439 屈辱の降伏交渉と魔王軍内の陰謀
「いくら、気持ちよくても、ここで尻振り踊りはやめてくれよ、侯爵夫人よ。仮にもここは軍の陣地だぜ」
聞き覚えのある声だった。
大きな声で笑っている
いつの間にか李媛たちを囲む敵兵たちに混じって、李媛の醜態を見ていたようだ。
「だ、大旋風殿……、取次ぎを……。頼む。魔王殿に取り次ぎを……」
李媛は必死の思いで縋るように言った。
「おう、青獅子様はお待ちかねだぜ。だけど、俺についてこれるのか? そんな腰砕けの状態でよう?」
「お、お願いじゃ……。これを……、これをどうか……これをとめてくれ。後生じゃ──、あ、ああっ、ああっ……ひうっ──」
李媛はしゃがみ込んだまま大旋風に訴えた。
だが、大旋風はせせら笑いを続けるだけだ。
「早く、来いよ。もうすぐ城郭への攻撃開始時刻だぜ」
「そ、そんな……、あっ──、ひうっ」
必死の訴えも、さらに性具の振動が強くなることで拒否された。
どうやら、この大旋風が李媛が装着させられている性具の振動を操っているようだ。
一度たがの外れたようになった李媛の官能は、もう自分でも制御することができないようになってしまっていた。
気をやったばかりの李媛に、また前後の張形が襲いかかっている。
「ぼやぼやしていると、折角恥ずかしい思いをして、ここまでやってきたのが無駄になるぜ、侯爵夫人。あんたらはやけにのろのろと歩いてきたようだが、後一刻(約一時間)で時間切れだ。ほら、歩きな」
大旋風は李媛たちの行く手を阻んでいた歩哨たちを除けさせた。李媛たちに、さらに陣地の奥に向かう経路が解放される。
その先導をするように、大旋風が歩き出す。
「ま、待って、大旋風殿──。そ、そうだ、お前たち、頼む。立たせておくれ」
李媛は両側でどうしていいかわからずにおろおろと当惑している
ふたりが慌てて李媛を助け起こした。李媛も力を振り絞ってなんとか立った。
しかし、下着の振動はほんの少しもとまってくれない。
李媛は踏ん張った脚を開き気味にして、ようやく中腰になったところで、今度はお尻からやってきた快感の矢に全身を貫かれたようになって、また、座り込んでしまった。
「あはああっ──」
耐えきれなくて大きな声をあげた。
大勢の敵兵の真ん中で晒す絶頂は地獄のような快感だった。
いつの間にか数十人ではきかないような数の敵兵が周りにいる。
その兵たちがどっと李媛の醜態を嘲笑した。
「おいおい、こんな朝っぱらから淫靡な気を蔓延しないでくれよ。これから、こいつらは城郭への攻撃に参加しようとしているんだからな。兵どもをおかしな気分にさせないでくれ。しかもここは、お天道様の当たる外じゃねえか。ちょっとは慎みなよ、侯爵夫人」
振り返った大旋風が大きな声で笑った。
しかし、もう身体に力が入らない。
どうしても立てないのだ。
李姫と貞女が身体を引っ張ることでなんとか中腰にまでは戻れるのだが、それ以上の動きを阻止するように、張形と半球が李媛を責めたてる。
「お母様──」
李姫が泣き声をあげている。
それでやっと李媛は、自分が敵陣の真ん中で号泣しているということを悟った。
「ところでこいつがお前の娘の李姫か? こりゃあ、確かに噂通りの美女だ……。おい、お前、もう男を知っているのか?」
気がつくとすぐそばに大旋風がいた。
そして、李媛が握りしめていた李姫の首輪の鎖を取りあげる。
「ひいっ──ゆ、許してください──」
鎖を引っ張られて李媛から引き離された李姫が泣き声をあげたのがわかった。
「まだ、なんにもしてねえだろうが? お前の母親を見ろよ。こんな敵陣のど真ん中で恥を晒し続けているんだぜ。許してくれというのは、あれくらいのことをされてから言いな──。まあ、いいや……。それよりも、このマントは俺のだったな。返してもらうぜ」
「きゃあああ──」
