「母者、気分はどうだ……?」
「聞こえんのかのう……。母者──」
「母者?」
「母者というのに」
声がした。
しかし、頭が朦朧としている。
誰に話しかけられているのかわからない……。
「まだ、調整が必要のようだな……。『治療術』の効果を強くして、少し頭をすっきりさせるか……」
その声が独り言のような物言いでなにかを喋っている。
「……しかし、意識が戻れば、痒みの苦痛が復活するかもしれんのう……。まあ、いいか……」
やはり、誰かの独り言が聞こえる気がする。
だが、わからない……。
いや、身体が熱い──。
強烈なものがやって来る。
それがなにかわからなかったが、頭の霞のようなものが消えていくと、急に全身が熱くなった。
「か、痒い──。な、なによ、これは──? ひ、ひっ、ひっ、ひいっ──」
熱いと思ったのは、全身を引きちぎるような痒みだ。
頭の中を覆っていた霧のようなものが晴れた。そして、頭がすっきりするとともに、猛烈な痒みが全身に襲いかかってきたのだ。
「ひ、ひいっ、ひいいっ、か、痒い……痒い……ひいいっ──」
白象は、ほとんど無意識のうちに全身の肌を掻きむしろうとしたが、なぜか手足が動かない。
それだけではなく、身体に当たるものがなにもない。
それで気がついた……。
自分はいま宙に浮いている。
なにも存在しない場所で手足を延ばして、ただ漂っているのだ。
自分の身体がわからない……。
これは、どういう状況なのか……?
探ろうとしたが視界がない。
なにも見えないのだ。
目隠し?
それとも、なにかによって頭を狂わせられているのか?
白象は、いまがどういう状況なのか把握しようとした。
しかし、周囲は真っ白い世界だ。
視界が制限されているのか、なにも見えない。
周りには、ただただ白い空間があるだけだ。
とにかく、感じるのは全身の痒みだ。
しかし、のたうち回ろうにも、身体を暴れさせる床がない。
ここがどういう場所なのかもわからない。
白象の眼には壁も見えなければ、天井も床も見えない。
まったくなにも存在しない場所に、白象は浮かばせられているのだ。
どちらが上でどちらが下かという感覚もない。
すると、不意に自分の身体が見えた。
だが、ほかにはなにもない……。
白い空間の中に、白象がひとり存在するだけだ。
そして、白象は自分が全くの素肌なのを自覚した。
自分の素っ裸の身体が見えたのだ。
だが、その全身が痒い……。
特に、足が……。
乳房が……。
疼いている……。
おかしくなりそうだ……。
いや、もうおかしくなっているのか……?
そして、猛烈な股間の痒みを感じた。
股が疼いている。
小白香の罠によって貞操帯を嵌められている股の内側が痒いのだ。
しかし、掻けない。
貞操帯が白象が勝手に痒みを癒すことを阻止している。
白象は自分の股間を見た。
やっぱりいまも装着させられている。
まて、足にも小白香の『革靴』がしっかりと存在していて、白象は全裸でその編み上げ靴と貞操帯だけを身につけている格好で浮いていた。
この靴がすべての始まりだった。
二年前、白象は油断から、小白香によって靴に罠を仕掛けられて履かされて、足を痒み責めにさせられた。
小白香の道術がなければ脱げないこの靴は、完全に内外の刺激を遮断する機能があり、そのため、白象は激しい足の痒さによって、道術をかけるための精神集中ができなくなったのだ。
そして、のたうち回る白象に、さらに痒み汁を撒き散らす触手の生えている貞操帯を嵌め、小白香は白象を痒み地獄に落とした。
そんな白象を小白香は監禁したのである。
痒みから解放されるには、小白香に屈服するしかなかった。
結局、白象は娘の小白香と不本意な真言の誓約を結ばされ、いまでは、女魔王の白象とあろう者が、実の娘の小白香の哀れな性奴隷である。
油断したといえばそれまでだが、誰が実の娘……。
しかも、当時十歳の小白香がそんな大それたことをすると想像するだろうか。
それに、白象はまったく知らなかったのだ。
わずか十歳の小白香が、魔王の白象を上回る霊気を持っていたことも、実の母親を拷問して性奴隷にするほどの業を持っていたことも……。
小白香……?
