「おい、陳達、陳女そこにおるか――?
そのとき、突然、玄関の戸が外から叩かれた。
大家の声だ。
花凛ははっとした。
いま、花凛はその玄関に向かって大股を開いて拘束されている。
玄関の戸を開けば、裸身の花凛を阻むものはなにも存在しない。
それは陳女も同じだ。
陳女もとっさに床の上にうずくまるようにして身を竦めている。
しかし、完全に座椅子に縛られている花凛には、そうやって身を小さくすることもできない。
花凛の裸身は大家がやってきた玄関に向かって、完全に曝け出されている。
陳達はにやりと笑うと、花凛を一瞥して立ちあがった。
そして、玄関に向かって歩いていく。
まさか、そのまま戸を開けるつもりでは……。
花凛の背に冷たい汗が流れる。
「大家さん、いま、開けるよ――。確かに、花凛はこの家にいるよ」
陳達が玄関の戸の前に立って言った。
そして、観音開きの蝶番に手をかけた。
花凛は驚愕した。
本当に花凛と陳女をこのままにして戸を開けるつもりだとわかったからだ。
陳達がすっと戸を開いた。
思わず出そうになる悲鳴を花凛は堪えた。
しかし、陳達が開いたのは人ひとり分くらいの小さな隙間だ。
陳達はその隙間に立って、大家が中に入ってくるのを阻むように戸の前に立って、外にいる大家と陳達は向き合った。
それでも、大家の視界を阻んでいるのは、陳達の身体だけだ。
こちらからは、はっきりと大家の気配を感じるし、つまり、ほんの少し、陳達が身体を横にすれば、大家は花凛たちの裸身を容易に眺められるということだ。
陳達と大家はなにかを話し込んでいる。
いまのところ、大家が陳達の背中越しに家の中を覗き込もうとしている気配はないが、その意思があれば、花凛の痴態ははっきりと大家の視界に入るだろう。
花凛は開いている玄関の戸から流れてくる外気をしっかりと肌に感じた。
それとともに、気が動転して訳のわからない感覚に陥った。
やがて、それは息が詰まるような官能の波ではないかと思った。
あまりの衝撃に視界が揺れた。
大家と陳達がなにを話しているかも耳には入らない。
息も止まるような羞恥に花凛の身体に痙攣のような震えが走る。
なにも触れられていない股間がかっと熱くなり子宮に大きな疼きが走っている。
見られる……。
いや、見られているのではないか……。
そう思った。
すると、股間の熱さと子宮の疼きが全身に一気に迸った。
頭が真っ白になった。
なにが起きたかわからない。
気がつくと、眼の前に陳達が立っていた。
「おっ、どうしたんだ、花凛は?」
陳達が驚いたような声をあげた。
「あなたが意地悪するから、びっくりして軽く達したようですわ……。酷い人ね……」
陳女が甘えるような声をあげた。
達した……?
なにも触られていないのに……?
花凛は陳女のその言葉を聞きながら呆然としていた。
そんなことがあり得るだろうか……。
だが、確かにそんな感じだ。
身体にはただれるような脱力感が襲っていた。
「どうやら、花凛は、本当に激しい被虐の癖があるようだな……」
陳達が陳女の股間を呆れたように見下ろしながら言った。
「……だが、残念ながら時間切れだ。拘束を解いてやるから、ふたりとも服を着ろ。花凛の家と洛葉さんの家に泥棒が入ったそうだ。洛葉さんは大家のところにいたから無事はわかっていたが、花凛の行方がわからなくて心配していたようだ。花凛は俺のところにいると教えたら安心していたよ……。さあ、行ってみよう――」
陳達が言った。
*
「昨夜のうちに入ったようじゃ、花凛……。盗賊は、あんたのところと、洛葉さんのところに忍び込んだようじゃ……。幸いにも洛葉さんも、あんたも留守でよかったがな……」
陳達と陳女とともに、通りに面している自分の長屋がある棟に戻ると、洛葉の家の前に大家のほかに数名の野次馬が集まっていた。
大家は六十過ぎのはずだが、背が低く腰が曲がっているのでもっと歳をとっているようにも見える。
その大家が花凛を認めると、そう言った。
ふと見ると、花凛の家の玄関が外から壊されている。
とっさに
