「どんな策なんだい、孫空女?」
宝玄仙は声を潜めた。
「あのね、ご主人様……。あたし、ここに来る前に、実は青獅子魔王にみんなの前で犯された後で、もう一度、寝室のような場所で犯されたんだ。あたしがご主人様にやっと会えたのも、そのときに嫌だったけど、一生懸命にその青獅子に尽くしたお陰なんだよ……。それで、青獅子に抱かれながら言われたんだけど、ご主人様とあたしは、もうすぐ揃って、亜人たちの本来の領土まで輸送されるみたいだよ。狙いはそのときさ……」
「亜人たちの本来の領土?」
「つまり、
「へえ……、金凰魔王かい……」
宝玄仙は頷いた。
そう言えば、確かに監禁開始直後に、宝玄仙の身柄をどこかに連れていくというようなことを誰かが仄めかしていた気がする。誰だったろうか……?
寧坊……?
それとも、宝玉が情報として教えてくれたのか……?
ともかく、青獅子が金凰、白象という兄と姉を持つ三兄弟の末弟であり、
魔法石の生産家畜としての宝玄仙の価値を考えれば、宝玄仙を魔王どもの勢力地そのものに連れていき、厳重に管理するというのもわかる。
そして、三人の魔王のうちの長兄の金凰が宝、まずは玄仙の身柄を自分の手元に置きたがるのも当然だ。
なにしろ、魔法石にはそれだけの価値がある。
魔法石は、それを亜人が身体に入れることで、魔法力が格段に向上するというだけでなく、砕いて畜生に帯びさせれば、ただの動物を亜人に変えることができる。
つまり、魔法石が大量にあれば、いくらでも軍兵を増やせるのだ。
それを生産できる宝玄仙を支配する魔王は、無限の軍を手に入れたのと同じということだ。
三魔王軍の勢力は一気に拡大するに違いない。
「そうかい、わたしとお前は金凰宮とやらに移送されるというわけかい……? なるほどねえ……。しかし、そのときは、『移動術』で跳躍するんじゃないのかい? 陸路をのこのこと進むわけじゃないんだろう? 逃亡の機会なんてあるのかい?」
宝玄仙は訊ねた。
道術に長けている魔王のことだ。
安全を考えると、手間をかけてでも『移動術』の結界を刻み、それから宝玄仙を道術で輸送させた方がいいだろう。
宝玄仙ならそうする。
「そうでもないさ……。これは内緒なんだけど、あたしと戦った亜人兵のひとりから教えてもらったのさ。獅駝嶺というその領域全体は、一大王の金凰魔王の呪いがかかっていて、一度も金凰宮という金凰魔王の宮殿に入ったことのない者は、領域内を『移動術』で移動することができないんだってさ」
「呪い?」
「うん。だから、あたしにしても、ご主人様にしても、最初に金凰宮に入るまでは、馬車かなにかで移動するらしいよ──。すでに移動していった沙那だって、馬車に乗せられて移送されたみたいだからね」
「ほう……」
「呪い」というが、つまりは一度かければ、術者でも解除できない絶対の広域道術ということだろう。
そういう道術の封印をかけておけば、敵対する亜人軍が侵入してこようとしても、道術で攻め込めないから三魔王軍としては、いざというときに態勢を取る暇があるということだ。
そういえば、宝玄仙が東方帝国にいた頃に、「西域」と呼んでいた「魔域」を勢力地とする妖魔王、あるいは亜人王は、そうやって自分の領域に道術の防護をかけていることが多いとも聞いたことがある。
孫空女の言葉が真実であれば、確かに陸路の移動時は逃亡の機会ができる可能性がある。
なにしろ、こうやって結界で覆われた魔王宮に監禁されている限り、ほぼ青獅子の『結界術』の外に逃げられる可能性はないが、どんな力の強い術者でも移動中は完全には結界を覆えない。
どうしても綻びが生まれるのだ
そうであれば、次はどうやって逃亡するかだ。
