「くっ……あ、ああっ……あんっ……」
沙那は、どうしても自分の口から喘ぎ声が漏れ出るのを防ぐことができなかった。
「あらあら、すっかりと尿道で感じる身体になっちゃたわねえ。尿道責めがそんなに気持ちいいの、沙那?」
まだ童女の
拘束されなくても、いまの沙那の身体は桔梗の香りの魔毒による手足の弛緩によって、自分の意思で動かすことはできない。
この日の夕方も、沙那はここで兄妹に監禁されて凌辱されるようになってずっとやられている尿道責めを受けていた。
尿道に導尿管を挿され排尿させられて、媚薬入りの薬液を膀胱浣腸される。
その間、執拗に尿道を繰り返し刺激されて、快感を覚えさせられる──。
それが毎日の夕方から夜にかけて繰り返されている日課だ。
夕方になり、その日の作業を終えた信伸と愛寧のふたりが土間に置かれた沙那の檻にやってきて、しばらくの間、檻の前で桔梗の匂いの香を焚かれる。
すると沙那の手足は完全に弛緩して動かなくなる。
その状態にして、初めて檻から出されて、ふたりに担がれて居間に連れていかれるのだ。
土間をあがった家の中は、どこも桔梗の花の香りが充満されていて、沙那は家に連れ込まれている間、ずっと身体の自由が効かなくなる。
今日もいつものように、仰向けにされて両脚だけを天井から垂らした縄で左右に引き揚げられた。
腰の下には畳んだ座布団を入れられて、床に座る信伸にふたつの穴を曝け出すように向けられている。
そして、愛寧が信伸に見せつけるように責めるのだ。
今日もいつものように尿道責めが始まった。
尿道口に導尿管という短くて細い特別な管を出し入れするのだ。
その導尿管が沙那の尿道に挿されて膀胱に届くと、沙那の意思とは無関係に膀胱に溜まっている尿が外に排出されてしまう。
信伸に見られながらする排尿を恥ずかしがる余裕はない。
排尿が終われば、膀胱浣腸が待っている。
挿し込んだ導尿管を通じて、愛寧が準備している薬液を膀胱に注がれるのだ。
ただの液体じゃない。
媚薬だ。
沙那の尿道を爛れるような快感の場所にするための仕打ちなのだ。
抵抗の手段のない沙那は、そのおぞましい肉体改良の調教を受け入れるしかない。
それを何度も繰り返し行われた。
媚薬を膀胱に無理矢理に注がれて、しばらく置かれてから排出させられる。
終われば、出したものに媚薬の成分の原液を少し追加して、また膀胱浣腸……。
そして、媚薬が浸透するまで導尿管の管を閉鎖され、しばらく排尿を我慢させられてから排出……。
また、媚薬の抽入……。
これを日に十度は繰り返していて、それがすでに六日になっている。
沙那の尿道は、いまや、ここに監禁される前とはまったく違う快感の場所になってしまった。
こんな場所は、あの宝玄仙にも調教を受けなかった場所だ。
繰り返されて媚薬漬けにされ、尿道を責められて受ける快感は日に日に大きなものになっていく。
認めたくはないが、沙那もそこが自分の新しい性感帯になったことを自覚せざるを得なかった。
「力を抜いて……ほらっ、そんなに気持ちがいいの? ふふふ、尿道をいじくられて感じるなんて、すっかりと奴隷に相応しい身体になったわねえ……。でもまあ、もともとあんたはとても敏感な身体をしていたけどねえ……」
愛寧が笑いながら尿道管を入れたり出したりする。
すでに一度導尿管を膀胱まで入れられて排尿させられた。
排尿が終わって始まったのが、この挿した導尿管を使った沙那の尿道への責めだ。
こんな場所をいじくられるのは恐怖しかない。
だが、それで引き起こされる妖しい感覚と疼きが沙那の全身を小刻みに震わせる。
「い、言わないで……あはあっ……い、いやっ……はあっ」
切羽詰った声が口から漏れ出る。
