※この作品はR-18です。

嗜虐西遊記【完結】   作:ドン・ドナシアン

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414 三人対三百人

 権白狼(ごんばくろう)という頭目が率いる盗賊団の砦は、清華山という山麓にある。

 

「孫姉さん、沙那姉さん、戦いになったらあたしのことは、置いていってください。あたしの道術が必要なのは、最初に門を開くときくらいだと思いますし、役割が終わったらどこかに隠れてます。あたしも自分の身くらいは守れますから」

 

 孫空女の操る馬に跨っている朱姫がそう言ったのが聞こえた。

 盗賊団の砦まではもうすぐだ。

 しばらく駆けさせていた馬は、いまは普通に会話ができるくらいの速度で歩かせている。

 

「悪いけど、あたしも沙那もそうさせてもらうよ、朱姫……。馬を砦に入れられるとしても、さすがにお前を乗せたままじゃあ、戦えないからね。適当にその場に降ろす。役目が終わったら、結界でも作ってどこかに隠れていておくれよ」

 

「あたしのことは心配いりません。それよりも、孫姉さんも沙那姉さんも万が一にも死なないでくださいね」

 

「大丈夫だよ。あんな賊徒が二百人だろうが、三百人だろうがどうってことないよ――。でも、ご主人様は大丈夫だよねえ、沙那? 万が一にも人質になっているということはないよね?」

 

「ご主人様のことだから問題はないと思うけど……。身を護るだけなら『結界術』があるし……」

 

 沙那はそう言ったが、こればかりは現時点では判断はできない。

 あれだけの威力の高い霊気を持っている道術遣いの女が、自分の油断で敵の虜になったのは一度や二度ではない。

 たかが賊徒に不覚をとりはしないとは思うが、あの宝玄仙のやることは予測がつかない。

 万が一人質になっていたら、なっていたらで、その場で臨機応変に対応するしかない。

 

 もっとも、宝玄仙と香蛾(こうが)を乗せた馬車が賊徒たちに運ばれて行ってから、それほど時間をかけずに追ってきているので、賊徒たちが、先に連れていった宝玄仙たちと、これから砦を襲撃しようとしている沙那たちとの関係を悟る機会はないはずだ。

 宝玄仙が沙那たちに対して人質としての価値があるとは思わないはずた。

 こちらに情報が少ない分は、賊徒たちも同じなのだ。

 

 やがて、清華山の登り口に差し掛かった。

 一度、朱姫が孫空女の馬から降りて、沙那の前に乗りかえる。

 ここから先は孫空女が先頭だ。

 

 孫空女の操る馬が進む。そのすぐ後ろを朱姫と沙那が跨る馬が続く。

 賊徒たちの砦は、この緩やかな山道を進んだ山の中腹付近にあるはずだ。

 道は曲がりくねっていて細いが、連中は騎馬で戦うのを常套手段としている。

 路盤そのものは騎馬で進みやすいようにしっかりと踏み固められている。

 

「とまれ――」

 

 しばらく行ったところで、見張りらしき者から呼び止められた。

 道に馬除けの拒馬がある。

 尖った木杭の先がこちら側に突き出るように組んである木製の障害物だ。

 それが道に並べられている。

 その後ろに五名ほどの賊徒が槍を持って立っている。

 

「なんだ、お前たちは?」

 

 ひとりが言った。

 孫空女の得物の『如意棒』は、まだ孫空女の耳の中だ。

 沙那は剣を腰に帯びているが、朱姫も丸腰だし、女が三人いるだけじゃあ、一見したところでは襲撃とは思えないだろう。

 できれば適当に誤魔化して砦の中に入りたいものだ。そうすれば面倒が少なくなる。

 

「わたしたちは入山希望者よ。ここは、強い賊徒と耳にしたからね。これでも腕は立つのよ。どうか、腕試しをして、入山に資格ありと思ったらわたしたちをこの盗賊団に入れてくれないかしら」

 

 沙那は前に進み出て言った。

 

「入山希望者? 女のお前たちが?」

 

 最初に誰何した賊徒とは別の男が言った。

 そいつは身に着けている具足がほかの者とは違う。

 おそらく、この見張所を指揮する男なのだろう。

 

