「ここが、例の山小屋だよ」
孫空女は言った。
自分の案内で入ってきた宝玄仙と朱姫がなにかを探るような仕草をしばらくしていたが、やがて、ふたりとも残念そうに首を横に振った。
「なにもないようだね。道術で隠されたものはなにもないよ。ただの山小屋だ」
「そうですね……。あたしもご主人様と同じです、孫姉さん。少なくとも道術に関していは、ここには、沙那姉さんの行方の手掛かりのようなものは感じません」
宝玄仙に続いて、朱姫も言った。
ふたりに頼んだのは、ここになんらかの道術の痕跡があるかどうかを確認することだ。
最初にひとりでここを見つけたとき、孫空女も霊気の気配は感じなかったが念のためということもある。
例えば、ここで『移動術』が遣われた形跡が残っていれば、沙那がここに連れてこられたという可能性が高い。
もっとも、孫空女自身も、沙那はここには連れて来られてはいないと考えていたが……。
沙那が附国の城郭都市から張須陀に浚われて十日近く経っている。
張須陀たちがこの山を根城にして、この一帯を通行する旅人を襲う盗賊だというのはすぐにわかった。
蛇の道は蛇という……。
まともじゃない連中に関する情報を得るには、どういう場所に向かい、
どういう人間に訊ねればいいかはわかる。
これでも二年間も荒くれ男を率いる盗賊団の女頭領だったのだ。
裏社会の様相などどこも同じだ。
やっぱり、連中は
たった三人だが、張須陀という圧倒的な武芸家の存在により、この近辺では一目置かれた、かなり派手に活動している三人のようだ。
護衛を組んだ隊商なども襲撃するし、女を浚って奴隷商人に売り飛ばすということまでしているらしい。
そのため、さまざまな霊具なども流れ道術師から購ったりしていて、その正面からもあの三人がこの山を棲み処にしていることはわかった。
ただ、それからがわからない。
彼らはこの山のどこかに隠れているはずだが、城郭にいる者が彼らに接するのは、彼らが城郭にやってきたときだけであり、張須陀たちは、用心深く自分たちがどこに隠れているかを誰にも教えていなかった。
非常に用心深い連中なのだ。
不用意に仲間を増やさないのも、増えることで目立つことを防ぐためでもあるし、賊徒が多くなれば、無理をしてでも襲撃を繰り返して、連中を養っていけるだけのものを手に入れなければならない。
だが、三人だけなら問題ない。
取り締まりが厳しくなれば、なにもせずに隠れていて、緩くなればまた動く。
それができるのだ。
いずれにしても、彼らは絶対に、この山のどこかに完全に身を隠せる場所を持っている。
それが孫空女の判断だ。
そこに沙那は連れていかれた……。
孫空女はそれを確信していた。
ほかの場所など考えられない……。
絶対にこの山のどこかだ──。
それで、孫空女と宝玄仙と朱姫の三人だけの山狩りが始まった。
寵須陀たちが隠れているような場所をしらみつぶしに探すのだ。
まるで、広大な砂漠からたった一本の針を探すようなものである。
もしも、彼らが何百人もの賊が集まる盗賊団だったら、その棲み処などすぐにわかっただろう。
だが、たった三人なのだ。
三人だけなら完全に身を隠してしまう場所などこにでもあるし、隠れているとすればそれを見つけるのは非常に困難なことだ。
沙那を見つける手掛かりを得られないまま十日がすぎた。
沙那が生きているのか、死んでいるのかもわからない。
だが、信じて探すしかない。
もっとも、完全に空しい捜索だったわけではない。
張須陀たちは、この山に三人の拠点を幾つか持っているようであり、この山小屋を含めて、彼らが使っている山小屋を三個見つけていた。
