※この作品はR-18です。

嗜虐西遊記【完結】   作:ドン・ドナシアン

511 / 819
511 人間女を庇った亜人男

 山が険しくなり、岩が多くなった。

 

「石虎(せきと)隊長、俺は残念で仕方がねえですよ。あの孫空女を金凰宮まで移送する仕事というから、てっきり、移送のあいだ、あの人間族の赤毛を犯し放題だと思っていたのに……。それが蓋を開けてみれば、毎日、こうやって面白くもない檻車の黒い壁を守って移動するだけの行軍なんて」

 

 隣で馬を進めている部下がぼやいた。

 石虎は苦笑した。

 

「仕方あるまい。玄魔(げんま)将軍の封印術がかかっておるのだ。あの檻車の扉を開くのは、完全に金凰宮の敷地内に入ってからだ。それまでは、玄魔将軍の道術が解けんのだ。諦めな」

 

 あの孫空女をこの行軍のあいだ、抱き潰してやろうと思っていたのは石虎も同じだった。

 しかし、このところ、城郭で人間族の不穏な動きが続いていることに警戒した玄魔が、移送の途中で孫空女に逃亡されることがないように、檻車の扉を道術で封印したのだ。

 だから、檻車の扉は、玄魔の道術が解ける金凰宮に入らなければ絶対に開かない。

 重厚な檻車の壁をぶち破りでもすれば話は別だろうが……。

 

 いずれにしても、これでもしも、集団で檻車が襲われ、孫空女ごと奪われても、彼らは檻車から孫空女を出すことができない。

 重い檻車は、ここにいる石虎たちの道術がなければ、こんな山中を移動させることなどできないから、襲った人間族にはどうにもならないというわけだ。

 

 だが、石虎は、そういう玄魔の用心深さに閉口するとともに、呆れる思いだった。

 獅駝(しだ)嶺の山中は、すでに亜人族の領土なのだ。

 こんなところまで人間族がやってきて、孫空女というただの異邦の女を救出するなどということがあるだろうか。

 このお陰で、せっかくのおいしい仕事なのに、石虎をはじめとして移送の任務にあたった兵はいい思いをすることができないのだ。

 

「まあ、金凰宮の敷地にさえ入れば、扉の封印も解ける。それまで待て。金凰宮の敷地も広いからなあ……。入ってからも、金凰宮そのものに辿りつくまでに一刻(約一時間)はかかる……。どこかで檻車を止める場所もあるだろう。そこで、孫空女を全員に犯させてやる」

 

 石虎は言った。

 するとその声を聞いた兵たちが一斉に歓声をあげた。

 

「本当ですか、隊長? 約束ですよ」

 

 さっきの騎兵が陽気な声をあげた。

 

「ああ、約束だ。だが、玄魔将軍には内緒だぞ」

 

 石虎は言った。

 

「わかってますって、石虎隊長──。ああ、そうと決まれば、こんな糞面白くもない岩道も愉しくなるってもんですよ。お前ら、張り切って、この檻車を運ぶぞ──。もっと、霊気を込めろ──。速度をあげれば、それだけ、俺たちがこの檻車の中の孫空女を抱く時間が増えるということだぜ」

 

 その掛け声とともに、兵たちが檻車に込める霊気を増やしたのがわかった。

 重い檻車がすっと速度をあげて進み始める。

 それに合わせて、石虎も馬の速度を少し速めた。

 この檻車は、馬の力だけではなく、霊気の力によって動く。

 霊気のない人間族には操れない亜人族特有のものでもある。

 

「……それになあ、お前たち……。今頃は、あの孫空女もひいひい檻車の中で悲鳴をあげているに違いないぜ。明後日、予定通り金凰宮に到着する頃には、お前たちに抵抗する気力なんてすっかりとなくなっているぜ」

 

 石虎はそう言って、出発の直前に、孫空女の股間に石虎の道術を込めた淫具を挿入してやったことを説明した。

 あの淫具は、石虎が道術を解かない限り、孫空女の股間から抜けることはないし、振動がとまることはない。

 この道中のあいだ、この檻車の中の孫空女は、絶え間のない張形の淫具に責め苛まれることになる。

 それを想像することだけが、玄魔の封印で孫空女を抱くことを妨げられている石虎に許された慰めだった。

 石虎の説明を聞いた部下たちが、一斉に卑猥な笑いをあげた。

 

 そのときだった。

 急に地面から強い霊気の高まりを感じたのだ。

 

 石虎は得体の知れない違和感を覚えた。

 ちょうど隊は、崖の切通しの狭い山岳道を進んでいたところだった。

 右側は岩壁がそびえたっていて、左側は谷に沈む崖だ。

 

 変だな……?

