「降りる準備をしなさい──」
檻車の外からかけられた声は、
女の声だ。
しかも、いかにも亜人兵らしいきびきびとした口調である。
そのことから、沙那はどうやら目的地の白象宮に到着したのだと悟った。
白象魔王は女魔王であり、その奴隷宮に集められているのは、白象が嗜虐的な性欲を解消させるための女奴隷だけだという。
女魔王の性の対象は同性の女らしい。
だから、それを管理するのが、女兵士であるというのは十分に予想された。
「おねえさん……」
不安そうな声が檻車の薄闇の中に響いた。
獅駝の城郭から沙那と一緒に、白象の女奴隷として移送されてきた
驚くことにまだ十歳だという。
こんな年端もいかない娘を性奴隷にしようという亜人たちの人非人ぶりには怒りも沸くが、いまの沙那にはどうにもならない。
助けられるものなら助けてやりたいが、雪蘭を連れて逃亡するどころか、沙那ひとりの逃亡の機会も得ることができないでいるのだ。
移送を開始した直後は、まずはこの檻車を壊して、移動中に抜け出すことはできないものかと考えた。
檻車の中では、沙那は拘束を解かれていたし、獅駝の城郭を抜け出した直後らしき頃から、沙那の筋力を奪っていた手首と足首の革帯の効果が消滅して身体に力が戻っていた。
また、檻車にいるのは沙那と雪蘭だけで、見張り役の存在はいなかった。
しかし、檻車に入る扉には鍵がかかっているし、壁は金属製で沙那の力では、どうにもできなかった。
天井には小さな明り取りの小窓があったが、大きさは手のひら程度であり、試してはみたが、網まであって逃亡の役には立たなかった。
ほかには、檻車の扉の下に小さな小窓があるが、その小窓は外からものを入れられる引き出しにはなっていて、そこから外には、手を出せない構造になっているだけだ。
自力で檻車から抜け出すことが不可能だと悟ると、沙那が次に考えたのは、移動の途中で移送に当たる亜人兵が、沙那をなんらかの目的で檻車の外に出すときの隙だ。
一番あり得そうなのは、亜人兵が沙那を犯すことだった。
わずか十歳の雪蘭に一人前の男の亜人兵が手を出すとは考えにくかったので、彼らが移送の女囚を犯すとすれば、間違いなく沙那だと思った。
しかし、移送のあいだ、亜人兵は、ただの一度も沙那や雪蘭を檻車の外には出さなかった。
沙那と雪蘭が檻車に入れられたときに閉じられた金属の扉は、ついに一度も開かれることはなかったのだ。
また、檻車を出入りする亜人兵も結局いなかった。
移動のあいだは、食事は閉鎖された扉の真下にある引き出しを通じて、決まった量の水と粗末な食べ物が定期的に放り込まれるだけだった。
檻車の端には糞尿をするための蓋つきの壺もあり、それに用を足すようになっていた。
食事とともに与えられる水筒の水で、汚れた身体を拭くこともできるが、その汚れ水もその壺に入れるのだ。
そして、その壺は霊具であり、蓋をしておけば、いつの間にか、中に入れた汚物が消滅してしまうようになっていた。
すなわち、糞尿も檻車で壺の中にして、その壺を外に出す必要もないので、声をかけて亜人兵を檻車に呼ぶ機会もないということだ。
言い換えれば、全く隙のようなものを発見することはできなかった。
結局、なんの隙も見出すこともできないまま、目的地に到着してしまったみたいだ。
あるいは、白象宮に送られる移送中こそ、逃亡の機会がやって来るかもしれないと期待していただけに、なにもできないまま目的地に到着してしまったのは、かなり沙那を失望させていた。
「大丈夫と言ってあげることはできないわ……。でも、機会を待つのよ──。絶対に生き延びて、
沙那は雪蘭に声をかけた。
「は、はい……」
雪蘭の震えたような声がした。
見るからに怯えているのがわかる。
沙那は嘆息した。
無理もない。
雪蘭は、どうやら獅駝の城郭で暮らしていたかなり裕福な貴族の娘だったらしい。
それは雪蘭が身に着けていた服からもわかる。
身に着けていたものは、かなり汚れてはいたが材質のよい薄桃色の上衣と、同じ色の膝下までの丈の下袍だ。
下着もよいものを着ているようだった。
一方、衣類については、沙那もやっと全裸状態からは解放されていた。
移送されるにあたり、粗末なものだが、灰色の袖のない上衣と膝上の下袍を渡されていたのだ。
それだけではなく、下袍の下にはく下着も与えられた。
やっと、人間らしい扱いを受けた気分だ。