「あらあら、いいお声ねえ、沙那。ここに導尿管を入れられるのはそんなに気持ちいいの? あんた、ここをいじくられるのは嫌じゃなかったの? お兄ちゃん、見てる? 沙那、気持ちよさそうよ」
「見てるさ……。沙那も、そろそろ尿道で気をやれるようにもなったんじゃないか? 一度、気をやってみせてくれよ、愛寧」
「わかったわ、お兄ちゃん……。さあ、沙那、そういうわけだから、尿道だけで気をやって頂戴?」
愛寧がさらに刺激を繰り返す。
その動きは繊細だ。
尿道はとても敏感で、ちょっとでも乱暴にされると激しい痛みが走るのだが、愛寧はいまのいままで、一度も沙那の尿道を傷つけたことがない。
ゆっくりゆっくりと尿道管を入れては出し……出しては入れる。
「んんんっ……ああっ、あ、あんたら、お、覚えて……あはあっ……なさい……ああっ……いいっ……」
全身が総毛立つ。
尿道口から全身に拡がっていく快感がさざ波から大きな波に変化しようとしている。
「なにを覚えておくの、沙那? 尿道をいじくられて絶頂してしまう、浅ましい奴隷二号のこと?」
わずか十三歳の嗜虐者が沙那の恥辱を呷るようにからかう。
こんな少女に責められて達するなど、沙那の誇りが許さない。
だが、口惜しいがどうしても快感に耐えられない。
もうすぐ絶頂がやってくる……。
沙那はわずかに動く全身を悶えさせた。
愛寧の導尿管が執拗に繰り返して沙那の尿道を刺激し続ける。
感じたくない……。
口惜しい……。
しかし、快感の波の間隔がだんだんと短くなる。
沙那にはわかる。
もうすぐ一気に来る……。
耐えられない……。
もう、覚悟するだけ。
「い、い、ひいっ……し、しないで……もう、しないでっ……」
沙那のあられのない反応に信伸と愛寧が満足するような笑い声をあげる。
愛寧の責めは続いている。
「遠慮せずにいきなさい、沙那……。尿道でね。そんな場所で気をやれるなんて、感謝してよね」
愛寧が尿道を刺激しながら言った。
耐えられない……。
官能の波が一気に上昇した。
「い、いくうぅぅぅ──」
沙那は全身を痙攣するように震わせて感極まった叫び声をあげた。
達した……。
大きな脱力感に襲われる。
ついに、尿道で達してしまった……。
またひとつ、この卑劣な兄妹に屈した……。
快感の波が次第に落ち着くにつれ、激しい口惜しさがまた込みあがる。
「ふふふ、どんな気持ち、沙那? 尿道でいくなんてね……。もう、すっかりと感じる場所になっているわね。尿道で指も受けいれられるようにしてあげましょうか? 最後には、お兄ちゃんの性器も……。魔草を使えば不可能じゃないわ。あんたの身体に特殊な植物を寄生させるのよ。そうすれば、普通では受け付けられない肉体改造も受け入れられるようになるわ……。どう?」
愛寧が笑った。
沙那の身体にぞっとするような恐怖が走る。
尿道をそんな風にできるわけがない。
しかし、その一方で、この変態兄妹なら本当にそんな肉体改造を沙那に施すのではないかという思いもした。
「ほかの場所は、開発されまくっているみたいだし、本当に淫らな身体をしているわね、沙那……。それにしても、尿道でいくなんて恥ずかしくないの?」
愛寧が今度は沙那の肉芽に指を伸ばして、そこを潰し回すように弄りだした。
「だ、だめ……だめ、だめ、あ、ああっ、あはあっ……あひいいっ……」
達したばかりの余韻に浸っていた沙那の身体が、再び一気に燃えあがった。
沙那は快感を爆発させて、あっという間に二度目の絶頂をしてしまった。
「あはははは──。本当に面白い。ここまで敏感だと、まるで玩具みたい。嘘じゃないかと思うくらいに、どこでもいきまくるわよねえ、あんたって」
愛寧が大きな声で笑った。
「くっ」
口惜しくて思わず歯噛みをする。
しかし、どうにもならないのだ。
こんな娘にいいように弄ばれたくはないが、どうしても沙那の身体は淫らな反応をしてしまう。
