三個の身体で支配する者が、魔の地でふたつの
それまでの支配者は倒され
ふたつの宝をまとめた者が新たな魔の地の王となるであろう
──金王妃の予言
*
「わ、わかった──。な、なんでもするからやめて──」
孫空女は絶叫した。
しかし、金凰妃は甲高い笑い声をあげた。
「もう遅いよ──。そこで見てな」
金鳳妃が空中で足を振り払った。
「あがあっ」
宝玄仙の悲鳴と大きな音がした。
金凰妃が笑いながら、宝玄仙の顔面をそのまま、横の大きな樹木の幹に叩きつけたのだ。
宝玄仙の顔から血しぶきが飛ぶ。
「あああ、ご主人様ああ」
孫空女は泣き叫んだ。
だが、金鳳妃も宝玄仙も遥かに高い空中だ。
孫空女にはどうすることもできない。
「ひい、ひい、ひい」
宝玄仙が奇声をあげている。
「ほらよ──」
すると、金凰妃が宝玄仙の顔を幹から離して、もう一度振りあげる。
「んぎゃああっ」
再び宝玄仙が樹木の幹に叩きつけられた。
そのまま落下しそうになるが、またもやふわりと宝玄仙の身柄だけが宙に浮かびあがる。
その顔は血だらけだ。
見ると、宝玄仙の前歯がなくなっている。
鼻もおかしな具合に曲がって、血が噴き出ており、血はそこから流れているみたいだ。いや、よく見れば眉間も割れている。
「な、なんでもするって、言っているじゃないか──」
孫空女はもう一度絶叫した。
慌てて、元の直立不動の姿勢になる。
しかし、金凰妃は、容赦なく宝玄仙の顔を凄い勢いで顔面から幹に再びぶつけた。
「ふぎいいっ」
手のない宝玄仙は顔を守ることができない。
そのまま、まともに顔面を樹木の幹に叩きつけられた。
宝玄仙は金凰妃に髪を掴まれたまま、だらりと垂れ下がった。
金凰妃が今度は地面に宝玄仙を放った。
地面に投げられた宝玄仙が二回、三回と地面を転がる。
宝玄仙は、仰向けに引っくり返ったまま、まったく動かない。
「ご主人様──」
孫空女は悲鳴をあげた。
自分の眼からぼろぼろと涙が出るのがわかった。
宝玄仙の顔面は血だらけだ。
前歯が全部なくなっている。
鼻輪がついたままの鼻は完全に潰れている。
いまは、完全に気を失っているようだ。
ぴくりとも動かない。
「たわいないわねえ……。こんなので気絶してしまうなんて……」
金凰妃が宝玄仙の顔に手をかざした。
すると、驚いたことに、宝玄仙の顔から一瞬にして血が消滅した。
それだけではなくて、折れた鼻も前歯も元通りになっている。
『治療術』だ。
しかも、超一流の道術だ──。
傷どころか、顔に吹き出した血や土の汚れさえもなくなった。
道術の遣えない孫空女にも、この『治療術』の凄さは理解できる。
孫空女は呆然としてしまった。
一体全体、この金凰妃は、どこまで道術が凄まじいのだ?