裸身に巻きつけていたマントを強引に大旋風から引きはがされて李姫が悲鳴をあげた。
確かに、あれは昨日の
だから、李姫は若い娘としては想像を絶するような恥辱に耐えて、そのマント一枚だけを身体にまとった姿でここまでやってきたのだ。
こんなに敵兵の集まる場所でそれを取りあげるというのは、李姫にはあまりの仕打ちだろう。
敵中でいきなり素っ裸にされた李姫は、なすすべなく身体を両手で隠して身体をその場にうずくまらせかけた。
だが、首輪の鎖を持っている大旋風がそれを許さない。
李姫は素裸の全身を敵兵に晒されるように強引に立たされている。
「侯爵夫人もいいが、やっぱり、若い娘の肌にはかなわないようだな……。おい、みんな見ろよ。この娘の肌のみずみずしさを……。しかも、人間族の貴族の娘だぜ。その裸なんてそう簡単には拝めはしねえぞ。みんなちゃんと見ておけよ──。それにしても、この娘はまるであんたの若い頃のようだぜ、侯爵夫人。よく似ているぜ……。このおっぱいのかたちなんてそっくりだ」
「ひいっ……。か、勘忍して……勘忍してください──ひいっ」
大旋風が李姫の乳房に手を伸ばして無遠慮に揉んでいる。
李姫はそれを避けようとしているが、力の強い亜人の力に抗することもできずにただ泣きじゃくっている。
その李姫の狼狽えぶりに周囲の兵がますます歓声をあげた。
「なんの騒ぎよ、これは──?」
そのとき、不意に大きな女の声が周囲に轟いた。
魔王軍の兵が一斉に黙り込む。
静まり返った周囲が緊張で凍りついたようだった。
ふと見ると、大旋風は苦虫を噛み潰したような表情で悪戯をしていた李姫から手を離している。
まるで時間がとまったように、一瞬で騒ぎが収まった。
気がつくと、李媛を襲っていた下着の責めまで停止している。
とりあえずほっとしたが、李媛はいったいなにが起きたのかと不思議に思って顔をあげた。
やってきたのは、美しい顔立ちをした黒い具足を身に着けた女の亜人だった。
怖ろしく綺麗で、また、怖ろしく冷たい表情をしている。
そして、背中に畳まれた大きな黒い羽根があった。
鳥人族だ……。
鳥人族は醜悪な姿をした種族が多い亜人の中でも、美しい美貌と身体を備えたことで知られている種族だ。
特徴は見た目の通りの背中の翼であり、その翼で空を飛ぶこともできる。
李媛も文献で触れたことはあるが、実際に目の当たりにするのは初めてだ。
大旋風をはじめとするここにいる兵たちに一喝した鳥人族の女は、李媛が見ても思わず嘆息するほどの美貌だった。
身に着けている具足や多くの金入りの装飾品からかなりの身分の将校であることがわかる。
背後には青くて長い髪を背中で束ねている女戦士が付き従っている。
そちらも背に白い翼を畳んでいる。
彼女もまた鳥人族であり、やはり美しい顔立ちをしている。
「ちっ……、
大旋風が面白くなさそうな顔で舌打ちした。
するともの凄い形相で、魔凛と呼ばれた女の鳥人族が大旋風を睨んだ。
「魔凛司令官──。これでいいのかい──?」
大旋風が不機嫌そうに言った。
魔凛が小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
すると今度は大旋風が顔に怒りを浮かべた。
どうやら、この魔凛は大旋風の上位の階級にある女の軍人のようだ。
大旋風は自分を軍団長といい、遠征軍の副将と言っていたから、それよりも上位階級となると全軍の指揮権を持つ司令官しかいないはずだ。
その証拠に大旋風は、“魔凛司令官”と呼び直した。
この若く美しい鳥人族の女こそがこの魔王軍の総司令官らしい。
李媛は少しだけ驚いた。
「なんの騒ぎなのか説明しろ、大旋風?」
魔凛が詰問口調で言った