「女じゃあ、仲間に入れてくれないの? これでもあんたよりは強いわよ」

 

 沙那は言った。

 その男は訝しげな表情をしていたが、とにかく待てと言って、奥にある小屋に引っ込んだ。

 ほかの数名は、そのまま障害物の後ろで武器を構えている。

 

「信用すると思う、沙那?」

 

 孫空女が馬を近づけて、ひそひそ声でささやいた。

 

「思わないわ……。だけど、少しでも砦の内側に近づきたいわね。嘘が通用しなければ、遮二無二突破するしかないけど、怪しいと思いながらも内側に入れてくれればそれでいいのよ」

 

 沙那は言った。

 こういう賊徒であっても入山希望者には門を開いているはずだ。

 腕のある者であれば、むしろ大歓迎だろう。

 ましてや、昨日、どこかの隊商を襲ったことで、ここの賊徒団たちも少なからず損害を受けたらしい。

 だから、勢力を回復させたいとは考えていると思う。

 

 ただ、入山希望者が美女三人というのは異常だろう。

 連中がどう反応するのか予想はつかない。

 しばらく待たされたが、やがて、さっきのここの長らしき男が戻ってきた。

 

「とにかく、入れ」

 

 その男が言い、障害物が道から避けられた。

 そのまま三人でさらに上まで進むように指示された。

 

 ひとしきり急な坂を登ると、柵で囲まれている場所に着いた。

 柵は閉じられており、その柵の向こうには三十人ほどの賊徒がいて、それぞれに得物を持っている。

 その賊徒たちがいるさらに向こうには大きな門があり、その向こうが砦のようだ。

 

「こりゃあ、なかなかに堅牢そうだねえ」

 

 孫空女が呑気そうに声をあげた。

 

「入山希望者の女とはお前たちか?」

 

 柵の中から指揮官らしき男が出てきた。

 部下らしき男もふたりいる。

 ほかの連中は柵の中からこちらをうかがっている。

 女の入山希望者など、前代未聞かもしれない。

 彼らの興味深そうな表情がそれを物語っている。

 

 沙那は朱姫をそのままに馬から降りた。

 孫空女も降りる。

 

「この女は脚を怪我しているので、このままでいさせてください」

 

 沙那は馬の手綱を持ったまま言った。

 

「……怪我をしていて、入山の試験を受けるのか?」

 

 指揮官は皮肉な口調で言った。

 

「入山希望者はわたしとこの女だけよ。こいつは違うわ」

 

 沙那は自分と孫空女を指で示した。

 

「じゃあ、この娘はなんだ?」

 

「おい、お前、そのマントをとりな」

 

 沙那はわざと荒げた声をかけた。

 朱姫は当惑した表情をしている。

 もちろん、これは演技だ。

 

「さっさとするのよ。また、痛めつけられたいの?」

 

 沙那はそう言って、朱姫が被っていた黒いマントを剥ぎ取った。

 おうという歓声が柵の中から一斉にあがった。

 

 朱姫はぼろぼろの衣服のうち、上半身はすでに剥ぎ取らせていた。

 従って、下側は破れた下袍を履いているものの、上半身はまったくの裸身だ。

 まだ、多少の切り傷は残っているが、乳房も丸出しの素裸だ。

 しかも朱姫の両手首には前手縛りの縄がかかっている。

 もっとも本当は縛っていない。

 ただ、きつく巻いて肉に喰い込んでいるように見せかけているだけだ。

 

「こいつは、土産物代わりに拾った娘よ。ここの頭領への贈り物にしようと思って連れて来たのよ……。どう? なかなかの上玉でしょう?」

 

 沙那は言った。

 

「そ、それは、いい心掛けだ……。じゃ、じゃあ、入山希望者はお前たちふたりで、こいつは土産の奴隷女ということか……?」

 

 指揮官は気を飲まれたように言った。

 

「そうです。わたしは、沙那――。こいつは孫空女。わたしの相棒です……。この奴隷女の名は……、まあ、どうでもいいでしょう。どうせ、ひと通り輪し犯したら殺すだけの娘なんでしょうから……。とにかく、とりあえず腕を見てくれませんか?」

 

「俺は、その娘よりもお前たちがいいぜ。お前らが性奴隷になりな」

 