この単純馬鹿女は、どんな知恵を思いついたのだろうか……。
「なるほど、わたしとお前が金凰宮とかいうところに最初に連れられるときは、陸路で移動するというわけだね。それが逃亡の機会だというのはわかったよ──。お前にしては、よく調べたじゃないかい……。それで具体的にはどうするんだい?」
「うん、とにかく、あたしがなんとかして、その移動の途中で脱走するよ。それで、ご主人様を救いだす──。任せておいて」
孫空女が笑顔で胸を張った。
しかし、なんとなく、孫空女の話が終わったような雰囲気になったので宝玄仙は先を促すために口を開いた。
「それで?」
「それでって、なにさ、ご主人様……?」
孫空女はきょとんとしている。
「なんだとはなんだよ……。早く、策を説明しな」
宝玄仙は苛ついて声をあげた。
「だ、だから、説明したじゃないかい──。まずはあたしが連中の隙を見て必死に逃亡するよ。ご主人様も一緒ならなんとかして連れて逃げる。そうでなければ、逃亡した後で、ご主人様を輸送する軍を襲って、ご主人様を助ける。一生懸命やるよ──。心配ないよ。あたし、頑張るよ」
「お前、なにを言っているんだよ。頑張るのは結構だけど、まずは、お前自身がどうやって逃亡するつもりなんだい? お前だって、そんな革帯で力を封じられているんだろうが。輸送中は、きっと拘束だってされるだろう──」
「いや、なんとかなるよ。機会さえあれば」
「だ、か、ら、その機会どうやって作るのかと訊ねているんだよ。それに、お前が助けに来るといっても、わたしはどうしていればいいんだよ? わたしはこの身体だ。大したことはできないよ」
宝玄仙はまくしたてた。
「だから一生懸命に逃亡できるように頑張るよ。だから、ご主人様も頑張ってよ。あたしも一生懸命に頑張ってご主人様を助けに来るから──」
孫空女は言った。
「お前、馬鹿かい──。そんなのが策だと言えるかい──。なにも具体的なものはないのかい?」
「ぐ、具体的って……。具体的に説明しているじゃないか……」
孫空女は少し不満気に言った。
「いいから、お前の説明から、“一生懸命”とか、“頑張る”とか、“必死”とかいう単語を抜いて説明してみな。それが策といえるかい」
宝玄仙は呆れた。
だが、一方で宝玄仙は、もしかしたら、孫空女はなにかを警戒して、策を声に出して説明することを躊躇っているのではないかとも思った。
しかし、孫空女の表情を見て、そうではないということがわかった。
“一生懸命”に“頑張る”というのが、こいつの策の全てなのだ。
宝玄仙は嘆息した。
「……もういいよ……。それよりも、わたしのお尻をなんとかしておくれよ……。実は連中に媚薬を塗られているんだ……。ちょうどいいから、お前のそれで、わたしの尻を犯しておくれよ」
宝玄仙は言った。
連中に塗られた媚薬の痒みはそれほどでもないが、塗られた部分がおそろしく敏感になり火照りきる感じだ。
疼きが全身に回って来て、だんだんとつらくなってきた。
「えっ──? あ、あたしがご主人様を犯すの──?」
孫空女がびっくりしたように顔を赤らめた。
その途端に勃起していた孫空女の股間の淫具が、さらに逞しさを得て、びんと反り返った。
「ほう、やる気じゃないかい……。それとも、わたしの尻を犯せると思ったら欲情したかい?」
宝玄仙はからかいながら、四つん這いの身体を反転させて、お尻を孫空女に向けた。
「よ、欲情したとか……。そ、そんなんじゃ……。そ、そんなこと言わないでよ、ご主人様……」
孫空女が戸惑ったように声をあげた。
「ぶつぶつ言ってんじゃないよ。ぼんやりしてないで、わたしを犯すんだよ──。それとも、お願いだから、犯してくださいと頭を下げないと、お前はわたしの身体の疼きを癒してくれないのかい──」
