※この作品はR-18です。

嗜虐西遊記【完結】   作:ドン・ドナシアン

377 / 819
377 剥製蒐集家

「そう言えば、お前が旅芸人の口上ができるとは驚いたよ。ひとりで旅をしていた時期には、それこそ色々な経験をしたといっていたけど、孫空女のように芸人の真似事をやったこともあるのかい、朱姫?」

 

 宝玄仙は言った。

 夜通し歩き続けた険しかった山道も頂上に近づくにつれてだんだんと緩くなり、また、空も白々と明けかかっていた。

 

 案内人の後天袋(こうてんおう)によれば、山頂をすぎてしばらくのところに小天竺(しょうてんじく)という土地があるらしい。

 そこに住む分限者の屋敷で沙那が世話を受けているとのことだ。

 

 後天袋という男とは、この山の東側の麓の小西天という町の居酒屋で偶然出遭った。

 そいつは数日前に、やはり小西天に立ち寄った沙那と偶然知り合い、頼まれてその分限者を紹介したらしい。

 それで、皆で後天袋の案内でそこに行くことになった。

 

 後天袋が妙に急かすので、明るくなるのを待たず夜旅となったが、足取りは軽い。

 沙那が別れの手紙を残していなくなって、かれこれ半月になる。

 考えてみれば、その前に張須陀(ちょうすだ)という男に浚われているあいだも、沙那は宝玄仙から離れていたから、かれこれ、沙那と別れて一箇月近くが経とうとしているということだ。

 

 この旅が始まってすぐに愛陽という東帝国の城郭で、沙那を強引な手段で供にして以来、これほど長い時間を沙那と別れてすごしたのは初めてだと思う。

 

 その沙那に会える……。

 宝玄仙も自分の心が自然に高揚して浮き立つのを感じていた。

 

 沙那が別れの手紙を残していなくなったときには、見限られたのかと思って寂しかったが、自分たちよりも先に西にいるということは、完全には別れるつもりではなかったのだろう。

 沙那は宝玄仙たちが西に西にと向かい、この外縁地域と呼ばれる未知の土地を通り過ぎて、さらに西にあるという西方帝国を経由して北側の妖魔の地に入ろうとしているのを知っている。

 西に向かうには、この山岳道は必ず通過の必要な一本道だ。

 もしかして、先回りして待つつもりだったのかもしれない。

 

 そうに違いない……。

 宝玄仙と完全に別れたいのなら、わざわざ、同じ方向に先に進む必要がないのだ。

 

 別れた振りをして、先回りをしたのだ……。

 小賢しい沙那のやりそうなことだ。

 そう思った……。

 

 沙那を見つけたらどうしてやろう……。

 とにかく、二度と逃げたりしないようにこっぴどく罰を与える。

 それがけじめというものだろう……。

 

 そのために夜通し山越えでやってきたのだ。

 沙那と会ったら罰を与えてやる……。

 

 沙那に……。

 

 だけど、沙那に会えるのだ……。

 宝玄仙は知らず知らず、笑いたくなる自分を感じていた。

 

 いずれにしても後天袋という男と偶然出会えたのはよかった。

 この男は、確かに数日前に沙那をこの先の分限者の館に紹介したというし、親切にも、沙那に紹介した分限者のところまで宝玄仙たちをわざわざ連れていってくれるというのだ。

 これで間違いなく沙那と再会できる──。

 とにかく、よかった……。

 

「芸人の一座なんて、やったことはありませんよ、ご主人様」

 

 朱姫はあっさりと言った。

 この朱姫も明るい。

 

 このところ、朱姫も人が変わったように暗かった。

 沙那がいなくなってからずっとそうだったのだが、なにをするにも気力が湧かず、心が沈んで力が出ない……。

 そんな感じだった。

 

 しかし、沙那に会えるとわかったときは、本当に嬉しそうだった。

 たちまちに元気になって、闊逹さを取り戻し、昨夜、孫空女に居酒屋で下着姿で踊らせたときなど、嬉々として口上係の真似事をやっていた。

 そのときの朱姫の客あしらいは大したものだと思ったが、どうやら経験はなかったようだ。

 

