夜だった──。
そういう指示だった。
能生の姿になった
とにかく、
そして、能生と口づけをすることにより、能生の唾液を呑んだ沙那は能生の姿になった。
お蘭の里で沙那の体内に宝玄仙の魂の欠片を埋め込むという儀式を受けた。それで、本来は道術師しか使えない霊具も使えるようになったのだ。
「……聞こえますか、沙那です。まだ、妖魔は来ません」
沙那は口の中で呟いた。
返事はない。
それはそうだ。沙那の話し相手である
口に装着しているのは沙那だけだ。
宝玄仙の魔具である『遠耳・遠口』という魔具は、ほんの小さな粒で沙那の口の中に貼りついている。同じものを耳につけて『遠耳』として使っている者に対して、沙那が喋ったことがその『遠耳』を通して聞こえてくる。
だが、宝玄仙の魔具である『遠耳・遠口』には致命的な問題がある。耳と口に貼りつけた『遠耳・遠口』は、実は外すことができないのだ。耳の場合は問題ないが、口に装着した場合は約一日で溶けて体内に入ってしまうらしい。
そして、その溶けた『遠口』が強烈な媚薬となり、一刻(約一時間)程、ほとんどいき狂いの発情をしてしまうようだ。
だから、一日以内に事件を解決して、妖魔を片づけなければならない。
もっとも、妖魔を片づけても宝玄仙のいるところに戻れば、発情した身体をあの変態巫女の玩具にされるには違いないが……。
まったく、あの変態巫女は碌なものを作らない。
「き、来ました。
祠の奥の森から鳴戸が歩いてきた。沙那は『遠耳』を通して宝玄仙が沙那の喋ることを聞いていることを信じて、口に出して説明した。
「お前さんを迎えに来たね、能生」
鳴戸は手に持っていた灯りを能生の姿になっている沙那にかざした。
「迎えに?」
「一緒に棲み処に行くんだね、能生」
「わかった。そこで身代金を渡せばいいんだね」
沙那は言った。身代金をここで奪われて追い払われる可能性も考えていた。
だから、どうやって棲み処まで連れて行かせるかを考えていたのだ。とにかく、
向こうから、沙那を猪公の棲み処に連れて行くというなら好都合だ。
「とにかく一緒に来ればいいのさ、能生」
「どこに行くんだい?」
「行けばわかるね。俺はそれを教えられないね」
「そこに、朱さん……、お嬢さんもいるんだね?」
「いるね……。猪公と一緒だね」
「猪公の棲み処?」
「そうかもね」
「わかった。お嬢さんはその猪公の棲み処にいるんだね……。そこはどこにあるんだい?」
沙那は言った。沙那が話したことは向こうで宝玄仙に聞こえているはずだ。
残念ながら沙那が話しかけられた言葉は『遠口』は拾わないので、沙那が見聞きしていることは、沙那が会話の中で伝えるしかない。
「さっきも言ったけど、俺には教えられないね」
「でも……」
「猪公にでも、教えてもらえばいいね」
「わかったよ。猪公に会うまでは教えられないんだな」
「じゃあ、手を後ろに回すんだね」
「な、なんで?」
沙那は驚いた。
「縛るからだね」
「な、なぜ手を縛るんだ? 僕は猪公に渡す身代金を運ばなければならないんだ……」
金粒の袋三袋は、ひとつにまとめて手に持っていた。
「知らないね……。身代金はそこに置くね。行くのはお前だけだね。俺はそうしろと言われているだけだね……。さあ、手を後ろに回すね」
仕方なく沙那は身代金の入った荷を足元に置いて手を背中に回した。
鳴戸が灯りを地面に置いて、能生の姿の沙那の手首を縛る。縛られるときに、わからないよう手首の合わせ方に細工をした。
左右の手首を合わせる角度を斜めにするのだ。
こうすれば手首を真っ直ぐに戻すと縄が緩み外れやすくなる。鳴戸はなにも考えずに、そのまま沙那の手を縛っていく。
「じゃあ、行くね……」
「ちょっと待って、荷がそのままだよ……。身代金を持っていかないと」
「いらないね……。それは持ってくるなと言われているね……」
「だってそれを持ってきたんだろう? それを渡さないとお嬢さんが……」
「身代金はここに置けば、ほかの者が回収するね。それにその金粒の袋には、居場所を追跡する霊具があるかもしれないからね」
沙那はどきりとした。その通り金粒の袋には霊具が混ざっている。なんでもない霊具だが強い霊力の流れを作り、妖魔の居場所を探しやすくするものだ。
