※この作品はR-18です。

嗜虐西遊記【完結】   作:ドン・ドナシアン

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388 唯一の道術遣い

 なにか温かいものに背中が包まれるのを感じた……。

 沙那は、自分が床に敷かれた寝具の上にうつ伏せに寝かされていることに気がついた。

 

 暗い……。

 一瞬、自分は視界を失ったのかと思ったがそうではない。

 単に夜の闇で暗いだけのようだ。

 どうやら、まだ夜のようだ。

 

 沙那はどういう状況か考えようとした。

 最初は、沙那はいつものように兄妹に監禁されて檻に入れられていたのだ。

 だが、姉妹のうちの姉の愛華(あいか)がやってきてこっそりと沙那を逃がすようなことをしてくれた。

 檻の鍵を持ってきて、沙那が監禁されている檻を開けてくれたのだ。

 その鍵は、妹の愛寧(あいねい)が肌身離さず持っているはずのものだったが、愛寧の話によれば、今日に限って愛寧がうっかりと置き忘れたということだった。

 それを愛華が隠し持ってきたというのだ。

 

 沙那は愛華によって、やっと桔梗の真毒による麻痺のない状態で、檻の外に出ることができた。

 そのままこの家から逃亡を図ろうとしたが、外に人の気配を感じて、自分が素裸であることを思い出し、家の裏にある作業小屋に置いてある自分の服と剣を取りかえそうとした。

 

 だが、その箱の中には、桔梗の花が置いてあり、うっかりとのその香りを吸ってしまった沙那は手足が弛緩して動けなくなってしまい、やってきた愛寧と信伸(しんしん)に再び捕らえられてしまった。

 

 そして、信伸は沙那を家に連れ戻すと、梁から沙那を宙吊りにして、狂ったように沙那を鞭打った。

 やがて、鞭打たれながら犯された沙那は、信伸の怒張を女陰に咥えた状態で、背中に焼きごてを当てられる衝撃を感じて、そのまま失神したのだと思う……。

 

 それからどうなったのか……。

 どうやら、治療を受けているようだ。

 

 眼が慣れてくると、うつ伏せに寝ている自分の横に妹の愛寧が座っていることに気がついた。

 沙那に拘束はない……。

 起きあがろうとしたが、手足にまったく力が入らないことがわかった。

 よく見ると頭の前に桔梗の香が焚かれている。

 この香が沙那の手足を弛緩させているようだ。

 

「……とりあえず、背中の火傷が治るまで、責め苦は勘弁してあげるわ、沙那」

 

 沙那が目を覚ます気配を感じて、愛寧の声をかけてきた。

 同時に背中からなにかが外される感触があった。

 すぐになにかが載せられ直す。

 それとともに、背中の引きつるような痛みが、癒される感触が起きた。

 

「火傷を癒す魔草を使っているわ。まず、それが最初ね……。鞭で破けた皮膚はとりあえず、普通の薬を塗ったけど、魔草を幾重にも使うのは身体にもよくないから、まずは、焼きごての治療が終わってからね。それがひと段落してから、魔草による鞭打ちの治療に入るわ。おそらく、二、三日後になるのかしら……」

 

「そ、そんなもの……?」

 

「まあ、傷ひとつないくらいまで回復するのは無理だけど、それほど目立たないようなくらいにはなると思うわ。檻に入るのは、それが終わるまで勘弁してあげる。その代わり、また、数日は桔梗の香りを吸い続ける日々よ……。また、下の世話は言いなさい。やってあげるから」

 

 愛寧が笑った。

 

「あ、あんたの兄と姉はどうしたのよ……?」

 

 愛寧は拷問で失神した沙那の治療をしてくれているようだ。

 考えてみれば、崖から落ちた沙那を拾って連れてきたのは姉の愛華だったが、ここでこうやって看病をしてくれたのは、愛寧だった。

 

「寝ているわ……。特にお兄ちゃんは、精を放って満足したみたいよ。あんたは最高の女だと言っていたわ……。まあ、それについては、一応感謝をしておく……。そして、これからもよろしくね、奴隷二号」

 

 愛寧が手を伸ばして、沙那の背中の火傷に載っている魔草を裏返しにする。

 焼けただれている気配のある肌にすっと冷たさが加わる。

 自分の身体に魔草から流れる道術が働き、焼けた肌を癒している。

 気持ちがいい……。

 

