※この作品はR-18です。

嗜虐西遊記【完結】   作:ドン・ドナシアン

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531 逆転の一撃

 爽快な目覚めというものは、一度も味わったことはない。

 目覚めとともに、足の裏にじくじくとした痒みが襲いかかる。

 小白香は、自分に対する痒みを日常にするために、両足に強い痒み剤を塗りっぱなしにしている。しかも、自分自身への道術で痒みに対する足の感覚を鋭敏にして、それが癒えないようにもしていた。

 だから、目覚めはいつも痒みとともにだ。

 それが、小白香の当たり前の朝である。

 

 しかし、余程の気紛れでもない限り、奉仕奴隷を呼んで、朝に足の裏を奴隷に掻かせることはない。

 目覚めた直後は、まだ感覚が鈍いものだ。

 痒みを発散させてしまうなどもったいない。

 そこで掻いて得られる快感と、痒みを耐え抜いた後で掻いて得られる快感とは比べ物にならない。

 だから、小白香は、簡単に掻いたりはしない。

 

 痒くて痒くて、それでも掻かずに悶え疼く場所を放っておき、どうしても耐えられなくなるまで耐える……。

 そうやって、痒みの苦しさを溜めるのだ。

 

 すると、痒みが爆発しそうになり、痒くて苛つきが頂点に達する……。

 しかし、まだ、ここで痒みを癒してはならない。

 そこは、我慢する。

 すると、ちょっとだけ、痒みが癒える感覚になるときがくる。

 

 このときまで、最後に痒みを癒してから、一日か、二日……。

 だいたいは、そんなものだ。

 もう少しかかるときもある。

 

 痒みが癒えてくる感覚になるのは、身体というよりは、精神が痒みの苦しさに慣れるからだ。

 だが、その慣れは偽物だ。

 すぐに本物の痒みが襲いかかる。

 

 それからが、本当の痒みとの戦いだ。

 小白香の精神と痒みとの激烈な真剣勝負だ。

 

 戦いを一日でやめることもあれば、数日続けることもある。

 どこまで耐えられるかは、そのときの体調によって違う。

 これまでに最大に耐えた日数は十日だ。

 

 とにかく、足の痒みに耐えて、耐えて、耐えられなくなり、それでも耐えて、心が崩壊するかと思う程に耐えたときに、初めて奉仕奴隷に足の裏を皮膚が破ける程に掻かせる。

 

 その気持ちよさは天にも昇るほどだ。

 そのときの快感があればこそ、痒みの限界を耐えることができるのだ。

 

 起き抜けで足の裏を掻きむしりたい欲求を我慢して、いつものサンダルを履き直す。

 このサンダルは、小白香の霊具だ。

 足の裏への刺激を遮断するのだ。

 さすがの小白香も、自分の身体が無意識に痒い足の裏をどこかに当てて刺激を得たり、足の指を擦り合わせたりすることをすべて回避させることはできない。

 意識をして痒みを耐えるということには限界がある。

 それをこのサンダルは助けてくれる。

 つまり、痒みの限界に到達する以前に、小白香の身体が勝手に痒みを癒すことを防ぐのだ。

 

 小白香は鈴を鳴らして、寝室に奴隷を呼んだ。

 身支度の手伝いをさせるためだ。

 白象の性奴隷が集められている白象魔王の私的な住居ということになっているこの後宮、すなわち、奴隷宮には、三種類の奴隷がいる。

 そのうち、奴隷宮の管理に関することや、白象や小白香の身の回りの世話をするのは、主に母者の白象の性奴隷たちだった女たちだ。

 しかし、小白香が奴隷宮の支配を奪ってからは小白香の奴隷である。

 

 この身の回りの世話をする奴隷を、小白香は“痒み奴隷”と呼んでいるが、実際には普通の奴隷だ。

 ただ、性の相手をさせるときには、痒み責めをする。

 それくらいだ。

 さすがに、白象のように、四六時中痒みで苦しめて貞操帯をさせてしまっては、業務が回らなくなる。

 だから、日常では“普通”にしている。

 また、道術で喋れないようにしているが、小白香と白象の関係が逆転していることについては、こいつらは知っている。

 

