「李姫……李姫……」
頬を軽く叩かれている。
はっとした。
なにが起きているのかわからなかったが、朱姫が李姫の顔を上から覗いているのがわかって、やっと状況を思い出した。
李姫や貞女と一緒に、ずっと亜人軍の性奴隷としての調教を受けていた朱姫が、仲間の行方がわかったからということで、別れの挨拶にきたのだ。
しかし、なぜか、朱姫は少し怒った様子であり、一応は衛兵が守っているこの邸宅にふらりと現れて、案内もなしに李姫の寝室に直接やってきた。
そして、いきなり、李姫の両手を後ろ手に拘束すると、李姫を嗜虐的に責め始めたのだ。
性技の巧みな朱姫の手管に、李姫はなんの抵抗もできずに、雌犬と何度も呼ばれながら、次から次へと絶頂を繰り返した。
最後には訳がわからなくなり、結局は失神したのだと思う。
それで起こされたのだろう。
「朱、朱姫お姉様も意地悪ですね……。で、でも、気持ちよかったです……」
李姫は身体を起こそうとして、まだ自分の両手が背中側で手枷によって拘束されていることを知った。
全身がだるい……。
それもそうだろう……。
朱姫は、李姫に半刻(約三十分)で十回以上の絶頂をさせると宣言して、李姫の身体を責めたてたのだ。
結局、達した回数は、おそらく十回ではきかないだろう。
あまりに巧みで激しい朱姫の責めに、李姫は満足に息もできなくなり、ついには意識を手放したのだと思う。
「起きるんです、李姫……。まだ、終わっていませんよ……」
朱姫がくすくすと笑った。
さっきまでのわざとらしい乱暴な口調ではなくなっている。
しかし、なにか企んでいるような様子でもある。
なんだか嫌な感じだ。
その朱姫の手が、すっと李姫の首に伸びた。
すると、がちゃりと音がした。
はっとした。
自分の首には、いつの間にか首輪が嵌められていたようだ。
朱姫がその首輪に鎖を繋いだのだ。
「く、鎖?」
李姫は驚いて声をあげた。
しかも、まだ、手枷を後ろにつけられたままだ。
「いいから、起きて……。喉が渇いたでしょう、李姫? 水を飲んでいいわ……。まだまだ、終わらせませんよ。もしかしたら、朱姫と李姫が会うのは、これが最後になるかもしれませんしね。もっともっと、愛し合いましょう」
朱姫が手を伸ばして、李姫の上半身を起こした。
その李姫の唇に、朱姫が水の入った杯をつける。
確かに喉はからからだ。
李姫が喉をあげる仕草をすると、朱姫は杯を傾けて李姫の口の中に水を流してくれた。
李姫は与えられた水をむさぼるように飲んだ。
あっという間に、朱姫が手に持っていた杯は空になった。
「さあ、じゃあ、そろそろ、行きましょうか」
首輪に繋がった鎖を朱姫の強い力が引っ張った。
「きゃあっ」
李姫は強引に首輪を引っ張られて寝台から引きずり立たされた。
「あうっ──。な、なにっ?」
しかし、なにかが股間をぐいと刺激して、李姫は腰を落としそうになる。
だが、その動きを朱姫の鎖が阻む。
「なに、勝手に座り込もうとしているのですか、李姫──? さあ、行きますよ。貞女さんが待っていますよ……。早く、行ってあげないと、可哀そうですよ……」
朱姫が笑いながら言った。
「い、行く……?」
思わず朱姫の言葉を繰り返しながら、李姫は自分の身体に、なにが起きたのか理解できなくて大きな疼きの走った自分の股間を見た。
すると驚いたことに、股間に黒っぽい縄が食い込んでいる。
李姫の臍の上下に縄がふた巻きされてあり、その真ん中から李姫の股間に亀裂を割って縄が食い込み、腰の後ろに通されているのだ。
しかも、食い込んだ股間の部分には、大小の縄瘤が作ってあるようであり、それが李姫の敏感な場所に当たっている。
李姫が身体を起こしたとき、その縄瘤の刺激が李姫を苛み、それによって、腰が砕けるような刺激が李姫に走ったのだとわかった。
「な、なんで、こんなことを──。しゅ、朱姫お姉様──?」
びっくりして朱姫に声をかけた。
「もちろん、今夜ひと晩で、李姫と貞女の性根を作りかえてあげるためですよ……。それに腹癒せかな……。でも、行く前に、もう少し、李姫にいい気持ちになってもらおうかな……。じゃあ、李姫、いいというまで、そこで腰を振ってください」
「こ、腰を……? それに、腹癒せって?」
李姫は少しだけ狼狽えた。
どうやら、百合の性交の続きを朱姫はやるつもりのようだ。
だが、こうやって訳もわからずに、意地悪くいたぶられるのは嫌だと思った。
さっきから、朱姫は、貞女のことを仄めかすのだが、一体全体、朱姫はなにをしようとしているのか?
