※この作品はR-18です。

嗜虐西遊記【完結】   作:ドン・ドナシアン

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501 希望への細い糸

「あ、ああっ……お、お前ら、まとめて同じ目に遭わせるからね──ひ、ひいっ……。お、覚えてな──。わ、わたしがまともに道術を遣えれば、お前らみたいな三流亜人どもなんて、一瞬にして灰にできるんだからね──あひいっ──、く、くそう──蝦蟇蛙(がまがえる)、聞いてんのかい──」

 

 やっと拘束を解かれて、床に下ろされた宝玄仙は、巨大になった乳房を床に擦りつけながら喚き続けた。

 宙吊りからは解放されたのだが、その代わり、あの痒み剤を改めて乳首と肛門と肉芽に塗りたくられていて、その痒みの苦痛が全身に襲いかかっている。

 拘束はされていないものの、手足のないこの身体では、痒みを癒す手段などほとんどない。

 とりあえず自由になった宝玄仙は、痒みを少しでも癒そうと懸命に床に届いている乳房を擦りつけているのだ。

 

 全身を襲う掻痒感を癒す手段がない宝玄仙が、唯一できるのは、いまや四つん這いになると乳首が床に届くほどに巨大にされた乳房を荒々しく床に擦りつけることだけだ。

 宝玄仙は床に下ろされて四つん這いの姿勢にされるや否や、すぐに床に乳房を擦りつけ始めた。

 その浅ましい姿に輪廻(りんね)が笑い転げているが、発狂するような掻痒感と欲情に襲われている宝玄仙には、それをやめることなど不可能だった。

 しかし、唯一の抵抗手段である悪態だけは喚き続けた。

 

 だが、自慰のような乳房の床擦りをしながら、いくらこのふたりに喚き散らしても、却って空しいだけだ。

 それでも、宝玄仙には気が狂いそうになる屈辱感の中で亜人の女たちに悪態をつき続けた。

 それが、この気の狂うような恥辱と苦痛の中で、なんとか正気を保つための唯一の方策だったのだ。。

 

「お、お前──、面白いわあ──。ここまで、蝦蟇婆の調教に逆らう女も初めてよ──。お前の片割れの玉なんて、呆気なく堕ちたのに、やっぱり、お前は最高よ──。ねえ、蝦蟇婆、今度はわたしにやらせてよ──。こんな気の強い人間の雌を一度でいいから躾けてみたかったのよ──」

 

 輪廻が爆笑しながら言った。

 

「ふん、好きにせい──」

 

 蝦蟇婆の怒ったような声がするとともに、蝦蟇婆が自分が座っていた椅子を引っ張って壁際に移動していく。

 宝玄仙は、亜人たちの腰より上を見ないように視線を落としているが、その宝玄仙の視線に映っている蝦蟇婆の脚の動きから、蝦蟇婆が椅子にふんぞり返ったように腰掛けるのがわかった。

 

「あんたらも下がっていていいわ」

 

 輪廻が言った。一鉄と二鉄のふたりも蝦蟇婆の座っている壁に向かって移動していく。

 

「さあ、随分、疲れていると思うけど、今度はわたしと遊んでもらうわ、宝。わたしは、蝦蟇婆ほど残酷じゃないのよ……。青獅子陛下に命じられているから、あんたを家畜として相応しい身体にするための施術をしたけど、別にあんたを堕とすという任務は帯びていないし、あんたには同情もしているわ。だから、取引きしましょうよ……」

 

「と、取引?」

 

「ええ……。ねえ、あんた、わたしをいい気持ちにさせなさいよ。そうしたら、その痒み責めから解放させて、心置きなく絶頂させてあげるわ」

 

 輪廻が言った。輪廻は部屋の真ん中で椅子に足を組んで椅子に座っている。

 宝玄仙はその前に四つん這いで立っているという態勢だ。

 さっきまで部屋の中心にあった寝台は壁際に片付けられていた。

 

「い、いい気持ち……? は、はあっ、ああっ……」

 

 訝しんだ宝玄仙は、思わず顔をあげて輪廻の表情を探ろうとして、慌てて自重した。

 宝玄仙には、亜人の顔を直接に見ると、自分の息が停止する道術が掛けられたままだ。

 あの恐ろしさを味わいたくない宝玄仙は視線を床に戻した。

 