「あれが初めての口上かい? それにしては堂に入ったものだったと思ったけどね。あたしがいた旅の一座の本職の口上係だって、朱姫ほど上手じゃなかったよ」

 

「そうですね。俺もあんたらは本職の芸人かと思いましたぜ」

 

 孫空女に次いで、後天袋が言った。

 

「ううん……」

 

 朱姫が考えるような表情をした。

 自分のやったことを思い出すような表情だ。

 黙って見守っていると、やがて口を開く。

 

「……あれは、『縛心術』の応用です」

 

 そう言ったので驚いた。

 

「お前、『縛心術』を遣ったのかい?」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 

「えっ、このお嬢さんも道術遣いなんですか?」

 

 だが、後天袋がもっと驚いたような声をあげた。

 そして、なにか考えるような表情になる。

 

「いや、お前は道術なんて遣ってないよ。それはわかるんだよ」

 

 宝玄仙は言った。

 道術を遣うには霊気が動く。

 霊気が動けば、宝玄仙にわからない訳がないのだ。

 

「あっ、だって、あたし……、『縛心術』を遣うときには、いつも道術を遣うわけじゃありませんよ。だって、あたしの『縛心術』は、霊気を持たないただの人間にもかけたりするじゃないですか。そういうことです……」

 

「ああ、そういうことかい」

 

 なんとなく宝玄仙は納得した。

 確かに朱姫は、ただの人間に『縛心術』をかけることができる。

 さすがの宝玄仙でも真似のできないことだ。

 朱姫のように、道術を遣うことなく『縛心術』をかけることのできる者は確かにまれに存在する。

 だが、考えてみれば、いったいどうやっているのだろう。宝玄仙は少し興味が湧いた。

 

「ふうん……。じゃあ、説明しておくれよ。実際にはどうしたんだい。居酒屋でお前があしらった酔客は三十人はいただろう? あれ全部、一度に『縛心術』で操るのかい、朱姫?」

 

「あらっ、ご主人様、ああいう集団のときは、むしろ、単独の人間よりも操りやすいんですよ」

 

「集団の方が操りやすいって言ったかい、朱姫?」

 

 思わず朱姫を見る。

 だが、にこにこと笑っている朱姫を見ていると出任せを言っている感じではない。

 だが、宝玄仙からすれば、集団に一度にかける道術というのは、どんな道術でも道術の中でも高等道術だ。

 それだけ、複数の人間に道術を作用させるのは難しいのだが……。

 

「感覚的なものなので説明しにくいんですけど、道術をかけるというよりは、糸を解くという感じです。あのときは、たくさんの感情があの場にありました。でも、孫姉さんが踊ろうということに対する好奇心、興味のようなものが一番強くて多い感情でした。あたしは、その中の一本か二本をほんのちょっとくすぐるように動かしたんです……」

 

「動かした?」

 

「言葉を使ってです……。糸が解けるのを確認しながら、心を誘導できる言葉を探り探り使うんです。昨日に限らず、道術のない人間に『縛心術』を遣うときはそんな感じです」

 

「糸を解く?」

 

 あっけらかんと言ったが、宝玄仙には朱姫が驚くべきことを発言したことに気がついた。

 感情の糸を確認しながら解くということは、少なくとも、朱姫には、それが見えるということだ。

 つまり、漠然としたもののようだが、朱姫は感情を読むことができるのだ……。

 

「集団のときには、全部を操作する必要がないのです。一本か二本の糸を解くと、後は自蝕作用といいますか、お互いがお互いに作用して、同じ感情が全体に伝わります。それ以上はなにもする必要がありません。全体の感情が誘導したい方向にひとつになります」

 

 改めて宝玄仙は朱姫を見た。

 朱姫は平然としている。

 人の感情を漠然とではあるが、なんとかく感じることができる……。

 

