※この作品はR-18です。

嗜虐西遊記【完結】   作:ドン・ドナシアン

411 / 819
 第65話  盗賊団と魔女【権白狼(ごんばくろう)】/清華山賊篇(三)
411 襲撃された町


 遠くに土煙が見えた。

 

 それが馬群であることはすぐにわかった。

 だが、それがなんの集団であるのか、沙那は咄嗟には頭に浮かばなかった。

 その数は五十騎近くはあるだろう。

 それだけの騎馬がまとまった集団として近づいてくる。

 次第に地響きが大きくなる。

 

「な、なによ、あれ?」

 

「とにかく、隠れよう、沙那──」

 

 孫空女が叫ぶとともに、道の横の草むらに飛び込んだ。

 沙那もそれに続く。

 道端に隠れていた沙那と孫空女の眼前を馬群が駆け抜けていき、そして、通り過ぎていった。

 かなりの速い馬群であることは明らかだ。

 

「ねえ、沙那、あれって……?」

 

「うん…。多分、この辺りに巣食う賊徒ね。間違いないわ」

 

 沙那は記憶を呼び起こしながら答えた。

 あれはこの近傍の山を根城にしている盗賊団に違いない。

 総勢力はそれほど多くはなく、せいぜい二百か、三百くらいしかいないはずだ。

 ただその代わり精強であることが知られていて、昨日も護衛隊を連れた隊商が襲撃されて呆気なく全滅させられている。

 

 精強さと残酷さ──。

 それが相まって、この周辺では随分と恐れられている盗賊団のひとつだ。

 たしか、頭領は権白狼(ごんばくろう)という名の男だったと思う……。

 

 その盗賊団が集団で通り過ぎた。

 向かった先は、宝玄仙たちが待つ町の方向だ。

 沙那は嫌な予感がした。

 

 宝玄仙に命じられて、孫空女とふたりで鐘光徳(しょうこうとく)という老人の遺体を郊外に埋めにいった帰りだった。

 鐘光徳というのは、香蛾が連れてきた円国の商人であり、朱紫国に向かう旅の途中でこの地で息を引き取ったのだ。

 その連れの香蛾(こうが)という娘に興味を覚えた宝玄仙が声をかけてふたりと知り合ったのだが、出遭った最初の夜にその鐘光徳は死んでしまった。

 

 本当は、町の住人にお願いして、昨日のうちに盗賊団に襲撃されて殺された隊商に加わっていた者の遺体と一緒に郊外の埋葬場に埋めてもらう手配になっていた。

 しかし、昨日は、宝玄仙が香蛾に魔法陣を刻んで道術で香蛾を絶世の美女に変えたり、その香蛾の身体を宝玄仙が味わったりというようなことをやった。

 それで、ついつい、鐘光徳のことを忘れ果ててしまってしまい、埋葬ができなかったのだ。

 

 それで今朝になって、みんなでそのことを思い出した。

 だから、宝玄仙の命令で、沙那と孫空女のふたりで鐘光徳を埋葬しに行くことになり、棺桶をふたりで担いで少し離れた場所にある郊外の共同墓地に向かい、穴を掘って埋めてきたところだった。

 香蛾も一緒に行きたがったが、郊外は賊徒がいるので物騒だということで、埋葬については、とりあえず沙那と孫空女だけで行くことになった。

 その間、もちろん、香蛾はまた宝玄仙と朱姫の調教を受け続けることにもなっていた。

 

「さっき通り過ぎた連中は、町を襲いに行ったんじゃないかな?」

 

 孫空女が真面目な顔をして沙那を見た。

 

「とにかく、戻りましょう」

 

 地響きが通り過ぎ、周囲は静かになっていた。土煙ももう鎮まっている。

 ふたりで駆けた。

 しばらくは後方を気にしたが、ほかの集団がやってくる気配はない。

 埋葬するために行ってきた共同墓地までは結構あり、町から歩いて一刻(約一時間)ほどの距離だった。

 南比という国が健在な頃はそっちにかつての城郭があり、いまは離れてしまったが父祖と同じ地に埋葬するのが、この町の住人の習わしなのだ。

 鐘光徳も昨日盗賊団に襲われて死んだ者とともにそこで永く供養してくれることになっていた。

 