「ほかの者とはなんだ? 身代金をここに置きっぱなしにして誰が取りに来るのさ?」
宝玄仙たちには聞こえているだろうか。
ここで待っていれば、その身代金を誰かが回収に来る。
それでこの事件に関係している存在が判明する。
それが、他の妖魔か、使徒か、それとも人間なのかはわからないが……。
「じゃあ、行くね……」
縄尻を取られて引っ張られた。祠の裏に進む。どんどん奥の林の中に入っていく。
「祠の裏の林の中になにかがあるのかい?」
これは『遠口』で伝えるためにわざと口にしている言葉だ。
「来ればわかるね──。ここら辺でいいね」
眼の前に大きなくすの木がある。鳴戸がじっとくすの木を見ると根元に三尺(約一メートル)大の道術紋が出現したのだ。
「その太い大きなくすの木になにか出現したわ」
沙那は言った。
「眼がいいな……。夜なのに……。行くぞ、能生」
紋の色が変わった。
「模様が赤くなった……」
「口を開くと舌を噛むね……」
鳴戸が言った。
一瞬、真っ暗になり頭がくらくらした。
急に眩しい光に包まれ、沙那は目がくらんだ。
「ここは?」
「よく来たな」
眼の前に巨大な豚の顔があった。
「うわっ」
思わず声をあげてしまった。眼の前にいるのが、猪公という妖魔だということはすぐにわかった。
背丈は沙那の倍はあるだろう。
首から下は白なのか、灰色なのか茶色なの原色のわからない一枚布の大きな貫頭衣を身に着けている。
腰にさげた剣がやたらに大きいのが目に映る。剣の大きさだけでも、沙那と同じ背丈はあるだろう。
「これはどうしたのだ、鳴戸?」
猪公が驚いた口調で鳴戸に視線を向けた。
沙那にはどうして猪公が驚いているのかわからず、内心で首を傾げた。
「大きい……。背丈は僕の倍くらい……。あんたが猪公か?」
『遠耳』で聞いているのを信じてなるべく説明を加えながら口にした。
「猪公だが、お前は本当の能生か?」
猪公がそう言ったので驚いた。
術で能生に変身しているのがばれたのだろうか。
「の、能生だ──。僕は能生だ、猪公」
沙那は言った。
「能生なのか、鳴戸?」
「そう言っているね、猪公……」
「能生は来ないのではなかったか?」
「違うね。後で能生が来るんだね、猪公」
「おかしいな……」
「おかしくないね……」
その様子に沙那は首をますます傾げた。
二匹の様子はなにかおかしい。
それに、この猪公には高い知性が感じられない。
図体が大きいだけで、ぼんやりとした鷹揚さしか伝わらない。これが事件の黒幕だろうか……。
「こいつは、能生ではないのではないか、鳴戸」
「そうだね……。能生ではないね。でも能生だね」
二匹で言い合っている。沙那は慌てて口を開いた。
「僕は能生だ。指示に従ってここにやってきた──。お嬢さんを返して欲しい」
「ううん……。やっとわかってきたぞ。やはり、お前は能生じゃないようだな」
猪公がきっぱりと言った。
もういい……。
こうなったら実力行使しかない。
「それよりもここはどこだ お嬢さんは──?」
頭の悪そうな妖魔二匹に向かって沙那は叫んだ。
その一方で後ろ手に縛られた手の縄抜けをする。
このくらいの拘束なら時間はかからないはずだ。
「お嬢さんとは誰だ?」
猪公が言った。
「馬鹿だな、猪公……。ほら、高家の娘だよ。朱だよ」
鳴戸が言った。
「ああ、朱のことか……。そういえば、朱は高家のお嬢さんだったな。能生はそこで働いているから、お嬢さんと呼ぶんだな……」
「だから違うんだよ、猪公。その能生は能生だけど、こいつは、能生じゃないのさ」
鳴戸がそう言い、猪公は混乱したように迷惑顔になった。
いずれにしても、猪公と鳴戸は主従の関係というよりは同格という気がする。
やはり、猪公が黒幕というわけではないだろう。かといって、鳴戸がすべての糸を引いているという感じでもない。沙那は当惑していた。
「とにかく、お嬢さんを返せよ、猪公──」
「返す?」
猪公がきょとんとした表情で首を傾げた。
「身代金を渡せば返すという約束だったじゃないか──。鳴戸の指示で身代金は祠に置いてきた。だからお嬢さんを渡せ──」
「朱は別に奪っていないぞ」
「奪ったよ──。お前たちが連れていったはずだ」
「それは違う。朱はやってきたんだ」
「なんでもいい。早くここに連れて来い──」