 かなり長く一緒にいるが、宝玄仙は朱姫のそんな能力は知らなかった。

 おそらく、朱姫にとっては、別段、改めて説明するようなことでもなかったに違いない。

 だが、考えてみれば、それなら納得はいく。

 朱姫は、自分のそういう能力を利用して人の心を操り、霊気のない人間を相手に『縛心術』を遣うのだ。

 

「皆さん、着きましたよ」

 

 不意に後天袋が言った。

 道の先に天教の寺院を思わせるような大きな建物が現われた。

 

 

 *

 

 

 かなり大きな屋敷だった。

 立派な門があったが、後天袋は特に案内を乞うということもなく、勝手にそこを通り抜けていった。

 鍵はかかっていない。

 門をくぐった向こうには、前庭が拡がっていて、その向こうに屋敷の入口が見える。

 

「ご主人様、これは……」

 

 門の直前で、孫空女が真剣な表情で振り向いた。

 

「うん、結界だね……。しかも……」

 

 宝玄仙が感じたのは屋敷の敷地内全体に拡がる強い結界だ。

 道術は遣えないものの、孫空女は霊気の流れを感じることができる。

 だから、眼の前にほかの道術遣いの結界が刻んであることに気がついて、屋敷の中に入るのを躊躇したのだ。

 他人の結界の中では宝玄仙の道術が通用しないというわけではないが、やはり、宝玄仙の道術も十分な力は発揮できない。

 眼の前に拡がっているの結界は、それほど強い霊気というほどではない。

 宝玄仙が入るのを躊躇したのは、霊気の強さではなく質だった……。

 

「どうしたんですか? 入らないので……? 沙那さんはここにいますよ」

 

 門を抜けたところで、後天袋が振り返って言った。

 しかし、この霊気は……。

 

「後天袋、ここに住む分限者というのは、どんな奴だい?」

 

 宝玄仙は言った。

 感じるのはただの霊気ではない。

 妖魔の霊気だ。

 ここに住んでいる者の正体は、妖魔に違いないのだ。

 

「黄眉(おうび)様という方ですよ。ここにおひとりで暮らしております。まあ、それでなにかと不自由だということで、身の回りを世話している人を探していたということで……」

 

「ひとり?」

 

 これだけの敷地だ。

 ひとりというのは大変だろう。

 

「まあ、道術が遣えるお人ですからね。ある程度はひとりでまかなえるようですよ。それより、どうぞ……」

 

 後天袋は手招きした。

 

「そいつは妖魔かい?」

 

 しかし、なおも宝玄仙は門の前にいたままだ。

 

「ねえ、ご主人様……」

 

 朱姫だ。

 宝玄仙が入るのを躊躇っているのを批判するような表情だ。

 ふと、孫空女を見る。

 孫空女は、はっきりと危険だと顔で訴えている。

 

 宝玄仙は迷った。

 相手の結界であろうと、霊気そのものは、おそらく、宝玄仙の敵ではない。

 宝玄仙が気になるのは、その霊気の持ち主が妖魔だということだ。

 

「妖魔とはなんです、宝玄仙さん? ここに住んでおられるのは、亜人の方には違いありませんけど……」

 

「亜人?」

 

 今度は宝玄仙が、後天袋の使った耳慣れない単語に戸惑った。

 

「ああ、そう言えば、西方帝国の文化圏では、東方で使っていた“妖魔”という言葉の代わりに、“亜人”という言葉を使うみたいです。張須陀に浚われる直前に沙那姉さんが、そう言っていたのを思い出しました」

 

 朱姫が言った。

 

「亜人かい」

 

 亜人というのは、“人に近い存在”という意味なのだろう。

 東方帝国では、“妖魔”と称して、完全に彼らを否定してしまうが、考えてみれば、妖魔も多少、姿が人と異なる部分があるだけで、人と外見が大きく異なるわけではない。

 亜人と呼ぶ方が確かに相応しい気がする。

 蔑称には違いないが、妖魔よりはましだろう。

 