「ちょっと、いい加減にしなさいよ──。その自慰のような乳房の擦りつけをやめるのよ。今度許可なく乳房を動かしたら、痒み剤の塊りを尻穴に入れてから、尻の穴を施術で塞いでしてしまうわよ──」

 

 いきなり輪廻の口調が変わり、組んでいた脚が下ろされて、どんと大きく床を踏み鳴らした。

 宝玄仙は仕方なく乳房擦りを止める。

 

「こ、こらっ、輪廻──。勝手に尻穴を慰めるなどと約束するんじゃないわ。こいつを尻穴で犯してやるのは、こいつが堕ちたときじゃ」

 

 蝦蟇婆が抗議の声をあげた。

 

「こいつが今夜中に堕ちるなんてことはないわよ、蝦蟇婆──。諦めなさいよ。それよりも、この雌畜でわたしたちも遊びましょうよ。たまには調教抜きで愉しみたいわよ……。別に堕ちなくてもいいじゃない……」

 

 輪廻が蝦蟇婆になだめるようにそう言ってから、視線を宝玄仙に戻した。

 もちろん、宝玄仙はそれは見ていない。

 頭の上で交わされる会話からそう感じていただけだ。

 

「わたしをいい気持ちにしてくれたら、ご褒美に、宝もいい気持ちにしてあげる……。今夜は、それでいいじゃない」

 

「なにを言うか、輪廻──。こいつは、もう少しで堕ちるわい。心の底から屈服して、自分のことを家畜と認めるようになる──。もう少しじゃわい」

 

「無駄よ──。いくら苦しめても、こいつはそんな簡単ではないわ。もともと、他人に屈服するという心がないとしか思えないわ。言葉では屈服した振りはしても、絶対に心の底からの屈服はしない。それがこいつよ──。それくらいわかるでしょう、蝦蟇婆──」

 

「玉のときはうまくいったんじゃ……。宝も時間さえかければ……」

 

「玉はもともと、屈服するための人格なのよ、蝦蟇婆──。こいつらと闘勝仙との話を聞いたでしょう──。玉は屈服するための人格。宝は絶対に屈服せずに戦うための人格──。人格を分裂させて、それぞれがそんな風に役割を担うことで、完全だと思われていた闘勝仙の支配から逃れたのよ、こいつらは──」

 

「そんなことはわかっておる」

 

「いいえ、わかってないわ、蝦蟇婆……。だから、玉は堕とせても、宝は堕とせないわ。そういうものなのよ──。わたしの勘だけど、宝を堕としきると、おそらく、宝という人格は消滅するわ。他人に完全に屈服するということは、宝の役割じゃないからね。人格の存在意義がなくなるのよ」

 

「だったらなおさらじゃ。宝を堕とさねば、こいつは、なにかの手段でわしらの支配を脱するかもしれん。以前、こいつらが闘勝仙とやらの支配を脱して、そいつを殺したようにな──。わしらに逆らう可能性は完全に摘んでおかねば、どんな細い糸を辿って、わしらに反撃するかわからんわい」

 

 蝦蟇婆が不満そうに鼻を鳴らす音がした。

 

「そんな糸なんかありはしないわよ──。こいつは道術は遣えない。こいつが連れていた供たちもわたしらが捕らえている。人格交代だって支配した。逃げることなんかできないわ──。そんなことより、こいつで遊ばせてよ、蝦蟇婆。従順すぎる雌をいたぶってもつまらないのよ」

 

「ふざけるな、輪廻──」

 

「いいじゃないのよ。嗜虐というのは、心の底から屈服している相手を責めてもつまらないのよ。本当は従いたくない命令に無理矢理従わさせられてしまう……。その葛藤が愉快なんだから──」

 

「こいつは家畜じゃ。従順すぎても問題ないわ」

 

「その従順にさせるのが難しいと言っているのよ、蝦蟇婆」

 

 輪廻の言葉に、蝦蟇婆がまた鼻を鳴らした。

 しかし、それ以上はなにも言わなかった。

 このあいだ、宝玄仙は発狂するような痒みに耐えて、じっと身体を動かさないままでいた。

 輪廻の脚が動いた。

 また、しっかりと宝玄仙に身体を向けたようだ。

 

「さあ、そういうわけだから、宝……。お前を屈服させるという調教の時間は終わりよ。これからは、お前の舌技を見せてちょうだい──。その上手さに応じて、お前が苦しみを癒して快楽を得ることを許すわ──。それなら、あんたの自尊心も少しは癒されて、受け入れられるでしょう?」

 