沙那は声をあげた。
「向こうにいるよ……」
猪公が言った。
「向こう?」
「
「主殿? お前たちには、主人がいるのか──? それは誰のことだ──?」
沙那は猪公が言ったことを繰り返した。主殿とは誰のことだろう──。そいつが黒幕には違いない。
「駄目だろね、猪公──。“主殿”と口にしたらね。さんざんに主殿に念を押されたね」
鳴戸が猪公に言った。
「そうだった。そう言われたな、鳴戸」
「主殿に怒られるね」
「すまん、鳴戸」
さっきから二匹とも、主殿、主殿と言っている。その“主殿”というのがこの使徒を使っているのだろう。
どう考えても、この頭の悪そうな猪公が黒幕のわけがない。おそらく、この猪公も鳴戸と同じ“使徒”だろう。
「とにかく、お嬢さんは無事なのだな?」
沙那は言った。なぜかまだ縄は解けない。沙那は少し焦っていた。
「やっぱり、よくわからないな」
猪公が言った。
「なにがわからないんだ、猪公……?」
「本当にこいつは能生か?」
「そうだよ」
沙那は叫んだ。
猪公は大きな顔をまた横に傾げた。
「能生にしては話すことがおかしい」
「何度も説明したね、猪公……。能生だね……。でも、能生じゃないね。だけど、能生だね」
猪公と鳴戸が言い合いを始めた。なんなのだろう。この二匹は……?
「それよりもここはどこだ? どこかの洞窟のようだがけど……」
沙那は口にした。人間が載るような大きな卓があるだけで、ここには、ほかにはなにもない。あとは岩肌が剝き出しになっていてるだけで、ここは洞窟の中の広くなった場所ようだ。洞窟はもっと深くまで続いていて、どうなっているかわからない。
「ここは、
猪公が言った。
「宿壮?」
「お前を閉じ込めるために作った場所だ」
「僕を閉じ込める? ここは、どこかの洞窟なのか?」
「そうだ」
「高家のある宿町とは遠い場所か?」
「高家のある宿町?」
「主殿が狙っている分限者のある宿町だね」
鳴戸が横から猪公に言う。
「ああ、遠いな……。二十里(約二十キロ)は南かな?」
「馬鹿、北だね、猪公」
沙那は内心で舌打ちした。そこまで離れているんじゃあ『遠耳・遠口』で通話ができるだろうか。
「なら、ここはなんという場所?」
「
「そうだね。ここは黄風の巌だね」
鳴戸が言った。
「ここは、黄風の巌……、つまり、
沙那は口にした。
洞窟の奥になにかの気配がした。
誰かがやってくる。
猪公と鳴戸が洞窟の奥に目を向けた。
「朱さん……」
そこに朱がいた。
ひとりだ。
別に拘束をされているとか、閉じ込められていたというわけでもないようだ。
「猪公、鳴戸、さっさとその女を卓に縛りつけるのよ──。拷問にかけるんだから……」
朱が猪公と鳴戸に命令した。
沙那は驚いた。
*
「猪公、鳴戸、この女を机の上に縛りなさい」
朱は言った。
「縛る?」
猪公だ。
馬鹿力のある使徒だが頭が弱い。
きちんと説明しないとなにもできない。
何度か一緒に過ごしたので朱はそれをよく知っている。
「まず、この沙那を台の上に仰向け載せなさい。そして、縄で手と足をそれぞれ机の脚と結びつけるのよ」
猪公が沙那に近づいた。
「や、やめなさい──」
能生の顔をした沙那が叫んだ。縛られた後手をもじもじしている。縄抜けをしようとしているのがわかった。その縄尻は鳴戸が掴んでいる。
猪公がぴたりと止まった。
「なにをしているの、猪公?」
怒鳴りつける。
だが、猪公は困ったような顔をしている。
「だって、“やめろ”と……」
「わたしの命令に従えと言われたでしょう──。さっさとやるのよ」
「や、め、な、さ、い」
沙那がゆっくりと猪公に言う。
また、ぴたりと猪公が止まる。どうやら、沙那ではなく能生の顔なので混乱しているようだ。
「しょうがないわねえ」
朱は近づいて、能生の姿の沙那の貫頭衣を切り裂く。服の下の胸巻きに包まれている乳房と腰布が露になる。
どこかに、変身の霊具かなにかがあるはずだ。
しかし、わからない。
それにしても、身体まで能生のままだ。
忌々しい。
「いったい、どういうこと、朱さん?」
特に抵抗する様子もない沙那が睨んだ。
「どういうこととは?」
「あなたがこの使徒を仕切っていることよ。あなたが関与していることはわかっていたけど、こいつらに操られているんだと思っていたわ……」
