492 殺戮の檻
「殺してくれ……」
「た、頼む……情けをくれ……」
「うう……。も、もうやめてくれ……」
惨たらしい光景が牢の檻の外の拷問場所で続いていた。
いや、見させられている……。
許可なく眼を逸らしたり、悲鳴に耳を塞いだりしたりすれば、気紛れな五人の牢番に殺されるのだ。
自分だけのことならいい……。
しかし、同じ房に入っている四人ほどの鳥人族の女の虜囚も連帯責任で同罪ということになっている。
殺されるのは当人だけかもしれないし、同じ房のほかの者かもしれない。
とにかく、死なないためには、お互いに監視し合って眼の前の残酷な光景を凝視しなければならないのだ。
ここは十日ほど前に占領した
地下牢には中央に拷問のためのかなり広い場所があり、それを取り囲むように十個ほどの牢が円形に作られていた。
つまり、この地下の層には、中央部分に囚人を拷問する施設と牢番が喫居をする空間があり、それを丸く囲む壁に沿って囚人が監禁される檻の房があるのだ。
その円形の檻の房の全部に捕らえられた鳥人族の戦士が分散して監禁されている。
十個の檻の房のうち半分が女戦士の牢であり、残りが男の戦士だ。
牢の並びは円状になっているので、貂蝉のいる檻からでも、中央の広場で行われる拷問の様子や鉄格子越しにほかの檻を見ることはできる。
いま生き残っているのは、四十人というところだろうか……。
貂蝉は生き残りの鳥人族の中では一番若く十六歳だ。
同じくらいの若者はもうひとりいた。
貂蝉とは幼馴染みの少年だ。
しかし、彼は鳥人族隊が
おそらく、そのときに受けた傷ですでに死んだのだと思う。
鳥人族隊の勢力は、もともと魔凛以下約百名だった。
それが、わずか数日で生き残りは半分以下になっている。
「こ、殺してくれ……た、頼む……」
「け、剣で胸を刺してくれ……。もう、許してくれ……」
貂蝉がほかの者とともに房の鉄格子越しに見させられているのは、三人の鳥人族の男戦士に対する残酷な光景だった。
中央の広い拷問場所の天井から両方の親指だけに枷をつけられて、それぞれ一本の鎖で三人の鳥人族の男の戦士が宙吊りになっている。
耳を塞ぎたくなるような呻き声は、その彼らのものだ。
宙に浮いてぶらさがっている両足の親指にも枷がつけられて、さらに足指の枷には大きな鉄の玉がぶらさがっていた。
しかも全裸だ。
五人ほどいる牢番によって、彼らが檻の房から引き摺り出されるときに、いまの恰好で指吊りにされる前に囚人服を全部剥がされたのだ。
しかも、全裸にされた後で全員が手足の骨を大きな金槌で折られている。
そうやって抵抗できない状態にして、亜人兵の牢番たちは、三人を天井から足の指に重りを付けて吊るしたのだ。
「し、死なせてくれ……」
「許してくれ……」
哀れな鳥人族の男たちが弱々しく繰り返している。
同時に、あちこちの房からはすすり泣きの声もする。
同族の無惨な仕打ちを強制的に見させられて、なにもできない無念さによる涙だ。
貂蝉もまた、同じ房の歳上の女たちと一緒にすすり泣いていた。
「どのくらいで、肉棒は切断されるんだ……? いかさまはしてないだろうなあ、
「どうやって、いかさまするんだよ。あの革紐の霊具を準備したのは俺だが、それぞれ囚人の珍棒に装着させる革紐を選んだのはお前らだろうが」
宙吊りの鳥人族の男戦士の前に集まっている五人の牢番たちがそんなことを会話しているのが聞こえた。
指吊りにされている三人の囚人の股間は、薬剤によって強制的に勃起させられている男性器がそそり勃っていた。
その勃起した肉棒の根元に、牢番たちは、乾けば時間とともに収縮して完全に圧縮して縮んでしまうという道術のかかった革紐を根元で強く縛ったのだ。
しかも、三人の前には、少しでも早く革紐が収縮するように篝火も置かれた。
五人の牢番たちは、そうやって、三人のうちの誰の性器が最初に切断して落ちるかということで賭けをしているのだ。
別になにかの訊問をしているとか、そういう訳ではない。
牢番たちはここで鳥人族の囚人を監視する役割しか与えられないらしく、この地下牢に入れられて以来、誰もなにも訊問などされていない。
その代わり、目の前の光景のように、ただの暇潰しのために拷問をされて殺されるということが続いている。