 だが、もしも、こんなところで、なにかに襲われたら逃げ場などない。

 なにか得体の知れない予感がした。

 そして、はっとした。

 

「密集体型──」

 

 石虎は叫んだ。

 どこにも人影などない。

 だが、地から沸き立つ霊気は自然のものなどではない。

 なにかの人為的な危険が迫っている……。

 

「上だ──」

 

 誰かが叫んだ。

 石虎は右側の崖を見あげた。

 

 すぐに地響きを感じた。

 土煙をあげながら巨大な岩が落ちてくる。

 それもひとつやふたつではない。

 

 避けられない──。

 

 音をたてて落ちてくる巨石が眼の前に迫った。

 悲鳴をあげるいとまもなかった。

 その中の一個の巨石が自分の身体を押し潰すのを石虎はしっかりと感じた。

 

 

 *

 

 

 玉斧(ぎょくふ)は舌打ちする思いだった。

 土や岩を操る術は、土族と呼ばれる玉斧たち種族特有の道術だ。

 孫空女を監禁した檻車が、眼下の隘路を進んでくるという情報は正しかった。

 たかがひとりの人間族の女を移送するのに、百人隊長ほどの将校に率いさせた二十騎の騎兵に檻車を守らせているのは、あの玄魔将軍の用心深さだろう。

 だが、どんな念の入った策であろうと、それを実行する者の器によっては隙が生まれるものだ。

 孫空女の移送隊長の石虎は玉斧の知る限り、玄魔隊の中では一番の愚か者だ。

 そんな愚者に孫空女の移送を任せたのは、玄魔の失敗だ。

 

 まあ、もっとも、玄魔にとっては、宝玄仙という道術遣いの人間族の女ではなく、その供の女戦士というのは、それの程度の価値なのだろう。

 いずれにしても、こんな狭い場所に、なんの警戒もせずに隊を侵入させたのは、石虎がこの任務を大して重要なものと認識していなかった証拠だ。

 玉斧としては、待ち構えた場所で、得意の土を操る道術で巨石を落とすだけでよかった。

 それで、眼下の騎馬隊は次々に落石に巻き込まれて、崖下に転落していった。

 

 だが、計算違いは、移送の騎馬隊を押し潰した巨石の一個が檻車そのものにも当たってしまったことだ。

 檻車は眼下の崖下のさらに下の崖に、騎兵と一緒に転がり落ちていった。

 玉斧は慌てて、崖を駆け降りて、檻車が落ちた崖下に向かう。

 ここは玉斧が孫空女を救出するために、十分に待ち構えて罠を準備した隘路だ。

 あらかじめ崖下に降りる道も作ってある。

 

 石虎隊と檻車が落ちた崖下に辿りつくのに、それほどの時間はかからなかった。

 騎馬隊と檻車が落下した崖下では、巨石群に押し潰された騎士たちが散乱していた。

 不幸にも石に潰されて即死したのは半分ほどだろう。

 その他の兵は死んではいなかったが、大怪我をしていて、やってきた玉斧に注意を払う様子はない。

 

「孫空女──」

 

 崖下に横倒しになっている檻車を見つけて、玉斧は思わず叫んだ。

 ひっくり返った檻車の横に大きな穴が開いている。

 どうやら、玉斧が落とした岩石のひとつが、頑丈な檻車の壁をぶち破ったようだ。

 玉斧は、周りの亜人兵たちを尻目に檻車に走った。

 そのとき、檻車のすぐそばで馬とともに倒れている男の姿が眼に飛び込んだ。

 