「こんな頭の悪い使徒にわたしが操られているわけないでしょう。わたしがここにいるのは、わたしの意思よ──。一緒に旅に出るんだから」
見つけた。
指輪だ。
沙那が指にしていた指輪を抜く。術が解けて沙那の姿になった。これが変身の霊具だったのだ。
「ほかの女になったぞ──」
猪公が嬉しそうに言った。
「わかったらわたしの命令に従って、その台にこの女を縛るのよ」
「旅に出るって……。こいつらと?」
沙那が言った。
「こいつらも来るんだろうけど、そんなの関係ないわ」
「じゃあ、誰とよ?」
沙那が身体をもじつかせながら言った。
「誰でもいいでしょう。さっきから縄抜けをしようとしているけど、それは霊具らしいから軽く縛っているようでも絶対に解けないわよ」
沙那の動きが止まった。
「どおりで……。いつまでたっても縄が解けないと思ったわ……」
「わかったら大人しく拷問を受けてもらうわ、沙那……。あまり時間はかけたくないのよね……」
「拷問? 拷問にかけるって? わたしを?」
「宝玄仙の弱点を教えてもらうのよ。さあ、猪公、さっさと沙那を縛りなさい」
猪公が沙那の身体をひょいと掴みあげた。そして、大きな卓の上に押さえつける。
「うわあ。ちょっと降ろしてよ……」
沙那が斬られた衣服に構わずに、はしたなく身体くねらせて悲鳴をあげて暴れる。
「鳴戸、お前も協力して、まず『魔縄』で脚を縛るのよ。それから後手を解いて両手をそれぞれ机の脚に向かって拡げて縛りなさい。沙那の四肢それぞれに縛って、卓のそれぞれの脚に繋いでしまいなさい──」
朱は声をあげた。
沙那は暴れていたが、拘束されている身体を馬鹿力の妖魔二匹によってかかってはどうしよもない。たちまちに卓の上に両手両足を拡げて拘束された。
「鳴戸はもういいわ。やる事があるでしょう……。行きなさい」
「わかったね」
鳴戸が結界を洞窟の壁に作った。そして、そこから消えた。
「鳴戸が『移動術』を?」
顔を横に向けてそれを目にしていた沙那が言った。
「鳴戸は『移動術』が使える使徒よ」
「どこに行ったの?」
「あなたが知る必要はないわ……」
沙那の胸当ての中心を小刀で切った。沙那の乳房が剝き出しになる。
思わず朱は小さな声をあげた。
胸当てがなくなって沙那の裸身が現れると、そこからむわっとした女の色香が漂って気がした。なぜか乳首がぴんと勃起して天井を向いている。
「み、見ないでよ……。恥ずかしいから……」
しかし、沙那がまっすぐとこっちを睨む。その視線は強い。
「ねえ、嫌がっているよ、朱殿……。可哀想だよ」
猪公が横で言った。
「しょ、しょうがないでしょう。命令なんだから──」
「あなたは誰の命令で動いているのよ、朱さん?」
縛られた沙那が叫んだ。
「質問するのはわたしよ──。それを聞き出さないと、わたしは一緒に連れて行ってもらえないのよ……。さっさと言いなさい。宝玄仙を護っている“あれ”というのはなに? なにかの護符? それとも霊具?」
「ふ、ふ、ふ、ふ……」
沙那が笑った。
「なにがおかしいのよ、沙那?」
「どうやら、あなたが誰の命令を受けているのかわかったからよ、朱さん。もしかしたらと、予想していたけどね……。いまので完全にわかったわ」
「な、なにを言っている、沙那……? 随分、余裕があるようだけど、お前はこれから拷問を受けるのよ」
「好きにしなさいよ……。なにが聞きだせるのかしら? あなたがわたしをどんなに拷問したって、なにも情報は得られないわよ。だって、あなたが得たい情報はわたしは持っていないもの……。というよりも、そんな情報は存在しないのよ」
「なに言ってんのよ、沙那──。猪公、この女の顔を押さえなさい──」
猪公が嫌そうな顔で沙那の顔を両手で掴んだ。軽く持っているだけだが、猪公の馬鹿力は凄い。それだけで沙那は動けないはずだ。
朱は胸の間に隠していた小瓶を取り出した。蓋を開いて沙那の口にその小瓶を向ける。
「口を開けなさい、沙那──」
沙那がぎょっとした表情で閉じている口に力を入れた。
朱は沙那の鼻をつまむ。
沙那は耐えている。
だが、いつか口を開けるしかない。
沙那の顔が真っ赤になり震えだした。
そして、ついに口を開けた。