それに、今夜の朱姫は少しおかしい。
朱姫が、李姫や貞女に比べて、嗜虐趣味だということは知っている。
別に、この三人の仲なのだ。こんな風に強引なやり方でなくても、いくらでも身体を許すし、むしろ、抱いて欲しいと思っている。
だが、今夜の朱姫はなんとなく不自然だ。
最初に会ったときから、どことなく怒っていた。
それはわかる。
「なんに対する腹癒せなのか、言ってください、朱姫お姉様。そうすれば、なんでも李姫は、言うことをききます」
李姫は毅然として言った。
腹癒せというと、朱姫のことを“呪われた存在”と呼んだあの一件だろうか?
しかし、あれは、しっかりと片が付いたことだし、朱姫自身も慣れていることだから、もう、どうということもないと何度も言っていたのに……。
「別に李姫には、責任のないことです。あたしも気にするつもりはなかったんですけど……。でも、やっぱり、このままなにもなしに去るのは肚がたつし……。だったら強引に挨拶だけでもしてやろうと思ってやってきたんです。そしたら、どうやら貞女さんも、李姫も随分と悩んでいるみたいだったから……。それなら、これは誘拐でもしてあげた方がいいかなあ……。なんて、思ったりして……」
朱姫が鎖で李姫を手繰り寄せながら言った。
「誘拐? ねえ、今日の朱姫お姉様は、ちょっとおかしいですよ。なにかあったんですか?」
物騒な朱姫の物言いに李姫は驚いて言った。
そのとき、突然、部屋の戸が叩かれた。
「こんな時間に、失礼します、お嬢様──。衛士隊長の
李姫はびっくりした。
衛士隊長の石倫といえば、普段は邸宅の外で警備をしている城郭軍の隊長の男だ。
それが部屋に入ると怒鳴っている。
しかし、李姫は素っ裸で後手に拘束されており、首輪を装着して股縄までされている姿だ。
「あれ、もう気がついたんだ……。結構、早いわね……。というか、どうやって気がついたんだろう……。道術を感知するような仕掛けがあったのかな……」
朱姫がひとり言を呟いた。
その様子は落ち着いていて、衛士がやってきたことに驚く様子はない。
「は、入ってはいけません。なんでもありませんから──」
とにかく李姫は怒鳴った。
こんな姿を見られるわけにはいかない。李姫は焦った。
「ふふふ、どうします、李姫……? ここには、あたしの結界が張ってあるし、扉はあたしの道術で閉塞しているから、そう簡単にやって来れないわ……。でも、少しくらい、李姫の恥ずかしい姿を見てもらいます?」
朱姫が意地の悪い笑い声をあげた。
「も、もう、今夜の朱姫お姉様は変です。おかしいですよ。そんな意地悪を言うなんて……」
李姫は言った。
それではっとした。
侵入者というのは朱姫のことなのではないだろうか……?
そういえば、どうやってこの邸宅に入って来たのか?
そもそも、朱姫は、最初にこの部屋にやってきたとき、もう寝着に着替えている李姫の部屋にたったひとりでやってきた。
朱姫の訪問を報せた者はいないし、案内をしてきた家人はいない。
まともな方法で朱姫が訪問してきたとすれば、侍女たちや外を警護している衛士が、ほとんど下着姿の李姫のところに、朱姫を案内するわけがないのだ……。
「もしかして、侵入者って、朱姫お姉様のこと──?」
李姫は目を丸くしていった。
「……そうかもね。この邸宅の中に『移動術』の結界を作るのに苦労したわ。色々な手段を考えたけど、結局、あたしの『影手』の一部を張りつけた道術のかかった布を貞女さんに、邸宅内に入れてもらったんですよ。それで、外からの道術の侵入口を作って跳躍したんです。この方法で、やっと衛兵の連中を出し抜いて入ったんですから……」
朱姫はくすくすと笑いながら言った。
李姫には、朱姫が、なにを言っているのか半分も意味はわからなかったが、どうやら、朱姫はまともな手段で邸宅にやってきたのではなく、まるで盗賊が入り込むかのように、警備の衛兵を出し抜いて、ここにやってきたようだ。
「ど、どうして、そんな入り方をしたんですか、朱姫お姉様──?」
李姫は言った。
「それはね……。あなたのお母さんが、あたしが李姫に会うのを禁止したからよ。あたしは、実は、この三日、あんたたちの前から姿を消したんじゃなくて、二度とあんたに会うなと、追っ払われていたんです。この邸宅だって、なんどやって来ても、門前払いされて……。だったら、それでもいいと思ったけど、よく考えれば、あんまり理不尽な仕打ちだし……。考えると、なんだか肚がたって……。だから、こうやって潜入してやったのよ」
朱姫は言った。
李姫は驚いた。
母親の李媛が、朱姫をこの邸宅を出入り禁止にしていた──?