もしかしたら、宝玄仙に匹敵するくらいの道術を遣うのではないか……。
「ほら、孫空女、言いつけた姿勢は、それだけじゃないでしょう。舌を出しなさい。舌をね──」
金凰妃がまた消えた。
また、気を失っている宝玄仙のそばに出現して、宝玄仙の髪を掴んで、また持ちあげた。
「出す──。出すから──」
孫空女は思い切り口から舌を出した。
「そういうことよ──。手間をかけさせるんじゃないわよ。まったく……。じゃあ、あなた、この家畜返すわ──」
金凰妃が宝玄仙の身体を空に投げた。
宝玄仙はぐったりとしている。
まだ、意識がないままなのだ。
その身体が空中で止まった。
金凰魔王が道術で受け止めたようだ。
「……やれやれ、やりすぎて殺さんでもらいたいものじゃな、金凰妃殿下。せっかく、そこまで調教したのじゃ」
遠くから老婆の声がした。
孫空女は舌を出したまま、視線を声の方向に向けた。
さっき檻車を壊して宝玄仙を救い出したときに、檻車の中に宝玄仙と一緒にいた老婆が道をこっちに歩いてきていた。
「おう、
上空に浮かんでいた金凰魔王が声をあげた。
「金凰魔王陛下、おめおめと戻ってきてしまいましたわ。どうか、この老体も存分に仕置きしてくだされ」
あの老婆は蝦蟇婆というらしい。
金凰魔王の言葉で、亜人兵たちがさっと道を開けた。
そして、空中に浮かんでいた金凰魔王が地上に降りてきた。
「なんの──。他人行儀の振る舞いはいらんぞ、蝦蟇婆。占領した人間族の城郭は大変な騒動だったらしいな。よく無事に戻って来てくれた。ああなったのは残念だったが、余としても、そなたを呼び戻すきっかけができたというものだ。これからは、再び、余の側で仕えてくれ」
金凰魔王が笑顔で蝦蟇婆を迎えた。
「これは、もったいないお言葉じゃ。しかし、わしも陛下の側などで仕えると、ついつい昔を思い出して、思わず、“お坊っちゃま”などと呼びそうですわい。老いぼれのわしにできるのは、奴隷の調教くらいじゃが、それでも務まる仕事があれば、なんでもわしに言ってくだされ」
蝦蟇婆が笑った。
「なあに、元々、蝦蟇婆を呼び戻すのは、余の予定だったのだ……。それに、いろいろと事態が動いてな……。実は蝦蟇婆に調教してもらう必要がある女がおるのだ。女と言っても、まだ十二歳の娘だがな」
「十二歳? はて……? 金凰魔王は、いつからそんな童女趣味になったのじゃ?」
蝦蟇婆が不審そうな声をあげた。
「まあ、その話は後でゆっくりとしよう……。それから、”お坊っちゃま“は禁止するぞ。いかに、余のかつての乳母とはいえ、余も相当の歳だしな。お坊っちゃまなどとは、呼ばれたくないわ」
金凰魔王も蝦蟇婆に、つられるように笑った。
孫空女はその様子を見て思った。
あの蝦蟇婆は、金凰魔王のかつての乳母でもあるらしい。
そして、金凰魔王がそれなりの敬意を見せるのだから、この蝦蟇婆というのは、そこそこ大切な人物なのだろう。
金凰妃は難しいが、あの蝦蟇婆だったら……。
「本当に物騒な女ねえ──」
金凰妃が怒ったような口調で、孫空女と蝦蟇婆のあいだに瞬間移動してきた。
そのまま、孫空女を睨みつけている。
孫空女は舌を出したまま、内心で舌打ちした。
やっぱり、心の読める金凰妃の前では、下手な動きなど不可能か……。
「どうしたのじゃ?」
蝦蟇婆が首を傾げている。
「こ、こいつが、いま蝦蟇様を襲おうと……。もちろん、わたしがいる限り、蝦蟇様には手を触れさせません──。それよりも、お久しゅうございます、蝦蟇様──。青獅子軍が壊滅という報に接して、その身を危ぶんでおりましたが、御無事でなによりです」
金凰妃がじろりと孫空女を睨んでから、さっと蝦蟇婆に向きを変えて跪いた。
驚くことに、金凰妃は蝦蟇婆の前に両膝をつけると、深々と頭を地面に擦るようにつけたのだ。
金凰妃の姿は、まるで奴隷が主人に礼をするような仕草だった。
あの金凰妃が奴隷の礼をするなど、孫空女は驚愕したが、周りの亜人軍は、それほど驚いてはいないようだ。
平然と金凰妃が蝦蟇婆という老婆に地面を頭につけて挨拶をするのを見守っている。
「おうおう、久しいのう、
蝦蟇婆が言った。
金凰妃という立場を考えると、蝦蟇婆への態度はあまりも不自然なほどに丁寧すぎる。
孫空女も、こういう宮廷などという場所の常識はよくわからないが、乳母というのは、育ての親には違いないが、所詮は召し使いのひとりだ。
個人的な関係から金凰魔王が、それなりに敬意を示すのは理解できるが、妃の金凰妃が、あんな儀礼をするほどの立場ではないと思う。
「いえ、わたしも、ついつい身体が動くのです……。それはそれは、蝦蟇様の調教は強烈でしたから……。金凰妃となったいまでも、自然と身体が動いてしまいます」
金凰妃が立ち上がりながら、苦笑して言った。
「わしが調教してやった頃のそなたは、妃候補ではあったが、一介の女官じゃたからのう……。それがいまや、金凰魔王の精を受けて、鬼女よ、狂女よと恐れられる金凰妃様じや。わしは恐ろしゅうて、恐ろしゅうて……」
「恐ろしいのはこっちですよ、蝦蟇様。魔王家の掟とはいえ、蝦蟇様の性調教はつらかったですわ。心に染み付いた恐怖心がまだ、癒えませぬ」
「嘘をつけ、金翅……、いや、金凰妃殿下……。こりゃ、いかんわい。気をつけねば、そのうち、不敬罪で金凰魔王に処断されそうじゃ」
「蝦蟇婆を処断する剣などあるものか。存分に無礼に振る舞うがよいわ、蝦蟇婆」
金凰魔王が大声で笑った。
この三人の関係は、どうなっているのだろう……?