すかさず、小瓶を口に突っ込み押さえつける。
小瓶の中の液体が口の中に入っていく。
沙那はその液体を口の中に貯めているようだが、そのまま口の中に瓶に入れたままで鼻をつまみ続ける。
やがて、ほとんどの液体が沙那の身体の中に入った。
「あふっ──。な、なにを飲ませたのよ、朱──?」
沙那が咳込みながら言った。
「身体が熱くなる薬よ。あの人は女を痛めつける拷問は好きじゃないんだって──。でも、喋るわ……。女だったら我慢できないものね。特に、あんたみたいに感じやすい女は……」
隠し部屋から湯浴みを覗いたとき、この女が異常なほど感じていた。
だからわかる──。
この女は絶対に快楽責めに弱い。気が強そうだが少し責めれば、どんなことでも話すに違いない……。
「あの人っていうのは、能生のことね」
沙那は言った。
朱から余裕が消えた。
「な、なんで──?」
「なんでわかったかって……? 簡単よ。ご主人様の身体を“あれ”が護っているなんていう出鱈目を教えたのは能生だけだからよ」
「出鱈目?」
「そうよ。馬鹿ね。あんな話を信じたりして……。どうやら屋敷の中に道術遣いが絡んでいるのはわかったわ。それしか可能性がないからね……。そして、あの屋敷にいた道術遣いはご主人様と能生だけよ。だから、ご主人様が試したのよ──。もっとも、あなたが妖魔側に絡んでいたのは意外だったけど……。さあ、ご主人様を護っているものなんてなにもないわ……。一体全体、拷問をして、わたしからなにを訊き出そうというのかしら?」
沙那がけらけらと笑った。
「ち、畜生」
朱は歯噛みした。
「なるほど、出鱈目なのかあ……」
洞窟の奥から声がした。
鳴戸を伴った能生がそこにいた。
*
「じゃあ、別の方法を考えるよ──。あの変態巫女の供になるのも気も進まないけど、弱点を見つけるまでの辛抱だしね。やっぱり、あたしを供にしてもらうことにするわ」
能生は言った。
「供に? 進んで? あの変態巫女の?」
沙那が驚いている。
「ねえ、能生、あの巫女の供ってどういうこと? わたしを旅に連れて行ってくれるんでしょう?
」
「もちろんよ、朱。一緒だよ。ただ、あたしはあの巫女を狙っているのよ。あたしが強い妖魔になるためにね……。あの巫女の肉を食らったら、すぐに迎えに来るわ」
「そ、そんな……。や、約束が違うわ、能生。わたしの父から路銀を奪って一緒に旅をしようと言ってくれたじゃない。だから協力したのに」
「嘘なんか言わないわよ……。きっと戻って来るから……。約束するわ、朱……」
「嘘よ。戻ってくるつもりなんかない癖に──」
朱が怒声をあげた。
能生の性の技の虜にした娘だが勘はいい。
本当は旅になど連れて行くつもりなど、まったくないということに薄々気がついていたかもしれない。
いずれにしても、常軌を逸した様子で喚き出した朱に能生は少し閉口した。
「ねえ、朱……。あたしの眼を見て……」
朱が能生の眼を見た。すぐにその眼が虚ろになる。
唇に能生の唇を近づけると自分から能生の口に吸い付いてきた。朱の口の中を舌で愛撫する。
能生の腕の中でぐったりとなった朱を地面に倒す。
「鳴戸──。朱を屋敷に連れて行きなさい。例の隠し部屋に寝かせておくのよ。金袋は確かに受け取って隠してきたわ。だから、もう屋敷に戻していいわ」
「わかったね、主殿──」
鳴戸が朱を両手で抱えあげた。すぐに結界で『移動術』の出入口を作る。
そして、朱とともにその中に消えた。
「な、なにをしたの、朱に……?」
拘束された沙那が驚いている。
「『
「ど、道術で人間を操れるの? どうして? 道術では、直接に人を操れないはずよ。霊具か道術紋がなければ……。もしかしたら、朱さんに道術紋を?」
「人の身体に道術紋を? そんな方法なんて考えたこともなかったわ……。朱の身体にはなにもしてないわ。でも、あたしは人を操れる。正確に言えば、朱に使ったのは『縛心術』という道術じゃない。それに近いものだけどね……。眠らせたり記憶を変えたりするのは、道術を持たない人間でもできる者はいるわよ……」
「道術なしで?」
沙那は少し驚いている。
「そうね。もちろん、あたしは道術でも同じことができる。そして、道術師相手ならもっと強力に心を操れる──。お前には道術があるようね。だから本物の『縛心術』をかけてあげるわ……」