 柵の中から誰かが大声で叫び、それに吊られて笑い声が起きた。

 

「だったら、あたしに勝ちな。あたしに勝てば、いくらでもやらせてやるよ」

 

 孫空女が大声で返した。

 

「まあいい……。いずれにしても、入山希望者には、入山のための試しを受けてもらうのが決まりだ」

 

「望むところです」

 

 沙那は応じた。

 指揮官が合図をすると、柵が開いて馬が通り抜けられるくらいの隙間が開いた。

 沙那たちはやっと内側に入ることができた。

 

 柵から門まではさらに距離があり、急峻な登り坂になっていた。

 朱姫を乗せている馬は許されたが、孫空女の馬は置いていくように指示された。

 さっきの指揮官が案内するように前を歩き、そのすぐ後を孫空女、さらに後ろを沙那と沙那が手綱を持つ半裸の朱姫を乗せた馬が続く。

 最後尾は十人ほどの賊徒の一隊が武器を持ってついてくる。

 

 三個目の門に着いた。

 どうでもいいが、かなりの堅牢な造りだ。

 三重の門とは、立派なの国の軍城と見紛うような厳重さである。

 また、門の両側には石壁がそびえていて、盗賊団の砦とは思えない。

 

「さきほど連絡した入山希望者の女です」

 

 沙那たちを門の前まで連れてきた指揮官が、門の内側の誰かに大声で叫んだ。

 

「ちょっと待て――。開けるな。そのままでいろ」

 

 

 門が開こうとしていたのだが、不意に内側から別の声がかかり、門が開くのが中断された。

 孫空女がちらりと沙那に眼をやる。

 沙那は、朱姫に視線を送った。

 

 朱姫がじっと門を凝視する態勢になる。

 やっているのは、城門を霊具化するという作業のはずだ。

 やや時間はかかるが、朱姫の霊具にすることで、その城門に朱姫の道術が及ぶようになる。

 

「どうしたのかな……?」

 

 案内役の指揮しき男が首を傾げている。

 すぐに五名ほどの賊徒が横にあった通用門から駆け出てくる。

 

「あっ、こいつらだ――。間違いない。俺たちを襲撃した女二人組だ。捕まえろ――」

 

 その中のひとりが叫んだ。

 沙那は舌打ちした。

 どうやら見破られたようだ。

 町を襲った賊徒を追い払ったときに、逃げ戻った賊徒が沙那と孫空女の顔に気がついたようだ。

 

 沙那は剣を抜いた。

 捕まえろと糾弾した賊徒の首が飛ぶ。

 周囲が騒然となった。

 

 孫空女が『如意棒』を出すのが見えた。

 その『如意棒』が回転して、沙那たちの周囲から賊徒を蹴散らしてしまう。

 

「沙那姉さん、孫姉さん、いきますよ――」

 

 馬に乗った朱姫が叫んだ。

 次の瞬間、大音響をあげて、城門が吹っ飛んだ。

 

「派手だねえ」

 

 孫空女が陽気な声をあげて、壊れた城門から中に入り込んだ。

 沙那が続く。

 

「じゃあ、あたしは隠れます――」

 

 馬から転がるように降りた朱姫が声をあげて、足を引き摺りながらどこかに去る。

 その馬の手綱を孫空女が受け取った。

 

「上出来だよ、朱姫――。ご苦労さん」

 

 馬を受け取った孫空女が馬に跨った。

 

「ほらっ、死にたくなけりゃあ、近づくんじゃないよ――」

 

 孫空女が『如意棒』を振り回しながら、門の向こうにあった砦の広場に躍り出た。

 

 

 *

 

 

 孫空女は騎馬で賊徒のたむろしている広場に駆け入った。

 朱姫が破壊した城門の内側はかなり広い広場になっていた。

 砦の中央に平屋の大きな建物があり、ほかの建物は広場のさらに外側のようだ。

 砦全体がどこまであるのかはここからはわからない。

 おそらく、馬を飼う牧もあるはずだから、かなりの広大な地積があることは間違いない。

 

 孫空女が広場に騎馬で飛び込んだとき、その広場には百人近い賊徒がいたと思う。

 訓練でもしていたのか、それぞれに武器を持っている。

 ただ、具足はまちまちだし、隊を組んでいる気配はない。

 いきなり城門が吹っ飛んだことに呆気にとられているようだ。

 