しかし、いずれも隠されたものではなかったし、沙那がここにいたという痕跡もなかった。
宝玄仙と朱姫は、連中の隠れ処には霊気を遮断するものが置かれていると予想していたが、そういうものは、いまのところなにひとつ見つけることはできていない。
「そうかい。まあ、予想はしていたけどね……。だけど、ここもこれまでに発見した小屋と同じようになんらかのかたちで連中が使っているものに違いないよ──。ところで、こっちに来てよ……」
孫空女は小屋の最奥までふたりを導いた。
大型の獣を入れるような檻が三個ほどある。
その前には、孫空女があらかじめここに一箇所に集めていた道具が集めてある。
それは、手枷であり、足枷であり、首輪だった。
縄や鎖もある。
「これは……?」
宝玄仙が言った。
「多分、浚った女を連中が監禁するためのものだと思う。張須陀たちは、奴隷商人にも取引きがあったらしいからね。もちろん、胡散臭い奴隷商人だよ。やつらは、襲った旅人の中に若い女がいれば、そのまま浚って、奴隷商人に売ってしまったりもするらしい。ここは、そういう場所のひとつだったと思うね」
孫空女は言った。
「そうだとしても、ここは随分と長く使っていなかったような感じじゃないですか、孫姉さん──。前の山小屋には、少し前に飲み食いをしたり、誰かが使っていたような形跡もありましたけど、ここはいままでの中で一番、人がいた気配がないですよ」
朱姫だ。
「想像だけど、連中は定期的に転々と居場所を変えていると思う。多分、ここは随分前に使わなくなった場所さ。本当に隠れている場所はどこかにあるとしても、奴隷商人に女を売ったり、奪った財を闇取引で売り捌いたりするにも、どこかに取引きの場所が必要だしね。いままでに見つけたところは、そういう目的に使われているところに違いないさ……」
「連中の隠れ処のひとつということですか、孫姉さん?」
「多分ね……。ここはそういう場所だったけど、もう使われなくなった場所だと思う」
「じゃあ、沙那姉さんは、ここに連れてこられたということはないと?」
「考えてもごらんよ、朱姫……。張須陀は、たまたま持っていた『道術紙』に刻んでいた『移動術』で沙那を連れていったんだよ。沙那と張須陀があの宿屋で再会したのは偶然だし、あらかじめ予想していたことじゃないはずさ。だから、『移動術』の移動先は、沙那とは関係がなく、万が一のときに連中が逃げ込みたい場所に設定してあったと思うね。つまり、連中の本当の隠れ処さ」
「だったら、この山小屋のように、すぐに見つけることができるような場所ではないということですか、孫姉さん?」
「盗賊というのは本当に臆病なものさ。あたし自身がそうだったからわかるんだ。そういうことをする連中の感情というのはよく知っている。もしも、一度だけ『移動術』が使える霊具があれば、軍の山狩りなんか受けたときに『移動術』で跳躍して、山狩りから隠れる場所に逃げるために準備しておくと思う。そういう使い方をするために、連中は『道術紙』を準備していたと思うね」
孫空女は言った。
そのとき、不意に宝玄仙の不満そうな唸り声がした。
「もう、そういうことはどうでもいいんだよ、孫空女──。それで、沙那はどこなんだい? 連中がどんな悪事をしていて、どんなやり方で盗品や奴隷女を売り捌いていたなんていいんだよ──。一体全体、沙那はどこなんだい? いい加減に、早く沙那を見つけな、孫空女。もう十日も経っているんだよ」
宝玄仙が癇癪を起したような声をあげた。
「そ、そんなことを言ってもさあ……。この山のどこかにいるといっても、こんなに広いんだよ。簡単には……」
