朦朧とした視線で、
沙那はおよそ考えられないくらいにみっともない姿勢で、孫空女の顔の上に跨り、孫空女の口に向かって尿をしている。
孫空女はそれを大きく口を開けて、懸命にそれを飲んでいる。
沙那は、一度に全部出してしまわないように、少し出しては止め、少し出しては止めという具合に尿をしているみたいだ。
それにしても朱姫はもう狂いそうだった。
いきそうになり、またそれが消滅し、すぐに湧き起こる。
爆発しそうで達することのできない快感がひたすら続く。
絶対に満足することができない。
「こっちにおいで、朱姫───」
朱姫は混濁する意識のまま、三人のいる方向に向かう。
熱い───。
苦しい───。
沸騰するような疼きが全身に充満している───。
解放されたい。
この昂ぶりから救い出して欲しい。
沙那と孫空女は宝玄仙の横で座っていた。
「ご、ごめん、孫女……」
「い、いいよ、けほっ、けほっ、あ、あたしと沙那の仲さ……」
沙那は全裸の胸を手で覆い、恥ずかしそうに宝玄仙や孫空女に顔を避けるように下に向けていた。
孫空女は四つん這いになり、苦しそうに咳込みながらも笑っている。
「さて、こいつらが頑張ったからね、その身体を癒してやるよ、朱姫……」
すると、宝玄仙が朱姫に声をかけた。
「ほ、本当ですか──? お、お願いします……」
朱姫は、歓びに宝玄仙の前に身体を倒れさせた。
「それよりも、このふたりに言うことがあるだろう」
宝玄仙が少し大きな声で怒鳴った。
朱姫は慌てて、沙那と孫空女の前に向き直った。
「あ、ありがとうございます───。あ、あたしのために……。あ、あたしなんかのために」
地面に這いつくばって頭をさげる。
いまなら、たった一回の絶頂のために、なんでもできる。
足を舐めろと言われれば躊躇なく舐めるし、這いつくばれと命じられれば、いくらでもできる。
「あ、あたし、なんかって、なんだい……」
「そうね……。この数日思っていたけど、朱姫って、わたしたちに壁を作っているところがあるわよね。もう、今更でしょう……。ところで、それよりも、ご主人様、もう堪忍してあげるんですよね?」
孫空女に続いて、沙那が朱姫に少し困惑した口調で朱姫をたしなめるような物言いをし、さらに宝玄仙に意見するような言葉を吐く。
だが、それよりも、朱姫は沙那の言葉が引っ掛かった。
朱姫が壁を作っている?
沙那たちじゃなく?
「ああ、もちろん、勘弁するさ。もうすっかりと、朱姫もお前ら同様に、被虐癖を植えつけてやったしね。みてごらん、この惨めそうな顔を……」
宝玄仙が愉しそうに笑った。
その横で、沙那が呆れたような視線を向けている。
朱姫は、さっきまで孫空女の口の中に放尿をさせられるという仕打ちを受けた沙那が、いつの間にか、意外なほどにあっけらかんとした感じになっていることに驚いた。
「ほらよ」
その朱姫の眼の前になにかが投げられた。
朱姫はそれを手にする。
長さは朱姫の指三本分くらいだろうか。先端から半分までは小さな銀の玉が繋がっている細長い棒だ。
「お前の首の霊具の設定を変更した。お前が自慰をしようと、ほかの者が愛撫をしようと、絶対に絶頂の寸前以上の快楽を与えないようにした。だけど、それだけは別だ───。お前がそれを使えば絶頂に達することができる。お前が渇望していた高みにお前を連れていってくれるよ、朱姫」
朱姫はその言葉にほとんど無意識にその性具を手に取っていた。
短い下袍の下の愛液にまみれた自分の股間にそれを当てがった。
だが、やはり躊躇った。
そんなものを自分自身に挿すというのは恐ろしい。
