546 戻ってきた日常
「朝食をお持ちいたしました、お嬢様」
李家の家事をするために、急遽十人ほどの若い女が城郭の町人から雇われた。
その中のふたりだ。
語りたいことというのは、あまりにも赤裸々なことで、他人の前でするような話ではないからだ。
貞女の態度は、李姫に対する礼儀に満ちたものだったが、それだけに李姫には、素っ気なさしか感じなかった。
青獅子の性奴隷として調教されていた日々から解放されて数日……。
あれからずっと貞女は、李姫に壁のようなものを作ってしか接してくれない。
すでに朝の身支度を終えていた李姫は私室の窓際に座っていたが、貞女から部屋の中央にある卓に移動するように促された。
「申し訳ありませんが、今日も窓の幕を閉じさせていただきます、李姫様」
貞女が連れてきた新入りのひとりに指示をして、窓の幕を引いて外の景色が見えないようにした。
「どうしてなの?」
李姫は中央の卓につきながら言った。
「
貞女は言った。
それから、貞女はふたりの新入りの侍女に、給仕のやり方などをてきぱきと指示した。
暗くなった部屋に照明が入り、あっという間に李姫のついた卓の前には、朝食の準備が整えられた。
そして、李姫の座る左後ろ側にふたりの新入りの侍女がつき、右後ろには貞女がついた。
「お嬢様の杯に、水をお注ぎしなさい……」
貞女が新入りの侍女に声をかけた。
李姫に近い侍女の娘が、準備された杯に水を注ぐ。
「次は、指示されることなくしなさい。いいですね」
「はいっ」
貞女の言葉に、まだ若い娘である新入りの侍女が元気な返事をした。
すると、貞女が満足そうな言葉を彼女にかける。
貞女がやっているのは、急遽雇い入れた侍女の指導係のようなことだ。
城郭が亜人軍によって占拠されていた半月ほどのあいだで、以前に屋敷に務めていた者たちは、すべて殺されるか四散してしまった。
だから、新たに李媛や李姫の身の回りの世話をする侍女たちを雇う必要があり、その指導に貞女があたっているのだ。
「ねえ、今日は城郭でなにかあるのではないの? 随分と通りを歩く人が多かったわ。なんだか、みんな、広場に向かっているようだったけど……」
李姫は貞女に振り返った。
この城郭を占拠していた亜人の魔王が死に、亜人軍がいなくなってまだ数日だ。
屋敷から出るなど考えてもいないが、部屋から出てもならないというのはびっくりした。
窓の外が見えないように幕で隠したのも、なぜなのだろう。
この屋敷の李姫の部屋の窓から別段、珍しいものが見えるわけではない。
ただ、いまの李姫が暮らしているこの邸宅は二階建てであり、李姫の私室も二階にあった。
この邸宅には以前の屋敷のように大きな庭がないので、窓の外が直接に通りに面している。また、ここは以前に暮らしていて、青獅子が魔王宮として占拠していたあの屋敷ではない。
以前の屋敷は、部屋から城郭の様子など眺めることはできないくらいの庭があったが、その屋敷は青獅子が魔王宮として占拠した後、人間族が叛乱を起こしたときに暴徒が侵入して破壊された。
いま暮らしているのは、かつての屋敷よりもずっと小さくて、行政府に近い一角にある建物だ。
かつては、中級程度の貴族の邸宅だったらしいが、たまたま住む者がいなくなっていたのを李媛が買い取って、李姫や貞女とともに移ることにしたのだ。
今朝から李姫は、この部屋の窓から所在無く、その通りの様子を眺めていたのだが、今朝は大変人通りが多い。
ほとんどの者が、城郭の広場の方向に向かっているように思えた。
家族連れや弁当のようなものを持参している者も多く、なにかの祭りでも行われるような気配だった。
「亜人裁判というものを城郭の広場で行うということです、お嬢様……」
