三個の身体で支配する者が、魔の地でふたつの宝を手に入れる。
それまでの支配者は倒され
ふたつの宝をまとめた者が新たな魔の地の王となるであろう。
──金王妃の予言
*
「
鳴智と名乗った女は、すたすたと歩きながら、振り返ることなく言った。
青獅子を処分する?
「可哀想だけど、そのままついておいで。どうせ、その布以外に身にまとってはならないって、道術で命令されていて、服を着れないんだろう?」
鳴智は言った。
その通りだったので、魔凛は裸身を布一枚だけで隠した姿で鳴智の後ろを歩いていった。
やがて、鳴智は一軒の居酒屋に入った。
居酒屋といっても開業はしていない。
戸がきっちりと閉じていて、横の勝手口のような戸から入っていったのだ。
「お帰りかい、鳴智? おお、そいつが魔凛か──? 随分と色っぽい格好している亜人様じゃねえかい」
入った場所は居酒屋の店の中であり、薄暗かった。
戸が閉まっている暗闇の中に、一本の蝋燭が灯っているだけなのだ。
五個ほどの卓があり、そのひとつに男がひとりいた。
その男は蝋燭の光でなにかの紙を覗いているところだったが、魔凛の姿を認めて声をあげた。
男が魔凛の身体をじろじろ見ながら、好色に歪んだのがわかった。
魔凛は布を支える手にぐっと力を入れる。
「なに見てんだよ、糞ったれが──。あんたと交わした約束の仕事をしているだけさ、
「そんな簡単な仕事じゃねえよ、鳴智──。簡単な仕事なら、お前がやればいいだろうが──。魔王の結界で覆われた魔王宮の地下に忍び込んで、監禁されている女を助け出してみろ」
「そうしたいけど、わたしはわたしで都合があるんだよ──。その助け出したい女は、わたしの顔を見れば、まず最初に、わたしを殺そうとするだろうから、わたし自身が手を出すことはうまくはないんだよ──。それに、お前には仕事をさせるために、高い代金を払っているんだ」
「うるせい──」
「とにかく、ここで油を売るために、お前とお前の一党が喰うための銭を与え続けているわけじゃないんだ。さっさと仕事しな──。例のなんとかという坊やにも金はもらってんだろう? 命懸けで魔王宮にさっさと忍び込んだよ」
「俺には俺のやり方があるんだ。魔王宮に隙がねえか、いま探っている。方法があれば、すぐにでも潜入するが、いまのところ、結界を破る方法がねえんだよ──。いいか、普通は、道術というのは、直接には俺たち人間には効かないけど、結界の中は別なんだ──」
「わたしに道術の講義をするんじゃないよ、双六──。まあいいや……。あんたらにそれ程の期待をしているわけじゃないからね……。それにしても、あの坊やも、あんたのことを双六とはよく名付けたものさ。役にたつかどうかは、賽の目次第ということだね」
鳴智が笑った。
双六という男が不機嫌な顔になった。
「ところで、青獅子は早晩死ぬよ。死ねば、結界は消滅する。ほかにも『結界術』を遣う亜人は魔王軍には大勢いるけど、一時期混乱することは確かだよ。その機会を狙いな」
「魔王が死ぬ──? それはどういうことだ? 本当か、鳴智──?」
「ああ、この魔凛がそれを成し遂げるからね」
鳴智が言った。
「ね、ねえ、鳴智……。それは一体全体どういうこと……?」
魔凛はふたりが話していることがさっぱりと理解できずに、思わず口を挟んだ。
しかし、それは、鳴智の声によって遮られた。
「質問はなしだよ、魔凛──。あんたをわたしたちは助けてやる。その代わり、あんたはわたしの一党に使われる道具になるんだ。まずは、青獅子を殺す。それがあんたの道具としての最初の仕事だよ」
「あんたたちの道具になれというのかい? それとわたしを助けるというのは本当かい?」
魔凛は言った。
道具にでもなんにでもなる──。
この境遇から救い出してくれるなら、どんなことでもやる──。
魔凛はそう思った。
「本当にわたしを助けてくれるのかい、あんた?」
魔凛は声をあげた。
「そう言っただろう。だけど、その条件は、わたしの一党の道具になることだ……。さっきも言ったけどね」
「道具になって、なにをすればいいんだい?」
魔凛は訊ねた。
「予言を成就させるんだよ」