とにかく、獅駝の城郭で監禁されてからは、春分と秋分の姉妹から公開調教を受け続けていた日々のあいだも含めて、ほとんど裸身のままだったのだ。
それに比べれば、護送中の方が扱いはよかった。
檻車の中で、雪蘭は多くを語らなかったが、彼女の両親は亜人たちから、かなり酷い殺され方をしたようだ。
そして、その心の痛手から立ち直る間もないうちに、こうやって白象という女魔王の性奴隷になるために、沙那とともに檻車に入れられて移送されることになったらしい。
沙那とともにこの檻車に入れられたとき、雪蘭も青獅子軍の亜人兵から、白象という女魔王の性奴隷になるのだと何度もからかわれていたから、自分の運命が亜人の魔王の慰み者となることはわかっているだろう。
からかわれるたびに、薛蘭は悲しそうな顔で困惑顔を見せていた。
ただ、この雪蘭は、その意味するところはあまり理解していないと思う。
沙那は、檻車の中で意気消沈している雪蘭を慰めながら、なんとなく、雪蘭に性的な知識や経験がどのくらいあるのか問うてみた。
その結果は、やはり、雪蘭は十歳相応の知識と経験しかなく、性的なことの体験は皆無であるということだ。
まだ、初潮も迎えておらず、その意味では、雪蘭は「女」ではなく「子供」だ。
ましてや、女同士の性の営みなど、想像もできない感じだ。
もっとも、白象という女魔王が、このまだ初潮も迎えていない童女をどう扱うつもりなのかわからない。
いずれにしても、この年端もいかない雪蘭が、それなりに苛酷な目に遭って、こうして亜人たちの国に連れてこられたというのだけは理解した。
しかし、沙那には希望を捨てるなという言葉をかけることしかできない。
そして、この先に、その希望があるのかどうかも、いまの沙那には判断することはできないでいた。
「これを受け取りな──」
檻車の外から声がした。
続いて、閉じられている檻車の扉の下にある引き出しになにかが放り入れられた物音がした。
引き出しを開けると、入っていたのは金属の手錠だ。
それが二組ある。
「受け取ったわ」
沙那は、扉の向こう側の女に怒鳴った。
「雪蘭という童女がいただろう──。それをふたつとも渡せ。沙那については両手を背中に回すんだ。そして、その童女に自分の両手首に手錠かけさせな」
外の女が言った。
沙那はふたつの手錠を雪蘭に渡して、雪蘭に向かって背中を向けた。
そして、両手を背中に回す。
そうしながら、沙那は、注意深く天井の明り取りに視線を向けた。
どう考えても、檻車の中を覗いているとすれば、そこしかないが視線のようなものは感じない。
外の人間が檻車の中を伺っている様子もない。
道術のようなもので見張られている気配もない。
沙那は試してみることにした。
雪蘭が命令に従って、まずは沙那の片側の手首に手錠をかけた。
そして、繋がったもう片方を反対の手首にかけようとしたとき、さっと手を動かして、その枷に沙那の手首を入れないまま、自分の手のひらに握ってしまったのだ。
つまり、両手は後ろには回してはいるが、沙那はただ自分で背中に手をやっているだけで拘束はさせないようにしたのだ。
背中側の雪蘭が強張ったように動きをとめたのがわかった。
「終わったわ」
しかし、沙那は雪蘭がなにかの反応をする前に外に声をかけた。
「じゃあ、次は雪蘭だ。お前は前手錠でいい。自分の手首にかけろ」
外の女性兵が言った。
雪蘭は当惑したようしていたが、沙那が後ろを振り返って小さく頷くと、そのまま自分の手首に手錠をかけた。
「お、おわりました……」
雪蘭が声をあげた。
「じゃあ、まずは、沙那からだ。外に出て来い──」
金属が弾ける音がして、檻車の扉ががらがらと開き、眩しい陽の光が檻車に射し込んでくる。
暗がりに慣れていた目に、急に眩しい光が当たったことで眼がくらんだ。
しかし、眼が慣れてくると、檻車の外に十人ほどの女兵士が並び、その背後に宏壮で大きな屋敷があるのが見えた。
あの建物が白象の奴隷宮なのだろう。
眼の前に並ぶのは、わずか女が十人──。
沙那はとっさに思考を巡らせた。
その十人に隙はないし、それなりの遣い手だということは構えだけでわかる。
しかし、構えている得物は全員が剣だ。
弓矢のようなものはないようだから、包囲から脱してしまえば、駆け続けることで逃げられないことはないかもしれない。
奴隷宮の周りはどうなっているのだろうか……?