孫空女は呆気にとられていた。
いまの物言いから判断すると、金凰妃は、かつて、この蝦蟇婆の調教を受けたことがあるというような口振りだったが、魔王の正妃が性調教を受けるとはどういうことなのだろう?
しかも、それを堂々と部下たちの前で話していたのを考えると、それは公然の事実のようだ。
それにしても、この舌はいつまで出しておかなければならないのだろうか。舌を出しっぱなしというのも、なかなかにつらいものがある。
「しばらく、そのままでいなさい、孫空女──。少し、こっちで話があるからね」
金凰妃がさっと振り向いて、孫空女に声をあげた。
まったく、心を読めるというのは厄介なものだ。
こっそりと舌を引っ込めるのも許されないらしい……。
「ところで、金凰妃殿、これなるは、お主の予言した“二つの宝”、つまり、“ふたつの宝がひとつなる”という予言の鍵を握る女らしい。だから、あんまり粗末には扱わんことじゃ」
蝦蟇婆が言った。
「もちろん、承知していますわ、蝦蟇様……。でも、わたしが手酷く扱うのは、宝玄仙の方だけですわ。その辺りもわきまえております」
金凰妃が頭をさげた。
なんとなく意味ありげな金凰妃の物言いが、孫空女には気になった。
それに、“ふたつの宝”とはなんだろう?
「とにかく、よくも混乱の中から、この大切な雌畜を連れ出してくれたな、蝦蟇婆──。それにしても、これが“ふたつの宝”か……」
金凰魔王が片手をあげた。
するとその手に引き寄せられるように、空中に浮いていた宝玄仙の身体が寄っていった。
宝玄仙は、まだ完全に意識のない状態だ。
「間違いないと思われますわい……。金凰妃殿が予言なされた二つの宝とは、紛れもなく、この人格に宿る二人の女のことじゃ」
蝦蟇婆が宝玄仙の顔に手をかざした。
すると、完全に失神していた宝玄仙が身じろぎを始めた。
「この宝玄仙の身体には、ふたつの人格が備わっておりますのじゃ、陛下──。これこそ、金凰妃殿の予言した“ふたつの宝”じゃ。いま、片割れを起こします。この身体に備わっているふたつの人格は、それぞれの人格出現の匂いを嗅がせることで、自由自在に選んで出現させることができます──。そこまでの調教は終わっております」
孫空女は、この蝦蟇婆が、すでに宝玄仙と宝玉というふたつの人格のことを承知しているということに驚いた。
しかも、いまの言葉の通りであれば、蝦蟇婆は、宝玄仙の身体の人格出現をある程度は、制御することもできるらしい。
「……蝦蟇様、ところで、わたしのことは、どうか、さっきのように名でお呼びください。わたしを調教された蝦蟇様が、“金凰妃殿”などとわたしを呼ぶとおかしな感じですわ」
金凰妃が笑った。
「金翅と呼び捨てでよいのか? 昔のようにただ、泣き叫ぶ女官とは違って、その名も鳴り響く、冷酷非道の金凰妃様を呼び捨てしようものなら、わしも、さっきの宝ように顔を割られるのではないか?」
「も、もう、おからかいにならないでください、蝦蟇様」
金凰妃が照れたように笑った。
「んっ……あ、ああ、なに? わっ、わあっ、が、蝦蟇婆様──。こ、ここはどこ? な、なんで、わたし浮いているのよ?」
宝玄仙の身体が動いて、きょろきょろと周囲を見回しだした。
だが、喋り方でわかる。
あれは宝玉だ。
「あっ、そ、孫空女──。な、なんでここに?」
宝玉が孫空女を認めて声をあげた。
「ほらっ──。その赤毛──。こいつは誰じゃ? 舌をもう引っ込めていいから言うてみい」
蝦蟇婆が孫空女に視線を向けた。
孫空女は舌を引っ込めたが、宝玉の名を出すかどうかは躊躇った。
もしかしたら、隠せるものなら隠した方がいいのかもしれないと思ったからだ。