 小白香の管理する奴隷には、ほかに、奉仕奴隷と実験奴隷であり、両方とも小白香の母親の白象のように、平素から股間などに痒み剤をまぶして貞操帯で封印をしたりしている。

 これらは日常の仕事の役には立たない。

 痒みを癒してやるのも、数日に数回という程度なので、そんなにももたないことが多い。

 

 すぐに、当番の奴隷がふたりやってきた。

 金属の首輪をつけ、手首と足首に革帯をつけ、素肌が透けて見える薄い布だけを身に着けている。

 乳首や恥毛が布を通して薄っすらと見える。

 

 完全な全裸ですごさせることよりも、こうやって際どい露出をさせるのは、もともとの白象の趣味だった。

 だから、こっちの奴隷宮の支配を小白香が握ってからも同じ格好をさせている。

 しかし、白象がこいつらを使って身体を慰めることは、この二年くらいないはずだ。

 白象の激しかった性欲も、この二年はあまり盛んではない。

 いや、そもそも日常的に、触手つきの貞操帯を嵌めさせており、女奴隷と遊ぶことも勝手にはできない。

 小白香の母親である白象そのものが“奴隷”なのだ。

 しかも、日常的に、痒み責めにして、貞操帯で封印してしるという点では、立場は“奉仕奴隷”である。

 

 二年前、騙して小白香への道術を封印し、痒み拷問を一箇月にも及んで続けることで、完全に白象の心を屈服させ、隷属の誓いをさせた。

 しかも、白象の足の裏と股間を絶えることのない痒み責めにしたままにしていて、いまでは貞操帯や特殊な霊具の靴で封印して、四六時中痒みが癒えることがない境遇にしている。

 あれが逆転の一撃だった。

 

 それ以来、白象は、実の娘である小白香の性奴隷だ。

 もっとも、それは白象と小白香の関係だけのことであり、魔王としての白象の地位に変化はない。

 相変わらず、この白象宮の正殿(せいでん)側も奴隷宮側も白象の結界に包まれており、いまでも白象は、それなりの道術を発揮できる。

 如何に隠したところで、もしも、宮廷府全体にかけている結界の術者が白象でなくなれば、誰でも白象が力を失ったことがわかってしまう。

 従って、白象はいまでも、偉大な道術のかけ手でなければならないのだ。

 

 小白香が取りあげたのは、小白香に対する道術効果と、小白香の道術に対する抵抗力だ。

 白象の魔王としての力が、小白香に対してのみは無効になるのだ。

 白象は娘の小白香にいかなる道術もかけることはできずに、逆に、小白香は白象の身体に好きなように道術をかけることができる。

 そういう道術契約を結ばせた。

 

 しかも、精神的にも娘の小白香に抵抗できないように、あれ以来、なにかにつけ、白象の牙を抜くための痒み調教を繰り返している。

 その日々が、白象からほかに向ける性欲を奪っているのだ。

 白象が申し出れば、いつでも性奴隷の使用を許可すると告げているが、いまの白象にとっては、性奴隷たちを責めて愉しむよりも、小白香に責め抜かれることの方が、満足した性の快感を受けられるはずだ。

 二年前以降、白象が性奴隷の貸し出しを小白香に求めたことはない。

 

「失礼いたします、王女殿下……」

 

 部屋に入ってきたふたりの性奴隷が、寝台の横に腰掛けている小白香に一礼した。

 

「うむ……」

 