沙那は後ろに手をやったまま、檻車を降りる梯子の前に立った。
横目で周囲を探る。
檻車は、正面に見える屋敷の中庭のような場所に停まっているのだということが、それでわかった。
中庭の周囲は、高い塀で囲まれているようだ。
その外がどうなっているかは、いまここでは、わかりようもない。
これでは、前の女兵士から剣を奪って、一時的に逃亡できたとしても、塀の外に出ることはほぼ不可能だろう。
また、なんとか塀の向こうに逃亡することができたとしても、そこは、大きな白象宮という一連の敷地内である可能性が大きい。
もちろん、逃亡の隙を考えるにあたって、雪蘭のことは無視している。
ただの人間族の非力な童女である彼女を連れて、この白象宮から脱出し、その追手を振り切って逃亡を成功させることなど、どう考えても不可能だ。
可哀そうだが、沙那の計算には、最初から雪蘭を連れて逃げることは入っていない。
ただ、雪蘭のことを除いても、ここは自重すべき時だと思った。
沙那はいまここで逃亡を図ることを諦めた。
後ろ手のまま、手のひらに握ったままだった嵌っていない枷に手首を入れる。
しかし、枷が閉じ切らないように、巧みに手をずらせている。
また、その部分が背中側にくるように腕を捻って隠した。
それを背に密着させる。
これでよく見なければ、ちゃんと後手の手錠が嵌っているように見えるだろう。
それだけではなく、上から簡単に触るだけでは、手錠がしっかりと両方の手首に食い込んでいるようにも思えてしまうはずだ。
沙那は梯子を降りて、剣を構える女兵士たちの前に降りた。
追うように雪蘭も梯子を降りてくる。
沙那も雪蘭も素足だ。
おりた場所は石畳の上だったが、陽射しがあり冷たくはなかった。
「そうやって、大人しくしていれば、白象陛下にきっと気に入られるさ。眼の前の建物が、これからお前たちが暮らすことになる白象陛下の私生活の場所である離宮だ──。奴隷宮ともいうけどね」
沙那の眼の前に座った女が笑いながら言った。
軍装からその女は将校だということがわかる。
その女将校は、ほかの女兵士に命じて、沙那の首に首輪をかけさせた。
後ろの雪蘭も同じように鎖付きの首輪を嵌められている。
首輪には長い鎖が繋がっている。
女兵士のひとりが鎖を強く引っ張った。
首を強く引っ張られた沙那は体勢を崩したが、すぐに姿勢を整えて大人しく鎖が曳かれる方向に歩き出した。
「ちょ、ちょっと痛いわよ。口で言ってくれれば、ちゃんと歩くわよ。そんなに引っ張らないで」
沙那は、歩きながら文句を言った。
それに応じる者はなかった。
やがて、屋敷の前に到着した。
眼の前には、その屋敷の扉らしきものがある。
しかし、屋敷の扉だと思っていたのは、ただの壁に描かれた模様だった。
沙那と雪蘭は、なぜか屋敷の壁の前に立たされ、その壁にあった金具に首輪についた鎖を繋げられた。
雪蘭もまた、沙那の隣に同じように首輪の鎖を壁に装着される。
「じゃあ、わたしたちはここまでよ──。ここから先は、奴隷宮の者しか入れないのわ……。じゃあ、元気でね。二度と会うこともないだろうけど……」
女将校が言った。
その瞬間、はらわたを抉るような感覚が襲った。
道術──?