宝玄仙は孫空女を叱るような言葉遣いをした。
だが、実のところ、宝玄仙が求めているのは、この孫空女から荒々しく抱かれることだった。
孫空女に疼く身体を犯して欲しい──。
魔法石の生産家畜として飼育調教されている屈辱の日々……。
その家畜調教の過程で宝玄仙の身体はすっかりと被虐の疼きに目覚めてしまっていた。
本来は、被虐と嗜虐の両刀使いというのが、宝玄仙の性癖だ。
だから、目覚めてしまった被虐の疼きをほんの少しでもいいから、孫空女に癒して欲しい……。
孫空女を求めて宝玄仙の心は悶え狂うようだった。
単純な孫空女は、金凰宮への移動の隙をついて、逃亡を図ることができると思っているようだが、宝玄仙はそれは不可能だと思っている。
口には出さないが、もしかしたら、脱走の機会などありえないのかもしれない。
そうであれば、もしかしたら、孫空女と肌を触れあう機会など、これが生涯の最後かもしれないのだ……。
そう思うと、宝玄仙はどうしても孫空女に抱かれたかった。
この女となにもかも忘れて、淫情に耽りたい……。
これから永遠に続くかもしれない、悪夢のような日々に思い出す幸せの記憶として……。
「で、でも、ご主人様……」
孫空女はまだおろおろとしている。
「た、頼むよ──、孫空女──」
今度は宝玄仙は強く哀願する口調で言った。
背後で孫空女がびくりとした気配がした。
「なにも考えるのはよそうじゃないかい……。最初はお前がわたしを犯す。次は、舌でお前をわたしがいかせてやるよ。そしたら、また、次はお前だ──。そうやって、連中が戻って、わたしたちを引き離すまでふたりで遊ぼうよ──。わたしはそうしたいんだ。お願いだよ」
「ご、ご主人様?」
孫空女は目を丸くしている。
「何もかも忘れさせておくれ──。わたしは、お前とそうやっていれば、何もかも忘れてしまえる気がするんだ──」
宝玄仙は言った。
孫空女が後ろで宝玄仙を呼ぶ呟きが聞こえた気がした。
「わ、わかったよ……。夕方までっていっていたから、十分な暇はあると思うよ。あ、あたしと遊ぼう……。う、ううん……。ほ、奉仕するよ……、ご主人様……」
「いや、お互いにやり合おうよ……。それよりも、できれば乱暴にしておくれ──。お前は最初のときに、結局はそうしてくれなかったじゃないかい……」
宝玄仙は言った。
この女を最初に宝玄仙が犯したのは五行山だ。
盗賊団の女頭領だった孫空女を生け捕りにした宝玄仙が、山の中で媚薬を塗って道術で生やした男根で宝玄仙が孫空女の女陰を犯したのだ。
しかし、その直後に御影の分身が襲いかかって、その性愛を途中で邪魔された。
その後、御影の分身は孫空女が倒したが、怒っていた孫空女が、御影の『道術封じの布』のために動けなかった宝玄仙の股間に媚薬を塗り返して放置して逃げたのだ。
なんとなく、宝玄仙はそのことを思い出していた。
「最初のとき?」
孫空女は訝しむ声を出した。
どうやら、孫空女はぴんとはこなかったようだ。
「いいから……」
宝玄仙は孫空女に向かって、さらにお尻を突きだした。
すでに疼きは耐えられないものになっている。
それは身体に塗られた媚薬のせいというよりは、孫空女と抱き合うという心の期待感のためのようだ。
「う、うん……」
孫空女が宝玄仙のお尻の前に屈んだようだ。
「ひうっ」
孫空女の濡れた舌が宝玄仙の疼く肛門にはっきりと触れた。
その途端に宝玄仙の五体が痺れたようになり、これまでのここでの生活を吹き飛ばしてくれるような快感の眩暈が生じた。
「き、気持ちいいよ、お前……」
孫空女は膝立ちになって裸身を縮め、宝玄仙のお尻に顔を押しつけているようだ。
