「はがあああ──」
突然に数十本の熱い鉄杭のようなものが身体を貫いたと思った。
もちろん錯覚だが、それくらいの衝撃だった。
もしも、身体をうつ伏せにして寝台に両手両足を縛りつけられていなかったら、自分はそのまま寝台から転げ落ちていたに違いない。
「頑張って、
「一番、つらいのはもう終わったよ」
寝台の両側から香蛾の裸体に手を置いて支えてくれている沙那と孫空女が声をかけてくる。
いま、この部屋にいるのは、宝玄仙と香蛾と沙那と孫空女の四人だ。
宝玄仙の道術紋の施術を受けることになったとき、朱姫は宝玄仙に指示を受けて、どこかに出掛けて行った。
とにかく、最初に宝玄仙に言われたのは、この部屋は結界が刻んであるので、どんなに大声を出しても外に声は聞こえないから遠慮なく叫べということだった。
宝玄仙の三人の供は、ここにいない朱姫を含めて全員が身体に宝玄仙の道術紋を刻んでおり、沙那と孫空女のふたりは、どんな苦痛があるのかを香蛾に前もって教えてくれた。
耐えられないような衝撃ではあるが、気を失ってはならないらしい。
失神すると施術がとまってしまうからだ。
とにかく、意識だけは頑張って保つこと──。
それは繰り返し言われた。
そして、宝玄仙による道術紋の術式が始まった。
確かに想像以上の激痛だった。全身が砕け溶け、またそれが再構成され、また砕ける……。そんな感じだ。
香蛾は狂ったように叫び、拘束された裸身を激しく暴れさせた。
「あがっ、はあっ、はっ、はがあっ──」
香蛾は吠えた。全身が焼ける。炎そのもののようなものが身体の中を這い回っていく。
「もう少しだよ──」
「香蛾、耐えるのよ」
孫空女と沙那が暴れ回る香蛾の身体を押さえつける。
このふたりは、ずっと香蛾を励まし続けてくれている。
だが、ふたりの声もどこか遠い場所からかけられている声のように感じる。
灼熱に燃えたぎったものが体内を動き回っている。
焼ける──。
全身が溶ける──。
「はがあああ──」
香蛾は絶叫した。
炎でできた指のようなものが突然に身体の背後から香蛾の乳首と肉芽をぎゅっと押し潰したと思った。
あまりの衝撃に香蛾は声も出すことができなかった。
ただひたすらに全身を棒のように突っ張らせるだけだ。
次に子宮が強い炎で焼け焦げるような感触がやってきた。
腕と腿を両側から押さえつけられる。
自分の口から出る発狂したような甲高い声が部屋に鳴り響く。
しかし、次の瞬間、煮えたぎっていた全身が急速に冷えていくのを感じた。
香蛾の全身は脱力した。
「よく頑張ったね、香蛾。終わりだよ……。沙那、孫空女、もう、香蛾を縛っていた縄を解いていい」
宝玄仙の優しげな声がした。香蛾は自分の全身から水でも浴びたように汗が流れ出ているのがわかった。
身体の下の敷布がぐっしょりと濡れている。
縄が解かれた。
「大したものさ。よくも耐えたよ、香蛾。ずっと前に沙那や孫空女に魔方陣を刻んでやったときには、こいつらふたりとも小便漏らしたものなのにね」
宝玄仙が笑った。
「ちょ、ちょっと変なこと言わないでください、ご主人様」
「そ、そうだよ──。おしっこなんて、あたしは漏らしてないよ。沙那だろ、それ──」
「し、失礼ねえ、孫女。わたしだって漏らしてないわよ」
沙那と孫空女が顔を真っ赤にして文句を言った。宝玄仙は笑っている。
「とにかく、もう起きていいよ、香蛾」
宝玄仙が言った。
香蛾は上半身を起こした。
香蛾は全くの全裸だ。
あからさまに身体を晒すのはなにか恥ずかしい。
香蛾は何気ない仕草で両手で乳房と股間を隠した。
そのとき、香蛾は自分の股間が汗以外のものでぐっしょりと濡れているのがわかって驚いた。
「道術紋を刻まれる激痛の中でお前は、一度気をやったんだよ……。だけど、あまりの痛さにそのことに気がつかなかっただけさ」
宝玄仙がからかうような口調で言った。
「えっ、気を──?」
思わず顔が赤くなるのを感じた。言われてみればこの股間のぬるぬる感はあのときの蜜に間違いない。
「生娘だと言っていたけど、自慰くらいの経験はあるだろう、香蛾?」
宝玄仙が言った。
「えっ? そ、そんなことは……」
