「沙那姉さん──。うわああああっ」
そのとき、朱姫が駆け寄ってきた。
もの凄い勢いで、その朱姫に抱きつかれる。
あまりの衝撃で、思わず沙那は後ろに尻餅をついた。
そのまま朱姫にしがみ掴まれる。
「うわあああっ──。沙那姉さん……。沙那姉さんなんですね……。会いたかったです……。会いたかったです……。どこにも行かないでください……。お願いですから、どこにも行かないでください……。もう、どこにも……」
朱姫が裸身を沙那の胸に擦りつけて泣きじゃくっている。
「どこにも行かないわよ……。というか、どこかに行ったのはあんたたちよ。まったく、わたしを置き去りにして……」
沙那は朱姫の頭を擦りながら言った。
「あたしらが沙那を置き去りにしたっていま言ったかい?」
孫空女だ。
「ちょっと待ちな、お前たち……。とにかく、沙那、よく戻って来てくれたよ。一応は礼を言っておくよ。この変態妖魔から助け出してくれたこともね……。この美麓がなんでここにいて、なにが起きたのかさっぱりと理解できないんだけど、とにかく、話は後にしよう……。わたしは疲れていて、もう起きていられないんだよ」
宝玄仙が歩み寄って来て言った。
「どうそ、お休みください、ご主人様……。わたしが見張っていますから。だけど、その前に道術で霊気の気配を探知してもらえるとありがたいです。わたしも、ここにやってきたばかりなので、安全かどうかの確認が……」
「もう終わっているよ、沙那。ここには、この変態妖魔の屍体以外の霊気を感じさせるものはないね。この屋敷を覆っていた結界も消えている。大した妖魔じゃない。罠に嵌ってあんなおかしな膜の筒に入れられなければ、霊気だってなんてことはない小者だったんだよ」
宝玄仙が悔しそうに言った。
「でも罠に嵌ったんでしょう? こいつはこの一帯では有名な殺人鬼の妖魔のようですよ。この付近では妖魔ではなく、亜人と呼ぶんですけどね……。まあ、とにかく、ちょっと小西天の町で聞きまわっただけでも、黄眉の悪名はすぐにわかりました。それなのになんの用心もしないで、のこのこと罠に嵌りに来るなんて……」
沙那は嗜めた。
「うるさいよ、沙那……。まあ、とにかく話は後だ。孫空女、沙那を見張ってな──。もう、どこにも行かせるんじゃないよ」
「大丈夫です、ご主人様。あたしも見張っています」
まだ沙那にしがみついたままの朱姫も元気に言った。
「感動の再会のところを申し訳ないけど、きっちりと頂くものは頂くからね。この毒遣いの美麓様の雇い賃は高いよ。この女主人があたしから取りあげたものも含めて、ちゃんと回収させてもらうからね」
美麓が口を挟んだ。
「あらっ、あんた、わたしから回収していったんでしょう? あたしの荷から烏金草の束だって持っていったし、路銀まで奪っていったじゃないの、美麓」
「よく言うよ、沙那──。そういうものは、あんたのお陰であの後天袋にみんな盗られちゃたんだよ」
美麓が声をあげた。
「そう言えば、さっきの後天袋の姿が沙那の変化をした姿だったとしたら、本物の後天袋はどうかしたのかい? もとはと言えば、あいつがあたしらを騙してここに連れて来たんだ」
孫空女が訊ねた。
「この沙那が生まれる前に戻したよ」
美麓が応じた。
「生まれる前に戻した?」
孫空女は首を傾げている。
「この一帯じゃあ、人殺しをそういう風に言うのさ。助けてやるとか言って後天袋から情報を聞き取るだけ聞き取ると、あっさり殺しちまうんだから、この沙那もなかなかにえげつないよ」
美麓が肩をすくめた。
「あいつには、生まれる前に戻ってもらったわね。ご主人様たちが死んでいる可能性だってあったんだもの。許す積もりはなかったわ」
沙那は平然と応じた。
*
「事情はよくわかったよ……。まあ、お互いに誤解もあったし、間違いもしたようだね。でも、水に流そうじゃないか」
宝玄仙が言った。
「お互いになんか誤解も間違いもありませんよ、ご主人様……。ご主人様だけに誤解と間違いがあったんです」
沙那は憤然と言った。
「そうかねえ……。お前たちもそう思うかい、孫空女、朱姫?」