そして、一心不乱に舌先で宝玄仙の尻の穴を舐め回している。
大きな官能の陶酔が宝玄仙を襲う。
「い、いいよ……。す、凄いよ──」
宝玄仙の身体がぶるぶると震えた。
「へ、へへ……。ご主人様も気持ちよさそうだね……。これなんかどう……?」
孫空女も興に乗って来たのか、舌先をすぼめて宝玄仙の肛門を舌で抉るような刺激を加えてきた。
「ひいっ──お、お前──」
宝玄仙の口から悲鳴が迸った。
しかし、その宝玄仙の焦ったような仕草が面白かったのか、孫空女が続けざまに舌先で強く刺激を加えてくる。
「じゃあ、これなんか……」
孫空女は一度舌を離して、尻を支えていた手をすっと宝玄仙の股間の内側に伸ばしてきた。
そのまま宝玄仙の肉芽を指で摘まんで擦った。
「ぐうっ──そこはだめえっ──」
宝玄仙は四つん這いの身体を限界まで仰け反らせた。
宝玄仙の肉芽は動き回る内側に小さな粒が大量に生やされる施術を受けており、そんなところを孫空女に指で弄られたらたまらなかった。
あっという間に絶頂に導くのに十分な快感が宝玄仙を襲った。
だが、蝦蟇婆の術で宝玄仙の肉芽の刺激による絶頂は制限されている。
そこではどんなに快感を受けても、達することはできないのだ。
「た、頼むよ、孫空女──。お尻を──。お尻を犯しておくれ──」
達しそうで達することができなかった快楽の苦しみがやってくると、宝玄仙は感極まって叫んだ。
お尻を犯して欲しい──。
孫空女のものを受けたい──。
その欲求は宝玄仙の中で沸騰しそうな欲望になっていた。
「う、うん」
孫空女が態勢を変えた。宝玄仙の尻たぶがぐいと開かれる。
「ふううっ」
宝玄仙は強く息を吐いた。
するとそれに合わせるように、孫空女の股間の淫具が肛門の粘膜を突き破るように食い込んでくる。
痛みなどない……。
あるのは限りない至福の快感だけだ。
身体が震える……。
強烈なものが腰骨を貫く。
眼の前が真っ白になるような快感が走る。
「も、もっと激しく──。わ、わたしを苛めておくれ──」
宝玄仙は叫んだ。
「あ、あたしも気持ちいい──はああっ──」
孫空女も淫情に溢れた悲鳴をあげている。
こいつの股間の男性器は孫空女の膣の中の神経と結びついている。
だから、宝玄仙の尻の穴の内襞が孫空女の模擬男根を擦る刺激が孫空女の股間に直接響くのだろう。
「あふうっ、ああっ、ああっ」
宝玄仙もすでに余裕のようなものは掻き消えている。
犯されている肛門だけではなく、全身から愉悦が迸る。孫空女と汗みどろの肌を寄せ合って快感をお互いにむさぼり合っている。
それが宝玄仙の全身に妖しい快美感を湧き起こしている。
宝玄仙の肉と孫空女の肉がぶつかり合う……。
ここにいるのは二匹の淫獣だ。
そう思うと宝玄仙の興奮が大きくなる。
「い、いくっ──」
宝玄仙の身体が激しく揺れた。
「あたしも──」
孫空女の吠えるような声がした。
宝玄仙の肛門に入っている孫空女の模擬男根から熱いものが迸ったのがわかった。
ほとんど同時に、宝玄仙も息もとまるような快楽の頂点を極めていた。
「ずっとこのまま、愛し合うよ──」
宝玄仙は震えながら言った。
「わ、わかった、ご主人様──。あたし、頑張るよ──」
「つ、次は胸を揉んでおくれ──。ええい、このいまいましいハーネス取れないのかい──」
宝玄仙は悶えながら言った。
「あ、ああ……その紐みたいなやつ……。ちょ、ちょっと待って、ご主人様──」
まだ男根が宝玄仙のお尻の中にある孫空女が慌てたように、それを引き抜いた。
*
「ほらね、
一緒に孫空女と宝玄仙の姿を眺めていた
「うむ……そのようだな……」
玄魔も腕組みをしながら唸った。
