにも考えられなくなって、それを繰り返す。
「……ふふ、かなり、頭にきているようね。じゃあ、最初の責めにいきましょうか。ここに筆と棒があります。どっちで責めてもらいたいですか? まずは選ばせてあげます」
沙那が持ち出したのは、二本の筆と、二本の竹鞭だった。
宝玄仙はぞっとしてしまった。