「もう一度、尿道でいかせてやれよ、愛寧。いまの感覚をこいつの身体に刻み込んでしまうのだ」
「わかったわ、お兄ちゃん……。じゃあ、始めましょうか、沙那」
愛寧が再び導尿管を沙那の尿道に挿し込んだ。
「ああ……、す、少し休ませて──」
思わず哀願する。
しかし、愛寧は笑って無視する。
あっという間に快感が昂ぶってくる。
続けざまの快感は恐怖でしかない。
沙那は悲鳴をあげた。
「一人前に嫌がるじゃないわよ。淫乱ないき人形のくせに……。ほらっ、こうすると気持ちいいんでしょう、沙那?」
愛寧が尿道管を動かし続ける。
「ああ……はあっ……」
また尿道口からの快感が全身に拡がる。
沙那にはわかる。
もう、絶頂に近づいている。
一度、火がつくと、沙那の身体は信じられないくらいの短い感覚でいき続けるようになる。
そのいき狂いの予兆の恐怖が沙那を襲う。
「あ、あっ、あっ、あっ……も、もう、いくっ……いくっ……だ、だめえっ──」
もうすぐ絶頂する。
「嫌がりながら絶頂するお前の表情はいいな……」
信伸の欲情したような声がした。
「いくうっ──」
それを合図かのように沙那は激しく絶頂して身体を痙攣させた。
「はあっ、はあっ、はあっ……」
息が切れそうになり沙那は全身で呼吸していた。
このままじゃあ、本当におかしな身体にされてしまう……。
逃げなければ……。
宝玄仙のところに戻らなければ……。
仲間のところに……。
しかし、どうやって逃げればいいのか……。
沙那は快感の余韻に浸りながら、この兄妹のことを考えていた。
この兄妹はそもそも、なんのために沙那を監禁しているのか……?
なぜ、真ん中の愛華は奴隷扱いなのか……?
だが、思考をまとめられない。
快感の余韻が強すぎるのだ。
「まったく、お前の身体は本当にいやらしい……」
絶頂の余韻に半分呆けていた沙那の上に不意に影が差した。
信伸だった。
いつの間にか沙那に覆いかぶさるように迫ってきている。
「あっ……」
眼が血走っている……。
欲情で興奮している。
いきなり信伸の怒張が沙那の内臓を突き破るような勢いで入り込んできた。
「あふうっ──」
沙那は悲鳴のような嬌声をあげた。
激しい律動が開始される。
荒々しい信伸の責めに沙那の身体はしっかりと反応する。
消えかけていた官能の波が荒々しさを取り戻す。
「あはあっ、ああっ
沙那はがくがくと身体が震えるのがわかった。
手足は弛緩しているが信伸を受け入れている腰はしっかりと反応している。
「ほおおおお」
沙那は咆哮した。
もうなにがなんだかわからない。
「い、いくううっ──ほごおっ……」
沙那は獣のように叫んでいた。
与えられる快感に耐えられず、沙那の中のなにかが崩壊する……。
絶頂する……。
そして、沙那は快感の頂点に飛翔した。
「ううっ」
信伸が沙那の股間に恥骨を押しつけるようにて震えた。
熱い精の迸りが沙那の女陰に注がれるのがはっきりとわかった。
このままじゃだめだ……。
この兄妹の嗜虐の輪廻から抜け出す方法──。
どうやったら、ただ責められるだけの日常から脱出できるのか……。
朦朧とする意識の中で、沙那は賢明にそれを考え続けていた……。
*
「縄を解いてやれ。今日はもういい……。沙那を檻に入れておけ」
沙那の股間から男根を引き抜いた信伸が愛寧に言った。
「わかったわ、お兄ちゃん」
愛寧が天井から吊られている沙那の脚の縄を解き始める。
「ま、待って……待ってください、信伸様──」
沙那は下着と下袴を履こうとしていた信伸に向かって、慌てて叫んだ。
沙那の突然の発言に信伸が怪訝な表情を向ける。
しかし、沙那は決心していた。
変えるのだ。
嗜虐の日常を変化させる──。
そこから始めるのだ……。
そして、考えた結論がこれだ。