「まあ、沙那の話を聞く限りはね……。あたしらは、
孫空女が苦笑して言った。
「なに言ってんのよ。いまさら、ご主人様に失望も見限りもしないわよ。見限って立ち去るくらいなら、とうの昔に逃げているわ」
沙那は言った。
すると今度は宝玄仙が苦笑した。
「とにかく、沙那姉さんが戻ってくれてよかったです」
朱姫がにこにこして言った。
その朱姫は沙那が座っている椅子のすぐ横に自分の椅子を寄せて座っている。
やたらとそばに寄りたがるのは、それだけ朱姫が純粋に沙那の帰還を悦んでいるということなのであろうが、あんまりしつこいので正直少しうっとうしい。
黄眉の屋敷の大広間だ──。
部屋にもともとあった卓に沙那、宝玄仙、孫空女、朱姫の四人が集まっていた。
後天袋に化けた沙那が、美麓とともにこの屋敷に乗り込んで半日が経っていた。
到着したのは明け方に近い時間だったが、いまはすっかりと陽も昇り、
黄眉の処断に成功して宝玄仙たちの解放に成功すると、とりあえず衰弱の激しかった宝玄仙と朱姫を休ませて、沙那は孫空女と美麓とともにこの屋敷の家探しをした。
孫空女は、宝玄仙たちと同じように監禁されていたのだが、責めの主体が朱姫と宝玄仙だったために、あまり体力の損耗はしていなかったようだ。
その結果、金板、宝石、大量の財貨などの膨大な財が見つかった。
ほかにも殺した女たちから奪ったのであろう衣類などもあり、また食料もふんだんに保存してあった。
美麓はそれらの中からごっそりと自分の取り分を確保すると、暗殺を請け負う代価としては十分だと、満足の言葉を口にした。
ただ、これ以上は四人に関わるのは絶対にご免だと言って、別に見つけた雑嚢にさっさと財と衣類と食料を詰め込むとひとりで旅立っていった。
どこに向かうのかを訊ねたが、どうしてもそれを言おうとはしなかった。
とりあえずお礼だけ言ったが、美麓はまだ怒った様子で振り返ることなく屋敷を後にしていった。
それから、宝玄仙と朱姫が眼を覚ますのを待ち、沙那は適当な衣類を着せると、ここに連れてきて、これまでの事情を説明した。
どうやら、やはり、張須陀の棲み処からの逃亡に成功した沙那が、崖を踏み外して頭のおかしな兄妹に監禁されているあいだ、宝玄仙たちは沙那が張須陀に沙那を引き渡したことに腹をたてて立ち去ったものと考えたようだ。
それでそのまま附国の城郭を後にしたらしい。
沙那がやっと附国の城郭の宿屋に戻れたのは、宝玄仙たちが立ち去って二日ほど経った時期であり、沙那も慌てて追ったが、それからも色々とあったので再会するのに半月を要した。
しかも、やっと見つけた宝玄仙たちは、罠に嵌って黄眉という妖魔に監禁されているという状況だった。
逸る気持ちを抑え、沙那は、偶然に出逢った美麓という女傑を引き込むことを決めるとともに、黄眉に親しい小西天の顔役の後天袋の屋敷に忍び込んだ。
うまく後天袋の屋敷への侵入に成功した沙那は、黄眉に捕らえられた宝玄仙たちの荷をそこで見つけ、そこから『変化の指輪』を手に入れた。ついでに、宝玄仙のえげつない淫具も…。。
そして、たまたま出くわした後天袋の若い部下を殴って気を失わせ、その唾液を吸って変身したのだ。
それからなに食わね顔をして後天袋に接近してみると、後天袋は、新しい女を探してすぐに納めろと黄眉に指示を受けて困っているところだった。
そこで、後天袋に、美麓が女であることを教えてそそのかし、後天袋が美麓を捕らえることに協力するとともに、美麓を黄眉のところに連れていく途中で、後天袋以下の部下を倒して美麓を確保したのだ。確保するに当たっては、報復も兼ねて、早速、拾ったばかりの宝玄仙の淫具を使わせてもらった。
それからは簡単だった。
まずは後天袋を締めあげて黄眉について知っていることを洗いざらい白状させた。
その中で沙那が使えると判断した情報は、黄眉が剥製にするための女を得た直後に、必ず黄眉は舌で女の陰部を舐めるという癖があるというものだった。
美麓の身体は特別であり、体内に仕込んだ毒薬を思う通りに体液に混ぜることができるのだ。
