「早くしろ、文句言うんじゃねえよ。これでいいのよ――。亭主のお戻りだ。さっさとしやがれ――。女というのはこれに限るんだ。本当だぜ、鼻――」
馴染みの居酒屋だ。
周達から強引に呼び出されて、ここで待ち合わせをしているのだが、かなりの宵の口となったのに、いまだにやってこない。
それでひとりでちびちびとやっていたが、たまたま、やってきた高羽に絡まれてしまったのだ。
どうも、この店にくると絡まれ癖がついている気がする。
「おい、聞いているのか、鼻――。お前が女房をもらったばかりというのは、この間、聞いたぞ――。だから、俺が教えてやったろう――。これ式だ。女房を殴ったか? 平手で二、三発も張ってやったか? ちゃんと、お前が尻に敷いているのか? それとも、まだ、敷かれてやがんのか――」
「殴りはしないけど、これでも尻には敷かれていないよ。心配には及ばないさ――」
「本当だろうなあ、鼻――。まあいい……。とにかく、女房というのはなあ……」
高羽はすっかりと酔って鼻の頭が赤い――。
唇も震えている。
「とにかく、酔ってしまえよ、高羽。今日は俺が払うから、なんでも頼んで、なんでも飲んでくれよ」
だが、高羽は聞いているのか、聞いていないのか、しばらくは、いつもの亭主関白論を念仏のように唱えて、強い酒を呆れるくらいにがぶ飲みし、ついには机に突っ伏してしまった。
「これはいかんな……。酔い潰れてしまったか……。さっきも言ったが、払いは俺がするが、こりゃあ、どうしたものかな。送ってやりたいが、ここで待ち合わせをしているんだよ」
陳達は困ってしまって、店の主人に視線を向けた。
「放っておいてあげなさいよ、旦那。この御仁はしばらくここで寝たらちゃんとひとりで帰りますよ……。いつもそうなんですから」
居酒屋の主人は五十すぎの年配の男だ。
この店はその主人がひとりで酒の支度や料理までやっている店だ。
狭い場所に卓が三個だけあるような小さな居酒屋なので、ひとりでも手が足りるようだ。
それでも、いつもは話をする余裕などないのが、この日は珍しくほかに客がいなくて、店の主人も陳達の相手をしてくれる余裕があるようだ。
「まあ、あまり、家に戻りたくはないんでしょうねえ……。いつも乱暴なことを言っていますけど、あっしは、この御仁は尻に敷かれていて、きっと女房に頭があがらない口だと思いますけどね」
主人は言った。
陳達は苦笑した。
二箇月ほど前だったか、同じように酔い潰れて、この高羽を家まで送っていったときのことを思い出したのだ。
高羽は酔っ払ったまま家の前まで戻ったものの、女房から締め出しを喰らっていた。
しばらく、高羽は大人しく立ちん坊をしていたが、やがて出来のよさそうな子供が玄関の戸を開けてくれて、すっかりと酔いも覚めた感じで、そっと家の中に入っていった。
陳達は、払いは自分がすると言って、主人に酒を勧めた。
すると主人は、とっておきの銘酒だと説明しながら、奥から透明で透き通った醸造酒を取り出してきた。
飲んでみると驚くほどおいしかった。
「ところで、大通りに立派な店をお構えになったそうですね。おめでとうございます、旦那――」
店の主人が言った。
陳達は驚いた。
「なんで、それを……?」
「そりゃあ、客商売ですから……。旦那の噂だってよく耳にしますよ。評判のいい古着屋のご主人だというのは、随分と前から存じておりましたが、なんか、大通りに立派な服の仕立てのお店を出すようになったとか……。こんな萎びた店に足を運んでいただくことはもう、ないのかもしれませんが、どうぞ、おめでとうございます」
