「……しょ、小白香は、わたしが腹を痛めて産んだ子よ……」
白象が苦しそうに言った。その股間は震えている。痒みは相当のはずだ。
それはともかく、小白香は驚愕した。
半信半疑だった沙那の言葉が事実だと悟るしかなかった……。
確かに、白象は、一度も小白香を実の娘だとか、実の子だとかいう言い方をしない……。
たったいまも、そう沙那に指摘されながらも、実の娘とは言わなかった……。小白香が実の子なのかとはっきりと訊ねたのに、違う言い回しに変えて、答えを返した。
このことが示すことは、小白香には、ひとつしか思いつかない……。
つまり、小白香は、白象の娘ではないということだ。
そして、白象は、なんらかの道術的な縛りにより、その事実を口に出せないのだとしか……。
予想される真実は……、実の子ではない……?
しかし、腹を痛めた子ではあると言っている……。
どういうこと……?
沙那の予想が正しく、白象がなんらかの道術契約で、“真実を伝えぬ”という約束をしていると仮定すれば、白象の奇妙な言い回しの理由は説明はつく……。
『真実の石』によって、嘘を語れないという特殊な状況の中で、道術契約により嘘をいうことを強要されている白象は、こんな不自然な会話をするしかなくなっているのだ。
だが、白象は、小白香の母だと言い、自分が産んだとも言った。そのとき、胸の石は青く光ったではないか……。
「な、なにを言っておるのだ、母者――? 母者が産んだということは真実であるのに、わらわが母者の実の子でないということがあるのか?」
小白香は混乱して声をあげた。
「しょ、小白香……、金凰魔王は……金凰魔王は支配するのよ。女を……つまり……」
白象は懸命になにかを訴えようとした。
しかし、それは肝心な部分で途切れてしまう。
「女を支配する……?」
沙那が考え込むように呟いた。
しかし、小白香は、沙那の呟きよりも、白象が使わなかった言葉について、呆然としてしまっている。
小白香は白象の実の娘ではない……。
本当は、白象はそう主張したいのだろうか……?
しかし、改めて何度見ても、白象の胸元につけさせた『真実の石』は青い光しか放っていないが……?
「ええい、面倒じゃな――。さっさと、喋らんか、母者――。わらわがなんだというのじゃ――? 喋らんと拷問にかけるぞ――」
小白香は面倒になり怒鳴った。
「拷問になどかけても無駄ですよ、ご主人様。白象殿は、真実を語りたいと思っています。でも、それができないなにかの縛りがあるのですよ……。でも、判明した真実もいくらかはあります。つまり、小白香様の父親は、金凰魔王なのだと思います。母親は……わかりませんが……。でも、お産みになったのは、白象様なのでしょう」
沙那が小白香に気を遣うように、ちらり視線を向けた。
「構わぬ、続けよ――。いまさら……」
そうは言ったものの、正直に言えば動揺している。
なぜ、白象は、小白香を実の娘だという言葉を使わないのか……?
その疑問がぐるぐると頭を巡っている。
「もしも、これが不遜になるのであれば、ご勘忍願いたいのですが、わたしは、それを聞いて、“
沙那が言った。
そして、沙那は、自分の言葉の反応を確認するように、白象に視線を向けた。
白象は、悲しそうな表情をしていたが、無言で頷いているようにも思えた。
「借腹? なんじゃ、それは?」
小白香は訊ねた。
「はい……。人間族には存在しない習性ですが、わたしは書物で、そのような習性のある虫がいるということを読んだことがあります。寄生種という種目です。例えば、その中の一種に“姫蜂”という種があります……」
「寄生蜂?」
「その姫蜂は、雄と雌が受精すると、雌は自分の肚で子を産みません。育てもしません。雌は卵を宿主となる他の虫に植え付けるのです」
「違う雌に卵を植え付けるのか?」
「はい。そして、その宿主に幼体を育てさせます……。いまのは、わたしが知っているある種の虫の話です……。ですが、もしかしたら、亜人の中に、同じような習性を持つ種族がいるのでは……」
沙那はもう一度、白象を見た。
白象はなにも喋らず、その代わりに真剣な表情を沙那と小白香に向けている。
沈黙がなにかを物語るということもある。
いまがそうだ……。
「は、母者は、自分の子でもないわらわを腹に植え付けられたのか……? わらわという胎児の宿主として……」
小白香は言った。
女をそんな馬鹿にした話があるだろうか……。
子を産むというのは、母体として命にもかかわる非常に危険で大変なことだ。
それを他人の子でやらされるのだ。自分の子ではない子で……。
もしも、沙那の言う通りだとすれば、白象がどんなにその理不尽について憤慨し、女の尊厳を傷つけられるその仕打ちに激昂したかは、想像して余りある。
だが、本当なのか……?
