「青獅子魔王が暗殺? それは真か?」
小白香が驚愕の声をあげた。
「き、金凰宮からの伝言です……。う、疑う理由はありませんが、いま現在、裏取りはできておりません、陛下……。金凰宮からの知らせによれば、青獅子魔王は、人間族から奪った
この女は宰相なのだという。
若くはないが老人にはほど遠い女だ。
生真面目で実直な雰囲気のいかにも優良な官吏という感じの女だが、顔にびっしょりと汗をかいて、そわそわと落ち着かない様子でしきりに股間を動かしている。
おそらく、沙那も装着された得体の知れない貞操帯を装着されて、痒み拷問にかけられている最中なのだと思った。
前の主人も気まぐれで悪趣味な性格をしていたが、今度の女主人の性格の悪さも極めつけだ。
沙那は小白香の後ろでこっそりと嘆息した。
ここは金凰宮の宰相府と呼ばれる本殿らしい。
その中の会議室のような場所にいる。
部屋にいるのは、小白香と眼の前の百眼女、そして、沙那である。
沙那は小白香から護衛役として随行するように命じられたのだ。
そして、『移動術』で小白香とともに跳躍した場所がここだった。
窓のない部屋で監禁されてずっと拷問を受けていたので時間の感覚はなくなっていたが、いまは真夜中といえる時間らしい。
部屋はかなり広かった。
その広い部屋の奥側中央に、いま小白香が座っているひと際豪華な首座の席があり、少し距離を開けて左右に十卓ずつの卓と椅子がある。だが、座っているのは小白香だけだ。
小白香と沙那がやってきたとき、百眼女は、今の首座に向かい合う場所で立ったまま待っていて、小白香の姿を見て、ほっとしたように焦った顔を緩めた。
百眼女は、沙那をちらりと見て、一度、小白香に人払いを求めた。
ここに本来詰めているべき従兵は、事前にこの百眼女によって、立ち去らされた形跡だ。
しかし、小白香が、沙那は護衛であり、人払いの必要はないと強く言うと、すぐに報告を始めた。
その内容が、あの青獅子が死んだという報告だったのだ。
青獅子といえば、三魔王のひとりであり、そもそも沙那たち四人を捕らえた魔王だ。
その人物があっさりと暗殺されたという報せに、沙那も後ろで聞いていて驚いたが、口は挟まなかった。
同時に、百眼女が、小白香を“殿下”ではなく、“陛下”と呼びかけたことにも、戸惑いを態度には出さないように気をつけた。
いままで沙那が拷問を受けていた場所は、奴隷宮とも
小白香や魔王の白象の私的な場所だったようだ。
それに対して、こちらの本殿は、宮廷府のある公的な場所とのことだ。
もっとも、沙那は、『移動術』の道術で直接にこの部屋に連れてこられたので、全体的にどういう造りになっているかなどはわかりようもない。
とにかく、小白香について来いと言われてついてきただけだ。
沙那が、小白香との『主従の誓い』を受け入れたのは、一刻(約一時間)ほど前である。
受け入れてしまえば、なぜ、あんなに自分が渋っていたのか不思議に思う程だった。
いまでは、小白香を生命を賭して仕える相手として、十分な自覚と覚悟ができている。
これも、道術のせいなのだとは思うが、別に嫌な気持ちではない。
あんな惨い拷問を受けたのに──とも思うのだが、まったく小白香を憎む気持ちが出てこないのも不思議だ。
まあ、これが『主従の誓い』というものなのだろう。
よく考えれば、前の主人の宝玄仙だって、沙那が望んで仕えたわけでもないし、手酷い扱いも受け続けた。