奴隷を受け入れる。
従順な性奴隷になりきる。
それで変化が起きる。
変化が起きれば、付け入る隙が生まれるかもしれない……。
変化がなければ、このまま打開策がないまま、ただ時間がすぎるだけだ。
「お願いです。掃除をさせてください」
沙那は言った。
「掃除?」
信伸はきょとんとしていたが、やがて沙那の言っている意味がわかったようだ。
しかし、にんまりと笑うのかと思えば、信伸の表情には戸惑いと焦りのようなものが映った。
「沙那、あんた、なに言ってんのよ──」
愛寧が怒鳴った。
しかし、沙那は、そのとき、愛寧がすぐに怒るのではなく、信伸の表情の変化を見てから、沙那に怒鳴ったことに気がついた。
やっぱり……。
沙那はやっと愛寧がなんのために沙那を責めているのかがわかった。
これまで沙那が経験した嗜虐は、宝玄仙のように嗜虐者自身が愉しむために、恥辱したり快楽浸けにしたり、あるいは身体をむさぼったりすることだった。
なんらかの行為で嗜虐者の欲望を満足させる。
そのために、沙那の身体を使うのだ。
しかし、愛寧は違う。
やっと、それがわかった。
もしかしたら、愛寧は沙那の身体など、なんの興味もないかもしれない。
愛寧が興味を持っているのはただひとつだ……。
ただひたすらに、それを見ている。
兄の信伸だ。
「な、舐めて掃除します……。わたしの蜜で汚れたものを綺麗にするだけです……。その代わり、ひとつだけお願いを聞いてください、信伸様」
沙那は慌てて言った。
「お願い?」
信伸が興味を抱いた表情を示した。
すると、愛寧が沙那の言葉を邪魔するような態度をやめる。
やはり、愛寧という小さな嗜虐者は、信伸の反応を見て行動している。
沙那を責めるのも、怒鳴るのも信伸の反応を見てのことだ。
つまり、愛寧はただひたすらに信伸の悦びそうなことをやっているだけなのだ。
それが、沙那への嗜虐だ。
もしかしたら、姉の愛華への嗜虐も同じなのかもしれない。
とにかく、妹の愛寧の行動は、一見、積極的に嗜虐をしているようでそうではない。
兄の信伸を悦ばすために、決められたことをしているにすぎない。
そこに愛寧の意思はない。
意思がない?
そのとき、ふと沙那は、自分の思念になにか引っ掛かるものを感じた……。
まあいい……。
いまのことだ。
いずれにしても、そうだとすれば、沙那は信伸の悦ぶ行為に心当たりがある。
朝は失敗したが、この五日で、唯一信伸が積極的にやらせようとした行為だ。
それ以外の行為はすべて、妹の愛寧がやるのを見ているだけが多い。
その信伸が自らの意思を示して沙那に強いた行為だ。
興味がないはずかない……。
だが、信伸のなんらかの心の傷のようなものが、朝の失敗になったのだと思う。
「おしめを使わせることだけは堪忍してください……。それだけでいいです」
沙那は言った。
実のところおしめのことは考えていなかった。
いきなり、従順な態度になっても不自然だから、それらしい口実を作っただけだ。
すると信伸が哄笑した。
「なるほど、それほど、おしめに直接排便させたのが効いたのか……。わかったよ。今夜からは排便用のおまるを檻に入れてやる。その代わり、きれいに掃除しろ」
信伸の指示で、愛寧は沙那の拘束を解いて、沙那をあぐらに座った信伸の股間に顔を埋めるような態勢にした。
「一刻(約一時間)でも二刻(約二時間)でも、こうやって舐めます。だから、おしめだけは堪忍してください……」
沙那は信伸の一物を眼の前にして言った。
信伸の性器は、まだ沙那自身の愛液で汚れていた。
本当は自分の淫液なんて舐めたくはない。
だが、耐えた先になにかの出口があるに違いない……。
「二刻(約二時間)……?」
「精を放つ目的以外で、女に性器を舐めさせるのは嫌ですか?」
沙那は言った。