朱姫はまだ、玩具であろうと、男であろうと、自分の膣内にそれらを受け入れたことがないのだ。
怖い───。
その朱姫に宝玄仙の冷たい言葉が降りかかる。
「ただし、それを前の穴に使っても駄目だよ。それは尻用だ。それを尻に突き挿してほじくり続けたときだけ、お前は絶頂に達することができる。その熱い身体から解放されるだけではなく、首の霊具の力により身体の媚薬の効果も抜けて、正常な状態に戻れるよ」
「そ、そんな……。お、お尻で気持ちよくなれるわけがない……」
朱姫は火照りきった身体を震わせた。
「そんなことはあるものか。そこにいるお前の姉さんふたりはお尻だけで、見事に絶頂に達するよ。それこそ何度でも続けてね」
宝玄仙は大笑いした。
「あ、あたしは、お尻でなどでやったことはないんです」
朱姫は込みあげた涙を堪えられずに、泣き出してしまっていた。
「じゃあ、沙那に頼むんだね───。いや、孫空女にしようか……。孫空女、朱姫の尻の穴をほじってやりな。朱姫、一度で憶えるんだよ。これからは、ずっと自分でやらなければならないのだからね」
「ず、すっと、自分で───?」
この巫女はなにを言っているのだろうか?
それよりも、またせりあがる情感が朱姫を狂わす。
ゆっくりと込みあがる快感……。
だが、絶対に最後までいくことはない。
やがて、沸騰寸前までいくがそこで平静に近いところまで突き落とされる。そして、また快感が沸き起こっていく。
それがまだずっと繰り返しているのだ。
「一度、尻で気をやれば身体の媚薬は中和されて抜ける。ただ、数刻で媚薬の影響は復活し、またその熟れきった身体に逆戻りだ。その度に、その道具で尻をほじらなければならない。いまの状態が良ければ別だけどね。その霊具をつけている限り、お前が妖魔だろうが半妖だろうが人間だろうが、わたしの媚薬の効果からは逃れられないよ」
「い、嫌です……。も、もう、これは嫌……ご主人様……」
朱姫は泣いてしまった。
「ご主人様、いい加減にしてあげたらいいじゃないですか」
沙那が口を挟む。
「うるさいねえ。また、折檻されたいかい、沙那──。とにかく、やるんだよ、朱姫──。これからは日に三度その道具で自分を癒すんだ。お前の半分は妖魔だが、もう半分は人間の女だ。人間の女としては、お前は
「未通女?」
「男とまぐわったことはないだろうと訊いているんだよ?」
「な、ない……。そんなものはありません」
朱姫は頭を振った。
人間の男となど考えられない。
天教の法師が率いた村の男たちに両親を殺され、朱姫自身も殺されそうになった子供時代を思い出し、朱姫は身震いした。
あのとき、母親を殺す前に、あの男たちは獣のように、母を犯したのだ。
母親が犠牲になって、朱姫を逃す隙を作らなければ、幼かった朱姫まで犯されていただろう。
男に犯されるなんて、冗談じゃない──。
「お前の女の部分には、身体中に気持ちがよくなる場所があちこちにある……。だけど、その身体中の性器のどこよりも先に尻を開発してやるよ。面白いだろう? 未通女のまま、尻で欲情する尻奴隷になるんだ。本当に、これこそ、わたしの弟子に相応しい淫靡さじゃないかい───」
宝玄仙は愉悦に浸った笑い声をあげた。
しかも、なにが面白いのか宝玄仙は笑い続ける……。
この巫女は狂っている。朱姫は地面についたままの手を強く握りしめた。
「ご主人様……」
沙那は完全に呆れ顔だ。
「これからしばらくは、朝昼晩、食事の後に尻で自慰をするんだ。そのうち、嫌でもお前の尻は快楽を覚える。そして、尻が一番の場所になる。その尻棒はお前を癒してくれる大事な道具だ。ちゃんと洗って手入れするんだよ、朱姫」