 輪廻が言った。

 家畜ということを認めさせるための調教──。

 

 確かにそうだった……。

 再び、花の香りの暗示で強制的に覚醒させられた宝玄仙に待っていたのは、苛酷な蝦蟇婆の快感調教だった。

 まずは宙吊りの態勢のまま、再び乳首と肉芽、そして、股間と肛門に掻痒剤を塗り直された。

 そして、また、蝦蟇婆の筆責めだ。

 

 絶頂は許されない。

 痒みを癒されることはない。

 蝦蟇婆の筆はひたすらに痒みの苦しみを増大させるようにしか動かないのだ。

 

 そして、自分は家畜だと、繰り返し復唱させられる。

 宝玄仙は蝦蟇婆の要求のままに、ひたすらに大声でそれを喚いた。

 しかし、蝦蟇婆はそれで満足はしなかった。

 宝玄仙の言葉が心からの叫びではないというのだ。

 

 だが、そんなことは知るものか──。

 言えというから求められた言葉を叫んだだけだ。

 しかし、心まで作り変えろと言われても、宝玄仙にはどうしようもない。

 責められれば責められるほど、こいつらに対する怒りと憎しみが全身に込みあがる。

 それが気に入らなかったのか、蝦蟇婆は宝玄仙の望む刺激は与えずに、放置責めと筆責めを繰り返した。

 

 そして、思い出したように家畜宣言を強要される……。

 それらをひたすら続けられた……。

 

 宝玄仙はのたうち回り、暴れ回り、宙吊りにされた肉体を限界まで揺すって泣き叫び続けたが、蝦蟇婆は満足しなかった。

 

 家畜宣言は何十回もやった。

 だが、その都度、蝦蟇婆は、まだ宝玄仙は心からの屈服ではないと言うばかりだった。

 やがて、筆責めに白痴兄弟の乳吸いが加わった。

 怖ろしいほどに感度をあげられた両方の乳房を揉まれながら、白痴兄弟が宝玄仙の乳を吸うのだ。

 蝦蟇婆の指示で、一鉄と二鉄は交互に宝玄仙の乳首を吸い続けた。

 このとき、宝玄仙は思わず白痴兄弟を見てしまう失態を犯し、三度道術で呼吸を停止させられた。

 

 そして、母乳の噴出だ。

 途方もない快感のときもあれば、耐えられない激痛が走ることもある。

 母乳の噴出とともに襲うのが、快感なのか、激痛なのかは、乳房に与えられらる快感が感極まって母乳が出るまでわからない。

 快感だけが連続することもあれば、快感と激痛が交互のときもあるし、激痛が続くこともある。

 それは予想できないし、それだからこそ宝玄仙には快楽にも激痛にも備えることはできない。

 この乳吸いにも宝玄仙はのたうち狂った。

 

 宝玄仙はもう心から屈服したと喚き続けた。

 だが、結局、宝玄仙の言葉には蝦蟇婆は満足しなかった。

 再び、掻痒剤を塗り直されて、しばらく放置されてから筆責め……。

 

 さらに、乳責め……。

 大声で家畜宣言……。

 何度も何度も続けられたと思う……。

 

 宝玄仙は泣き喚いた。

 しかし、それは快楽の苦痛があまりにも激しくて泣くのであり、この蝦蟇婆に屈服して泣くこととは違う。

 

 ……というよりも、宝玄仙には蝦蟇婆が繰り返し要求する心の底からの屈服というのがどういう状態のことなのかわからない。

 わからないことを強要される。

 だから、どうしたらこの苦役から解放されるかわからなくて、ただ泣くだけだった。

 やがて、蝦蟇婆は「疲れた」とひと言だけ呟くと、椅子にどっかりと座り直した。

 そして、白痴兄弟に宝玄仙を床に下ろすように指示して、宝玄仙を宙吊りから解放させた。

 すると、今度は、ずっと蝦蟇婆の調教を部屋の隅で見守ったきた輪廻が、今度は自分に責めさせろと割り込んできたのだ。

 

「な、なにをすればいいんだよ……」

 

 宝玄仙は輪廻の足元にうずくまりながら訊ねた。

 この苦しみから解放されるならなんでもやる……。

 そんな気持ちだ。

 

 いや、いままでもそう思っていた。

 だが、なぜかそれは蝦蟇婆の求める屈服とは異なるらしい。

 口だけの屈服では満足しないと繰り返し言われても、宝玄仙にはそれはどうにもならないことだ。

 宝玄仙は、とりあえず、屈服をするつもりなのだ。

 