「ふっ……。わ、わたしを舐めるんじゃないわよ、あんた。今度は失敗せずに、道術でちゃんと逃げ出すと言ったでしょう。次は順番を間違えないわ。『解錠術』で檻を出たら、最初に信伸の首を掻く……。それから逃亡する。覚悟することね……」

 

「だったら、檻に入っているときでも、桔梗の香りを絶やさないようにするわ。それで道術で鍵が開けれても、身体が動かないわ」

 

「ば、馬鹿ね、愛寧……。あんたは道術のことをなにも知らないのね。道術でこんな身体の毒なんていくらでも癒せる……。『治療術』よ。あっという間に傷も毒も消えるのよ……」

 

 沙那は言った。

 もっとも、『治療術』というのは高等道術だ。そこそこ偉大な道術遣いでなければ、扱える道術ではない。

 事実、沙那も『治療術』の使える道術遣いは、宝玄仙のほかには数名程度しか知らない。

 だが、どうせ、はったりだ。

 辻褄が合おうが合うまいがどうでもいい。

 

「そのことなんだけど、どうせ、嘘でしょう……? あんたが、道術遣いだなんて、そんな話があるわけないわ」

 

 愛寧が言った。

 

「わ、わたしが帯びている霊気が証拠よ。ああ、でも、あんたは霊気が見えないのか……。わたしも長く旅をしているけど、霊気が見えない道術遣いなんて初めて会ったわ。だから、偽者よ……。あんたは多分道術遣いじゃない……」

 

 沙那がそう言うと、沙那の身体を看病している愛寧の呼吸が乱れた。内心で大きく動揺しているのがわかる。

 

「た、確かに、霊気は見えないわね……。で、でも、あたしには、道術は遣えるわ。あんたも、それを眼の前で見たでしょう?」

 

 愛寧が言った。

 

「いいえ、見てないわ……。道術を遣ったように見えたのを見ただけ……。それも一回だけね……」

 

「どういう意味よ、沙那?」

 

 愛寧が不機嫌な声をあげた。

 

「言葉通りの意味よ……。道術の遣えない道術遣いさん……」

 

 沙那は苦しい息を耐えて、あえて、からかうような口調で言った。

 

「な、なんですって──」

 

 愛寧の手が大きく上に引きあげられたのがわかった。

 頬を張られる……。

 そう思ったが、愛寧があげた手が沙那の頬に打ちおろされることはなかった。

 愛寧がふうと一度嘆息すると、あげた手をそのまま静かにおろした。

 

「ど、どうしたのよ、愛寧……? 生意気な奴隷を調教するのがあんたの仕事でしょう……? なんで殴らないのよ……」

 

 沙那は言った。

 

「いまはいいわ。治療に専念してあげるわ……。治療が終わったら、また調教し直してあげる。覚悟しなさい──」

 

 愛寧はそれだけを言った。

 しばらく沈黙が流れた。

 

「ねえ、沙那……?」

 

 愛寧が沙那の背中に載った魔草を取り換えながら言った。

 この頃までに、やっと沙那は、愛寧がどんな治療を沙那に施しているのかがわかった。

 魔草をなにかの液剤に浸しては、背中の火傷の患部に載せ、しばらくしたら、また張り替える。

 それをやっているのだ。

 張り替えの周期は短い。

 従って、愛寧はひっきりなしに沙那の背中の魔草を外しては、木桶に浸した溶液に浸し直すということをしなければならない。

 かなりの労力の必要な治療だ。

 

 信伸の前で行われるいつもの責め苦のときとは、うって変わって手厚い看護を受けていると思わざるを得ない。

 せっかく手に入れた性奴隷を簡単に死なせては困るという理由で治療をしているのか、それとも、もともと、こういう親切な一面が愛寧にあるのかわからない。

 とにかく、いまの沙那は、丁寧な愛寧の治療に、この十三歳の少女の隠れた優しさのようなものを感じていた。

 

「沙那が道術遣いなんて、やっぱり嘘よ」

 

 愛寧が新しい魔草を置きながらまた言った。

 

「じゃ、じゃあ、そう思っていればいいじゃない……」

 

 沙那はもう、議論するつもりになれなかった。

 それよりも疲れていた。

 一番酷い焼きごての傷は少し楽になっていたが、全身を鞭打たれた傷は最小限の治療しか受けていない。

 全身が痛みによる熱で火照っているのがわかる。

 それに衰弱も大きい。

 桔梗の魔草の香りがあろうとなかろうと、実際のところは、まだ満足に動くこともできないに違いない。

 