「それは闇雲に探し回るようなやり方をしているから果てしない時間がかかるんじゃないのかい。なにか策を考えな。こうやっている間にも、沙那はどうなっているか……」
宝玄仙は怒ったような、それでいて、心配そうな複雑な表情をしている。
沙那がいなくなってずっとこんな感じだ。
宝玄仙はずっと苛々していて、ずっと落ち着かない様子である。
まあ、孫空女の見たところ、沙那が浚われる原因を作ったことについて、深く悔悟している様子でもある。
ただ、それは口に出すことはない。
しかし、宝玄仙がひどく沙那を心配しているというのは明らかだ。
なによりも、この十日、一度も孫空女や朱姫を嗜虐しようとしないのだ。
宝玄仙は、溜まった鬱憤を発散するために、供を相手に嗜虐癖を発散して憂さを晴らすというところがあるということだけではなく、美しい風貌に似あわない多情な性癖であり、一日と開けて淫行をやらないということがない。
その宝玄仙が、沙那の捜索が始まって一度も性愛をしようとしない。
宝玄仙が沙那を失ったことにひどく心痛しているのは、それだけでもわかる。
しかし、宝玄仙が宝玄仙らしくない……。
それは孫空女にとって、非常に心配なことでもあった。
「駄目だと思うけど、あれをやってみます?」
不意に朱姫が言った。
「あれって、なにさ?」
孫空女は朱姫を見た。
「駄目で元々のことです──。ご主人様、これを外してください」
朱姫は宝玄仙に右の手をかざした。
そこには、宝玄仙の霊具である銀色の指輪が小指にある。
「ああ、それかい──」
宝玄仙が合点がいった顔をした。
朱姫の小指にあるのは、『共鳴封じの指輪』だ。
孫空女の指にも、沙那の指にも同じものがある。
宝玄仙の供の三人に共通するのは、薄っすらとではあるが三人の身体全体に宝玄仙の道術陣が刻んであるということだ。
宝玄仙が道術で好き勝手に三人の供の身体をいたぶるために施しているものであるが、この道術陣によって、宝玄仙の『治療術』も施せるし、宝玄仙の強い霊気の影響を受けて、女としての身体が護られてもいる。
つまり、おかしな性病や妊娠から免れるのだ。また、見た目の若さが保たれるという効果もある。
一方、道術陣の副作用は、同じ道術陣を身体に刻むことで、三人の性感が共鳴し、三人の誰かが受けた快感がほかのふたりにも伝わるということだ。
それを防いでいるのが、朱姫がかざした『共鳴封じの指輪』であり、これを三人の供がつけることにより、お互いの快感の共鳴を防いでいる。
朱姫の提案は、これを外すことで意図的に沙那と朱姫を性感の共鳴をさせようということだ。
共鳴が起きれば霊気の流れが起きる。
つまり、霊気の流れで沙那の居場所がわかるのだ。
しかし、共鳴を起こすためには、宝玄仙の霊具である『共鳴封じの指輪』を外さなければならない。
だが、宝玄仙の霊具は、どんなものであろうと供は勝手には外せない。
それで、朱姫が宝玄仙に右の指を宝玄仙に見せたのだ。
「それはいいけど、沙那も外さないと、お前と沙那との共鳴は起きないよ……。まあ、もしも、共鳴が起きれば、確かにそれを辿って沙那を見つけることもできるけどねえ……」
宝玄仙がそう言いながらも、朱姫の指輪に霊気を注いだようだ。
朱姫が自分で指輪を外して、その場に跪いた。
そして、下袍をたくしあげて下着の中に右手を入れた。
「だ、だから、駄目で元々です……。でも、沙那姉さんは、霊気を遮断している場所にいるんでしょう、ご主人様? だったら、もう、霊気切れになっているかもしれませんよ」
「それは無理だね……。沙那の首輪に装着した操り霊具は、すでに霊気切れになっている可能性が高いけど、『共鳴封じの指輪』は、霊気切れになるまで一年はかかるよ。使っている霊気の大きさが桁違いに小さいしね」