「蝦蟇婆のように、屈服しろとは言わないわ。求めているのは奉仕よ。口先だけの従順はいらないわ。ただ、命令に従えばいいのよ……。心の底では逆らってもいいし、口では拒否していいわ……。でも、実際の行動は一度として逆らうことは許さないわ」

 

 輪廻の口調は優しげだった。

 だからこそ、宝玄仙はその裏にある冷徹さを感じずにはいられなかった。

 

「な、なんでもするよ、輪廻。さっきからそう言っているよ──」

 

「いい子ね。だったら、可愛がってあげるわ……」

 

 椅子に座った輪廻がいきなり腰をあげて宝玄仙の前に屈み直そうとする気配を見せた。

 顔を見るわけにはいかない宝玄仙は、慌てて眼を閉じた。

 すると、宝玄仙の前にしゃがんだ輪廻が宝玄仙のふたつの乳首を指で力一杯潰した。

 

「ひぎいっ──」

 

 宝玄仙は眼を閉じたまま悲鳴をあげ、身体を跳ねあげさせた。

 

「嫌ならやめてもいいのよ、宝──」

 

「だ、大丈夫──。そのまま──ふぐうっ──」

 

 心からの言葉だった。

 指で乳首を潰されるのは激痛だが、繰り返し塗られた掻痒剤の痒みが癒されるのは、全身が砕けるほどの快感だ。

 

「だったら、もっと、痛めつけてあげるわね──」

 

「あがあっ──い、いたい──ああっ、だ、だけど……」

 

 宝玄仙は歯を喰い縛った。

 人間の女にそっくりな風貌の輪廻のはずだが、中身は野生の動物に近いとされている亜人だ。

 大変な力が乳首に伝わる。

 だが、その痛みが全身に周り、それが全身を蝕む痒みから宝玄仙を束の間解放してくれる……。

 

 痛いが気持ちいい……。

 痒みが消えていく──。

 胸に熱いものが込みあがったと思った。

 

「あらっ?」

 

 輪廻がからかうような声をあげた。

 気がついたときには、宝玄仙は両方の乳首から母乳のような液体を噴き出させていた。

 

「はああああ──があああ──」

 

 宝玄仙は嬌声と悲鳴の混じった声を口から迸らせた。

 果てしない快美感と途方もない激痛に同時に襲われた宝玄仙は、短い手脚の全身を仰け反らせた。

 輪廻が宝玄仙の乳首から手を離して、再び椅子に座り直した気配がした。

 宝玄仙は息を整えながら、ゆっくりと眼を開く。

 

「おっぱい──」

 

「おちち──」

 

 一鉄と二鉄が足を鳴らして、こっちに駆けてくるのがわかった。

 宝玄仙は急いで眼を閉じる。

 

「おちち──」

 

「おちち──」

 

 一鉄と二鉄が宝玄仙のすぐそばまで来てしゃがんだ。どうやら床に飛び散った宝玄仙の母乳を舐めているようだ。

 

「こいつらのことは放っておきなさい、宝──。女の母乳がなによりの好物なんだけど、許可なくお前にちょっかい出すことはないわ。こいつらの単純な脳味噌では、他人に逆らうとか、裏切るとかいうことはできないらしいわ。このふたりは、蝦蟇婆やわたしには絶対服従──。だから、石ころとでも思いなさい」

 

 輪廻が言った。

 しっかりと眼を閉じている宝玄仙の横では白痴兄弟が一心不乱に床を舐めている気配だ。

 このふたりが乳房を舐めたり、母乳を吸ったりすることが途方もなく好きだということは、宝玄仙ももうわかっている。

 やがて、輪廻の命令でふたりが再び壁際に立ち去らせられる。

 

「わたしはねえ、蝦蟇婆のように枯れたような女でもないのよ……。しっかりと欲望を持った女であり、どちらかといえば、多淫の女よ──。相手は男でもいいし、女でもいい──。亜人族でもいいし……人間族でもいい……。そして、家畜に成り下がった哀れな存在でもね……」

 

 顔を伏せている宝玄仙の鼻輪の輪に、いきなり輪廻の足がかかった。

 サンダルを脱いで素足になった輪廻が足の指を宝玄仙の鼻輪に入れたのだ。

 

「なにが枯れた女じゃ……」

 

