「……でも、これだけの客の前で自慰をするような恥ずかしいまねが、お前のような気の強い女にできるかい?」
秋分が言った。
「うう……」
沙那は歯を喰いしばった。
そして、
舞台の端に移動した春分と秋分が腕組みをしながら、沙那の様子をにやにやと眺めているのがわかった。
ふたりは待っているのだ……。
沙那がはっきりと意識をして恥を捨てるのを……。
女の誇りを秤にかけた陰湿な責めだった。
もし他人の手で責められるるのであれば、まだ救いがあった。
だが、今の沙那には自分の手で誇りと尊厳を捨てねばならないのだ。
それを春分と秋分は待っているのだ。
こんな連中に醜態は見せたくない──。
沙那は必死に歯を喰いしばった。
だが、怖ろしい痒さを湧き起こす媚薬は、しっかりと沙那の肉に染み込んでいて、怖ろしい烈しさで沙那を責めたてる。
「く、くああっ」
いまは沙那の右手は股間のすぐ前にある。
しかし、固く握った拳が最後の沙那の抵抗の象徴だった。
掻きたい──。
股間を掻きむしりたい──。
痒い──。
沙那は握っていた拳を緩めかけて、唇を血の淫むほど噛んだ。
しかし、股間を中心にしたただれるような欲情は、刻一刻と沙那の自制心を蝕んでいく。
こうやってじっと我慢していると頭まで朦朧としてくる。
大勢の亜人たちの野次が耳に入ってくる。
こんな状況で自慰をする自分の姿を晒すのは死んでも嫌だ──。
沙那は自分の強い誇りと気持ちを思い出していた。
だが、それでも亜人姉妹の塗った痒み剤は強烈だった。
ついに沙那の気力は崩壊した。
「もう我慢できない──」
沙那は叫んだかと思うと、股間をもの凄い勢いで擦りだした。
「自慰を始めたぞ」
「淫乱女だ」
「恥知らず──」
酔客たちが一斉に野次りはじめる。
ちょっとだけ心が痛む気がした……。
だが少しだけだ。
それよりも股間を指で掻きむしることで拡がる快感に我を忘れた。
すぐに絶頂の波がやってきた。
観客たちが大きな声で騒ぎ立てるが、それすらもう聞こえない……。
指で股間を弄くりながら、沙那は激しい愉悦に身体を悶えさせた。
口から漏れ出るのは控えめな悶え声ではない。吠えるような嬌声だ。
もうなんでもいい……。
この気持ちよさがあれば、恥知らずでもなんでもいい……。
沙那はついにやってきた絶頂に全身を反りかえして、歓喜の咆哮をあげた。
「そこまでよ──」
そのとき、突然に右手首が握られた。
強引に股間から離される。
びっくりして顔をあげた。
春分だった。
いつの間にかそばにいたのだ。
秋分もいて、天井から伸びる鎖に右手首を繋ぎ直される。
沙那の右手はもう一度天井に向かって吊りあげられた。
「な、なんで──? ま、まだ──」
沙那は呆気にとられて抗議した。
「弄くってもいいとは言ったけど、最後までやらせてあげるとは言わなかったわ」
春分がげらげらと笑いながら面白くて堪らないというように笑い転げている。
秋分もまた観客と一緒になって、沙那の醜態を哄笑している。
発散することができなかった官能の大渦と、直前で癒されることを阻止された痒みに、沙那ひとりだけが呆然としていた。
やがて、回らなかった頭に、ふたりになにをされたのということがやっと入ってきた。
そして、ただ馬鹿にされただけだということがわかり、激しい怒りが湧くとともに、制御できなくなった感情が爆発した。
沙那は喚き散らし、そして、どうしても止まらなくなった涙を流した。
「わかった、わかった……。ふふふ……。随分と頭に来ちゃったのね。いいわ。今度は左手で慰めることを許してあげるわ。ねえ、お姉さん……」
秋分が腹を抱えて笑いながら言った。
「もっとも、今度も寸前で手を取りあげると思うけどね」
春分が言った。
そして、春分の指の音で今度は左手首の鎖が外れて、左手が自由になった。
沙那は歯噛みした。
それこそ血が出るまで唇を噛んだ。自分の口の中に血の味さえも感じる。
今度ははっきりと最後までやらせないと宣言をされてから、左手を自由にされた。
どんなに指で癒そうと思っても、また、ぎりぎりで手を股間から離させられては、逆に痒みと疼きが拡大するだけだ。左手で股間を弄れば必ず苦しみは大きくなる。
それはわかっている……。
これは理性だ──。
しかし、身体に襲う痒みはそんな理性でどうにもなるものではない。