朱姫は歯噛みした。
自分がこれから世にも浅ましい身体に作り直されようとしていることはわかった。
その朱姫の身体を温かいものが触れた。
「まあ、仕方なさい。あたしたちのご主人様はこんなんなんだ。とにかく、お尻だっていいじゃないか」
「そうね……。大丈夫よ、朱姫……。わたしたちに任せて。もうなにも考えないで───」
孫空女と沙那だった。
地面にひれ伏したままの朱姫を孫空女と全裸の沙那が、両側から両手で抱いてくれている。
「孫姉さん? 沙那姉さん?」
すると、背後から下袍がまくられた。
孫空女が朱姫の股間に顔をつけようとしているのだ。
朱姫は、びっくりして、立ちあがって身体をどけようとした。
だが、それを沙那が手で押さえつける。
「朱姫、こんなもの馴れてしまえばどうということはない……。お尻だって気持ちいいよ。そして、気持ちいいのも、悪いもんじゃない」
「孫姉さん?」
「いいじゃない……。お尻が一番気持ちよくても……。わたしもそうよ……。あんな風にひねくれ者だけど、朱姫の処女を大切にしようとしているんだと思いましょうよ。わたしも、孫女も、ご主人様に無理矢理に大勢の男に輪姦させられたことがあるのよ。多分、そんなことはしませんよね──」
沙那が朱姫を抱いたまま言った。しかも、最後の言葉は宝玄仙に向かっている。完全は奴隷扱いだと認識していた沙那が、意外にも宝玄仙に強気の態度を示すのに呆気にとられた。
「ひねくれ者ってなんだい──」
宝玄仙が苦笑している。
そして、また、宝玄仙もそれほどに怒ってもいないのだと思った。
なんなんだろう。
この三人に関係は……?
「んひいいっ」
だが、その直後、朱姫の後ろの穴に衝撃が走る。
孫空女が朱姫のお尻の穴を舌で本格的に舐めはじめたのだ。
「う、うわ……うわあっ……うわあ───」
身体に甘美で圧倒的なものが走った。それがどんどん肛門から拡がる。全身を蝕んでいた疼きが、その愛欲の暴流と混ざり合い爆発する。
「朱姫、お尻が気持ちいいだろう?」
宝玄仙の声だ。
そうだ───。
お尻が気持ちいい。
孫空女が朱姫のお尻の穴を舐めまわしている。
その舌が朱姫のお尻を撫ぜるたびに背骨にまで響くような官能の波が朱姫を襲う。
「き、気持……ち、いい……です」
「だったら、お尻が気持ちいいと言いな……。いいというまで繰り返すんだよ」
「お、お尻が……気持ちいい……。お尻が気持ちいい……。お尻が気持ちいい……お尻が……」
朱姫は訳もわからずそれを繰り返す。
甘美ななにかが朱姫を包む。
「もう、ご主人様は……」
沙那はぶつぶつ言っているが、溜息をしただけで、それ以上は宝玄仙に意見をするつもりはないみたいだ。
その代わりに、朱姫をぎゅっと抱き締めてくれる。
一方で、朱姫の下袍の中に顔を潜り込ませている孫空女が朱姫のお尻を執拗に舐め捲る。
「あ、。ああっ、あああっ」
朱姫はせりあがった快美感に甘い声をあげた。
「朱姫……いくよ───。力を抜いて……。あれっ? これって、自然に棒の周りになにか油剤のようなものが出てくるよ」
朱姫の下袍の中の孫空女の声が聞こえた。
「便利なものだろう。おかしなものじゃないよ。ただの潤滑油だ。朱姫のお尻を痛めないようにね。朱姫のために作った尻棒だ」
宝玄仙が高笑いした。
それに対して、孫空女がなにかを言ったみたいだ。
でも、もうなにもわからない。
とにかく、お尻が気持ちいい。
「……気持ちいい。お尻が……───。あぐっ───」
朱姫のお尻の穴に、なにかが突き挿さった。