「予言?」
「それ以上の質問はなしだよ、魔凛──。わたしは、あんたに禁止されている情報以外の最大限のものを教えてあげているんだよ。本当は、あんたがどういう連中に支配されることになるのか、教えてやりたいんだけど、それは命令で禁止されているのさ」
鳴智が言った。
「命令で禁止?」
「わたしも道具のひとつってことさ……」
鳴智と名乗った女が襟を寛げて、ちらりと首輪を見せながら、自嘲気味に笑った。
魔凛は息を呑んだ。
「わかった。訊くなというなら訊かない──。そして、あんたの道具になる。この首輪の支配を解除してくれて、本当にわたしを助けてくれるなら、わたしはあんたの奴隷でも道具でもなんでもなる」
魔凛はきっぱりと言った。
「馬鹿だねえ、魔凛……。わたしもあんたと同様に連中の道具だと言ったじゃないか。だから、あんたと同じ碌でもない首輪を嵌められてるんだろう?」
鳴智がにっこりと微笑み、初めて声をあげて笑った。
しかし、その笑みに含んでいる哀しみのようなものに、魔凛は気がつかざるを得なかった。
「来な、魔凛」
鳴智は双六を残して、さらに店の奥に入っていった。
魔凛は布きれで身体の前を隠した格好のまま、その後を追う。
やがて、二階に昇る梯子があり、それを昇ると少し広めの部屋があった。
部屋の中は明るかった。
窓は戸板で閉じているのだが、道術によって煌々と天井が光っているのだ。
部屋の中には、フードを深くかぶったひとりの女が椅子に座っていた。
布を被っているので顔は見えない。
しかしながら、薄い外套で覆った身体の線は確かに女性のものだった。
すぐに、魔凛には目の前の女が道術遣いであることがわかった。
それもかなりの霊気の持ち主だ。
身体から大きな量の霊気が発散している。
「連れてきましたよ、お
鳴智がそのお宝と呼んだ女に言った。
「誰に向かって口を聞いているんだい──。あの人から言われているから、殺しやしないけど、痛い目に遭いたくなければ、必要以上の口をきくんじゃないよ、鳴智」
お宝が怒鳴った。
そのとき、フードが外れて、女の顔が露わになった
魔凛はあまりの驚きに悲鳴をあげた。
「ほ、宝玄仙──ど、どうして──?」
そこにいたのは、紛れもなく、宝玄仙そのものだった。
しかし、宝玄仙は青獅子に捕らえられて、魔王宮の地下に手足を切断されて監禁されているはずだ。
魔凛は見たわけではないが、大旋風と青獅子がそう言って笑っていたのを何度も耳にしている。
「わたしのことを訊ねるんじゃない、魔凛──。それよりも、お前の首に刻まれている『服従の首輪』の命令者の対象を変えるよ。その代わり、なにをすればいいか、わかっているんだろうねえ?」
宝玄仙にそっくりな女が怒鳴った。
「な、なにをって……」
魔凛はどういうことなのか事態が理解できずに当惑した。
「説明していないのかい、鳴智──」
その女が鳴智に向かって声をあげた。
「余計な口をきくなと、たったいま言ったじゃないですか、お宝様」
鳴智が小馬鹿にしたような声をあげた。
「な、なんだって──。お前、一人前に口答えしてるのかい、鳴智──? 奴隷の分際でいい度胸じゃないか」
お宝の顔が怒りで真っ赤になった。
「だったら、殺したらいいでしょう──。それがわたしの望みだって、前から言っているじゃないですか」
鳴智が捨て鉢のような言い方をした。
魔凛は目の前のふたりの関係が理解できずに困惑していた。
お宝はしばらく鳴智を睨みつけていたが、やがて、その顔に冷酷な笑みが浮かんだ気がした。
「ふっ……、殺しはしないさ。あの人に禁止されているからね……。だけど、この前、お前の身体に刻んでやった道術紋を使えば、いくらでもお前を痛めつけられるんだよ」
「だ、だったら、幾らでもやりな、お宝──。そして、さっさと殺せ──。わたしは、お前らなんか大嫌いだ──。なにもかもぶち壊してやりたい。わたしは、首輪の道術で従わせられているから、仕方なくお前らに刃向かわずに仕事をしてやっているけど、心の底じゃあ、お前らを憎んでいるよ、この糞女──」
「な、なんだって──」