一昨夜は陳女と陳達に追い返されるかたちになったが、あと後、花凛は陳達夫婦にそのまま連れ出されていたから、数日前から大家の家に避難していた洛葉はもちろん、花凛の家も丸一日不在だった。
その時間を利用して、もう一度花凛の家から潜入したに違いない。
花凛の家の戸締りはした覚えはないが、いつの間にか陳達か陳女が鍵を閉めていたのかもしれない。
それでひとりでやってきた王奇は、花凛の家に入ることができずに戸を壊して入ったのだろう。
どうせ、壊すなら直接に洛葉の家の戸を壊しても同じだと思うが、そういう頭を使わず、短絡的な行動をとるのは、いかにもあの王奇らしい。
そして、おそらく、花凛の家から壁の抜け穴を潜って洛葉の家に入り、目印のある床板を外して、例の盗賊団が隠していったという財を掘っていったに違いない。
残念なこととは思わなかった。
むしろやっかいなことから離れられてほっとしたというのが本音だ。
目的を達した以上、あの王奇が花凛に関わることはないだろう。
それに王奇もまた、盗賊団の財の情報に接してそれを横取りしたのだ。
いくら王奇が馬鹿でも、この
あの馬鹿男とはこれで縁も切れたに違いない。
盗賊団の残した財などに、どうして興味を持ったんだろう?
花凛は心からそう思った。
「まずは、あんたのところに入り込み、それから、壁を外して洛葉さんの寝泊りしておった家に入ったようじゃ。とりあえず、洛葉さんには調べてもらったが、床板を外して穴を掘ってあったのを別にすればこれといって盗まれたりしたものはないそうじゃ……。それで、お前もなにか盗まれたりしておらんか調べてくれ」
大家に促されるように自分の家に入った。
玄関の戸が壊され、洛葉の家の間の木の板の一部は外れたままになっている以外には、異常はない。
花凛は大家にそう言った。
だが、やはり洛葉の家との間の壁の板は外れたままだった。
そこから洛葉の家が見える。
洛葉の家の中では玄関に近い床の板が外れっぱなしになっている。
大家を始め、陳達と陳女の夫婦もなんとなく、そこに集まって穴を覗いていた。
花凛もそこに行ってみると、確かに外れた床板の下には縁の下の地面があり、甕ひとつ分の穴がぽっかりと開いていた。
「ここになにかが埋まっておったんかのう?」
大家が首を傾げている。
花凛は真実を伝えるべきかどうか迷った。
もう洛葉に危険はないと思うが一応真相を教えるべきなのかもしれないとも思った。
「そうだとしても、掘り出してしまったんだろうから、どうしようもないな。まあ、判断する限りでは、ここになにかが埋まっていて、盗賊はそれを盗むというよりは、回収していったのだろうな……。いずれにしても、盗るものを盗ったとあれば、もう来ないとは思うけど、同じものを目指して別の盗賊が来ないとも限らないな。この家の床下がそうやって荒らされたことは喧伝しておいて方がいいだろうな」
陳達がそう言った。
「そういうこともあるかのう……。じゃあ、一応は町役には届けておくことにしようか。それにしても、昨日、陳達を襲った男もその関係者なんじゃろうのう」
「間違いないだろうな」
陳達がそう言い、なんとなくそれで話は終わりだという雰囲気になった。
花凛もそれで真相を発言する機会を逸してしまった。
「いずれにしても、ここはしばらく空き家のままにしておこうかのう。洛葉さんには別の空き家を案内することにしようか……。そう言えば、入られたのは花凛のところもじゃなのだから、花凛も念のために家を移った方がいいかもしれんな。この長屋には二十軒ほどの家があるが、空き家も数軒ある。そこに移るか、花凛?」
大家が言った。
「だったら、わたしたちの隣が偶然空いていますわ。右隣りは周達さんですけど、左隣りは空き家ですわ」
陳女が口を挟んだ。
「そうだな。それがいいさ。荷物の移動は俺たちで手伝ってやるよ――」
すかさず、陳達が言った。
そして、花凛の顔を見てにやりと微笑んだ。
気がつくと陳女もまた花凛を覗き込むように視線を向けている。
ふたりの視線が花凛に注がれる。