その能力を活用して美麓が黄眉に自分の淫液に仕込んだ毒を舐めさせるように促し、美麓はそれに成功した。
黄眉は毒を飲んでのたうち始めた。
そして、苦痛に倒れた黄眉の首を沙那が掻ききったことで、すべての黄眉の道術と霊具の力が消滅して全員を解放することができたのだ。
「まあ、なにはともあれ、全員が無事でよかったさ」
お互いの話が終わると、宝玄仙がこれですべては終わりだというような感じで言い切った。
これから、後天袋に奪われた荷を取り戻すために、小西天に戻ることになっているが、後天袋が行方不明になって混乱しているあの屋敷から、荷を取り戻すのは難しいことではないだろう。
「ご主人様が沙那姉さんを張須陀に引き渡した件はどうなったんですか? 沙那姉さんに謝罪するための嗜虐を受けるとかいう話じゃなかったですか?」
すると朱姫が不満そうに言った。
「それはもういいじゃないかい。いまさら……。沙那もそう思うだろう?」
宝玄仙は言った。
「もういいですよ……」
沙那は言った。
よくはわからないが、朱姫の言葉の通りであれば、張須陀の一件で迷惑をかけた侘びとして宝玄仙が沙那から嗜虐を受けるというようなことになっていたようだ。
だが、本当にいまさらどうでもいい。
それよりも沙那には宝玄仙に頼みたいことがあったのだ。
そっちをして欲しい。
「ところでご主人様、お願いがあるんです……。この身体の治療をして欲しいのですが……」
沙那は上衣の前紐を解くと、宝玄仙に向かって上衣を左右に開いて上半身の肌を見せた。
「な、なんだい、それは?」
宝玄仙が驚いた声をあげた。
沙那の肌には張須陀の隠れ処から逃亡した直後に捕らえられた兄妹から受けた鞭打ちや焼きごての傷がある。
それに驚いたのだ。
「うわっ……。沙那姉さん……」
「これは酷いや……。大変な目にあったんだねえ、沙那……」
朱姫と孫空女もそれぞれに声をあげた。
「わかった。ちょっと待ちな、沙那……。朱姫と孫空女については、さっき『治療術』で身体の回復を図ったけど、お前については忘れていたよ……。いま、身体を探るから……」
宝玄仙が言った。
そして、なにか温かいものに身体が包まれるのを感じた。
ふと視線を落とすと、上衣を開いた肌から残っていた蚯蚓腫れが消滅して綺麗な肌になっていた。
まだ、温かい感じは続いているので、ほかの身体の部分の傷も宝玄仙が治療をしてくれているのだろう。
沙那はほっとした。
「おやっ?」
やがて、宝玄仙が首を傾げた。
「お前、尿道がおかしなことになっているようだね?」
そして、愉悦を一杯に湛えたような表情を沙那に見せた。
なにかとても嫌な予感がした……。
「そ、そうなんです……。それも治療をお願いしたいですが……」
実はそれこそ宝玄仙にお願いして元の身体に戻して欲しいことだったのだ。
いま、沙那の身体は少しばかり困ったことになっていた……。
薬師の山小屋に監禁されている間に、愛寧から施された尿道調教のせいだ。
あの変態娘は、強力な媚薬で沙那の尿道を媚薬漬けにして性感帯として開発したのだ。
そして、その媚薬の影響がいまだに残っていて、いまでも排尿のときはおかしな感覚を覚えてしまうのだ。
それを説明すると宝玄仙が大笑いした。
「わ、笑わないでください、ご主人様──。これも治療をお願いします」
沙那があまりの宝玄仙の大笑いにむっとして頬を膨らませた。
「そうかい……。おしっこするたびに感じる身体にされたのかい……。さすがのわたしもそこを開発するのは忘れていたね……。うかつだったよ」
宝玄仙は言った。
沙那はどきりとした。
宝玄仙のあの表情……。
あれは危険な兆候だ……。
「ね、ねえ、ご主人様……?」
「ちょっと、試しにそこでしてみな、沙那」
宝玄仙が笑いながら言った。
「はっ?」
思わずその場に立ちあがってしまった。
そして、この女主人の悪い癖が始まったということを悟った。
「は、じゃないよ。そこでちょっと小便をやってみせなと言っているのさ。どのくらいのものか実際に尿をしてもらわないと治療のしようもないじゃないかい」