貞女は少しだけ言い淀んだ感じだった。
なにかを隠しているような気配だ。
李姫にはすぐにわかった。
貞女との付き合いも長い。
ほとんど李姫が産まれたときから、貞女は李家に仕えてくれているのだ。
「亜人裁判とはどういう裁判なの? 詳しく教えて」
李姫はさらに訊いた。
“亜人裁判”というのだから、亜人を裁判するのだろう。
青獅子という魔王は死に、城郭を占拠していた魔王軍は去った。
しかし、その亜人軍が去った後、まだ取り残された亜人たちがいたということは、李姫も聞いていた。
さっきの人通りの多さを考えると、その彼らに対して、公開裁判をするということなのだと思う。
しかし、貞女がさっき表情を曇らせたことから、もしかしたら、単純な裁判ではないのかもしれない。
李媛が李姫に外を見せたくないと考えたことにも、なにか解せないものがある。第一、ただの平凡な裁判に、ああやって見物人が集まるわけがない。
「存じません」
貞女はぴしゃりと言った。
この物言いのときの貞女は、なにを訊ねても無駄だ。
李姫は、あとでほかの侍女にでも訊ねてみようかと思った。
「……じゃあ、お母様はどうしてなさる?」
「その亜人裁判にご出席なさるために、今朝は、随分と早くから出発されました……。それよりも食事を……」
貞女が李姫を促した。
仕方なく、李姫は姿勢を戻して食事を始めた。
ひとりきりの食事……。
それは、青獅子から解放されてからずっと続いている。
母親の李媛は、いま城郭の暫定司政官という仕事をしている。
なにしろ、李媛は、青獅子という魔王が突然に爆死した後、亜人軍狩りの先頭に立って、この城郭を解放した英雄なのだ。
しかし、そのため、あの城郭の解放以来、母親の李媛と会う機会はほとんどない。
忙しくて、とてもじゃないが、李媛には娘の李姫とゆっくりとこの邸宅で食事をする余裕はないのだ。
朝早くから行政府に向かい、この邸宅に戻るのは夜中だ。
戻ってくるときには、声をかけるのもはばかられるくらいに疲れているのがわかる。
慣れないことをやっているのではないかと心配だ。
母親の李媛は優しい人だった。
明るくて優しい性格であり、大貴族でありながら、万人に対して慈悲深かった。
そのため、民衆からも好かれていた。
しかし、逆に厳しいことはできず、まだ、暴力的な雰囲気が残っているであろうこの城郭を治めるというようなことは、李媛には向かない気もする。
この数日、かつてはいつも穏やかだった李媛の表情が、険しく曇っていることも多いし、苛ついているような厳しい顔つきをしている。
たまに少しだけ会話できるような時間があっても、李媛の言葉の端々には、亜人に対する憎しみに溢れている。
以前の李媛であれば、絶対に口にしないと思うような悪態も、亜人に対しては容赦なく使う。
李姫は、まるで人が変わってしまったような李媛に不安を感じていた。
確かに、李媛の受けた仕打ちは、惨いものだったとは思う。
李媛は、青獅子の性奴隷として、一番酷く扱われていて、毎日のように城郭中を素裸で歩き回らされた。
犬のように首輪をつけられて、民衆の前を四つん這いで歩く格好を晒されたのだ。
そんな恥辱の日々は、李媛のなにかを変えたのかもしれない。
いずれにしても、李媛があんなに忙しくしているのは、いまは司政官としての仕事に没頭することで、あのつらかった時間を忘れようとしているのだろう。
だが、李姫には、そんな風に打ちこめるものはない。
没頭することによって、忘れられるような材料は、なにも存在しないのだ。
李媛から、この新しい邸宅でじっと閉じこもっていることを命じられているだけだ。