痛いと思ったのは一瞬だった。
魔具が朱姫の肛門深くに挿入される。
棒の圧迫感が朱姫の全身を蕩けさせる。
「……お尻が気持ちいい……。お、お尻が……気持ちいい……。お尻が気持ちいい……。お尻が気持ちいい……お尻が……。お尻が気持ちい……いいっ……」
朱姫のお尻に入ったものがゆっくり優しく前後する。それによって走る快感の波に合わせて、朱姫は命じられた言葉をただ繰り返した。
朱姫になにかがのぼってくる。
信じられないなにかが朱姫の身体を包む。
それは、待ちに待ったもの───。
この数日、朱姫が望んでいたものだ。
それがこれだったのだ。
どんどんそれが身体中に拡がる。
そして、脳天を焼け焦がす。
「お……じ……り───が……ぎ───も───じ───いいっ───」
頭が真っ白になった。
そして、すべてが、その白い光に包まれた。
*
「これが、
宝玄仙に朱姫はそう説明した。
朱姫が『魔板』から出したのは、真っ黒い羽毛で全身を覆われた雌の使徒だった。
もっとも、人間の乳房に当たる部分も黒い羽毛の下に隠されている。
腕もあるが背中には大きな翼もある。額の上あたりに、ほんの小さな突起がある。角なのだろう。
鳥妖だ。
いずれにしても、朱姫の使徒の術は、正直にいえば、宝玄仙でも舌を巻く。
目の前の奏という鳥妖にしろ、あの猪公にしろ、鳴門にしろ、おそらく、本来は魔力が弱すぎて、肉体を保つことができない妖魔の成りそこないなのだろう。
本来であれば、そのまま自然の中に溶け込んで終わるだけのはずだった存在だと思う。
朱姫の術は、それを「命」として取り込んで、限られた時間だけのようだが、こうやって、具象化して表に出すことを可能にしたものだ。
しかも、鳴門という巨大な栗鼠のような使徒は、朱姫の固有の能力である「移動術」までも憑依させている。
高位道術師の証である「移動術」も使いこなすし、操心術については、おそらく、宝玄仙の能力を上回る。
実際にすごい道術使いだ。
それでいて、半妖のせいなのか、通常なら道術師だったらすぐにわかる身体に帯びる霊気がわかりにくく、道術を扱う存在であることが宝玄仙でも見破れない。
大したものだ。
一方で、朱姫の身体は熱い。頬も火照っているのがわかる。
まだ、尻で自慰をしなければならない時間ではないが、だんだん欲情で身体が疼いてきたみたいだ。
尻で気をやることを教えた最初の夜、最初の尻への張形の挿入で朱姫は気を失う程の快感を覚えさせた。
そして、朝起きた時と昼食の後にも、宝玄仙の与えた道具で、沙那と孫空女にお尻への癒しを受けさせた。
それで熱病人のような状態からは解放させた。
それから、この数日───。
宝玄仙は、朱姫に宣言したとおりの「尻自慰」を続けさせている。
それをしなければ欲情した色情狂のようになってしまう仕掛けにしている。
朱姫は命令に従うしかない。
ところで、ここまで身体が熱く疼く理由について、朱姫は媚薬を飲まされていると思っているようだが、実は朱姫を定期的に欲情させている正体は首に巻いた魔具だ。
それが朱姫を発情させているのである。
そして、首に巻いた魔具と朱姫に与えた肛門用の張形の魔具が連動し、肛門で達すると一時的に首の魔具の影響が朱姫の身体から抜けるというわけだ。
だが、時間が経てば、再び欲情に朱姫は苦しむことになる。
これを仕掛けている限り、朱姫は尻で欲情する変態女の身体になるしかない。
いや、もう、なっている……。
いま、ほんのりと上気してきたのは、そろそろ中和された媚薬の効果が沸き起こっているのだろう。