この痒みの前では、笑い者になることをわかっていても……。
痒みを癒すことができずに絶頂の寸前で手を離されるということをわかっていても……。
それでもいい……。
ほんのちょっとでもいいから股間を掻きむしりたい。
恥知らずに自慰をする道化でいい──。
「も、もう、駄目──」
沙那は悲鳴をあげて、再び左手で股間を掻き始めた。
観客たちが大きな声で笑いだした。
しかし、すぐになにもかもわからなくなる。
そして、沙那が泣き狂うような声を響かせて上体を仰け反らせとき、左手首が掴まれて再び天井の鎖に繋がれた。
沙那は半狂乱になった。
客たちの歓声はさらに大きなものになっていった。
*
それからも同じことを繰り返された。
阻止されるのがわかっていながらも沙那は、あまりの痒さで自由になった手で股間を掻きむしろうとした。
しかし、必ずぎりぎりで手の自由を奪われる。
その口惜しさ……。
その情けなさ……。
その苦しさ……。
沙那は感情を完全に統制できなくなってひたすらに泣いた。
やがて、頭が真っ白になってくる。
十数回もそれを繰り返された挙句に、すっと消えるように自分の意識がなくなるのがわかった。
*
水をかけられた。
完全に消滅していた意識が戻る……。
「最初は憎々しかったけど、最後は凄かったわ。お客さんたちも満足したようだったし、明日からも頼むわよ、沙那──」
顔をあげた。
視界に霞がかかったようにはっきりしない。
やがて、ここが一番最初に閉じ込められていた軍営の牢だということがわかった。
どうやら、沙那は最後の最後に気絶をしてしまったようだ。
それで、やっと見世物から解放されて、軍営の牢に戻されたようだ。
沙那は床に寝そべっていた。
倒れたまま見あげた視界に、春分と秋分のふたりが意地の悪そうな笑みを浮かべて沙那を見下ろしている光景が映った。
牢舎の壁の四隅に蝋燭が立っている。
それが窓のない牢を照らしている。
春分と秋分の服装は舞台で着ていた破廉恥な衣装ではない。
ふたりとも薄桃色の貫頭衣を身に着けていた。
それに比べて沙那は相変わらずの全裸だ。
「か、痒い──」
沙那は悲鳴をあげた。
意識に次いで、身体が目覚めてくると、股間の怖ろしい痒さが戻ってきたのだ。
「ひいっ──か、痒いわ──」
沙那は股間を掻きむしる発作に襲われて、自分の両手が背中で拘束されていることに気がついた。
しかも、背中に腕を組んで腕を合わせるように手首がくっつている。
膝の拘束は外されていたから腿と腿を擦り合わせることくらいはできるが、そんなもので怖ろしい痒みがなくなるわけもなく、沙那はそのまま床の上でのたうち回った。
「苦しそうね……。だって、その痒み剤は、この解毒剤がなければ絶対に癒されないんだもの。掻きむしっても掻きむしっても痒みは消えないのよね。だけど、あんたにはまた明日のあの店の見世物になってもらわなければいけないから両手は拘束させてもらったわ……」
「じゃあ、今夜はこれで終わりよ。明日の午後に迎えに来るわ……。それまで自由にしていい。食事はそこに置いているわ。糞尿は牢の隅の壺にすること──。なにか質問はある、沙那?」
春分と秋分が言った。
彼女たちのの言及した食事というものは牢の片隅にあった。
木の匙とともに平らな皿に野菜と肉切れの汁が置いてあるのだ。そ
の横には乾いた麦餅もあり、横には壺に入った水もある。
そして、確かに、糞尿用の壺が牢の隅にあり、木の蓋が被せてもあった。
「そ、そんな……。こ、このままにしておくつもり……。解毒剤を──。解毒剤をつけて──。お願い──」
沙那は必死になって言った。
このまま痒みを放っておかれるなんてとんでもない。
しかも、春分の言葉の通りなら、この発狂するような痒みは、明日の午後にふたりがここにやってくるまで癒えないはずだ。
「解毒剤というのはこれのこと?」
秋分が懐から小さな瓶を出した。中には液体が入っているようだ。
「そ、それよ──。い、意地悪しないで──。それをつけて──。というよりも、もう拘束を外してよ」
沙那は秋分の足元にひれ伏した。
しかし、秋分はひょいと手に持った小瓶を床に放った。
ぱりんという音がして、瓶が割れて中の液体が床に飛び散った。