ひとりでじっとしていれば、どうしても、あの恥辱の日々を悶々と回想してしまう。
それに、李姫は、果たして自分が亜人たちの性奴隷だった日々を忘れたいのかどうか判断できないでいた……。
あの日々が戻ればいいとは思わないが、すべてが、それほどの不幸であったとは思えないでいる。
亜人たちに調教され、犯される日々は嫌悪すべきものではあったが、正直、まだたった三日なのに、すごく懐かしい日々のように思えるのだ。
一日のつらい時間の最後には、必ず貞女や朱姫と愛し合った。
少なくともあれは、間違いなく幸せな時間だった……。
あれがあれば、どんなつらいことも忘れられた……。
貞女や朱姫と心が繋がっているのを身体で実感できた。
なによりも、あの途方もない快感……。
それが懐かしい……。
いまでも、それを思い出して、股間が疼くこともある。
この瞬間もそうだ。
もう、李姫は、亜人たちの性奴隷であった以前の李姫ではない……。
そのことをこの股間の疼きとともに自覚する。
「ね、ねえ、貞女お姉様……」
李姫は、朝食の給仕を受けながら、貞女の顔が近づいた機会に、そっと貞女にささやいた。
なにかに没頭するような忙しい時間を送ることで、あの時間を忘れようとしているということであれば、この貞女もそうだ。
貞女もまた、亜人たちから解放されてからは、移ったばかりのこの邸宅における生活を整えるための仕事に一心不乱に取り組んでいる。
いなくなった侍女たちの代わりに、新しい人間を雇うことにもなったために、その教育にも没頭しているのだ。
しかし、李姫から見ると、まるで李姫を避けるようにそうしているとしか思えない。
亜人たちの性奴隷だった頃のように、肌を触れ合わせるどころか、打ち解けた会話をすることも皆無だ。
ふたりだけで話をしたいと思っていても、貞女は、絶対にひとりで李姫の前にやってこない。
必ず、新入りの侍女の数名を一緒につれている。
まるで、李姫とふたりきりになるのを避けているかのようだった。
あまりにも余所余所しい貞女の態度は、あの愛し合った日々は嘘だったのだろうかという錯覚さえも覚える程だ。
李姫は思い余ってふたりだけで話したいと、貞女にそっと、“夜にふたりきりになりたい”と伝えた。
昨日の昼間のことだ。
しかし、貞女は困ったような表情になり、そのときには、なにも答えなかった。
やがて、しばらくすると、私室の卓の上に、いつの間にか貞女の手紙がそっと置いてあった。
それには、亜人に捕らわれていた期間のことは、李姫は忘れるべきだという趣旨の言葉が書いてあった。
貞女も忘れるし、李姫も忘れて欲しい。
あのときに、貞女が李姫に対して、いやらしい振舞いをしたことを何度もその手紙で詫びてあった。
大恩ある家の娘である李姫に失礼な行為を繰り返したことが何度も謝ってあった。
そして、あの時間は、亜人に捕らわれていたという特別な状況の中でしか許されない夢のようなものであったと手紙にあった。
李姫は失望した。
実は、李姫は貞女が夜中に李姫を訊ねて来てくれて、あのときのような百合の性愛をしてくれるものと疑っていなかったのだ。
それなのに、貞女から送られたのは拒絶の言葉であり、しかも、本人の口から直接伝えられたのではなく、手紙で託されたのだ。
李姫は、初めて自分で求めて自慰をした。
しかし、まったく満たされることなく、悶々という想いとともに、夜を過ごし、そして、いま朝を迎えた。
李媛にしても、貞女にしても、まるで青獅子に捕らわれていた期間のことなど存在しなかったことにしたいようだ。
なぜ、あんなに素晴らしい時間のことを忘れたいのか……?
なぜ、李姫と一線を画すような態度をとり続けるのか……?
なぜ、身体の疼きを我慢できるのか……?