香蛾は狼狽えた。そんなことを訊かれるとは思わなかったのだ。
「大事なことだよ。答えな」
「だ、大事なことなのですか……?」
寝台の上で身体を宝玄仙に向けなおす。
「そういうことさ。この魔方陣は別名『性感操作の印』というんだよ。魔方陣の先端のひとつひとつがお前の全身の性感帯に繋がっているんだ。だから、生娘のくせに自慰をするような淫乱女には、特別な道術を追加しないといけないからね」
「ええっ?」
驚いて股間と胸に置いた両手に力を入れた。
自慰をしたことがないということはない。
実はある。
奴婢は屋敷の小屋で集団生活であり、大人の男女の奴婢同士は別に隠れることなく普通に性交をしている。
香蛾はそういう大人たちの行為を見ながら股間が熱くなり、気がつくと自分で指を股に当てていたということが何度かあった。
そうやって股間に触って強く股間を押していると、淫らな気持ちになり、いつしかじんと熱いものが込みあがって、波のようなものが身体を貫くのだ。
そして、次の瞬間大きな脱力感が全身を襲う。
そのときは、さっき股間で触れたようなべっとりとした体液が滲み出ていたものだった。
おそらく、あれは年上の女奴婢たちが話していた自慰というものに違いない。
「た、多分……自慰をしたことはあると思います……」
香蛾は仕方なく白状した。
「馬鹿ねえ、香蛾……。自慰の経験を口にしろなんて質問は、ご主人様の悪ふざけよ」
沙那が呆れたように言った。
「そ、そうなんですか?」
香蛾は声をあげた。自分の顔が赤くなるのを感じた。
「悪ふざけじゃないさ……。沙那のような自慰も知らないような子供じゃあ、これからの扱いに困るじゃないか。それよりも、沙那、なんにも知らないようなこの娘だって、十五で自慰を知っているんだ。二十歳近くまでなんにも知らなかったお前が、いかに特別かがわかるだろう?」
宝玄仙が笑った。
その表情はやっぱり沙那の言葉が正しいという感じだ。
「わ、わたしのことは関係ないじゃないですか、ご主人様──。ちょっと、孫空女、あんたまでなに一緒になって笑ってんのよ」
沙那が頬を膨らませた。
本当にこの主従は仲がいい。
香蛾は、なにかほほえましく思った。
そして、香蛾はふと自分の身体に紋様のものが薄っすらと描かれていることに気がついた。
「それが道術紋さ、香蛾。つまり、霊気の出入口ということだよ。これで、わたしはお前に道術をかけることができる。つまり、わたしはその道術紋を使ってお前に霊気を注ぎ込むのだよ。それで、本来は道術が効かないはずのただの人間にわたしの道術が及ぶようになるのさ」
宝玄仙が香蛾が自分の身体を見回していることに気がついて言った。
「へえ……。道術というのは、ただの人間には効かないのですか?」
これまで道術遣いという存在に接することがなかったので、道術遣いの道術にも制限があるということは知らなかった。
道術遣いというのは、ただただ偉くて、不思議な力を遣う存在という思いしかない。
でも、目の前の宝玄仙は、本当に気さくで、少しだけ性に開放的な明るい女性という感じしかない。
「そういうことだね……。それから、その道術紋だけど……。まあいい。説明するよりも見せた方が早いね──。沙那、ちょっと服を脱ぎな」
「えっ、なんでですか、ご主人様……?」
沙那が訝しげな顔を宝玄仙に向けた。しかし、その顔がすぐに蒼くなる。
「わあっ、申し訳ありません──。すぐに脱ぎます。脱ぎますから──」
突然脱衣しろと言われて、最初は沙那は当惑した感じだったが、急いでその場で服を脱ぎ出した。
香蛾からはよく見えなかったが、どうやら宝玄仙が沙那を睨みつけたような感じだ。
沙那はそれほどの躊躇いもなく、あっという間に全裸になった。
とても美しい裸身で、同性の香蛾もため息が出る程だ。
宝玄仙といい、沙那といい、あるいは、孫空女も朱姫も、女性としてとても美しい顔立ちと身体をしている。
一度でいいから彼女たちのように綺麗になりたい……。
香蛾は沙那の裸身をなんとなく眺めながら思った。
自分の顔が人並み外れて醜いと気がついたのは何歳の頃だっただろうか……?