朝の失敗で推測したことだが、信伸は実は人一倍勃起し難い性質なのではないだろうか。
そういう男もいると孫空女に聞いたことがある気がする。
それがなぜか、愛寧がほかの女を責めるのを眺めることで信伸は欲情して勃起しやすくなるのではないか……。
愛寧はそのために沙那を嗜虐し、姉の愛華を責める行為を信伸の前でやってみせている……。
そういうことではないだろうか。
とにかく、仮定に基づきやってみるだけだ。
「二刻(約二時間)、舐め続けてみせます。信伸様のものが反応しようが、するまいがひたすら奉仕してみせます」
だから、勃起しなくて構わない。
沙那は暗にそう言ったつもりだ。
「本当にそんなことを言っていいのか、沙那? 本当にやらせるぞ──。いくら舐めても、勃起はしてやらんぞ。それでもひたすら舐め続けられるのか?」
面白がるような口調で信伸が言った。
「やらせてください。わたしは、あの宝玄仙という女主人の性奴隷でした……。一日中床を舐めさせ続けられたこともあります。数刻など、なんでもありません」
「なら、やってみろ」
信伸は言った。
沙那は信伸の柔らかいままの男根を口に含んだ。
そして、一心に舐め始める。
心をこめて……。
「ただいま、帰りました……」
声がした。
姉妹のうち、姉の|愛華の声だ。
どうやら薬草集めの山歩きから戻ったようだ。
「まあ、お姉ちゃん、これだけ? いつもの半分もないじゃないの?」
愛寧の大きな罵りの声がした。
沙那はひたすら信伸への奉仕を続けながら、そんな姉妹のやりとりに耳を傾けていた。
「……す、すみません。帰りにつまずいて河に落としてしまって……」
愛華の意気消沈したような声が聞こえた。
「それは言い訳じゃない、お姉ちゃん──」
大きな声で愛寧が怒鳴った。
「今日はいい、愛華……。集めた草は作業小屋に入れておけ。それよりも、食事の支度をしろ──。さっさとやれ」
信伸が沙那に肉棒をしゃぶらせたまま言った。
すると、激しい剣幕だった愛寧がぴたりと黙り込んで大人しくなった。
「は、はい……」
やがて、愛華の戸惑ったような返事が沙那の耳に入ってきた。
*
「……起きて」
声がした。
沙那は眼を開けた。
夜中だ。
誰かが檻の前にいる。
最初は誰なのかわからなかった。
しかし、すぐにそれが愛華だということがわかった。
その時には、玄関から漏れ入る月明かりに眼が馴れてきていた。
「ど、どうしたの……?」
沙那は戸惑った。
なぜ、ここに奴隷扱いをされている愛華がいるのか……。
だが、愛華が檻に手を伸ばす。
檻の鍵を持っている。
静かに鍵が鍵穴に挿し込まれてがちゃりと檻が開いた。
いま、身体は弛緩していない。
つまり……。
「逃げて、沙那……」
檻の扉が開いた。
沙那は檻から這い出た。
土間に出た。
「ど、どうして、鍵を?」
沙那は言った。
鍵は愛寧が持っていたはずだ。いつも肌身離さず持っている。
寝るときもだ。
沙那はそれを愛寧がはっきりと言うのを聞いた。
「今夜に限って、なぜか愛寧が鍵束を身体に付け忘れたのよ。洗い場にこれが忘れられていたの……。とにかく、早く」
愛華が言った。
洗い場というのは、この家の裏にある身体を洗うための場所であり、湯を沸かしてその湯で身体を洗うことのできる場所だ。
どうやら、妹の愛華が夜に身体を洗い、鍵束を外して、そのままになっていたということらしい。
それを見つけた愛華が、沙那を解放しに来てくれたのだ。
「あ、あんたの服は、確か愛寧が作業小屋に置いていたと思うわ。あなたの剣が隅にあって、そこに木箱があったわ。多分、そこと思う……」
愛華がささやいた。
「……恩に着るわ」
沙那はそれだけを言った。
すぐに行動しようとして、ふとあることが頭をよぎった。
「あなたもおいで、愛華──。一緒に来るのよ」