 とにかく、孫空女はその中に突っ込み、六人、七人と『如意棒』で薙ぎ倒していく。

 賊徒たちを集まらせない。

 それだけを考えた。

 

 馬を縦横無尽に駆け巡らせて、少しでもまとまりができかかると騎馬でそこに突っ込んで薙ぎ倒す。

 指図をして混乱を収束しようとするような者が現われれば、遮二無二そこに駆けていき、指揮を執る者を叩きのめすか、馬で踏みつぶす。

 

 砦は大混乱だ。

 『如意棒』を振り回す。

 

 打ち倒す。

 

 薙ぎ払う。

 

 賊徒たちが逃げ惑う。

 

 孫空女はひたすらに暴れ続けた。

 

「孫女――」

 

 不意に沙那の大声が聞こえた。

 沙那もまた駆けながら大勢の賊徒たちと切り結んでいたが、孫空女が沙那に視線をちらりとやると、その沙那がさっと剣で砦の真ん中にある建物を指した。

 

 孫空女は馬の方向をその建物に向ける。

 建物は石の階段の上にある。

 

 孫空女は石の階段付近にいた十人ほどを一気に棒で打ち倒すと、馬を降りて階段を駆けあがった。

 

 

 *

 

 

 沙那は孫空女に蹴散らされている賊徒たちに、ひとつの流れができ始めていることに気がついた。

 大暴れする孫空女に蹴散らされて右往左往している賊徒たちだが、ある何人かは広場の中心にある平屋の建物に入っていった。

 しかも、だんだんと賊徒の集団は建物を囲むように少しずつ集結していく。

 あの建物になにかがあるのは確かだ。

 

 その平屋の建物に向かって駆けた。

 行く手を数名の賊徒が阻む。

 その賊徒に沙那は斬りかかる。

 しかし、さらにその前に新たな賊徒が阻んでくる。

 

 この動きは間違いなく、この先の建物がなにかの重要な場所であるということだ。

 だが、このままでは沙那が集団に取り囲まれてしまう。

 

「孫女――」

 

 沙那は叫んだ。

 孫空女は、騎馬で広場全体を駆け巡っては、賊徒たちが集まるのを防いでいるが、それでも賊徒たちはあの建物を中心に集まろうとしている。

 

 孫空女がちらりとこっちを見た。

 沙那は剣を交えている眼の前の賊徒の隙をついて、一度だけ平屋の建物を指した。

 

 それで十分だ。

 孫空女が騎馬を翻して建物に向かうのが見えた。

 

 沙那はそれを確認して、逆に建物から離れるように動いた。

 叫び声が交錯する。

 

 沙那と数合渡り合える者はいない。

 ひとり、ふたりと確実に屠っていく。

 

 少しして、すっと周りから突然に人がいなくなった気がした。

 

 矢――。

 

 飛んできた。

 避けた。

 

 どこから……?

 

 さっきの建物の横に弓隊が集まっていた。

 また、矢だ。

 しまった……。

 

 矢の射程内に孤立しているかたちになっている。

 このままでは狙い射ちだ。

 

 孫空女――。

 石段の上で『如意棒』を振り回している。

 大勢の賊徒と戦っているが、その賊徒が面白いように打ち倒されている。

 

 沙那は叫んだ。

 

 この喧騒で聞こえたかどうかわからない。

 しかし、孫空女が『如意棒』で引っかけた賊徒の身体をひとり、ふたりとその弓隊に向かって投げた。

 

 弓隊が崩れた。

 沙那はまっしぐらにそっちに突進した。

 

 沙那の周りを遠巻きにするようにされていたのが幸いした。

 沙那の移動を阻む者はほとんどいない。

 建物の直前でやっと前を阻まれたが、そのまま斬り倒して弓隊のいた場所に辿りついた。

 次々に剣を振って五名ほどの弓隊の連中を倒す。

 

 一度剣を収めて、弓をとる。

 集まってくる賊徒に向かって次々に矢を射かける。

 

 あっという間に近づく者がいなくなる。

 ふと、石段の孫空女に視線をやる。

 