「お前には関係ねえよ……。こいつらは、これが見つけた青獅子様への貢物だ。母娘揃って美貌で有名な人間の貴族の女だから青獅子様に差し出すのよ。お前と違って自分の身体を一大王の金凰様に差し出して出世をするというわけにはいかねえからな。これでも気を遣うのよ──」
「なんだと──」
魔凛がすっと右手に持っていた大きな水晶の飾りが柄の先についた短い杖を真っ直ぐに伸ばした。
「や、やめろ──」
大旋風が引きつった声をあげる。
次の瞬間、魔凛の突き出した杖の水晶が真っ白に光った。
その眩しさに李媛は眼がくらむ。
そして、すぐに光が収まる。
だが、眼を開けた李媛は驚くべきものをそこに見た。
あの大旋風が苦しそうな表情で直立不動の姿勢になっている。
まるで見えない鎖に全身を縛られて直柱にでも拘束されているようだ。
「や、や、めろ……」
苦悶の表情で脂汗さえ顔に浮かべている大旋風が呻き声をあげている。
「なにが関係ないだ、大旋風──。この女たちにくだらない悪戯をして遊んでいたのはいいが、軍使旗を掲げていたじゃないか──。ちゃんとわたしの幕舎からも見えていたぞ。ならば、軍使がやってきたことは、まずは、本遠征軍の総司令官であるわたしに報告をすべきなのだ。それなのに、お前は、わたしを差し置いて、直接に軍使を青獅子様のもとに連れていこうとしたであろう。それは明らかな軍紀違反だ──」
「う、うるせい……。こいつらは貢物だ。軍の行動とは関係ねえ──」
「やかましい、大旋風……。これから攻撃をしようとしている城郭からの軍使の訪問が、なんで軍の行動とは関係ないんだ。お前の脳味噌には虫でも湧いてるのか?」
魔凛は手に持っている杖で、馬鹿にするように大旋風の鼻の穴を抉るようにぐりぐりと押した。
そんなことをされても大旋風は口惜しそうな呻き声をあげるだけで直立不動の姿勢のままだ。
どうやら大旋風は、魔凛の道術によって全身を硬直させられているようだ。
「……き、貴様……、ま、魔凛……、ちょ、調子に乗りやがって……ここは青獅子軍だぞ……。お、お前なんか……余所者だろうが……」
「余所者だろうが、なんだろうが……、このわたしが、いまはこの遠征軍の総司令官だ。軍の動きに関することで勝手なことをするな。わかってるのか、この犬?」
すると大旋風の顔がびっくりするくらいに真っ赤になった。
「い、犬だと──」
「なにを怒っているのだ、犬。お前など犬そのものであろう……。顔だけじゃなく、やることも犬だ。強いものには尻尾を振ってすり寄っておべっかを使い、弱い者には笠に着て吠えたてる。その通りのことをやっていたんだろう、犬? この女たちはお前たちの魔王へのおべっかのための差し出しもので、しかも、逆らえない立場の人間の女に嫌がらせをして遊んでいたんだろうが。まさに、犬のやることだ。どうやら、お前ら犬の一族は浅ましい畜生の時代からなかなか脱け出せないようだ」
魔凛が笑いながら、今度は大旋風の鼻をつまんでぐいぐいと左右に振った。
大旋風が苦痛で悲鳴をあげた。
「そ、そういうお前はなんなんだよ、魔凛──。能力もねえくせに、一大王様の
大旋風が直立不動のまま叫んだ。
すると今度は魔凛の顔が怒りで真っ赤になった。
だが、すぐに興奮した表情は収まり、その顔に酷薄な笑みが浮かんだ気がした。
「おい、
魔凛は後ろに侍っていた鳥人族の女戦士に振り返った。
すると麗芳と呼ばれたその女戦士が苦笑した。
「よろしんですか、魔凛様? あたしのような一介の将校が、青獅子軍の軍団長の下袴を脱がせたりして……」
「いい──。軍紀違反の晒し刑だ。魔凛流のな」
魔凛がそう言うと、騒然となる周囲の兵を無視して、麗芳が大旋風の下袴に手をかけた。
大旋風が狂ったように奇声をあげて暴れようとするが、ほとんどその身体は動かない。
あっという間に大旋風の下袴が足元まで下げられた。
麗芳が笑いながら大旋風の下着にまで手をかけた。
「ち、畜生──。やめんか、この売女──」