沙那は言った。
「一緒に?」
「あたしが逃げたら、あんたが逃がしたことがわかるわ。あの狂った兄妹になにをされるかわからないわ。一緒においで……。連れていってあげる。こんなところにいるよりは、ずっとましなはずよ」
沙那の頭には宝玄仙がある。
この愛華の身柄をとりあえず、宝玄仙に預けようと考えた。
愛華は美人だ。宝玄仙のところに連れていけば、まず間違いなく性調教が始まると思うが、ここにいるよりはましなはずだ。
しかし、愛華は諦めたような笑みをしたかと思うと、静かに首を横に振った。
「な、なんで……?」
沙那は言った。
「あたしはいいのよ……」
「ど、どうして……。兄妹だから? だけど、あいつらのあなたに対する仕打ちは、血を分けた家族のものとは思えないわ。奴隷よ──。ここを逃げるべきよ。世の中は広いわ。逃げても生きている。わたしの仲間に会わせる。みんな本当の家族がいないの。だけど、本当の家族のように連れ添って生きている。大丈夫よ……。任せて、愛華」
沙那は言った。
そうだ。家族だ……。
宝玄仙……。孫空女……。朱姫……。
家族だ──。
宝玄仙のやることには、腹が立つこともあるし、許せないと思うこともある。
だけど、家族なのだ──。
いいことも、悪いことも、すべて丸抱えにして受け入れる……。
それが家族だ──。
少なくとも、ここの三兄妹は家族とは言えない……。
「……こんな卑劣な兄妹に義理立てするの?」
沙那は一緒に逃げようという言葉に反応をしない愛華に苛々した。
なぜ、この女はあんな人を人ともに思わない仕打ちを受け入れるのか……?
なぜ、反抗しないのか……?
「あ、あなたに対して、兄妹がやっとことは謝るわ。許されることじゃない。でも、許してあげて──。お願い。このまま、立ち去って……。彼らを許してあげて……。この通りよ──」
愛華がその場に土下座をした。
沙那はびっくりした。
「愛華……」
もう黙るしかなかった。
仕方がない……。
このままひとりで逃げる。
沙那を逃がしたことで、愛華をどのように扱うかわからない。
しかし、ここまで言うなら置いていくしかない。
もう、これは彼女たち兄妹の話なのだ──。
だが、どうしても沙那には納得がいかない。
酷い目に遭わされながらも、それを黙って受け入れる奴隷根性は、やはり沙那の理解の範疇を超えている。
「ねえ、最後に教えて、愛華──。あなたと、あのふたりの兄妹の間にはなにがあるの?」
「これは償いなの……」
愛華はそれだけをぽつりと言った。
「償い?」
「……それよりも、早く──。いま、こうしている間にも兄か愛寧が気がつくかも……。とにかく、家の裏の作業小屋に服が──」
愛華は言った。
沙那は立ちあがった。
もう迷わない。
音を立てないように玄関の扉を開く。
沙那の裸身に夜風が当たる。
月明かりがある。
眼の前に山がある。
やはり、ここは山麓の山小屋だ。
家の前にはすぐに山街道が走っていた。
敷地を隔てる垣根のようなものはない。
このまま数歩進めば家の外だ。
長かった……。
これで逃げられる。
そのとき、ふと思った。
以前、愛寧は家の敷地が愛寧の道術による結界に包まれているようなことを仄めかせていた。
だから、そう思っていた。
だが、嘘だ──。
沙那は道術遣いではないので、はっきりとはわからないが、ここには結界などない。
結界の中というのは、もっと気が充満していて、たとえ目の前にいなくても、そこに結界を作った道術遣いの気を結界の中ならどこであろうと強く感じるものだ。
それが、結界というものだ。
家の中では、桔梗の魔毒の香りにとらわれていたのでわからなかったが、外に出たことでわかった。
なにも気を感じない……。
つまり、ここには結界などない……。
ならば、なぜ結界などと言ったのだろう?