 いずれにしても、西方帝国圏内では、それだけ、東方で呼ぶ「妖魔」と人間の距離が近いということでもあるのだろう。

 だが、それで宝玄仙は思い出した。

 そう言えば、沙那は、これまで、どこに進むにも、行く先々の情報を事前に調べようと気を配っていてくれたものだ。

 それだけじゃない。進む先で食料や飲み物に困ったりしないように、先に城郭や町などがあるのかを事前に人に訊ね、問題がありそうなら、保存食を余分に準備したり、あるいは、途中で狩りなどをするための支度を整えるというようなことに気を配っていた。

 およそ、旅が始まってから、宝玄仙は食べ物に苦労したという経験がほとんどない。

 

「じゃあ、ここに住むのは、亜人の黄眉という人であり、沙那はここにいるということかい」

 

「そうです。とりあえず、沙那さんがまだいるかどうか、黄眉様に訊きましょう」

 

 後天袋が言った。

 宝玄仙は門を通り、屋敷に足を踏み入れた。

 前庭をすぎて、玄関に着くと後天袋が扉についている龍の飾りに口を向ける。

 

「後天袋です」

 

 それだけを言った。

 すると扉がすっと開いた。

 入れということだろう。

 

 宝玄仙は、後天袋に続いて屋敷の中に入った。

 玄関に通じる場所は大きな広間になっていた。

 後天袋は、まるで自分の家でもあるかのように、どんどんと進んでいく。

 そして、広間の奥の扉まで行くと、また入っていく。

 

「おい、後天袋、主に断りなく、勝手に進んでいいのかい?」

 

 孫空女が言った。

 

「いいんですよ。黄眉様は知っておられますよ。いつものことですから……」

 

 後天袋が言った。

 

「いつものこと?」

 

 孫空女が不審を抱いたような口調で言った。

 

「いや、なんでも……」

 

 すると慌てたように後天袋が口をつぐんだ。

 奥の部屋に入ると、そこもさっきの大広間ほどではないが、そこそこの広間だった。だが、薄暗くて中になにがあるのかがよく見えない。

 

「ご、ご主人様、出て──」

 

 いきなり孫空女が叫んだ。

 だが、なにかが宝玄仙を阻んだ。

 見えない壁のようなものが宝玄仙を阻んだのだ。

 よく見ると、いつの間にか透明の膜のようなもので周囲を取り囲まれている。

 つまり、宝玄仙は大きくて長い筒のようなものの中にいつの間にか閉じ込められていた。

 

「な、なんだ、これ──?」

 

「で、出られない」

 

 孫空女と朱姫も悲鳴のような声をあげた。

 ふたりとも、宝玄仙と同じように透明の筒の中に閉じ込められている。

 

「どういうことだい、これは……?」

 

 訳がわからなくて、宝玄仙も声をあげた。

 するといきなり部屋が明るくなった。

 

「うわっ」

 

 あまりの驚きで宝玄仙は悲鳴をあげることしかできなかった。

 明るくなった視界に飛び込んできたのは、部屋の壁一面に並べられている様々な美女の裸身だった。

 それがいろいろな姿勢をとらされて飾られている。

 最初は悪趣味な等身大の人形なのかと思ったが、時間が経つにつれて、そうではないことがわかった。

 

 あれは本物の人間だ……。

 だが、死んでいるようだ。

 死んだ人間の美女をああやって、剥製にして飾っているのだと思った。

 

「後天袋──」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 騙された──。

 

 やっと宝玄仙も悟った。

 よくわからないが罠に嵌ったに違いない。

 後天袋は宝玄仙たちを黄眉という妖魔──つまり、亜人に引き渡すためにここに連れて来たのだ。

 

 とにかく、脱出を……。

 宝玄仙は道術を込めた。

 しかし、まったくなにも作用しない。

 どうやら、この透明の膜に包まれていると霊気がまったく遣えなくなるようだ。

 

「ご主人様、駄目だよ。閉じ込められた」

 

 孫空女の叫びが聞こえた。

 見ると『如意棒』を持っている。

 しかし、まるで透明の壁には歯が立たないようだ。

 

「あ、あたしの道術も駄目です、ご主人様」

 

 朱姫の必死の声もした。

 

「今日の納品は三匹か、後天袋?」

 