玄魔が火箭と蝦蟇婆とともにいるのは、蝦蟇婆の家畜部屋と呼ばれている場所であり、孫空女を宝玄仙とともに置いている蝦蟇婆の調教部屋の隣だ。
向こうからは見えないが、いま、それを隔てる壁は玄魔の道術によって透明になっていて、玄魔は火箭と蝦蟇婆とともに、隣室の宝玄仙と孫空女を観察していた。
他の者はすべて下がらせている。
ふたりの話す内容についても、部屋の中に取り付けている霊具によって、こっちに筒抜けだ。
孫空女と宝玄仙をああやって、二人だけで会わせる機会をあえて作らせたのは、宝玄仙と孫空女を金凰宮に移送する手配の一切が玄魔に任されることになったのに際し、このところ不穏になっている城郭の治安との関係から、万が一にもなにかの企みのようなものが、彼女たちにあるのではないかと勘ぐったからだ。
そうだとしたら、油断させれば、もしかしたら、あのふたりの会話の中からなにかが浮きあがるのではないかと思ったのだ。
そして、あのふたりが会うや否や、孫空女が“策がある”と言ったときには、やはり、なにかの策を弄していたのかとびっくりしたが、結局は、なにも考えていなかったようだ。
城郭内の不穏な事件が、あのふたりの移送計画に合わせるように発生したことで、宝玄仙か孫空女がなんらかの糸を引いている可能性も考えたのだが、結局は杞憂にすぎなかったようだ。
「だが、念のためだ……。孫空女については、今日の夜のうちに出発させることにしよう。宝玄仙と陛下は数日後だ──。それと、孫空女に金凰宮への輸送が陸路であることを洩らした隊の兵を見つけろ、火箭──。そいつについては全員の前で理由を告げて首を斬れ」
玄魔は言った。
孫空女と宝玄仙が、青獅子と一緒に金凰宮に輸送させることが決まったのは二日前だ。
つまり、その二日のあいだに孫空女と宝玄仙が陸路で輸送するということを教えた者がいるということだ。
事もあろうに、そんな大事な情報を不用意に当の孫空女に教えるというのは許すことはできない。
孫空女の移送時期をずらすこととしたのは、念には念を入れるべきと考えたからだ。
当初は、孫空女は、宝玄仙とともに移送させる計画だったが、一部の情報が漏れた可能性を考えると、移送は別々にした方がいいだろう。
万が一にも失敗があってはならないのだ。
「そんな必要がありますかねえ……。いえ、処断のことですよ……。どうでもいい情報を教えただけじゃないですか。だって、孫空女自身も宝玄仙もいずれは金凰宮に送られるということは、以前から決まっていたことですし、俺たち亜人の中では、金凰宮に入ったことのない者が、道術で獅蛇嶺内を移動できないことは周知のことですし……」
「だが、ふたりとも直接に金凰宮に送られるということを孫空女は知っていた。しかも、それが陸路であることさえもだ。もしも、なんらかの方策で孫空女が外と結び付いている他の仲間にそれを知らせていたらどうする──? これは許されざる情報の漏洩だ」
「ならば、わかりました。そのようにします」
火箭が頷いた。
しかし、その表情には明らかに、玄魔の処置に対して、厳しすぎるという不満のようなものがある。玄
魔はその油断が気に入らなかった。
「火箭、言っておくぞ──。宝玄仙の金凰宮への輸送はなにがなんでも成功させねばならんのだ──。そのためには、打てる布石はすべて打つ。考えられる妨害に対しては、すべて対応する。宝玄仙の身柄を誰が狙っているかわからんのだぞ。それだけの価値が、あの雌畜にあるのだ」
「はい」
玄魔の厳しい口調と表情に接して、火箭が神妙な顔をして頷く。
「それにしても、なんで急に青獅子陛下までもが、宝とともに金凰宮に出立することになったのかのう……。この蝦蟇婆も驚いているのじゃが、教えてもらうわけにはいかんのかのう、玄魔殿? それとも、このわしも余計なことを訊ねれば処断されるのか?」