「きゃっ──」
雪蘭の小さな悲鳴が聞こえた。
これは『移動術』だと沙那は思った。
道術遣いが管理する奴隷施設などには、あえて、出入り口を作らず、道術でしか出入りできない仕組みになっているものもある。
奴隷や囚人を監禁するには都合がいいからだ。
道術でしか出入りできなければ、道術の扱えない奴隷は逃亡が不可能になる。
いずれにしても、これは『結界罠』のようなものだろう。
さっきの壁の外に立てば、屋敷の中のどこかに転送される仕組みだったに違いない。
一瞬して視界が変化した。
四隅を石壁に囲まれている窓のない牢を思わせる場所に着いた。
部屋は明るい。
天井が光っていてそれが光源になっている。
沙那は、雪蘭とともに、その壁のひとつに首輪に繋がった鎖を繋げられて立っていた。
部屋の中にはなにもなく、壁と天井に囲まれたただの空間だ。
「こ、ここどこ? な、なんで──。ど、どうしたの、いま──?」
雪蘭が怯えた声で騒ぎ始めた。
「落ち着くのよ、雪蘭──。ただの道術よ。わたしたちは、道術で、さっき眼の前にあった壁の前から、屋敷の中に跳ばされたのよ」
「道術?」
雪蘭が当惑した口調で言った。
この子は獅駝の城郭でずっと暮らしてきたというから、道術に面したのは初めてなのかもしれない。
それにしても……。
沙那は、この部屋に漂う違和感に眉をひそめた。
この部屋に立ち込めている香りにだ。
なにか強い甘みを思わせるような匂い……。
「えっ……」
はっとした。
この香りに似たものを何度も味わったことがある気がする……。
おそらく媚薬……。
もしかして、この部屋は媚香がたちこめている部屋……?
「せ、雪蘭──」
「は、はい」
沙那の突然の大声に、雪蘭がびくりと身体を反応させた。
だが、なんと言っていいかわからずに、言葉を詰まらせた。
もしも、ここにたちこめている風が媚香だとしても、息をとめろと警告することもできない。
呼吸はとめるわけにはいかないので、どうしても媚香の影響は受けるしかない。
どうすれば……。
「くっ」
沙那は急に膝が脱力しそうになり、慌てて足に力を入れて自分を支えた。
やっぱり、媚薬……?
沙那はかっと身体が熱くなり、意識が朦朧とする感じが襲ってきた。
間違いない──。
媚香を使った意地悪は何度も宝玄仙によってされているので、この感じは間違いない。
それに、床には薄い絨毯のようなものが敷き詰められているのだが、素足の沙那にはそこがはっきりと湿っているのを感じる。
また、調度品のようなものは一切なにもない。
がらんとした部屋だ。
武器になりそうなものどころか、なにもない部屋だ。
そのとき、突然目の前の壁から霧状の液体が噴出した。
「ひゃあああ」
雪蘭が悲鳴をあげた。
「な、なによ、これ──」
沙那も声をあげた。
前の壁からだけではない。四方の壁のすべてから水滴のようなものが噴出されている。
床からもだ。天井からも──。
この部屋のあらゆる場所から勢いのある水滴が噴き出して、沙那と雪蘭の全身を濡らしている。
それはしばらく続いた。
やがて、突然にぴたりととまった。
だが、沙那も雪蘭も全身がずぶ濡れになってしまっている。
服の下の下着を含めてすべてだ。
「よく来たな、奴隷たち──。歓迎するぞ」
不意に背中から声がした。
女の声だが、大人の声ではない。
同時に壁に繋がっていた首輪の鎖が消滅した。
沙那が振り返ると、そこに椅子があり、純白の長い髪をした少女がたったひとりで椅子に座っていた。
さっきまでなにもなかったら、椅子と少女は、道術で出現したのだろう。
その少女の髪は白髪といっても、老人のそれではない。
艶のある光り輝くような若々しい白髪だ。
どちらかというと白よりは白銀という感じだ。