 小白香は立ちあがって、軽く両手を開いた。

 まずは、小白香から奴隷たちが寝着を取り去る。

 寝るときには、下着の類いは身につけないので、それで小白香はサンダル履きだけの素裸になる。

 続いて、奴隷のひとりが、背後に回り小白香の白い髪をすき始める。

 もうひとりは、寝汗で汚れた身体の洗浄だ。

 ぬるま湯を溜めた容器に浸しておいた布で、小白香の身体を拭くのだ。

 小白香は、そうやって、奴隷が足首から上のすべての場所を拭き終るまでじっとしている。

 奴隷が布で身体を拭く場所は、小白香の全身のすべてだ。

 耳垢、鼻の穴、口、性器、尻の穴に至るまで徹底的に綺麗にされる。

 そうやって、ひとりの奴隷が小白香の身体を拭き終わった頃には、もうひとりの奴隷による髪の手入れも終わっている。

 

 ふたりが一礼をして、部屋を出て行き、入れ替わって服や装飾具を抱えた奴隷が三人入ってくる。

 彼女たちが群がり、小白香の身体に下着を身につけさせて、服を着させる。

 正殿である白象宮に行く用事がある日のときには、正装に近い服がこのときに準備されているときが多いが、今日のように一日を奴隷宮ですごすような日は軽装だ。

 装飾具も簡素なものだ。

 

 小白香の身支度がすめば、三人の奴隷が退出して、次に入ってくるのは、朝食の盆を抱えた奴隷だ。

 これも三人いる。

 ひとりは食べ物を載せた盆を抱えて、移動して椅子に座った小白香の前に立ち、もうひとりは、小白香の横に立ち、飲み物を抱えた盆を持つ。

 このふたりは、ただ盆を抱えるだけの役割であり、給仕はもうひとりの女奴隷がする。

 

 小白香は、盆の上の箸をとり、汁物から始めて、朝食を口にし始めた。

 食事が始まれば、三人のうちの盆を持つふたりは卓としての扱いになる。

 いかなることをされても、動いてはならないことになっている。

 食事が半分くらい済んだところで、小白香はふと悪戯心が湧いた。

 小白香は、食べ物が載っている盆を両手で持っている奴隷の薄物の裾の下に、持っていた箸をすっと入れた。

 奴隷の着ている薄物の裾は、奴隷たちの腿の半分くらいの丈しかない。

 下から剥ぐって、箸先を股間に触れさせるのは簡単なことだ。

 

「あっ」

 

 目の前の奴隷がびくりと動き、盆の上の物ががちゃりと揺れた。小白香の箸が奴隷の股間の肉芽に当たったのだ。

 以前の白象の趣味だったので、前からここにいる性奴隷たちの肉芽は、かなりの大きさに成長させられていることが多い。

 この奴隷もそうだ。

 だから、簡単に箸で摘まめるし、非常に敏感でもある。

 

 奴隷が真っ赤な顔になり震えだす。

 小白香の箸は奴隷の肉芽をしっかりと摘まんで左右に振ったり、軽く摘まみあげたりしている。

 その刺激に懸命に耐えているのだ。

 

「くうっ」

 

 股間を弄られている奴隷が歯を喰い縛って姿勢をただした。

 しかし、小白香の箸は執拗に奴隷の股に刺激を与え続けている。

 刺激に弱くなるように調教された肉芽をこんな風に直接的に愛撫されるのは、かなりつらいはずだ。

 だが、もしも、動いて粗相などをすれば、その瞬間に、この奴隷は、“奉仕奴隷”か“実験奴隷”に格下げされることになっている。

 白象が管理する性奴隷たちは、奉仕奴隷に格下げになれば、貞操帯を嵌められて、癒されることのない痒み地獄に陥らされるということを知っている。

 あるいは、実験奴隷ともなれば、おかしな病気にさせられて苦しんだ挙げ句に死ぬだこだ。

 いずれも、死の宣告と同じである。

 だから、この奴隷も必死になって、小白香の悪戯に耐えている。

 