三人の男囚だって、牢番たちが外に行って酒を調達する者を決めようかということになり、そのための賭けの手段として、ああやって吊るされて惨い仕打ちをされただけだ。
三人の男の戦士たちが吊るされて数刻になるが、彼らの性器は全体が大きく膨らんでいるのに、根元の部分だけはほんの小指ほどまで絞られている。
色は紫色になっていて、それがだんだんと濃くなりつつある。
そんな光景だが少なくとも、凝視している態度をとらなければならないのだ。
眼を逸らしているところを見つけられると、その房の中の誰かが殺されるのだ。
眼を逸らした虜囚が選ばれて殺されるとは限らない。
誰が死ぬかは牢番たちのまったくの気紛れだ。
彼らはそうやって、お互いを監視させるように仕向けようともしているようだ。
三人の鳥人族の男の裸身には、鳥人族の象徴である背の翼はない。
全員の翼は、鳥人族の隊がいた人間族の行政府が、大旋風の隊に急襲されて一網打尽に捕らえられたときに切断されていた。
鳥人族の翼は鳥人族の誇りの象徴であるというだけではなく、霊気の源でもある。
霊気源を失った鳥人族の百人近い戦士は、そのままここに連れて来られて、分散して牢に入れられたのだ。
鳥人族の戦士は総員百名ほどだったが、翼を切断されたときに誤って致命傷を負わされた鳥人族が二十人ほどおり、彼らはこの地下牢に連れてこられる前に死んだらしい。
とにかく、貂蝉がここに連れられたときには、全部で八十人ほどしかいなかった。
そして、さらに次の日の朝までに、翼を切断されたときの傷が原因で十五人ほどが死んだ。
各牢には切断された傷を瞬時に治療するための「魔薬」が準備されていたのだが、その量が明らかに不足していたのだ。
わずか十六歳でもっとも歳若の女戦士の貂蝉は、ほかの戦士たちから優先的に薬を回してもらえたので、もう完全に傷は快復しているが、傷薬を他の者に譲って手当をしなかった者がかなりいて、彼らが翌朝までに死んだのだ。
ほかにも傷薬が十分でなかった多くの戦士は、いまだかなりの衰弱をしている。
傷薬が不足して死んだ鳥人族の戦士は全員が男の戦士だ。
女戦士は三十人ほどだったが、女が入れられた房にあった「魔薬」は比較的十分な量があって、ある程度の量を補うことができたのだ。
それに比べれば、男の戦士の入れられた房には少ない量の治療薬しか準備されていなかったようだ。
いまにして考えると、それは監禁する鳥人族の人数を減らすために、意図的にされていたのだと思う。
そもそも最初にこの地下牢に道術をかけられて連れてこられたとき、三十人しかいない女戦士に十個の房のうちの半分を割り当てて、残りの半分に多くの男戦士を詰め込んだ。
おそらく、最初から男囚は半分以上を衰弱死させるつもりだったのかもしれない。
それにしても、どうしてこんなことになったのだろう?
貂蝉にはまったくわからない……。
なにも教えられることなく、青獅子軍から配置された亜人兵の牢番たちから、ただ理不尽に屠殺されるということが続いているだけなのだ。
貂蝉はこれが初陣だった。
鳥人族の女戦士として、ほかの者と同じように魔凛に従ってこの遠征に参加した。
戦士として育成された鳥人族は、男であれ女であれ、十六歳くらいになれば初陣に出る。
貂蝉がこの戦いに加わったのは、たまたま初陣の時期とこの遠征の時期が重なったためであり、特段の理由はない。
それがまさかこんなことになるとは、夢にも思わなかった……。
遠征の目的は、
もっとも、戦いの詳しい理由や背景を一介の戦士であり、ましてやこれが初陣の貂蝉に教えられるわけでもなく、貂蝉はほかの鳥人族の者とともに、魔凛隊に加わって遠征軍の主力を構成する青獅子軍に援軍として加わっただけだ。
そして、獅駝山系に人間族の軍を引き込んだ殲滅戦で戦い、そのまま人間族の南辺の領域の中心であるこの獅駝の城郭を包囲した。
人間族の長は獅駝山系の戦いのときに戦死したらしく、獅駝の行政府をまとめていたのは、その妻の
その女が降伏して、獅駝の城郭は亜人軍の支配するところとなった。
それから先で起きたことは貂蝉の理解を超えている。
貂蝉は魔凛隊の一員として、この城郭を実効支配するために、人間族の行政府を軍営として接収して入ったのだが、その軍営が突然に大旋風隊に襲撃されたのだ。
理由はいまでもよくわからない。
おそらく、鳥人族隊の長でもあり、遠征軍全体の総司令官でもあった