 間違いなく石虎だ。

 完全に死んでいる。

 

 玉斧には、石虎の身体から完全に霊気の発散がとまっているのがわかった。

 その石虎の死骸の横の岩からよじ登って、横倒しの檻車の上に立ち、檻車の中を覗き込んだ。

 

「すまん、孫空女、無事か──?」

 

 檻車の穴の下に人の気配を感じた。

 玉斧は檻車の中にある岩に向かって飛び降りた。

 どうやら、この岩がこの檻車の壁をぶち破ったようだ。

 すると、檻車の壁に金具や革紐で拘束された孫空女がいた。

 

 びっくりした。

 孫空女は黒い大きな布を身体の下に敷いているだけのまったくの裸身だった。

 全身に汗をびっしょりとかいていて、湯気が見えるほどに肌が上気している。

 ふと見ると、床に女陰を責める淫具が落ちている。

 また、檻車全体に女の蜜特有の臭気が充満していて、孫空女がこの檻車で移送されながら、ずっと淫靡な責めを受けていたということは容易に想像がついた。

 一瞬にして、玉斧の想い人の孫空女に手を出した石虎たちへの殺意が込みあがったが、すぐに、その石虎は玉斧の落とした巨石の下敷きになって死んでしまっていたことを思い出した。

 

「いま、その拘束を壊してやる。待ってろ──」

 

 とにかく、玉斧は孫空女の拘束を解こうと、孫空女の裸身に駆け寄った。

 孫空女を拘束しているのは、手脚に嵌っている金具と胴体に嵌まっている金具だ。金具は檻車の床に装着されていて、それが孫空女の四肢のすべての関節に嵌っている。

 金具は霊具だ。

 しかし、どうやらさっき死んでいた石虎の道術なのだろう。

 すでに霊気が消滅しかけている。

 このままでも、いずれは霊気切れになり外れるだろうが、玉斧の道術でもすぐに解除できる。

 

「へへ……。それにしても、色っぽい格好しているなあ、孫空女。惚れ直しちまうよ」

 

 玉斧は孫空女の色っぽい裸身に眼をやりながら言った。

 孫空女の身体は、玉斧の想像以上の美しさだった。

 まず玉斧の視界に入ったのは、孫空女の美味しそうな薄い桃色の乳輪や乳首だ。

 乳房のかたちもいい。

 鍛えられた筋肉に支えられているのか、横倒しになって壁に張りついているというのに、豊かな乳房はまったく垂れる様子もない。

 この乳房を無遠慮に揉み、そして、存分に舐め回したい。

 

 また、股間にはどういうわけか一本の恥毛もなかった。

 強靭な女戦士の孫空女の股間に童女のような無毛の亀裂があるのはなんとも艶かしい。

 そして、床に落ちている淫具に苛まれ続けていたためか、すっかりと濡れてぱっくりと女陰の口を開いている。

 その神々しいばかりの美しさと淫靡さに、玉斧は自分の股間の疼きを感じながら、しばらくのあいだ、孫空女の身体に見とれていた。

 

「お、お前、誰だよ──?」

 

 突然に孫空女が叫んだ。

 想像した以上の気丈さと声の強さに、玉斧は安心するとともに感心した。

 青獅子の嗜虐趣味は、この一帯の亜人族の中でも特に有名であり、そのためか青獅子たちの部下には、人間族や亜人族の美女を捕らえては、肉玩具として凌辱するのが趣味の部下たちが揃っている。

 そんな連中に囚われていた孫空女が、いままでにどんな目に遭っていたのかは、想像して余りある。

 玉斧が心配していたのは、あの玉斧がひと目ぼれした人間族の女傑が、青獅子たちの凌辱で、すっかりと牙を抜かれて、哀れな性奴隷に成り下がっているのではないかということだった。

 

 しかし、それは杞憂だったようだ。

 孫空女は元気だ。

 玉斧をただの一瞥で女房にしたいとまで思わせたその女丈夫が、青獅子の部下の責め程度に屈するわけはないと思っていたが、どうやら孫空女はしっかりとした気持ちを保ち続けていてくれていたようだ。

 