後数刻もすれば、それは本格的な情欲の熱となって朱姫の中で暴れ回るはずだ。
嗜虐者としては、そこそこの腕を持つ朱姫だが、被虐される女としては初心で開発されていない───。
その朱姫の肛門を宝玄仙は開発してやるつもりだ。
そのうち、朱姫はお尻という異常な性行為しか受け付けない身体になってしまうかもしれない。
それが愉快だ。
「お前が奏かい?」
宝玄仙は、思念をやめて、朱姫が出した鳥妖に訊ねた。
「そうだよ───。お前は誰だ?」
「宝玄仙だよ。お前の主殿の主人だ。お前はわたしの命令に従うね?」
「あたしが従うのは、
「だけど、その朱姫の主人がわたしなんだよ」
宝玄仙は言った。
「朱姫とは誰だ?」
「朱姫とはあたしの新しい名だ」
朱姫が横から口を出した。
「主殿の名か?」
「そうだ、奏───」
「じゃあ、あたしが従うのは主殿の朱姫だけだ」
鳥妖は言った。
「ねえ、奏───。この人はあたしのご主人様よ。あたしの命令だと思って、この人のいうことに従うのよ」
「あたしが従うのは、主殿の朱姫だけだよ」
鳥妖は
その表情には困惑の色がある。
「ねえ、ご主人様、こんなものです……。猪公にしろ、鳴戸にしろ、この奏羽にしろ、あたしの術が生み出しているのだから、そんなに頭は良くないんです」
朱姫はそう言って肩をすくめた。
「まあ、いいさ……。お前がわたしの言う命令をそいつらに伝えればいいのだからね」
このところは十日以上も続けて野宿だ。
さすがに、そろそろ湯浴みをして身体の汚れを落としたいし、地面の上ではなく柔らかい寝台の上で眠りたい。
沙那、孫空女、朱姫の三人の女の供は、野宿もそんなに苦にはならないようだが、宝玄仙はさすがにこれ以上の野宿はつらく感じていた。
いずれにしても、今日一日歩いても里らしい里は見つけることができなかった。それで朱姫の「使徒」を使って、この一帯を探らせることにしたのだ。
「じゃあ、
朱姫が命令すると、奏羽はばたばたと羽根をはばたかせて空に舞いあがっていった。
「空を飛べるというのは便利なものだねえ……」
あっという間に空に消えていった奏羽が向かった先に視線をやりながら宝玄仙は言った。
「使徒というのは、妖魔とは違うものなのかい?」
孫空女だ。
「妖魔ですよ、孫姉さん。ただ普通の妖魔が独力で生きていけるほどの魔力を自分で蓄えられるのに対して、使徒は魔力を妖魔や魔術遣いを通じてしか得ることができません。使徒を支配する妖魔や魔術遣いの能力によって違いますが、あたしの使徒は普段は板の中にでも憑依させて眠らせていないと、生きていけません……」
「板ってなに?」
「これです」
朱姫は懐から擦り切れた一枚の板切れを出した。
「この板一枚にあの猪公や鳴戸も、あの奏も眠っているの?」
沙那が口を挟んだ。
「そうです、沙那姉さん?」
「猪公と鳴門も出してみな、朱姫」
宝玄仙は言った。
猪公とは、通常の人間の倍ほどの巨大な猪の化け物で、鳴戸は人間の大きさに近い栗鼠の化け物だったと記憶している。
しかし、この二匹を使って朱姫が沙那を浚ったときには、孫空女があったという間にやっつけたので、よく考えれば、あまり見ていない。
「はい」
朱姫は板を顔の前にかざすと息を吹きかけた。
すると、そこに猪の化け物と栗鼠の化け物が出現した。
「これは、主殿……。あっ───」
「おう、こいつは───」
猪公と鳴戸は朱姫に向かって話しかけようとしたが、視線に孫空女が入ると、頭を抱えて板の中に戻ろうとする仕草をした。
「怖がらなくていい、猪公に鳴戸───」
それを慌てて朱姫が止める。