李姫には、貞女の心がわからない……。
李媛は、人が変わったように司政官という仕事に打ち込んでいるし、貞女は、以前の貴族の子女と召使いという関係に戻ろうと振る舞う。
まるで、亜人に調教をされながらも、心を通わせて愛し合ったという事実がなかったかのように……。
李姫は訳がわからなかった。
あの日々が、思い出したくもない記憶だというのは理解できる。
李姫だってそうなのだ。
だからと言って、あの日々の事実が消えるわけではないし、あの時間は確かに存在した。
それなのに、みんなで示し合わせてなかったことにしているような態度が我慢ならない。
少なくとも、李姫は、昨日の手紙に書かれていたような、貞女に謝ってもらわなければならないことはなにもない。
「お嬢様、なりません……」
李姫が“お姉様”と呼びかけたことに対して、貞女のたしなめるような声が戻ってきた。
お互いの呼び方を以前に戻しましょうというのは、李姫は、ここに移った初日に貞女に一方的に申し渡されていた。
だが、いまの貞女の言葉には、信じられないくらいに冷淡な響きがあった。
李姫はびっくりしてしまった。
「ご、ごめんさない……」
李姫は思わず言った。
「いえ……」
そして、貞女は何事もなかったかのように、新入りの侍女の教育に没頭する態勢になった。
*
その日、一日中李姫は落ち着かなかった。
それは夜になっても同じだった。
今朝の貞女の冷たい口調が頭の中でいつまでも繰り返されていた。
どうして、貞女は、急に李姫を拒絶して受け入れないような態度をとり始めたのか。
理由はわかるのだ。
しかし、納得がいかない。
心が貞女と愛し合うことを求めている──。
身体が疼く──。
李姫は身体が火照って眠れないでいた。
半月のあいだ、あれだけ繰り返して、全身の官能という官能を呼び起こされる調教を受け続けたのだ。
一日に何十回と絶頂を繰り返し、李姫の身体は信じられないくらいに淫らな身体になった。
当たり前のように絶頂し、眼が覚めているほとんどの時間を官能の中にどっぷりと浸かってすごした。
それが急になにもなくなった。
この三日、誰も李姫を犯さない──。
この身体に触れることもない──。
一切の淫らな行為を誰ひとり、李姫に求めない──。
それなにの、李姫の股間は常に欲情した状態にある。
全身の火照りが鎮まらない。
この身体が、李姫に、あのときの快感を求めている。
満たされない……。
この三日、ずっとこの身体をその満たされない疼きが襲い続けている。
この夜も、寝着に着替えてからも、寝台に座って李姫は悶々としていた。
李姫は自分がなにを求めているのかを知っていた。
あの被虐を身体が求めているのだ──。
しかし、それは誰も与えてくれない。
だから苦しいのだ。
李姫は、寝着の合わせ目から手を入れて、そっと自分の股間に手を触れさせた。
この手は誰か見知らぬ亜人の手だと思おうとした。
自分は身体拘束されて、誰かに股間を手で弄られている……。
そう想像して、股間の頂点をぎゅっと抑えた。
「ふうっ」
思わず声をあげてしまい、李姫は慌てて手を離した。
この部屋には誰もおらず、聞かれているはずはないが周囲を見渡してしまう。
やがて、本格的な自慰をしようと、身体を寝具の中に入れた。
口に布を噛めば、はしたない声を誰にも聞かれなくて済むとも思った。
そのとき、扉を外から叩く音がした。
李姫はどきりとした。
びっくりして、寝台からおりて服の合わせ目を整えた。
こんな時間に誰だろうと思いながらも、すぐに返事をしようと思ったが、李姫の返事を待つことなく、いきなり扉が開いた。
そこには、朱姫が立っていた。
「朱姫お姉様──」
李姫は思わず声をあげてしまった。
あの騒動以来、朱姫とは一度も会っていない。
どこに消えたかもわからなかった。
わかっていたのは、かつての屋敷に民衆の暴徒が入って、亜人たちを殺したとき、その先頭に立ったのは、朱姫らしいということだった。
しかし、それから朱姫は行方がわからなくなっていた。
李姫も心配していたのだが、その朱姫が目の前にいる。
どうやって、家人の案内もなく、この邸宅に入ったのかわからないが、膝下までの下袍のかわいらしい町娘の服を身に着けている。
「どこに行っていたのですか、朱姫お姉様──? 随分と心配したんですよ」
李姫は言った。