大旋風が金縛りのまま叫んだ。
「口の利き方を改めると誓え、大旋風──。本来は、金凰軍の軍団長のわたしと、青獅子軍の軍団長のお前とは確かに同格だが、この遠征では、わたしが主将でお前が副将だ。総司令官に対する態度を改めると誓わなければ、本当に下着も脱がすぞ」
「この売女、売女、売女、売女、売女、売女、売女──」
大旋風が絶叫した。
「脱がせ、麗芳」
麗芳は無言のまま、大旋風の下着を足首まで下げた。
この状況を見守っていた周囲の兵がわっと沸いた。
下半身を裸にされた大旋風の股間では、陰毛に包まれた大旋風の肉棒が露わになっている。
慌てて李媛は眼を逸らせた。
「やめんか、貴様ら──」
そのとき、周囲を圧するようななにかがこの場にやってきた。
なにかとてつもない存在がやってくる……。
李媛は顔をあげた。
従者を従えた青い鬣の獅子の顔を持つ身体の大きな亜人がそこにいた。
これが魔王青獅子に違いない──。
李媛は確信した。
「余の軍の主将と副将が兵の前で私闘か?」
青獅子がじろりと魔凛を睨んだ。
「私闘じゃありませんよ。軍規を乱す者に罰を与えているのですよ、青獅子様」
魔凛が不貞腐れたように言った。
「あ、青獅子陛下──。お願いです。城郭への攻撃をおやめください。獅駝の全住民は、青獅子軍に降伏します」
李媛はしゃがみ込んだまま必死に叫んだ。
「この者がお前が言っていた人間族の貴族の母娘か、大旋風?」
青獅子が大旋風を見た。
「そ、そうです、青獅子様──。い、いま連れていこうと……。そしたら、魔凛が……」
まだ直立不動の姿勢を崩せない大旋風が青獅子に言った。
「魔凛総司令官と呼べと言っただろう。呼び捨てにするな、大旋風。まだ、わからんのか──?」
魔凛が大旋風の無防備な睾丸を鷲掴みにした。大旋風が絶叫した。
「やめんか、魔凛──。大旋風にかけた術を解け」
青獅子が大喝した。
「お言葉を返すようですが、青獅子様……。これは軍紀違反に対する罰です。こいつは副将の立場で主将のわたしを冒瀆しました」
「いいから解け。お前が余の命令に従わんのも軍紀違反だ──」
青獅子がそう言うと、明らかに気分を害した様子で、魔凛が水晶の飾りのついた杖を振った。
大旋風がその場に崩れ落ちる。
「こ、殺してやる、魔凛──」
地面に倒れた大旋風が魔凛に飛びかかろうとした。
しかし、足首にまとわりついていた下袴と下着に足をとられて、また倒れた。
それを横で見ていた魔凛が、これ見よがしに大きな音で鼻を鳴らした。
大旋風の顔がますます真っ赤になる。
「大旋風、話がある。すぐに余の幕舎に一緒に来い」
青獅子が言った。
下着と下袴を履き直してから、また魔凛に襲いかかる気配だった大旋風が口惜しそうな顔をした。
「お、お待ちください、青獅子陛下……。どうか、どうか──」
李媛は青獅子の足元の前ににひれ伏した。
「……人間族の貴族の女の李媛……。そっちは娘の李姫だったな。お前たちのことは、大旋風から聞いている」
地面に擦りつけている頭の上から青獅子の声が降ってきた。
「は、はい。わ、わらわたち母娘に免じて、どうか城郭への攻撃は思い留まりください。この通りです──。李姫、お前も頭をさげなさい」
李媛は横で裸身を抱いてうずくまっていた李姫に言った。
李姫が慌てて、李媛の横にやってきて素裸で青獅子の足元で土下座をする。
貞女もそれに従った。
「お前たちの要求はわかっている……。大旋風を通じてな」
青獅子が静かに言った。
「青獅子様、主将のわたしはなにひとつ聞いていませんが……?」
魔凛の不満げな声が割り込んだ。