「う、嘘ばかり言わないでください。いつも道術で探るだけで『治療術』をしてくれるじゃないですか。実際に排尿をしてみせる必要なんてないはずです」
沙那は叫んだ。
「つべこべ言うんじゃないよ。わたしが見せろと言ったら見せるんだよ──。いいから、ここでしな。どうせ、黄眉の屋敷だし、その場で遠慮なく垂れ流しな」
「じょ、冗談じゃ……。あはあっ──。そ、そんなあ……」
沙那は抗議しようとしたが、最後まで喋れなかった。
不意に猛烈な尿意が湧き起こったのだ。
宝玄仙の道術だ。
沙那は股間を押さえて、思わず腰を引いた。
一瞬も耐えられないような猛烈な尿意だ。
「ひ、ひいぃ──。こ、こんなの……」
「ほらっ、その手も邪魔だよ。後ろに回しな」
見えない力に引っぱられるように沙那の両手は股間から引きはがされて背中に回る。
「朱姫、沙那の下袴と下着を脱がせな。いま、脚の抵抗もなくさせたから」
「わかりました、ご主人様……。じゃあ、沙那姉さん、脱ぎ脱ぎしましょうね」
朱姫が嬉しそうな顔で沙那に近寄ってくる。
抵抗しようともがくが、まるで自分の脚ではないかのように動かない。その沙那の下袴に朱姫の手がかかる……。
「や、やめなさい、朱姫……。ねえ、ご主人様、こんなの酷いですよ」
「そうだよ──。いい加減にしなよ、ご主人様。沙那が、またどっかに逃げちゃったらどうするんだよ」
孫空女が言った。
「なに言ってんだい、孫空女。沙那自身が言ったじゃないかい。いまさら、なにをしても嫌気なんかささないってね」
「そ、そんなことないですよ。やっぱり、考え直させてください」
沙那は言った。
「そんな我が儘言ったら駄目ですよ、沙那姉さん……。じゃあ、脱ぎましょうねえ……」
朱姫がそう言って沙那から下袴を下着ごと剥ぎ取っていく。
しかし、宝玄仙の道術のためにまったく脚が動かない。
足首から下袴と下着がまとめて抜かれる。
「さあ、おしっこしやすいように脚を拡げてあげます」
朱姫が沙那の両脚を肩幅程度に開かせた。
「あ、あんた、調子に乗って──」
沙那はかっとして朱姫に怒鳴ろうとした。
だが、朱姫の顔を見て思わず絶句した。
朱姫が涙を浮かべていたのだ。
朱姫が泣いている……。
沙那を嗜虐しながら涙を流す朱姫の感情が理解できなくて、沙那は当惑した。
だがすぐに我に返った。
一瞬不思議な感動をしそうになったが、よく考えたら、この朱姫は沙那を嗜虐できることに嬉し涙を流しているだけじゃないか。
そう考えるとかっとした。
「しゅ、朱姫──」
沙那は声を張りあげた。
だが、背中に回った手はまったく動かないし、脚もぴくりともできない。
ふと見ると、孫空女は諦めたように一度嘆息して、そっぽを向いた。
「そ、孫女、あんたもこのふたりを止めてよ」
「無理言わないでよ、沙那。あたしの言うことなんて聞くわけないよ。沙那がいない間、つくづくそれをあたしは実感したよ」
孫空女が応じた。
「そう言うことです、沙那姉さん。さあ、おしっこをどうぞ」
いきなり、朱姫が指で沙那の肉芽のまわりを柔らかな手管で刺激した。
「ああっ」
沙那は絶叫した。
尿意の限界の股間を朱姫が撫でさすり、微妙な刺激を加えて沙那が尿意に耐えるのを阻止しようとしているのだ。
それで終わりだ。
耐えに耐えていた尿意は、沙那の意思とは関係なしにあっという間に堰を切った。
「あはあっ」
道術で膀胱一杯に溜められた尿が勢いよく尿道を通った。
その瞬間に大きな疼きが走り、沙那は激しい快感に身体を震わせてしまった。
「あははは……。これはいいねえ。尿をしながら快感に悶える姿はそそるじゃないか。本当にこれはいいよ……。これは絶対にそのままでいな、沙那。これから、お前が尿意を覚えるたびにからかってやるから……」
自分の尿が激しく床を叩いている。
宝玄仙の言葉を聞きながら、これからしばらくこのことでからかい続けられるという確かな予感に、沙那は絶望的な気分になっていた。
激しい疼きを尿道に覚えながら……。
(第62話『追跡する者』終わり)