 蝦蟇婆の不貞腐れたような声がしたが、宝玄仙はそれどころじゃない。

 鼻輪に入れられた足の指で顔を引っ張られて激痛が走る。

 宝玄仙は苦痛に呻きながら身体を前に出した。床に擦られた乳首が宝玄仙の身体に震えるような快感を加える。

 

「舐めるのよ、宝──。お前の舌が気持ちよければ、わたしの股倉を舐めさせてあげるわ。わたしが達したら、次はお前の番……。その溜まりに溜まった疼きを解放させてあげるわ、ふふふ……」

 

 輪廻がそう言って、鼻輪から抜いた足の指を宝玄仙の鼻に突きつけた。

 

 

 *

 

 

「思ったよりも早かったな──。お前のことは親父からの飛脚便で耳にしている。いい仕事をするそうだな」

 

 長庚(ちょうこう)は言った。

 横に蝶蝶(てふてふ)がいる。

 蝶蝶はこの得体の知れない男と面談するに当たっての護衛だ。

 

 もっとも、長庚はそれほどの危険は感じていない。

 あの長庚の父親が頼りになる男として送ってきた男だ。

 長庚に危害を加えるとは思わない。

 それに、この長庚を害しても、この男にはなんの得もない。

 だから、達観していた。

 

 この獅駝の城郭で拠点にしている借家だった。

 長庚はその貸し家の一室で、ひとりの男と向かい合っていた。

 国都にいる父親が当面の軍資金とともに送りつけてきた男であり、金次第でどんな仕事でもやるということだ。

 金を払いさえすれば、確かな仕事をするが、絶対に信用はするなとも手紙に書いてあった。

 

 話のわかる親父だ──。

 恩人を助けるために、亜人王の占拠した城郭に潜入した長庚を止めるどころか、長庚の活動のために必要な資金と人を送りつけてきた。

 もちろん、親父も長庚にこれで貸しを作るつもりであろう。

 その辺は、長庚と長庚の父親とは普通の関係ではない。

 

 損と得──。

 利害──。

 

 そういうもので成り立っている関係でもある。

 もちろん親子の情がないというわけではないが、商いの厳しさは幼いときから骨身に染みこまされている長庚だ。

 

 長庚は、いま、父親が送りつけてきたその男と向かい合っている。

 この男が宝玄仙たちを亜人から助け出すための細い糸になってくれるかもしれない……。

 そう思いながら、長庚は目の前の男を観察していた。

 

 歳は二十歳そこそこに見えるが、もしかしたらそれは見せかけかもしれない。

 実はもっと歳をとっていて、わざと若く見せかけている可能性もある。

 そう考えると、眼の前の男が急に年嵩の男のようにも思えてきた。

 念のために、百舌(もず)は台所に退がらせている。

 怖いと思ったわけではない。

 眼の前のこんな忍びのようなことをやっている男に百舌を見せたくはなかったのだ。

 

「お前の親父さんには大変世話になっている。だから、断れない仕事だと思っていたが、まさか、お前みたいな子供が依頼人とは思わなかったぜ」

 

 男が馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

 見くびらせてはならない──。

 長庚は思った。

 

 自分は、いずれは竜飛国一どころか、この大陸一の大商人になってみせるつもりだ。

 こんな蓮っ葉者くらい使いこなせなければ、そんなことは及びもつかないだろう。長庚は自分に気合を入れた。

 

「名は?」

 

 長庚は男の薄ら笑いなど気がつかないように平静を装って言った。

 

「なんでもいい。子供にいつまでも使われるつもりはないから名乗る名はない。お前の親父さんと約束したから、仕事は受ける。だが、本来はお前のような子供を相手にするわけではない。それは覚えておいてくれ」

 

「ならば、双六(すごろく)──。なにができる?」

 

 “双六”とはたったいま長庚の頭に浮かんだ名だ。

 双六と長庚が名付けた男は、不敵な笑みを浮かべた。

 

「さあな……。できないことをできるとは言わない。ただし、できると言ったことを失敗することもない。失敗するときは、俺と俺の一味が死ぬだろう。つまり、受けた依頼は死んでも果たすということだ」

 

「死ぬ以上のことがあるかもしれないぞ、双六──。相手は亜人の魔王なのだ──」

 

「そんなことは坊やが心配することじゃないさ。さっきも言ったが、すべての仕事が受けられるわけじゃない。あらゆることができると自惚れてもいない……。それよりも時間の無駄だ。仕事を言いつけてくれ。できると判断すれば仕事の値の話になる。お前の親父さんとはそういう仕事のやり方をしてきた」