しかし、金凰妃が笑った。
「わたしの前で、隠し事はできないというのをなかなか学べないようね──。そう、こいつは“宝玉”というのね。よくわかったわ、孫空女」
金凰妃だ。
また、心を読まれた──。
孫空女は歯噛みした。
「ならば、もうひとりを出しますぞ、陛下──。ついでに、道術も解いておくか……」
蝦蟇婆がまた宝玉の顔に手をかざす。
あっという間に、宝玉が眠るようにがくりと脱力した。
そして、すぐに再び身体が身じろぎを開始する。
やがて、宝玄仙の眼が開く……。
「……ん……あっ……う、うわあっ、が、蝦蟇婆──」
今度は宝玄仙だろう。
眼を開いて、いきなり蝦蟇婆の顔を見てしまったことで動顛しているようだ。
しかし、呼吸がとまる様子はない。
とりあえず、孫空女はほっとした。
「大丈夫じゃ、宝玄仙──。亜人の顔を見ることで、息の停止する道術は解いておいた。そこにいるのが、お前の新しい飼い主の金凰魔王と金凰妃様じゃ──。しっかりと顔を見て覚えておけ──」
蝦蟇婆が笑いながら言った。
「ひっ、ひいっ──。あ、ああ……。ほ、本当だ……。い、息ができる……。あっ──、お、お前だね──。わたしをさっき蹴り飛ばしたのは──」
宝玄仙が金凰妃を見て怒鳴った。
「こいつは元気だな。なるほど、こっちが宝玄仙という人格の方か。確かに、まるで違う人格だ。今のだけで、十分に余にもわかった」
金凰魔王が感心したように頷いた。
それにしても、こいつらは、宝玄仙のふたつの人格についてはよく知っているようだ。
「……孫空女の心も、この女がさっきの宝玉という人格とは違う宝玄仙だと言っているわ。蝦蟇様の言うように、これが“ふたつの宝”に間違いないかもしれないわね、あなた」
金凰妃が孫空女の顔を見ながら言った。
孫空女は舌打ちした。
心を読まれるというのは、さすがに気持ちのいいものじゃない。
ものすごく不愉快だ……。
すると、孫空女の顔をじっと見たままだった金凰妃が意味ありげに微笑んだ。
どうやら、いまの心も読まれたのだろう……。
「ならば、これも蝦蟇婆に頼もうと思う──。つまり、ふたつの宝をひとつにする仕事をな」
金凰魔王が言った。
すると蝦蟇婆がしっかりと頷いた。
「それは承知しました、陛下──。いずれにしても、実は報告することがあるのじゃ、陛下。
蝦蟇婆が急に声をひそめて言った。
常人には、とても聴こえるような声ではないが、孫空女の耳はそれをしっかりと捉えて言った。
「魔凛か──。知っていると思うが、あれは、余の精を受けておきながら、なぜか余の支配に入らなかった唯一の女だ。承知のとおり、余の精を受けた女は、例外なく余の支配を受けるはずなのだが、あれはなぜかそうはならなかったのだ。それでいて、余の精を受けることによって、途方もなく霊気があがるという恩恵だけは受けている。だから、危険な存在なのだ──」
「それで処分をですか?」
「まあな。青獅子もさっさと殺してくれればよかったのに、あいつは、いい女を見つけると、すぐに嗜虐趣味に走るという悪い癖があったからな。ついつい、その例の悪い癖が出たようだ。青獅子軍に紛れ込ませていた余の手の者たちからも多くの情報は入っておる。魔凛は行方不明なのであろう、蝦蟇婆?」
金凰魔王が顔をしかめた。
やはり、すごく小さな声であり、ほとんど唇だけで喋っている。
しかし、孫空女の抜群の聴覚は、はっきりと三人の話を捉えている。
ただ、魔凛というのが、誰のことを指しているのか、孫空女にはよくわからない。
「いかにも……。だが、魔凛の能力はわしも知っておるが、あるいは、青獅子魔王の死には、その魔凛が関わっている可能性もあるようなのじゃ」