「よしてくれよ、ご主人――。俺は、これからも時々は通わせてもらうよ。長屋だって移る気はないし……。まあ、確かに、大通りに店を持つことになったけど、別にお大尽の仲間入りをしたわけじゃないさ。そこだって小さな店なんだ。まあ、ちょっとした伝手で、大きな仕立ての仕事を任せられるようになってね……」
「すごいじゃないですか」
「いやいや……。それで、いまの店じゃあ、どうにもならなくなって、仕方なく、別に店を構えることにしたのさ。だけど、俺の店はこれまで通りに古着屋さ。あそこで、古い服を仕入れて、ちょっとした細工を追加して新しい服として安く売る……。それが俺の仕事でね……。大通りにも店を構えたのは、増えてきた仕立ての客が馬車で来るような連中が多くてね。それだけさ」
陳達は言った。
「いずれにしても、大通りに店を構える立派な商人さんじゃないですか」
「いやいや、さっきも言ったが大通りの方だって小さな店なんだ。番頭と仕立て屋を雇って彼らに任せるようになると思うけどね……。どっちにしても、大したことはないんだ……。裏通りの古着屋だってそのまま続けるしな……。それにしても、うまい酒だねえ」
陳達は眼の前の透明の酒をぐいと飲んだ。
これまで裏通りで細々とやっていた古着屋のほかに、大通りにも店を構えるようになったのは理由がある。
大口の仕立ての注文が定期的に入るように決まったからだ。
そうなるとどうしても裏通りでは商売ができない。
服をわざわざ仕立てて作ろうというような客は、馬車でやってくるような分限者ということになるからだ。
だから、大通りの仕事は稼ぐための店だ。
陳達の軸足は裏通りにある庶民が相手の古着屋のつもりだが、なんといっても稼がねばならない。
なにしろ、成り行きで陳達は三人の女を世話するような立場になっているのだ。
この間、たまたま手に入れたあぶく銭の金板はあるが、陳達は正妻がいて、さらに第二妻や第三妻がいても不自然ではないような表向きの稼ぎが欲しかった。
そうすれば、いまや、陳達の女に間違いのない
そういう意味では、仕立ての注文が増えたのは渡りに船だった。
陳達はもっと仕立ての注文を得られるように表通りに店を構えることにしたのだ。
そのための隠し財はたっぷりとある。
また、仕立ての注文が来るようになったのは理由がある。
一箇月以上前に、不意にやってきた
あのときは、陳女とともに驚愕したものだ。
なにせ、香蛾というびっくりするような美女を陳達の第二妻にしろという宝玄仙の伝言とともに連れてきたのだ。
水晶の夫の
その水晶の父親は、この国でも指折りの有名な大商人であり、水晶は父に是非とも陳達の後ろ盾になるように頼むつもりだと断言したのだ。
大商人の後ろ楯など半信半疑であり、その父親から何らかの接触があるわけでもなかったが、あれから、思いもよらない大口の仕事がやってくるようになったところをみると、水晶は最小限の約束は果たしてくれたようだ。
香蛾については、少しだけ話をして、実は香蛾が奴隷あがりで、身寄りがない気の毒な境遇であること、なによりも心根がよく、陳女が意気投合して気に入ったので、とにかく引き取ることにした。
もちろん、あの長屋で第二妻とかにするわけにもいかないから、とりあえず、親を亡くした知人の娘ということにして、隣の花凛と一緒に住まわせるように手配した。
その香蛾や水晶や雷雲は、宝玄仙一行と南比と呼ばれる場所で知り合い、陳達を紹介されてやってきたようだ。
まあ、とにかく、宝玄仙たちがまだまだ無事にいて、しかも、相変わらずの旅を元気に続けているようで安心もした。