 町までの道を孫空女とふたりで駆けた。これほど離れていたのかと思う程に時間がかかった。

 しばらく行くと、町から土煙をあげながらなにかが立ち去るのが見えた。

 眼を凝らすと、沙那たちが到着したのとは別の場所の町の出口から、一台の幌付き馬車がさっきの馬群の一部とともに駆け去ろうとしている。

 一瞬、そっちを追うことを考えたが、とりあえず宿屋に戻ろうと思った。

 宝玄仙のことだから滅多なことがあるとは思えなかったが、なんとなく不安が過ぎった。

 

「これは……?」

 

 宿屋に向かう途中の大通りで孫空女が眉をひそめた。

 道端に男の遺体が転がっていた。

 一刀のもとに斬り捨てられて、その身体を馬で踏みつぶされている。

 それがひとつ、ふたつと拡がっている。

 

「連中がここを襲ったんだ……」

 

 孫空女が呆然と呟いた。

 沙那も頷く。

 そうだとしても、襲撃してから半刻(約三十分)も経っていないはずだ。

 しかし、もう、賊徒の気配がない。

 あっという間に襲って、もう立ち去ったのだろうか……。

 

「急ぎましょう、孫女──」

 

 沙那は走った。

 宿屋に近づくにつれて、遺体が多くなった。それでも全部で十体弱というところだろうか。

 おそらく、抵抗した者は殺されたのだろう。

 大部分は賊徒がやってきて、なにかを持ちだすか、あるいは、なにかをするに任せていたに違いない。

 だから、これほどの短時間で襲撃を終わらせることが可能だったのだと思った。

 

 町はひっそりとしている。

 どの家の人間も建物の中にまだ隠れているのだと思った。

 だが、宿屋のすぐそばまでやってきたとき、突然に大きな騒ぎ声が耳に入ってきた。

 三十人ほどの賊徒の集団が町の辻にいたのだ。

 しかも、近傍の家に次々に入っては、家の中から若い女を引き摺り出している。

 その女たちは首に縄をかけられて辻の一角に並べられている。

 賊徒たちは、その女たちの衣服を引きはがして半裸にしながら、その女たちを吟味している様子だ。

 

「なんだよ、お前らは?」

 

 孫空女が声をあげた。

 すでに『如意棒』を出して右腕に抱えている。

 沙那も腰の剣を抜いた。

 

「おっ、まだ、こんなところに女が隠れていたぞ。しかも、こりゃあ上玉だ。是非とも連れて戻るぞ──」

 

 賊徒の指揮官らしき男がそう叫ぶと、三人ほどの賊徒が武器を構えてこっちにやってきた。

 数を恃んでいるのと、こちらが女ふたりということで侮っていることは確かだ。

 

「お前ら、三つ数えるうちに、その女たちを解放しな……。ひとつ──」

 

 孫空女が頭の上で『如意棒』を振り回した。

 少しだけ賊徒が警戒した表情になる。

 

「ふたつ──」

 

 孫空女が武器を構える賊徒に向かって、無造作に距離を詰めていく。

 前に出ていた三人の賊徒に、さらに三人ほどが加わった。

 

「三つ」

 

 孫空女と賊徒たちの距離がほとんどなくなる。

 沙那は剣を抜いたまま、孫空女の後ろからついていっていた。

 

 孫空女が動いた。

 一瞬だった。

 

 孫空女のひと振りで三人がその場に倒れ、返すひと振りで残りの三人がうずくまった。

 沙那は辻の端にある一台の馬車に気がついた。

 さっき町から出ていった馬車と同じ馬車であり、賊徒は吟味して選んだ若い娘をひとりひとりとその馬車に載せているようだった。

 

 さっきの賊徒の指揮官がなにかを叫んだ。

 彼らの動きは素早かった。

 残った賊徒でさっと楯を並べて、その隙間から剣や槍を突き出してくる。

 その後ろでは素早く馬に乗り込もうとしている集団もいる。

 戦いに馴れた者たちの動きだと思った。

 

 沙那は孫空女を追い越して駆けた。

 横の建物の壁を利用して、楯を並べる男たちの頭上を跳躍した。

 降り立ったときには、もう、数名を斬り倒している。

 

