室内訓練場内に孫空女がこれからやらされる試し稽古の試合場が作られ始めた。
この訓練場の中央に、どこかの家の大部屋ほどの場所が確保されて、その周囲に直柱が円状に立てられだす。
柱の高さは人の背丈よりもやや高いくらいで、道術を遣って床にしっかりと固定されたようだ。
その直柱の周りに添って五線ほどの縄が張られていく。
直柱にしても、その周囲を囲んでいる縄にしても、かなりの霊気の刻まれた霊具のようだ。
その縄に囲まれた円形の場所で火箭の指名した亜人の戦士と模擬試合をしろというのだろう。
兵たちが手慣れた様子でそれらを設置しているところを見ると、孫空女用の特設の試合場というよりは、彼らのいう「試し稽古」という模擬戦闘をするときにはよく使用するものなのかもしれない。
とにかく孫空女は、いまだに「鍛錬台」とかいう台の上から立ちあがれないでいた。
まだ、天井からの鎖が首輪に繋げられているというのもあるが、あまりの疲労のために立つことができないのだ。
大勢いた見物の兵は、試し稽古の試合場を作成するために、孫空女の周りからいなくなっているし、逃走防止のために鍛錬台を囲んでいた霊気はなくなっているようだから、首の鎖さえなんとかすれば逃亡できるかもしれないが、いまの孫空女にはその気はなかった。
それよりも少しでも体力の回復を図ろうと、裸身を両手で抱いたまま懸命に息を整えることに専念していた。
「よう、女戦士、お前は大したやつだぜ。あの鍛錬台で半日も動き続けるなんて、本当に人間族か?」
声をかけられた。
びくりとして思わず乳房を抱く手に力が入ったが、眼の前にいたのはひとりの亜人の兵だ。
耳が尖っていて大きな口から牙が覗いている。額に小さな角もある。
手に水筒を持っていて、孫空女に差し出している。
「飲めよ……。少しでも体力を回復しろ。俺は戦士としてのお前の戦いに期待しているぜ」
そして、水筒を孫空女の身体の横に置くと離れていった。
「あ、ありがとう」
孫空女は慌てて、その背中に礼を言った。
その亜人は振り返ることなく、一度軽く手を振ってほかの亜人の集団の中に消えていった。
孫空女はその竹筒の水筒を取ると栓を抜いて口につけた。
おいしかった……。
自分がこれほどに乾ききっていたのかと思うほどに水筒の水はおいしかった。
喉が盛大に音をたてて水筒の水を身体に入れていく。孫空女はかなりあった水筒の水をあっという間に飲み干した。
飲んだ水は疲れ切った身体に染み透るようだ。
しかし、違和感が襲ったのは空になった水筒を床に置くか置かないかのすぐだった。
全身がかっと熱くなり、汗だくの身体からさらに汗が噴き出してきたのだ。
長い運動で火照っていた肌がさらに赤みを得る。
しかも、身体が一気に気だるくなり、全身におかしな疼きが走りだす。
「あ、あいつ……」
孫空女は歯ぎしりした。
さっき飲んだ水筒の水になにか入っていたことは間違いない。
親切そうな顔して水を渡しながら、その水の中に薬を盛ったのだ……。
じわじわと股間が濡れてくる。
これは媚薬だ……。
しかも、即効性の強力なものだ……。
「ち、畜生……」
孫空女はせめて悪態のひとつでも吐こうと思って、さっきの亜人を探そうと思って顔をあげた。
しかし、いつの間にかすぐそばまで
「少しは休めたのか、孫空女……? おい、どうした? さっきよりも顔が赤くなっているぜ」
火箭がからかうように言った。
「よ、余計なお世話だよ──」
孫空女はそう言ったものの、薬のために昂ぶり続ける性感に愕然としていた。
こんな状態でこれから亜人の戦士たちと戦わなければならないのだ。
「じゃあ、そろそろ時間だ。いまから首の鎖を外すが逃げるんじゃねえぞ。逃げればお前の仲間がどうなるかわかっているな」
「に、逃げないよ」
孫空女は言った。
「じゃあ、腕を背中に回せ──。念のためだ……」
火箭が言った。
「な、なんでだよ──? 逃げないって、言ってんじゃないか──」
「だが、あの鍛錬台で半日すごして平気なほどの人間族の女戦士殿だからな──。反抗されれば取り押さえるのが面倒だ」
「だから逃げないよ。ご主人様や仲間がお前らの手にあるんだ。逃げるわけないだろう。ここから、すぐそこまで行くまでのことじゃないか。いちいち、拘束しなくてもいいじゃないか──」
「いいから両手を背中に回せ。逆らえば、そのご主人様に酷い目を遭わせるぜ」
火箭が言った。
孫空女は歯ぎしりしながら両手を背中に回した。
すると両手首に巻かれている革帯が突然密着して離れなくなった。