その後、水晶の申し出のことなど、そんなこともあったかくらいに忘れていたのだが、しばらくすると、どう考えても陳達のやっているような小さな古着屋ではあり得ないような、大口の仕立ての注文が舞い込むようになったのだ。
それが水晶の父親の手配によるものであるのはすぐに悟った。
しかも、いまは、陳達の店でまかなえる量ということで調整しているようでもあるが、注文はいくらでも増えそうな感じだ。
陳達もきっかけさえあれば、誰にも負けないような一流の仕立ての仕事をやる自信はある。
それで思い切って表通りにも店を構えることにしたというわけだ。
「じゃあ、あの裏通りの古着屋は残るというわけですね、旦那?」
「そのつもりさ」
「それはよかった。実は、俺には十五になる娘がいるんですがね、その娘があの店が好きなんですよ。なんか可愛らしい女物の服がたくさん並んでいるんでしょう? しかも、女の悦ぶような細工をした服ばかりだとか……。じゃあ、これからも残るということを教えて悦ばしておきますよ」
「へえ……。ご主人には娘さんがいるのかい? だったら、その娘さんの名前を教えてくれたら、是非とも値引きするよ」
陳達は言った。
「やめとけ、やめとけ、こんな淫獣に名前なんて教えたら、その娘さんまで、こいつの珍棒の餌食になるぞ、主人……。やめとけ、やめとけ」
店の入口から酔客の大きな声がした。
顔を向けると周達だ。
どうやらかなり酔っているようだ。
「おう、周達じゃねえか。遅いと思ったら、先にどこかで引っ掛けてきたのか?」
「当たり前よ……。お前のような淫獣の相手をするのに素面でいられるかよ。俺は、今日という今日は、白黒はっきりさせようと思ってやってきたんだ。今夜こそは、本当のことを言わねえと帰さねえからな、淫獣――」
「おいおい……淫獣って……」
「うるせい――。親父、酒をくれ。強いのをな。肴も適当に見繕ってくれよ。値はいくらでも構わないから、うんと上等なやつを頼むよ。なんだったら、ふんだくっても構わねえ……。払いはこいつだから。この鼻殿は、大通りに店を出すくらいに大層羽振りのいい旦那様なんだ」
「酷いなあ、周達……。最初から俺にたかる気満々かよ。まあ、いいさ……。確かに驕るよ。いくらでも飲んで食って構わないよ」
陳達は苦笑した。
店の主人も笑いながら立ちあがり、周達の前に酒の杯を置いて、新しく取り出したどぶろくから酒を注いだ。
さっきの上等の酒は隠すように持ち去っていく。
そして、周達が頼んだ肴の支度をするために店の厨房に引っ込んだ。
「なんか、荒れてるなあ、周達。なにかあったのかい?」
「なにおう――。いい加減にしやがれ、この淫魔男。お前、いままで、お前がとんでもないすけこましなことを俺に隠していたろう。お陰で俺は恥をかいたんだ――。ほら、酒を注げ、鼻」
周達は眼の前の酒をぐいと呷って、空の杯をぐいと陳達に出した。
「随分な言い分じゃねえか。さっきから淫獣だの淫魔などと酷い言われようだが、俺はお前になにかしたかい?」
陳達は周達の杯に、主人が置いて去ったどぶろくの瓶の酒を注ぎ直した。
なんとなく、周達が陳達の女たちのことを言っているのはわかった。
ばれたらばれたで仕方がないだろうとは思っていたが、妙な波風たてるのが嫌だったから公にはしていなかったのだ。
「う、うるせいや……。花凛のことだよ、花凛……」
周達は乱暴に卓を叩いた。
やっぱりだと思った。
卓が揺れて、卓に突っ伏している高羽の身体が激しく揺れたが、まだ起きる気配はない。
「花凛がどうかしたかい?」
「俺たちの暮らす棟に移って来ただろう」
「移って来たって、もう、二箇月近く前の話じゃないかよ」
陳達も自分の杯の酒を飲み干した。
空になったが周達は注ぎ直してくれる気配はない。