 もういい……。

 とりあえず。体力の回復を図りたい……。

 どうやって、ここを逃げ出すかはそれからのことだ……。

 

「おそらく、あんたは、あの性悪女を庇っているに違いないわ。鍵を開けたのはあの女なんでしょう? だけど、そう言えば、あいつが折檻を受けると思って、あんたが道術遣いだなんていう馬鹿げた話をでっちあげているに違いないわ」

 

 それは正しいのだが、沙那は、性悪女と言ったときの愛寧の悪意の籠った口調が気になった。

 その物言いにははっきりとした侮蔑の感情があるような気がした。

 

「しょ、性悪女って誰よ……?」

 

 姉の愛華(あいか)のことに違いないことはわかっている。

 だが沙那は、なぜ、妹の愛寧が姉のことを性悪女というのか知りたかった。

 そう言えば、愛華は、自分が妹や兄に嗜虐を受けるのは、なにかの償いだと言っていた。

 あれはどういう意味なのだろう……?

 

「愛華よ。あいつは性悪女よ──。あんたは、あいつがあんたを助けてくれようとしたとか考えているかもしれないけど、あいつは、なにを考えているかわからない根性曲りよ。第一、あんたの背中に焼きごてを押しつけたのは、あたしじゃないのよ。ましてや、お兄ちゃんでもない。あいつなのよ。お姉ちゃんの愛華よ──。あんた、そんな女を庇うつもり?」

 

 愛寧はなにか大きなことを暴露したかのように口ぶりだったが、沙那はそれには気がついていた。

 あのとき目隠しをされてはいたが、人の気配は感じられた。

 信伸は沙那を前から犯していたし、妹の愛寧はその沙那の背中を直前まで鞭打っていた。

 それとは別の人間がいきなり近づいて、沙那の背中に焼きごてを押しつけたのだ。

 だから、それは姉の愛華でしかあり得ない。

 

「ね、ねえ、なんで、愛華は奴隷なの?」

 

 沙那は訊ねてみた。

 

「はあ?」

 

「お、教えてよ……。教えてくれたら、わたしも本当のことを話すわ……」

 

 沙那は言った。

 この兄妹にはなにか因縁のようなものがありそうだ。

 この三人の狂った関係にはなにかの背景がある。

 

「そんなこと知ってどうするのよ、沙那?」

 

 愛寧が不機嫌そうに言った。

 

「お、教えて……」

 

 沙那はそれだけを言った。

 教える気になるまで、教えろと繰り返すつもりだった。

 しかし、愛寧はあっさりと諦めたような息を吐いた。

 

「あいつは……愛華は、あたしたちを……お兄ちゃんを裏切ったのよ……」

 

 愛寧は言った。

 その口調にははっきりとした怒りが籠っていた。

 沙那は続きを促すように相づちをした。

 

「お兄ちゃんとお姉ちゃんは、むかし恋人同士だったの……」

 

 愛寧は語りだした。

 

「こ、恋人……? 兄妹なのに……?」

 

 沙那は言った。

 だが、そう応じてから、そういうこともあるかもしれないと思い直した。

 

 近親相姦……。

 沙那の故郷の東帝国では、それは忌むべきことだったが、これまでに通り抜けてきた数々の国では、必ずしも禁忌ではなかった。

 実の兄妹で結婚をしたり、子を産んだりということは珍しいことではない。

 一夫多妻制もあるし、逆にたとえ伴侶が他界しようとも生涯にひとりの伴侶しか認めない習わしの国もある。

 それらは、それぞれの土地の習慣の話であり、とやかくいうことではない。

 だた、この附国で実の兄と妹が夫婦となることが禁忌になるかどうかは、沙那は知らなかった。

 

「……そうよ。実の兄妹よ……。そして、この世に三人だけの肉親……。世間では認められなくても、お兄ちゃんはお姉ちゃんを妻とするつもりだったし、お姉ちゃんはお兄ちゃんを夫にすると誓った。あたしは、そんなお兄ちゃんとお姉ちゃんを認めた……。そして、いずれは三人で夫婦になると……」

 

「三人……」

 

「ええ……。いつか、あたしもお兄ちゃんの妻にしてもらうつもりだった。破瓜のできる年齢になったら、ふたりの仲間入りをする……。それは三人の誓いだったの……。誰がなんと言おうと構わない。世間で夫婦だと認められなくてもいい……。三人だけの三人による三人の誓い……。聖なる誓い──」

