「
孫空女は声をあげた。
通天河というのは、人界と妖界を隔てる大河であり、さすがに孫空女もそこまでは旅をしたことはないが、その通天河の向こうは「亜族域」、あるいは、「妖域」、「魔域」といい、頭に角を持つ非人種たちが棲む場所のはずだ。
その非人種たちを総称して、こっちでは「亜族」、あるいは、「妖魔」、「魔妖」、「魔族」などとも呼ぶが、それは、彼らが人間族と異なり、「魔術」と呼ばれる不思議な術を駆使する種族であることからきている。
また、争いの絶えない危険な場所とも耳にする。
いずれにしても、妖域に行って戻る旅など、何年もかかる旅だ。
そんなに長い期間、あの変態巫女に同行するなど、冗談ではない。
そもそも、妖域に行って、戻って来れるのか?
孫空女は、沙那の言葉を疑った。
「希望を持ちましょう、孫空女」
沙那は嘆息した。
孫空女は、沙那の顔に、なにもかも諦めたような影があることに気がついた。
「まあいいや……。とにかく、そのうち、あいつは殺す。覚えておいてよ」
孫空女はきっぱりと言った。
沙那がくすりと笑った。
だが、急にその沙那の表情が一変した。
なにか伝えたいことがあるように、そわそわとした態度を取り始める。
「どうしたのさ?」
孫空女は訊ねた。
「うん……。そ、その……。言いにくいんだけど……。お、お願いがあるのよ……。そのう……」
沙那は顔を真っ赤にした。
孫空女は驚いた。
「わ、わたしの汚れをとって欲しいのよ……。か、身体のほとんどは自分で拭いたんだけど……。あ、あいつが、『
「あっ、そ、そうか……」
孫空女はなんで、沙那が困惑したような表情をしたのか意味がわかった。
どうやら、沙那は自分の乳首や股を孫空女にきれいにして欲しいようだ。
つまりは、あの変態巫女は、なにかの思いつきかなにかで、沙那自身が自分の乳首や局部に触ることができないようにしたらしい。
だから、沙那は自分では身体を拭けない。
それをきれいにして欲しいと、孫空女に頼んでいるのだ。
確かに、沙那の乳首の付近には、男の精液が固まったような白いものがこびりついている。
「だけど、あたし、これだし……。外せる?」
孫空女は、
「無理よ。あいつの道術よ。わたしが外せるわけないわ」
沙那は首を横に振った。
「だったら、どうしていいのか……」
孫空女も困って言った。
すると、沙那はますます、顔を赤らめた。
「そ、それが……。あいつが言うには、舌で舐め取ってもらえと……」
沙那が恥ずかしそうに言った。
孫空女は嘆息した。
「なるほど、そういうことか……。つまんない嫌がらせをするんだね、あいつも……」
孫空女は舌打ちした。
やっと、孫空女は、事の次第を理解した。
これは、宝玄仙が沙那を苛めるために仕組んだ嫌がらせなのだ。自分の乳首や股間を孫空女に舐めてくれと、沙那が頼まなければならないように仕向けて、沙那を困らせようとしているのだ。
孫空女が断れば、沙那は宝玄仙に折檻をされるのだろう。
とにかく、孫空女は、この心根の優しそうな沙那を困らせるつもりはない。
「いいよ、横になって」
孫空女は言った。
すると、沙那は「ごめんね」と口にして、岩の上に横たわった。
孫空女は沙那の上に覆いかぶさるようにして、白い汚れのついた沙那の乳首に舌を伸ばす。
根元を『女淫輪』の金属の糸で結ばれている沙那の乳首は、可哀想なくらいに勃起していた。
「うふうっ」
孫空女の舌が触れた瞬間、沙那がまるで電撃でも浴びせられたかのように、激しく身体を跳ねあげた。
「あっ、ごめん」
孫空女はびっくりして顔をあげた。
しかし、沙那は慌てたように、首を横に振った。
「ち、違うのよ……。が、我慢できると思ったんだけど……。じ、実を言うと、『女淫輪』を装着されているわたしの身体は、ほんのちょっとの刺激で激しく反応してしまうように敏感になっているの……。ふ、普段は、気を操って制御しているんだけど……。そ、そのう……。し、刺激を受けると……それができなくなって……」
沙那は申しわけなさそうに口にした。