顔の半分を覆う茶色い痣──。
小さな眼に丸い鼻──。
かさかさで痘痕のようなものが無数にある肌──。
香蛾の顔には、悲しいくらいに醜女の条件が揃いすぎている。
そんな醜い顔の香蛾を同じ奴婢仲間も蔑んだ。
女奴婢でも美しい奴婢は、性奉仕用の奴婢となり、いい食事と綺麗な服が与えられ清潔な住居に住むことができる。
そうでなくても、男奴婢と性交して妊娠した奴婢は、その間は労働や粗末な扱いからは解放されて、やはりいい暮らしができる。
奴婢の産んだ子はやはり奴婢であり、それは奴婢の主人の財産となるからだ。
妊娠した女奴婢はそれなりに大切に扱われる。
しかし、香蛾にはその両方の望みもなかった。
性奉仕用の奴婢には当然なるべくもないが、醜い香蛾に手を出す男奴婢がいるとも思えなかった。
淫蕩で有名な男奴婢でも、香蛾の顔を見ると顔をしかめて相手にしようとはしなかった。
香蛾のいた屋敷では、三十人ほどの女奴婢がいたが、十二、三歳になれば、必ず、男奴婢に手を出されて、何人かはすぐに妊娠したりしていた。
十五でまだ未通女の女奴婢など、屋敷では香蛾くらいだった。
「沙那、お前の身体を香蛾に見せな」
宝玄仙が言った。
沙那は恥ずかしそうな様子で立っていたが、宝玄仙の言葉によって身体を隠していた両手を身体の横に垂らして、香蛾の前でゆっくりと回転した。
沙那は脂肪のない鍛えられた綺麗な身体をしていた。
それでいて女としての色気に溢れていて、柔らかそうで丸い乳房はよく反りあがり、腰は見事に括れて美しい身体の曲線を描き、お尻もつんと吊りあがっている。
しかし、香蛾をどきりとさせたのは、大人の沙那なら当然あっていいはずの、股間の毛がまったくないことだ。
ふっくらと盛りあがった恥丘には、くっきりとした亀裂が縦に入っている。
沙那の大人の美貌に不似合な下腹部に、香蛾は思わず眼を引きつけられた。
これは、どうしたのだろう?
恥毛の生えていない大人の股間は生まれて初めてだ。
それとも、奴婢の自分が知らないだけで、これは、普通のことなのだろうか……。
「ちょ、ちょっと、そんなにそこばかり見ないでよ、香蛾──。意地悪ねえ……」
沙那が苦笑して言った。
香蛾ははっとして慌てて視線を逸らした。
どうやら、あまりにも沙那の股間を凝視しすぎたのだろう。
沙那が耐えきれなくなったかのように軽く腿を擦り合わせて股間を隠すような仕草をした。
でも、手で隠すようなことはしなかった。
おそらく、さっきの感じでは、勝手に手で身体を隠すと宝玄仙が叱りそうな気配だ。
香蛾にも、だんだんと宝玄仙と供の力関係はわかってきた。
宝玄仙は一見優しげだが、宝玄仙の命令には絶対服従であり、逆らえば罰──。
きっと、そうなのだろう……。
「ご、ごめんなさい……。そんなつもりでは……」
香蛾は謝った。
しかし、沙那は怒ったというような感じではなく、ちょっとはにかんだような感じだったので、とりあえず香蛾はほっとした。
すると横に立っていた宝玄仙が声をあげて笑った。
「こいつの毛は一度わたしが剃って、いまは二度と生えないように毛穴を殺しているのさ。沙那だけじゃなくて、わたしらは四人とも剃っているよ……。だけど、お前に見ろと言ったのは、そんなところじゃなくて、沙那の道術紋のことさ──。こいつの身体にもお前と同じように道術紋は刻んでいる。だけど、どこにも見えないだろう?」
「は、はい……」
沙那の身体には道術紋どころか、染みひとつ存在しない。真っ白の美しい肌だ。