 沙那を包むように賊徒たちが群がった。

 孫空女のように殺さないで無力化する技はない。

 沙那は剣を振り回して、ひとりひとり致命傷を与えていく。

 

 横目で孫空女が正面から楯ごと賊徒を『如意棒』で吹っ飛ばすのが見えた。

 沙那と孫空女の周りで、次々と男が倒れていく。

 沙那と孫空女を侮っていた賊徒たちが色めき立つのがわかった。

 すでに半分は倒れている。

 

「馬で踏みつぶせ──。矢だ。遠巻きにして、矢で射殺せ──」

 

 ひとりが叫んだ。

 その男がさっきから指図をしていたのを思い出した。

 沙那はその男の懐に飛び込む。

 

 男の顔に恐怖の色が走るのがわかった。

 次の瞬間、その指揮官の首は胴から離れた。

 

「かかっておいでよ──」

 

 飛んできた矢を『如意棒』を風車のように回して避けていた孫空女が道の真ん中で叫んだ。

 孫空女の視線の先を追った。

 まとまった騎馬が孫空女を踏み潰そうと集まっている。

 

 地響きを感じた。

 やって来る──。

 

 孫空女が、向かってくる馬群の前に立ちはだかった。

 沙那は道端に跳び馬群を避けた。

 跳びながら、数十騎の騎馬が立ちはだかる孫空女とぶつかるのが、かろうじて見えた。

 

 孫空女を踏みつぶそうとした先頭の馬が孫空女から脛を叩き潰されて前に倒れる。

 残りの騎馬はそれに巻き込まれて、どんどん重なっていく。

 

 沙那は起きあがって剣を構えた。

 しかし、指揮官を失い、かなりの騎馬をやられたことで彼らは自分たちの不利を悟り始めたようだ。

 残っていた賊徒の一部が馬で逃げ出した。

 すると賊徒の全員が逃げ始める。

 馬車も女も置き去りだ。

 全部で二十人くらいは倒しただろうか。

 沙那は返り血で汚れていたが、孫空女はきれいなものだ。

 倒れている賊徒の三分の一は斬られて死んでいて、これは沙那がやったものだ。

 残りは孫空女だがすべては死んではいないと思う。

 ただ、いまのところぴくりとも動かない。

 

 沙那は捕らわれて連れ去りかけていた女たちの拘束を次々に解き放った。

 女たちはお互いに抱き合って泣いているたけだ。

 馬車に載せられていた女たちも降りてきた。

 馬車に載せられていたのは数名だった。

 

「沙那、こっちに──」

 

 少し先の辻から孫空女の悲鳴のような叫びが聞こえた。

 沙那たちが泊まってる宿屋の方向だ。

 

 沙那は駆けていった。

 悲鳴こそあげなかったが、そこにあった光景に動転した。

 宿屋は明らかに襲撃を受けた痕跡があった。

 宿屋の入口は壊されて、内部の食堂は破壊された調度品が散乱している。

 見たところ倒れている人間は見当たらない。

 

 ここには宝玄仙と朱姫と香蛾が残っていたはずだ。

 彼女たちはどうなったのか……?

 

 孫空女がなにかを見つけたのか、宿屋の中に飛び込んだ。

 沙那もついていく。

 孫空女が食堂の隅で『如意棒』を床に向けて構えている。

 そこは床が壊れて小さな穴が開いていた。

 孫空女が『如意棒』の先をその穴の縁に引っかけて、穴を拡大した。

 

「朱姫──」

 

 孫空女が叫んだ。

 

「そ、孫姉さん……、沙那姉さん……」

 

 破れた床下には、全身に刃傷を負っている朱姫がいた。

 どうやら、そこに隠れていたようだ。

 

「お、お前、大丈夫かよ?」

 

 孫空女が朱姫を床下から引き出した。

 

「た、大したことはありません……。あちこち斬られましたけど……。道術で少しずつ自分で治療していましたし……。もう、傷は塞がってます……。そ、それよりも、ご主人様と香蛾さんが……」

 