 大広間側から誰かが入ってきた。

 黄金の眉をした老人だ。

 口が大きく牙が見えている。

 狼を思わせる風貌だ。

 人のようで獣のような顔。

 紛れもなく妖魔……、ここでいう亜人だ。

 

「へへへ、なかなかに美形だと思いますがね。それに見合う値をつけてくだせえ、黄眉の旦那様」

 

 後天袋が揉み手をしながらその亜人の老人に言った。

 

「なるほど、なるほど……。これは、これまでに連れてきた美女の中でも最高級品だな。わしの蒐集品に相応しいのう」

 

 黄眉がほくほく顔で言った。

 

「やい、お前は黄眉かい──。あたしらをどうするつもりだい」

 

 孫空女が怒鳴り声をあげた。

 

「ほう、こっちは勇ましいのう。すぐに剥製にするのは惜しいな。十日ほど遊んでからにするかな。こういう女を完全に屈服させて生気を抜いていくというのも、蒐集のもうひとつの愉しみというものでな」

 

 黄眉が嬉しそうに言った。

 

「これは大した女戦士ですよ。大の男が十人かかっても、あっという間に全員を叩きのめすんですから。でも身体はいいですよ。孫空女という名です」

 

 後天袋が言った。

 

「お前、これは、どういうつもりだい?」

 

 宝玄仙は黄眉に叫んだ。

 すると、黄眉が値踏みするような視線で全身を舐め回しだした。

 腹が立って道術をもう一度込めようとしたが、やはり、霊気はぴくりとも動かない。

 

「黄眉の旦那様、気をつけてくださいよ。こいつは宝玄仙という名で道術遣いのようです。こっちの娘もそうです。朱姫という名ですがね」

 

「心配ない、後天袋。このわしの『狼天膜(ろうてんまく)』に包まれてしまえば、どんな道術遣いでも霊気は遣えんし、どんな女戦士でも外には出られん」

 

 どうやら、宝玄仙たちを包んでいる透明の筒のようなものは、『狼天膜』というものらしい。

 この黄眉の道術なのだろう。

 持っている霊気そのものは、宝玄仙がこの黄眉よりも遥かに上回るが、この膜の中ではまったく道術が遣えない。

 得体の知れない道術に囚われたようだが、とにかく、膜の外にさえ行ければ……。

 

「わかったよ。降参だよ、黄眉とやら……。なんのためにわたしらを捕えたか知らないけど、わたしは面倒なやり取りが嫌いなんだ。犯すんならさっさと犯しな。抵抗しないからここから出しておくれ……。いい思いもさせてやるよ」

 

 宝玄仙は言った。誘うような仕草もしてみせた。

 だが、黄眉は急に笑い出した。

 

「な、なにがおかしいんだい、黄眉?」

 

 宝玄仙は苛ついて声をあげた。

 

「見え透いたことはせんことだ。お前たちを生きているうちにそこから出すことはあり得ん。わしの目的は、最終的には、壁に並んでいるわしの蒐集品のように、お前たちを剥製にすることなのだからな……。まあ、その前に何日かは、愉しませてもらうことになると思うがな」

 

「は、剥製──?」

 

 孫空女が声をあげた。

 

「そうだ、剥製だ。お前たちはさぞや美しい剥製になりそうだな。わしの蒐集品に加えるに相応しい女たちだ」

 

「じょ、冗談じゃないよ、黄眉。剥製なんかになるかい」

 

「おうおう、威勢はいいな。孫空女だったかな、お前は……。だが、どうにもできんだろう。その『狼牙膜』は、お前たちをただ閉じ込めるだけじゃない。人間の剥製を作る設備でもあるのだぞ。わしが道術をかけさせすれば、中に毒の空気が充満して、あっという間に死ぬ。死ねば加工して、これまでの女たちのように人形にして飾ってやろう……。そうだな。お前は強い女戦士ということだから、魔避け代わりに玄関に飾るか。そっちの宝玄仙は大広間だな」

 

 黄眉が舌なめずりをしながら言った。

 