道術契約によるものとはいえ、小白香が沙那のことを部下として受け入れてくれるのであれば、全力を尽くすだけだ。
また、『主従の誓い』という道術契約を受け入れた途端、小白香の沙那に対する扱いが一変したのも、少し驚いた。
沙那は、繰り返される痒み責めのために、ほとんど発狂しかけていたと思うが、その痒みそのものも、疲労困憊した身体も『治療術』で回復してもらった。
また、拷問を受けていた場所から、同じ離宮内の別の場所に連れていかれて、身体を洗うことと、衣服を身に着けることを許された。
そこは、小白香の私室に近い従者の部屋で、いまは誰も使っていないから、沙那がこれからは自由に使ってよいとも言われた。部屋には、身体を拭くための水桶もあり、衣装棚には、各種の服が下着も含めて揃えてあった。
小白香に命令は、沙那を護衛役として宮廷府につれていくので、支度を一刻(約一時間)以内で終えろということだった。
物は試しと思い、護衛をするなら、股間の痒みは消してくと言うと、それもそうだと、あっさりと道術でいまいましい痒みを消し去ってくれた。
残酷でわからず屋の少女を女主人に持ってしまったのかと諦めかけていたので、沙那の言葉を受け入れてくれる度量もあることがわかり、ほっとしている。
なによりも、道術と薬液の痒みを消してくれたのは嬉しかった。
たったそれだけで、小白香に対する強い感謝と忠誠心が身体に湧き起こるのを感じた。
とにかく、与えられた時間内で、身体の手入れをし、髪を整え、衣装箱から動きやすい下袴と上着を見つけて身に着けた。
小白香は、きっかりと一刻(約一時間)後にやってきて、そのままここに連れてこられたのだ。
「しかし、信じられんぞ。あの青獅子が人間族にやられたというのか?」
「詳細は不明です。金凰宮からの知らせは、それだけでしたので……」
「わかった……。だが、この真夜中に、何度も『通信球』を送り寄越して、わらわの愉しみを邪魔したのは、いまの話だけのことか? それなら、報告は朝でもよかったのではないか? どうせ、詳細は不明なのであろうし、この宮廷府でやるべきことはなかろう」
小白香が嫌味な言い方で、百眼女を睨むような仕草をした。
「い、いいえ……。いまのは金凰宮から、小白香宮に対する伝言です──。もうひとつ、金凰魔王陛下から、小白香陛下に対する直接の伝言が来ております。それは未開封です」
百眼女がそう言うと、不意に背中越しに、小白香の前に小さな金色の球体が浮かびあがったのが見えた。
あれがなにかわからないが、なにかの道術的な通信手段なのだろうか……?
「金凰魔王からわらわに直接か……?」
小白香は、その球体を指で突いた。
球体が割れて消滅するとともに、小白香がなにかに聞き入るような態勢になる。
おそらく、小白香の頭に直接に、伝言が送られているのであろう。
それにしても、さっきから百眼女は、小白香のことを“陛下”と呼び、この宮廷を“白象宮”ではなく、“小白香宮”と呼んだ。
沙那が小白香を経絡突きで人質にとったあのとき、白象が沙那に誰かを暗殺するように仄めかし、そのときに小白香がそれを糾弾して、白象を監禁をするような行動をとったのは覚えている。
だが、それによって、魔王の地位が交替になったのだろうか。
だが、あれから、数日しか経っていないはずだ。
いったいなにがあったのだろう?
娘の小白香が、母親の白象から魔王の地位を奪うという政変があったと考えるべきなのだろうが、ならば白象はどうなったのか……?