 床に座らせた朱姫は、確かに全身が刃物で斬られて服はずたぼろだった。

 ほとんど裸にぼろ布をまとっているような状態であり、裸身が露出している。

 露出している部分からは朱姫の負った傷が見え、血が肌にこびりついていて、かなりの出血があったことが知れる。

 大した傷じゃないどころじゃない。

 大変な大怪我だ。

 

 ただ、確かに傷は塞がっていた。

 朱姫も宝玄仙ほどではないが、少しずつ『治療術』の腕もあがっているのだ。

 だが、よくもこれだけ斬られて元気でいられるものだ。

 これだけ斬られれば、道術で治療をし続けていなければ、もしかしたら出血で死んでいたかもしれないと思った。

 

 一体全体なにがあったんだろう……?

 沙那は少し以前から普段は黒いマントを羽織っていたが、それで朱姫の身体を包んだ。

 

「さっきの連中に斬られたのね、朱姫?」

 

 沙那は孫空女に抱きかかえられている朱姫の前にしゃがみ込むと訊ねた。

 

「は、はい……。ご、ご主人様と……香蛾さんが捕えられて……、その後、すぐに……あ、あたしも捕えられそうになって……、抵抗したら……滅茶苦茶に斬られて……。『獣人』で抵抗することも考えたんですけど……。それでも、ご主人様を助けられそうにはなかったし……、それよりも、沙那姉さんと孫姉さんたちに……なにがあったのかを伝えないといけないと思って……。それで、なんとか道術で床を壊して、その中に潜りこんで……」

 

 傷は塞がっているが、出血が激しかったせいか朱姫はかなり衰弱しているようだ。

 

「朱姫、ご主人様はどうしたのさ──? 苦しいと思うけど、頑張って教えてよ」

 

 孫空女が声をあげた。

 

「も、もちろんです……」

 

 朱姫は語り始めた。

 それによれば、盗賊団は突然にやってきて、この周辺でいきなり女狩りを始めたらしい。

 町のこの一画を中心に、騎馬でやってきた賊徒たちが、次々に建物を物色しては、若い女を発見するや、さっき沙那と孫空女が暴れた辻に作った連中の拠点に集め出したようだ。

 そこでさらに物色して、この町で奪った馬車に載せて、賊徒の砦に運ぼうとしていたらしい。

 

「まず……、香蛾さんが捕まってしまったんです……。そ、そのう……。昨日の沙那姉さんと孫姉さんと同じような恰好で、ひとりで歩いてもらっていたら、突然やって来たあの賊徒の騎馬隊にあっという間に埋もれてしまって……」

 

 朱姫はばつの悪そうな顔で言った。

 沙那は嘆息した。

 

 宝玄仙に強要されて死ぬほど恥ずかしい思いをしたあれを香蛾にもやらせていたのだ……。

 それをよりにもよって、そこに賊徒団が女狩りをしにやってきてしまったのだ……。

 

「でも、なんで、ご主人様まで捕まったんだい……?」

 

 孫空女が当惑顔で言った。

 

「もちろん、香蛾さんを取り戻そうとしたからです。でも、沙那姉さんも孫姉さんもいなかったし、わたしもご主人様も道術には対抗できるんですけど、剣や槍には対抗できないし……。そのうちに、ご主人様も囲まれてしまって……」

 

 朱姫の言っている意味はわかる。

 道術は原則として霊気を帯びていない普通の人間には効かないのだ。

 だから、宝玄仙には直接的に人間である賊徒たちに対抗できる手段がなく、浚われた香蛾を取り戻せなかったのだ……。

 しかし、まったく対抗できる手段がないというわけじゃない。

 霊気を帯びていない人間に霊気をかけるために、香蛾にやったようにあらかじめ道術紋を刻むか、あるいは、結界を刻んで霊気の吹き溜まりの空間を限定的に作るなどの方法だ。さらにほかにも手段はある。

 

 朱姫の『獣人』という道術もある。

 しかし、朱姫のこの道術は獣人でいられる時間が短すぎる。

 その道術を遣っても、自分の身体を瞬間だけ護ることはできるが、香蛾を取り戻すというようなことはできなかったろう。

 だがら、朱姫はそれを遣わなかったのだ。

 『獣人』の道術を遣えば、朱姫は数日間は道術が遣えなくなる。

 むしろその弊害が大きい。

 