また、沙那は、自分が激しく感じてしまう姿を見られるのが、ひどく恥ずかしそうだ。
孫空女は、あの変態巫女にこんなことを強要される沙那がとても可哀想だと思った。
そして、改めて、あの宝玄仙に対する憎しみを大きくした。
「……そんな顔をしなくていいよ。あたし、嫌じゃないから……。実のところ……、沙那みたいな可愛い子と愛し合うの……嫌いじゃないんだ……」
孫空女は、沙那が少しでも安心するように、にっこりと微笑みかけた。
沙那がちょっとだけ、眼を大きくした。
「本当だよ……。もしかしたら、あたしは男よりも女の相手をする方が好きかもしれない……。だから、そんな顔をしなくていい。ねっ、沙那」
孫空女が言い聞かせるように沙那にささやくと、やっと沙那がにっこりと笑い返した。
「ありがとう……。優しいのね」
沙那が身体の力をすっと抜いて、眼を閉じた。
孫空女はもう一度、沙那の乳首に口を寄せる。
男の相手と女の相手……。
女の方が好きかもしれないと沙那に言ったのは、沙那の心を楽にするためのまったくの方便ではない。
盗賊団を乗っ取る前、もっと若い少女時代を孫空女は旅芸人の一座ですごした。
そこでは、一座の信頼関係を作るために、毎夜のように乱交をするのが常だというところであり、孫空女もそこで最初の破瓜をした。
それから、ほかの座員と同じように性愛をしたが、その相手は男のときもあったし、女のときもあった。
だが、孫空女は相手が女のときの方がほっとしたと思う。
とにかく、男を相手にすると、大抵は乱暴だし、自分が気持ちよくなることだけで孫空女は気持ちよくないし、いつしか孫空女は、女の相手しかしなくなった。
孫空女は腕っぷしも強かったので、孫空女を無理矢理に襲う男の座員がいるわけもなく、二年余り所属した旅芸人の一座では、専ら女を相手にしてすごしたと思う。
「んんっ、んふうっ」
孫空女の舌の刺激に、沙那が懸命に歯を食い縛って耐えている。
そんなに我慢しなくてもいいのに……。
孫空女は、なんだか沙那のことが愛おしい気持ちになった。
両方の乳首の周りの掃除を終わり、孫空女は顔をあげた。
「脚を開いて」
孫空女はそれだけを言い、沙那の下半身側に上体を移動させる。
沙那は立膝をして左右に脚を開き、孫空女に身体を迎え入れるようにした。
だが、孫空女は少し驚いてしまった。
『女淫輪』の刺激を気功術で制御していると言ってはいたが、沙那の股間がはたっぷりの愛液で濡れていて、無毛の股間では女陰が熟れきったように真っ赤になっていたのだ。
これは、いまの乳首への刺激だけでこうなったわけじゃないだろう。
孫空女は思った。
ともかく、女淫輪というのは、四六時中、淫情させられる淫具と説明していたものの、これは大変なものだ。
よく我慢できるなあ……。
孫空女は息をのんだ。
「き、気にしないで……。わ、わたしの股は、『女淫輪』のせいで、いつもこんなものだから……。う、疼きを快感に結びつかないようには……制御できるんだけど、さすがに『女淫輪』が装着されている身体の部位そのものはだめね……」
沙那が恥ずかしそうに言った。
「いくよ……」
孫空女はそれだけを言い、沙那の身体に舌を伸ばした。
「はうっ」
いきなり、沙那が身体を弓なりにして大きな声をあげた。
激しい反応だ……。
とにかく、孫空女は少しでも早く、汚れを取り除いて沙那を楽にしてやろうと、男の精液がたくさんついている沙那の股に舌を這わせ続ける。
「ああっ、な、なに、ああっ、こんなときに……。ああっ、だ、だめええっ」
そのとき、急に沙那が不自然に激しく悶え始めた。
孫空女は驚いて、顔をあげた。
「わっ、なに、これ?」
沙那の腹から胸にかけて、赤い紋様が浮かびあがり、それが沙那の裸体を舐めるように動いているのだ。
そして、沙那は全身を真っ赤にして、まるで毛穴という毛穴から一斉に汗が噴き出したかのように、一瞬にして汗びっしょりになっている。
「こ、こんなときに……。あ、あいつめ……。くうっ」
沙那が苦しそうに、自分で両手を股間と乳房にやろうとした。
