「駄目よ、宝玄仙……。逆らったりしたら……」
声がした。
宝玄仙は眼を開けた。
宝玉だ。
真っ暗な世界の中に、ぼんやりと宝玉が見える。
手足が短い……。
現実の世界で切断された手脚と同じ四歩脚の宝玉が宝玄仙を呆れたように見ている。
ここは「意識の部屋」と呼んでいる宝玄仙や宝玉の意識下のようだ。
どうやら、あの電撃で自分は気を失ったらしい。
だから、こうやって意識の世界にいるのだろう。
つまりは、現実の宝玄仙は誰も意識を支配していない気絶状態ということだ。
宝玄仙は自分も身体を起こそうとした。
しかし、うまく立てない。
宝玄仙は、この「意識の部屋」でも、外の世界の影響で宝玄仙や宝玉の手脚がなぜか短くなっていることを思い出した。
宝玄仙は胴体を回転させて四本脚で立った。
「ふん──。ちょっと、失敗しただけさ……。そのうち、逃げてみせるよ」
宝玄仙はうそぶいた。
「まったく、あんたは駄目ね。考えなしにも程があるわ。だいたい、扉まで辿り着いたとして、それからどうするつもりだったの? 沙那がいたら絶対に許さないような無計画さね」
宝玄仙とは異なり、宝玉は宝玄仙が表に出ているときのことを意識の中で反芻して知覚している。
だから、外で起きたことについて、宝玉は認識しているのだ。
それて比べて、宝玄仙は宝玉が表に出ているときのことをまったく知覚できない。
「うるさいよ、宝玉──。その沙那に合流しようと思ったんだよ」
「沙那がどこにいるのかも確かめずに?」
「動き回れば、沙那も見つかるかもしれないじゃないかい、宝玉」
「呆れた……。あなたって、本当にその場の感情だけで動くのね」
宝玉は嘆息した。
「ふん、次はもっとうまくやるよ」
宝玄仙は言った。
「それに、彼らからは逃げられないわ。ご主人様たちからは……」
「なにがご主人様だよ……。頭がおかしくなったのかい、宝玉?」
宝玄仙は宝玉に視線を向けた。
そして、ぎょっとした。
宝玉の鼻に鼻輪がある。
ここは宝玄仙の意識の中のはずだ。
それなのに……
。
慌てて自分の顔を振って宝玄仙の鼻を確かめた。
宝玄仙の鼻には、いま、宝玉の鼻にあるような鼻輪はない……。
とりあえずほっとしたが、どうして、宝玉に現実の宝玄仙の身体がされているような影響が意識下の存在にも出ているのだろう……?
そう思って、ふと宝玄仙はこの四つ脚も同じだと思った。
考えてみれば、外の宝玄仙の手脚が切断されることで、なぜ、意識下の姿まで同じになったのか……?
「そう言えば、輪廻先生は、そろそろ本格的な豊乳の施術をすると言っていたわね……。わたしたちの乳房が牛のように大きくなるのかしら……?」
宝玉が言った。
その表情は虚ろだ。
ぼんやりとしてなにも考えていないように見える。
宝玉……。
「お、お前、しっかりしな、宝玉──。なにが、ご主人様で、なにが輪廻先生だよ──。あの糞婆と変態女をそんな風に呼ぶんじゃないよ」
「でも、そう呼ばないと折檻されるのよ──。わたしは折檻されたくないわ……」
なんとなく宝玉の口調は緩やかだ。
少し様子がおかしい。
「折檻するなら、させておけばいいさ──。お前、どうしたんだい?」
宝玄仙は叫びながら、はっとした。
宝玉の顔から生気が消えかけている。
連中の調教による影響が宝玉に現れている……?