それでふと、気がついた。
さっき話しかけてきたのは、その小白香ではなかったか?
そして、さらに意識がはっきりするにつれて、股間や足や身体の痒みが猛烈になった。
すると、だんだんと視界も開けてきた気がした。
「母者、気分はどうだと訊ねておるのだ──。母者は、狂いかけておったのだぞ。それを『治療術』で癒してやった。少し話をしたいのでな」
真っ白い世界の中に、不意に誰かが現われた。
それが娘の小白香だということを認識するのにしばらくかかった。
小白香は白象の目線の下にいた。
やはり、白象はうつ伏せの状態で宙に浮いているようだ。
その白象を小白香が首を上にして、見上げている。
いや、そんなことはどうでもいい……。
とにかく痒い……。
全身が……。
股が……。
足の裏が……。
一度、意識してしまうと、もう我慢ならない……。
白象は痒みのことしか考えられなくなった。
「か、痒い……あ、ああっ──な、なんとかして……痒いわ──」
白象は悲鳴をあげた。
少しずつ記憶を辿っていき、白象は、この奇妙な空間に閉じ込められる前に、小白香から全身に痒み剤を浴びせられたことを思い出した。
そのために、これまでに経験したことのない激しさで痒みが白象の身体に襲いかかっているようだ。
白象の両手は身体に添うように身体の横に置かれている。
しかし、まったくそこから動かすことができない。
それどころか、肩幅に開いた両脚もぴくりとも動かせない。
両脚が密着していれば、せめて太腿を擦り合わせることもできると思うが、それさえも許されないのだ。
「か、痒い……くああ……はあっ……な、なんて痒さ……お、お願い……苦しい……な、なんとかして、小白香……」
痒いのは全身だが、特に乳房と股間がただれるように痒い。
そして、足も痒い……。ほかには、もうなにも考えられない。
痒い……。
痒い……。
痒い……。
「……母者、さっきから訊いておるのだぞ? 返事もできんのか……?」
不意に耳元で怒鳴り声がした。
気がつくと、さっきよりも近い場所に小白香の顔がある。
「しょ、小白香……あ、あなたの仕業なのね……。な、なんで、こんなことを……。す、すぐにおろして──。手を自由にして……。後生だから──ひいいっ──」
白象は叫んだ。
少しも待てない……。
痒い……。
痒いのだ──。
「……かなり痒みを軽減させたはずだが、やはり、ずっと放置していたのが効いているようだな……。よかろう……。もう少し、痒みを減らしてやろう……。碌に話もできんのではどうしようもないからな……」
小白香が言った。
すると、すっと身体が楽になった。
痒みが完全に癒されたわけではないが、物を考えられるくらいには楽になった。
白象は、どうしてこんなことになっているのかを思い出そうと懸命に記憶を辿った。
それで、沙那という女戦士のことを思い出した。
沙那というのは、青獅子が獅駝の城郭で捕獲し、白象宮の奴隷として移送されてきたた人間族の女戦士だ。
しかし、その沙那は一筋縄ではいかない女であり、驚いたことに、経絡の技で娘の小白香を窒息責めにして、小白香を人質にして、白象に自分の解放を要求してきたのだ。
そのとき、白象は一瞬だけ魔が差した。
沙那のその技なら、金凰魔王を殺せるかもしれないと思ったのだ。
あの強力な道術で白象を支配し、三魔王のひとりの地位に白象を据えながらも、気紛れから白象の霊気を取りあげ、それによって白象に娘に調教されるという惨めな境遇を強いているあの金凰魔王を……。
そして、その暗殺を沙那に強要しようとしているところを小白香に聞かれたのだ。
あのとき、小白香は、沙那の経絡突きで朦朧としていたから、とりあえず、『治療術』で経絡の影響を消失させてから、自室に転送して横にさせた。
だが、あの娘は道術遣いとしては超一流だ。
すぐに自らの道術で完全復活して、沙那と白象のいるところに戻ってきたのだ。
白象はそれを予想していなかった。
いや、小白香がすぐに戻ると予想したとしても、その後の小白香の行動は、完全に白象の予想の外だった。
なんと、白象が沙那に話していることを耳にした小白香は、それが三魔王軍全体に対する白象の裏切りだと断じて、白象を突然に監禁したのだ。
しかも、白象の裸身に痒み剤をかけて放置するという拷問をしたままで……。
いまの白象には、小白香の道術に抗する力がない。
霊気も不十分だし、小白香の道術には抵抗しないことを真言の誓約で結ばされている。
小白香の道術を打ち消すような道術を自分にかけることもできない。
白象は小白香に捕らえられた。
それからどうなったかの記憶はほとんどない。
この場所でひたすら、発狂しそうな痒みに悲鳴をあげていたような気がする。
「さあ、もう一度、喋ってもらうぞ、母者──。沙那を使って誰を殺そうとしたのだ?」
小白香が言った。
もう一度……?