「く、くそうっ……。お前、やっぱり、あたしらを騙したんだな、後天袋。この変態妖魔にあたしらを引き渡すために、ここまで連れて来たんだろう──」

 

 孫空女が叫んだ。

 

「まあ、その通りだな。これが俺の商売でな──。信じられなくらいに今回は簡単な仕事だったぜ……。ところで、黄眉の旦那様。早速ですがお代を……」

 

 後天袋が黄眉に恵比須顔を向ける。

 

「そうだったな……。まずは、この朱姫か……」

 

 黄眉がじっと朱姫を見た。

 

「ひ、ひゃああっ」

 

 しかし、不意に朱姫が悲鳴をあげた。なぜだかわからない。

 

「ど、どうしたんだい、朱姫?」

 

「わ、わかりません、ご主人様──。でも、なぜか、あ、あそこを舌で舐められている感覚が……あふうっ」

 

 真っ赤な顔で朱姫が両手で股間を押さえながら言った。

 

「ふうん……。さてさて、これは……。大人ではないな……。どうするかな……。じゃあ、金一枚だな」

 

 黄眉が言った。

 すると朱姫の悲鳴もとまる。

 朱姫は股間を押さえてしゃがみ込んでいる。

 

「金一枚? それは酷い。これまでの女でも二枚が相場でしょう。せめて二枚──」

 

「だが、まだ、大人になりきっていない娘であろう。確かに美少女には違いないが、わしは子供にはあまり興味がないのだ」

 

「じゃあ、二年ほど生かしておいたらどうですか? 二年もすれば、絶世の美女になりますぜ……」

 

「まあ、ここは負けておけ、後天袋。その代わり、残りの二匹には色をつけてやる」

 

 後天袋が渋々という感じで首を縦に振った。

 

「次は孫空女だな」

 

 黄眉が言った。

 すると今度は孫空女が悲鳴をあげて、身体をくねらせはじめた。

 

「な、なにをしているんだい、黄眉──」

 

 宝玄仙は声をあげた。

 だが、次の瞬間、宝玄仙も股間を誰かに舐められている感覚が襲ってきた。

 

「あっ、くうっ……、あっ……」

 

 宝玄仙も思わず股間に手をやって膝を折る。

 これは道術だ。

 道術で舌の感覚を送って、膜の筒に閉じ込められた宝玄仙たちの股間を舐めているのだ。

 おぞましい感覚が股間を襲う。

 しかし、しばらくすると、その舌の刺激が消えた。

 宝玄仙は股間に手をやったまま黄眉を睨んだ。まだ、気持ちの悪い感覚の余韻が残っている。

 なんだったのだ。いまのは……。

 

「驚いたか、宝玄仙──。いまのようにわしは、膜の中に自分の身体の一部の感覚を繋げることができるのだ。肉棒も送り込めるぞ……。つまりは、膜に入れたまま、お前たちを犯すことができるということだ……。まあ、もっとも、わしも歳だからな。いまは、犯すよりも、意地の悪いことをして、膜の中の女が屈辱に顔を歪めるのを見る方がそそるな」

 

 黄眉はそう言って大きな声で笑った。

 宝玄仙は歯噛みした。

 これは本当に膜の外には出さないだろう。

 なんとか、宝玄仙の身体を凌辱させるように仕向けようと考えていたのだ。

 老いたとはいえ、黄眉も雄だ。

 性欲はあるだろう。

 性欲を抱けば、宝玄仙を犯そうとするに違いないと考えていた。

 犯すためには、宝玄仙をここから出さなければならない……。

 

 しかし、いまので、黄眉は膜から出さなくても、宝玄仙たちを犯せるということがわかった。

 ならば、危険を冒して宝玄仙を膜の外に出す理由がない。

 

「ちっ」

 

 宝玄仙は舌打ちした。

 

「自分がもう膜から出られんとうことがわかったか、宝玄仙。もう諦めろ。立派な剥製にしてやるからな──」

 

「な、生身でやるのと間接的にやるのとは違うよ。生身で味わってみたいとは思わないのかい?」

 