陳達は卓の上の瓶から新しい酒を自ら注いだ。
「そして、香蛾もやってきたな」
「それも一箇月半前だ。それがどうかしたのかい、周達?」
陳達は言った。
花凛と香蛾はふたりして、陳達と陳女が暮らす長屋の家の隣室で暮らすようになっていた。
花凛が陳達たちの家の隣に越してきたのは、あの盗賊騒動がきっかけであり、表向きは、花凛と
実際のところは、その盗賊騒動そのものが陳達たちが深く関与した事件であり、それがきっかけで陳達と陳女の性の仲間になった花凛だったが、いい機会だからたまたま空いていた隣の家に住まわせて、毎夜の性愛に巻き込んでしまおうと陳達と陳女が画策したものだ。
あれから、二箇月――。
花凛は、陳達夫婦の性の相手をさせられ続け、すっかりと被虐の性愛の虜になっている。
いまでは、陳達と陳女に完全に調教されてしまっており、どんな性行為でも悦んで受け入れる陳達の愛人だ。
香蛾もまた同じようなものだ。
雷雲と水晶が、宝玄仙の伝言で陳達の第二妻として連れてきた香蛾だが、さすがにそういうわけにはいかないので、身寄りを失った知人の娘ということにした。
住まいは、都合よくたまたま花凛を隣に住まわせるようになった直後だったので、そのまま花凛と香蛾が一緒に暮らすということにして、大家に頼んで町役に届けてもらった。
しかし、実際には、香蛾は昼間は陳達の店で働き、夜は陳女や花凛とともに陳達の性の相手であり、花凛の家にはほとんどいない。
同じ屋根の下に、陳女のほかに、陳達の性愛の相手を住まわせるというのはどういうことになるのかと思ったが、結局はどうということはなかった。
陳女と香蛾はいまは大の仲良しだ。
もっとも、仲がいいことにかけては花凛も同じだ。
三人ともに、陳達という共通の男を主人とする女として意気投合している。
陳達もさすがに三人もいれば、激しい性的欲求を十分に満足できるし、様々な変化をつけて愉しくやっている。
三者三様の女を陳達好みの性奴隷に仕上げるというのは愉快な作業だ。
いまも、女陰や肛門に振動する性具を三人に挿しっぱなしにして、ここにやって来た。
陳達がひとりで飲みに行くときは、そうやって待たせると決めているのだ。
今頃、三人で慰め合いながら懸命に陳達の帰りを待っているのだろう。
陳達は三人の恥態を想像してほくそ笑んだ。
いずれにしても、そういうことだ。妻の陳女だけでなく、花凛も香蛾も実際には陳達のれっきとした愛人であり、調教の進んだ性奴隷だ。
面倒だから隠していたが、随分と腹をたてているところを見ると、周達はなにかを感づいたのだろう。
もっとも、毎夜のように三人をあの壁の薄い長屋で抱いているから、反対側の壁一枚向こうで暮らしている周達がそれに気がつくのは、もう遅いくらいだ。
周達は荒れた調子で続けざまに三杯ほど酒を飲んだ。
「やい、陳達――」
やがて周達は杯を卓に乱暴に置くと、大きな声で怒鳴った。
「な、なんだい?」
「俺は花凛に結婚を申し込んだ」
周達は言った。
陳達はびっくりした。
一体全体、結婚とはなんなのだ。
言っていることがなんの脈絡もないので、意味がまったくわからない。
「はあ? なにを言っているんだ、周達?」
「だから、花凛が夜の仕事をやめただろう――?」
「それが結婚と関係があるのか?」
陳達は言った。
実は花凛は長く務めていた居酒屋を半月ほど前にやめた。
別に強制したわけではないが、香蛾が陳達の店で働くようになると、花凛もそうしたがったのだ。
実際のところ、夜の居酒屋の仕事では、陳達たちの生活とはなかなか合わない。
当然、陳女や香蛾と比べれば、陳達に抱かれる回数は格段に少なくなる。