「魔凛、城郭への総攻撃は中止しろ……。全住民に支配術をかける段に移行する。李媛、お前は、余の軍の一隊とともに一度、城郭に戻って、城門をすべて開いて、この青獅子軍を迎え入れる態勢をとらせよ。余の入城は夕方だ。そのとき、全住民はすべて城郭の大通りに出て余を迎えよ。赤子であろうと、病で動けない老人であろうと例外なくすべてが屋外に出て大通り沿いに集まるのだ。もしも、ひとりでもどこかの屋外に隠れていれば、この和平はなしとして、全住民を誅殺する」
「あ、ありがとうございます。お約束します。全住民をもって、陛下をお迎えします──」
李媛は頭を地面につけたまま言った。
助かった……。
これで住民は死ななくて済む……。
よかった……。本当によかった……。
「娘は残す。侍女もだ。夕方まで余の相手をさせる……。おい、この人間の娘を寝所の幕舎に連れていけ」
青獅子の言葉の後半は、背後の従者に命じたものだ。
李姫も覚悟はしているのだろう。
一度だけ短い別れの言葉を李媛に告げると、そのまま、従者にどこかに連れていかれた。
貞女もそれに従う。
「李媛、それと、お前たちの行政府は、とりあえずの軍営として接収する。その明け渡しの準備もせよ。また、当面の余の居城となる屋敷も提供せよ。降伏した人間の城郭の代表者としてのお前の役割はそれで終わりだ。手配が終われば、余の居城となる屋敷でお前は待て。娘とともに今宵の余の伽をせよ。母娘で余を満足させれば、ふたり揃って新たな余の領地における側室にしてやる。余が気に入らなければ、娘ともども兵たちの慰み者にする」
「わ、わかりました……。一生懸命に務めます……」
母娘が一緒にこの魔王に抱かれる。
その屈辱に一瞬だけ身体に震えが走ったが、李媛はそれに耐えた。
娘の李姫が少しでも生きながらえるためには、この魔王の側室になれるように頑張るしかないのだ。
「魔凛、お前自らが一隊を率いて、この李媛とともに城郭に赴き、お前の術で城郭の住民の安全化を図って、余が側近とともに夕刻に入城する準備を整えよ。そのために必要な勢力は好きに選定せよ……。ただし、最終的に城郭内に留まるのは、余と余の側近と家人、それと、司令部のほか近衛の一個大隊だけとする。それ以外は、すべて城郭の外に出す」
李媛は頭を下げたままで青獅子が魔凛に命じる声を聞いていた。
道術による住民の安全化とはなんだろう。
住民の生命に関わることでなければよいがと思った。
「城郭の確保も、住民にわたしの支配術を施すのも、わたしが金凰軍から連れてきた一隊で十分です。惰弱な兵を連れていっては却って足手まといですから」
「な、なんだと、魔凛──。俺たち青獅子軍を惰弱だと言いやがんのか──」
大旋風が声をあげた。
「大旋風──。先に余の幕舎に行っておれ。お前には話がある」
「し、しかし、青獅子様──。こいつ、青獅子様の前で俺たちの軍の悪口を──」
「いいから先に行け、大旋風──」
青獅子が強い口調で言った。
大旋風が魔凛に対する悪態をつきながら遠ざかっていく気配がした。
「魔凛、大言を吐くからには、命じたことはやり遂げよ。間に合いませんでしたでは済まさぬぞ」
すぐに青獅子が言った。
「心配御無用ですよ、青獅子様。金凰軍の誇る鳥人隊の手並みをお見せします。夕刻の入城までには、あの城郭のすべての人間族を青獅子様を崇拝する人形に仕立ててみせます──。麗芳、お前は、その人間の女とともに、歩いて来い」
「それから魔凛、人間族の支配する証しである旗は城壁から降ろすな。外見上は、亜人などどこにも入っていないように偽装するのだ。理由は後で説明する」
青獅子はさらに言った。
「仰せのままに──」
魔凛の声。
そして、突然にばさばさという羽音がした。李媛が顔をあげると魔凛が背中の羽根を拡げて、飛び立とうとしているところだった。
そして、あっという間に空中に浮きあがると、魔凛がなにかの合図かのように、道術で小さな爆発音とともに黄色く発光する球体を空に放った。
すると、陣の一部から五十ほどの鳥人が空に浮かびあがってきて、魔凛に合流した。