「話なんてしたくないのは、わたしも一緒だよ。わたしが毎日毎日、反吐が出るのを我慢して、お前に従っているのを知らないだろう──。この出来損ないの道術遣い──」
するといきなり鳴智が感情を爆発させるようにまくしたて始めた。
魔凛は驚いた。
「わ、わたしを出来損ないと言ったのかい──?」
「いまだに、手の甲の封印のために、攻撃道術が遣えないんだろう──? わたしを殺せるものなら、殺してみな。攻撃道術を遣ってね」
鳴智は凄い剣幕だ。
さっきまでの虚無的な態度が嘘のような感情の爆発だ。
だが、魔凛はなんとなく、この激しい気性の鳴智こそ、本来の彼女の姿なのではないかと思った。
「言いたいことはそれだけかい、鳴智……?」
お宝が静かに言った。
しかし、お宝の顔も怒りで溢れていた。
顔を真っ赤にして、拳が小刻みに震えているのがわかる。
「まだ、言っていいのかい、お宝?」
「いや、もう十分だろうね……」
お宝がぱちんと指を鳴らした。
「くっ……なっ……」
すると鳴智が腰をがくんと落とした。
下袍の上から両手を押さえて、腰を引いて下半身を震わせ始めた。
「お前の元ご主人様が遣える道術は、わたしだって遣えるんだよ。確かに、お前を殺すような道術は遣えないけど、お前のような生意気な奴隷には、痛みよりもこっちの方が堪えるだろう? しばらく、そうやって性感を暴発させてやるよ」
「な、なにを……あっ、はっ、ああっ……」
鳴智が自分の手で身体を抱くようにしてがくがくと震えだす。
みるみると全身に汗をかきだして、しかも、いやらしく内腿を擦り合わせるような仕草を始める。
いずれにしても、淫靡な道術を掛けられたのは明白だ。
魔凛は言葉もなく、その姿を眺めた。
「反省して詫びを入れたくなったら、そう言いな、鳴智──。これからは、こうやって躾けてやるよ、生意気な口をきけば、いき狂いの罰だ。お前のような女には、それが一番効果的だろうからね」
お宝が高笑いした。
魔凛はそれを呆然と見ていた。
「はっ……くうっ、あっ……」
鳴智は唇を必死になって噛みしめて、腰砕けの身体で懸命に淫らな刺激に耐えているようだ。
顔からは流れる脂汗がすごいことになった。
また、その顔は真っ赤だ。
「声を出さないつもりかい……。じゃあ、これなんて、どうだい?」
お宝が手で空中を撫ぜるような仕草をした。
「うふうっ──」
鳴智が今度はお尻を押さえて、腰を前に突き出すような態勢になる。
そして、その身体がぶるぶると震えた。
やがて、ついに耐えられなくなったかのように、その場にがっくりと跪いた。
「さっそく達したかい──。なら、しばらくそうやっていき狂ってな、鳴智──。さてと、お前だよ、魔凛」
お宝が言った。
「あっ、は、はい……」
なにか圧倒されるものを感じて、魔凛はぎこちなく返事をした。
「お前の首輪に刻まれている命令者は誰だい?」
お宝が言った。
「だ、
魔凛は答えた。
「わかった。じゃあ、いまからやるのは、その命令者をその大旋風から、わたしに切り替えるという作業だ。お前に刻まれている支配道術はそのままだけど、今日からは、命令に従わせられるのは、大旋風じゃなくて、このお宝だ。いいね──。その大旋風という男から惨い仕打ちを受けていたということは知っている。その境遇から救ってやるよ。その代わり、お前はわたしたちの道具だよ」
お宝は言った。
「そ、そんなことができるのであれば、道具にでもなんでもなります──。でも、そんなことができるのですか──?」
魔凛は叫んだ。
するとお宝が声をあげて笑った。
「造作もないね──。だって、その『服従の首輪』を作ったのは、このわたしだからね。その霊具に刻まれている道術は、わたしの道術なんだよ。わたしが自由に操作できるのは当たり前じゃないかい──」
「あ、あんたの霊具?」
魔凛は声をあげた。
「そういうことだよ。もっとも、青獅子に渡したのはわたしじゃないけどね。
雷音大王?
北の魔域に縄張りを持つ大魔王だ。
牛魔王という部下の魔王将軍がいて、最近になってあちこちの小魔王を滅ぼし、その領域を横取りして、大勢力を作っていると耳にした。
その関係者?
だったら、こいつらは亜人側の者?