能生は言った。
そして、顔に恐怖の色の浮き出た沙那の顔に触れた。
強引に視線を合わせる。
だが効かない……。
やはり、この沙那も宝玄仙と同じように道術の攻撃に対する防護によって護られている。
「『縛心術』というのはなによ?」
台上に拘束されている沙那が声をあげた。
「人の心に入り込んで記憶を操作する術よ」
「記憶を操作?」
沙那の眼が丸くなった。
「そうよ……」
「道術もなしに人間を相手にそんなことができるの?」
「霊力を持たない人間の場合には魔術は遣えないから大したことはできないわ……。ちょっと感情を操るとか、急に眠たくさせるとか、さっきも言ったけど偽の記憶をまるで事実であったかのように暗示をかけることね……」
「も、もしかしたら……。高太公や朱さんのこともそれで操っているの?」
「だから操りじゃないのよ。高太公はあたしを襲おうとした仕返しに、路銀でも巻き上げてやろうとして、猪公と朱の十三年前の婚約という偽の記憶を植え付けてやっただけよ……。娘を妖魔の嫁に差し出すくらいなら、金粒三袋くらいすぐに支払うと思ったけど、まさか、それが惜しくて王軍を山に入れたり、宝玄仙みたいな強力な魔術遣いを送り込んでくるとは思わなかったわ──」
能生は吐き捨てた。
まったく、こんなに面倒なことになるなんて思わなかった。
「まったく、どうしようもない吝嗇家ね。娘よりも金粒が大事なんて呆れるわ……。朱には別に術は使っていないわ──。ただ、毎夜、毎夜、あの隠し部屋に連れ込んで色責めにしただけよ……。それよりも、そろそろ朱が飲ませた薬が効いてきてない? あれは『仙薬』じゃなくて、あの屋敷にあったもので、高太公が女を苛むときに使うものよ。強力な媚薬らしいけど、そろそろ効いてくる頃だし……」
沙那の表情が歪んだ。もう薬が効いているのはわかっている。それを悟られまいと耐えていることも──。
しかし、本人は気がついていないようだけど、腰の部分がさっきから淫らに震えている。かなりの疼きが走っているのだろう。
「そ、そんなことないわよ──」
「まあ、剥いて見ればわかることだけど……」
能生は臍の下まで切り裂かれていた沙那の衣服を股間の下まで全部切り裂いた。
むっとするほどの淫臭が沙那の身体から漂ってきた。腰の薄い股布など、もう下着の役を果たさないほどにびしょびしょになっている。
能生はそれを取り去った。
淫液は垂れ落ちるほどに沙那の股間に溢れている。
無毛の股間の中心には勃起した淫核が沙那の激しい欲情を主張してた。
「これなに? どうしてつるつるなの? あの巫女に剃られたの?」
「う、うるさい、この変態娘──」
沙那が羞恥で顔を赤くした。
能生は沙那の尖った陰核の先っぽを指で弾いた。
「ひぐうっ」
沙那が仰け反った。
「生意気いうとこうよ……。だけど、これでわかったわ。あなたを堕とす方法が……。思ったよりも手間はかからないと思うわ」
「な、なによ──」
沙那が歯を喰いしばって歪んでいる顔を能生に向けた。
全身は湯気が出るかのように上気している。
耐えてはいるが、どうやら限界近くまで性感があがっているようだ。
「もうわかったのよ、沙那……。少なくとも、沙那にどうして術が効かないのかね……。そして、どうやったら、その効果がなくなるのかも……」
「な、なんですって?」
沙那の表情な不安なものに変わった。
能生はほくそ笑んだ。
こんな美女が能生みたいな歳下の少女に嗜虐されるのは屈辱だろう。
それもまた愉しい。能生の内心に捩じれた欲望が沸き起こる。
「多分、沙那の中にはほかの道術師の術を撥ね返すような霊気があるのよ──。おそらく、宝玄仙の霊気じゃないのかしら。このあたしの『縛心術』が通用しないのだもの……。完全に通用しないとは思わないけど、かなりの調整の時間が必要だと思うわ……。でも、その術封じの効果を無効にするのは簡単よ……」
能生は言った。すると、媚薬の疼きと戦っている沙那の表情が変化した。