いま、眼の前の火箭から霊気が放出されるのを感じたから、火箭が道術をかけたのだろう。
それにしてもこれはいまいましい拘束具だ。
手首と足首に巻かれていて完全に肌に密着しており、道術なしには絶対に外れなさそうだ。
この亜人の連中の道術で簡単に手首足首に巻かれた革帯同士を密着させられるし、それに、おそらく、この拘束具は孫空女の筋力も低下させている。
まるで鉛の塊りを巻かれているかのように重い手足はこの革帯の影響によるものに違いないのだ。
首の鎖が首輪ごと外された。
孫空女は左右から後手の両腕を取られてその場に立たされた。
立った瞬間、自分の脚が随分とふらつくのを感じた。
それは果てしなくやらされた鍛練台の訓練の影響かもしれないし、たったいま飲まされた薬剤の影響かもしれない。
そのとき、床に置いたままだった空の水筒を火箭がひょいと持ちあげた。
「おうおう、俺が渡させた水筒の水を全部飲んじまったのか……。そりゃあ、さぞや……」
火箭の視線が孫空女の股間に向けられたのがわかった。
孫空女ははっとして脚を擦り合わせるようにして隠す。
股間は薬剤の影響でびっしょりと濡れているのだ。
そんなところを凝視されたくはない。
「いまさら、なに隠しているんだい、孫空女? いまからお前は大勢の兵の前で素裸で模擬戦闘をするんだぜ。裸が恥ずかしかったら戦いなんてできねえだろうが」
火箭がからかった。
まわりの兵たちがどっと声をあげて笑った。
しかし、そんなことよりも、孫空女はたったいまの火箭の言葉に驚いていた。
「う、うるさい……。そ、それよりも、さっきの水はお前の仕業かよ──?」
さっき親切そうに近づいてきて孫空女に水筒の水を渡したのは、この火箭の罠だったということなのか……。
「喉が渇いていたようだからな……。お前にはいい戦いをしてもらいたいしな。俺が差し出す水筒だと警戒して口にしないかもしれないから、部下に渡させたんだがなにか文句があるのか?」
「こ、この卑怯者──。あ、あの水筒に薬を盛っただろう──」
孫空女は声をあげた。
これから模擬試合をさせようとする孫空女に、強力な媚薬を騙して飲ませるとはなんという恥知らずだろう。
その卑劣さに腹が煮える。
こう話している間にも全身が熱く火照り、股間からじわじわと愛汁が滴ってくるのがわかる。
「なんのことかわからんが、さっきの話を覚えているだろうか、孫空女? これから俺が選んだ連中といい戦いぶりと見せてくれよ。
やはり火箭が意図的に孫空女に媚薬を飲ませたのだ。
口では否定したが、その表情でわかる。
孫空女は薬剤のために次第に激しくなる鼓動を感じながら火箭を睨みつけた。
たが、一方で、いま火箭が言ったことは本当だろうかとも考えていた……。
ここで孫空女の戦いぶりを見せることができれば、亜人たちの虜囚の身から脱して、彼らの軍に採用してもらえるということがあり得るのだろうか……?
もしも、それが叶えば、確かに火箭の言及した通りに宝玄仙や仲間を救い出すことに通じるかもしれないが……。
「……だが、色惚けで腑抜けた戦いぶりしか見せられなければ、すぐに仲間ごと性奴隷だ。犯しまくった挙句、殺処分ということになるかもしれん」
火箭の皮肉っぽい物言いに孫空女は鼻白んだ。
つまり、この火箭はあえて戦いの前に孫空女に媚薬を飲ませることで、満足な戦いをできなくしようと謀ったに違いない。
その卑劣さに腹が煮える。
「それよりも火箭殿……。いったいこいつどうしたんでしょうねえ……? さっきから腰を左右に動かして悶えたような仕草をするんですが、なんか俺もおかしな気分になっちまいますよ」
孫空女の腕を掴んでいる兵のひとりが言った。
それで孫空女は、自分がいつの間にか、太腿をお互いに摺り寄せるように動かしていたことに気がついた。
しかし、毛穴から汗がどんどんと流れでてくるような媚薬の影響は孫空女の身体をすっかりと蝕もうとしている。
じわじわと強い疼きをしている股間も堪らない。
頑張って一瞬身体を静止させるものの、すぐに妖しい甘美感が込みあがってきて、いつの間にか腰を小刻みに振ってしまう。
結局、孫空女はじっとしていることに耐えられなくなり火照った顔を左右に振って腰を悶えるように動かしてしまうのだった。
「それにしても、色っぽい身体ですねえ……。見てくださいよ。この乳……。すっかりと乳首も勃起しちまって、うまそうだ」
反対側の腕を掴んでいる兵がすっと孫空女の胸に指を伸ばしてきた。
「さ、触んな──」
孫空女はびっくりして叫んだ。
そのあまりの声の大きさに騒がしかった訓練場が一瞬だけ静まり返った。