だが、それは寸前でぴたりととまり、両手が硬直したようにとまる。
「ああっ、な、なんてことを……。ううっ、く、苦しい……はああっ」
沙那が荒い息遣いとともに呻いた。
しかし、どう見ても、沙那の姿は苦しいというよりは、異常なほどの淫情に襲われているという感じだ。
沙那は、動かない両手を宙に浮かべたまま、太腿の付け根をいやらしく擦り合わせる。
孫空女は呆気にとられた。
「ど、どうしたのさ、沙那──。ねえっ」
孫空女は声をあげた。
「い、淫情の呪い……。あ、あいつが仕掛けたのだと……お、思う……。あ、あんたの舌が……『女淫輪』に触れるのをきっかけにして……。わ、わたしの身体を発情状態に……うううっ」
沙那が悶えながら言った。
孫空女は驚いた。
とにかく、沙那が発作のような発情に襲われているのは間違いない。
それは、またもや、宝玄仙とかいう女法師の悪ふざけのようだが、それにしてもどうしたらいいのだろう。
「ねえ、どうしたらいいの、沙那?」
孫空女は声をあげた。
「い、一度、絶頂すれば、発作は収まるの……。い、いつもは、そうやって、わたしに無理矢理に自慰をさせて、あいつはわたしを笑い者に……。で、でも……」
沙那が呻いた。
その両手は沙那の股間と乳房の前でとまっている。
さっき、自分の局部などには、沙那自身には触れらないように暗示をかけられたと言っていたから、沙那は自分ではどうにもできないのだと悟った。
「わかった。絶頂させればいいんだね」
孫空女はもう一度、沙那の股間に顔を埋める。
さっきは、汚れをとるだけの舌の動きだったが、今度は沙那を昇天させるための動きだ。
孫空女は懸命に舌を動かした。
「んふううっ」
沙那が腰を突きだすように突きあげ、あられもない声をあげた。
随分と大きな嬌声だと、ちょっとおかしくなったが、そのまま、舌を動かし続ける。
やがて、尾を引く熱い息を吐きながら、沙那はがくがくと身体を震わせて絶頂した。
沙那の身体ががっくりと脱力した。
「はあ、はあ、はあ……」
沙那は肩で息をしている。
「大丈夫?」
孫空女は身体を起こして声をかけた。
沙那の身体に浮かんでいた真っ赤な紋様は消滅している。
絶頂をしたので、呪いが解けて発作が収まったのだと思う……。
すると、沙那がさっと両手で顔を覆った。
「わ、わたし……も、もう、死にたい……。一日中、身体をこうやって玩具にされ……。恥ずかしい目に遭わされ……。それでも抵抗できなくて……。みんなに痴態を見られ……。宿屋でも……街道でも……。立ち寄った城郭や村でも感じさせられ……。痴女だと蔑まれ……。それで、あんたにまで……。で、でも、死ぬこともできないの……。ううっ」
沙那が顔を両手で隠したまま、消え入るような声で言った。
その肩は震えていた。
もしかしたら、沙那は泣いているのだろうか……。
でも、死ぬだなんて……。
とにかく、孫空女は意を決した。
「さ、沙那──。あ、あたしの股も舐めて──。あたしをいい気持ちにしてよ──」
孫空女は思い切って言った。
「えっ?」
沙那はびっくりしたように、手をどけて顔をあげた。
その表情は、きょとんとしている。
その眼は真っ赤だ。
「いいから、して──。沙那だけずるい。あたしも気持ちよくなりたいよ。それに、沙那が恥ずかしいことをさせられるなら、あたしも同じ目に遭ってやるよ。だから、死ぬなんて言うんじゃない。あいつのことは、そのうち、あたしが殺す──。とにかく、うまくいえないけど、沙那はひとりにしないから──。だから、泣くな」
孫空女は怒鳴った。
「孫空女……?」
沙那が目を見開いている。
「いいから、沙那もして──。ほら、見て。沙那があんまり、可愛いから、あたしの股間も濡れているんだよ。あたしも、ここで沙那に気持ちよくしてもらって、いきたい──」
孫空女は仰向けになった脚を沙那に向けて開いた。
股が濡れているというのは本当だ。
あんなにいやらしい姿を見せられては、孫空女としても平静でいるのなんて不可能だ。
「あの……そ、孫空女……。あ、ありがとう……で、でも……」