そんなことは寝耳に水だ。
「ど、どうして、お母様が朱姫お姉様のことをわたしに会わせないようにするんです。そんなことは信じられません」
「だけど、本当のことよ」
朱姫はあっけらかんと言った。その表情に出鱈目を言っている気配はない。
「で、でも、どうして?」
「もちろん、あたしが半妖だからよ。ついでに言えば、あなたのお母さんは、この城郭から亜人追放令を出したわ。この城郭内に亜人は立ち入り禁止だし、もしも、入れば、誰であろうと殺していいし、それは罪にならないことになっているわ。半妖のあたしも、亜人と同じ扱いにされている。李媛さんには、三日以内に城郭を退去するようにも言われた。その三日の期限が今日なんだけどね」
朱姫の言葉に、李姫は混乱した。
李媛が朱姫をそんな風に扱うなど信じられないことだ。
一方で、扉の外の喧騒はだんだんと大きくなる。
扉を壊せという大声も聞こえる。
部屋の外には、隊長の石倫だけではなく、衛士の一隊がいるようだ。それが強引に入ろうとしている。
「鍵は道術で閉じているけど、壁ごと壊されたらどうしようもないわね……。仕方がない。もう少し、ゆっくりするつもりだったけど、そろそろ行きましょうか、李姫」
朱姫は言った。
そして、一度李姫の首輪に繋がった鎖を手放すと、衣装棚をがさごそと探し、身体に巻きつけて着る布の衣服を持ってきた。
衣服といっても、ただの一枚布であり、布を身体に巻きつけて、ところどころを紐などで縛って着る服だ。
朱姫は、拘束されている李姫の身体にその布を巻きつけて、裾や袖を作り、さらに紐の帯を持っていて李姫の腰の部分を縛った。
「な、なんです?」
李姫はされるままに、その布の服を身につけさせられながら、朱姫の行為に不審を抱いた。
「だって、いくらなんでも、素裸で外には出たくないでしょう?」
朱姫はにっこりと笑った。
「外に行く?」
「さっきも言ったでしょう。李姫はあたしに誘拐されるんですよ……」
朱姫が言った。
疑問を発する余裕はなかった。
不意に腹がよじれるような感覚が襲い、李姫の視界が一変した。
そして、辺りが暗闇に覆われ、ひんやりとした外気が伝わってきた。
周囲はひっそりとしていたが、どこか遠くに喧騒も聞こえる。
すぐに眼が慣れてきたが、李姫は自分が突然に外に連れ出されたということに気がついた。
朱姫が道術で李姫を跳躍させたのだ。
だけど、どうして……?
どうやら、ここは城郭の中のどこかのようだ。李姫は見知らぬ通りの端に立っていた。
丸っきりの闇ではなく、道を照らす照明がところどころにある。
周囲の様子から、ここは城郭の中でも庶民の人家が集まる地域のようだと思った。
その地域の繁華街に近い道にいるようだ。
いまは、この通りを歩く者は誰もいないようだが、近くには、まだ賑やかな飲み屋街がある気配である。
いずれにしても、李姫には不案内の場所だ。
貴族階級の集まる城郭の内側部分しか知らない李姫には、こういう城郭の外側の地域のことはよくわからないのだ。
「じゃあ、あたしは、少し貞女さんの様子を見てきますね。ここで大人しくしているんですよ」
背後で声がした。
びっくりして、振り返ると、後ろに立木があり、朱姫が李姫の首輪に繋がっている鎖をそれに結んでいる最中だった。
「朱姫お姉様、どうして──? ちょっと、待ってください。どこに行くんです。置いていかないで──」
朱姫は立木に李姫を拘束すると、すぐにどこかに立ち去っていく。
追いかけようにも、首輪の鎖が背後の樹に結ばれている。
「ねえ、朱姫お姉様──。ちょ、ちょっと──」
李姫は悲鳴をあげた。
朱姫は本当に、こんな李姫の不案内な場所に李姫を置いていこうとしている。
李姫は動顛した。
だが、あっという間に朱姫は夜闇に姿を消した。
李姫はたったひとりで残された。
どうしよう……。
怖ろしいほどの不安が李姫を襲う。
なにかの遊びだとは思うが、朱姫はなかなか戻ってこない。
李姫はしばらくのあいだ、見知らぬ場所に、たたずんでいた。
怖い……。
こんな格好で誰かに襲われたらどうしたらいいのか……?
素足で地面に立つ冷たさが、これが夢などではないということを李姫に自覚させる。
一応は身体に布を巻いているが、それは紐を解けば簡単に剥ぎ取れる一枚布であり、その下は素っ裸だ。
しかも、両手は後ろ手で拘束され、首輪までしている。
恐ろしさに、素足の脚ががくがくと震えてくる。
「おっ、姉ちゃん、街娼か?」
不意に男の声がした
眼の前にふたり連れの男がいる。
ふたりとも酔っているようだ。いつの間にか、道を歩いてきていて、ここに立っていた李姫に気がついたようだ。
「ひっ」
李姫はびっくりして声をあげた。
「なかなかに若くていい女だな……。い、いや、これは、若い別嬪じゃねえか。幾らで抱かしてもらえるんだ、あんた?」
もうひとりの男が言った。
李姫はあまりの恐怖に全身が竦みあがってしまった。