なんだか、蛇に睨まれた蛙のような気持ちになる。
そう言えば、このふたりの家の隣は空き家だ。
しかし、こんな変態夫婦の隣などに引っ越しをすれば、これからどんな生活が待っているか目に見えている。
この二日で味わったあの恥辱と被虐の快感――。
それが毎夜のように続く日々が待っているのだろう。
花凛は自分が被虐への快感の期待に狂いそうになっていることを知っている。
陳達や陳女から受けた淫らな仕打ち……。
ここに来る直前に陳女が陳達から受けていた残酷な調教……。
それを自分が本格的に受け続ける日々が来るのかもしれないと思うと、花凛の股間はそれだけで熱くなっていた。
気がつくと花凛の口には緊張で大量の唾が溜まっていた。
「じゃ、じゃあ、そうする……」
一度ごくりと唾を飲み込んでから、花凛はそう答えていた。
この夫婦からは逃げられない……。
そう思うと込みあがる被虐の疼きに、腰が自然に左右にくねる。
「じゃあ、あんたらに任せるわい。この花凛は、夜の仕事をしとるから結構誤解されとるんじゃが、根は真っ直ぐな娘じゃ。あんたら夫婦で優しくしてやってくれ――。いずれにしても、この通り沿いの棟は物騒だから、しばらくは空き家ということにしようかのう……」
大家が言った。
「それはもちろん、わたしたち夫婦は、花凛さんともの凄く親しくお付き合いすると思います……。ねえ、花凛さん」
陳女がそう言って、花凛ににっこりと微笑みかけた。
*
荷を移動するのはそれほどの時間はかからなかった。
ほかの長屋の住民も手伝ってくれたし、午前中のうちにすっかりと荷は陳達と陳女夫婦の隣室に移動し終った。
同じ時間に洛葉の荷物も、同じ長屋のほかの空き室に移動し終わっている。
花凛は手伝ってくれた人にお礼代わりの昼食をこしらえて、それを振る舞った。
使ったのは陳女の家の台所であり、料理の支度と食材の準備は陳女が手伝ってくれた。
長屋の住民は、花凛の料理が思いのほかうまいと褒めてくれた。
水商売だからあまり、家庭的な雰囲気がないからだろう。だが、居酒屋では料理も作るので花凛は料理は得意だ。
引っ越しの手伝いをしてくれたのは、たまたま暇だった長屋の住民の十数人だ。
二軒の家の引っ越しが終わると、洛葉や大家も含めた手伝いの長屋の住人のみんなと一緒に車座で昼食を食べてたのたが、そこで気がついたのは、陳達と陳女の夫婦が随分とみんなに慕われているという事実だ。
確かに、こうやってほかの人の相手をしているときは、ふたりは本当に優しそうで親しげな人物だ。
それに、世話好きでこの長屋内で困った者がいれば、密かに手を回して助けているという噂も耳にする。
とてもじゃないが、一昼夜にかけて花凛を残酷に嗜虐した夫婦と同じ人間とは思えない。
やがて、昼食が終わって全員がいなくなると、花凛は陳達、陳女夫婦からもう一度、ふたりの家に連れていかれた。
緊張で身体を竦ませている花凛に、陳達は台所の奥に隠してあった一個の木箱を見せた。
「あっ――」
思わず花凛は声をあげた。
その中にあったのは、大量の金板だった。
全部で三十枚はあるだろう。ひと財産だ。
花凛は息を呑んだ。
「ど、どうして、これが……?」
しばらく金板に見とれていた花凛は、やっとのこと言った。
すると陳達がにやりと微笑んだ。
「もちろん、お前をここに連れ込んだ直後に回収したのさ。一番最初にあの王奇とかいう若者とあんたが洛葉さんの家に忍び込んだとき、陳女はちゃんとあんたらの会話を聞いていて、床下に財が隠されているというのはわかっていたのさ。俺が花凛に興味を持ったんで、口を割らせるためだとか言って拷問したけどね……」
「え……」
「 まあ、ああいうのも俺たちの性戯のひとつでね……。いずれにしても、陳女がここであんたの相手をしている間に、俺がすぐに回収して、ここに移しておいたというわけさ」
陳達が笑った。
「じゃ、じゃあ、王奇は……? さっきの洛葉さんの家を荒らしたのは王奇じゃなかったの?」
ならば、さっき洛葉の家に掘ってあった穴は王奇が掘ったものではなかったのだろうか……?