 それとも、多少の時間はかかるが、なにかの地物等を霊具化して、それを遣うという手もある。

 そのいずれの手段も宝玄仙は使わずに、宝玄仙は賊徒の虜囚になったということか……。

 

 つまり、香蛾が最初に捕らえられても、宝玄仙には身を護る道術はあるのだ。

 まず、自分自身を結界で囲める。

 しかし、宝玄仙はそれをせずに、賊徒に囲まれてしまって、自ら虜囚になることを選んだということになるのだが……。

 

「香蛾さんは、あんな恰好をしていたし、美人だったので、すぐに馬車に載せられたんです──。ご主人様は、賊徒から逃げようと思えば、逃げられたんですけど、香蛾さんをひとりだけ連れていかせるわけにはいかないからと、自分で馬車に乗り込まれました。それとあたしには、絶対に捕まるなとも……」

 

 そして、宝玄仙と香蛾を含めた捕らえられた七、八人の若い女たちを乗せた馬車は、襲撃してきた賊徒の主力とともにすぐに立ち去ったらしい。

 それが、沙那が町に戻ったときに遠目で見た馬車と馬群だったのだろう。

 

「それであたしは、命令に従って逃げたんですけど……。だけど、よくわからないんですが、まだ一部は残って女狩りをもう少し続けようということになったみたいです。それで、その連中に見つかっちゃって……、しかも捕えられそうになって……。抵抗したら、連中はあたしを殺そうとしたんです。あいつらは、逆らう者は全部殺すんです。誰であろうとも……。なんとか、床下に隠れることには成功したんですが……」

 

 とにかく、斬られながらも隠れることになんとか朱姫は成功し、その直後に沙那と孫空女が町に戻ったのだ。

 沙那たちが戦って蹴散らしたのは、その残っていた連中だったようだ。

 

「それから、ご主人様は、あたしにおふたりに伝言を残されました……」

 

 朱姫が言った。

 

「伝言?」

 

 孫空女だ。

 

「そのまま伝えますね。ご主人様はこう言われました──。ちょっと遊びに行ってくるから、沙那と孫空女にすぐに迎えに来いと必ず伝えな。夕方までに来なければ罰だから……。そう言われました──」

 

 朱姫は言った。

 

「罰ねえ……」

 

 孫空女は嘆息した。

 そして、外を見た。

 

「……もう午(ひる)はすぎたね」

 

 孫空女が苦笑して言った。

 

「時間もないというわけね。じゃあ、行くしかないわね。連中の根城はだいたいわかるわ。勢力は二百人ほどね。ただの盗賊団じゃないわ。軍同様に統制された精鋭が二百人……」

 

 沙那は首をすくめた。

 

「でも、行くしかないよ。ぼやぼやしてたら、本当にご主人様の罰があるよ。あたしは、二百人の盗賊団よりも、ご主人様の罰が怖いよ」

 

「まったくよね」

 

 沙那は笑った。

 しかし、そのとき、宿屋の前を大勢の人間が囲む気配があった。

 顔をあげると、老人がそこにいた。

 老人の背後には十数人の剣や棒などの武器を構えた男たちがいる。この町の住人のようだ。

 

「賊徒をやっつけたのはお前たちじゃな……。わしは、この町の長老じゃ」

 

 老人は言った。老人は厳しい表情をしていた。

 

「とりあえず、賊は去ったよ。安心しなよ……」

 

 孫空女がそう言って、朱姫を背負って立ちあがって、宿屋の出口に向かおうとした。

 これから、宝玄仙の命令に従い、賊徒の砦を襲撃しなければならないのだ。

 

 この三人で……。

 沙那も孫空女に続く。

 まだ賊徒たちが残した馬があるはずだ。

 それを使えばかなり速い。

 なんとか夕方前には砦には辿りつくだろう。

 

 それからどうなるかはわからない。

 こうなったら策もなにもない。

 ただ、正面から突撃するだけだ。

 しかし、宿屋を出たところで、長老に命じられた町の住人たちが武器を構えて行く手を阻んだ。

 

「質問に答えんか? 賊徒をやっつけたのはお前たちなのかと訊いておるじゃろう?」

 