 

 愛寧は言った。

 その口振りからすると、どうやらこの附国でも、実の兄妹による夫婦は世間の認めるものではないようだ。

 しかし、三人は兄妹であると当時に、男と女としても愛し合った。

 そういうことのようだ。

 

「裏切ったというのは……?」

 

 沙那は言った。

 

「姉の愛華よ……。あいつは、お兄ちゃんを伴侶にすると誓いながらも、別の男がいたの──。二年前までは、三人で薬草や魔草を採って、交替で城郭に売りに行っていたわ。そのとき、お姉ちゃんは、城郭に行くたびにその男と会って、逢引きをしていたのよ……。お兄ちゃんを裏切って……。あの淫乱女は──」

 

 愛寧は憎しみを込めた口調で言った。

 裏切り……。

 

 それが裏切りにあたるものかどうかは沙那にはわからない。

 見方を変えれば、姉の愛華には、れっきとした恋人が城郭にいた。

 だが、兄の信伸が実の妹に対して肉の関係を求めた。

 そう捉えられないこともない。

 物事の一面性だけを捉えて、なにかを判断する癖は沙那にはない。

 

 しかし、それだけだろうか?

 この姉妹にはもっと根強いなにかがあるような気がするのだが……。

 

「二年前よ──」

 

 愛寧が続けた。

 そして、思い出したように沙那の背中の魔草が交換された。

 

「二年前になにがあったの……?」

 

「そのあいつの恋人がここに来たのよ……」

 

「ここに?」

 

「そうよ……。しかも、仲間とともによ」

 

 愛寧が憎しみのこもった声をあげた。

 

「仲間……?」

 

「お姉ちゃんとその愛人は、城郭で諍いを起こしたらしいわ。つまり、別れ話よ。その男ははっきりそう言った……。それが気に入らなくて、そいつは仕返しをしにきたのよ。仲間たちを五人ほど連れてね……。だけど、生憎とお姉ちゃんは、たまたま山に行っていて留守だった……。この家にはあたしとお兄ちゃんだけがいたの……。それで、それで……」

 

 沙那は身体を捻って愛寧の顔を見た。愛寧は感情が激しく昂ぶったような表情をしていた。

 

「そ、それで……?」

 

 沙那は訝しんだ。もしかしたら、愛寧が泣いているのではないかと思ったのだ。

 暗闇でよくわからなかったが、愛寧の身体が小刻みに震えているような気がした。

 

「あいつらは、あたしを犯したのよ……。寄ってたかってね。あたしを守ろうとしたお兄ちゃんをむちゃくちゃにぶん殴って……。それから、あたしも……お兄ちゃんまで裸にして……、やりたい放題……。挙句の果てには、嫌がるお兄ちゃんの性器を無理矢理に擦って射精させたり……、道具でお兄ちゃんのお尻を犯したり……、あたしとお兄ちゃんを性交させたり……」

 

 愛寧は、もう沙那にもはっきりとわかるように、愛寧は涙を流していた。

 

 驚いた。

 そんなことがあったのだと思った。

 愛華の話したことが出鱈目だとは思わなかった。

 少なくとも、愛寧の言っていることは真実に近いのだろう。

 

 愛華とその愛人だという男が本当はどういう関係だったのかはわからない。

 だが、少なくとも、その男は、自分は姉の愛華の恋人だと言って、愛華と起こしたなにかの諍いの腹いせに仲間を連れてこの家にやってきたに違いない。

 そして、たまたま、家にいた信伸と、まだ十一歳だった愛寧を凌辱した……。

 

「それで、そいつらはどうなったの……?」

 

 なんとなく沙那は訊ねた。

 

「あたしが殺したわ……」

 

 愛寧がぼそりと言った。

 

「殺した……?」

 

「あたしが殺した。気がつくと、全員が口から血を吐いて悶絶していたわ。あたしの『結界術』が暴発したのよ……。それで彼らは死んだ。そのとき、あたしの道術は開眼したのよ。それで、あたしが本当は道術遣いだということに気がついたの……。あたしが殺した… …。六人もの人間を……」

 

 愛寧は言った。

 

「そ、それがあなたがかけた最初の道術?」

 