あるいは、王奇は掘ったものの、そこに財を見つけられず手ぶらで戻ったのだろうか……。
どちらにしても、怒り狂った王奇は花凛や陳達を襲ってくることになるだろう。
花凛は自分の疑問と疑念をぶつけた。
しかし、陳達は笑い飛ばした。
「もちろん、夕べ洛葉さんのところに忍び込んだのは王奇という青年の仕業だ……。というよりも、俺たちは、あの王奇が戻ってきて、洛葉さんの家から彼の狙いである隠し財を盗んでいくのを待っていたんだ。あんたをここに監禁して、あの二軒を空き家にしておけば、勝手に入り込んで、また盗もうとすることはわかりきっていたしね」
「わ、わざと……?」
「まあ、ついでに、俺たちの性戯の相手をしてもらったのは申し訳ないけどね……。だけど、心配はないよ……。ちゃんと、不自然でない程度の金板はそのまま残しておいた。王奇が持っていったのは金板が十枚ほどだけど、王奇はすでに大部分が運び去れらた後とは夢にも思わないさ――」
「だ、だったら……」
「そうさ。これで、すべての罪は王奇に期すだろうし、誰も俺たちがねこはばしたとは思わないさ。それに、俺たちが責任をもって、裏世界にも王奇が財を盗んだという情報は流してやるよ。詳しくは離せないが、俺はともかく、この陳女は実は裏世界にも伝手があってね……」
陳達は笑った。
その横で陳女もにこにこしながら頷いている。
しかし、花凛は驚いて口がきけなかった。
この夫婦はあろうことか、どこかの盗賊団の隠し財を横取りしようとした王奇から、さらに財を横取りして、しかも、その罪を王奇に全部擦りつけようとしているようだ。
花凛はぞっとした。
「……どうする、花凛さん? もちろん、半分はあなたのものよ。まあ、残りの半分は、手間賃として、わたしたち夫婦がもらうつもりだけど……。裏社会の工作にも少しは軍資金があると楽なのよね……」
「夜のうちに半分を花凛の家に持っていくよ。それでいいだろう?」
陳女と陳達がそれぞれに言った。
「じょ、冗談じゃないよ。どうか、全部、あなた方が持っていってよ。そんなのあげるさ。もちろん、あたいは一枚もいらないよ――」
花凛は叫んだ。
「そんなこと言わないで、とっておいたら? 財というのはないよりはあった方が楽よ。あの王奇という男のことなら大丈夫よ。詳しくは教えられないけど、あなたの教えてくれた情報でいい具合に処置できそうだから……」
陳女のいう”いい具合“というのが、なんなのかはわからないがそれはもういい。
それよりも花凛の興味は、今朝まで激しかった“調教”のことしかない。
あんなに、残酷さも際立っていた陳達による陳女への嗜虐だったのに、いまは嘘のようにふたりは仲良く思える。
「それよりも、もう調教とか躾とかいうのは終わったの? あんなに凄かったのに、次の瞬間には、あんなことなんにもなかったかのように、なんでふたりは振る舞えるのさ? 一体どういう関係なの?」
するとふたりが爆笑した。
「あんなのは、”ごっこ遊び”だよ。ごっこ……」
陳達がやがて笑いながら言った。
「ごっこ遊び……」
花凛はなんだか全身の力が抜ける気がした。
やはり、この夫婦はおかしい……。
巻き込まれると、どこまでも翻弄されて、とんでもない目に遭う。
いずれにしても、根本的には仲良し夫婦なのだろう。
ただ、ふたりの性癖が特殊だということだけだ。
「軽い気持ちで、花凛さんももう一度どう? わたしの見たところ、満更でもなかったようだけど……?」
陳女が誘うような口調でそう言った。
花凛は股間がぞわそわと疼くのを感じた。
そして、もちろん、陳女の誘いに対する答えは決まっている。