 孫空女に大勢の賊徒が群がっている。

 そして、孫空女が体勢を崩して石段を滑り落ちた。

 

 上からやってくる賊徒が喚声をあげて、孫空女に斬りかかった。

 沙那は悲鳴をあげた。

 

 

 *

 

 

 孫空女は石段の上下からやってくる賊徒をはね飛ばし続けた。

 一体全体どのくらいの人間を倒したのか……。

 いくらはね飛ばしても、この建物に近づいたら新手が現われる。

 

 沙那が叫んだ気がした。

 

 眼の前のふたりを突き飛ばして、視線を移動させる。

 

 弓か――。

 

 沙那が狙い射られている。

 五人ほどの弓隊がこの建物の横に集まっていた。

 

 後ろから槍――。

 間一髪で避ける。

 

 斬りつけてきた男を『如意棒』の先で引っ掛けて、弓隊に向かって放り投げる。

 

 さらにふたりの賊徒が来た。

 ひとりを突き飛ばして石段の階段の下に突き落とし、もうひとりをまた『如意棒』で弓隊に向かって放り投げる。

 それで完全に沙那を射る態勢を失ったようだ。

 孫空女は意識を眼の前に戻す。

 

 この建物がこの砦の中心であることは確かだ。

 ここに近づいた途端に、賊徒が集まりだした。

 石段の階段の下からはもちろん、建物の内部からもどんどん人が出てくる。

 孫空女が戦っている階段の反対側にも同じような階段があり、そこから上がった賊徒が、中を通って石段の上からやってくるのだ。

 

 きりがない。

 

 孫空女は叫び声をあげた。

 さすがに息が切れてきた。

 

 ふたりを同時に打ち倒す。

 汗で『如意棒』が滑る。

 

 今度は上から四人が出てきた。

 下から三人――。

 全部の相手はできない……。

 

 孫空女はさらに石段を駆けあがり、四人に先に向かう。

 三人をかわしてひとりの頭蓋骨を断ち割る。

 

 もはや手加減はできない。

 その余裕がなくなっている。

 

 後ろから槍が来た。

 

 かろうじてかわしたが、態勢を崩して石段を数段滑り落ちた。

 それを待っていたかのように、上からの賊徒が襲いかかる。

 孫空女は滅茶苦茶に『如意棒』を振った。

 

 しかし、賊徒は来ない。

 賊の一部の喉に矢が突き刺さっている。

 

 孫空女の周りの賊徒が矢に射られて次々に倒れていく。

 

 沙那だ。

 

 さっきの弓隊の位置から孫空女の周りの賊徒を矢で射かけている。

 とりあえず息をする。

 起きあがってまた石段を駆けあがる。

 

 建物の階段をあがりきった。

 孫空女は一瞬だけ背中側を見た。

 背後からあがってくる賊徒は、沙那が矢で次々に射倒していた。

 もう、その位置から新たにあがってこようとする賊徒はいない。

 沙那に責めかかろうとする賊徒もいないようだ。

 遠巻きにして沙那と孫空女を見守る態勢の賊徒が大勢を占めている。

 

 孫空女は建物の戸を開け放った。

 一斉に槍の塊りが襲った。

 

「うわっ」

 

 さすがに孫空女は後方に飛びすざった。

 屈んだ上体に数本の槍先が掠ったがそれだけだ。

 孫空女の『如意棒』は、その槍の一部をなぎ倒している。

 

 少しだけ見た建物の中は、大勢の賊徒で溢れていた。

 建物の中で小さな隊を幾つも編成して待ち受けているのは確かだ。

 やはり、孫空女の反対側から大勢の賊徒があがったのだろう。

 

「うおおおっ、死にたくにけりゃあ、どいつもこいつも、どきなあっ」

 

 孫空女は吠えた。

 

「孫女、屈んで」

 

 沙那の声――。

 

 屈む。

 

 孫空女の頭上を矢が続けざまに通過する。

 矢に倒された賊徒が叫び声をあげながら倒れて、視界がまた開く。

 

 孫空女は一度だけ息をして、また建物内に踊り入った。

 

 眼の前に十数人――。

 