「そうよ……。あたしは人殺しの道術遣いなのよ。犯されたからとはいえ、六人もの人間を殺した恐ろしい魔女なのよ。これでわかったでしょう? あたしが道術遣いであるということが……」

 

 愛寧は大きく嘆息した。

 

「とにかく、これで、あいつが奴隷として扱われている理由がわかったかしら。山から戻ってきたあいつは、あたしが殺した連中を見て、自分が城郭で身体を許した男であり、諍いの原因を作ったのは自分だとはっきりと白状したわ……」

 

 愛寧はきっぱりと言った。

 

「でも、話はそれで終わらなかったの……。それ以来、お兄ちゃんはうまくできないようになったの……。そのときの精神的な傷で……」

 

「できなくなった……?」

 

「性行為ができなくなったのよ……」

 

 愛寧は言った。

 

「あたしはことはいいの……。でも、お兄ちゃんの心は傷ついた。それ以来、お兄ちゃんはうまく勃起しないようになった……。可哀想に……。あたしもお兄ちゃんも絶望した。だけど、そのうち、女を嗜虐するような行為をお兄ちゃんに見せれば、お兄ちゃんがもう一度愛する行為ができることに気がついたの……。それで……」

 

「それで愛華が性奴隷のような振る舞いで、信伸の性処理をするようになったの?」

 

 沙那は言った。

 愛寧の愛華に対する嗜虐は、なんとなく芝居がかっている気がしたが、そういうことなのだろう。

 

「振る舞いじゃないわ。あいつは、奴隷よ──」

 

 愛寧は怒鳴った。

 

「お兄ちゃんが心の傷が原因で、うまく勃起できなくなったことがわかったとき、あのときの罪の償いとして、今後は自分を奴隷として扱ってくれと言ったのもあいつよ──。だから、あたしはそうしてやっているの……。当然の酬いよ……」

 

 愛華が怒鳴った。

 暗闇だが、沙那には愛華の表情緒に浮かんだ憎悪の色がはっきりと見えた気がした。

 

「愛華……」

 

「あたしが許せないのは、あいつの愛人があたしを犯し、お兄ちゃんの心を傷つけたということじゃないの……。許せないのは、あいつがお兄ちゃんを裏切ったこと──。お兄ちゃんと誓ったのに、別の男に身体を許したりしたことよ」

 

 愛寧は興奮した口調だったが、話したことで少し感情が落ち着いたのか、淡々した息遣いに戻った……。

 

「とにかく、話はこれで終わりよ。あたしったら、なんでこんな込み入った話をあんたにしちゃたのかしら……」

 

 そして押し黙った。

 それから、しばらく待ったが、愛寧がなにかの続きを喋るということはなかった。

 また、愛寧は、また黙って沙那の背中の魔草を取り換えて治療する作業に戻った。

 

 しかし、沙那は内心で首を傾げていた。

 これで、妹の愛寧が、姉の愛華を口汚く罵り、鞭打って虐げるという真似をしている背景はなんとなくわかった。

 だが、わからないのは、愛寧が道術で強姦者たちを殺したということだ。

 それまで道術が遣えなかった者が、精神的に追い詰められたことで、不意に道術が暴発して、人を殺すというようなことがあるのだろうか……?

 

 愛寧が喋ったことが実際に起きたと仮定すれば、使われた道術は『結界術』のような気がする。

 一度、『結界術』を刻めば、そこに入ったのが霊気を帯びた者であろうと、霊気を帯びていない者であろうと、道術遣いの力に応じてではあるか、身体に異常を起こさせるということは可能だろう。

 能力の高い道術遣いなら、瞬時に脳の血を沸騰させて、殺すということもできるのかもしれない……。

 しかし、この愛寧は……。

 

「愛寧……、あなたはやっぱり道術遣いじゃないわ……」

 

 沙那は言った。

 どう考えても、愛寧が道術遣いだということはありえない。

 これまでのことを色々と繋ぎ合わせれば、もしも、この家に道術遣いがいるとすれば、それはひとりしかいない……。

 

「まだ、言っているの、沙那? あたしは感情が昂ぶれば、六人もの男を瞬時に殺すほどの道術遣いなのよ──。あなたがなんと思おうと……、あんたがさっきの話を嘘だと捉えようと構わないけど、紛れもなく、あたしはこの手で六人の男を瞬殺した。それは事実なのよ」

 

 愛寧は叫んだ。

 

「違うわ。おそらく、それは……」。

 