年齢は、雪蘭よりも少し大きいくらいかもしれない。
胸の膨らみもあり、大人の女性としての体型を得ようとしている年齢のようだ。
それに比べれば、雪蘭は子供の身体からまだ成長していない。
また、身に着けているものはかなり豪華だ。
装飾具も高価そうなものだし、ただの世話係という雰囲気ではない。
顔立ちは可愛らしいのだが、沙那たちに向けている薄笑いと蔑みのような表情は、なんとなく彼女の傲慢さや気位の高さを表している気がした。
「誰?」
沙那は、後手のまま振り返った。
「ここの支配者である白象魔王のひとり娘の
小白香と名乗った少女が言った。
「あんたがわたしたちの調教を?」
沙那は眉をひそめた。
まだ、少女ではないか──。
「そうじゃ、沙那──。まずは、お前たちをどういう扱いにするか、ここで見極めることになる。この奴隷宮には、三種類の奴隷がおる。ひとつは痒み奴隷──。主にわらわの母者の性の相手を務める女たちじゃ。この奴隷宮の管理に関わる一切の仕事もする。つまりは召使いだ。痒み攻めの洗礼は受けてもらうがな。残りの二種類は、奉仕奴隷と実験奴隷だ。これはわらわが管理する。お前たちは、そのどれにしようかのう……」
「痒み奴隷に、奉仕奴隷に、実験奴隷?」
その奇妙な言葉に沙那は首を傾げた。
奉仕はともかく、実験奴隷って……。
「痒み奴隷は普通の性奴隷じゃな。そして、奉仕奴隷は、わらわや母者の痒い場所を痒みを癒す。つまりは、痒い場所を舌や指で掻くのが奉仕奴隷の役目じゃ」
小白香が大きな声で笑った。
痒み奴隷という奇妙な名の奴隷が普通って……。
そして、奉仕奴隷は、痒い場所を掻く?
なんだ、それ?
沙那は鼻白んだ。
「じゃあ、実験奴隷というのはなによ?」
とりあえず訊ねてみた。
「わらわの痒み研究の実験体だ。わらわは、痒みを極めるというのを趣味にしておってな。その実験体なのが実験奴隷だ。まあ、大抵は短い時間で狂い死にするから長くはもたん。最近の研究は
「足癬?」
足癬というのは、もしかして足癬病のこと?
確か、足の裏にかかる病気のことではなかっただろうか。
足の指や足の裏など皮膚の角質やその下の組織に炎症などが起きる病気であり、足の裏に亀裂のようなものが走り、そこから汁が滲んだり、汁の詰まった水泡ができるのだ。
その汁が強烈な痒みを与えるという症状だった気がするが……。
「究極の快感というのは、足癬でただれた痒みを我慢に我慢を重ねてから、指で搔くことだそうだ。さすがのわらわも、これだけは自ら実験体になる気にはなれんでな。それで、奴隷を回すことにしておる。ただ、どうにも臭くてな。それで、匂いがせん足癬の病を研究中だ。まあ、そのための人体実験の材料になるだけだ」
小白香はなにが面白いのか、そう説明して、さらに笑い続けた。
沙那は鼻白んだ。
ここの白象魔王は、かなりの狂女だと檻車に乗り込む直前に、青獅子軍の亜人兵からからかわれたことを思い出した。
その娘だけに、同じように狂った娘なのだろう。
「ところで、どうやって、ここに入ったの? ここには、出入り口がないけど」
「わらわの『移動術』に決まっておる……。ああ、そうか。お前たちは、霊気のない人間族だったな。だから、道術で出入りするというのは、あまり合点がいないのかもしれんのう……」
小白香は言った。
しかし、すでに沙那は動いていた。
眼の前の白象の娘は、『移動術』が扱える──。
それだけわかれば十分だ。
沙那は小白香に向かって跳躍していた。
小白香の眼が大きく見開いたのがわかった。
しかし、そのときには、沙那が小白香の片手を掴んで、手枷がかかったふりをしていた手錠の片方をその小白香の右手首にかけていた。
そのまま背後に回って、左腕で首を締めつける。