 長老が武器を構える男たちの背後に隠れながら言った。

 

「そうだよ。面倒だからいまは礼はいいよ……。あたしらは、ちょっと行かないといけないんだ。前を開けておくれよ」

 

 孫空女が面倒くさそうに言った。

 

「なにが礼じゃ。冗談ではないわ……。なんということをしてくれたのじゃ。賊徒をあれほどに殺してしまうとは……。こうなっては、お前たちを捕らえて、連中に差し出すしかない。さもないと、この町は全滅じゃ」

 

「な、なにを言ってるんだよ──。連中は逃げただろう──」

 

「連中はまたやってくる。そして、この町を皆殺しにする。連中は残酷じゃ。それをわしらはよくわかっておる。そのままにさせておけば、若い女を十人ほど連れていくだけで満足して立ち去ったのじゃ。それを一部を殺して追い払ってしまうとは……」

 

 長老はこっちを睨みつけている。

 

「あ、あんた、なに言ってるんだよ? じゃあ、あのまま、町の娘が浚われても構わなかったと言ってんの……? ああ、もう面倒くさい──。沙那、ちょっと交替して──」

 

 孫空女が言った。

 沙那は孫空女の前に出て、長老と正対した。

 

「どういうことなのですか、長老? あなたがこの町の代表だとしても、いまの言葉は町の住人の全員の言葉なのですか?」

 

「権白狼の盗賊団に逆らえば、町の全員が殺される。だから、連中が欲しがるものは、黙って差し出す……。それが町の取り決めじゃ。お前たちはそれを破ったのじゃ──。このままでは、この町は全滅じゃ。権白狼の盗賊団には逆らってはならんのじゃ。逆らえば、執念深く連中はやってきて、町を焼き払い、住民を殺し、生き残った者は奴隷として売ってしまう。それがたった、十人ほどの女で済むのなら……」

 

「馬鹿じゃないの──。この町の人間は何千人いるのよ──? 自警団を作って戦いなさいよ──」

 

 沙那はかっとして言った。

 

「自警団を作っても連中にはかなわん。逆らえば、ことごとく皆殺しじゃ。逆らった町や村を連中が残酷に全滅させるのをわしらはよく知っておる。お前たちは、この町を全滅させるようなことをしたのじゃ……。こうなれば、お前たちを捕らえて、盗賊団に差し出す。賊徒を殺したのも、わしらじゃなく、お前たちのせいだと言って釈明する。それしかない」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。連中が娘たちを浚うのをわたしたちは阻止したのよ。そのわたしたちをあんたらは、捕えようというの──?」

 

 沙那は怒鳴った。

 

「それほどのことをしたのじゃ。お前たちは……」

 

 長老は暗い顔で首を横に振った。

 これはもう話にならないという感じだ……。

 

「こいつらは奴隷女だ。昨日、こいつらが破廉恥な恰好で、この宿屋の前に立っていたのを俺は見たぜ──」

 

 沙那たちに武器を構えている男たちの誰かが叫んだ。

 

「それがどうしたのさ──。お前、前に来な。睾丸握り潰してやるよ──」

 

 朱姫を背負っている孫空女がもの凄い剣幕で言った。

 一瞬、周囲が鎮まりかえった。

 

「町の男たちが殺されているのを見たわ。それでも、あいつらを許すの?」

 

 沙那は言った。

 この町に戻ったとき、あの辻に辿り着くまでに、ところどころで死んでいる町の男を見た。

 あれは、賊徒がやったに違いないのだ。

 

「ふん……。あれは、自分の家の娘や嫁が奪われるからと抵抗した者たちじゃ。賊徒に逆らうなど、どうしようもない連中じゃ──」

 

 長老は吐き捨てた。

 こうまで言われたら当惑してしまう。

 賊徒を追い払ったのは、無駄どころか、迷惑でしかなかったというのだ。

 それで、賊徒を追い払って、拐(さら)われそうだった娘たちを助けた酬いとして、沙那たちを捕らえて盗賊団に差し出そうということらしい。

 沙那は怒るよりも呆れてしまった。

 

「そ、その荷駄馬車は、長老のですよね……?」

 