 愛寧には大事な話をするつもりだ。

 どういうつもりかわからないが、愛寧に自分が道術遣いだと思わせるのは無謀だろう。

 愛寧は、霊気と道術の関係のことも知らなければ、そもそも、道術遣いという者は自分の身体に霊気を帯びた存在だという基本的な知識も愛寧は持っていないようだ。

 

 道術が遣えた──。

 だから、自分は道術遣いだと無邪気に信じているようだが……。

 

 しかし、死んで当然の連中とはいえ、六人もの人間を殺してしまったことに、切迫した感情を抱いて苦しんでいる様子の愛寧に真実を教えてやりたいと思った。

 自分をさんざんに嗜虐している小娘に、気を使ってやる必要はないと思うのだが、なんとなく、これはこの事態の打開に繋がっていくような気もするのだ。

 

「あ、あのね……愛寧……道術遣いというのは……」

 

 沙那はかろうじて動く首を最大限に動かして愛寧をじっと見た。

 しかし、不意に眼の前の愛寧がその場に崩れ落ちた。

 沙那は呆気にとられた。

 

「……余計なことを妹に言わないで欲しいわね、沙那」

 

 いつの間にか愛華が部屋の外に立っていた。

 愛華は、沙那の前にどさりとなにかを置いた。

 見ると、それは沙那の服と剣だった。

 

「こ、これは……?」

 

 沙那は驚いた。

 

「さっきは焼きごてを押しつけるようなことをして悪かったわね……。でも、あんたが余計なことを言おうとするから……。ところで、今度は本当に逃がしてあげるわ」

 

 愛華が言った。

 沙那は、すでに真相に気がついていた。

 この夜の最初の時間に、愛華が沙那を逃がそうとしたのは、実は愛華の罠だったのだ。

 逃がす素振りをしただけで、本当は逃がすつもりなどなかったのだ。

 沙那が作業小屋に服を取りにいくように仕向けて、木箱に隠していた桔梗の香りを吸わせたのだ。

 外に一度出たときに、沙那が人の姿に接したのは、おそらく愛華の道術だ。

 人の姿はあったが、気配は感じなかった。

 つまり、沙那は幻に騙されたのだ。

 あれは間違いなく道術だった。

 

 もう、いまはわかっている。

 沙那がそのまま逃亡することなく、作業小屋に服を取りに向かうように、愛華に仕向けられたのだ。

 あの状況で、そんなことができるのは、愛華以外には考えられない。

 あの道術を遣ったのが愛寧だとすれば、そもそも、そんな面倒な方法を使わずに、さっさと沙那を行動不能にする。

 

「わたしを逃すふりをしたのはなぜ……?」

 

 沙那は言った。

 

「ふふふ……。あんたにはわからないかもね……。あんたを逃がしたとなれば、信伸があたしに罰を与えると思ったのよ。だって、このところ、すっかりとお見限りなんだもの……。一生懸命にわざと決められた分量に足りないようにしか薬草を採集していかないのに責めてくれないし、今日だって、結局はあたしには指も触れなかったわ。だから、思い直したわ。あんたはやっぱり、いなくてもいい……。信伸には悪いけど、あんたには出ていってもらうことにしたから……」

 

 そんなことではないかと思っていた。

 かつての沙那なら理解の外かもしれないが、いまの沙那には、世の中には苛められることに途方もない快感を覚えるという性癖もあることも理解している。

 辻褄の合う理由がそれしかないから、愛華の目的は、信伸に罰を受けることにあるのじゃないかと思ったのだ。

 だから、敢えて愛華を庇うような嘘をついた。

 もしかしたら、沙那の存在が性欲の解消の邪魔になったら、今度こそ愛華が沙那を本当に追い出そうとする可能性を考えたからだ……。

 

「あんたは最初からわたしを監禁するつもりで、ここにわたしを連れてきたの?」

 

 沙那は訊ねた。

 

「それは違うわ。あんたが死にかけていたのは事実よ。愛寧はかすり傷だと思っていたようだけど、あんたは相当に高い崖から落ちたのよ。死にかけていたわ。あたしの道術で応急処置をしたから、あんたは命が助かったのよ。信伸が一目惚れした女だったというのは偶然ね」

 

「死にかけていた……」

 

 沙那はそうかもしれないと思った。

 崖から落下する直前のことを覚えている。

 確かに、あれはかすり傷で終わるほどの崖ではなかった気がする……。

 つまり、この愛華も、そして、もちろん、看病をしてくれた愛寧も命の恩人ではあるのだが……。

 