「道術紋は時間とともにだんだんと薄くなる。それを教えたかったのさ。いまは、お前の身体に魔方陣が顕著に浮き出ているけど、時間の経過とともに肌に同化し、だいたい半年ほどでまったく外見ではわからなくなる。まあ、それでも道術紋が刻んであるという事実には変わりないのだけどね──。半年すぎるまでは、気味悪がられるかもしれないからね。男に抱かれる時には気をつけな」
「は、はい、わかりました、宝玄仙様」
香蛾は頷いた。
もっとも、半年どころか、何年経とうが、香蛾が誰かに抱かれる日が来るとは思えなかった。
香蛾は苦笑するしかなかった。
「さて、じゃあ、痣を消す道術をかけるかねえ……。それとも、先にお前の身体と髪を洗うかねえ。それにしても、お前は随分と汚れているよ」
宝玄仙が言うと、突然に四個の寝台に囲まれた床に、大きな透明の四角い物体が出現した。
それが水の塊りだとわかるまでに、香蛾には、やや時間が必要だった。
香蛾は驚愕した。突然に部屋に大量の水が出現したというのも驚きだが、それがまるで眼に見えない容器に入っているかのように固まって立っているのだ。
しかし、そんな容器はありはしない。
水は、ただの水だけで固まっているのだ。
しかも、どうやらそれは水ではない。
湯気が出ているところを見ると、それはお湯らしい。
「こ、これは道術ですか──?」
香蛾は声をあげた。
生まれて初めて見た道術だ。
「ここはご主人様の結界の中だからね……。ご主人様くらいの道術遣いになると、こんなことは普通にできるのさ……。あたしらは、もう慣れっこになっちゃたから、いまさら驚かないけど、やっぱり、こんなのは凄いよね──。あたしも入っていいかい、ご主人様? あたしが香蛾を洗ってやるよ」
孫空女が服を脱ぎ始める。
「いや、みんなで入るよ。三人でこいつを綺麗にしてやるさ」
宝玄仙もそう言って服を脱ぎ始めた。
「そ、そんなこと……。皆様にあたしを洗ってもらうなんてとんでもありません。自分で洗います……。そんなことをしたもらったらばちが当たります……。でも、これをあたしが使っていいのですか?」
香蛾は言った。宝玄仙の道術で出現した湯の塊りに視線をやった。
わざわざ道術で作っている不思議な湯だ。
こんな貴重なものを一介の奴婢の自分が使うなどとんでもないことのように思った。
「……わかっていないのね、香蛾」
すると沙那が嘆息した。
「わ、わかってないってどういうことですか、沙那様……?」
香蛾は首を傾げた。
「ご主人様が一番最初にあなたに言ったことよ……。あなたが、ご主人様の道術を受け入れると言ったとき、わたしはあなたがこれをすっかりと受け入れることを承知したと思っていたけど……」
沙那が困ったような表情になった。
「承知したって……?」
「まあ、もう諦めるのね……。ご主人様はすっかりとその気だから……」
「その気って……?」
やはりなにを言っているかわからなかったが、とにかく沙那に促されて寝台から降りた。
「そういうことだよ。諦めな──」
寝台から降りるといきなり宝玄仙に掴まれた。
「わっ──」
両肩を掴まれてくるりと宝玄仙に身体を向けられる。
香蛾の乳房が、裸になっている宝玄仙の乳房とぎゅっと重なる。
いつの間にか香蛾の両脚の間に宝玄仙の脚が入っている。
だから、太腿を閉じられないでいたのだが、その股間に宝玄仙の手がすっと伸びる。
「あはっ……」
宝玄仙の指が香蛾の女陰の周りを移動する。たちまちに得体のしれない衝撃が込みあがった。
その電撃のような痺れに、香蛾は一瞬声を出すこともできなかった。
なにをするわけでもない。
宝玄仙の手は、ただ香蛾の股間の敏感な部分を繰り返し移動しているだけだ。
だが、それによって与えられる刺激で、香蛾の全身からはどんどん力が抜けていく。
これはなんなのか……?