そして、本当であるとすれば、なぜ、白象は宿主などということを受け入れたのか……?
「ご主人様、わたしは、人間の世界で、借腹だとか、宿主だとか、あるいは寄生だとかいう習性を知りません。人間族というのは、そのようにはできていないのです……。でも、もしかしたら、そのような種族が亜人の中におりますか?」
沙那が小白香に訊ねた。
「あっ……、くっ……」
白象が口を挟みたさそうに口を開いたが、やはり、なんの言葉も出てこない。
喋りたいが、喋ることができないという感じだ。
小白香は、白象を制して口を開いた。
「……そのような種族がいるとは聞くな。寄生族と称したりする種族がいる。だが、あまり知られてはおらんと思うぞ。寄生族は、自分が寄生族とはあまり言わんものだ。嫌われるのでな……。当然だろう。他人に自分の子を産ませるような種族は、蔑まれ、疎まれる……。なにしろ、寄生族の母種は、宿主に子を産みつけて、自分では育てんのだ」
「つまり、そういう種族はいるのですね?」
「いるな。そして、連中には、母性がない。産みっぱなしにして、子が宿主に殺されようが、捨てられようが、知らんふりだ。亜人族の中でも嫌われ者の種族のひとつだな。だから、さっきも言った通り、自分が寄生族だと公表するのは、あまりおらんのだ。謎の多い種族のひとつじゃ。一説には、恐ろしく冷酷とも言われておるし……」
「では、白象殿は、その寄生族の子を宿主として、受け入れられたのだと思います」
沙那は断言した。
「馬鹿な――。寄生族が子を寄生させることがあるとしても、なんで魔王族の母者が……。そのようなことは、奴隷の女がやることだ」
すると、白象が身じろぎした。
「しょ、小白香……。わ、わたしは、母よ――。お前を産んだ。曲がりなりにも、あなたが成長する手段を与え、娘と呼び、母とも称した……。いい母じゃなかったかもしれないけど、誰がなんと言おうと、わたしは母よ……」
白象がまた悲しそうに言った。
胸の石は青く光っている。真実……。
しかし、白象は、借腹や宿主のことを否定をしなかった……。だから、真実として反応しただけだ。
だが、この状況で肝心の言葉を使わないのは、使わない単語が真実と告げていると同義だろう
道術の縛りで直接的に認められないとしても、否定をしないことで、白象はそれが真実であることを認めたことにもなる……。
つまり、沙那の推理は正しいのだ。
小白香は呆然とした。
白象が使わない言葉は、小白香が白象の実の娘という言葉だ。
また、小白香は、もうひとつの確かな事実にも気がつかないわけにはいかなかった。
そのような小白香との関係でありながら、白象は自分を小白香の母と言い、それに対して、『真実の石』は青く光っている。
『真実の石』は、言の葉と心が一致したときのみ、青く光るのだ。
「……ご、ご主人様、ご主人様、大丈夫ですか?」
気がつくと、沙那が心配そうに小白香の顔を覗き込んでいる。
どうやら、一瞬、呆けていたようだ。
小白香は姿勢をただした。
「わ、わかった。お前が正しいのだな、沙那――。そして、母者……。母者と呼んでいいのかわからんが、逆に、いまこそ、そう呼ぶべきとも思う。借腹となり、宿主として、金凰魔王と誰かの子を娘として、わらわを産み、そして、育ててれたのじゃな……。わかった。だが、なぜ、そのようなことを受け入れたのじゃ? そして、わらわの母……いや、母者を宿主にしたのは誰じゃ?」
「しょ、小白香、それよりも……」
白象はまだなにかを言いたそうだ。
「ねえ、ご主人様、金凰魔王の周りに、その寄生族の存在はありますか? 心当たりは?」
沙那が口を挟んだ。
「わからんな……。連中は、それを隠していることが多いからな……。それに、わらわは、金凰魔王の周りにいる連中のことなど、なにひとつ知らん……」
小白香は言った。
「金凰魔王のお妃は?」
「金凰魔王に妃などおらんわ。おるのは、奴隷宮に集められている性奴隷だけだ――。金凰魔王に妃はない。それは魔王家の掟だ」
