※この作品はR-18です。

嗜虐西遊記【完結】   作:ドン・ドナシアン

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 三個の身体で支配する者が、魔の地でふたつの宝を手に入れる。

 それまでの支配者は倒され

 ふたつの宝をまとめた者が新たな魔の地の王となるであろう。


                     ──金王妃の予言


*





508 都合のいい道具

「いつまで休んでいるんだ、魔凛(まりん)──。これをやるから、さっさと市に行って野菜を買ってこいよ。お前の尻に入れる野菜だからな。最初は細いものからだんだんと太いものに変えられるように、いろいろな太さと長さのものを購って来るんだぜ」

 

 大旋風(だいせんぷう)の声がした。

 床に倒れていた魔凛に一枚の布が放り投げられた。

 

「それから、山芋のたぐいも頼むぜ。いくらなんでも、ある程度の滑りがなきゃあ、つらいからなあ」

 

「野菜のひとつは尻に入れてくるんだからな。なんだったら、その山芋の汁を潤滑油にしな。そうすりゃあ、一生懸命に頑張れば、なんとかひとりでも入れられるんじゃねえか」

 

 別の男たちの声。

 魔凛は、はっとして顔をあげた。

 すると、げらげらと笑う大旋風の声も耳に入ってきた。

 

「そりゃあいいぜ。魔凛、じゃあ、首輪を使って命令をしてやろう。戻って来るときには、尻に野菜を入れてこい。野菜を買った市で挿入するんだ。潤滑油には山芋の汁を使え。いいな──」

 

 身体に隷属の縛りが刻まれるがわかった。

 魔凛は絶望的な気持ちになる。

 この首輪の恐ろしさは、骨身に染みている。

 理解できる言葉で“命令”と刻まれれば、主人として認識させられている大旋風の言葉に、なにがなんでも従ってしまう。

 おそらく、これで魔凛は、野菜を買いに行き、そこで自分の尻穴に野菜の一本を挿入してしまうのだろう。

 市にどんなに大勢の者たちがいようともだ。

 想像だけで、恥辱が込みあがる。

 だが、それを実際にするのだ。

 魔凛は火照りきっていた身体が冷たくなるのを感じた。

 

 いずれにしても、いつの間にか逆さ吊りの体勢から解放されていたようだ。

 しかし、いつ拘束を解かれて、床に身体を横たえられたのか覚えていない。

 覚えているのは、大旋風から開脚させられていた股間に強い酒をかけられて、陰毛に火をつけられるまでだ。

 股間の陰毛があっという間に炎に包まれて、股間の表面までもが酒で火が燃え拡がって炎があがったのをしっかりと覚えている。

 その記憶も……恐怖も……。

 

 だが、記憶しているのはそこまでであり、それから自分が気を失ったのか、それともあまりの恐怖で記憶が飛んだのかわからない。

 とにかく、魔凛は床に横倒しに倒れていたのだ。

 

「いいから、早く起きろよ、魔凛。山芋の汁はたっぷりと塗れよ。痒みで死にそうになるまでな。命令だ」

 

 大旋風が笑い続ける。

 その声を無視して、魔凛は眼の前に落ちている布をさっと引き寄せて身体を隠した。

 そして、とりあえず、慌てて股間を覗いた。

 陰毛が見事に焼け散って、燃えかすのような短い毛がみっともなく残っているだけだった。

 炎のあがった肌については、多少はひりひりするが火傷をしたというようなことはないようだ。

 それとも、気を失っているあいだに治療術をかけられたのか?

 

「……行けよ、魔凛──。誰もついていかねえぞ。ひとりになっても、逃げられないのはわかっているからな。それに、そんな布一枚で歩いているような女と一緒だと、俺たち大旋風隊の将校は馬鹿かと思われるからな。わかったら、さっさと立て──命令だ」

 

 大旋風が声をあげた。

 魔凛が倒れているのは、大旋風たちが酒盛りをしている床の中心であり、ずっと宙吊りにされていた天井から垂れていた二本の鎖はなくなっていた。

 魔凛の身体がのそのそと、勝手に動き出す。

 

 疲労困憊の魔凛の身体を起こしているのは、魔凛の意思ではない。

 首輪の霊具の力だ。

 魔凛の手脚は、大旋風の“命令”によって、綿のように疲れている身体を鞭打って身体を起こしているのだ。

 

 魔凛は慌てて、手で持っていた布を裸身に巻きつけた。

 命令で制御されていないことに関しては、魔凛の自由意志だ。

 布で身体を隠すことは禁止されていない。

 だから、布で裸身を隠すことはできる──。

 