「そういう霊力は人がそれぞれに持つ精神力と結びついているのよ……。だから心が弱れば、霊力を受け入れるようになるわ……。つまり、快楽で絶頂すればするほど心が弱まって抵抗力がなくなるのよ……。術が効くようになったら、あたしの『縛心術』で、沙那にはあたしに受けたこの仕打ちの記憶を失くしてもらうわ……。そして、あの変態巫女にあたしを供にさせるように勧めるように暗示をかける──。沙那の言うことなら、あの巫女もその気になるようだし……。ついでに旅の間、あの巫女の毒牙からも守ってよね」
「ふ、ふざけんじゃないわよ」
沙那が大声をあげた。
だが内心の動揺は丸わかりだ。能生は沙那の突起した肉芽に手を伸ばした。沙那のその陰核をゆっくりと動かす……。
「ああっ──、くううっ──、ひいいっ──」
すぐに乱れ始める。やっぱりとてつもなく快楽に弱い。
これならいける。すぐにあの朱と同じように能生の手に落ちるだろう。
「いかない方がいいわよ、沙那……。いけばいくほど、精神力の抵抗力がなくなるわ……。そして、最後にはあたしの『縛心術』に支配されてしまうわ……」
沙那は懸命に歯を食いしばっている。
いくのを我慢するつもりなのだろう。
こんな強い女戦士が自分のような少女に翻弄されるのを眺めるのは、本当にぞくぞくするほどの痛快なことだ。
快楽によって絶頂すれば、精神力が弱くなって封じの力が弱くなるなんて実は出鱈目だ。
本当は、心が折れれば抵抗力がなくなるのだ。快楽とは必ずしも関係はない。
だけど、激しい快楽は相手に対する屈服の気持ちに通じることは本当だ。能生の手管に沙那が陥されれば、それは能生に対して心を追ったのと同じことになる。
つまり、沙那がどう思うかなのだ。
快楽については能生は、あっという間に沙那など陥落させる自身がある。
そして、沙那自身がいま自分を追い詰めている。
能生の嘘で沙那は、なんとか快感を我慢しようとしている。だが、実は快感はそれを受け入れることよりも、焦らされる方が堪える。
沙那が自らいくのを耐えようとすれば、逆に自分で自分を焦らし責めにかけるようなものであり、屈服を早めることにしかならない……。
むしろ、能生の与える愛撫などすっぱりと諦めて快楽は快楽として受け入れ、それでいて、能生に屈服することとは別のものというように思考をすれば、能生の色責めは沙那の術封じを破れないことになる。
しかし、沙那は懸命に与えられる快感に耐えようとしている──。
つまりは、能生の仕掛けた罠に陥ろうとしているということだ。
「ほら、いっちゃうの……? もう、いきたいわよね……? どんどん達していいのよ……。なにも気にすることはないわ。『縛心術』にかかってしまえば、あなたは自分が術にかけられたことなんて、なにも覚えていないはずだから……」
沙那に与える刺激をほんの少し強くする。
すると、沙那は身体から込みあがった愉悦を振り払おうと、身体を暴れさせた。しかし、能生の指は沙那の股間の敏感な突起から離れない。そして、絶対にいかない程度の刺激にわざと抑えている。
本当は沙那などあっという間に絶頂させることくらい簡単だ。しかし、いまくらいの刺激では、沙那はいくら絶頂に達するのを望んでもいけないのだ。
だが、沙那は自分が我慢をしていると思っているはずだ……。
そして、ますます追い詰められていく──。
「あ、あんたは……くうっ……。なんなの? ほ、本当に……ああっ……ただの──、はうううっ──人間の……少女なの……?」
「そんなわけないでしょう……。こんなに人を操ることに長けた人間の娘なんていないわよ……」
「ああっ……。だ、だったら──?」
「まだ若いけど、これでも魔族、つまり、妖魔よ」
「妖魔──? あんたが──? だって角がないわ。」
「半妖だからね。それよりも、まだ我慢できるの、沙那?」
「う、うるさい──。し、質問に答えろ──ああっ──」
すでにすっかりと翻弄されている……。
これでも耐えているつもりなのだろうか。
このまま、あと半刻(約三十分)もこれを続ければ、逆に快感を拒絶するのではなくて、快楽を求めてどうしようもなくなる──。
そうなれば沙那は落ちる。
宝玄仙を殺す道具として洗脳できるだろう。
「は、半妖って……。つ、つまり、人間と妖魔の合いの子……。呪われた子……」
沙那が口にした。
かっとなった。
呪われた子……。
能生はそう言われ阻害され続けた。人間の社会からは追い出され、かといって、妖魔特有の角がなければ、妖魔には認められずに、妖魔の社会には居場所が見つけられない。