集まった鳥人の一隊は、ばさばさという羽音ともに、城郭に向かって飛んで行った。
李媛はその美しい光景を呆然と眺めていた。
「行くわよ、人間の女」
不意に声をかけられた。
麗芳だ。
気がつくと、集まっていた兵も散会し、青獅子もすでに陣の奥側に向かって遠ざかってるところだった。
*
「口惜しい、口惜しい、口惜しい、青獅子様……。なんで、とめたんですか? 俺は、あんな鳥女なんて、八つ裂きにしてやったのに」
大旋風が涙を流して悲痛な声をあげた。
青獅子の幕舎だ。
幕舎といっても、道術で作成した平屋の屋家であり、『結界術』のかけられたしっかりとした壁と屋根で覆われてる。
王宮にある私室と同じというわけにはいかないが、それなりの調度品もあり、従者の控える場所もある。
ただし、いまは人払いをして、大旋風とふたりきりだ。
また、幕舎の隣には執務用の幕舎と寝所用の幕舎も並列しており、寝所用の幕舎には、李姫という人間族の貴族の娘を待たせている。
この大旋風が、わざわざ青獅子に提供するために、あの美しい李媛という母親とともに見つけてきたのだ。
母親と娘を同時に抱き比べるというのも、なかなかに面白い趣向であり、あの人間族の母娘がどんな風に恥辱に顔を歪めるのかと想像すると、今宵が本当に愉しみだ。
この大旋風は、そういう青獅子の性癖を十分に理解して、よく尽くしてくれる。
魔王と部下という関係だけでなく、男と男としても可愛い子飼いの部下だ。
その大旋風が悔しさに男泣きしている。
青獅子は苦笑した。
「放っておけば、やられたのはお前だろうが、大旋風。あの魔凛の支配道術には、余だけではなく、金凰の兄者も持て余しておるのだぞ」
青獅子は苦笑した。
「だけど……」
大旋風はまだ泣いている。余程悔しかったに違いない。
無理はないと思う。
本来であれば、金凰の軍団長である魔凛と、この青獅子軍の軍団長の大旋風の立場は同格だ。
だが、道術力はまるで違う。
大旋風もそれなりの道術力を持っているが、その大旋風が魔凛の『支配術』の前には子供扱いだった。
改めて青獅子は、あの魔凛の凄さを知った。
そして、金凰兄貴がわざわざ魔凛を青獅子軍に出向させてきた理由を本当によく悟ることができたと思う。
「ち、畜生……。俺にもう少し、力があれば、あんな女に青獅子軍の主将の座を渡さないですむものを……。あの女、なにかと言うと、俺たち青獅子軍を馬鹿にしやがって、兵たちも口惜しい思いをしているし……。一応は金凰軍との連合軍という体裁ですが、あいつらが連れてきたのは、魔凛の直属隊の鳥人族の一隊の五十人ほどで、二万五千のこの遠征軍のほとんどは青獅子軍なんですよ、青獅子様──。それなのに、なんであいつらに威張られて、こんな肩身の狭い思いをしなければならないんです?」
大旋風が吐くように訴えた。
「仕方あるまい。今回の遠征の目的を成功させるには、あの途方もない魔凛の『支配術』が必要であり、自分を主将にすることが、あの鳥人の女が出した、この遠征に参加する条件なのでな。兄者もあの魔凛だけは、命令ひとつでなんでも言うことを聞かせるというわけにもいかんようだ」
金凰、白象、青獅子の三人の魔王は、別名、一大王、二大王、三大王とも呼ばれ、三人の魔王が共存して、一大勢力を作っている魔王軍団だ。
三人の魔王は実の兄弟であり、青獅子は末っ子になる。
一応は三人の魔王でひとつの支配域を誇っているが、実際には支配域も率いる魔王軍もそれぞれに独立している。
もっとも南半分が長兄の金凰、北半分を支配するのが白象だ。一方で青獅子は領地というものはないが、もっとも北側の山岳地域の防御司令官にあたる。
この人間族の城郭である獅駝の占領については、あの獅陀からの人間の城郭からの貢ぎ物が突然停止したからによるものだが、実は突発的なものではなく、三兄弟で話し合われて決定したものだ。