「思ったよりも、元気そうですね、李姫」
朱姫はにっこりと微笑んで扉を閉めると、つかつかと下着の上に寝着の薄物を身に着けているだけの李姫が座っている寝台に歩いてきた。
「あれから、あたしもあちこちと調べ回って、ご主人様たちの行方の手掛かりを探していたの……。それで、やっと、ご主人様や沙那姉さんや孫姉さんがどこに連れていかれたのかわかったわ。明日には出立して、仲間を追いかけようと思っているの。だから、挨拶に来たのよ」
朱姫が李姫の隣にちょこんと座りながら言った。
この朱姫がはぐれた仲間を探していたのは知っている。
あの騒動のときも、同じ屋敷内に捕らわれているはずの宝玄仙という女主人を探すために、李姫と貞女の前から姿を消したのだ。
それから、ずっと朱姫はどこにいるのかわからなかった。
つまりは、あれからずっと、この朱姫は、仲間のその行方を追って情報を探し回っていたようだ。
「ゆ、行方がわかったんですね……。よ、よかったです……」
李姫は言った。
しかし、同時に失望をしてもいた。
亜人の性奴隷から解放されてから、李媛や貞女と疎遠になっているような気がする李姫にとっては、朱姫というのは、あの日々が嘘ではなかったことを改めて思い起こさせてくれる存在だ。
そして、さっき、朱姫は、李姫を呼び捨てにし、あのときと変わらない口調で李姫に話しかけてくれた。
李姫は嬉しかった……。
この半月、李姫は、貴族の子女という立場を失い、亜人である青獅子の性奴隷として調教を受けるという存在だった。
そのときの李姫に尊敬を向ける者もいなければ、貴族として扱う者もいない。たまに母親の李媛とともに、外に連れ出されるときも、城郭の住民たちからは、亜人の性処理用の淫婦に成り果てた存在として、軽蔑と侮蔑の視線を向けられた。
それが、城郭が解放されるとともに、李姫はいつの間にか、貴族の身分に戻り、召使いたちにかしずかれる日々が戻った。
急に再び丁寧な言葉で語りかけられる生活に戻ったのだ。
だが、それは李姫にとっては、寂しさでしかない。
李姫の心の中にある滅茶苦茶に汚されたいという黒い欲望が、李姫に一線を画す態度に不満を呼び起こすのだ。
その際たるものが貞女だ。
亜人たちに捕らえられているあいだは、貞女は李姫のことを“李姫”と呼び捨てにして、李姫は、“貞女お姉様”と呼んだ。
それが、いまは、以前のように、李姫が貞女を呼び捨てにすることを強要され、貞女は、李姫のことを“お嬢様”か“李姫様”としか呼ばない。
だが、いま、朱姫は、李姫のことを貴族の子女としてではなく、あの半月の日々のように、呼び捨てにしてくれたのだ。
でも、その朱姫もどうやらいなくなってしまうようだ。
李姫は、まるで自分だけが取り残されているような寂しい気分に陥りそうになった。
「すっかりと、元の生活に戻って、貴族のお嬢様に戻れたんですね、李姫。あたしと一緒にすごした時間なんて、もう忘れてしまいたかったですか? あたしがやってきて、迷惑な感じがします?」
朱姫が言った。
その口調に含まれている悪意に、李姫はびっくりした。
朱姫はなんだか怒っているようだ。
「め、迷惑だなんて──。ど、どうして、そんなことを言うんですか、朱姫お姉様。それよりも、どうして、いなくなってしまったんです? 朱姫お姉様こそ、酷いじゃないですか──」
李姫は言った。
「あたしが、どうして李姫たちの前からいなくなったか、知らないんですか?」
朱姫が李姫を探るような口調で言った。
李姫は首を傾げた。
「知らないって……。当たり前じゃないですか。どうして、わたしが……」
李姫は狼狽えてしまった。
朱姫はしばらく、じっと李姫を見ていたが、やがて、大きく息を吐いた。
「どうやら、本当になにも知らないようですね……。まあいいです。あたしも、どうでもいいと思っていたし……。でも、一応は、完全にいなくなる前に挨拶はしたいと思ったんです。それで貞女さんに先に会いました。そしたら、あなたのことを相談されて……。それで、こっちに来たんですよ……」
朱姫が言った。
李姫は驚いた。
「そ、それで、貞女……はなんと……?」
李姫は、いま朱姫が、貞女から相談を受けた言った。
貞女は、なにを朱姫に話したのだろう──?
それに、朱姫のなにかを含んだような言葉はどういう意味だろう……?