蝦蟇婆が横から口を挟んだ。
玄魔は苦笑した。
「そんなことはない。青獅子陛下の子飼いの調教師であられる蝦蟇婆殿に隠す情報などない。それに、蝦蟇婆殿にも、宝玄仙とともに一緒に行ってもらうことになるのでな」
「ほう……、わしもか……。だが、なぜ、そういうことになったのじゃ? 青獅子陛下は、この城郭を新たな青獅子軍の拠点にして、この城郭に骨を埋めるのだと思っていたがのう……。このところ、急に城郭の治安が悪くなったのが関係しておるのか?」
「いや、そういうことではない……。まあ、確かに、このところの急な治安の悪化はなにか不穏なものを感じるが……」
この数日、獅駝の城郭でおかしな事件が連発しているということは確かだ。
昨日など、少数で歩いていた亜人兵が物陰でなにものかに襲撃されて殺されるという事件が発生している。
そのほかにも、このところ、亜人兵に限定している酒場や娼館などが放火されたり、あるいは亜人軍に協力的な商家や役人が見せしめのように酷く殺されて死骸が辻に晒されるという事件も連続で起こっていた。
いずれも下手人はあがっていない。
亜人の支配を面白く思っていない一部の人間族の仕業と思われるが、実際にはなにが起こっているのかわからない。
いまのところ、急に住民が亜人の治政に反発しだした理由がわからず、戸惑っているというのが本音だ。
そして、それでわかったのは、魔凛から青獅子が奪ったと考えられていたあの『集団支配術』の道術は、完全には
魔凛は、人間族、亜人族とを問わず集団支配を可能とする道術を持っていて、『服従の首輪』という霊具で、完全にその術は青獅子に能力が譲渡されたと思われていた。
しかし、実際に遣ってみると、青獅子が遣えるのは、従来の『支配術』の範囲を超えず、青獅子も霊気を帯びていない人間族には、どうしても『支配術』の操りの効果が及ばないでいる。
その原因がなんであるかも、よくわからない。
しかしながら、青獅子の住民に対する支配の術が効果がないというのも、住民の反発の余地を与えているのは間違いない。
「いずれにしても、それは関係ない。とにかく、青獅子陛下は、金凰陛下の命により、急遽、宝玄仙とともに、金凰宮に赴くことになったのだ」
玄魔は言った。
「金凰陛下の命じゃと?」
蝦蟇婆は眉をひそめた。
金凰、白象、青獅子の三魔王軍団は、確かに金凰を頂点とする三魔王軍から成り立つが、実際には、かなり独立的であり、金凰がほかの二魔王に命令をするということは滅多にあることではないのだ。
たが、獅蛇の城郭に常駐を考えていた青獅子に対して、金凰魔王は「命令」という形式で、金凰宮への帰還を青獅子に強く求めた。
それは異例のことなのだ。
「状況が変わったのだ……。金凰妃様だ」
玄魔は蝦蟇婆の疑念を察して言った。
「金凰妃様がどうしたのじゃ?」
「金凰妃様が予言をされる能力があるというのは知っておるだろう、蝦蟇婆?」
玄魔は言った。
「ならば、また予言をなされたのか?」
蝦蟇婆が眉をひそめて、玄魔に視線を向けた。
金凰妃の予言と言えば、百発百中の予言として三魔王軍どころか、魔域に棲む全亜人の誰もが知っている事実だ。
だが、一方で、その内容が曖昧であることでも有名ではあるが……。
金凰妃は、予言をするときに、突然に眠って意識を失ったような状態になり、そして、誰か別の存在が憑依したような口調で、予言の言葉を告げるのだ。
もっとも、その内容には解釈が必要なくらいに曖昧な言葉が多い。
そして、金凰妃自身は、予言をしたときの記憶がなく、金凰妃にも、言葉の意味を解説することができないのだ。