「なんだと──?」
突然、小白香が怒鳴り声をあげた。
「どうなされたのですか、陛下? 金凰魔王様からはなんと?」
小白香の権幕に、百眼女がたじろいだような仕草を見せた。
「母者の処刑は認めぬそうだ──。そして、わらわの即位は三年後にせよと言うてきた──。一体全体、どういうことじゃ──? 誰か、差出口を金凰魔王に吹き込んだ者がおるのか──? さもなければ、なんで金凰魔王が、自分を暗殺しようとした母者の命を助けようとするのじゃ──。しかも、金凰魔王は、母者のことを軽んじていたはずであろう」
小白香が癇癪を起して喚き散らす。
沙那は、それを覚めた視線で観察していた。
「小白香陛下……」
百眼女が困ったように小白香の名を呼ぶ。
しかし、小白香の怒鳴り声は終わらない。
「それは、金凰魔王がこの宮廷にやってくるたびに、その行動や言葉の端々に出ておった。それなにの……。ははあ……。さては、お前だな、百眼女──? わらわが送った以外の情報をなにか金凰宮に伝えたのであろう──? それで、金凰魔王は、誤った判断をしたに違いないわ──」
「そ、そんな……。ち、誓って、わたしはなにもしておりません……。今回のことは、ひと言も金凰宮には……」
「黙れ、黙れ、黙れ──。拷問をしてでも訊き出してやるぞ──。覚悟しておれ
──」
小白香が激昂して立ちあがった。
百眼女は蒼白だ。
なにかを喋ろうとしているが、恐怖で舌が動かなくなっているような気配だ。
余程に怖ろしい思いをしたようであり、この十二歳の娘に完全にのまれている。
だが、あまりに気が動転した態度なので、沙那の視線から見ていても、小白女の指摘が当たっていて、それで狼狽えているようにも見えなくはない。
「ほう……。どうやら、図星だったようだな、百眼女──。さてさて……。なにを金凰宮に告げ口したのか、どうやって訊き出してもらいたい、百眼女? ここで素直に喋るか? それとも離宮でじわじわと拷問しながら訊き出してもらいたいか? 好きな方を選んでよいぞ──。その貞操帯に包んでいる痒みなど可愛いものだと思える地獄をあじっわせてやるぞ」
案の定、小白香もそう思ったようだ。
さらに数歩、百眼女に詰め寄った。
それにしても、やっぱり貞操帯で痒み責めにしているのだと思った。
宰相相手に、なんということを……。
「ひっ──。ち、誓って、なにも……」
百眼女はその場に尻餅をついてしまった。
沙那は再び嘆息した。
どうして、自分はこういう我が儘で扱い難い女主人にばかり、仕える羽目になるのだろうと思いながら……。
「小白香様……。出過ぎたことと思いますが……」
沙那は口を挟もうと思った。
護衛役と言われたが、このままでは、小白香は宰相だという官吏を本当に拷問にかけかねない。
百眼女がずっと苦しそうに動かしている股間もほとんど拷問そのものなのだが、放っておけば、もっと取り返しのつかないことをしそうだ。
状況がよくわからないので、沙那にはなにも判断できないが、暗殺云々があったとしても、白象は青獅子の妹なのだ。
処刑に同意しないというのは、おかしな話ではない。
もう少し冷静になって、総合的に判断すべきだろう……。
そのとき、この部屋の扉が開いて、軍服姿の大きな男が入ってきた。
百眼女が慌てて立ちあがり、服装を直した。
不意に入ってきた男は、軍装や身に着けている装飾から判断して将軍のようだ。
後ろに五人ほどの部下も連れていて、彼らも上級将校のようだ。驚いたことに全員が帯刀をしている。
沙那の故郷の東方帝国では、宮廷のような場所で衛兵以外の軍人が帯刀するのは御法度だった。
どう見ても、彼らは将校であり、“衛兵”ではない。
この宮廷府では、魔王や王女の前に出るのに帯刀をして問題ないのだろうか……?
「おっ、
しかし、小白香は帯刀を気にした様子はない。
不意に部屋に入ってきた武人たちに無感動に言った。
「失礼します、陛下……。俺は、この宰相殿に用件があるのですよ」
そう言って、花炎は小白香に対する儀礼もそこそこに、いきなり、百眼女に身体を向けた。
「陛下になにかを相談なさるときには、この近衛団長の花炎を必ず同席させることと、申し渡したはずですよ。それなのに、勝手なことをされては困りますな、宰相殿」
近衛団長──?