「だから、あんたの命はあたしが自由にしていいはずよ。これが理不尽な扱いとは言わせないわ……。そして、本当は、信伸が気に入ったみたいだから、このまま飼ってやろうかと思ったけど、やっぱり出ていってもらうわ……。これ以上、愛寧にいろいろと吹き込んでもらっては困るのよね。せっかく、この娘もあたし憎しの感情で安定しているんだから……。それにあんたがいると、ちっとも信伸はあたしを抱いてくれないし……」

 

 愛華はこれまでとは人が変わったような口調で言った。

 

「あ、あんた……」

 

 全てに愛華が糸を引いていると予想していた沙那だったが、それにしても、さすがに愛華のこの変わりようには些か呆気にとられる。

 

「やっぱり、あんたが道術遣いで、愛華はそうじゃないのね、愛華?」

 

「愛寧も道術遣いよ……。超低級のね。霊気さえ見えないほどの低い霊気しか持ってないわ。普通は彼女程度は道術遣いにはみなさないわね。でも、あたしが近くにいれば、極めて初級の道術くらいは遣えるようにしてあげているの。あくまでもあたしの道術であり、あたしがいないと道術も遣えなくなくなるけど……」

 

「むかし、愛寧が六人の男をここで殺したと言っていたけど、それは、実はあなたの仕業ね……?」

 

「ああ……あれ……。愛寧が言ったの? まあ、そうね。そんなこともあったわ。死んで当然の連中よ。ちょっとばかり身体を許したら、夫気取りで束縛するから振ってやったのよ。そうしたら、なに考えているのか、仲間を連れてきて、あたしの留守中にやりたい放題……。愛寧どころか、お兄ちゃんまで……。だから、結界を咄嗟に刻んで殺してやったのよ」

 

 愛華は吐き捨てるように言った。

 おそらく、そうではないかと思っていたが、やはりそうだった。

 だが、これで愛華は相当の道術遣いだということもわかる。

 結界の中で人を殺すなど、生半可な霊気ではできない……。

 おそらく、宝玄仙に匹敵するのかもしれない……。

 

「それよりも、逃がしてあげるわ、沙那。あたしの道術で、兄と愛寧が眠っている間に出ていきなさい。道術を解くわ……」

 

 愛華は言った。

 

「道術を解く……?」

 

 沙那は言った。

 

「つまり、あんたの暗示を解いてあげる。身体が動かないんじゃあ逃げようがないものね……。桔梗の毒なんて真っ赤な嘘よ──。本当は、あたしの道術である『縛心術』による暗示よ。桔梗の香りを嗅げば、身体が動かなくなるように暗示をかけたの……。さあ、いらっしゃい……。暗示をかけ直すわ。今度はあたしの体臭を嗅ぐと、身体が動かなくなるようにね……。そうすれば、仕返しをしたくてもできないでしょう……」

 

 愛華が沙那の動かない身体を仰向けにした。

 動かされると身体がばらばらになるくらいに痛かった。

 愛華が腰帯を解いて、さっと着物を脱いだ。

 下着はつけていない……。

 素っ裸の愛華の身体が現われた。全身に鞭打ちの蚯蚓腫れがある。

 しかし、愛華が両手をさっと振ると、瞬時に愛華の身体から傷が消滅し、美しい肌がそこに現れた。

 

「な、なにするつもりよ……?」

 

 沙那は困惑して言った。

 

「だって、これでお別れじゃないの……。だったら奴隷同士で思い出を作りましょうよ。あのふたりが、あなたを信伸の性奴隷にするなんて言ったときにはびっくりしたけど、あなたは素敵そうな人だし、いい奴隷仲間になれると思っていたのよね……」

 

 驚いている沙那の顔の上にどんと股間を載せた。

 顔の上に愛華の女陰がまともに乗る。

 鼻と口を塞がれて息ができなくなり、沙那はもがいた。

 

「手足は動かなくても、舌は動くんでしょう? 窒息したくなければ、あたしを舐めていかせてちょうだいよ。このところ、あんたばかり信伸が抱くものだから欲求不満なのよね……。そして、たっぷりとあたしの匂いを嗅ぐのよ……。手足の麻痺のきっかけになる暗示をかけ直すわ……。舐めながらこの匂いを覚えなさい」

 

 愛華が愉快そうに言った。

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