「道術をかける気配を感じたら、首をへし折るわよ──。わたしたちを道術で屋敷の外に出しなさい──。嘘じゃないわよ。わたしには、あんたが道術をかけようとする瞬間を察知することができるのよ」
沙那は声を張りあげた。
「なるほど……。外の連中は、お前の手錠をちゃんとかけ損なったのだな。責任者には罰を与えんとなあ……。さしずめ、あの将校だな。確か、名は、
「余計なことを喋んじゃないわよ――」
沙那は怒鳴った。
だが、小白香という魔王の娘は、動じる様子もなく平然としている。
「……それは、いいとして、右京はどの身分の奴隷にするかのう? 実験台の痒み奴隷にするか……? それとも母者の奴隷にしてやるか? まあ、たまには母者にも女奴隷をあてがって、発散をさせんといかんしのう……。母者に回すか。四肢を切断して、舌奴隷にするのもいいのう」
小白香が沙那の腕に首を締めつけられたまま言った。
「落ち着いているんじゃないわよ──。あんたの首の骨を折るなんて、あっという間よ──」
「それにしても、随分とこの部屋にたちこめている媚薬の風が効いているようだな。だが、これはもともとの身体が淫乱であればあるほど、効き目が早いのだぞ。お前は気だけは強そうだが、随分と敏感な身体をしているようだな。ますます、面白い」
「な、なんですって──。わたしが淫乱だとでも言うの──」
怒鳴った。
すると、小白香がせせら笑った。
「その証拠に、そっちの童女には大した変化はないであろう。この部屋は、連れて来られる女奴隷の性感度を見極める場所でもあるのだ。お前は淫乱だ」
小白香が言った。
沙那はかっとなる。
ちょっとは他人よりも、感じやすい身体かもしれないけど、それもこれも、全部宝玄仙に躾けられたからだ。
もともと、こんなに感じる性質じゃない──。
いずれにしても、脅しが効いていないのであれば、効かせるようにするまでだ。
小白香の首に回した腕をさらに締めつける。
「そ、そんなに締めるな……。く、苦しいぞ……」
やっと小白香が苦しそうに顔を歪めた。
「だったら──」
沙那はさらに怒鳴りあげようとしたが、その瞬間、突然に小白香が椅子ごといなくなった。
沙那はその場に倒れ込んでしまった。
とっさに手錠を見た。
確かにその片方を小白香にかけたのだ。
だが、沙那の手首にかけていた手錠も消滅している。
「おねえさん」
雪蘭が声をあげた。
ふと見ると、雪蘭の腕にかかっていた手錠もなくなっている。
沙那と雪蘭を拘束していたものはなくなったが、また、この出口のない部屋にふたりきりになってしまった。
沙那は歯噛みした。
こんなに簡単に小白香が沙那から逃げ出せるとは思わなかったのだ。
沙那は道術遣いではないが、気の動きから道術遣いなどが道術を遣おうとするのがわかるはずだった。
しかし、小白香からはなにも感じなかったのだ。
おそらく、霊気の動きを隠してしまう能力があるのだろう。
それだと沙那も気の変化を感じ難くなるのだ。
そういう技もあるとは知っていたが、霊気を隠すのはかなりの高等技術だと宝玄仙から教えてもらったことがあったので、小白香がそれができるとは予想しなかった。
第一、あれくらいの少女だったら、沙那が本気で怒鳴れば、怯えて動けなくなると思ったのだ。
「……なかなか、元気があっていいぞ、沙那」
不意に小白香の声がした。
しかし、その姿はない。
声だけを部屋の中に転送しているようだ。
「……だが、わらわの道術を見くびったな。子供だと思うて、甘く見たんだろうがのう。次からは、容赦なく最初に首を絞めて、気絶でもさせることだな」
小白香の声が言った。
沙那は舌打ちした。
「……次の機会があれば、そうするわ……」
沙那は口惜しさを込めて言い返した。