妖魔でもなく、人間でもない──。
人間の社会には妖魔の血を持つ存在として忌避され、妖魔からは不完全な存在として蔑まれる。
呪われた子──。
それは半妖に対する人間族と妖魔共通の差別言葉だ──。
しかし、能生は呪われた子などではない。愛し合う両親から生まれ、両親の愛情に育まれた。
十歳までは……。
「そうよ、沙那──。あたしは呪われた子よ。半妖よ──。あたしの親はふたりとも殺された──。人間によってたかって撲殺されたのよ──。なにもしていないのに……。呪われた子を産んだ忌むべき存在だと言ってね。本当はあたしもその場で殺されるはずだった──。だ、だけど、生き延びてやったわ。あたしに言わせれば、罪もない家族を襲って殺したあんたら人間こそ、呪われた存在よ──。いずれにしても、それで人間としてのあたしは死んだ──。ここにいるのは妖魔としての能生よ」
あの光景をいまでもまざまざと思い出すことができる。
父親が実は妖魔であり、産まれた能生が半妖であるということを知り、天教の法師に率いられて集団でやってきた村人たち──。
まず、母親を棒で殴り殺し、それを庇おうとした父親も殺された。恐怖で身体がすくみそうになりながらも、持って生まれた高い道術により、なんとか能生は、その場から逃亡した。そして、生き延びた。
「ご、ごめんなさい……。呪われただなんて言ってしまって……」
沙那が恥じ入ったような表情を見せた。
それで能生は自分が興奮のあまり、沙那への責めを中断してしまっていたことに気がついた。
すぐに沙那への責めを再開する。
「も、もう、だめえ──」
沙那の身体が震え始めた。能生はさっと肉芽から手を離した。沙那がはっとした表情になる。
「どうしたの、沙那……? いきたくなかったんでしょう……? だったら、そんなに残念な顔をしないものよ」
能生は笑った。
「くっ……。あなたの目的はなによ……?」
沙那がじっと自分を見て気丈に言った。だが、再び肉芽をさすってやると、顔が快感に耐える切ない表情に変化する。
その変化が面白い……。
能生はぞくぞくするような興奮を感じていた。さっきは、忘れようとしていた過去の記憶に対する怒りの興奮だった。いまは、嗜虐の対象としての純粋な沙那への興奮だ。
「宝玄仙の肉を食らうことよ……。そうすれば、あたしはもっと強い本物の妖魔になれる……。つまり、半妖ではなく、本物の妖魔になるのよ。そして、あたしの親を殺した天教の連中に復讐するのよ。そのために、宝玄仙に近づくのよ」
「ご主人様を食べる──?」
苦しんでいた表情の沙那が不意に目を丸くするとともに、怒りの浮かぶ。
しかし、その沙那に与える愛撫を強くしてやると、沙那の口から嬌声が迸り、あっという間に沙那の顔が淫情に染まる。
本当に面白い玩具だ……。
「それよりも、早くいってみせてよ。それともいきたくなった? いきたいと言ったらいかせてもいいよ」
「も、もう、いい加減にしてよ──」
沙那がこれまでよりもずっと激しく暴れ回りはじめた。
しかし、『魔縄』で縛った手足は絶対に解けない。
「ああ──。誰か、誰か、助けて──、これ、本当にまずいわ──。助けて──助けてってばあ、孫女──ご、ご主人様──。もう、いいでしょう? ねえ、助けて──」
沙那は叫んでいる。
「無駄よ──。あのふたりがここに来れるわけがないわ。それに孫空女は、毒煙でまだ寝ているんでしょう? あたしも簡単な『結界術』は遣えるのよ。この洞窟の中からでは沙那が使っている『遠口』は外には通じないはずよ」
「孫空女──。ご主人様──。助けてください──」
沙那が絶叫している。
能生は沙那に与える快感をさらに強くした。
まだまだ、沙那は限界じゃない。もっとぎりぎりまで引きあげてやろう。
だけど、ぎりぎりまでだ。
そして、突き落とす。
それを繰り返すのだ……。
「呼んだかい、沙那? お待たせ。やっと、洞窟の入口を見つけたよ」
能生が驚いて顔をあげると、洞窟の入り口側に孫空女の姿があった。
「ど、どうして、ここに? それに……ここには結界が──」
驚いて叫んだ。
「あのちゃちな結界なんて、結界には入らないよ、能生」
孫空女の後ろからやってきた宝玄仙が言った。