沙那が当惑した声で言った。
「でも、じゃない──。いいからして。お願いだよ」
孫空女はもう一度言った。
なんで、こんな気持ちになったのかわからないが、ここでは沙那だけじゃなく、孫空女も恥ずかしい姿を晒さないと、沙那が可哀想だと思ったのだ。
言葉じゃない──。
態度で示す。
そもそも、孫空女は自分が馬鹿なのを知っている。
まともに、親に育てられたこともなく、もちろん文字だって読み書きできない。
そんな孫空女にできるのは、言葉でなく、態度で気持ちを示すことだ。
第一、沙那は可愛い。
男よりも、女が好きかもしれないというのは本当だし、沙那のように心根の優しそうな女を相手にしたいというのは嘘じゃない。
「そ、孫空女……」
沙那が起きあがって、孫空女の股間に顔を覆い被せた。
「んふうっ、あああっ」
沙那の控えめな舌が股間をすっと這い、孫空女はぞくぞくと身体を貫いた戦慄に、思わず顔を仰向かせた。
「ああ、沙那、気持ちいいよ」
孫空女は、思わず股間を沙那の顔に押しつけるようにした。
もともと、孫空女の両手は背中側で拘束されていたので、自然と腰が浮きあがるようになっていたのだが、それをさらに突きあげてしまったのだ。
沙那の顔に、思い切り腰を当ててしまい、孫空女ははっとした。
「ご、ごめん」
「いいの……。そ、それよりも……」
沙那が再び孫空女の股間に顔を埋めて、口づけをするように肉芽を吸ってくる。
孫空女は、襲ってきた甘い戦慄に耐えられなくなり、ぶるぶると身体を震わせた。
沙那の舌は、気持ちよかった。
ぴちゃぴちゃと水音が股間で鳴り、狼狽するような大きな疼きが全身を駆け巡る。
「はあっ……」
沙那が孫空女の股間の上で大きな吐息をした。
その息が微妙な刺激になり、孫空女はまた声をあげてしまった。
そして、沙那の舌の愛撫が続く……。
孫空女はますます、快感に耐えられなくなりよがった。
一方で沙那も、孫空女の股間で舌を激しく動かしながら、荒い息を吐き続けている。
沙那も興奮しているのだ……。
そう思うと、もっと沙那と深く愛し合いたいと思った。
「ね、ねえ、下になって……」
孫空女は身体を起こしながら言った。
「えっ?」
沙那は顔をあげて、当惑したような声を出したが、とにかく、孫空女に言われれるままに、孫空女と身体を入れ替えるように、岩に横たわる。
孫空女は、沙那に片脚だけを曲げさせ、自分の片脚を沙那の脚のあいだに入れて、膣肉と膣肉をぴったりと一致させるようにした。
むかし、旅芸人の一座のときに教わったことがある女同士の愛し方だ。
そのまま、女陰と女淫を擦りつけるように腰を動かす。
堪らない快感が走り抜ける。
「ああっ」
「んふううっ」
孫空女と沙那は同時に声をあげていた。
次いで、舌と舌を合わせる。
沙那の口の中は甘くて柔らかく、とても心地いい。
そうやって、孫空女と沙那はお互いの舌を絡め合い、乳房を擦りつけ合い、そして、股間と股間を密着して淫らにうねらせ合った。
「ああ、も、もう、いくわ、孫空女……」
「あ、あたしも──」
沙那の嬌声と淫らな身体の動きに引き摺られるように、孫空女も恍惚の極みに達した。
孫空女の身体の下の沙那が、弓なりにのけぞる。
沙那と孫空女は同時に昇天し、そのまま身体を重ねたまま、お互いに脱力した。
孫空女は、横になっている沙那の横に添い寝するように、まだ絶頂の余韻に襲われている熱い身体を横たえた。
しばらくのあいだ、ふたりで荒い息をした。
「また、身体を拭かないとね……。あんたもあたしも、汗びっしょりよ」
やがて、沙那がくすくすと笑いながら裸身を起きあがらせた。
孫空女も、拘束されている身体を捻って、上体を起こす。
「また、舌で舐めるかい?」
孫空女は軽口を言った。
すると、沙那が白い歯を見せた。
「もういいわよ。きりがないわ」
沙那が笑った。
屈託のない明るい笑いだった。
孫空女はちょっとほっとした。
沙那はそばの湧き水に布を湿らせて、まずは孫空女の身体の汗やお互いの体液などを拭いてくれた。
それが終わると、沙那は自分で身体を拭き始める。
