「玄魔将軍殿、何回もなにもありませんよ──。玄魔将軍がここに孫空女を置いていってからそのままですよ。あれから、ずっと孫空女は動き続けているんです……」
火箭はあっけらかんと言った。
玄魔は驚愕した。
豪傑と呼べるような屈強の兵でも一刻(約一時間)で音をあげる鍛錬台の訓練をもう半日もやり続けているというのだ。
玄魔は思わず立ちあがって、もう一度孫空女を見た。
歯を喰いしばって涙と汗と鼻水のぐしょぐしょの顔で床の上を右に左に動き続ける孫空女は、それがあの鍛錬台で半日も動き続けているとは思えない敏捷さを残している。
いや、よく見れば足元はおぼつかなく、さらによくよく見れば全身は鞭打ちを受けた傷跡で満身創痍だ。
そんな身体であの孫空女は苛酷な鍛錬台を少しも休むことなく、半日続けているということだ。
玄魔は唸った──。
なんという女戦士だろう。
それがただの人間の女というのも信じられない。
しかし、ああやって裸身を揺らしながら床を跳躍し続ける孫空女の裸身は紛れもなく人間の女だ。
しかも、なかなかの美女だ。
「玄魔将軍、おかしな気を起こさないでくださいよ」
火箭が横から言った。
そして、興奮気味の玄魔を興奮を鎮めるように玄魔の服を引っ張って座らせた。
「なんだ、おかしな気とは?」
玄魔は床几椅子に座り直しながら火箭に視線を向ける。
「玄魔将軍のことだから、あの孫空女を見て、是非とも自分の部下にしたいとか考えているんじゃないですか? 駄目ですよ。将軍は陛下から孫空女の調教を命じられたんですよ。軍の将兵として加えるなどとんでもないですからね」
火箭が言った。
その言葉で玄魔は些か頭が冷えた気がして苦笑した。
確かに玄魔は強い戦士に眼がなく、豪傑に会えばすぐに自分の部下に加えようとするところがある。
それを火箭は皮肉っているのだ。
「馬鹿なことを言うな、火箭──。俺がいくら豪傑好きでも陛下に命じられた調教の対象である虜囚にそんな気持ちは抱かんわ。陛下がどういうつもりで、一介の武将である俺に孫空女の調教を命じられたのかわからんが、与えられた任務は果たすだけだ──」
「ならいいでんすけどね」
火箭がにやにやしながら言った。
玄魔のことをあまり信用していないようだ。
「まあよい──。しかし、女の調教については俺のような無骨な人間よりもお前の方が慣れているはずだ。とにかく十日なのだ。あの孫空女の牙を抜いて従順な女奴隷に仕上げなければならん。よろしく頼むぞ、火箭──」
玄魔は言った。
青獅子から孫空女の調教を玄魔が命じられたのは、家畜奴隷として捕えた宝玄仙の身柄を拘束して、それを輪廻と蝦蟇婆に引き渡すために青獅子に地下に同行したときのことだった。
青獅子が調教師でもない玄魔に本格的な奴隷調教を命じた理由は判然としない。
まあ、気紛れ以外のなにものでもないだろう。
青獅子には多くの調教師が部下におり、激しい嗜虐趣味のある青獅子は、今回の遠征にもその調教師たちを同行させていた。
だから、宝玄仙のほかにその三人の供という嗜虐の獲物を捕らえた青獅子は、その調教師の連中に孫空女の調教を命じればいいはずなのだ。
いすれにしても、今回の遠征で得た新しい女奴隷に青獅子は上機嫌だった。
青獅子は魔王として性欲を発散する「側室」を持っているが、それはすべて青獅子の嗜虐趣味を満足させるための性奴隷だ。
青獅子だけではなく、三魔王の金凰、白象、青獅子は全員が女奴隷の飼育施設を持っていて、新しくて美しい女を競って集めたりもしている。
それが今回の遠征で大量に手に入ったのだ。
宝玄仙だけではなく、それぞれに美女であった三人の供を宝玄仙とともに虜囚にしたときには、青獅子の性癖から考えて、当然、彼女たちを性奴隷として調教して性的欲求を満足させると玄魔は思った。