 しかし、できいるのはそれだけだ。

 この場から逃亡することはできないし、大旋風に襲いかかるということもできない──。

 それは、霊具で禁じられている。

 

 立ちあがることで、魔凛はいかに自分が疲れているかということを悟った。

 朝から凌辱と自慰を繰り返した身体には、ほとんど力が入らない。

 もしも、道術による縛りがなければ、あっという間にこの場にうずくまっていたはずだ。

 それくらい疲れていた。

 

「どうした、ぼうっと立っていないで、言われたことをやりに行けよ──。言っておくが、夕方までに戻れよ。いくらなんでも、それ以上は時間を与えられないからな」

 

 魔凛ははっとして部屋にある大きな窓から外の庭を眺めた。

 夕方まで三刻(約三時間)というところだろうか……。

 

 それだけあれば、買い物をしてここに戻るというのは難しいことではない。

 大旋風たちが言及している市というのは、城郭の南地区で常設されている人間族の住民の市のことだろう。

 亜人の軍がこの城郭を占領して以来、多くの商家や市が閉鎖されて、そのままになっている。

 

 青獅子たちは人間族の経済活動には無頓着であるので、いまの状況でもこの獅駝(しだ)の城郭は以前の状態に戻っているように思っている節があるが、実際はまだまだだ。

 ついこの間までは、物流は回復の兆しを見せていたのだが、この数日、商いを始めていた商人たちが次々に殺されるというような事件か続いて、一斉に商家は門を閉ざした。

 

 城郭の物流は急激に悪化した。

 そういう人間族の社会の世情については、魔凛は四六時中大旋風に連れ回されているので、大旋風が受ける報告を通じて承知していた。

 だから、城郭の中で、亜人軍のあまり入っていない南側の人間族の庶民の居住地域は、唯一日常的な商取引が回復し始めている地域だということも知っていた。

 その象徴が南地区の毎日の市なのだ。

 南地区の門前大通りと呼ばれる通りでは、南地区だけではなく、この城郭の全域から集まった人間族たちが、さまざまな物を売り買いするための屋台やむしろを拡げていると耳にしていた。

 

「し、しかし、この格好では……」

 

 魔凛は狼狽えて自分の身体を改めて見下ろした。

 与えられた布は薄いものであり、近くまで寄れば魔凛の肌を薄っすらと見透かすことができるほどだ。

 しかし、魔凛を困らせているのは、その丈の短さだ。

 魔凛はその布をぎりぎり乳首の真上まで引き下ろして身体に巻きつけているのだが、布の長さは股間をかろうじて隠すくらいのものしかない。し

 かも、身体に巻くには幅も小さいので、しっかりと押さえている布の合わせ目からは、動けば重ね目がなくなってちらちらと裸身が覗くほどだ。

 

「なにか不満なのか、魔凛? なんだったら、素っ裸で野菜を購いに行けと命令してもいいんだぜ」

 

 大旋風がにやにやと笑いながら酒を口にした。

 これ以上なにを言っても無駄だろう。

 魔凛は諦めて、この格好で外に出て行く決心をした。

 確かに、全裸で外に行かされるよりもましだ。

 ここにいる男たちは、本当にそんな卑劣なことを魔凛に強要しかねない。

 

「わ、わかった。行くよ──。ならば、品物を買いにいく銭を与えてくれ」

 

 魔凛は言った。

 魔凛が持っているのは、身体に巻いている薄物の布だけだ。

 野菜を買うためのものをなにひとつ持っていない。

 

「なにを言っているんだ、魔凛──。その身体があるだろうが──。野菜やそれを入れる籠を買うための銭くらい、お前の身体で稼いで来い──。その時間を含めて夕方までだ。その格好で、適当な男を見つけて尻でも振れ──。そうしたら、助兵衛な人間族の男が卑猥な視線を送って来るから、そいつを辻に引っ張り込んで股を開いてやれ。お前の股ぐらがいい味だったら、野菜を買うくらいの銭はくれるさ」

 

 大旋風の言葉に周囲の部下たちも一斉に嘲笑した。

 魔凛はかっとなった。

 

「わ、わたしに娼婦の真似事をしろと言うのか──」

 

 思わず声をあげて怒鳴った。

 しかし、大旋風をはじめとして男たちは、魔凛の激昂をせせら笑いで返した。

 

「だったら、強盗の真似事でもさせたらいいんじゃないですか、大旋風隊長──。もしも、娼婦で夕方までに銭が手に入らなかったら、魔凛隊長に強盗でもさせたら……」

 