背丈の変わらない鳴戸はともかく、十尺(約三メートル)はあろうかという巨大な猪公が自分の半分の大きさもない孫空女を怖がって頭を隠す姿は滑稽だ。
「紹介するよ、お前たち───。これはあたしの新しい旅の仲間だ。こちらがご主人様の宝玄仙様。そして、こっちは孫姉さん、こっちが沙那姉さんだ」
朱姫がそれぞれを紹介する。
二匹の使徒は恐る恐るという感じで、きょろきょろと視線を泳がせた。
朱姫は、さらに自分が朱姫と名を改めたことも説明している。
「じゃあ、あの高家で暮らすのは、終わったんだな?」
鳴戸が大きな尾を振りながら喉の音を鳴らした。
「そういうことだ。あたしたちはこのご主人様の供として、西域に行くことになった。当分は、また旅の生活だから、お前たちの力を借りることも多くなると思う」
朱姫は言った。
「こいつらはなにができる、朱姫?」
宝玄仙は言った。
「はい、ご主人様。猪公は見た通りの馬鹿力です。それと見た目の恐ろしさが武器です。ただ気が弱く、戦うことは実は苦手です。鳴戸は『移動術』が使えます。それに戦うこともできます。実際に戦うことなら猪公より、鳴戸の方がましです。ただ猪公を見れば、大抵は戦わずして逃げていきますから使い道はあります」
「俺は『移動術』のための結界ならあっという間に刻めるね。そして、結界と結界ならあっという間に移動できるね。まあ任せるね」
鳴戸が喉を鳴らす。
「俺は荷物持ちなら……」
猪公が言った。
「馬鹿言ってんじゃない、猪公。あんたみたいな馬鹿でっかい妖魔が、街道を歩いていたら、それだけで、あたしたちまで軍に討伐されるじゃないか。お前は図体がでかいから戦いに向いているんだ。その馬鹿力でなんでも振り回せばいいと、いつも言っているじゃないか」
「そんなあ、俺は怖いよ、主殿───。そんなこと……」
「お前ねえ……」
朱姫が両腕を腰に置く。
「まあ、待ちなよ、朱姫……」
孫空女が口を挟む。
「はあ、孫姉さん……」
朱姫が孫空女に視線を向けた。
「ねえ、朱姫、こいつらは、跳んだり跳ねたり、それとも、踊ったりはできるかい? それとも音楽とか」
「踊る? 音楽?」
意外な言葉に朱姫が驚いている。宝玄仙も孫空女の言葉を訝しんだ。
「こいつらに踊らせてどうするんだい、孫空女?」
「いや、ほら───、前に言っていたじゃないか、ご主人様。路銀のことだよ」
「路銀とこいつらが踊るのとなんの関係があるんだい?」
路銀については、すぐに解決しなければならない問題というわけでもない。
高太公から得た路銀もかなり残っている。
だが、いつまでも教団には頼るわけにはいかないからいつかは路銀も尽きる。
いつまで旅を続けなければならないかわからないし、自力で路銀を稼ぐ方法を得ることは必要だ。
「いや、踊るのはあたしでもいいんだ。使徒たちはほかの芸でもいい。あたしは剣舞ができるんだ。沙那は?」
「えっ……。わ、わたし?───」
突然に話を向けられて沙那も戸惑った声をあげた。
「剣舞なら踊れるわ。武芸家の嗜みのひとつだしね」
「そう言えば、
宝玄仙は思い出しながら言った。宝玄仙に捕えられる前の沙那は、帝都に近い愛陽という城郭の若い千人隊長だった。
県令からも信頼の篤い将校であり、若いが大勢の部下を持つ女隊長だったのだ。
そんな沙那に眼をつけた宝玄仙が騙して犯罪者に仕立て宝玄仙から離れられない立場にして、宝玄仙の嗜虐趣味の相手として旅の供にしたのである。
「だったら、あたしと合わせる練習をするさ。あたしと沙那が剣舞でも舞えば、そこそこの見栄えがすると思わないかい、ご主人様?」