「あらっ……ご免ね、沙那。うっかりと落としちゃったわ。まあ、明日の見世物の会場となる酒場には準備しておくわ……。一番最初に痒みを癒してあげる。それだけは約束するわ。そうすれば、あんたもあたしたちの調教が待ち遠しくて待ち遠しくてどうしようもなくなるでしょう?」
秋分があっけらかんと言った。秋分が意図的に解毒剤を捨てたのは明らかだ。
秋分の狙いはいくつもあるのだろう。
沙那を眠らせずに苦しめて体力を奪う──。
この苦痛を癒してくれるのはふたりだけなのだから、このふたりを渇望する気持ちにさせる。
そして、ふたりの調教を渇望する気持ちにそれを変化させるのだ。
それはわかっている……。
だからこそ、沙那は絶望的な気分になった。
沙那は悲鳴をあげる。
じんじんという股間の痒みはもう切羽詰ったものになっていた。
このまま、これから半日以上も放置されるのだろう。
そんなことをされれば狂うかもしれない。
いや、狂うことができればもっと楽に違いない……。
だが、宝玄仙からさまざまな調教を受け続けている沙那は、これくらいの責めでは発狂はできないだろう。
そんな見極めも春分と秋分のふたりはしているはずだ。
このふたりは玄人の女調教師だ。
簡単に沙那を発狂させてくれるような優しいことはしない。
発狂寸前のところまで追い込んで沙那を苦しめるだけだ。
「まあ、割れたものは仕方がないじゃないの……。諦めなさい、沙那。それよりも、明日も今日以上の激しい調教になるわよ……。あんたの責め方はもうわかったしね……。心の底から屈服させてあげるわ。まあ、あと九日もあるから十分だと思うけどね」
春分が言った。
「まあ、明日の午前中まではしっかりと身体を休めるのね……。まあ、その痒みじゃあ、無理かもしれないけどね……。せいぜい、体力を使っておくといいわ。そうすれば、明日の公開調教では今日みたいに生意気はできないと思うからね」
秋分がさらに言った。
沙那は彼女たちの卑劣さと残酷さに身体が震えた。
ふたりが扉に向かって歩いていく。
沙那はただ苦悶して床をのたうっていた。
扉の前で秋分が一度振り返る。
「じゃあね、沙那……。まあ、悪く思わないでよね。別にあんたに恨みがあるわけでもなんでもないし、あんたがなんで魔王様に捕らわれたのかもあたしたちは承知していないの……。でも、あたしたちも青獅子様に雇われている女調教師という立場があるのよ。あんたひとりくらい完全に調教できなかったら、あたしたちが罰を受けることになっているの……。勘弁してね──。そして、また明日もよろしく」
秋分が言った。
そして、春分が牢の扉をこちら側から叩く。
向こう側から扉が開き、ふたりが出ていった。
沙那はただひとり、牢に残された。
股間を苛む怖ろしい痒みと背中で拘束された腕はそのままだ。途方もない股間の痒みは、いまでも沙那の思考する力を削ぎ取るように襲い掛かっている。
「ま、負けるもんですか……」
沙那は歯を喰いしばって身体を起こすと、床に飛び散った解毒剤の破片のある場所に飛びついた。
飛び散ってはいたがまだ解毒剤の液体は床に残っている。
沙那は股間を擦りつけるようにして、解毒剤をなんとか局部に届かせようとした。
しかし、うまくはいかない。
それで床に置いてある食事に向かった。
口を汁につけて食材とともに汁を口いっぱいに啜った。
渇ききった身体に水分が吸収される悦びと空腹だった身体に少しだけ力が戻る気持ちが心地いい。
負けるものか……。
もう一度、心の中で言った。
宝玄仙になんとか再会するまで──。
孫空女や朱姫と再会するまで──。
みんなで逃亡する機会を見つけるまで──。
心の底からの屈服などしない──。
絶対に──。
しかし、屈服したふりをして機会を待つ──。
そう決めた。
沙那は足の指で匙の柄を掴んだ。
なんとかいけそうだ。
幸いにも床は石なので、解毒剤の液体は染み入ることなくまだ残っている。
沙那は注意深く匙の先を解毒剤の液体で浸して、身体を捻じ曲げて股間に匙の先を入れようとした。
痒さで身体が震える。
無意識に腰が激しく動いてしまうのだ。
それに、さすがに足の指では股間に匙の先の解毒剤を局部に擦りつけるなど難しい……。
だが、半日ある……。
半日あれば……。
「ま、負けて……た、たまるか……」
それでも沙那は自分を叱咤する言葉を繰り返し口にして自分を鼓舞し、怖ろしい痒みと戦い続けた。