しかし、その内容は百発百中だ。
言葉が示していた内容は、それが起きた後で理解できることも少なくはないのだが、とにかく、金凰妃の予言は当たる。
「予言については、他勢力の賓客を招いた宴の最中でなされたものであるので、すでに広まっている。だから、教えても問題はあるまい──。金凰妃様の予言はこうだ……。“三個の身体で支配する者が、魔の地でふたつの宝を手に入れる。それまでの支配者は倒され、ふたつの宝をまとめた者が新たな魔の地の王となるであろう”……」
玄魔は言った。
「三個の身体で支配する者……ふたつの宝……新たな魔の王……。つまり、それは……」
蝦蟇婆が呟くように言った。
金凰妃の予言は有名だ。
その解釈には異を唱える者もいるが、予言そのものに疑念を抱く者はいない。
金凰妃が予言したことは、絶対にそうなるのだ。
「三個の身体で支配する者……つまり、金凰魔王陛下のことだ。金凰様は、三魔王軍とその領域を青獅子陛下と白象陛下で分け合って支配されておられる。魔域の中でそんな支配体制をしている勢力は、三魔王軍だけだ。だから、“三個の身体で支配する者”というのは、金凰魔王様以外にはあり得ん。少なくとも、金凰魔王様はそう考えておられる……。そして、宝玄仙と宝玉という“ふたつの宝“……。条件が揃った。金凰様は、宝玄仙と宝玉というふたつの宝をまとめて、“新たな魔域の支配者”になることを決心された……」
玄魔は言った。
現在の魔域の支配者といえば、牛魔王や南海大王などの大勢力を束ねる雷音大魔王だろう。
かねてから、魔域への進出の野望を抱いていた金凰魔王は、金凰妃の予言に接して、ふたつの人格を持つ宝玄仙を連れて、魔域に侵攻することにしたのだ。
そのための宝玄仙及び青獅子魔王軍への金凰宮への移動命令なのだ。
以前からの約束事により、三魔王軍が魔域に討って出るときには、青獅子軍がその尖兵をすると定まっていた。
予定では、もっと将来のことと考えられていたはずだが、予言の出現により、それが早まったということだ。
「なるほどのう……。ふたつの宝をまとめるにはわしの道術が必要じゃ。それでわしも、宝とともに金凰宮に行くということか……」
蝦蟇婆が言った。
「まとめるということは、どちらかの宝を消すということになるのであろうな……。宝玄仙と宝玉……。どちらの人格を消滅させるのかは、蝦蟇婆の判断になると思うがな……」
「ならば、宝じゃな……。宝を追い詰めれば、あの人格は消える。それは間違いないと思うわい」
蝦蟇婆が道術の効果によりこちらからは透明になっている壁の向こうの調教部屋に視線をやった。
壁の向こうでは、宝玄仙と孫空女がお互いの乳房を交互にしゃぶり合いながら狂乱の声を出し合っている。
「ならば、宝玄仙の人格を消すのは、金凰魔王陛下のもとで──ということになるはずだ」
玄魔は言った。
”ふたつの宝をまとめる者“が支配者になるのだとすれば、それは金凰魔王のもとで行われなければならない……。
青獅子軍の管轄に宝玄仙の身柄があるうちに、ふたつの宝がひとつになってしまうと、予言に矛盾が生じる。
これについては、青獅子とも話し合っている。青獅子自身も金凰が新たな魔域の支配者になることを望んでいる。
「そうか……。あの宝の人格を消すのか……。なかなかに愉快な人格であるのにのう……。残念じゃな」
蝦蟇婆がすでに処刑の決まっている囚人を見るような表情で宝玄仙たちを眺めながら言った。
*
三個の身体で支配する者が、魔の地でふたつの宝を手に入れる
それまでの支配者は倒され
ふたつの宝をまとめた者が新たな魔の地の王となるであろう
──金王妃の予言
(第78話 『百合雌畜』終わり)