 いままで孫空女の背で黙っていた朱姫が言った。

 沙那たちを囲んでいる男たちの後方には、通りに停められた小さな荷駄馬車がある。

 おそらく、この長老が乗ってきたものだろう。

 

「そうじゃが?」

 

 長老がいぶかしげな表情を見せた。

 朱姫が手を伸ばしてその荷駄馬車を指さした。

 

 次の瞬間、大音響とともに馬車が砕けて炎があがった。

 眼の前で武器を構えて沙那たちを囲んでいた男たちが恐慌に包まれる。

 

「あたしは、道術遣いです。それに、この女ふたりは、たったふたりで数十人の賊徒を追い払うくらいの女傑です──。賊徒と戦うこともしないで、町の娘が浚われるのに任せるような意気地なしたちがかなうような者じゃありません。あんたらにあたしらを捕らえることなんかできるわけがないんです──。わかったら、道を開けなさい──。さもないと……」

 

 朱姫がそう言って、今度は指を武器を構える男たちに向けた。

 男たちが悲鳴をあげて、さっと道を開いた。

 いまのは沙那が長老と会話をしているあいだに、荷駄馬車を霊具化して、朱姫の道術が及ぶようにしていたに違いない。

 それで朱姫が道術で荷駄馬車を派手に破壊してみせたのだろう。

 だが、本当は、いまは武器を構える町の男たちに朱姫の道術を及ぼさせる手段はない。

 しかし、そんな道術の原則は彼らにはわからないだろう。

 朱姫に脅されて、男たちは急いで逃げようとしはじめた。

 

「ま、待て、こいつらを行かせてはならん──。町が全滅する──」

 

 長老が叫んだ。

 沙那は剣を抜いて、長老の喉に剣先を突きつけた。

 

「ひいいっ──」

 

 長老が蒼くなって、その場に腰を抜かした。

 

「あんたのたわ言は耳障りよ。もう喋るのはやめなさい──。それよりも、まだ、賊徒に浚われそうだった娘たちは抱き合って泣いているじゃないの。彼女たちの面倒を看なさいよ。長老なら──」

 

 沙那は長老に剣を突きつけながら叫んだ。

 

「あ、あれは、賊徒たちが浚おうとした娘たちじゃ……。あの中から何人かを選んで、お前たちと一緒に賊徒に差し出す。それで盗賊団たちはわしを許してくれるはずじゃ……」

 

「ほざきなさい──」

 

 沙那はかっとして剣を振りおろした。

 剣は、長老の身体の寸前を掠めて、股間の直前の地面に突き刺さる。

 

「ひえええっ」

 

 長老は真っ蒼になって悲鳴をあげた。

 ふと見ると長老の下袴が濡れだして、その染みがどんどん大きくなる。

 どうやら失禁したようだ。

 

「わたしたちは、ちょっと出かけて来るわ……。それまで宿屋に置いたままの荷はそのままにしておくのよ。もしも、誰かが手をつけたり、少しでも持ち去ったりしてたら、ほかの誰でもない。あんたを殺すわよ、長老──」

 

 沙那はそう言って剣を鞘に収めた。

 それからもう長老は見なかった。

 そのまま、賊徒が残した馬がいる辻に向かう。

 

「あんたが、あんな啖呵が切れるとは驚いたわ、朱姫」

 

 辻で適当な馬を二頭捕えたところで、沙那はまだ孫空女に背負われている朱姫に言った。

 

「沙那姉さんほどじゃないですよ。あの長老、泣いてましたよ。可哀そうに……」

 

 朱姫が苦笑している。

 

「さて、じゃあ、行こうよ──。三人で盗賊団の砦を襲撃だ。遅れても、失敗しても、ご主人様の罰だよ。頑張ろう──」

 

 朱姫を馬に載せ、その後ろに跨った孫空女が手綱を捌きながら陽気に言った。

 遅れるのはともかく、失敗すれば宝玄仙の罰どころか、盗賊団に殺されて死ぬだけだろう。

 

 沙那もひらりと馬に跨る。

 そして、沙那は孫空女への返事の代わりに、馬の腹を軽く蹴って馬に合図をした。

 馬が駆けだす。

 

 すぐに後方から孫空女の操る馬が追ってくるのがわかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。