「覚えてないのかい、俺だよ──。玉斧だ。獅駝の山であんたに叩きのめされた人さらいの亜人盗賊だよ──」

 

 玉斧は言った。

 

「あっ、あんときの……」

 

 孫空女の顔に驚きの色が浮かぶ。

 

「思い出してくれたかい、孫空女──。そうか、そうか……。やっぱり、忘れないでいてくれたかい……」

 

「きっちり忘れてたよ」

 

 孫空女が照れたように声をあげた。

 

「そう言うなよ……。いま、助けてやるからな……。手足の金具は俺の道術でも解除できるぜ」

 

 玉斧は道術を込めた。

 石虎の霊気が完全に放出されて、孫空女の手脚を縛っていた金具が外れていく。

 

「これを渡しておくぜ。お前の得物だろう? 感謝してくれよな。これを軍の保管庫から盗んでくるのに苦労したんだ」

 

 腕だけが自由になったところで、孫空女に青獅子軍の軍営から盗み出した孫空女の得物を握らせた。

 怖ろしいほどの霊気の籠った霊具の武器だ。

 普段は刺繍針ほどの小ささだが、戦いのとき、孫空女はこれを長い金属の棒にして武器にしていたはずだ。

 

「こ、これ……」

 

 孫空女の眼が見開いている。

 同時に顔に覇気が籠ったのもわかった。

 玉斧は捕らわれていた女囚が再び戦う女に戻った瞬間をそこに感じた。

 また、床に寝そべった状態で拘束されていたらしい孫空女は、いまは檻車自体が横に倒れているので、胴体に残っている金具だけで壁にくっつているみたいになっている。

 そうでもいいけど、身体に巻いている布は完全にはだけて、あちこちが丸見えだ。

 本当に色っぽいな……。

 抱きたい──。

 玉斧は心からそう思った。

 

「待ってな。胴体の革紐も解く。とにかく、ここを逃げるんだ……」

 

 玉斧は孫空女の身体に残っている金具を外すために、再び魔道を込めようとした。

 

「あっ、危ない──」

 

 そのときだった──。

 不意に眼の前の孫空女が叫んだ。

 玉斧は振り向いた。

 檻車の穴に立った亜人兵が弓矢を番えている。

 その矢が放たれ、真っ直ぐに孫空女の身体に向かった──。

 

「ちいっ──」

 

 玉斧の全身に恐怖が走る。

 自分が矢に当たるという恐怖ではない。

 眼の前の美しい孫空女の身体に矢が突き刺さって傷つけられるという恐怖だ。

 玉斧はほとんど無意識のうちに、孫空女の身体に覆い被さった。

 

「ぐあっ」

 

 横腹から火傷のような熱さが込みあがった。

 亜人兵の放った矢が、玉斧に突き刺さったのだ。

 同時に玉斧の心に安堵が走る。

 矢が孫空女の身体に当たるのを防ぐことができたのだ……。

 玉斧は身体を反転させて、道術で反撃する態勢を取った。

 

「こ、これは、玉斧殿──。な、なんでここに──?」

 

 弓を放った亜人兵が玉斧の顔を確かめて驚いた。

 その一瞬で十分だった。

 玉斧は檻車の中に巨石とともに落ちていた数個の石を飛礫にして、弓を構える亜人兵に向けて放った。

 

「ひいっ──」

 

 亜人兵が呻き声をあげて、穴の向こう側に落ちていく。

 

「玉斧、大丈夫かい──。伸びろ──」

 

 背後で孫空女が悲鳴のような声をあげた。

 ふと振り返ると、孫空女の手に握らせていた武器が長く伸びて棒になり、孫空女の胴体と金具のあいだに入り込んでいる。

 次の瞬間、孫空女の武器が孫空女の胴体に嵌まっていた金具を音を立ててぶっ壊した。

 孫空女の身体が床に落ちる。

 

「──女囚が逃げるぞ──。玉斧隊長が裏切ったのだ──。逃亡する場合には、殺害せよという玄魔将軍の命だ。残った者はここに集まれ──」

 