すると、その小白香がすっと白象の乳房の谷間に手を伸ばした。
はっとした……。
『真実の石』だ。
白象宮の宝物庫にある霊具であり、この石に触れている者の喋ることが、真実であるのか、偽りであるかを見抜くことのできる霊具だ。かたちは、小さな水晶球であり、喋ったことが真実であれば青く光り、偽りであれば赤く光るのだ。
その『真実の石』が白象の胸の谷間に張りついた。
どうやら、小白香は、それを使って白象に自白を強要しようとしているようだ。
白象はぞっとした。
この『真実の石』は、言葉の真偽を見抜くだけではなく、それを記録することができるのだ
小白香は、白象に金凰魔王を暗殺しようと考えたことを発言させて、この霊具で言質を取るつもりなのだ。
そう言えば、白象をこうやって監禁する直前に、小白香は白象に取って代わって、自分が魔王になるというようなことを喋っていた気がする。
小白香がそんなことを企てるということなど夢にも思っていなかったが、この娘は本気なのだ……。
本気で白象を魔王の地位を奪おうとしている。
それとも、これはいつもの調教のひとつなのだろうか……?
この気紛れ娘が、たちの悪い嗜虐の手段を思いつき、それを悪戯で実行しようとしているだけだろうか……?
だが、小白香の表情は冗談のようにも思えない……。
「な、なにを考えているのよ、小白香──。わ、わたしをどうするつもりなのよ──? そ、それに、もう一度とはなによ──」
白象は声をあげた。
すると、小白香はくすくすと喉の奥で笑った。
小白香が笑うときの癖なのだが、我が娘ながら、あの笑い方はいつもぞっとする。
小白香があんな笑い方をするときには、残酷な嗜虐を考えているときなのだ。
「白を切っても無駄だぞ、母者──。母者が伯父の金凰魔王に殺意を抱いたということは、もう何個も『真実の石』で記録した。覚えておらぬのか? すでに、道術で金凰宮にも送ったし、青獅子魔王のおる
小白香が大きな声で笑った。
すでに自白した──?
なにも覚えていない──。
しかし、そう言えば、気の遠くなるような痒みの中で、ここで数回、小白香に会っている気もする……。
そして、思い出した──。
確かに、白象は小白香に自白をさせられている。
それは痒み責めによって意識も半分ない状態で喋らされたことだが、『真実の石』は、それが無意識の言葉であろうと、言の葉に乗りさえすれば、それが真実か否かを判定する。
金凰魔王がそれを受け取ったのであれば、白象が本当に殺意を抱いたということを知るはずだ。
「な、なんてことを──。しょ、小白香──。ば、馬鹿なことはやめるのよ。ま、魔王の地位なら欲しければあげるわよ──。こ、こんなことはやめなさい──」
白象は叫んだ。
「譲られる地位などいらんわ。母者から奪うから愉しいのであろう──。母者は知らなかったかもしれんが、わらわは幼いころから母者が大嫌いだったのだ──。だから、いずれは、母者から魔王の地位は取りあげてやろうと決めておった。わらわが思っていたよりも、少し早くなったがな」
小白香が声をあげて笑った。
娘ながらぞっとするような残酷な響きだ。
やっぱり、魔王の地位を奪うというのは本気なのだ。
白象は確信した。
「い、いい加減にしなさい──。なんだかんだいっても、あなたは、わたしの娘なのよ──。こ、これは、いつもの性調教の悪戯とは違うわよ──。家臣があり、軍があり、領地があり、そこで暮らす多くの亜人の部族たちがあり、そういうものの上に魔王は立つのよ。そう簡単に奪ったり、手に入れたりできるものではないのよ──」
「だ、黙れ──。わらわに偉そうに喋るのではないわ。わらわの性奴隷の分際で、わらわに諫言めいた言葉を吐くな──」
小白香が癇癪を起こしたのがわかった。
この娘は自尊心が肥大になりすぎて、誰であろうと忠告や叱責のような言葉を小白香に言えばいつも激怒する。
しかし、今日は引き下がるわけにはいかない。