 小白香はしばらくそうやって、目の前の奴隷のひとりが、快感を我慢して身悶えするのを愉しんでから、その女奴隷を許すことにして、薄物の裾から箸を抜いた。

 奴隷がほっとした顔になった。

 もう少し悪戯を続けてもいいし、粗相をするまでいたぶりを繰り返すこともある。

 たとえば、さっきまでいじっていた肉芽に、常に開発を続けさせている痒み液を塗るとかだ。

 しかし、今朝は自重することにした。

 それも愉しいのだが、今朝はそんな気分ではない。

 そもそも、今日は忙しいのだ。

 

 昨日は、叔父の青獅子魔王が占領した人間族の城郭から、沙那という女戦士と雪蘭(せつらん)という貴族の童女が移送されてきたし、右京という美人将校も奴隷にした。

 右京の妹の夢華(ゆめか)という娘とその許嫁の楽清(らくせい)という優男も奴隷宮に連れ込んでいる。

 その調教をしなければならないのだ。

 

 小白香は、早々に朝食を済ませると、まずは、沙那と雪蘭を閉じ込めている部屋に向かった。

 あのふたりは、痒み液と媚香を充満させた絨毯を敷き詰めた部屋に、ひと晩中、素っ裸で閉じ込めてやっていた。

 しかも、身体を掻けば手や指が消滅する道術をかけ、痒み効果のある薬水を繰り返し浴びせながらだ。

 

 いま頃は、ふたりとも腕も指もなくなっており、身体を掻く手段をなくして、ふたり揃って、薬剤に濡れた全身の痒さで、踊り狂っていることだろう。

 

 ふたりを監禁している部屋の外側の廊下に着いた。

 すべての監禁部屋がそうだが、調教前の奴隷たちを閉じ込める部屋には扉も窓もない。

 だから、道術でなければ出入りできないようになっている。

 室内の声や物音も道術なしに廊下には漏れない。

 小白香は、ふたりを監禁している部屋の前に立つと、まずは、室内の音を壁を挟んだ廊下側に道術で繋いだ。

 

「元気だったか、ふたりとも? まだ、生きてはいるだろうのう?」

 

 声だけを送る。

 しかし、返事がない。

 

「おや?」

 

 小白香は思わずひとりで呟いた。

 静かなのだ。

 てっきり、声を繋げた途端に、中にいる沙那と雪蘭の悲鳴や哀願の声が聞こえると思っていたのだ。

 監禁してからひと晩経っているから、もう、その気力も失われている可能性もあるが、それは小白香の声を送った瞬間に、暴発するように、監禁しているふたりの泣き声が炸裂するはずだった。

 

 これまではすべてそうだった。

 一晩くらいだと、声も出せないほどに疲れるというわけでもない。

 それに、眠っているということもないはずだ。

 あの部屋の絨毯には、痒み液が充満していて、少なくとも足の裏は猛烈に痒いはずだ。

 そんな場所に横になれるわけもなく、横になって眠ることなどできない。

 だから、あの部屋に閉じ込められた犠牲者は、ひと晩中立っているしかない。

 

 いや、かすかに声が聞こえる……。

 小白香はそれに気がついた。

 

 なにを言っているのかわからないが、沙那の声のようだ。

 なにかを小さな声で呟き続けているようだ。

 小白香は、『移動術』で自分の身体を室内に転送させた。

 

「おや、沙那──。お前、まだ耐えていたのか?」

 

 部屋の中に跳躍した小白香は、眼の前の光景に驚いてしまった。

 汗なのか薬水なのかわからないが、全身をぐっしょりと濡らした沙那が、腕一本だけで雪蘭を足の甲の上に乗せて抱きかかえている。

 また、眼は虚ろで、まるで凍える者のように全身を痙攣させている。

 閉じ合された腿をしきりに擦り合わせたり、足の裏が小刻みに床に擦りつけるような動きを続けていることから、しっかりと意識があることだけは辛うじてわかる。

 それに比べて、沙那に一本腕で抱かれている雪蘭は完全に眠っているようだ。

 

 片側は消えてしまっているが、沙那の腕が片方残っているということは、沙那はひと晩中、繰り返し襲う痒み水に耐えて、身体を掻かなかったということになる。

 