「それでも、もしかしたら、霊気を遮断するものの近くにいるんじゃなくて、霊気を吸収するものの近くにいるかもしれません。ご主人様の霊具でも、霊気切れなら自分で外すこともできるんでしょう?」
「まあ、一理あるね。やってみて損はないかもね。じゃあ、始めな。もしも、どこかに共鳴の霊気の流れが起きたらすぐに言うよ」
「わかりました。やります──」
朱姫が下着に入れた手を動かし始めた。
すぐに朱姫が小さな喘ぎ声を出して悶えはじめる。
孫空女はそれを黙って見守っていた。
「そうだ、孫空女──。ついでに、お前も指輪を外しな」
すぐに宝玄仙が言った。
朱姫の淫らな行為をなんとなく眺めていた孫空女はびっくりした。
「な、なんでだよ、ご主人様──? あ、あたしは関係ないじゃないか」
思わず叫ぶ。
「その方が面白いからだよ。ほら、右手を出しな」
宝玄仙に無理矢理に右手を掴まれた。
宝玄仙の霊気の流れとともに、すっと指輪が外される。
「あ、あああっ──」
たちまちに股間に大きな快感が襲ってきて孫空女は股間を押さえてしゃがみ込んでしまった。
「なにやってんだい、孫空女。受けている刺激は朱姫と同じはずだろう。なんで、そんなに反応が違うんだい」
朱姫と孫空女の間に立つ宝玄仙が笑った。
「そ、そんなこと言っても……」
朱姫が自慰によって受けている快感が孫空女に襲ってくる。
あっという間に股間に大きな疼きが起きて、愛液が股間に溢れかえるのがわかる。
「そ、そうですよ……。そ、孫姉さん、か、感じすぎです──」
朱姫が悲鳴のような声をあげた。
快感の共鳴は単に同じ刺激を受けるわけではない。
お互いの快感そのものが同調するのだ。
だがら、同じ刺激でもどちらかがより深い快感を覚えれば、それと同じ深さのものが相手にも流れ直すのだ。
「こりゃあ、あっという間に最後までいきそうだね。そのままやりな」
宝玄仙の声が悦に入ったものになった。
完全に目的を忘れているような口調だが、孫空女は悶えながら、少しだけ嬉しかった。
このところ、宝玄仙は本当に意気消沈していた。
だから、こんなよくわからないことでも、宝玄仙の元気が戻るならそれでいい気がする。
「じ、自分も責めながら、孫姉さんを責めているような……、ふ、複雑な感じです……。む、胸も揉みますね、孫姉さん……」
朱姫の気楽そうな声がした。
胸にも激しい刺激が来た。
乳首がくねくねと弄られる感触が襲ってきて、孫空女はあられのない声をあげた。
「あはあ──」
朱姫が声をあげた。
自分の指の刺激というよりは、孫空女の快感が朱姫に逆流してことで反応しているようだ。
「こ、これはどうです、孫姉さん──」
朱姫が感極まった様子で叫ぶとともに、肉芽の皮を剥いて回すように動かす感触が使わってきた。
その瞬間に快感が爆発した。
「ひうっ──、いくううっ」
耐えられずに孫空女はその場に身体を仰け反らせる。
「そ、そんな、孫姉さん、は、早いですううっ──あはああっ」
朱姫も大きな声をあげる。
孫空女が絶頂すれば、強引にでも朱姫が達する。
自慰によって快感を作っているのは朱姫自身だが、孫空女の方が感じやすいので、快感そのものは朱姫が孫空女に引っぱられている。
無理矢理に快感を引き起こされる朱姫の方がつらいかもしれない……。
孫空女が達した瞬間に、朱姫の絶頂の大きな喘ぎ声も聞こえた。
快感が突き抜ける──。
孫空女は荒い息をしていた。
快感の共鳴……。
なんど味わっても不思議な感覚だ。
絶頂の余韻でしばらく呆けていると、不意に宝玄仙が嬉しそうに拍手した。
「見事なものさ──。久しぶりに見たけど、ふたり揃っていき狂う姿は傑作だね」