「で、でも、あ、あなたは、わたしの娘なんだから、いずれは、この魔王の地位はあなたのものになる──。わ、わたしを失脚させたりしたら、その娘のあなたが魔王を継ぐことは却って難しくなるじゃないの──。頭を冷やしなさい──」
「だ、黙れ──。黙れ、黙れ、黙れ、母者──。わらわのことを娘だと言うたのか? ほう──? それじゃあ、訊いてやろう。母者は、わらわに対して、なにか母親らしいことをしたことはあるか? なにかひとつ言うてみよ。なにか思い出すことがあれば、わらわも考え直してやろう──」
「えっ……」
「もちろん、虫の居所の悪いときに、幼いわらわの頬を張り飛ばすとか、子育てが面倒だから、乳母にすべてを押しつけて、自分は性奴隷と乳繰り合うとか、そういうのはなしだぞ……。母者が、わらわに直接になにかをしてくれたことを言ってくれ──。それが、なにかひとつでもあれば、考え直そう」
小白香は言った。
「そ、それは……」
白象は頭を巡らせた。
しかし、なにも出てこない。
懸命になにかないかと考えるのだが、もしかしたら、小白香の言うとおりかもしれない。
そもそも、白象は生まれてきた小白香のことを一度でも愛したことはあっただろうか。
犯されて生まれた子──。
欲しくて産んだのではない──。
だから、愛することはできなかった……。
そんな目でしか小白香を見てこなかったし、接してもこなかった。
だが、冷たく扱ったことはないはずだ。
ただ、ほとんど小白香の存在を省みず、意識の外に追いやっていただけだ。
無視はしても、冷酷なことはしなかった……。
しかし、密かに白象が、小白香の存在を疎ましく思い続けていたことをこの小白香はずっと感じていたのかもしれない。
それが二年前の痒み責めの罠になり、さらに、今回のことになったのか……。
「そ、それは……確かに、わたしは、よい母親ではなかったかもしれないけど……。でも、魔王の地位というのは……」
白象は懸命に小白香をなだめようと思った。
とにかく、道術では、白象はもう小白香にはかなわない。
だから、ここは小白香の気を鎮めてやるしかない。
この小白香は、気が昂ぶっているようだ。
そんなときの小白香は、本当に手がつけられなくなるのだ。
そのことを白象は、この二年間で嫌というほど、身に染み込まされた。
だが、白象の言葉で小白香の顔色が変わった。
「よ、よい母親ではなかっただと──? はっきりと言ってやろう──。わらわは、お前を一応は母者とは呼んでおるが、本当は一度として母親だと思ったことはない──。威張り腐って、気紛れで──。親としてのことはなにひとつせん──。叱るときさえも、家人にやらせるだけで、自分ではせんかったであろう──」
「そ、それは……」
「黙れ――。お前がわらわをずっと無視しようとしていたことは、わらわはずっと気がついておった──。本当は、お前はわらわのことを子供とも思っておらんかったであろう? わらわが幼いころから、まるで、わらわなど存在せんかのようにしておったな。それに娘の前であろうと、どこであろうと、みっともなく女奴隷と乳繰り合いおって──。わらわが、お前からなにを教わったといえば、性奴隷たちを酷く扱う技だけだ──。わらわが、こうやって、他人を苛めることでしか悦びを感じぬようになったのは、母者がわらわに教えたからだ。母者が性奴隷たちに、そう扱うことを通じてな──」
「そ、それは悪かったと……」
「黙れと言うておろうが――。とにかく、お前はずっとわらわを無視し続けておったのだ。わらわが産まれてからずっとな──。だから、わらわは二年前、もう、わらわのことをお前が無視できんようにしたやったのだ──。確かに、この二年は愉しかったな。この二年は、それまでの十年全部よりもずっとたくさんお前と喋ったし、接しもした。性奴隷とその主人という関係だがな──」
「あ、あなた……」
びっくりした……。
なにを考えているのかわからない娘だとは思っていたが、小白香からいま感じたのは、はっきりとした白象に対する憎しみだ。
そして、思った。
どうしてこんなことになったのか……。
なぜ、小白香はこんなにも白象を嫌っているのか?