宝玄仙は意識の世界でありながら、自分の背に冷たい汗が流れるのがわかった。
この六日……。
宝玄仙と宝玉は交替でここの亜人たちの調教を受け続けた。
その影響は、どうやら宝玄仙と宝玉では違うようだ。
宝玄仙はこのくらいの調教なら何年受けても、連中に屈服することはないと思う。
だが、宝玉は別のようだ。
わずか数日だが、宝玉は連中の嗜虐的な調教ですでに本当に家畜のように心を潰されようとしている。
だから、意識の中の世界の姿に鼻輪が出現するような影響が現われているのだろう。
宝玄仙はぞっとした。
だが、それはもしかしたら自分もそうではないだろうか……。
宝玄仙自身は気丈に抵抗しているつもりだったが、考えてみれば、宝玄仙もまた短く切断された手脚の影響が意識の世界に出ている。
それにしても、そうだと仮定すると、なにか不自然だ。
宝玉にしても、宝玄仙にしても、現実の世界の調教の影響が心に出るのが早すぎる。
なぜだろう……。
もしかしたら、なんらかの『縛心術』のようなものを掛けられているのだろうか……?
それなら話はわかるのだが……。
そう考えてはっとした。
薬物……。
道術に詳しい宝玄仙は、この世には人の思考力をだんだんと失わせる道術や魔薬というのもが存在することを知っている。
もしも、毎日の餌に混ぜて、思考力を失わせる薬物を飲ませ続けられているとすれば……。
それは、宝玉と宝玄仙の身体と思考を苛み、思考力を奪って、だんだんと考える力を失わせていく……。
薬物が宝玄仙や宝玉の心の抵抗を奪っているのだとすれば、宝玄仙も気がつかないうちに、いつの間にか従順な家畜に仕立てられているのではないか。
本当に魔法石の家畜にするのであれば、思考力など不要だろう。
だから連中は遠慮なく、その手の薬物を宝玄仙に飲食に混ぜて少しずつ服用させ、平素の調教に加えて、薬物でも家畜化を図っているのではないか……。
その影響が出ているとしたら、意識下のこの現象も辻褄が合う……。
しかし、その薬物の影響は、宝玄仙の宝玉の特殊な体質のために、均等には影響を受けずに、とりあえず、宝玄仙でなく宝玉を蝕んでいる……。
ぞっとした。
宝玉の虚ろさは、白痴化の薬物による影響に間違いないと思う。
そして、それはいつ宝玄仙に影響がやってくるかわからない。
「お、お前、しっかりしな、宝玉──。お前がいなければ逃げられるものも逃げられないだろうが──。気を確かに持つんだよ」
宝玄仙は怒鳴った。
「なに言ってんのよ、宝玄仙……。逃げるって、なに……? わたしたちは家畜よ……」
「しっかりしろと言っているだろう、宝玉──。逃げられるんだよ──。今日はちょっとばかり、わたしを舐めている連中に抵抗の素振りを見せてやりたかっただけさ──。いいかい、宝玉──。逃げる機会はいつでもあるんだ。わたしたちの股間に挿入されている魔法柱だ。それが脱出の鍵なんだ」
「魔法柱がどうかしたの、宝玄仙?」
宝玉が言った。
心なしか宝玉の顔色に赤みが差した気がする。
宝玄仙の強い言葉が宝玉の意識を少しは活性化して、宝玉の朦朧としている思考が少し戻ったのかもしれない。
「わたしたちの道術は、あの魔法石の存在により封じられている──。あの魔法柱が女陰にある限りは、確かに道術は遣えない。だけど、魔法石を作るためには、必ず魔法石に成長した魔法柱を新しい魔法柱と交換するために、股間から魔法石を取り出すという行為が必要だということさ」
宝玄仙は言った。
それは最初から気がついていた。
しかし、いままでの二回とも、溜まった淫情を解放してもらう圧倒的な快感に、完全に気絶させられてしまい意識を保つことができなかった。