相変わらず、自分の乳房と局部だけは、自分では洗うことができないようだ。
それについては、宝玄仙が『服従の首輪』によって、暗示を取り消さない限り、そのままのようだ。孫空女は、舌でなく、口で布を咥えて沙那の胸や股を拭いてやった。
感じやすい沙那は、それだけで悶えるような仕草をした。
「ありがとう、孫空女……」
改めて身体を拭き終わったところで、再び並んで座り込んだ。
すると、沙那が口を開いた。
「お礼を言われるようなことはないさ。あたしは気持ちよかった。ありがとう、沙那……。いずれにしても、くよくよと考えないことさ。気持ちいいことはいいことだ。そういうことにしとこう」
孫空女の言葉に、沙那がにっこりと微笑んだ。
よかった……。
さっきのように、なんだか思いつめたような影が顔から消えている。
少し元気が出たようだ。
「ねえ、あんたは、どうして、盗賊なんかに?」
沙那が訊ねた。
「あたしの生まれた場所なんて、とても貧しい農村でさあ……。少しでも不作になれば、すぐに口減らしで、子供は殺されたり、奴隷に売られたりしたんだ……。あたしが七歳のときも、どうしても税が払えなくなったときがあってね……。奴隷に売られかけたんだけど、そのまま逃げだしたのさ。でも、七歳の子供が生きていくには、盗賊にでもなるしかない……。まあ、いつの間にか、人のものを盗んで生きるようになってたよ」
孫空女は言った。
もともと、孫空女は親のない子供だった。
ふた親は流行り病で死んだということだったが、物心ついたときには、孫空女は名主の屋敷の庭に作られた小屋に預けられていて、村の全員の共同の世話になって育てられるという暮らしをしていた。
親のない孫空女のことを村人が同情して、みんなで育ててくれたということではない。
そうやって、親のない子供を確保しておいて、税の払えないときや不作のときに、人売りに渡して金子に変えるのだ。
つまりは、家畜と同じだ。
「奴隷? 奴隷というのは禁止されているわ」
沙那が当然の疑念を口にした。
確かに、この帝国全土を天教の教義が支配するようになって、罪のない者を奴隷にすることは禁止され、この帝国から奴隷制度は消滅した。
だが、それは表向きのことだけであり、実際には厳然と存在している。
女であれば、娼婦として売られて、事実上の奴隷として、定められた奉公期間が終わるまで自由を奪われ、男の性の相手をしなければならないということもあるし、天教の教義の浸透していないずっと西側の国に売り飛ばすということもある。
そこまでしなくても、「奴隷」という言葉を使わないだけで、金で売られて、奴隷扱いをされて生きている人間は、この帝国には溢れている。
沙那は、おそらく、この帝国の表の姿しか知らないから、奴隷など存在しないというのだろう。
「でも、禁止されていても、そいうこともあるのさ。そもそも、天教の最高位の巫女が、あれだしね」
孫空女は言った。
いまでも、あの宝玄仙が、天教の最高位である八仙のひとりであるというのは信じられないが、その宝玄仙からして、沙那を奴隷扱いだ。
沙那も、納得したように首を竦めた。
「……とにかく、それで五行山にやって来たの?」
「いや、もちろん、最初から五行山にいたわけじゃないよ。むしろ、それ以外の場所の方が長いさ。東帝国だけじゃない。諸王国を巡ったこともあるし、ほかの土地だって行った。盗賊だけじゃなく、生きるためにいろいろなこともやった。旅芸人の一座だったこともあるしね。五行山にやって来たのは、半年前さ」
「旅芸人?」
沙那が興味を抱いたような声をあげた。
「うん──。まあ、剣舞とかね。剣を持って、舞をするのさ。結構、稼いだよ」
「わたしも剣舞はできるわ。帝都からの貴人を前にして、剣舞を披露したこともあるのよ」
沙那が嬉しそうな声をあげた。
孫空女は苦笑した。
おそらく、沙那の剣舞というのは、きちんと修行をした本格的なものだと思う。だが、孫空女の剣舞というのは、裸に細い布を巻くだけで踊り、淫らな仕草をして客を悦ばせるというものだ。身体こそ売ったことはないが、それに近いものだ。