 小白香はそのことに度肝を抜かれた。

 そんなことはありえないと思ったのだ。

 

 小白香の痒み水を繰り返し浴びて、その痒さを一晩耐えるというのは、人間族が耐えられる限界を遥かに超えているはずだ。

 

 それは雪蘭も同じだ。

 薬水の痒み効果は凄まじい……。

 それに耐えて、あんな風に寝息をたてて寝られるわけがない。

 

 ふと見ると、雪蘭の手の指は、人差し指を除いてすべて消滅し、両手首は背中側で密着している。

 雪蘭は身体の痒い部分を掻いてしまって、道術が効いてしまったようではある。

 

 そして、なによりも異様なのは沙那の表情だ。

 まるで夢遊病者のように呆然として無表情であり、なにかを呟き続けている。

 小白香が部屋にやってきたことにまるで気がついていないかのようでもある。

 

「沙那、お前、大丈夫なのか?」

 

 小白香は言った。

 しかし、沙那は、返事もなければ、小白香に向かって視線を向けもしない。

 相変わらず、口の中でなにかを呟き続けているだけだ。

 

 本当は意識がないのだろうか……?

 それにしては、しっかりと身体は動き続けている。

 耐えていはいるが、怖ろしい痒みに襲われていて、身体を少しも静止させられないでいる感じでもある。

 沙那の足に乗っている雪蘭の足の裏が無事なのは、ここからでもわかるが、逆に、沙那の足の裏がすでに大変な痒みに襲われているのもわかる。

 だから、我慢できずに床に擦るように動かし続けているのだろう。

 

 だが、どうにも様子がおかしい……。

 もう発狂してしまったのだろうか……?

 

 たったのひと晩で狂ってしまうというのは、いかにも脆い。

 青獅子の使者から事前に聞いていた沙那の性質とは異なる。

 小白香は、とにかく沙那がなにを呟いているのか確認するために、そばに寄ることにした。

 

 小白香が近づいても、沙那はなんの反応も示さなかった。

 まるで、小白香などいないかのようだ。

 小白香は沙那の口元に耳を寄せた。

 

「……すぐにわたしたちを解放しろ……。さもなければ、お前はだんだんと息ができなくなって死ぬ……。……すぐにわたしたちを解放しろ……。さもなければ、お前はだんだんと息ができなくなって死ぬ……」

 

「はあ?」

 

「……すぐにわたしたちを解放しろ……。さもなければ、お前はだんだんと息ができなくなって死ぬ……。……すぐにわたしたちを解放しろ……。さもなければ、お前はだんだんと息ができなくなって死ぬ……」

 

 最初はあまりにも小さな声だったので、よく聞き取れなかったのだが、やがて、沙那が呟き続けているのがその言葉だということがわかり、小白香は驚愕した。

 

「お前、なにを言っておるのだ──?」

 

 思わず叫んだ。

 すると、あらぬ方向を向いて呆然としているだけだった沙那の表情が急に一変した。

 

「い、いま、聞いた通りよ──。すぐにわたしたちを解放しなさい──。さもなければ、息がだんだんとまって死ぬわよ──」

 

 沙那がそう怒鳴りながら、いきなり残っていた片腕で、小白香の首の横を突いた。

 その瞬間、急に喉に大きな球体のようなものが詰まったような感覚が襲った。

 

「お、お前、な、なにを……」

 

 小白香は、息ができなくなってその場に崩れ落ちた。

 ほんの少ししか息が入ってこない。

 なにをされたのかはよくわからないが、さっき、沙那が指で小白香の首を突いたことによる影響であることに間違いない。

 

「……け、経絡突きよ──。さ、さあ、わたしたちを解放しなさい──。わ、わたしに道術をかけて殺しても無駄よ。もう一度、経絡を突かない限り、元には戻らないわ──。くううっ……。よ、よくも、こんな酷い目に、ひと晩中遭わせてくれたわね──」

 