沙那はこの男が、と疑問に思った。
別に武芸が軍人の重要な資質ではないだろうが、この眼の前の花炎という男にしても、その後ろの取り巻き連中にしろ、武芸をたしなんでいるとは思えない。
まあ、人間族の軍ではないから、道術さえできればそれでいいのかもしれないが、武人としては大したことがない。
また、許しもなく小白香の前にやってくる行動も、儀礼を取らない態度も、振る舞いが粗野で不躾だ。
さらに、小白香を差し置いて、直接に宰相と話をするような態度も無礼だ。
小白香を軽んじているのがありありとわかる。
この男は下衆だ。
沙那の勘がそう言っている。
「こ、近衛軍団の職務は、宮廷の警護と魔王親征の際の軍務であろう……。それに関わると判断した場合には、わたしが必要な指図をする。同席には及ばない──。そう申したはずだ」
百眼女が花炎を睨んだ。
しかし、おどおどとして落ち着かない様子だ。
だが、そう見えるのは、百眼女が話をしながら、ずっとせわしなく腿を擦り合わせるように動かしているからだと悟った。
沙那はあれでは、宰相としての任を務められまいと嘆息した。
「いつまで前魔王のお気に入りのつもりなのだ、百眼女? 俺は小白香陛下の直接に命じられて、その要職に選ばれたのだぞ──。ところで、陛下、
今度は花炎が一転して媚を売るような口調を小白香に向けた。
媚を売ると言っても、内心で軽んじているのが丸わかりなので、その態度は失礼極まりない。
本人は態度に現している自覚がないのかもしれないが、花炎が小白香を舐めているのは確かだ。
なんでこんな男が、近衛団長なのだろう……?
沙那は首を傾げながら、後ろで見ていた。
だが、本人はそれほど無礼な態度をとっているとは思ってはいないのだろう。
なんとなく、下衆げた行為の共犯者のような視線を小白香に送っている。
それにしても、いまの口ぶりでは、小白香自身が近衛団長という要職に指名したということらしい
それに対して、百眼女は、白象に仕えていた宰相ということなのだろう。
いま見ただけのことなので、確かなことは判断できないが、白象のもとで権力を持っていた百眼女という女宰相に対して、新たに小白香が選んだこの花炎が新たな対抗勢力として、意図的に権力争いを望んでいるということのようだ。
そう思うと、わざわざ、必要のない取り巻きを引きつれ、彼らに帯刀させて、宮廷府を闊歩しているのは、そうやって宮廷府内を威圧し、自分の権威を周りに見せつけているつもりなのかもしれない。
いずれにしても、この近衛団長だという花炎は大した人物ではない。
沙那もこういう手合いは、よく知っている。
つまり、勘が鈍くて馬鹿なのだ。
自分の基準で他人を見てしまうので、自分以外の存在を自分と同じように馬鹿のように扱ってしまうのだろう。
小白香に対する態度も同じだ。
彼女が魔王だとしても、王女だとしても、近衛団長風情が軽々しく遊びに来ませんかなどと言うとのは許されないはずだ。
小白香が十二歳の子供だと思うから、そういう言葉がつい出てしまうのだろうが、つまりは、嗜虐仲間ということなのだろうか……?
だが、繰り返して思うのは、どうしてこいつを近衛団長にしたのだろうということだ。
以前から小白香とこの下種男は仲がよくて、それで近衛団長にしたということなのだろうか……?
いくつもの疑念が沙那の頭を過ぎる。
こんな男を近衛団長という要職につけてしまったのは、小白香はまだ若すぎて、統治能力が不足しているからといえば、それまでだが……。
「なんで、わらわがお前の屋敷に遊びに行かねばならん──。増長するな、花炎」
小白香がぴしゃりと言った。
どうやら、いまの物言いは、さすがに小白香もむっときたようだ。
「こ、これは……。だ、だって……、へ、陛下もお好きなんですよね……。ああいうことが……。き、きっとお気に入りになられると……。二葉にいまやっている調教はですね……」
花炎が急に狼狽えた感じで顔を赤らめた。
「余計なお世話じゃ──。百眼女のいうとおりだ。お前に用件があれば呼ぶ。退がっておれ、花炎──」
小白香がはっきりと言った。
なんとなくだが、花炎が小白香に、妙な仲間意識で馴れ馴れしくしているのは、花炎の一方通行の思い込みであって、小白香は部下であるということ以上の関係とは思っていないようだ。