「確かに次の機会があればな……。まあ、次に会うときには、お前たちは性根を入れ替えられて、かなり従順になっているとのは間違いない……。まあ、とりあえず、雪蘭は痒み奴隷にしてやろう。ただし、母者ではなく、わらわが飼うがな。沙那は奉仕奴隷だ。飽きれば実験奴隷として実験台に回す……。ところで、ちょっとした遊びをしようではないか」
すると、声だけの小白香が言った。
沙那は訝しんだ。
「はあ──? 遊び?」
「自分の腕を見るがいい、沙那」
声が言った。
沙那は腕を見回して、いつの間にか二の腕の真ん中に赤い線が入っているのを見つけた。
しかも、両方の腕がそうなっている。
「おねえさん、あたしの手も……」
雪蘭が怯えた口調で駆け寄って、沙那に両方の手を示した。
彼女の指には、両方の人差し指以外の指の全部の根元に、沙那の二の腕と同じような赤い線が入っている。
「こ、これはなによ、小白香──?」
沙那は叫んだ。
「……それよりも、そろそろ、さっき濡れた薬水の効果が出始めているのではないか……? いつまでも、服などを着ておると、大変なことになるぞ。さっきの薬水は、直接に触れても効果はあるが、特に布越しに肌が濡れたりすると、薬の染み込み方が格段に違ってくる……。まあ、もう遅いがのう……」
小白香の笑い声が部屋に響き渡る。
「薬水……?」
「服を脱いだ方がいいということだ」
声が笑った。
沙那は首を傾げた。
しかし、すぐにどういう意味なのか理解した。
濡れた全身からじわじわと甘い痒みが込みあがってきていたのだ。
特に、乳房と股間がひどい。
そこに痒さが集中している。
「か、かゆい──」
雪蘭も声をあげて、その場にしゃがみ込んだ。
さっきの水は、全身を痒くする効果があったのだ。
沙那は焦った。
「きゃああああ──」
そのとき、部屋に雪蘭の絶叫が響き渡った。
「どうしたの──?」
沙那は叫んだ。
雪蘭が悲鳴をあげ続けている。
ふと見ると、右手の親指が根元から消滅している。
「……おうおう、注意を告げる前に、痒い部分に触ってしもうたのか。気をつけるがいいぞ、ふたりとも……。これから全身が痒くなるが、特に股間と乳首が痒くて仕方がなくなる。だが、手でその股間か乳房を触ったが最後、赤い線の部分の先が、一箇所ずつ消滅してしまうからな……」
「ど、どういうことよ――?」
「どういうこともなにもない。雪蘭は、あと七回で人差し指を除いた指がなくなり、沙那は二回で腕がなくなる──。その腕や指の赤い線は、そういう道術をかけた刻印だということだ。なにせ、奉仕奴隷には、わらわの痒い場所を掻く一本の指以外はいらん」
小白香の声が不気味に部屋に響いた。
沙那は絶句してしまった。
すでに全身の痒みが刃のような鋭さで、全身に込みあがって来ていた。
特に、服に接している場所が熱い。
そして、下着で包まれている股間が……。
「どっちでもよいが、服を脱がんでよいのか? 忠告はしたぞ。濡れている場所はどんどんと痒くなるからな。とにかく、この部屋の水に触れんことだ。わらわの開発した痒み液じゃ。液薬に触れている場所は死に程痒くなるからな。指を失いたくなければ搔くなよ」
「あ、悪趣味よ──」
沙那は声に向かって叫んだ。
「そうそう、これも言っておこう。床から染み出ている液体も同じ痒み液じゃ。足が死ぬほど痒くなるから、空中に浮かぶことができたらそうすることだ」
さらに小白香の笑い声が響いた。
沙那は目を見開いた。
足元を見る。
素足の足の裏は、じわじわと染み出る液薬に触れている。
さっきから違和感があったが、意識をすると、そこからも猛烈な痒みが襲い掛かる。
「ふ、服を……服を脱ぐのよ、雪蘭──。下着もなにもかもすべて──。そして、それを足の下に──」
沙那は慌てて悲鳴のような声をあげた。