 ひとりが冗談っぽく口を挟んだ。すると大旋風が、それはいいと膝を大きく叩いた。

 

「よし、そうしよう、魔凛──。夕方前までに、客がつかずに野菜を買う銭が手に入らなかったら、お前、そこらにいる人間族を襲って銭を奪え。そうだな……。それも、十歳以下の子供限定だ。娼婦に失敗して銭がもらえなければ、そのときは、子供を襲って銭を作れ。しかも、必ず相手を殺すんだ──。それが命令だ」

 

「ま、待ってくれ、大旋風」

 

 魔凛は驚愕して叫んだ。

 しかし、大旋風は無視して言葉をつづける。

 

「とにかく、野菜を買うことなしに戻って来るな。ただし、夕方までに絶対に戻れ。命令だ──。いいか、魔凛、銭を手に入れる手段は、娼婦か、それとも、人間族の子供を殺して金を奪うかだ」

 

 大旋風が笑いながら言った。

 ぞっとした。

 娼婦の真似事をして銭が手に入らなければ、魔凛は人間族の子供を殺さなければならないのだ。

 

「ば、馬鹿なことを言うな、大旋風──。わかった。娼婦をやる──。しかし、子供を殺めさせるような命令は取り消してくれ──。頼む──」

 

 魔凛は必死で言った。

 もう、『服従の首輪』の力によって、意に沿わない殺人をさせられるようなことは、同朋の鳥人族を自らの手で殺めさせられたあのときで沢山だ。

 

「だったら、精一杯、腰を振って客を捕まえな──。それから、城郭はこのところ、亜人殺しで物騒だそうだからな……。お前が亜人であることは、みんな知っているだろうから、襲われないように気をつけな。襲われたときには、全力で身を守れ。それも命令しておいてやるよ」

 

 大旋風は笑った。

 

「それにしても、こんないい身体をこんなに隠すことはありませんや、隊長──。こんな大きな布なんて贅沢だぜ……。どれ、魔凛隊長、その身体に巻きつけている布を貸してみな。身体を隠す布なんて、いまの半分もあれば十分さ」

 

 突然、後ろから大旋風の部下が魔凛が身体に巻きつけている布を引っ掴んだ。

 

「な、なにするんだ──」

 

 裸身に巻きつけている布が剥がされかけた。

 魔凛は大声で怒鳴りつけて、その男に腕を叩きつけた。“命令”さえ与えられなければ、こんな男くらいはどうということはない。

 

「うげっ」

 

 酔いのせいもあるのだろう。

 その部下は、避けることもできずに、魔凛の腕をまともに顔面に受けて、引っくり返った。

 

「とまれ、魔凛。身動きするな、命令だ──」

 

 大旋風が叫んだ。

 魔凛の身体は、男を叩きのめした格好のまま凍りついたように動かなくなった。

 

「まったく、どうしようもない女だな──。まだ、自分の立場がわかってないようだな」

 

 大旋風が近寄って、魔凛の身体から布をむしり取った。

 そして、その場で真っ二つに引き裂いた。

 

「罰として、布は半分だ──。さっと行け、命令だ」

 

 大旋風は、ふたつに裂いた半分の布だけを魔凛に返すと、外に出て行くように命令をした。

 魔凛の脚は、裸身にその布一枚を抱えた羞恥の姿のまま、勝手に屋敷の外に向かって進み始めた。

 

 

 *

 

 

 外に出るとまだまだ陽は高い。

 魔凛は、裸身の前側を布で隠しただけの恥知らずな格好で大通りを途方に暮れながら歩いていた。

 ただでさえ、ぎりぎりだった布は、いまや魔凛の胸から股間までの裸身しか隠していなかった。

 後から見れば、魔凛の白い尻は丸見えだろうし、胸元だって乳房の上半分は剝き出しだ。

 股間もかろうじて布が覆っているというだけで、太腿から足先まで完全に露出している。

 

 そんな全裸にも等しい姿で、たったひとりで外に現れた亜人族の美女に、当然ながら多くの人間族たちが注目しているのがわかった。

 魔凛は身も世もない羞恥に襲われながら、ひたすら顔を俯かせて前に進んでいた。

 どこに向かうというあてもない。

 

 最終的に向かうのは、城郭の南側の市なのだが、それまでに魔凛は、この格好で男を誘って、野菜を買う銭を作らなければならない。

 それができなければ、魔凛はそこらへんに歩いている子供をこの手で殺して、銭を作らなければならないのだ。

 大旋風とその部下の連中が魔凛に与えた悪ふざけの命令だが、『服従の首輪』によって与えられた命令である以上、それは絶対なのだ。

 