そしてやはりそうなった。
宝玄仙だけでなく、孫空女、沙那、朱姫という名らしい宝玄仙の供は、獅駝の城郭を占拠したことで青獅子の女奴隷の身分となった李媛、李姫、貞女らとともに、各調教師に預けられることになった。
それはいいのだが、なぜか青獅子は、性奴隷として調教しようとしている宝玄仙の供のひとりである孫空女の調教を子飼いの調教師たちではなく、魔王軍の直属の武将である玄魔に任せると言ったのだ。
新たに占領した人間族の城郭で、魔王軍の指揮を執るべき総大将の大旋風と第二位の玄魔が揃って、女の調教などというものにうつつを抜かすのはどうかと思うのだが、それについては、遠い竜飛国の王都の動きも関係している。
この城郭を占領するずっと以前から、この地方の本来の宗主国である竜飛国の王宮の様子は逐一情報を取らせていた。
それによれば、竜飛国の最南の地方になるこの獅駝地方に、青獅子魔王軍が侵攻したことについて、遠い王宮ではその対応についてもめているようだ。
しかしながら、人間族の王は魔王軍がさらに北上して王都にも迫ることを怖れていて、魔王軍に占領された獅駝の奪還はまったく意図していないらしい。
それで少なくとも北からの人間族の援軍への早急な対応の必要もなくなったという判断になった。
その情報を受けて、魔凛もまた地位を剥奪されて、大旋風に身柄を引き渡された。
魔凛の追放は随分前から決まっていたようだが、北からの脅威の対応の必要がなくなったことで、魔凛の利用価値もなくなったと判断されたようだ。
魔凛は大旋風の罠にかかって、絶対に逆らえない支配霊具を装着されて、大旋風の調教を受けている。
そんなときに、青獅子は、ならば玄魔もまた女の調教でもやってみろと声をかけてきたのだ。
魔王軍の第二位の地位である玄魔も性奴隷の飼育というものを経験せよということらしい。
女奴隷の調教など経験のない玄魔は気乗りのしない任務であるが、魔王の命であれば従うしかない。
しかし、女の調教などというのは、ただ、女を凌辱して抱けばいいというものでもないのだろう。
そのやり方などわからない玄魔は、結局、孫空女の調教の一切を部下の火箭に任せることにした。
「とりあえず、火箭、お前に任す。陛下も無骨な武将の俺に女奴隷の調教など十分にできるとは考えてはおらんとは思うが、それなりにはやるべきことはやらねばならんのだ」
玄魔は言った。
「任せてくださいよ。女であろうと、動物であろうと、調教なんていうのは、最初にがつんと牙を抜いてやればいいんですよ。それでやりやすくなります。まずは、あいつの牙を抜く作業をしましょう──。女ながら武芸に自信もあるようですが、その自信をこっぴどく潰してやればいいんです」
火箭は立ちあがった。
そして、右手をあげて部下に合図をした。
「将軍も戻られたことだ。孫空女、そろそろ、準備運動を終わろう──。じゃあ、孫空女、お前には、ここにいる連中の何人かと腕試しの稽古をしてもらおうかな」
孫空女が運動を続けさせられていた鍛錬台が停止した。
次の移動すべき床を示す光が消えたことを悟った孫空女が当惑したように裸身を直立させたままでいたが、やっと無限運動の苛酷な連続跳躍から解放されたのだとわかったらしく、その場にがっくりとうずくまった。
しゃがみ込むと、激しく肩で息を続けながら、さっと両手で剝き出しの胸を隠して、股をしっかりとくっつける仕草をした。
いまのいままで股間も乳房も曝け出して動いていたのに、今更、裸身を恥ずかしそうに隠すという行為に火箭は思わず笑ってしまった。
まあ、あの孫空女もひとりの若い女でもあるということなのだろう。
