軍営に戻った
それは意外なものではなかったが、随分と拙速だなという感想を抱いた。
魔凛は宝玄仙を捕らえるために、大旋風が宝玄仙を城郭に誘導してくるのを待たずに、魔凛自身が行動を起こしているのは青獅子には告げていなかった。
そして、魔凛もこんなにあっという間に宝玄仙が追いかけてくるとも思わなかった。
空を飛べば一刻(約一時間)もかからない距離でも、陸路では一日はかかるはずだった。
こんなに早く宝玄仙が城郭まで追いかけてきてきたというのは、魔凛にとっても予想外だったのだ。
それなのに、すでに魔凛のもとには、もう青獅子からの出頭命令が届いている。
まるで魔凛の行動を見張っていて、もうすぐ宝玄仙の捕獲に成功することを承知していたかのようだ。
いずれにしても、宝玄仙を待ち受ける態勢をすぐにとっていてよかった。
宝玄仙を待ち受ける態勢は、衆人を操った状態の中で宝玄仙を待ち受け、住民に宝玄仙たちを襲わせるという罠を仕掛けておくことと決めていた。
しかし、魔凛の道術の限界として、そのためには住民の性欲という本能を剝き出しにさせておく必要があった。
沙那を衆人の中で輪姦させるような行為になってしまったのはそのためだったが、魔凛はもう少し時間が経ってからそれを行うつもりだった。
それに対して、すぐに沙那を囮にする状況にすべきだと主張したのは麗芳であり、結果としてそれがよかった。
魔凛の『支配術』に完全にかかっている民衆が集団で取り巻いている環境でなければ、宝玄仙を無力化するのは厳しかっただろう。
あのとき、なにかが『移動術』で出現しようとしている空間の歪みの気配に接して、魔凛は慌てて屋根から住民のひとりに毒玉を投げ渡し、毒液の玉を沙那の口の中にとっさに仕込ませたのだ。
それがうまくいった。
沙那については『支配術』に陥らせている状態だったので、沙那を操って宝玄仙の口の中に毒液を口移しで飲ませることができたのだが、それがなければ、おそらく、宝玄仙は捕えることができなかった。
宝玄仙が偉大な道術遣いということは承知していたが、まさか自分の『支配術』の光をまともに浴びて、それを撥ね返す事態というのを想定してはいなかった。
沙那に仕込ませた毒液の玉は、あくまでも次級の措置のつもりだったのだ。
魔凛は出頭命令を確認すると、近習に青獅子のもとに行くと告げ、再び外に出た。
総司令官の魔凛だが、この遠征では大抵は単独行動だ。
いまもそうだ。
魔凛は麗芳と違って『移動術』は遣えない。
空を飛んで青獅子が魔王宮として使っているあの李媛の屋敷に移動する。
考えてみれば、それももう終わりだ──。
大旋風と交わした道術契約では、魔凛が勝てば、大旋風から道術をもらい受けることになっている。
大旋風は『変身術』だけじゃなく、『移動術』も遣えたはずだ。
大旋風から道術を魔凛に譲渡させれば、それも魔凛の能力になる。
それだけじゃない──。
青獅子は宝玄仙を捕らえるのに功績のあった側に、三魔王軍の総司令官にすると約束した。
独立的に動く三魔王軍の司令官ともなれば、魔凛の権力は三魔王を除く、随一ということになる。
さらに、その軍を率いて長く独立して動くということになれば、もしかしたら、三魔王に匹敵する独自の勢力を作ることも不可能でないかもしれない。
鳥人族として、いずれ独立する……。
それは麗芳などとともに何度も話し合っていた魔凛たち鳥人族の悲願だ。
鳥人族は亜人の一族の中でも少数派だ。
だから、その立場を守るためには、三魔王軍のような強大な力に頼る必要があったのだ。
魔凛は権力が欲しかった。
いつか、鳥人族を独立した勢力にするために、ほかにおもねる必要のない力が欲しかった。
魔凛はその先頭を進むつもりだ。
そのために抱かれたくもない金凰の愛人になり、その性器を舐め、おぞましいその男根を受け入れたりしたのだ。