沙那には理解できないだろう。
孫空女は、細かい説明はやめた。
「いずれにしても、半年前にふらりと五行山に立ち寄ったときに襲われたんだけど、逆に前の頭領を叩き出して、乗っ取ってやったのさ。まあ、だけど、これで終わりだね。あんなこともあったし、もう頭領ではいられないしね」
孫空女は言った。
わずか半年だが、手下たちのほとんどは、若い女にすぎない孫空女のことを頭領としてやっと認めるようになってくれてきていたし、五十人以上はいる盗賊たちを飢えさせないようにするのは、それなりに大変だった。
放っておけば非道はするし、乱暴でどうしようもない連中だが、だんだんと彼らも孫空女を認めるようになってきていて、やっといい関係が築いていけそうだと思っていた矢先だった。
宝玄仙という狂い巫女にけしかけられたといえ、孫空女を夢中になって犯し続ける彼らの顔は、もはや、孫空女を頭領とは見ていないものだった。
別に惜しい貞操ではないが、なんとなく、裏切られたという無念はある。
「……ところで、あんたは、沙那? あの変態女は、あんたのことを地方軍の女将校だと言っていたと思うけど」
部下に輪姦されたという事実を思い出すと、口惜しさで涙が出そうになった。
孫空女は、慌てて話を沙那に振った。
「……そうね。確かに、わたしは、愛陽の城郭で軍の将校をしていたわ。これでも千人隊長よ」
沙那が言った。
孫空女はびっくりした。
千人隊長といえば、高級将校ではないが、下級将校ではない。地方軍であれば、千人隊長ともなれば、数名しかいないだろう。沙那が、地方軍では相当の地位にあった軍人だったということだ。
「……そこにあいつがやって来たのよ……。約一箇月前のことね。旅を始めたばかりのあいつがやって来て、愛陽の城郭に立ち寄ったのよ。たったひとりでね。あいつが八仙だというのは、愛陽では知られていたから、その訪問だということで城郭は、大きな騒ぎになったわ……。とにかく、滞在のあいだ護衛が必要ということで、わたしがその任につくことになったの。わたしには武芸の腕があるし、女のあいつを四六時中護衛するには、同じ女のわたしが都合がいいから……」
「それで、なんで、そのまま、供をすることになったのさ?」
孫空女は声をかけた。
すると、沙那は苦虫を噛みつぶしたような顔になった。
当時のことを記憶に思い起こしたのだろう。
「……天教の神事を頼まれたあいつが儀式に使う大切な霊具が紛失したのよ。全員で探し回り、やっと見つかったわ……。わたしの荷の中から……」
「それって、まさか……」
「ええ……。仕組んだのはあいつ……。でも、当時のわたしは、そんなこと夢にも思わなかった。それまでは、優しく接してくれてたし……。まさか、天教の巫女でありながら、女の身体にも興味がある変態だなんて……。だから、その後でわたしは、ころっと騙されたのよ──」
沙那が声をあげた。
その表情は口惜しさで歪んでいる。
「なにかあったの?」
「霊具がわたしの荷から見つかったことで、もちろん、わたしは連行されたわ。ただ、大抵の者は、普段のわたしを知っているから、わたしの無実の訴えを信じてくれた……。でも、そこにあいつが面会に来たの……」
「面会?」
「うん……。人払いしたあいつは、わたしに、ある霊具を受け入れれば、嘘がつけないことが証明されて、わたしの無実の訴えを全員が信じると言ったのよ。馬鹿だったわたしは、あいつの口車に乗せられて、その“嘘がつけなくなる”という霊具を受け入れたの」
「それって、まさか……?」
孫空女は、沙那の首に嵌められている銀色の金属の輪を見た。
『服従の首輪』だ。
もしかしたら……。
「そうよ──。その霊具というのが、この『服従の首輪』……。だけど、あいつの言うことは嘘だった。この首輪は、嘘がつけなくなるのではなく、どんなことでも服従させられる首輪だったのよ。この首輪で命令されれば、逆に嘘でも、わたしの口からは偽りの言葉が出てくる。そうやって、わたしは、あいつに逆らえない人形になり、罪を認める供述をしたわ」