もちろん、そう言えば、沙那が疑心暗鬼になり、逃亡を躊躇うというのもあるかもしれないが、やはり不自然だ。
そう言えば、愛寧は沙那を無力化するのに必ず魔毒を使う。
だが、魔毒は、つまり魔草であり、霊具とは異なり道術のない者でも扱える。
逆に愛寧は沙那を責めるのに、道術も霊具も遣わない。
なぜ、遣わないのだろう?
考えてみれば、本当に愛寧が、『結界術』を遣えるほどの道術遣いならば、桔梗の魔草の香りなどとまどろこしいことをする必要はない。
結界の中なら普通の人間でもその道術遣いの思いのままだ。
宝玄仙も自由自在に沙那や孫空女の身体を操る。
愛寧が道術遣いなのは、確かなのだろうが……。
目の前で姉の愛華の身体に文字を描く道術を遣ったのを見た。
しかし、よく考えれば、愛寧が道術を遣ったのを見たのはそれだけだ。
まあいい……。
もう、ここには関係ない。
とりあえず、附国の城郭に戻ろうと考えた。愛寧は繰り返し、宝玄仙たちが沙那を置いて出立したと繰り返すが、沙那にはいまでも、宝玄仙や孫空女や朱姫が自分を見捨てるとは思えないのだ。
そのまま進もうとして、沙那ははっとした。
山道を進んでくる灯がある。
こんな時間に人?
疑問に思ったが、確かに灯りを持った人らしき者が近づくのが見える。
なぜか人の気配は感じないのだが……。
とにかく、いまは素っ裸だ。
それで、家の裏にある作業小屋に沙那の荷が置いてあるという愛華の言葉を思い出した。
沙那はそのまま家の裏に回った。
庭には薬を作るために陽干しにするための台のようなものが二十ほど拡がっている。その向こうに立派な小屋があった。
あれが作業小屋だろう。
沙那は駆け寄る。
ふと背後を見る。
誰もいない。
家側も静かだ。
平屋の小さな家だ。
ここに十日近くも監禁されていた……。
改めて、あの兄妹はなんだったのかという思いがした。
とにかく、服と装具だ──。
沙那は作業小屋の戸に手をかけた。
鍵はかかっていない。
罠のようなものが仕掛けられている気配もない。
開いた。
中からは薬草独特の強烈な臭気が漂っていた。
あちこちに薬草が置いてある。
草を潰したり、煮たり、焼いたりするための道具が作業台のような大きな卓に並べられている。
小屋は暗かったが、すでに闇に馴れた沙那の眼は、小屋の奥の沙那の剣をしっかりと確認していた。
剣の下に木箱がある。
そこに沙那の衣類と装具があるはずだ。
沙那はすぐに剣に駆け寄って、横に置くと衣類を取り出すために木箱の蓋を開いた。
「しまった──」
沙那は思わず声をあげた。
服の上にある桔梗の花が視界に飛び込んできたのだ。
魔草の桔梗だ……。
その香りが沙那の鼻を刺激した……。
その瞬間、沙那の手足は力を失い、沙那の身体はその場に崩れ落ちた。
こんな簡単な罠に……。
沙那は歯噛みした。
焦り過ぎた……。
沙那は木箱に突っ伏したまま動けなくなった。
もう手足は動かない。
どうすべきか……?
大声で愛華を呼ぶか……?
いや、そんなことをすれば、愛寧や信伸を起こしてしまう……。
どうしたらいいのか……。
沙那は力の入らない手足を懸命に動かそうとしたが、どうしても身体は自由にならない。
どうしていいかわからぬまま時間だけが空しくすぎていく……。
そのとき、作業小屋の戸が開く気配がした。
「結界が反応したと思ったら、こんなところに大きな鼠がいたわ、お兄ちゃん」
背後に愛寧の酷薄な声が響いた。