 沙那が片腕を離したために、雪蘭は床に崩れ落ちている。

 しかし、なぜか、眼が覚めないでいる。

 どうやら、雪蘭は意図的に眠らされているようだ。

 さっき、指で身体の一部を突いて肉体に異常を起こさせるというおかしな術を沙那が使った。

 それと同じ技なのだろう。

 痒みに耐えられそうにない雪蘭を、沙那はさっきの指の技で眠らせて楽にさせたのに違いない。

 

 それにしても、だんだんと苦しくなる。

 道術を──。

 

 しかし、道術をかけるために印を刻もうとするが、呼吸を制限されたことで精神集中がうまくいかない……。

 

「あっ、がっ、があっ」

 

 助けて──。

 死ぬ──。

 

 息ができない。

 懸命に吸おうとするが、身体に入ってくるのは、ほんの少しだけだ。

 小白香は、喉を掻きむしった。

 

 しかし、なんの変化もない……。

 頭が朦朧とする……。

 小白香の心に死の恐怖がやってきた。

 

 嫌だ──。

 死にたくない……。

 

「た、助け……て……」

 

 小白香は沙那の足元にうずくまったまま呻いた。

 

「わ、わたしたちを外に出すのよ──。そ、それに、こ、この痒みを消しなさい──」

 

 沙那が怒鳴った。

 

「……で、できない……」

 

 小白香はやっとのこと言った。

 それをしたくても精神集中ができなくて道術をかけられないのだ。

 

「……だ、だったら、そのまま死になさい──。死ねば術も消えるでしょう……」

 

 沙那が、怒りそのものの顔で言った。

 

「た、助け……あっ、があっ……あっ……」

 

 本当に息がとまりかけている。

 吸えない──。

 

 どんなに息をしようとしても身体には、ほんの少ししか息が入ってこない。

 不思議な喉の異物が完全に喉の中の息の通り道を塞いでいる。

 

 次第に頭の中が苦しくなる。

 そのとき、部屋の中に霊気の流れを感じた。

 沙那の指が小白香の眉間に置かれるのがわかった。

 不意に、部屋に白象が出現した。

 道術で部屋の中に転送してきてくれたのだ。

 

「……なにがあったの──? 外の廊下にまで騒ぎが聞こえているわよ」

 

 白象が言った。

 さっき、この部屋の音を外の廊下に繋いだ。

 それを繋ぎっぱなしにしたままだったので、この部屋の声が外に漏れ、その騒ぎを耳にした白象がやって来てくれたに違いない。

 相変わらず、貞操帯の中の股間が痒いらしく、太股を擦り合せるような仕草を続けているが……。

 

「あ、あんたが白象魔王? わたしたちを解放するのよ──。さ、さもなければ、この娘は死ぬわよ。この眉間の経絡を突けば、この娘は瞬死するわ──」

 

 沙那が怒鳴った。

 

「は……た……あ……」

 

 母者、助けてくれ──。

 

 そう言おうとするのだが、苦しくて声が出ない。

 だんだんと意識が消えていく。

 意識を保つのが難しくなっている。

 

 苦しい……。

 息が……。

 死にたくない……。

 自分の眼からつっと涙が流れるのがわかった。

 

「瞬死──? 指一本で?」

 

 白象が大きく眼を見開いた。

 

「は、早く解放しなさい──」

 

 沙那が全身を激しく痙攣させながら悲鳴のような声をあげた。

 

「解放?」

 

 事態をうまく飲み込めていないのか、白象が当惑した表情をしている。

 

「……そ、そうよ──。い、いや、その前に、痒みを消して──。わ、わたしたちの身体の痒みを消しなさい──。は、早く──」

 

 沙那の指が震えている。

 痒みで苦しいのは確かなのだ。

 

「痒み……? ああ、そういうことね……。お前は経絡突きができるのね……。それで、油断をした小白香が、経絡突きを受けて、虫の息ということなのね……。これは、どうしたものかしらねえ、小白香……」

 

 朦朧としてきた小白香の視界に、白象の意味ありげな微笑が映った気がした。

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