 さっきの穴から再び声がした。

 はっとして、玉斧は注意を檻車の穴に戻す。

 今度はふたりの亜人兵が弓矢をこっちに向けている。

 さらにその後方には多くの兵が集まろうとしている気配だ。

 

 考える余裕もなく、二本の矢がこっちに向かってきた。

 しかも、矢は玉斧ではなく、床に落ちてまだ態勢を取れない孫空女に向かっている。

 玉斧は身体を矢と孫空女のあいだに差し入れた──。

 

 

 *

 

 

「──女囚が逃げるぞ──。玉斧隊長が裏切ったのだ──。逃亡する場合には、殺害せよという玄魔将軍の命だ。残った者はここに集まれ──」

 

 明らかに孫空女を庇う動きをした玉斧が横腹に矢を受けるのを確認しながら、檻車の穴の向こうで、亜人兵がそう叫ぶのを確かに耳にした。

 

 裏切り者──?

 玉斧隊長──?

 

 大きな疑念が湧いたが、差し迫った危機が孫空女の思念を吹き飛ばした。

 孫空女は、胴体と金具のあいだに差し入れていた『如意棒』を強引に押し捻って、まとめて胴体の金具をぶっ壊した。

 拘束の解けた孫空女の身体は、そのまま床に落下する。

 

 身体を床に叩きつけられる衝撃に耐えて、孫空女は顔をあげた。

 一日以上も淫具に責められ続けた孫空女の身体は、自分でも驚くほどに力が入らない……。

 

 自分の身体の痺れのようなものに戸惑いながらも、孫空女は身体を起こそうとした。

 しかし、その眼の前に、自分に飛んでくる二本の矢をはっきりと孫空女は認めた。

 さっきの檻車の壁の穴からさらにふたりの亜人兵が弓矢を番えている。

 その背後には、まだ数名の亜人兵がいる気配だ。

 

「孫空女──」

 

 不意に眼の前に玉斧の顔が割り込んだ。

 驚愕する孫空女の視界に、背中に二本の矢を受けた玉斧が大きく眼を見開くのが映った。

 

「玉斧──。な、なにしているんだよ、お前──?」

 

 孫空女はやっと身体を起こしながら叫んだ。

 玉斧の大きな身体が倒れてくる。

 

 孫空女はとっさに、その身体を両手で掴んだ。

 

「あぐっ」

 

 その玉斧の背にさらに、もう一本の矢が刺さる。

 

「な、なんで、あたしを庇ったんだよ──」

 

 孫空女は訳もわからずに声をあげた。

 背と腹に四本の矢が突き刺さっている玉斧の顔がにっこりと微笑んだ気がした。

 そして、玉斧の身体が急速に力を失って崩れ落ちていく……。

 

「承知しないよ、お前ら──」

 

 気がついたときには、孫空女は玉斧の身体を床に捨てて、跳躍していた。

 身体に巻いていた布は邪魔なので取り去った。

 素っ裸で如意棒を持って、亜人兵たちに襲い掛かる。

 弓を放った兵の顔に恐怖の色を認めたとき、孫空女の振り回した『如意棒』から、しっかりとふたりの首の骨が折れる感触が伝わってきた。

 

 孫空女はそのまま檻車の外に飛び降りる。

 悲鳴のような声があがった。

 

 十人ほどの兵が檻車の周りに集まりかけていた。

 しかし、武器を持つ孫空女の姿を認めて、すぐに散り始める。

 

「待てええ──」

 

 孫空女は後を追って五人ほどは倒したが、残りはもう無理だった。

 取り逃がした亜人兵たちは、先を争って左右の視界から見えなくなる。

 もはや、追うのは不可能だ。

 

 孫空女は『如意棒』を小さくして耳にしまう。

 檻車の中に戻る。

 とにかく、孫空女を庇って矢を受けた玉斧が心配だ。

 

 再び檻車に戻り、床に伏している玉斧の身体に屈みこんだ。

 玉斧の意識はない。

 

 だが、死んではいない……。

 弱々しいが確かに呼吸を続けている……。

 孫空女は両手で玉斧の身体を抱えあげた。

 