この牢に入れられたあと、『映録球』という霊具によって、あの魔凛が嗜虐される光景が、立体映像で繰り返してここで流されたからだ。
おそらく魔凛が失脚した……。
それで魔凛が率いていた鳥人族の隊が全員捕らわれた……。
類推できることはそれしかなく、ほかの大人の鳥人族の虜囚が話していることも、概ねその通りだった。
そして、ここに入れられてまだ数日だが、男囚たちの人数はおよそ半分になっている。
眼の前の場所で連日繰り返されている牢番たちによる拷問で、どんどんと数が減っているからだ。
それに比べれば、女囚たちの数の減りはまだまだだ。
牢番たちに犯されるくらいで、殺されるところまではなかなかいかないからだ。
それでも十人ほどは強姦の最中に死んだ。
二日ほど前に首を絞めながら女陰を犯せば、性器が絞られて気持ちがいいと牢番の誰かが言い、それをしばらく試すということがあったからだ。
幸いにも貂蝉は、二度ほど犯されただけで、まだ酷い扱いは受けていない。
もっとも、それもいつまで続くかわからない。
牢番たちの鳥人族の虜囚に対する扱いを見ると、青獅子軍による鳥人族の一隊への仕打ちは、最終的には自分たちを皆殺しにすることが目的だとしか思えないのだ。
いずれにしても、そうやって鳥人族の戦士の数は減っていった。
毎日のように面白半分で男の戦士が拷問の末に殺されて、女の戦士は犯される。
それが続いている。
「それで、どれくらいで性器が切断されて落ちるんだ、瑛毘?」
「まあ、革紐に抵抗する勃起の強さにもよるが、道術がかかっているから五刻(約五時間)もあれば十分だろうな……」
彼らの会話によれば、哀れな囚人たちが飲まされた媚薬は、余程に強力なものらしく、たとえ途中で男戦士が死んでも勃起は続くとか言っている。
そんな強力な媚薬を飲まされて勃起をさせられた性器の根元を道術のかかった革紐でどんどん根元を絞られているのだ。
しかも、あの三人はそんな仕打ちをされながらも殺してももらえないらしい。
性器が落ちたらすぐに切断面を治療させて、房に戻すのだとも言っている。
あの三人を男囚の房に入れるべきか、それとも女囚の房に入れるべきか、どうしようと冗談を交換するのを貂蝉は耳にしていた。
「まあ、酒でも飲みながら待つさ──」
牢番たちの誰かが言った。
彼らの周りには、とても五人では食べきれないほどの食べ物がある。
それをさっきから口にしながら彼らは車座になって酒盛りをしている。
あの食事量から考えると、おそらくあれは鳥人族の虜囚のためのものだと思う。
しかし、その食べ物のほとんどを配ることなく、彼らはああやって自分たちで食べている。
各房に配られるのは、明らかにひとりかふたり分の量しかないと思われる量だけだ。
大部分はああやって真ん中に置かれて、亜人兵の牢番たちが、拷問や強姦をしながら自分たちだけで食べるのだ。
もちろん、全部食べきれるわけもなく、残ったものは捨てられる。
十個の房には食べ物が不足して飢えている者ばかりなのに、彼らは選んだ男囚に命じて広場の隅に穴を掘らせて残飯を捨てさせるのだ。
もちろん、捨てる食べ物の一片も囚人に与えられることはない。
「それにしても、さっきから真ん中のやつは喋らねえなあ……。死んだか?」
「死んだとしても賭けには影響ねえさ。そのまま触るんじゃねえぞ──」
誰かが言い、牢番たちの笑い声で地下牢が包まれた。
そのとき、上から誰かが降りてくる気配が聞こえて、貂蝉はなんとなくそっちに視線をやった。
ここの地下牢は、もともとは人間族の軍営の地下に作られているもので、貂蝉たちがいるのは最下層のようだ。
地上については、最初に連行されたときに見ていたので知っている。
もともとは人間族の軍営があった場所であり、青獅子軍のうちの一部がいまは駐留している。
もっとも、その数は多くはないはずだ。
青獅子軍の半分以上は、まだ郊外に展開したままであるし、城郭に入った隊も魔王宮となっている屋敷と元々は魔凛隊が占拠していた行政府にほとんどがいる。
この軍営府を含めて、ほかの主要な場所は分散して一部がいるだけなのだ。
少なくとも貂蝉たちが囚われる直前はそうだったし、数日経った現在でも、その状況に変化がないことは牢番たちの会話からわかった。
誰がやって来るのだろう……?