 無意識のうちにふたりほどの賊徒の腕を叩き折っていた。

 腰を捻って、剣をかわし、ひとりを突き、その男を盾にしてほかの男たちに蹴り飛ばし、相手が怯んだところを『如意棒』で薙ぎ払う。

 

 横――。

 

 考えるよりも早く身体が動く。

 『如意棒』の先をその男の顔面に叩きつけている。

 

 もう一度雄叫びをあげた。

 部屋の中心に宝玄仙を見た気がした。

 しかし、それを確かめる余裕がない。

 

 跳躍してふたりを打ち倒し、さらに三人ほど殴る。

 

 息が苦しい……。

 息継ぎの暇がないのだ。

 

 とにかく暴れ回って『如意棒』を振る。

 

 打つ――。

 

 払う――。

 

 跳ぶ――。

 

 叩きつける――。

 

 気がつくと、あれだけ大勢いた建物内の賊徒が残り二人になっている。

 孫空女はその賊徒に身体を向けた。

 

 明らかにそのふたりは怯えていた。ふたりとも剣を持っている。

 叫びながらそのふたりが斬りつけてきた。

 

 かわしもせずに、孫空女は『如意棒』を一閃させた。

 そのふたりが倒れて、建物が静寂に包まれる。

 

 建物の外でも戦いの気配は消えている。

 終わったのか……?

 

 少なくとも周囲から敵意のようなものは消えている。

 ほっとしたら、眼の前がすっと暗くなった。

 

「抵抗する者は全員殺します。抵抗することをやめるならば、ここで武器を捨てなさい――。命はとりません」

 

 朱姫の声だ。

 隠れていたくせに、いいところに出てきて、が建物の外で大声で叫んでいる。

 思わず苦笑した。

 そして、息を大きく吸う。

 

 視界が戻ってくる。

 孫空女の耳に不意に拍手が聞こえてきた。

 

「久しぶりに暴れて、すかっとしたろう、孫空女。悪鬼のような戦いぶりだったよ」

 

 拍手をしているのは宝玄仙だった。

 部屋の真ん中に宝玄仙と香蛾(こうが)がいる。

 ほかに両手を頭の後ろで組んで真っ直ぐに立っている男がふたりいて、そのふたりはなぜか全裸だった。

 しかも、髪の毛が一本もない。

 

 いや……。

 髪の毛どころじゃない。

 

 よく見れば、剝き出しの性器の部分にあるはずの陰毛もない。脇の下もつるつるだ。

 そのふたりの男の足元にいるのが、例の手拭いのような前掛け一枚の香蛾だ。

 香蛾は刷毛と剃刀を両手に持ち、そのふたりの脛毛を剃っているようだ。

 どうせ、宝玄仙の悪趣味によるものに違いない。

 まったく……。

 

「ご、ご主人様、迎えに来たよ……」

 

 孫空女はそれだけを言った。

 そして、その場に座り込んだ。

 

「ご主人様、無事ですか?」

 

 沙那の声だ。

 孫空女は頭を後ろに回す。

 弓と矢筒を両肩に抱えた沙那が建物の入口に立っていた。

 沙那も全身に水を浴びたように汗をかいている。

 

「朱姫が残った賊徒の武装を解除して、外の広場に集めています。抵抗する者はもういません。制圧しました」

 

 沙那が言った。

 

「ごくろうさん、沙那、孫空女――。ところで、こっちの一物が大きい方が、頭領の権白狼(ごんばくろう)だそうだ。さっき、やっと自分の名を口にしたところさ。こっちで泣いているのが秀(しゅう)だ。この秀もこの賊徒の幹部のようだよ。どうする、沙那?」

 

「頭領を含めて、幹部は全員殺します、ご主人様。それ以外は放逐します」

 

 沙那はきっぱりと言った。

 

「厳しいねえ……。わたしは血を見るのは好きじゃないのさ。もう、いいじゃないか、沙那」

 

「そうはいきません、ご主人様――。生かしておけば、また、近隣の町や村の人間を襲います。生かしておいても為になりません。この権白狼の残酷さは、近隣でも有名です。復活すれば、さらに輪をかけて悪辣なことをするに決まっています」

 

「でもねえ……」

 

 宝玄仙は渋い顔をしている。宝玄仙が血を見るのが好きじゃないというのは本心だろう。

 