「うむ……。ならば、幕舎を準備させる。話を金凰妃とともに聞こう──。なにしろ、余は、これから白象宮に軍を連れて向かうつもりなのだ。あっちについても、少し、面倒なことになっておってな──。それについても、蝦蟇婆の意見を聞きたいのだ。なにしろ、白象とあの娘のことでな……。十三年前の一件については、お前も承知であろう……。なかなか早熟の娘でな。早くも白象をとって食おうとしているらしい。それで頭を痛めておるのだ」
金凰魔王が笑った。
笑い声だけは普通の大きさの声だ。
そのほかの話は、三人だけでひそひそ声で話している。
おそらく、さっきから急に声をひそめたのは、会話の内容を余人には聞かせたくないからに違いない。
すると金凰妃が孫空女にさっと視線を向けた。孫空女はどきりとした。
そう言えば、金凰妃は、心が読めるのだった……。
三人のひそひそ話を孫空女がしっかりと聞いていたのは、金凰妃にはばれただろう。
だが、金凰妃はにやりと笑っただけで、なにも言わなかった。
「頭を悩ます必要などありません、あなた。あれは、我が一族の
「うむ……。実はお前には話していないこともあってな、金凰妃……。いずれにしても、ここでは話せん。この話の続きは幕舎の中でするとしようか」
金凰魔王が周囲にいる兵に幕舎の準備を命じた。
一部の一隊が、さっと動き始める。
「……さて、幕舎ができるまでにしばらくある──。ところで、宝玄仙については、このまま金凰妃に預けて、ひと足先に金凰宮に戻ってもらうつもりだ。とりあえずは、蝦蟇婆もだな──。場合によっては、蝦蟇婆に白象宮に来てもらうかもしれんが、いまはそれはよい……。しかし、孫空女については、どうするのだ、金凰妃? 本当に将校にするのか? さっきから見ている限り、この場で殺した方が無難のようだがな」
「さて……。どうしましょうか──。確かに、味は美味しそうね。猫にしたいというのは本当よ……。ねえ、孫空女、まだ、心変わりしないの? 本当は、こんな宝玄仙なんか見限って、うちの人に仕えてもいいと思っているんじゃないの? さっきからわかっていると思うけど、わたしに隠し事は通用しないから、本音のところを心に浮かべてくれない。このままじゃあ、あんたは、ここで殺さなければならなくなりそうよ」
金凰妃が孫空女を見た。
よくわからないが、なぜか孫空女はかっとなった。
孫空女が宝玄仙を裏切るなどあり得ない。
どんな状況でもだ──。
「じょ、冗談じゃないよ──。あたしが仕えるのは、その宝玄仙様だけなんだ──。殺されたって嫌だね──」
孫空女はきっぱりと言った。
すると金凰妃が肩を竦めた。
「残念ねえ……。じゃあ、あなたはここで死ぬしかないわ……。とにかく、いまは嘘でいいから、承知すると言いなさい。金凰宮で調教し直せば、簡単に屈服すると思うから、いまは口だけでいいわ」
金凰妃がからかうような口調で言った。
「嫌だと言ってるだろう──。さっさと、殺しな──。あたしは、二枚の舌を使って出まかせを言うのが得意じゃないのさ──。あたしが誰かに仕えると口にするのは、本気でそう思ったときだけだ──。あたしが、これまでの人生で一度でもそう言ったのは、そのご主人様だけだ──。だから、ご免だね──」
孫空女は叫んだ。
「やれやれ、困ったわねえ──。驚いたことに、いま、言ったのは強がりとか、自尊心とか、そんなんじゃなくて、この女の本心みたいですよ、あなた」
金凰妃が苦笑した。
「ならば、殺しておくか──。こいつは、性奴隷としては物騒すぎる──」
金凰魔王が事も無げに言って、片手をさっとあげた。
その片手に霊気が集中するのがわかった……。
孫空女は死を覚悟した。