さらに、これも想像なのだが、この小白香の性格を考えれば、もしかしたら、この花炎となにかの嗜虐のようなことを一緒になってやったのかもしれない。
宰相の百眼女が、奴隷を苛めるための貞操帯をはかされて、痒み責めにされていることにも、それは関係ありそうだ。
おそらく、小白香が、王女としてやってはいけない行動を宮廷府側でとったために、こんな下衆男に仲間意識を抱かれるようなことになったのではないかと思った。
この数日で、小白香がかなりいびつな性格であり、また、あの年齢にしては、かなり特殊な性癖を持っていることはわかっている。
沙那の勘は、当たらずといえども、遠からずではないかと思う
いずれにしても、小白香も部下を選ぶのであれば、人を選ぶべきだ。
まあ、それを十二の少女に求めるのは、酷かもしれないが……。
だったら、可能な限り、部下の沙那が力添えをする必要があるだろう。それが、沙那の新しい役割ということにもなるようだ。
「退がりなさい、近衛軍団長──。陛下のご指示です」
沙那は声をあげた。
花炎だけではなく、小白香も百眼女も少し驚いたように沙那を見た。
護衛役の沙那が口を開くとは思っていなかったのだろう。
「な、なんだ、お前は──?」
花炎がむっとしたように沙那を睨む。
「小白香様の護衛の沙那です──。小白香様があなたに退がるように命じたはずです。だったら、退がりなさい。それとも、力づくで叩き出されたいですか?」
沙那は挑発しているつもりだった。
この男は、小白香のためにはならない。
排除した方がいい……。
「力ずくだと? お前がか?」
怒るよりも笑い出した。
沙那からすれば、花炎を含めた六人が束になっても、自分が負けるとは思っていない。
動作を見れば、どのくらいの武芸の腕があるかは、すぐにわかるのだ。
しかし、花炎の方は、はっきりと沙那を甘く見ている。
つまり、相手の力量も見極められない程度の能力しかないのだ。
「力ずくで叩き出して欲しければそうします。小白香様のご命令があればですが……。小白香様が指示なされば、こんな男、決闘で懲らしめてやりますけどね」
沙那はにっこりと笑った。
すると小白香が興をそそられたように笑った。
一方で、花炎の顔は、怒りで赤く染まっている。
「ふ、ふざけるな、お前──。どうやら、人間族のようだな──。もしかして、数日前に、青獅子隊から送られてきた奴隷じゃないのか? ねえ、陛下、俺にこいつを与えてくれませんか。護衛など、近衛団で引き受けますよ。いままで、それは近衛団の役目だったんですから。新魔王の小白香様が、独自の護衛を侍らせる必要などありません。それは近衛団でお引き受けします」
「母者は、護衛をそばに寄らせようとせんかっただけじゃ──。まあいい。試しに戦ってみよ、沙那──。よく考えれば、わらわも沙那の力量はまともには見たことはないからな──。それに、それはお前も同じだ、花炎──。あまりに不甲斐ないようだと、近衛団長から降ろすぞ」
小白香が言った。
「ま、まさか──。じゃあ、俺がこの女とここで戦ってもいいんですね、陛下? ならやりましょう……。ところで、俺がこの細い人間族の女奴隷を殺し終わったら、陛下の護衛は近衛団でお付けいたします。ちゃんと、女の衛兵を配置しますからご安心を──」
花炎が小白香に向かって言った。
「四の五の言うんじゃないわよ──。ところで、決闘のやり方を決めましょうよ──。道術はなしにしてくれる? それと、武器は遣うの? 後ろで立っている案山子みたいな五人は、わたしとの戦いに参加するのかしら……?」
沙那はつかつかと花炎に近づきながら言った。
「後ろの連中なんてやらせるかよ。それに、決闘にやり方などあるか。ただ殺し合うだけ……」
花炎が喋っているあいだに、沙那は花炎のところに到着していた。
そして、花炎の腰にさがっている剣をいきなり掴むと、さっと抜いて花炎の喉を切った。
皮一枚切っただけで、どうということはない……。
「ひいっ──」
しかし、喉から血がつっと吹き出てきて、花炎が悲鳴をあげて、その場に尻餅をついた。
「……だったら、なんでもありにしましょう」