 相手が人間族とはいえ、せめて、子供を殺めるような残酷なことだけは避けたい。

 また、燃えるような羞恥だが、ぼやぼやしていては、本当に首輪によって子供殺しをさせられる。

 魔凛はどうしていいかわからずに、とりあえず、南に向かって大通りを進んでいた。

 

 大通りは人間族で賑やかだった。

 そこに突然に出現した露出狂のような魔凛の姿に、周囲の人間族たちが、だんだんと騒然としてくるのがわかる。

 魔凛を遠巻きに見ながらひそひそ声で交わす通行人たちの声が魔凛の耳に飛び込んでくるのだ。

 

「おい、あの女、すげえ格好だなあ……。乳首がこぼれて見えそうだぜ……。ひょおっ、尻なんて、うまそうだ。だけど、あれはなんの真似なんだ?」

 

「わからねえなあ……。だけど、あの布以外は全裸だぜ。どうしちまったんだろうなあ、頭がおかしいのか、あの美女──? お、俺、ちょっと行ってくるわ──」

 

「馬鹿野郎、お前たち──。あいつを知らねえのか──。この城郭が占領されたときに、怖ろしい道術で俺たち全住民を無抵抗にした怖ろしい魔女だぞ。手を出すんじゃねえぞ」

 

「なんだってっ? ああ、あの魔凛とかいう……。なんだって、それがあんな格好で歩いているんだい──?」

 

「知らねえよ。権力争いでもあったんじゃねえか。李媛様だって、魔王様の飼い犬のように破廉恥なことをさせられているしな。それが連中のやり方なんだろうさ──。いずれにしても、手を出すんじゃねえ。声をかけた途端に、どこからか亜人兵が出てきて、皆殺しにされるぜ」

 

 そういう男たちの声がざわざわと拡がっていくのがわかった。

 一方で、女たちは不潔な物でも見るような視線を魔凛に送り続ける。

 魔凛には、男たちの卑猥な視線よりも、女たちの侮蔑の視線の方が心に堪えた。

 

 だが、魔凛は焦ってもいた。

 魔凛の素性があっという間に周囲に拡がりだし、絶対に声かけるなというささやき声がどんどんを大きくなっていっているからだ。

 このままでは、魔凛の身体を抱いて、金を払おうという者がいなくなってしまう。

 とにかく、魔凛は娼婦の真似をして、野菜を購うだけの金を手に入れなければならないのだ。

 そうでなければ、夕方には、人間族の子供を襲う怖ろしい殺人鬼になってしまう。

 

 魔凛は意を決して、魔凛に露骨な視線を送っていた人間族の三人連れの男のところに走っていった。

 魔凛が近づくと、その男たちがぎょっとしたように逃げようとした。

 

「ま、待ってくれ──。お、お願いだ。わたしの身体を買って欲しいのだ」

 

 魔凛は走り去ろうとする男たちに、慌てて叫んだ。

 しかし、男たちはそのまま一目散に逃げて行った。

 魔凛は呆気にとられた。

 仕方なく、さっと周囲のほかの男たちに眼をやる。

 すると、その男たちも顔に明らかな恐怖を浮かべて、物陰に隠れたり、走り去ったりした。

 魔凛は途方に暮れた。

 

 娼婦の真似事をするのは、言葉にできない程の恥辱だったが、それをやって手に入れることは難しいこととは思っていなかったのだ。

 だが、娼婦をするにしても、やり方というものがあるに違いない。

 こんな昼間から、頭のおかしな狂女のような姿で、身体を買えと言い歩いても、相手からすれば恐怖だろう。

 それに、魔凛は一度は、この城郭全体を道術で支配した怖ろしい道術を遣う存在として、顔が知れているのだ。

 これは考えていた以上に難しいのかもしれない。

 魔凛は焦ってきた。

 

 いまや、魔凛を見ている者は、確実に距離を開けて逃げ、遠くから見守るだけだになっている。

 そして、魔凛が声をかけるために近づくと、さっと逃げていく。

 

 こうなったら、どこでもいいから商家でも家でも訪ねて、身体を買ってもらいたいと声をかけて歩くしか……。

 

 魔凛がそんなことを思いながら、周囲を見ていると、その視界にひとりの人間が眼に入った。

 

 女だ。

 

 旅の者風の若い女だ。髪のかたちが、この辺の人間族とは違って異国風だった。

 その女は、ほかの人間族が得体の知れない恐怖の感情を魔凛に向けているのに対して、薄笑いを浮かべて面白がって魔凛を眺めているように感じた。

 

 人間族だろう。

 魔凛には、その女からは亜人としての霊気は感じない。角もない。

 もっとも、亜人の中には、霊気を完全に隠してしまう者も少なくないし、姿だって変えられる者は多いので断定はできないが、姿はどう見ても人間族の女だ。

 魔凛はなんとなく、その女に近づいていった。

 

 そして、驚愕した。

 その首に魔凛の首に装着されている首輪と同じものがあったのだ。

 

 『服従の首輪』……?