白象はいまこそ思い知った。白象と小白香のあいだには、明確な心の断絶がある。
「……これは、わらわも余計なことを話したな……。母者、最初の質問に戻ろう。母者は、沙那という女奴隷を使って誰を殺そうとしたのじゃ? それを言うてくれ──」
喋るだけ喋ったことで落ち着いたのか、小白香が少し冷静になった口調で言った。
白象は嘆息した。
これは真実を告げる必要があるのかもしれない。
そして、そう考えると、それは当然だということに気がついた。
二年前に、小白香と白象の関係がおかしくなったときに語るべきだったのだ……。
自分と金凰魔王の忌まわしき関係を──。
「わ、わかったわ……。小白香、よく聞いて。わたしが殺そうとしたのは、金凰魔王よ──。でも、それは……」
「母者が殺そうとしたのは金凰魔王──。よくぞ、言った──」
小白香が叫んだ。
ふと気がつくと、胸の谷に押しつけられた『真実の石』が青く光り輝いている。
「皆の者、聞いたであろう──。母者は……。いや、この白象は、三魔王軍の頭領である金凰宮の金凰魔王を暗殺しようとした──。これは、三魔王軍全体に対する裏切りである──」
小白香が大きな声で叫んだ。
すると不意に視界が拡がった。
真っ白だった周囲が変化して、景色が現われた。
周囲のざわめきも耳に入ってくる。
そして、白象は目を丸くした。
白象がいるのは、白象宮の謁見の間だったのだ。
離宮である奴隷宮ではなく、正殿側の宮殿だ。
宮殿の謁見の間は高層の吹き抜けの空間になっていて、白象はその大広間の空中に、小白香の結界に包まれて、うつ伏せになって浮かんでいたのだ。
眼下には、百人以上の家臣や近衛軍の将兵たちがいる。
彼らが同情と畏怖と軽蔑が入り混じったような複雑な表情で自分を見あげていた。
「こ、これは──?」
白象は自分が編み上げの『靴』と『貞操帯』以外は完全な裸であることを思い出して、慌てて身体を手で隠そうとした。
だが、手は身体の横に添えられたまままったく動かない。
また、宙に浮いている身体もどうにもならない。
大勢の家臣たちの動揺と困惑が空中の白象にも伝わってくる。
白象は眼で小白香を探した。
いた──。
果たして小白香は、謁見の間の玉座に腰掛けて、宙に浮かんでいる白象をにやにやと眺めていた。
玉座の場所には、いつも白象が座る玉座と、小白香が座るその隣の副座があるが、小白香は玉座に座って、肘をついて空中の白象を愉しそうに眺めている。
手元に『真実の石』がある。
ふと、気がつくと、白象の胸の谷間に張りついていた『真実の石』が消えていた。
小白香のすぐ近くには、宰相の
ふたりとも、なにかを懸命に小白香に叫んでいるが、小白香はまるで聞く気はないようだ。
ほかにも数名の重鎮たちが小白香に詰め寄っているが、小白香はうるさそうにしているだけだ。
どうやら、百眼女たちは、白象に対する小白香の仕打ちをやめさせようとしている気配だ。
しかし、彼女たちが束になっても、小白香の道術をどうすることもできないし、小白香に手を触れることさえできないだろう。
小白香には、それくらいの霊気と道術があるのだ。
「金凰魔王の裁可はまだだが、母者の罪はこれで明らかになった──。金凰魔王の意見を待つまでもない。王太女であるわらわが判決を下してやろう──。母者は死刑だ──」
小白香の声は、遠い玉座からではなく、白象が包まれている結界の壁から伝わってくる。
「お、おやめください──。こ、これは、殿下といえども、あまりにも──」
離れた玉座の方向から、百眼女の絶叫がかろうじて聞こえた。
しかし、その続きの言葉は、謁見の間に集まっている大勢の亜人たちが、一斉になにかを叫んだために、白象には聞き取れなかった。