圧倒的なものが香蛾を支配する。
経験したことのない快美感が香蛾を襲う。
「お前はわたしの調教を受けると言ったんだよ。観念しな。それが代金だよ──。この宝玄仙の道術を刻んでもらえるんだよ。まさか、なにも代償なしで道術を受けられると思っていないだろうねえ──」
調教──。
そういえばそう言ったということを香蛾は思い出した。
この宝玄仙は女でも抱くことができ、香蛾は調教を受けると言ったのだ……。
こんな香蛾の身体に興味があるというのは、たとえ、相手が女でも驚きだ。
しかも、宝玄仙は絶世の美女だ。
「返事をしないか、香蛾──。調教を受けると言ったことを覚えているかと訊いているんだよ──」
宝玄仙の声が厳しくなった。
そして、指の動きも激しくなる。
宝玄仙の指が触れている部分からはとてつもなく心地いい快感が迸って、ますます香蛾は宙を浮くような感覚に陥っていった。
「早く、返事しな、香蛾──。まあ、いまさら、お前の気持ちなんて関係ないけどね……。たっぷりとこの宝玄仙の調教を受けてもらうよ……。ほらっ、本当は沙那なんて、こういうことにはうるさいんだけど、お前がすでにわたしの調教を受けることを承知していると思っているから、なんにも言わないだろう──」
宝玄仙が笑いながら股間を愛撫し続ける。
「ひっ、ひっ……う、受けます──。ちょ、調教、受けます──。こ、こんな、あ、あたしで……よ、よければ……ああっ……」
香蛾は慌てて言った。
「当たり前だよ」
そして、喘ぎ声が出そうだった唇をいきなり、宝玄仙に唇で塞がれた。
「んんん──」
ぬめりとした宝玄仙の舌が口の中に入り込んでくる。
口を閉じることもできずに、香蛾は宝玄仙の舌を受け入れた。
香蛾はびっくりして舌をちぢこませたが、すぐに宝玄仙がその舌を吸い出す。
その間もしっかりと宝玄仙の指は香蛾の股間を這い回っている。
香蛾の身体は完全に脱力して、もう耐えることができず、香蛾は支えを求めて手を宝玄仙の身体に両手を回した。
宝玄仙の舌が香蛾の口の中で暴れ回る。
もうどうしていいかわからない……。
顔が熱い……。
なにか温かいものに顔が包まれている感じだ。
「終わったよ……」
宝玄仙の顔がやっと自分の顔から離れた。
同時にずっとなぶられ続けた股間から宝玄仙の指も離れた。
なにかおかしかった。
自分の顔が自分のものではないような感じだ。
「顔はこんなものだろう……。身体をきれいに洗ったら、身体も看てやる。どっちにしても、お前は痩せすぎだよ。道術でとりあえず仕上げるけど、これからは身体の管理にも気を配りな」
宝玄仙は言った。
香蛾ははっとした。
「も、もしかして、痣の治療が終わったんですか、宝玄仙様?」
香蛾は声をあげた。
いまの温かい熱のようなものは、宝玄仙が顔の痣を道術で治療してくれたに違いない。
顔の半分を覆っていた醜い痣がなくなった……。
香蛾は有頂天になった。
「沙那と孫空女にも見せてやりな」
くるりと身体を回されて、沙那と孫空女が横に立っている湯の塊りに向けられる。
「まあ──」
「ご主人様──」
沙那と孫空女のふたりが目を丸くして驚いている。
なぜ、痣が消えただけでそんなに驚くのだろう。
香蛾は不思議に思った。
「沙那、姿見を持ってきてやりな」
宝玄仙が言った。
沙那が四人の持ち物らしい荷から小さな姿見を持ってきた。
表面が鏡面になっている人の顔程の大きさのものだ。
自分の顔を見るときなどに使う道具だ。
沙那が香蛾の前にその姿見をかざした。
「あれっ?」
姿見には見たことのないような綺麗な女性の顔があった。
一瞬、それが誰だかわからなかった。
しかし、香蛾が首を傾げると、その姿見の像も首を曲げた。
香蛾は息が止まるかと思うくらいに驚いた。
「こ、これがあたしですか──。で、でも、なんで──?」
香蛾は叫んでいた。
姿見に映った顔は、ただあの醜い痣がなくなっただけじゃなかった。
明らかに顔が変わっていた。かすかには香蛾の元の顔の面影があったが、姿見に映ったのはあまりにも美しすぎる女性であり、まったくの別人だ。
香蛾は呆気にとられた。
これは……?
「わざわざ、道術紋まで刻んだのに、ただ痣をとるだけの簡単な道術じゃあ、もったいないからね──。痛い思いを我慢したんだ。せっかくだから、お前の顔を絶世の美女に変えてやったよ……。さあ、とにかく、湯箱に入りな。どうにもお前は汚れているよ。三人で隅から隅まで磨きあげてやるからね」
宝玄仙が笑った。
だが、香蛾は姿見に映った美女の顔に呆然としてた。
──奇跡を信じるか?
道術紋を刻まれる前の宝玄仙その言葉を香蛾は心の中で反芻していた。