「そりゃあ、お前ら二人は並ぶだけで、そこそこの見栄えがするとは思うが、舞をしてどうするんだい、孫空女?」
「金をとるんだよ、ご主人様───。みんなで旅芸人をするんだ」
「旅芸人?」
宝玄仙は声をあげた。
「なあに、あたしも盗賊をする前にやったこともあるけど、大した芸がなくても多少は稼げるよ。踊りなんてうまくなくてもいいんだ。天教の女法師の修行服みたいな短い下袍をはいて、あたしらが剣舞でもすりゃあ、食い扶持くらいは……」
「冗談じゃないわよ、孫女。わたしは嫌よ。それに、あれは天教の修行服じゃないわ。ご主人様が騙していたのよ」
声をあげたのは沙那だ。
それを聞いて、思い出し笑いしてしまった。
宝玄仙の旅の供である沙那と孫空女は教団幹部としての地位を与えてある。
しかし、実際に修行をしたことのないふたりは、修行服がどういうものなのかを知らなかったのだ。
それで、道中でどうしても教団施設に立ち寄る必要があった時には、本来は下に下袴(※ズボン)をはくはずの教団兵用の巫女服の上だけを着させていた。
恥ずかしい恰好とは思っていたようだが、沙那もそれも修行なのかと思い、我慢して短いスカートから脚を剝き出しにして過ごしていたのだ。
それが、怖ろしく破廉恥で滑稽な姿だったのだとわかったとき、沙那は怒りと羞恥で、卒倒しそうな衝撃を受けていた。
一方、孫空女については騙されていたとわかって怒ってはいたが、沙那のように激しい反応はなかった。
むしろ、いつも陰湿な責めばかりする宝玄仙にしては、大人しいくらいだと感じただけだったようだ。
「なんで? 身体を売って男から金を稼げと言っているんじゃないよ、沙那。ちょっとばかり脚でも見せてやれば、踊りなんてどうでもいいんだよ。あたしたちの脚を目当てに世の男というものは小銭くらい払うさ───。そんなのは、帝国領でもどこでも変わるもんか」
「あんな破廉恥な服を着て剣舞をするなんて嫌よ。それにわたしの剣舞は、ちゃんとした本格的なものよ。城郭に帝国貴族が訪れる度に披露していたのよ」
「本格的な舞で金を稼げるもんか。ちょっとばかり、ちらちらと見せればいいんだよ。減るもんじゃなし───」
「そういう問題じゃないわよ。無理矢理に辱められるんじゃなく、自分から大勢の人の前で恥ずかしい恰好をするなんて───」
「恥ずかしいって───……。なにも人前で裸になろうと言っているんじゃないよ、沙那。そんなのはあたしだって嫌だよ。でも、旅芸人の女なんて、大なり小なり同じようなことをやっている。そうやって身銭を稼ぐんだよ。それこそ、もっと裸に近い恰好で踊る踊り子もいるよ。そうやって稼がなければ生きていけないからね───。沙那だって愛陽の城郭にやってきていた旅芸人を観に行ったことくらいあるだろう? そいつらはお上品で少しも下品ではない芸をやっていたかい?」
「そりゃあ……」
宝玄仙は市井の旅芸人など縁がない。
だが、面白いことになったと思って聞いていた。
こいつらを辱める手段が増えるというものだ。
思いつく嗜虐の手段があり過ぎて、どうしても頬が綻ぶ。
「まあ、いよいよのときは孫空女に任せるさ。沙那もいいね」
宝玄仙は言った。沙那はしぶしぶという感じで頷いた。
「それで、使徒たちに踊りをさせるというのは、どういうことですか、孫姉さん?」
朱姫が言った。
「あたしと沙那のふたりの剣舞だけじゃあ、芸も飽きられてしまう。こいつらが踊りでもできたら出し物の足しになるじゃないか」
孫空女は言った。
すると、猪虚と鳴戸はお互いに顔を見合わせたかと思うと、朱姫の持つ板の中に消えてしまった。
「あっ───。待て、お前ら───」