すべては誰にも屈する必要のない力を手に入れるため……。
軍司令部にしている人間族の行政府と青獅子が魔王宮にしている屋敷は近い。
すぐに到着した。
魔凛は屋敷の前に降り立った。
ひとりで屋敷の表門に立つと、見た目ではわからないが、屋敷の敷地全体が青獅子自身の強い結界で覆われているのがわかる。
さすがの魔凛もその強い霊気の前には、怖気のようなものが走った。
魔凛が屋敷の前に到着すると、まるで待っていたかのように、青獅子の部下が道術で出現した。
その案内で屋敷内を歩いていく。
庭園になっている前庭をすぎて、主殿である屋敷の玄関から中に入る。
どういう道術を遣っているのかわからないが、この屋敷の内部は魔凛が訪れるたびに間取りや廊下の様子が変化している。
最初に訪れたときには、ただの平凡な人間族の屋敷だったのに、いまでは完全な魔王宮であり、案内なしでは魔凛も迷ってしまいどこにも辿りつけない。
まあ、それも青獅子の結界の一部のようなものなのだろう。
やがて、青獅子の待っているはずの屋敷の大広間の前に着いた。
案内人が先に入っていき、その広間に入る戸の前で待たされる。
魔凛は待っている間、数日前にここで
この城郭を魔凛の道術で無血占領した最初の日のことであり、そのときは尿意に苦しむ李媛を魔凛は青獅子の前に連れていったのだ。
あの青獅子と大旋風は、それを面白がって、わざと李媛に排尿を許さずにねちねちといたぶって苛めては愉しんでいた。
その下衆な光景を思い出して魔凛は嫌な気分になった。
広間に入る扉が大きく開け放たれた。
部屋の中には、最奥に青獅子が魔王としての玉座に座り、両側には青獅子の直属の部下たちがずらりと並んでいた。
魔凛は彼らが両側に並ぶ中央を青獅子の座る玉座に向かっていく。
青獅子を初めとして部屋の中の全員の視線が魔凛に向けられる。よくわからないが、全員がにやにやと笑っているようだ。
薄気味の悪さを覚えながら、魔凛は青獅子の前で片膝をついた。
ふと見ると青獅子の玉座の周りには、宝石付きの首輪をつけられた李媛と
三人の首輪の鎖は玉座の手摺に繋がっていた。
三人はほとんど全裸だが、乳首と股間に大きな宝石がぶらさがっていた。
なにか金具のようなものを乳首と性器に埋め込まれて、それで宝石をぶらさげているようだ。
もっとも、それがわかるのは、玉座の両側に犬のように四つん這いの姿勢をとらされている貞女と李姫だけだ。
李媛はこちらに尻を向けて、一心不乱に青獅子の股間をしゃぶっていた。
魔凛は三人の哀れな姿を目にしないようにしながら、青獅子に一礼した。
「出頭しました」
魔凛は頭を下げた。
「ご苦労だったな、魔凛……。確かに、宝玄仙は受け取った──。先程、間違いなく、お前の命を受けた者が余に引き渡しにきた。宝玄仙は地下の家畜牢に監禁させた。そこで必要な措置をしている最中だ」
青獅子は言った。
「はい」
魔凛はそれだけを言った。
一体呼び出された理由はなんだろう──?
魔凛は内心で首を傾げていた。
道術契約の決着をつけるのであれば、まだ、大旋風はここにはいないはずだから、まだ早いはずだ。
あれは道術契約を交わした当事者のふたりが揃わないと決着をつけられない。
道術契約とはそういうものなのだ。
青獅子が魔凛の功績を讃えるために呼び出したとも考えられるが、青獅子の性格から考えると、わざわざ魔凛を褒めるために呼び出すとも思えない。
それに青獅子をはじめとする周囲の側近たちのにやにや笑いも不気味だ。
なぜ彼らは魔凛に意地の悪い視線を向けて笑っているのだろうか……?
「ところで、余の前で大旋風と交わした道術契約のことは覚えているか?」
青獅子は言った。
そのことかと思った。
だが、大旋風が戻って来る前に、わざわざそれを事前に確認するためだけに魔凛を呼び出したのだろうか……?