「あ、あなた方は雷音大王の手の者ということ?」
「まあね。とにかく、金凰魔王はしたたかだから、情報と贈り物だけ手に入れて、後は知らん顔だ。もともと、宝玄仙の身柄だって、雷音大王が送った使者から得た情報のくせに、しっかりと宝玄仙の身柄を自分たちが握って、雷音院に輸送する気配すらないからね──。それでさすがのお人よしの雷音大王も怒って、わたしらが派遣されたというわけさ……。おっと、これはおしゃべりがすぎたね。お前ら道具には用のない情報さ……」
お宝が首輪に手を伸ばした。
しかし、それは一瞬だった。
すぐに、お宝は手を引っ込める。
「終わったよ──。これで、お前の支配者は、このお宝になった」
お宝は事も無げに言った。
「えっ、もう終わり……ですか?」
魔凛はびっくりした。
「当たり前だよ。それはわたしの霊具だと言っただろう……。試しにやってみようかい? じゃあ、手を布から離して上にあげな。命令だよ」
すると魔凛の手は勝手に頭の上にあがり、身体を隠していた布は足元に落ちた。
魔凛は布が落ちたことよりも、眼の前の宝玄仙にそっくりなお宝という女の命令が『服従の首輪』に刻まれていることに驚愕していた。
『服従の首輪』は、原則としてひとりの命令者しか受けつけない。
「すべての人間の命令に従え」というような命令でも与えられれば別なのだが、そうでなければ、首輪に刻む命令者はひとりだけなのだ。
それは、魔凛を実験材料に、大旋風たちがいろいろと試していたからわかっている。
つまり、首輪によって、魔凛がお宝の命令に従わせられているということは、大旋風の命令者としての効果は無効になっているということに違いない。
「納得したかい。じゃあ、命令を解除するよ……。次は、お前の術を復活しようかね」
お宝が言った。両手が自由になり、魔凛はとりあえず、裸身を手で隠す。
「術? わたしの支配術のことですか? しかし、その道術は、青獅子に奪われて……」
『服従の首輪』で与えられた最初の命令がそれだった。
青獅子に対して、魔凛の術を無条件で譲渡せよという命令だ。
だから、奪われた道術は、ほかの第三者の手によって、復活はできないはずだ。
真言の誓いというのはそういうものなのだ。
真言の誓いによって譲渡された道術は、両者の真言の誓いによってしか元に戻せない。
たとえ、青獅子が死んだとしても、奪われた魔凛の道術が、魔凛に戻ることはないのだ。
魔凛は、青獅子に道術を奪われた経緯を眼の前のお宝に説明した。
「それが道術なら、確かにそうさ……。だけど、よく考えてごらんよ。道術というのは、霊気を操作する術のことだよ。本来は、道術は、霊気を帯びていない人間族には、効果がないはずじゃないか。それなのに、お前の支配術は、ただの人間にも効果があっただろう? だから、お前が使っていた術は、実は道術ではなく、第二の道術というべきものなのさ。つまり、道術とは別のものさ」
「道術とは別のもの?」
魔凛は思わず声をあげた。
だが、確かに、かねがね自分の遣う支配術は、道術の原則に反して、霊気のない人間に対しても効果が及んでいた。
それがどういう理由であるのか、魔凛をはじめ、どんな賢人でも説明できないでいた。
いずれにしても、この『支配術』は、この数年だ急に発達した術であり、魔凛にもその原理は説明できない。
「……お前ほどじゃないけど、お前のような術を遣う小娘がひとりいてね。そいつを研究しているうちに気がついたんだよ……。あれは道術じゃない。別の力だ。超能力といってもいいね──。いずれにしても、お前の術が遣えなくなったのは、お前自身が術を失ったと思い込んでしまったのが理由さ。実際には、なにも奪われていないというのにね──」
「奪われてない?」
「いいから、こっちを見な。わたしの眼を見るんだ。お前に『縛心術』をかける……。これは、道術だ。だけど、これで、お前が失ったと思い込んでいた支配術の封印が解けるよ。それどころか、以前のように水晶の霊具になんか頼らなくてすむ。もともと、そんなものは必要なかったのさ。道術ではないのだからね。ただ、お前の頭がそれを勘違いをして、道術の力の支援が必要なんだと思い込んでいただけなのさ……。ところで、さっきから、やかましいねえ、鳴智──。少しは自重しな」
お宝が部屋の隅で苦しそうにうずくまっている鳴智に声をかけた。
鳴智は、さっき淫靡な術をお宝にかけられて、疼きを必死になって耐えて声を殺しているのだ。
しかし、それでも耐えきれない悶え声が部屋に少しずつ響いている。
「……ゆ、許してください……お宝様……。も、もう、生意気は言いませんから……」
鳴智が苦しそうな声で早口で言った。
「ふん──。自分の分際をわかればいいのさ。わたしも、お前なんかに悪戯するのは、本当は虫酸が走るくらいに嫌なんだよ。なぜか興味が持てないのさ──。だけど、もう少し我慢してな。いまは、こっちが忙しいんだ」
お宝はそう言うと、もう鳴智は無視した態勢になり、魔凛の額に手をかざした。
なにか熱いものが魔凛の身体の中に入り込んでくるのが、はっきりとわかった。
(第79話『死ぬこともできず』終わり)