沙那は倒れた花炎の喉元に剣を突きつけた。
「う、うわあっ──」
花炎が真っ蒼になり声をあげた。
「参ったと言いなさい。喉を突くわよ──」
「ま、参った……」
沙那の迫力に花炎がぶるぶると身体を震わせた。
「さっさと行きなさい」
沙那は剣を引いた。
花炎が這うようにして、部屋の外に出て行った。
ほかの五人の取り巻きたちも慌てて、それを追う。
「忘れ物よ──」
沙那は剣を花炎の足元に投げつけた。
走り去ろうとする花炎の先の床にその剣が刺さり、花炎が声をあげて、また尻餅をつく。
そして、剣を抜くことなく、そのまま逃げていった。
「小白香様、差し出がましいようですが、部下は人を選ぶべきです──。あんな男は近衛団長から外した方がいいと思います」
沙那は小白香を振り返って言った。
「お、お前、本当に差し出がましいな──。護衛の分際でいまのは、やり過ぎだぞ──。罰を与えてもらいたいか──」
小白香は怒ったような口調で言ったが、眼もとは笑ってもいた。
いまの沙那と花炎のやり取りを普通に愉しんだようだ。
「罰はお受けします──。でも、差出口はやめません。これも、『主従の誓い』の影響なのでしょうね。わたしには、小白香様のお為になるということをやらないということはできないようです」
沙那は言った。
本当だった。
いま、沙那は、いまの沙那の行動に対して、小白香がまた拷問のような罰を与えると思っている。
しかし、あの男が小白香の害になると判断した時点で、なにもしないということができなかった。
それが『主従の誓い』なのだろう。
この道術契約は、単純に主人の言いなりになるというものではないようだ。
いま、沙那は、心の底から全力で小白香を助けようとしている。
それが、自分にとって悪い結果になろうとも、主君のためになると考えたことをせずにはいられない。
しかし、怒ったような表情の小白香が急に頬を綻ばせた。
「まあよいわ……。お前を受け入れるというのは、わらわにも影響をしているようだな……。ほかの魔王たちが、部下と『主従の誓い』を頻繁には結ばぬ理由もわかってきた。これは、わらわにも道術による拘束力を与えるのだな──。なぜか、お前を理不尽に扱おうという気も起きんわ」
小白香が苦笑している。
「理不尽に扱って頂いても結構ですよ。慣れていますから。でも、わたしは、小白香様を裏切るようなことはしませんし、全力を尽くします。それだけは信じてください」
沙那は言った。
宝玄仙という主人も途方もなく勝手な人間だった。
いまは遠い思い出のようにしか感じないが、あの日々のお陰で相当にとんでもない主人に仕えたとしても、なんとかやっていける気もする。
「わかっておる。これも道術契約のなせることのようだが、お前を信頼する気持ちはある。信頼しておるぞ、沙那」
「だったら、末永くお願いしますね、ご主人様」
沙那は笑った。
「“ご主人様”か……。“陛下”と呼ぶべきだが許す──。これからは、わらわのことをそう呼ぶがいい、沙那」
小白香が笑った。屈託のないさわやかな笑顔だ。
この少女は、こんな笑顔もできるのかと驚いた。
「ありがとうございます、ご主人様──」
沙那は言った。
小白香を“ご主人様”と呼べることに、沙那は大きな悦びを覚えた。
一生をこの少女に尽くそうと思った。
この少女は、単純な悪人ではない。
ただ、善悪の感覚が極端で、気紛れなだけだと思う。
冷酷な性格であることは確かだが頭はいいのだろう。
他人の忠告を聞く耳が皆無というほどでもないようだ。
年齢にはそぐわない嗜虐趣味もあるのが最大の欠点だが、それもある程度の覚悟と容認も必要だろう。
「あの花炎は、近衛団長を罷免する。二葉を復位させる。その手配をせよ、百眼女」
小白香が言った。
しかし、その指示に百眼女が顔を曇らせたのが沙那にはわかった。
「ご主人様、人選については、宰相殿にお任せになったらいかがですか? なにか意見があるようです」
沙那は口を挟んだ。
「そうなのか、百眼女?」
小白香が百眼女に視線を向けた。
「は、はい……。ならば、言わせていただきます。二葉はお許しになってください。で、でも、近衛団長としてはお薦めいたしません……。能力に申し分はありません。でも、今回のことで、陛下に恨みを持っております。恨みを持っている者に、権力を与えてはなりません」