「お、お前ら、ふ、ふざけるなよ……。こ、こんなに長い時間……。はあ、はあ、はあ……。と、とにかく約束だよ。ちゃ、ちゃんとお前らが命じた訓練に耐えた……。だ、だから、ご主人様に会わせてもらうよ──」
孫空女が両手で胸を隠しながら激しく息をしながら言った。
同時に険しい表情で玄魔と火箭を睨んでもいる。
「なにを言っているんだ、孫空女──。いままでのはただの準備運動だ。本格的な試しはこれから始まるのだぞ」
火箭が笑って言った。
「こ、これから──? お、お前、冗談言うんじゃないよ──。さ、さっきのが準備運動だと──? じゃあ、お前やってみろ──。お前、何刻、あそこにあたしを載せっぱなしにしたと思ってんだよ──」
孫空女がいまにも掴みかかってきそうな形相で喚いた。
確かに孫空女じゃなくても怒るだろう──。
あれを準備運動だと一蹴されては孫空女も気の毒だ。
玄魔も含み笑いをした。
「これからお前のために特別の稽古場を準備する。そこで俺の選んだ者と順番に戦ってもらうぜ──。それがお前の試しだ。その全員に勝てとまでは言わん。ここにおられる玄魔将軍の眼にかなう戦いができれば、お前をひとりの戦士と認めて、お前の会いたいご主人様とやらのところに連れていってやるぜ。その代わり、腑抜けた戦いしかできなければただの性奴隷だ。奴隷は奴隷として扱ってやるぜ。ここでな──」
火箭が言った。
「な、なにっ? しょ、勝負ってなんだよ。あのおかしな光の床の苦役を耐えれば、ご主人様に会わせるって言ったじゃないか──」
孫空女が声を荒げた。
「嫌ならいいぜ……。お前の仲間はどうなるかわからないがな。お前とお前の仲間が生きて再会する望みは、お前が俺の命令に従って戦い、いい戦士としてのお前を見せることだ」
孫空女は口惜しそうに歯噛みしている。
しかし、すぐに意を決したように口を開いた。
「わ、わかったよ……。だ、だけど今度こそ約束しろ、火箭。本当にお前たちが認める戦いができれば、あたしをご主人様のところにつれていくんだ──」
「いいだろう。但し、お前も名誉にかけて誓え、孫空女。試し稽古ではどういう条件でも文句を言うな──。それを受け入れれば、お前の仲間の命を保証し、仲間にも会わせてやろう」
火箭が言った。
玄馬には火箭が孫空女との約束などこれっぽっちも守る気がないのはわかった。
そもそも、宝玄仙をはじめとして、三人の供の生殺与奪の権限を火箭はおろか、玄魔も持っていない。
そんなことは火箭も百も承知だろう。
火箭は、孫空女が火箭の出した条件に基づいて戦い、それに屈服したという事実を孫空女に与えたいだけだろう。
そして、孫空女も火箭に応じるしかない。
孫空女からすれば、火箭の言葉を信じるという選択肢しかないはずだ。
「わ、わかった。戦いのことならどんな条件でものむよ……。そ、その代わり……」
「わかった、わかった。ご主人様だろ──。その代わり真剣勝負だぞ。手加減はしない」
火箭がにやりと笑った。
「いいよ……。もちろん、真剣勝負でいい」
「なら、これも受け入れるな……。女が戦場で負ければ当然、男に凌辱される。これも真剣勝負だから当たり前だな。もしかしたら、よってたかって輪姦されるかもしれない……。もちろん、お前が戦闘不能になった場合だがな」
「そ、それはどういう意味だよ──? あ、あたしがもう戦えなくなったら、よってたかって犯すと言ってんのかよ?」
「そういうことかもしれん……。それにさっきの言葉を忘れるなよ。試し稽古では、俺はお前に条件をつける。まともに戦えるなんて思うなよ、孫空女。だから、全部勝てという条件はつけん。戦士に相応しい戦いぶりを見せろ。それがお前の願いを叶える条件だ」
火箭が大笑いした。
孫空女が思わず絶句して、その顔が鼻白むのが玄魔にははっきりとわかった。