 

 双六は言った。

 

「ならば、魔王の寝首を掻けるか?」

 

「馬鹿を言うな──。相手は道術を遣う亜人の王だぞ──。俺と俺の一党の命が幾らあっても割に合わない。死ねというのと同じ仕事は受けねえ」

 

 双六ははっきりと言った。

 その表情には、驕りもなければ、年少の長庚を馬鹿にする様子もない。

 この男は信用ができるに違いない。

 長庚は思った。

 人を見る目は商売人のなによりもの武器だ。

 わずか十三歳だが、長庚もそれなりの目利きの自信はある。

 

「魔王に監禁されている女を助け出す。ひとりにつき、それなりの金を払う」

 

「女?」

 

「人間族の女だ。名は宝玄仙、孫空女、朱姫──。彼女たちは、魔王宮や魔王軍の軍営に監禁されている。それを助け出せるか?」

 

 長庚は言った。

 宝玄仙と朱姫が魔王宮となっている死んだ公爵の屋敷にいることと、孫空女が軍営に監禁されているという情報は、この数日の調査で蝶蝶がやっと掴んできていた。

 残念ながら沙那は、たった一日前に魔王領である獅駝(しだ)嶺深くに輸送されたこともわかった。

 沙那にはもう手が出せないだろう。

 どうやって助け出すかは、別に考えるしかない。

 

「魔王に監禁されている女か……。あの李媛(りえん)や李姫(りき)たち貴族女と一緒にいる連中ということだな……」

 

 双六は考える仕草になった。

 

「それも無理か?」

 

 長庚は言った。

 しかし、すぐに双六は返事はしなかった。

 双六が口を開いたのは、しばらくしてからだった。

 

「無理とは言わない……。ただし、できるとも言えない──。もしも、助け出すことができれば救い出す。それでどうだ? 助け出したひとりにつき、幾らという値でいい。助けられなければ金は要らない」

 

「それでいい」

 

 長庚は言った。

 そして、蝶蝶に頷く。

 蝶蝶が双六の前に砂金の入った袋を二個置いた。

 

「これは──?」

 

 双六が首を傾げた。

 

「仕事の依頼料だ」

 

「前払い金は要らないと言ったはずだが」

 

「もうひとつ仕事を依頼する……。その値に見合う仕事をしろ──。この城郭を乱して欲しい……。なんでもいい。暴動でも、盗みでも、亜人殺しでも……。とにかく、亜人による支配をこの城郭に定着させたくない。亜人王の支配に応じていない人間が大勢いると見せかけて欲しい。最初は、この砂金の範囲内でいい。仕事に満足できれば、さらに金を払う」

 

 長庚は言った。

 これは宝玄仙を助け出すこととは別のこととしてやることだ。

 この城郭を占拠した亜人軍ともう一度、竜飛国の軍とのあいだに戦を起こさせる。

 戦が起きれば、儲け話はいくらも発生する。

 この城郭の商売人は、亜人たちによって力を失わせられているし、ほかの商売人は亜人に占拠された獅駝の城郭を見捨てたようなかたちになっている。

 まともな商人でこの獅駝の城郭にいるのは長庚くらいではないだろうか。

 もう一度、戦が起きて、王軍が亜人たちに勝つようなことがあれば、かなりの大きな商いがここでできるだろう。

 勝たなくたも、戦があればいくらでもいい商いはできる。

 それで親父に借りた分は十分に返せるはずだ。

 

 あの父親のことだ。

 これが純粋な人助けだと言っても、それだけじゃ納得はしなかったに違いない。

 長庚は宝玄仙たちを救い出すための行動をとることを手紙で父親に送りながら、これがいかに利になるかを手紙で説いた。

 その返事が十分な資金とこの双六だ。

 

「それなら簡単だ。任せてくれ──」

 

 双六が笑った。

 

「とりあえず、依頼はそれだけだ。効果があるようならさらに払う。この城郭が亜人たちの支配に抵抗して、乱れ続ければそれでいい──。それとさっきの女の救出も忘れないでくれ。ひとりにつき、その十倍払う」

 

「それも、わかった」

 

 双六が頷いた。

 そのまま部屋を出ていく。

 ふと気がつくと、差し出した砂金の袋がなくなっていた。

 

 いつ懐に入れたのか、長庚にはまったくわからなかった。

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