宝玄仙が笑っている。
まあ、しばらく元気がなかった宝玄仙だから、これはこれでいいのかもしれないが、なんとなく目的を忘れている気配がある。
「そ、それでどうなのさ、ご主人様……?」
孫空女が悶えたことで乱れた服を整えながら言った。濡れた股間も荷から布を出して拭く。
「なにがだい?」
宝玄仙はきょとんとしている。
やっぱりそうだ……。
「な、なに言ってるんですか、ご主人様──。沙那姉さんの行方に決まっているじゃないですか。それが知りたいから、あたし、こんな恥ずかしいことしたんですよ」
怒った声をあげたのは朱姫だ。
「あ、ああ……そうだったね……。ざ、残念ながら共鳴の流れは起きなかったよ。沙那に向かう霊気の流れは起きていないよ」
宝玄仙がはっとしたような表情になるとともに神妙な態度になった。
そして、もの凄くばつの悪そうな顔になった。
少しの間、沙那のことを忘れていたことに悪いと思ったのだろう。
孫空女は嘆息した。
いいも悪いも宝玄仙の特徴は、自分の欲望に正直なところだ。
それに振り回されるところもあるが、孫空女はそんな宝玄仙が嫌いではない。
自分に正直であること──。
それは宝玄仙の魅力だ。
「さて、それじゃあ、どうします、孫姉さん?」
朱姫が言った。
もう何事もなかったかのように服を整えている。
「ここを焼き払うよ──」
少し考えてから孫空女は言った。
「焼き払う?」
宝玄仙が首を捻った。
「うん、ここを焼く。ここだけじゃない。前に見つけたふたつの山小屋も焼く。これから先にほかの場所も見つければ、それも焼く。それでなにかが起きるわけじゃないけど、そうやれば、あたしらが連中を探し回っているということは、隠れている張須陀たちにも伝わるはずだ」
「伝わってどうなるんだい、孫空女?」
「それで少しでもじたばたしてくれれば、なにかが起きるさ──。とにかく、隠れ処に閉じこもったままでいられたら、多分どうしようもない……。なんでもいい。とにかく、連中を動かすんだ。そうすれば、なにかの変化が起きるよ」
孫空女はきっぱちよ言った。
ほかになにも思いつかない。
沙那がいれば、なにかの上策を考えてくれるかもしれないけど、いまは、その沙那がいない。
「でも、孫姉さん、それで、沙那姉さんを監禁している連中が危険を感じて、沙那姉さんをどうかしたら……」
朱姫が言った。
「それは考えたけど、これ以上、沙那が危険になるということなんてないさ」
孫空女は断言した。
口には出さないが、もしも、沙那が殺される可能性があれば、とっくに殺されていると思う。
十日という時間は長すぎたのだ……。
「そうだね……。お前の言う通りかもしれないね、孫空女。なにかを起こすべきだという意味はわかるね……。そうだね、変化を起こすんだ。それで、沙那を監禁している連中を浮き立たせる。それをやろうか……」
宝玄仙も言った。
「そうと決まれば、あたしにやらせてください、ご主人様。この小屋全体を霊具化して、この山一帯に鳴り響くような爆発をさせてみせます」
朱姫だ。
「なるほど、ただ、燃やすだけじゃなくて爆発させれば、連中がどこに隠れていても、不穏なことが起きているということは伝えられるね。じゃあ、残りの二個はわたしがやるよ。この宝玄仙の霊気を遣って、山全体が響くような爆音を作ってやるさ」
「うん、頼むよ、ご主人様」
孫空女は言った。
*
沙那は一糸まとわぬ姿で、四つん這いになり首輪に鎖を繋げられていた。
四つん這いといっても、両手首は前縛りで繋がれているし、両足首には肩幅ほどの長さで足首を縄で縛られている。
いずれにしても、最初の頃と比べれば、かなり拘束は緩くなっている。