すると小白香が笑い出した。
「わかった。二葉については、先日の罰を取り消す。いかなり処遇にするかは、お前に任せる、百眼女──。だが、わらわに恨みを持っているということでは、お前も同じであろう──。昨日から、ずっと履きっぱなしの『貞操帯』の痒みはどうだ? 痒いであろう? まだ、一日だが、残り一日もすれば、とんでもなく痒くなるぞ。その取り澄ました顔がどう変化するか愉しみだな──」
「ああ……。だったら、お願いします。これを脱がせてください──。へ、陛下を軽んじるような発言をしました……。反省しております──。この通りです──。もう、許してください──」
いきなり百眼女がその場に土下座をした。
これには沙那も驚いた。
「ははは……。惜しいことだな。痒みを癒す快感も病みつきになればいいものだぞ。わらわなど、もう四年も痒みを飼っておる──。まあよいわ……」
小白香が気を込めるような仕草をした。
おそらく道術を解いたのだろう。
「ほれっ、脱げるようにしてやったぞ、百眼女──。掻きむしれ──。許す──」
小白香が言った。
「あ、ありがとうございます──。ご、御無礼をお許しを──」
土下座をしていた百眼女ががばりと上半身を起こした。
そして、立ちあがる時間も惜しいかのように、尻をついてしゃがんだ姿勢になると、下袍から貞操帯を外して放り置く。
そして、奇声をあげて、下袍に入れた手で股間を掻きむしりだした。
「んはあああああ」
百眼女が身体をのけぞらせて雄叫びをあげた。
「掻いたくらいでは痒みは癒えんぞ。それがわらわの痒み責めの恐ろしさだ──。掻いても掻いても、すぐに次の痒みに襲われるわい──。それが嫌なら、お前もわらわと『主従の誓い』を結べ、百眼女。さすれば、もう、貞操帯は勘弁してやる。その痒みも取り除いてやろう」
小白香が言った。
「『主従の誓い』をします。小白香様に一生仕えることを誓います」
百眼女が自分の股間を掻きむしりながら即答した。
「受け入れる。わらわも誓う──」
小白香が言った。
道術遣いではない沙那にはわからないが、これで、沙那と同じように、百眼女も小白香と主従で結ばれたのだろう。
道術による偽物の信頼関係であろうと、時間をかけた本物の心の結びつきであろうと、強い結束に変わりはない。
沙那自身がそう思う。
「ほれ、痒みを消してやる……。これで、だんだんと楽になるぞ、百眼女」
小白香がいまだに、床の上に座り込んで、みっともなく脚を拡げて股間を掻き続けている百眼女に声をかけた。
どうやら、こんどは『治療術』かなにかの道術を百眼女に送ったようだ。
次第に、百眼女の顔から穏やかな表情が現われだす。
しばらくすると、やっと、百眼女が股を掻きむしるのをやめた。
百眼女は、立ちあがったのは、それからしばらくしてからだ。
「と、ところで、陛下……。白象様のことですが……」
おずおずとした口調で百眼女が言った。
「母者は死刑じゃ──。明朝、執行を開始だ」
小白香はきっぱりと言った。
「し、しかし、金凰魔王陛下が……」
百眼女が目を丸くしている。
「金凰魔王は、単なる盟主であろう。本来、これはこの宮廷の内政のことだ。内政のことである限り、いまの統治者であるわらわが決める──。母者は死刑──。その決定に変化はない」
「それでは、場合によっては、金凰軍と戦ということにも……」
百眼女だ。
小白香と百眼女は、すでに『主従の誓い』をしている。
だから、小白香も“信頼”という感情は、百眼女にも抱いているはずだ。
しかし、小白香は、こればかりは妥協の余地がないという表情で、沙那と百眼女を睨みつけた。
「だったら、戦を覚悟せよ──。明日、わらわは、処刑場に拘束した母者と話をする。それが母者とわらわとの最後の会話になるであろう──。わらわは憎いのだ。なぜかわからんが、とにかく憎くてたまらんのだ」
小白香はきっぱりと断言した。
(第83話『狂乱の掻痒城』終わり)
この続きは、第84話で予定しています。
次の第83話では、青獅子魔王の支配から脱した獅駝の城郭の状況を語ります