 傷を見る。

 四本の矢が身体に刺さっている。

 そのうちの横腹に突き刺さっている矢がやたらに深い。

 孫空女はそれが気になった。

 

 玉斧の身体を抱えあげながら、檻車の中に落ちていた巨石によじ登って、そのまま檻車の外に出る。

 孫空女は、抱えていた玉斧の身体を静かに地面に横たえた。

 周囲にはすでに生きている亜人兵の姿はない。

 残っているのは、死んだ亜人兵だけだ。

 

 孫空女は、まずは周囲を駆け回り、手当の助けになりそうなものを探した。

 何人かの兵の荷から布のようなものを出した。

 傷を癒す薬草もあった。

 それを抱えて玉斧のところに戻る。

 

 四本の矢のうち、三本はすぐに抜いた。

 薬草と布で血止めもする。

 しかし、横腹の矢には手を出せなかった。

 不用意に抜けば、はらわたを抉ってしまうに違いない。

 仕方なく、その矢についていは、矢羽だけを落として、刺さった部分ごと布で止血する。

 

 それでも、玉斧の意識は戻らなかった。

 孫空女はさらに周囲を探って、役に立ちそうなものを探した。

 すぐに携行用の保存食と水筒も手に入れた。

 血で汚れていない程度のよさそうな下袴や上着や靴も死骸から脱がせて、布を脱いでの身体に身に着ける。

 

 さらに、水を飲み、食料を口に入れた。

 生気が戻った気がした。

 

 こうなったら、次にやることは決まっている。

 城郭に戻って宝玄仙を救出するのだ……。

 しかし……。

 

 傷ついて、倒れている眼の前の玉斧を見る。

 よくわからないが、この玉斧が孫空女の窮地を救ってくれたのは確かだ。

 そして、孫空女の命までも救ってくれた。

 身体を張って──。

 

 こんなことをしてくれた男は、人間族であろうと、亜人であろうと生まれて初めてだ。

 孫空女は当惑していた。

 玉斧の行為は、孫空女の理解をまったく超えていた。

 

 この玉斧が孫空女を移送している騎兵を襲って、巨石を落としたのは間違いないだろう。

 お陰で孫空女は救われたのだ。

 

 その玉斧をまさかこのまま置いていくわけにはいかないか……。

 仕方なく、孫空女は、横たわる玉斧の身体の横にしゃがみ込んだ。

 とりあえず、玉斧が目を覚ますまで待つか……。

 

 そうやって、かなりの時間がすぎた。

 中天近くにあった陽は、少しずつ西に傾いていった。

 玉斧はなかなか意識を戻さなかった。

 

 やがて、陽が西側の山に完全に姿を消したとき、玉斧の意識が戻った。

 まだ、陽の明るさは残っていたが、それは、もうすぐなくなるだろう。

 

「そ、孫空女……?」

 

 玉斧の声がした。苦しそうだが眼も開いている。

 とりあえず、孫空女はほっとした。

 

「……苦しそうだね、玉斧。大丈夫かい……? 礼を言うよ。あんたのお陰で助かった……」

 

 孫空女は言った。

 

「れ、礼なら……、俺の女房になれよ……。そのために、俺はこんな大それたことをしでかしたんだぜ……」

 

 玉斧の頬が緩んだ。

 

「な、なに言ってんだよ──。大きな借りができた──。それは認めるよ──。だ、だけど、それとこれとは別だよ──。あたしは、ご主人様の供なんだ。一生仕えなきゃならないんだよ──。人の女房なんてなれないよ──」

 

 孫空女は思わず声をあげた。なぜか、自分の顔が熱くなるのを感じた。

 すると玉斧が笑い出した。

 力はなかったが、本当に愉しそうな笑い声だった。

 

「……で、でも少しは惚れただろう……? 命懸けでお前を玄魔隊から救い出したんだからよう……」

 

「そ、それは……。まあ……ね。か、感謝はしているよ……。だけど、だから、女房なんかにはなれはしないよ……。こ、困るんだよ……。ご主人様が……」

 

 孫空女は困惑して言った。

 命懸けで孫空女を救ってくれた恩に報いてあげたいとは思うが、孫空女が眼の前の亜人の男の妻になどなれるわけがない……。

 そのとき、不意に玉斧の顔が真顔になった。

 そして、はっとしたように周囲に眼をやる。

 