なんとなく貂蝉はそっちを見た。
この鳥人族の戦士が監禁されているこの地下牢に降りてくる者は、いままで決まった者しかいなかった。
一日に一度、食事を運搬しにくる亜人兵か、死んだ鳥人族の遺体を地上にあげるために降りてくる雑用人夫だ。
また、基本的にここにいる牢番たちは、この地下牢で寝泊まりをしていて、時折酒を買いに行く以外はほとんどここにいる。
つまり、ほとんどこの地下牢は人の出入りがないのだ。
だから、決まった者ではない誰かがやってくる気配に、貂蝉は意識を向けた。
そして、薄暗い階段を降りてきた人影を認めて、貂蝉は思わず叫び出しそうになった。
魔凛だ──。
真っ黒い上衣と膝までの丈の下袍を着ているが魔凛に間違いない。
魔凛が女の服を着ているのは初めて見たが、紛れもなく魔凛だ。
しかも、見たところほかに亜人兵はいない。
たったひとりだ。
『映録球』の立体映像の惨い光景から判断して、大旋風あたりに捕らえられていることを想像したが、いまはそうでもないようだ。
しかも武器を持っている。
腰に剣をさげて弓を担いでいる。
背には矢籠に入れたたくさんの矢を背負ってもいる。
思わず声をあげそうになり、貂蝉は慌てて自重した。
この房のほかの女兵もそうだし、ほかの房の者も気がついたようだ。
しかし、さすがにそれを態度に現す者はいない。
酒盛りをしながら、男囚の性器がいつ切り落ちるかという賭けに興じている五人の牢番たちは、地上から降りてきた者がいることすら気がついていないようだ。
魔凛が完全に階段を降りて、この地下牢の層の広場に降り立った。
矢を番えて弓を振り絞った。
その狙いの先には酒盛りをしている牢番たちがいる。
貂蝉は息を呑んだ。
魔凛が矢を放った。
続け様に三度──。
いずれも寸分の狂いもなく指で宙吊りになっていた三人の戦士の喉に突き刺さった。
「ど、どうして──?」
貂蝉は思わず叫んだ。
それが合図のように各房から爆発するような声があがる。
「おっ──? ま、魔凛──。な、なんで、ここに──?」
やっと牢番たちが魔凛の存在に気がついた。
慌てて剣を抜こうとするが、気が動転してうまく対処できていない。
魔凛が矢を肩に担ぎ直して剣を抜いた。
牢番たちに斬りかかる。
「ぐああっ──」
「ま、魔凛──、な、なんで──?」
次の瞬間、五人の亜人のうちのふたりの腕が剣を持ったまま魔凛の剣で斬り落とされた。
>ほかの三人は剣さえ持つこともできていない。
三人は恐怖の顔を浮かべて地下牢の奥に逃げ込んでくる。
最奥側には貂蝉を含む女囚たちの房がある。
貂蝉の眼にも恐怖の形相でこっちに逃げてくる牢番たちの姿がはっきりと見えた。
腕を切断されたふたりは、大量の血を流しながら地面でのたうち回っている。
魔凛は腕を切断されて地べたに這っているふたりの牢番のそばに立つと、剣を仕舞ってもう一度弓矢に持ち替えた。
矢をゆっくりと弓に番えると、身体の下の牢番の身体に引き絞る。
「ぐっ」
牢番の胸に矢が吸いこまれた。
眼を剝き出しにて身体を弓なりにして最後の息を吐く様子が見えた。
魔凛はまったくの無表情のまま、もうひとりの倒れている牢番にも矢を射て即死させた。
「ま、魔凛様──」
貂蝉は歓喜のあまり叫んだ。
なにが起きたのかわからないが、魔凛が救出に来てくれたのは確かだ。
ほかの房からも魔凛の名を呼ぶ声が一斉に湧き起こる。
魔凛は無表情のままで顔をあげて、こっちの房の近くまで逃げ込んできた残りの牢番に向かって視線を向けた。
「お、お前、なんでここにいるんだ──? 大旋風様のところからどうやって逃げて来たんだ──」
「た、助けてくれ……、ま、魔凛──。お、俺たちは命じられてやっただけで──」
こっちに逃亡してきた牢番たちは、魔凛に向かって叫んでいる。