「とにかく、そいつが頭領ならわたしに引き渡してください」

 

 沙那が苛ついた声で言った。

 

「殺すなんてもったいないじゃないかい。せっかく、いい玩具を見つけたのに……。こいつらは揃いも揃って、でかい身体をしているくせによく泣くからいたぶり甲斐があるのさ。連れていくのはいいよ。だけど、わたしの許可なく殺すことは許さないよ、沙那」

 

「ご主人様は甘いです。彼らは殺さなければなりません」

 

 沙那が不平そうな声をあげた。

 

「もう、たっぷりと殺したろう、沙那」

 

 宝玄仙の声も苛立ったようになった。

 

「とにかく、わたしに任せてください、ご主人様」

 

 殺すべき――。

 

 それは、沙那が正しい。

 頭領を生かして放逐すれば、必ずや賊徒をまた集めて無法を繰り返すだろう。

 頭領を生かせば、ここの賊徒を放逐しても、すぐに集まり直すだけだ。

 賊徒なんていうのは、ほかに行き場のない連中なのだ。

 幹部級を処断しておかなければ、その行き場のない連中がそこに集まるのは間違いない。

 ここの賊徒団を解体させるには、少なくとも頭領は殺さなければならない。

 

 しかし、宝玄仙が血を見たくないというのは感情だ。

 感情に理由はない。

 だから、沙那がいくら正論を言っても通用しない。

 

 沙那は理屈を言うだろうし、宝玄仙は感情を言うだけだ。

 おそらく、いくら話し合っても、このふたりの主張に妥協点はない。

 頑固者のふたりだ。

 放っておくと、また対立しかねない。

 孫空女は嘆息した。

 

「沙那、ここは、とりあえず、ご主人様の言う通りにしようよ。この頭領に全員立ち去れと命令させるさ……。すぐに殺してしまうと、逆に反感を食らって、統制できなくなってしまうかもしれないよ」

 

「な、なに言ってんのよ」

 

「まあまあ、とにかく、ここに集まっている連中を追い払うことが大事さ。沙那もそれは同じように考えてるんだろう? 最終的に殺すか殺さないかは、いまは結論を出すのはやめようよ」

 

「結論を出すのをやめるって?」

 

「つまり、とにかく、そいつの身柄を使って、解散命令を出させるさ。その後のことはともかく、いまは賊徒たちを穏便に解散させる方法を考えようよ、沙那」

 

 孫空女は言った。

 とりあえず、結論を先伸ばしにしておけば、沙那の頭も冷えるし、宝玄仙の気まぐれも変化するだろう。

 

 そして、孫空女は、頭領を殺しても、生かしておいても、どっちも同じだと思っている。

 この土地にしっかりとした国がない以上、遅かれ早かれ、賊徒は復活する。

 ここで完全に盗賊団を潰しても、時間が経てば必ず賊徒は生まれる。

 すぐに復活するのか、それとも時間がかかるのかの違いだ。

 そして、その賊徒がそれがいまの権白狼のように、残酷性を持つものなのか、そうでないかは、その時でなければわからない。

 

「わかったわ、孫女……。確かに、追い払うことだけを考えたら、とりあえず、権白狼自身に言わせるのがいいかもね……。じゃあ、とにかく、頭領を縛ってこっちに連れてきてよ――。頭領が縛られているところを見せれば、本当に自分たちが負けたということを認識すると思うから……」

 

 沙那は言った。

 孫空女は立ちあがる。

 

「縛りならわたしに任せな、沙那――。こいつに股縄をしてやるよ。こいつが完全に倒されたということを賊徒たちに示せればいいんだろう? どれ、それもわたしに任せな……。孫空女、そこに落ちている槍の柄を一尺(約三十センチ)ほどの長さに切断して持っておいで」

 

「なにすんのさ、ご主人様?」

 

 孫空女は、槍を手に取ると、落ちている剣を拾って宝玄仙に指示された流さに切断し、それを宝玄仙に手渡す。

 

「これを尻穴調教用の霊具に変えてやるよ。それに尻を犯されてよがらせながら、ほかの賊徒の前に連れていきな。生首を見せるよりも効果的さ」

 

 宝玄仙が愉しそうに笑った。

 横で沙那が大きさ溜め息をついた。

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