 

 いや、そうであるとは限らないだろう。

 その想像を内心で否定した。

 魔凛が装着されている『服従の首輪』と同じものを嵌められた人間族の女など、いるわけがない……。

 だが、その女の首にあるものは、魔凛の首にあるものとまったく同じとしか思えなかった。

 

「首輪の力で、その姿で男でも漁って来いと命令でもされたのかい、女将軍魔凛殿?」

 

 魔凛が近寄ると、その女がかろうじて、魔凛だけに聞こえる声で言った。

 魔凛はびっくりして立ちどまった。

 

「質問に答えなよ、魔凛。どんな命令を与えられたのか、わからないと対応できないじゃないかい──。その首輪を装着されれば、命令に従わなければならないのはわかっているんだよ。だから、訊ねているんだ──。どんな命令を与えられている最中なんだい? さしずめ、男漁りをして来いと命じられているのは事実なんだろう?」

 

「えっ……?」

 

 絶句した。

 服従の首輪のことを知っている?

 すると、その人間族の女が溜息をついた。

 

「だいたい、下衆男も下衆女も、こういうものを手に入れたら、性奴隷にそういうことをさせたくなるものらしいからね。わたしも、何度かそんなことをさせられたよ」

 

 女が自嘲気味に笑って、そっと自分の首輪に手を触れた。

 魔凛は心臓が早鐘のように鳴るのを感じた。

 やはり、『服従の首輪』なのだ──。

 眼の前に、魔凛と同じように『服従の首輪』を装着されている女がもうひとりいる……。

 

「言葉を喋るのも禁止されているのかい? それにしちゃあ、さっき、自分を買えと、適当な男に声をかけていたみたいだけどね」

 

 女が言った。

 

「お、男に身体を売って、その金で市に野菜を買いに行く……」

 

 魔凛はやっと言った。

 しかし、まだ、驚いている。

 

 眼の前の若い女は何者なのか……?

 

 なぜ、自分の前に現れたのか……?

 

 なんの目的で声をかけたのか……?

 

「なんて命令だい……。それで、野菜ってなんだい? ただ野菜を買うだけの命令かい?」

 

「わ、わたしの尻を調教するのだそうだ。それだけじゃなく、野菜と山芋を買って、その場で野菜のひとつを尻に入れて戻る……。そ、それと、娼婦で金が作れなければ、人間族の子供を殺して金を奪う」

 

 この女にはなにもかも教えた方がいい。

 とっさに魔凛は思った。

 もしかしたら、この地獄のような境遇の救い主なのかもしれないと思った。

 魔凛はすがる思いだった。

 

 最初は無表情で魔凛の言葉を聞いていた感じだったが、命令で子供を殺すと命じられていると言った瞬間に、女の顔が一変した。

 明らかな怒りの感情がそこに表れた。

 

「……子供を殺せだって……? あんたの飼い主は、とんでもない下衆男だね──。まあいいよ。だったら、野菜代はわたしが出してやるよ。それで野菜を買って、あんたじゃなくて、その男の尻の穴に突っ込みな──」

 

 女は怒った表情のまま、不意に身体の向きを変えて歩き出した。

 ついて来いという意味だろう。

 魔凛は慌てて、後ろを追った。

 命令に反する行為ではないので、身体は自由に動く。

 女はすぐに大通りから横の辻を曲がった。

 そして、さらに路地に入っていく。

 

「ま、待ってくれ──。お前は何者なのだ──?」

 

 しばらく歩いてから魔凛は訊ねた。

 

「鳴智(なち)という名の女だよ──。わたしの飼い主に、青獅子たちを処分しろと命じられている。あんたに目をつけたのは、その仕事をするのに一番都合のいい道具として使えそうだからさ。その代わりに、あんたに刻まれている馬鹿げた命令はなんとかしてやろう。だから、来るんだ」

 

 鳴智と名乗った女は、すたすたと歩きながら、振り返ることなく言った。

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