しかし、魔凛は無視だ。
ただ弓を番えながらこっちに歩いてくる。
まったくの無表情だ。
「ぺちゃくちゃと喋んじゃないわよ。耳障りだよ──」
魔凛がやっと口を開いた。
そして、歩きながら矢を放った。
三人のうちのひとりの腹に矢が突き刺さる。
「ひいっ──」
「助けてくれ──」
「だ、誰か──」
魔凛が歩きながら次々に矢を射る。
牢番たちは束の間逃げ惑ったが、貂蝉の房の前で致命傷となる矢を射られて三人とも絶命した。
「ま、魔凛様──。信じていました」
「魔凛様──」
「魔凛」
牢番たちが全滅し、魔凛に対して歓喜の声があちこちからあがる。
助かったのだ……。
地上で起きていることには予想のしようもないが、なにかの変事が起きて、もう一度魔凛が権力を復活させたに違いない。
そして、監禁されている鳥人族の仲間を救出にきた……。
安堵したら全身の力が抜けた気がした。
同じ房の女囚だった女戦士たちも抱き合って喜んでいる。
その魔凛は牢番たちを追い詰めて、貂蝉のいる房のすぐ前まで来ていた。
それでふとさっき疑問に思ったことを思わず口にした。
「た、助けに来てくれてありがとうございます、魔凛様……。で、でも、なぜ、最初に拷問を受けていた三人を殺したんですか?」
「慈悲よ──。彼らは死にかけていた……。それにあんな仕打ちをされて生きながらえるなんて戦士の恥だからよ」
魔凛は言った。
びっくりするくらいに冷たい言葉に貂蝉は息を呑んだ。
魔凛は冷たい女だと称されているが、それは他種族に対してだけで、同族の鳥人族には温かい気持ちで接してくれる若い指導者だったのだ。
だから、意外な同朋への冷酷な言葉に貂蝉は当惑した。
そのとき、貂蝉は魔凛がまったくの無表情であり、むしろさっきよりも険しい顔をしていることに気がついた。
「ま、魔凛様──。房の鍵は牢番が持っています」
貂蝉と一緒の房にいる女戦士が叫んだ。
なぜか、魔凛がなかなか動こうとしないからだ。
もたもたしていれば、この地下牢の異変に気がついて、地上から隊が降りてくるかもしれない。
それとも、地上はそんな心配はいらないような状況なのだろうか……。
魔凛は振り返って、なにかをじっと見つめたままだ。
貂蝉は、魔凛が見ているのが牢番たちのところに放り投げてあった『映録球』だとわかった。
一日に一度、牢番たちはあれに記録されている立体映像を流して全員に鑑賞させる。
逆らえば罰だ。
そうやって、貂蝉たちは魔凛が泣き叫びながら大便をする光景を毎日観させられたのだ。
「あんたたちは、あれでわたしの映像を見たのね……」
やがて、魔凛が言った。
それは質問というよりは、独り言のようだった。
誰かに訊ねているという口調ではなかったので、誰も答えなかった。
ほかの房の者には、魔凛の呟きさえも聞こえなかっただろう。
魔凛は牢番から鍵束を取る気配もなく、弓矢を担いだまま貂蝉のいる房の向かい側の男囚の房に向かっていく。
「ま、魔凛様……?」
貂蝉は矢を番えて反対側の房に歩いていく魔凛の姿を呆然と見送った。
それから阿鼻叫喚が始まった。
魔凛が鉄格子越しに、房の中の囚人に向かって次々に矢を放ちだしたのだ。
思わぬ魔凛の行動に地下牢全体が騒然となった。
房に閉じ込められている鳥人族には、鉄格子の外から放たれる矢を防ぐ方法はない。
悲鳴と懇願──。
そして疑念の叫びの中で、次々に各房の中の鳥人族が魔凛の矢によって殺されていくのが、貂蝉の房の中から見えた。
「ま、魔凛様、おやめください──」
貂蝉はほかの鳥人族とともに、魔凛に向かって叫んだ。
「うるさい──。わたしの恥を見た者はどいつもこいつも生かしておけないよ。全員、皆殺しにさせてもらうよ──」
魔凛が鉄格子越しに矢で鳥人族の虜囚を射殺しながら冷たく言った。