「そ、孫空女……。ここは、まだ、檻車のそばなんだな……? いかん──。すぐに、ここを離れるんだ──。この檻車には玄魔将軍の道術がかかっている。万が一、なにかの異常が起これば、そのことがどんなに離れていても玄魔将軍に伝わるのだ──。もしかしたら、ずっと、このままでいたのか──? は、早く、逃げろ──。今頃は、もう、逃亡したお前を探す軍が出動しているはずだ」

 

「なんだって──?」

 

 孫空女は叫んだ。

 

「とにかく、ここを離れるんだ、孫空女──。追補の軍がかかる。いや、もうかかっているだろう。逃げるんだ。いますぐに──。玄魔将軍の性格なら、この一帯を山狩りをしてでも、必ずお前を見つけ出す」

 

 玉斧が身体を起こそうとするように身じろぎした。

 孫空女はびっくりした。

 

「う、動いちゃ駄目だよ、玉斧──。結構、あんたの傷は深いんだよ」

 

 孫空女は起きようとした玉斧を制して言った。

 玉斧はほんの少しだけ、自分の身体を探るような仕草をしていたが、やがて、諦めたように力を抜いて、身体を地面に横たえ直した。

 

「こ、これはしくじったな……。お前にいいところを見せて、惚れ直させようと頑張り過ぎたぜ……。腹に刺さった矢は、はらわたをすでに掻き回している……、それが効いている……。これはもう、助からんよ……」

 

 玉斧が薄闇で苦笑したのがわかった。

 

「な、なに言ってんだよ──。大した矢傷じゃないさ。少しは苦しいだろうけど、ちゃんと医師に見せれば……。こんなの治療術で一発だ」

 

「その治療術を掛けられる道術師がいねえだろう……。もういい……。自分でもわかる。これはこのまま放っておけば死ぬだけだ……。それに、ここは三魔王の支配する獅駝嶺の領域だぞ……。その隊を襲った俺が、逃げ込む場所はここにはないよ……。仕方がない……。諦めるさ……。置いていけよ、孫空女──。それより、こんなところにいつまでもいるなよ」

 

「お、置いていけって……。ふ、ふざけるなよ、お前──」

 

「いいから、俺を捨てて逃げるんだ──。もういい……。それから、お前の女主人は、こっちの経路じゃなくて、もう少し東側の山道を通って南に向かってくる。玄魔将軍自身が指揮をするはずだ……。あの人は……用心深いから……。一度襲撃のあった経路は避ける……。すると、残っているのはそっちの経路しかない……」

 

 玉斧が言った。

 そして、力が尽きたように眼を閉じた。

 

「ぎょ、玉斧──? いまの言葉、どういうことさ? なんで、お前がご主人様が連れられる経路のことを知ってんだい──? なあ、返事しろよ、玉斧──」

 

 孫空女は玉斧に呼びかけた。

 しかし、答えはない。玉斧は再び意識を失ったようだ。

 孫空女は嘆息した。

 

「仕方がないなあ──」

 

 孫空女は声に出した。

 ここにいつまでもいては危険というのは、事実のような気がした。

 だったら、多少の危険はあっても、ここから動かすしかない──。

 無理をさせたとしても、宝玄仙を助け出せれば、宝玄仙の道術で玉斧を治療することができるだろう。

 

 確かに、玉斧の腹に刺さった矢は致命傷だ。

 何度も同じような傷を見たことがある孫空女には、このままでは助からないという玉斧の言葉が正しいことがわかっている。

 だが、どこかに出て、治療術さえかけることができれば……。

 

 孫空女は決心した。

 

 玉斧の身体を静かに動かすと、慎重に自分の背に乗せる。

 矢が残っている部分は下腹の横側だ。

 傷の部位が直接に孫空女の身体に触れないように背負うことができそうだ。

 

「……ご主人様を助け出すまで、なんとか頑張っておくれよ、玉斧……」

 

 孫空女は玉斧を背負って、ゆっくりと歩きだした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。