自分でも驚くような権幕の自分の声だった。
孫空女は自分自身が考えているよりも、ずっと自分の身体が追い詰められているという事実を悟った。
いまの悲鳴は孫空女の恐怖の本能だ。
これだけ薬剤で欲情してしまった身体を触られるということに大きな恐怖が走ったのだ。
それにも関わらず、孫空女がこれからやろうとしているのは、この身体で……しかも素っ裸で行う男との模擬試合なのだ。
そのことに悄然としてしまう。
「孫空女に触れたきゃ、お前も孫空女との試し稽古に立候補しな。そうすりゃあ、触り放題だ。試し稽古の最中のことなら犯したって構わないことになってんだ」
火箭が笑った。
「くうっ……。だったら立候補しますよ、火箭殿」
その兵が言った。
すると、俺もだ。いや、自分も立候補するという声が周りから一斉にあがる。
「こりゃあ、切りがねえな、孫空女──。これだけの人数の相手を最後までこなせるか? なんだったら、いまのうちにあっさりと降参して、性奴隷に成り下がりな──。仲間とは一生会えないとは思うがな」
「な、何人でも勝手に選べよ──。どうせ、無理矢理に戦わせるつもりなんだろう?」
「まあ、そういうことだ……」
火箭が声をあげて笑った。
連れていけという火箭の声で孫空女は、できあがった試し稽古の試合場に向けて後手に拘束した両腕を掴まれて歩かされた。
孫空女が向かっている試合場の前に、大勢の亜人の兵が集まっている。
いまのところ試合場を囲むというよりは、孫空女を出迎えるようにこちら側に集まっているという感じだ。
その兵たちが立っている向こう側が試合場だ。
囲みの場所そのものから強い霊気の吹き溜まりを感じる。
あの円形の試合場そのものに、なにかの強い道術が刻まれているようだ。
気は進ままないが、そこに向かうしかない。
「そこに一本だけ直柱が離れて立っているだろう。そこに向かえ」
火箭が言った。
確かにほかの直柱は試合場を取り囲むように円状に立っているのだが、一本の直柱だけは、試合場と離れていて集まっている兵に埋もれていた。
孫空女たちが近づくと、密集していた兵たちがすっと左右に分かれて経路を作った。
なんだか全員がにやにやしている。
孫空女は嫌な気分になった。
「あっ」
しかし、孫空女は人が割れてできた通路にあるものを見つけて声をあげた。
そこにある直柱から試合場を囲む一本の直柱に向けて一本の太い縄が張ってあったのだ。
しかも、三尺(約十センチ)おきくらいに瘤のような結び目が作ってある。
高さは孫空女が跨ぐと丁度爪先立ちになるほどだ。それが試合場となる場所を囲む直柱の一本までの一間(約十メートル)の距離を繋いでいるのだ。
孫空女は思わず足を止めた。
待ち受けている兵たちのにやにや笑いから、いまからなにをさせられるのかわかったからだ。
あの瘤付きの縄を跨いで試合場まで歩かせるつもりなのだ。
冗談じゃない……。
わずか一間(約十メートル)といえども股間で跨いで進むとなれば、これだけ身体が火照りきっているいまの孫空女にとっては怖ろしく長い距離だ。
「や、やだよ──」
思わず悲鳴のような声をあげた。
さっき飲まされた媚薬のために孫空女の身体は異常な状態なのだ。
こんな身体で縄瘤の刺激を受けながら試合場まで歩めば、もう試し稽古どころではなくなってしまうに違いない。
「なにを声をあげているのだ、孫空女? みんなが協力して作った試合場だ。是非とも存分な戦士ぶりを見せてくれ。玄魔将軍もそれを望んでおられる」
火箭が言った。
その玄魔はちょうど縄が終わる場所でさっきの床几椅子に座ってこっちを向いている。
頬にうっすらと笑みを浮かべている。
その下衆な表情に思わずかっとなる。
「ふ、ふざけるんじゃないよ、玄魔──。お前も承知の差し金かよ──。幾らなんでも酷いじゃないか。こんな縄なんて跨ぎ渡ってから模擬試合なんかできるかよ──」
孫空女は縄の向こう側に悠然と座っている玄魔に叫んだ。
「おう、なるほど──。孫空女はその縄を跨いで向こうまで進まされると思ったのか? 別にそんなつもりもなく、ただ縄に添って歩いてくれればよかったのだがな……。しかし、折角の申し出だ。跨いで進んでもらうか」
すると隣に立っている火箭がげらげらと笑った。
周りの兵たちもどっと笑う。
孫空女は歯噛みした。
この卑劣な連中はどうせ最初からその気だったに違いないのだ。
それに抵抗できない口惜しさに震えが走る。
そして、強引に直柱の前まで歩かされて、縄の前に立たされた。
次いで、ぴんと張っていた縄がいったん緩んで床に落ちる。