「そんな……」
孫空女は唖然とした。
「首輪を嵌められたことも、道術で支配されていることを訴えることも、命令で禁止された。罪を犯したということになったわたしは、あいつの“とりなし”で流刑を免れ、あいつの供になって、罪を償うことになったの……」
「ひ、ひどいよ……」
孫空女は呻いた。
無実でありながら、自分が犯してもいない罪を自白するというのは、どんなに口惜しかっただろう。
しかも、完全に心を支配されるのではなく、心についてはしっかりと自我を保っているのだ。どんなに惨めで我慢ならないことだっただろう。
孫空女には、沙那の口惜しさが理解できた。
「わたしが愚かだったのよ……。そんな得体の知れない霊具を簡単に受け入れるなんて……。でも、わたしは天教のことを詳しく知っていたわけじゃない。人を完全に服従させる『服従の首輪』というのが、あり得ない霊具だと考えられていたのはわからなかった。それを知らないのは、わたしが無知のせいだと考えた……」
沙那の言葉がちょっと詰まったようになった。
かなり、感情的になってるみたいだ
孫空女は沙那が落ち着くのをを待った。
やがて、沙那が口を開き直す。
「……だけど、わたしだけじゃなく、城郭中の誰もが、首輪を見ても、それが霊具ということさえわからなかった──。そりゃあ、そうよ。『服従の首輪』なんていうのは、存在も知られていない禁忌の霊具だったのよ。だから、わたしの供述が突然に変化しても、それを不自然に考える者なんていなかったのよ」
「許せない……。沙那は、首輪のことを誰にも訴えられないのかい?」
「無理ね……。そういう術がかけられているわ。だから、誰にも、わたしがあいつに捕らわれていることさえ、口にできないの」
「でも、あたしには、話している……」
孫空女は言った。
「そうね。それは、ちょっと意外だった。多分、あんたは、あいつから直接に、首輪のことを事前に教えられたんで、例外なのだと思うわ」
「だけど、そんなものが存在するなんて」
「でも、装着するのも簡単ではないわ。この首輪が効果を発揮するのは、ある条件を満たしたときだけなの」
「ある条件?」
「この首輪を嵌める者が、“首輪を受け入れる”という言葉を発することよ。それを言の葉の誓いとして、主従の関係が刻まれるの。わざわざ、あいつが罠をかけて騙したのは、わたしに、その言葉を口にさせたかったからなのよ……。ああ、いまになっても、口惜しい……。あそこで、あの言葉さえ、口にしなければ……」
沙那が唇を噛んだ。
孫空女には、慰めの言葉も見つからないでいた。
しかし、しばらく、首輪をじっと見つめていて、あることを思いついた。
「ねえ、沙那……。その首輪って、もちろん、道術だから、道術遣いにしか外せないとは思うけど、あいつが死んだらどうなるの?」
「えっ?」
沙那が顔をあげた。
「死ねば、首輪の支配はなくなるのかということだよ」
孫空女は言った。
「そりゃあ……。さあ……。でも、少なくとも、命令する者がいなくなれば、支配をする者はいなくなるとは思うけど……。この首輪は、あいつ以外については、命令を受けつけないようだから……」
「だったら、あたしがあいつを殺す……。機会があれば……」
孫空女はきっぱりと言った。
「で、でも……」
「沙那の言うとおりさ……。機会を待とう……。望みを捨てずに……。あたしは、もう首輪の秘密は知った。だから、あいつは、あたしには首輪の呪いを刻むことはできないということさ。あたしは、どんなに拷問されても、首輪を受け入れるとは言わないからね。そして、大切なのは、沙那は首輪の力であいつを殺せないかもしれないけど、あたしには殺せるということさ……」
孫空女は言った。
「い、いつか、これを外してくれる、孫空女?」
「機会を待とう」
孫空女の言葉に、沙那がしっかりと頷いた。
「そろそろ、戻りましょう、孫空女……。許された時間が終わるわ」
沙那が陽を見あげた。
孫空女は立ちあがった。
あの変態巫女のところに、沙那とともに向かうために……。