「もちろん、覚えております。宝玄仙の捕獲に功績のあった側は、負けた側に命令ひとつを従わせることができる──。そういうことでありました。また、その勝者を三魔王軍の総司令官の地位につけるとも……」
「前者はともかく、後者は道術契約の内容ではないな──。まあ、遅かれ早かれわかることだから先に言っておくが、三魔王軍の総司令官の話など出鱈目だ。お前に道術契約を結ばせるためのな──。そうでも言わないと、お前はこの賭けに乗らないと思ってな。すべてはうまくいったわ。まんまと騙されおって──」
青獅子が笑いを込みあげるような口調で言った。
その瞬間、周囲の側近たちが我慢できなくなったかのように爆笑した。
魔凛は呆気にとられた。
「嘘?」
驚愕してその言葉しか出てこなかった。
一体なにを言われたのかわからない。
周りの人間たちが笑い続けている。
騙されたと言うが、なにを騙されたのか、まったくよくわからない。
三魔王軍の総司令官の話が出鱈目だというのは、その通りなのかもしれない。
しかし、この雰囲気はそれだけではない危険なものがある気がする。
魔凛は呆然としていた。
「し、しかし……。そ、それはどういうことなのですか、青獅子様。い、いまさら、出鱈目だと言われても……。そ、それはこの魔凛を愚弄しているとしか……」
やっとのこと言った。
しかし、魔凛の抗議はさらに大きくなった周囲の側近たちの爆笑に邪魔された。
青獅子が手をあげる。
側近たちの笑いが少し鎮まった。
「それよりも、魔凛、お前はさっき間違ったぞ。道術契約というものをお前はよくわかっていなかったのだと思うが、道術契約というのは、お互いに考えたことよりも、言の葉に載せた内容が優先されるのだ。お前がさっき口にした条件は、余やお前が口にしたことだ。だが、大旋風とお前が交わした道術契約の直前に、あの大旋風が載せた言葉こそが、契約の文言次なのだぞ」
「直前?」
話の内容の半分も理解できないが、直前に大旋風が口にした言の葉とはなんだったろう?
「すなわち、“宝玄仙を捕らえて、青獅子の前に連れてきた者を勝者として、敗者は勝者の命令に必ずひとつ従う”──。これなのだ。それ以外の話は、その前振りとして話されただけで、実際の道術契約に載ったのはさっきの大旋風の言葉だ。これが意味することはわかるか?」
青獅子が笑いながら言った。
よく覚えていないが、そうだったかもしれない。
それではっとした──。
そうだとすれば、魔凛は大きな失敗をしていることに気がついたのだ。
あまりにしつこい軍令だったので、魔凛は麗芳に宝玄仙の青獅子への引き渡しを任せたが、それでは、あの道術契約の条件を満たす行動をしたのが魔凛ではなく麗芳ということになる。
魔凛は内心で舌打ちした。
どうやら青獅子がしつこくそれを魔凛に迫ったのは、つまりは、魔凛が宝玄仙を捕らえることに成功したとしても、魔凛を道術契約の勝者にする条件を満たさせないための措置だったのだ。
魔凛は歯噛みした。
いずれにしても、大旋風との勝負はこれで“勝敗なし”という結果になったということだ。
麗芳と一緒に宝玄仙を届けさえすれば、魔凛の勝ちになったというのに口惜しいことだ。
しかし、眼の前の雰囲気はそれだけではない気がする。
もしかしたら、魔凛は自分が気がつかないところで、とてつもない失敗をしたのか……。
そんな不安が過ぎってくる。
「では、条件を満たした勝者を呼ぶとするか……。おい──」
青獅子が大きな声をあげた。
すると奥の部屋の扉が開いた。
「れ、麗芳?」
入ってきたのは麗芳だ。
魔凛は声をあげたが、その麗芳の表情に思わず、続く言葉を続けることができなかった。
そこにいたのは、麗芳であって麗芳ではなかったのだ。
それは勘でしかない。
だが、注意深く隠していたものをいまは完全に曝け出し、麗芳がついに正体を現した。
そんな感じだ。
そして、最近の麗芳に感じていた奇妙な違和感の正体を初めて悟った。
違和感の正体はこの麗芳だ──。
なにかが違う。
姿は麗芳だが中身が魔凛が以前から知っている麗芳じゃない……。
おそらく、これまでずっと麗芳はこの違和感が表に出ないように隠していたに違いない。
だが、時折垣間見るいまの表情の麗芳に、魔凛はずっとおかしなものを無意識のうちに感じていたのだ。
魔凛はさらになにかを麗芳に話しかけようとしたが、麗芳が手をあげて魔凛の言葉を制した。
その麗芳がゆっくりと歩いて青獅子の横に立つ。
麗芳ではない──。
魔凛はいまこそわかった。
あまりもの驚きに叫びだしそうだったのを辛うじて魔凛は耐えた。
「魔凛、お前の阿呆さは極めつけだな。俺としてはいつばれるかと冷や冷やしていたが、まさか、この俺の変身した麗芳に尻の穴まで見せるとは思わなかったぜ──」
その麗芳が弾かれたように爆笑した。
そして、麗芳だった姿が溶けていき、そこに大旋風の姿が出現した。
魔凛はあまりの衝撃に眼の前がすっと暗くなるのを感じた。