だが、もしもそのときに、意識を保つことさえできれば、魔法柱が女陰から出た一瞬だけ宝玄仙は連中に反撃できる。
反撃の機会は常にそばにあるのだ──。
「無理よ。わたしには、攻撃道術は遣えないのよ。知っているくせに……」
「わたしがやるよ、宝玉。次に魔法石を取り出すときには、お前が外に出ている。もしかしたら、また限界を超えた快感で意識がなくなるかもしれない……。だけど、今度はすかさず、わたしが交替する。そして、次の魔法柱を入れられるまでの一瞬で、連中に道術で反撃する──」
「うまくいく、宝玄仙……?」
宝玉の意識がしっかりしてきた。
宝玄仙は宝玉の鼻から鼻輪が消えていることに気がついた。
やはり、そうだ。意識下の中で外の施術の影響が現れるのは、連中が密かになんらかの薬物のようなもので心の抵抗を奪っているのだ。
だから、心が抵抗力を取り戻せば、意識下の姿は元に戻る。
そのとき、宝玄仙はいつの間にか、自分の手脚が戻り、真っ直ぐに立っていることに気がついた。
宝玉は相変わらず四つ脚のままだが……。
「うまくいくさ……。とにかく、わたしたちふたりで頑張って、自由に意識を保つことをできるようにするんだ。次にうまくいかなくても、その次の機会がある。その次だって……。とにかく……。んん?」
不意に違和感を覚えた。
なにか、得たいの知れない……?
「ひっ、ひいっ」
突然に股間に強い刺激が発生したのだ。
なにがで股間をなぶられている……。
そして、あまりの気持ちよさに宝玄仙は四つん這いの身体でもんどり打った。
快感が強引に急上昇させられる。
「ど、どうしたの、宝玄仙?」
宝玉は唖然としている。
しかし、宝玄仙は応じるどころではない。
そして、この状態の検討もついた。 表の側にいる蝦蟇婆たちが、宝玄仙と宝玉の身体に悪戯をしているに違いない。
そして、その刺激が意識の世界に逃げ込んだ宝玄仙を伝わっているのだ。
ただ、宝玉に影響がない理由はわからない。
「あら……」
そのとき、強い光がそばに当たった。
宝玄仙は口をつぐんだ。
身体の意識が戻ろうとしている。
宝玄仙か宝玉のどちらかが、表にでなければならない……。
「……また、無理矢理に覚醒されたようね……」
宝玉がぽつりと言った。
「わたしが行くさ」
宝玄仙は言った。
とにかく、いまの宝玉にはなにも任せられない。
ただでさえ、この刺激だ。
覚醒した側は、なにをされるのかわかったものじゃない。
「いいえ、わたしよ」
宝玉が前に出た。
お前じゃあ、また心を支配される……。
そう言って、宝玄仙は宝玉を押し避けようとした。
しかし、なぜか身体が動かない……。
さらに、あれほどに襲いかかっていた刺激が消滅した。
「あっ、ああっ、これは、ああ、許してえて」
宝玉が泣き叫んだ。
さっきまでの股間の刺激が宝玉に移ったのだろう。
「ま、待つんだ、宝玉」
宝玄仙は声をあげたが、すでに身体の支配権を宝玉に奪われた。
もう、宝玄仙には自由にならない。
そのあいだに、宝玉が光の中に入ってしまった。
宝玄仙の意識は急速に無意識の中に引き込まれていく。
宝玉の意識が身体を支配したからだ……。
そのときだった。
ふと、この意識の空間に誰かの気配を感じたのだ。
宝玉?
いや、違う――。
すでに、宝玉は出ていき、表の世界だ。
だったら、誰――?
「誰だい――?」
宝玄仙は叫んだ。
しかし、宝玄仙の意識は急速に消えていく。
宝玉が本格的に覚醒してしまったのだろう。
失われる意識の中で、拡大する光の中に包まれる宝玉のそばに、黒い影の誰かが立っているのが見えた気がした……。