それで、あの魔凛を遠征に参加させることになったのだ。
「な、なんで、あの女が必要なんですか、青獅子様──。あんな鳥女がいなくても、俺たちだけで、人間どもなんて皆殺しにしてみせますよ」
大旋風が悔しそうに言った。
しかし、青獅子は静かに首を横に振った。
「……それではいかんのだ、大旋風──。いいか、これはまだ明かすわけにはいかんことだが、お前にはここで教えておく。この遠征の最終的な目的のひとつは、この獅駝を手に入れることではない。それは付け足しだ。真の目的は別にある。あの城郭は人間を含めて無傷で手に入れなければならないのだ。そこに罠を張るためにな」
「えっ?」
大旋風が顔をあげた。きょとんとしている。
「ここの人間の城郭を手に入れて余の軍で占拠する。ただし、それは最終的には外からはわからないように行われなければならん。そして、罠を張る。罠に入って来るであろうある人間の女を捕らえるのだ」
「人間の女? ただの女を捕らえるために、二万五千の魔王軍まで出動させたということですか? まさか──?」
「人間には違いがない。しかし、“ただの”ではない。その女の名は宝玄仙──。もしかしたら、我ら三大王を集めた霊気を上回る霊気を持つかもしれん。それを捕らえて魔法柱の家畜にする。それが今回の目的よ。それが叶えば我らの勢力は飛躍的に伸びて、北側の魔域まで勢力を伸ばし、一気に亜人の頂点に立つ大勢力になれるかもしれん──」
青獅子は言った。
「宝玄仙……。そのたったひとりの人間の女を捕らえるだけで、そんなに……?」
大旋風はごくりと唾を飲むとともに、目を丸くしている。
「そうだ。噂によれば、底無しの霊気量だそうだ。だから、その女を家畜にして魔法柱を培養させて、魔宝石を生産すれば、その霊気で畜生を大量に亜人化にして、一気に勢力を増やせるし、いまの霊気軍に属する将兵の霊気をいくらでも底上げできる。だから、その宝玄仙を魔法柱の家畜にした後は、我ら三兄弟で回して使おうということになっているのだ……。それと、この遠征のもうひとつの目的は、実はもっと短絡的なものでな……。いい機会だから、処分してしまおうということになったのだ」
「処分?」
大旋風が首を傾げた。
「あの魔凛よ」
「ま、魔凛がどうかしたんで?」
大旋風は声をあげた。
「金凰の兄者によれば、あの魔凛は、最近では金凰軍でも増長が激しく、兄者も扱い難くなっているそうだ……。すでに兄者は魔凛を見限っている。だが、あの途方もない魔凛の支配術は危険だ。うまくやらなければ、反乱を起こされて三魔王軍の危機にもなりかねん。それで理由をつけて、鳥人族の勢力基盤から離して従軍させたのだ。いずれにしても、宝玄仙を捕らえる罠を作るには、あれの道術が必要だ。だが、それが終われば魔凛も用済みになる。そうなったら魔凛についても罠に嵌める──。金凰兄者には容認済みだ。いや、むしろ、それを望んでおる」
「ま、まさか、金凰様が魔凛を切り捨てると? 魔凛は金凰様のお気に入りではなかったので?」
大旋風の顔には激しい喜悦と驚きがまぜこぜになったような複雑なものになった。
「いつまでも兄者の寵が変わらぬと考えたのが、あいつの愚かなところだな……」
青獅子は懐から一個の首輪を出した。
途方もない霊気のこもった操り霊具だ。
青獅子はこれをさるところから手に入れた。
「なんですか、これ?」
大旋風は言った。
「『服従の首輪』という霊具だそうだ。兄者が懇意にしているある道術遣いの奥方が作ったものだそうだ。これは、凄まじい霊気が刻まれている霊具だぞ。その奥方も人間だそうだ。こんな物凄いものを作れる人間の女道術遣いというのも信じられんがな……。とにかく、これがあれば、あの魔凛をお前の性奴隷にできる」
青獅子はそう言って、大旋風に微笑みかけた。