それで香蛾が陳達の店で働くようになると、それを羨ましがった花凛が、夜の仕事を辞めて、自分も陳達の店で働きたいと言い出したのだ。
陳達の店は、もともと女向けの店だ。
可愛い娘が売り子の方が格段に都合がいい。
それで花凛も香蛾と同じように、陳女の店で働くということになったのだが、実際には、すぐに辞めるとこれまで働いていた居酒屋の主人に迷惑がかかるので、一箇月ほどかかって次の働き手の娘に申し継ぎ、半月ほど前から、香蛾だけではなく花凛もまた陳達の店で昼間働くようになったのだ。
「実は俺は花凛が酒場で働いていた時分になんどもいい寄ったことがある。だが、その度に、夜の仕事の女だからと体よく断られていたのだ――。だが、その花凛が水商売から足を洗ったのだぞ。だから、なにかの心の変化があったのかもしれんと考えたのだ。それで思い切って結婚を申し込んだ」
「おいおい、それはいつの話なんだ、周達?」
陳達は嘆息した。
詳しい過程はわからないが、まあ、花凛も陳達に抱かれるようになってから、前のような蓮っ葉な感じもなくなり、陳達に対しては従順な態度を見せる。
陳達から見ても、花凛は随分と色っぽくなり、女としての格が上がったと思う。
そういう女が同じ棟にやって来て四六時中接するようになったのだ。
花凛を妻にしたくなる気持ちはわかる。
しかし、花凛は……。
「今朝だ――」
周達は言った。
「それで断られたのか?」
この荒れ方は花凛が周達の求婚を断ったのは間違いない。
そう言えば、花凛は今日は様子がおかしかった。
なにか言い難い話がありそうだったが、ついつい、店ではその機会がなく、長屋に戻ってからも、後で聞くと言って、肛門に性具を仕掛けてからこの店に来たのだ。
どうやら、花凛は、周達に求婚されて、しかも断ったことを陳達に告げたかったに違いない。
「しかも、花凛は好きな人がいるそうじゃないか――」
「好きな人か……」
陳達は言った。
まあ、男を振るには一番の言葉だろう。
ほかに好きな人がいる――。
大抵の男はそれで諦める。
「なにを恍けているのだ。花凛が言った好きな人というのはほかでもない。お前のことだぞ、陳達。しかも、すでに肉体関係があるらしいじゃないか。いい加減にしやがれ、この鼻――」
「えっ?」
陳達は声をあげた。
花凛がはっきりと、自分の名を出すとは思わなかったのだ。
名前を出されて困るわけではないし、陳達との関係を秘密にしろとも言ってはこなかったから、花凛が陳達の名を出してもおかしくはないのだが、なんとなく、実は花凛が陳達の愛人であり、しかも性奴隷であるなどと他人に言うのは、花凛自身が嫌がるような気がしていたのだ。
「お前、いままで隠していやがったな――。つまりは、花凛はお前の愛人だろう。貴様、陳女さんという美人妻をもらいながら、浮気など――」
周達が声をあげた。
「う、浮気――。待て、冗談ではない。浮気などではない――」
浮気じゃないと自分で言いながらも、じゃあ、なんなのだと自分自身に問いかけた。
陳女という妻がいて、陳女に隠して花凛と付き合ったなら、浮気だろうが、花凛は、陳女のいる前で一緒に抱くような女なのだ。
「じゃあ、本気か――。陳女さんを捨てるのか――」
「馬鹿を言うな」
陳達は、仕方なく、陳女も大事だが花凛も大切な女だと答えたが、周達は納得がいかないようだった。
「それだけなら、俺も、まあ、お前も友人だし、浮気のひとつやふたつは男の甲斐性とも言う。陳女さんにも黙っておいてやろうとも思っていた……。だが、お前、花凛だけじゃなく、香蛾にも手を出していやがったな――?」
「こ、香蛾?」
陳達は言った。
なぜ、香蛾まで出てくるのだ?