ただ、沙那に逃亡の機会があるというわけではない。
常に、張須陀は少し離れた場所で調教の指図をし、沙那におかしな動きがあれば、すぐに指を鳴らして『仕置き膜』で沙那を拷問する態勢を崩さない。
そして、張須陀自身が沙那を凌辱するときには、しっかりと沙那を拘束してからしか犯さそうとしない。
本当に用心深い男だ……。
夜はしっかりと鍵の閉じた檻に監禁されているし、第一、満足に食べ物を与えられていないことが、沙那の体力をかなり奪っている。
それが連中の狙いであることもわかっている。
「肘もついて、もっと尻をたてろよ、沙那さん。雌犬らしくな」
檻から出された沙那は、宝玄仙の装着した首輪に細い首輪を付けられていた。
それを引っ張られて、張須陀の前に引きたてられていた。
ただし、四つん這いになることを指示された位置は、少し張須陀とは距離がある。
「わんっ」
沙那は鳴いた。
「おう、おう、昨日はさんざんと躾けたからなあ。ちゃんと覚えていたようだな。犬の鳴き声以外の言葉を使えば、罰だからな──。二度と犬の言葉以外を喋るんじゃないぜ」
張須陀が愉しそうに手を叩いた。
「わ、わん」
恥辱に耐える。
沙那の素直な態度に張須陀が手を叩いて笑った。
四つん這いの姿勢で、心を殺したように静かに耐えていた。
「沙那、小便しろよ。犬みたいに片脚あげてな」
張須陀が気紛れのように言った。
沙那はぐっと屈辱に耐えた。
「しろよ、沙那……。罰を受けたいのか?」
張須陀が勝ち誇った口調で指を見せながら言った。
罰というのは『仕置き膜』という霊具で与えられる激痛だ。
股間に与えられるこの激痛は、どうしても耐えることができない。
沙那の痛覚そのものを刺激するこの霊具は、張須陀の指の音ひとつで、沙那に耐えられない激痛を股間に与えるのだ。
「わ、わんっ」
沙那は片脚をあげた。
あの激痛を避けるためたら、どんなことでもできる。
そういう意味では、こいつらの調教を受け入れている自分がいるのかもしれない……。
「沙那さんよ、皿を置いてやるからな。こぼすんじゃないぜ」
李保が言った。
沙那はすべての感情を殺した。
自分は死んだ人間だ……。
そう言い聞かせた。
脚をあげた股の下に皿を置かれる。
沙那は力を抜き、じょろじょろと尿を垂れ流した。半分は入ったが、半分は床にこぼれ落ちた。
三人の男たちがさんざんに揶揄したり、嘲笑したりした。
沙那は、それをまるで別の世界の人間の言葉のように接していた。
「そら、喰えよ。今日の飯だ」
張須陀が言った。
沙那がたったいま尿をした皿に、李保がべしょりと食べ物を載せた。
わざわざ、沙那に小便をさせ、その皿に沙那に食べさせる物を与えるというのが連中の嫌がらせなのだ。
沙那は、その尿まみれの食べ物を前にして、顔を皿に近づける態勢をとった。
だが、すぐに口に入れることはしない。
許可を得る前に食べ物を口にすれば罰が与えられるからだ。
「よしっ」
張須陀の声がした。
沙那は皿に口をつけて、皿に載った食べ物を口にしはじめた。
そのとき、地面になにか振動のようなものを感じた。
それは、なにか大きな爆発のようなものだったかもしれない。
張須陀たちが色めき立っている。
しかし、沙那はそれを別世界の出来事のように無関心を装って、ただひたすらに皿に顔をつけて、自分の尿にまみれた食べ物を身体に入れる作業を続けていた。
遠い場所で、張須陀が騒いでいる。
大きな音の原因を突きとめろ──。
念のために剣を持て──。
張須陀のそんな臆病な言葉を耳にしながら、沙那は自分の尿にまみれた食べ物を一心不乱に食べ続けていた。
犬のように……。