 なおも宝玄仙は言った。

 

「それも心配するな。実際に舌で味わったものは、まったく同じ成分のものが本当にわしの口の中に入ってくるのだ。一物も同じだ。本当に術で肉棒をお前たちの身体に入れれば、わしの肉棒もお前たちの淫液で汚れるということだ──。さて、ところで、後天袋。値だったな……。孫空女は九枚。宝玄仙には二十枚を払おう」

 

「ふえっ──。そ、そんなに──」

 

 後天袋が素っ頓狂な声をあげた。

 

「不満はあるまい? 全部で金三十枚だ。それに、こいつらの着ている服や荷物もつけてやる。わしにはいらんものだからな。孫空女が持っている武器は霊具のようだぞ。あれはなかなかに貴重なものに思えるがな」

 

「あ、ありがとうございます──。こんないい仕事は生涯ありません」

 

 後天袋がひれ伏さんばかりに頭をさげた。

 

「また、わしの蒐集品に相応しい女を連れて来たら連れて来い、後天袋」

 

「もちろんですよ。そのときもお願いしますよ、旦那様」

 

「うむ」

 

 黄眉が頷いた。

 

「お前らなに勝手なことばかり言ってんだよ──。荷物に服? 蒐集品? しかも剥製だって? 頭おかしいのかい、お前ら」

 

 孫空女が喚きたてた。

 だが、黄眉と後天袋は孫空女を無視して、ふたりで会話をしている。

 どうやら、金三十枚は一度に持てないので、後日取りに来るということになったようだ。

 その代わり、服や荷についてはすぐに持っていくと言っている。

 小西天の町は、商家も少ないので衣類などはあっという間に売れるらしい。

 だが、いまのやり取りだけでも、後天袋と黄眉がかなり親密に取引をする仲だということがわかる。

 騙されたということに口惜しさが心に走る。

 

「……そういうわけだから、とりあえず、なにもかも脱いで素っ裸になってもらおうか……。じゃあ、お前たち服を脱いで、膜の外に来ている物を全部投げろ。その膜は、生身の女は通さんが、物は自由に通すのだ」

 

 黄眉が三人に振り向いて言った。

 

「はい、そうですかと服を脱ぐと思うのかい、お前」

 

 宝玄仙は言った。

 膜の中に閉じ込めているというのは、逆に言えば、入っても来れないということだ。

 

「さっきも言ったが、膜を通り抜けられないのは、生身の女だけだ。だから、お前たちは膜から出られんが、わしたちは膜の中に手も入れられる。無理矢理に脱がすということもできるぞ、宝玄仙」

 

「だっから、無理矢理に服を脱がしてみな、黄眉」

 

 宝玄仙は言った。

 膜の中に不用意に手を入れたりすれば、宝玄仙はともかく、孫空女は、その腕をとって、黄眉の身体を膜に引きずり込むこともできるかもしれない。

 そうなれば、黄眉自身を人質にできる……。

 

「服を脱がす方法は幾らでもある……。まあいい……。とりあえず、朱姫からかかるか……。この小娘はあまり興味も持てんから、さっさと殺してから服を剥ぐことにするか……」

 

 黄眉はそう言った。

 すぐに朱姫の入っている膜からなにかの気体が噴き出すような音が聞こえ始めた。

 途端に朱姫が喉を押さえて苦しみだして、その場に崩れ落ちた。

 

「あ……が……」

 

 朱姫が眼を大きくして空気を求めるように口を苦しそうに開いた。

 顔色がみるみる蒼白くなる。

 

 毒だと思った。

 朱姫が死ぬ……。

 

 宝玄仙に恐怖が襲った。

 道術を込める。

 

 しかし、やはり、霊気が動かせない。

 朱姫の苦悶はだんだんと小さなものになる。もう意識が消えようとしているのだ。

 

「しゅ、朱姫──」

 

 孫空女が絶叫した。

 

「や、やめておくれ、黄眉──。服を脱ぐよ。服を脱ぐから朱姫を殺さないでおくれ」

 

 宝玄仙は絶叫した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。