「これは無理ですね、孫姉さん。さすがに主のあたしでも、あの様子じゃあ、芸などさせるのは無理です。それに妖魔は人間の敵───。城郭や農村になんか連れて行けば大騒ぎになるんじゃないですか?」
「じゃあ、朱姫、お前だ。なにか芸はできないのか?」
「あたしはなにもできませんよ、孫姉さん。あたしは半妖なのです」
だからなんだと言いたいが、朱姫にとっては説得力があると思っている言葉なんだろう。
「楽器かなんかは、朱姫?」
まだ、孫空女は旅芸人にこだわっているようだ。
「せいぜい竜笛くらいです」
竜笛というのは竹でできた笛だ。
「それはいいよ。出し物になる」
「いえ、孫姉さん、人に聴かせて満足させられるものかどうかわかりませんよ。自分のためにしか吹いたことがないですし……」
朱姫は困った顔をした。
「それよりも、孫空女……。真面目な話、お前たちの剣舞がどれほどのものかは知らないが、それだけじゃあ、旅芸人の一座の出し物としては寂しくはないかい? 朱姫に竜笛を吹かせるとしてもだ」
「そうだね、ご主人様。じゃあ、ご主人様になにか霊具を借りて、火を出すとか、水を出すとか……」
「孫女───」
沙那が大きな声を出した。
「なにさ、沙那───?」
「ご、ご主人様に旅芸人の出し物など手伝ってもらうわけにはいかないわよ……。芸事をやって、日銭を稼ぐなんていう仕事などとんでもない。わたしたちが、もしも旅芸人の真似事をするとしても、ご主人様には、そのあいだ、宿で待っていてもらうとか───」
聡い沙那は、人を集めて芸をするなどということに宝玄仙を巻き込めば、宝玄仙の嗜虐趣味がどういう風に暴発するのか想像できるのだろう。
そして、沙那は正しい。宝玄仙には大勢の観客の前で、恥辱の踊りをする沙那と孫空女が目に浮かぶようだった。
「心配ないよ、沙那……。お前たちばかりに苦労をさせるわけにはいかないね。できるだけ協力しようじゃないか。霊具も使ってね。お前たち用の霊具も準備しておくさ。きっと、淫靡さが増して、客も喜ぶことだろうさ」
宝玄仙は言った。
「ほらっ、孫女───。こうなったじゃない───」
沙那は顔を空に向けた。
「なにが“こうなった”なの、沙那?」
「ご主人様のあの顔よ。あの眼。あの口元───」
「あっ……」
孫空女もやっと困惑した表情になった。
いつの間にか、宝玄仙は客の前で辱められる三人の供の姿を想像して悦の表情をしてしまっていたようだ。
「やっぱり……、他のことを考えようか……」
「いや、面白い思いつきさ、孫空女───。しかし、帝国領のように大きな城郭と城郭を繋ぐ街道などないからね。どうしても険しい山河を越える旅になる。でも、大きな城郭に寄ることができれば、そうやって路銀を稼ぐのも悪くないさ」
孫空女は慌てた様子でなにかを言おうとしたが、それは、ばさばさという大きな羽根の音で遮られた。
朱姫が放った奏羽が戻ってきたのだ。
「二里(約二キロ)ほど先に、立派な建物があるね───」
奏が言った。
「いいね、じゃあ、今夜はそこに泊ることにしようか」
宝玄仙は立ちあがった。
「でも、断られたら?」
沙那が心配そうに言う。
「そのときは勝手にずかずかとあがるだけさ。文句でもいったら、ちょっとばかり沙那の剣で脅してやりな」
「そんな追剥のような真似ができるわけないじゃないですか、ご主人様」
「宿に応じてくれるかどうかは、頼んでみないとわからないよ───。まだ、頼んでもいないのに、断られたときのことを心配しても仕方がないだろう。さあ、行くよ、お前たち───」
宝玄仙は言った。