しかし、朱姫がいきなり、李姫の片腕を掴んだ。
「ふふ……。貞女さんは、李姫とどう接触していいかわからないと言っていましたよ……。悩んでいたようですね……。李姫を見れば、ついつい淫らなことを考えてしまうそうです──。でも、あなたの母親に釘をさされているし……。一方で、あなたは、急に貞女さんが冷たくなったと思って、しょげてしまっているのがわかるし……。どうすればいいかって相談されたんです──。だから、あたしは言ってやったんです──。雌犬同士、なにも考えずに求め合えばいいってね……。そうでしょう、雌犬……?」
「あっ」
朱姫が、李姫の片腕を浮かんだまま、ぐいと李姫の身体をうつ伏せに寝台に押し潰した。
もう片方の腕も背中に捩じられた。
朱姫の力は、少女のような見た目からは想像できないほどに強い。
そう言えば、身体の半分は亜人の血だとも言っていた。
だから、普通の人間よりも丈夫で強い身体を持っているのだろう。
その朱姫が、背中に回した李姫の手首に手枷をかけた。
「な、なにをするんですか、朱姫お姉様……」
李姫は、顔を寝台に押しつけられながら、声を潜めて抗議した。
大きな声を出すのは躊躇われた。
声をあげれば、すぐにでも従者たちがやってくるだろう。
外には警護の兵が邸宅を取り巻いている。
彼らがあっという間に、朱姫を捕らえると思う。
「声をあげてもいいですよ、李姫……。すでに、この部屋はあたしの結界で包んでありますから……。この部屋で李姫がどんなに悲鳴をあげても、部屋の外には聞こえないわ……。だから、いくらでも淫らに叫んでいいわよ、雌犬……」
朱姫が李姫の身体を反転して仰向けにした。
「め、雌犬……?」
李姫は朱姫が人が変わったような口調や、李姫に対してそんな侮蔑的な言葉を使うことにびっくりしていた。
「そうよ……。あなたたちは雌犬です……。そうやって躾けられたんですよ。それは亜人がいなくなろうが、消えようが変わらないわ……。それなのに、なまじ人間のように、真面目に考えようとするから、貞女さんにしても、李姫にしても悩むんです……。求めているのは、雌犬として扱われることなんでしょう……?」
「雌犬……」
何気ない言葉のように発あれた朱姫の言葉に、李姫は不思議な高揚感を覚えた。
雌犬……。
それを自分が求めている……。
「ふふふ……、あたしには、李姫の感情がある程度わかるんです……。あなたの身体は、これが欲しくて疼きまくっている……。だから、あたしがあげる……。ほら、なにも考えなくていいんですよ……。この朱姫姉さんに任せなさい……」
寝台に押し倒された李姫の唇に朱姫の唇が重なった。
朱姫の舌が李姫の口の中に入り込む。
そして、愛撫を始める……。
たちまちに頭がぼうっとなるような疼きに襲われる。
股間がじゅんと熱くなるのがわかった。
その股間に朱姫の手が触れる。
「んんっ」
込みあがる嬌声が朱姫の舌で塞がれる。
朱姫の愛撫を受けながら、李姫は懸命にさっき朱姫が言ったことを反芻していた。
貞女も李姫と同じように、淫らな想いに悩んでいる……?
母親の李媛が、貞女になにかの釘を刺している……?
それについて、貞女も悩んでいて、それを朱姫に相談した……?
朱姫の言葉のひとつひとつは、李姫を大きく困惑させるものばかりだ。
しかし、朱姫の巧みな愛撫が李姫の思考の邪魔をする。
もう、なにも考えられない……。
李姫は、朱姫によって、いきなり仕掛けられた百合の責めに、全身が砕かれるように脱力するのを感じながら、もう、その朱姫の責めに酔い痺れるような感じになった。
もう、なにもかもどうでもよくなる……。
李姫は、朱姫の舌を吸い返して濃厚な接吻を繰り返した。
「やっと、いやらしい雌犬らしくなってきましたね、李姫……」
李姫を押し倒している朱姫が、李姫の唇から口を離して、意地悪く笑った。