「……うるさいのう──。少し、黙れ、お前たち──」
また、結界の壁から小白香の声がまた聞こえてきた。
玉座で小白香が周囲の家臣たちに喋っている言葉がここに飛んできているようだ。
「……それよりも、面白いものを見せてやろう──。母者……いや、白象──。さっき、道術で一時的にとめていた痒みを戻してやるぞ。また、道術も解き、自分の手で自由に痒い部分を掻けるようにしてやったから、痒みを存分に癒してよいぞ。無論、貞操帯も外してやる」
小白香の声が告げた。
次の瞬間、全身が千切れるような痒みが突然にやってきた。
「ひいいっ──こ、これは──」
白象は動けない身体を激しく暴れさせた。
しかし、小白香の道術で金縛りにされている身体はほとんど動かすことができない。
だが、少しもじっとしていられない痒みが身体に襲いかかっている。白象は悲鳴をあげて、身体をくねらせた。
全身から汗が噴き出す。
裸身に当たる家臣たちの視線を感じるが、そんなことに構っていられない痒みの苦痛が全身を暴れ回る。
「か、痒い──。しょ、小白香──、や、やめて──ここでは堪忍して──」
白象は絶叫した。特に股間と乳房の痒みが強烈だ。
しかも、そこが激しい愛撫を求めて疼きまくっている。
こんな痒みにはもう少しも耐えられない。
「母者は、もう魔王ではないのだ。余計な自尊心や羞恥心は捨てることだな──。ところで、母者──。母者など、魔王どころか、ただの破廉恥なわらわの奴隷であることをこいつらに見せてやってはくれぬか──。どうにも、こいつらがうるさくてな──。母者が、みんなの前で浅ましく自慰でもすれば、納得もするであろう──。ほら、手を自由にしてやったぞ──。股間を擦って愉しむがよい──」
小白香の声がした。
すると不意に両手の自由が戻った。
白象はほとんど無意識に手で股間と乳房を掴もうとした。
だが、はっとした。
大勢の家臣たちが視線を空中の白象に向けている。
こんなところで、自慰などできるわけがない。
「しょ、小白香──、い、いい加減にやめて……こ、こんなことは──」
「嫌なら手をまた拘束してもよいぞ、母者──。だが、ここで自慰をせねば、死刑になる瞬間まで二度と自由にはしてやらんぞ。痒みに苦しみながら長い時間をかけて死ぬのだ。それでもよいのか? まあ、少し待ってやる。考えることだな──」
小白香の声が消えた。
ふと見ると玉座に座った小白香がこっちを眺めてにやにやと笑っている。
魔王としてだけではなく、女としての自尊心をとことん壊すつもりなのだ。
我が娘ながら、その陰湿なやり口に白象は歯噛みした。
こんなところで醜態は見せられない──。
白象は大勢の家臣たちの視線を感じて、必死になって歯を喰いしばった。
だが、骨の髄まで染み込んだような痒みの薬剤の苦しさが、全身を蝕んでいる。
「くわっ──」
握りしめていた拳を思わず緩めかけて、白象は血が出る程に唇を噛んだ。
だが、全身がただれるような痒みの苦しさは、一瞬ごとに白象の自制心を削ぎ落していく。
なんとしても耐えようと思っていたが、小白香は、白象がみっともなく大勢の家臣たちの前で自慰をするまで、宙に浮いている白象の身体を解放しないだろう。
白象は勝ち目のない戦いをやらされているということに気がついた。
すでに限界は超えていた……。
魔王としても……、女としても、最後の自尊心はついに崩壊した。
「だ、だめええ──」
白象は自分の股間と乳房に手をやって、激しく擦りはじめた。
眼下の家臣たちがどっと沸くのがわかった。
「ほらっ、皆もじっくりと見物せよ──。女魔王の自慰だ。そう簡単には見物できるものではないぞ──」
結界の壁越しではなく、離れた玉座の方向から、小白香が大きな声でからかう声が聞こえてきた。