「白ばっくれても駄目だ、鼻男――。俺は、さっき香蛾にも求婚したのだ。すると、香蛾まで、花凛と同じことを言うじゃねえか――。お前というご主人様がいるから、結婚などとんでもないと、あの娘も言ったぞ。しかも、自分はお前の性奴隷だとあっけらかんと……。おい、お前はいったい何人の女を愛人にしてやがんだ――」
周達は泣き出さんばかりに興奮した様子で喚きたてた。
陳達は、とにかく声を小さくしろと、懸命に周達を宥めた。
「ま、待て、待て――。それはともかく、お前、花凛に今日振られて、その日の夕方に香蛾にも求婚したのか?」
そっちの方が驚きだ。
一日にふたりの女に求婚したということか?
「花凛には脈なしとわかったからな――。だが、まさか、香蛾のような可憐な純情娘にまで手を出すなど――。この淫魔野郎――。淫獣男――女衒野郎――。畜生、羨ましい――」
喚きたてる周達に閉口して、陳達はもうこのまま逃げ出そうかと思ったが、それを周達に押し止められた。
「まあいい……。許してやる。だから、今夜は、男やもめの愚痴を朝まで聞いていけ――」
周達が憤然とした様子で言った。
「朝?」
陳達は声をあげた。
それは困る。
三人に施した性具は宝玄仙の作った特別製だ。
挿入して作動しっぱなしにしても、決して馴れることかないように、刺激の強さや間隔を制御するし、それに陳達が操作しなければ、絶対に抜けないし止まらないのだ。
しかも、限界まで責め立てておきながら、絶頂寸前で刺激をとめるような焦らし責めに調整してきた。
そんなものを朝まで仕掛けっぱなしにすれば、三人ともおかしくなる。
だが、すぐにそれもいいかとちょっと思った。
朝から性交をすることになるが、猿轡をさせればいい。
どうせ、この周達は朝には完全に酔い潰れているだろうし、もう、花凛と香蛾のこともばれたのだ。
壁の声も少しくらいは大丈夫だ。
「まあ、とにかく、花凛と香蛾のことは陳女は知ってるんだ。だけど、ほかの長屋の人間には内密に頼むよ、周達。花凛や香蛾を変な目で見られたくないんだ」
「ちっ――。まあ、くちさがない長屋の女連中だと、確かに新婚の夫の愛人など、なんて言われるかわからんな。じゃあ、隠しておいてやるよ、鼻。その代わり、営みのときの声はほどほどにしろ」
周達が舌打ちして、また、酒を呷った。
「おい、鼻、お前、浮気をしているのか?」
すると、これまで突っ伏していた高羽ががばりと起きて言った。
その顔は呆然していて、これまで見たことがないような陳達に対する畏怖に溢れていた。
「浮気なんてしてねえよ」
陳達は言った。
あいつらについては本気だ。
三人が三人とも大切な陳達の女だ。
四人揃って幸せになってみせる。
すると、途端に高羽はほっとしたような顔になった。
そして、ふんと鼻を鳴らして、また陳達を小馬鹿にしたような表情に変わった。
「やはり、鼻は駄目だな。女房なんていうのは、最初が肝心だぞ……。浮気のひとつやふたつは、男として当然だということを教えねばならんぞ……。それで腹をたてたり、むくれたりするようなら、これよ――。これよ」
高羽が豪快に笑いながら拳を宙に振った。
陳達は、高羽に絡まれながら、いずれにしても、花凛も香蛾も周達に求婚されたのに黙っていたということだから、これは罰を与えてやらなければならないと思った。
もちろん、陳女も連帯責任だ。
どんな罰にしてやろうか……。
そして、糸を使った面白い責めを思い付いた。
三人が苦悶に顔を歪める姿を想像して、陳達は想像を逞しくして、込みあげる笑いを懸命に我慢した。
(第68話『長屋ハレム物語』終わり)