「だったら、その性奴隷のひとりでしょうか……?」
沙那が考え込みながら言った。
「魔王の性奴隷のことなら、奴隷宮にいる性奴隷の誰かが、宿主になればよいであろう。なぜ、魔王族の母者が宿主にならねばならんのだ?」
小白香は憤慨して言った。
「その経緯までは不明です。ですが、そう考えるのが……」
すると、白象が沙那の言葉に口を挟んだ。
「き、
「金翅だと?」
「金翅は、奴隷でありながら、正妃と同様の扱いを受けているわ……。小白香、お前はこの宮殿の外のことに疎い……。だけど、いまでは、金翅が金凰妃であり、しかし、本来はだだの性奴隷だということを知っている者の方が少ないくらいよ――。小白香、お前も魔王になるつもりなのであれば、他の者にもっと、外の情勢のことを教えてもらいなさい。いま、三魔王領の中で、金凰妃のことを知らないのは、お前くらいかもしれないわよ」
突然、興奮したように白象が喋り出した。
しかし、小白香は、その内容よりも、白象がいきなり、小白香に対しても説教じみた物言いをしたことに腹が立った。
「ほう、言うではないか、母者……。わらわに説教を垂れるとは、よい根性じゃ。褒美に母者の足元と股間に蟻寄せの匂いをかけてやろうぞ。しばらく、わらわたちの話が済むまで、蟻と遊んでおるといいわ」
小白香は、白香が磔にされている足の下と無防備な股間に、蟻寄せの道術をかけた。
あっという間に、蟻が白香の足の下に集まり、脚を伝って股間に向かって登り始める。
おそらく何百匹という蟻が一瞬して、白象の股間に襲いかかった。
「う、うわあっ――。な、なにをしてるんです、ご主人様――。ま、まだ、大事な話の途中です――。やめて――。やめてください――」
沙那がびっくりして絶叫した。
そして、手を伸ばして、白象から蟻を払うような仕草をしたが、その数が多すぎて、逆に飛び退いてしまった。
「ひぎゃあああ――。や、やめてええぇ――。き、金翅は、元は、金凰宮の女官で、少女時代は、わたしとも親しかった。とても、親しかったのよ――。うわああっ――。いやあああっ――。い、いやぁ――む、むず痒い……。痒い……ひいいっ」
白象が狂ったように暴れだした。
「なんじゃ? 金翅とやらと母者は知り人か? もう少し話せ」
「や、やめて――。か、痒い……ひぎいっ――」
しかし、白象は股間を蟻で真っ黒にして泣き叫ぶだけだ。
「ご、ご主人様、蟻を――。蟻をなんとかしてください――」
沙那が怒鳴った。
小白香は、白香の身体に、今度は、蟻が嫌う匂いを充満させた。
白象に集っていた蟻が、もの凄い勢いで白象の脚を通って逃げていく。
白象の身体からは、すぐに蟻が一匹残らずいなくなった。
ただ、白象の胯間と脚の表面には、蟻に刺された無数の痕が残っている。
「む、むかしは、少女時代は仲良しだったの――。い、いえ、少女時代だけじゃなく、十数年前まで……。白香が金凰妃になってからも……。ひいいっ、ひいっ、か、痒いいいい」
白象はまだ蟻の痕が痒いのが、半泣きで身体を悶えさせながら言った。
小白香は、とりあえず、『治療術』で白象の身体の治療をしてやった。
やがて、白象の肌は、傷のない真っ白な肌になった。
しかし、白象はまだ苦しそうに肩で息を続けている。
「母者は女好きじゃ。では、昔からその白香とは、性の関係があったのか?」
「あったわ……。金翅は女だけど、興奮すると男根のような器官を股間から出すのよ……。“偽根”といってね……。男の性器のように使うだけじゃなくて、そこから、“姫蜂油”という強い媚薬を出すのよ。どんな女でも、その姫蜂油に触れれば狂う。塗っても、飲んでも、相手を性狂いにさせられる危険であり、また有名な媚薬よ……。それで、よく遊んだものよ……。わたしが、まだ少女で金凰宮にいる頃からね……」
白象は言った。胸の光は青い。これは真実だ。
偽根……。
姫蜂油……。
紛れもない……。
それらは、寄生族の特徴だ。
白象は、直接的に表現せずに、暗に、金凰妃たる金翅が寄生族の女であり、白象を宿主として、胎児を植え付けた女であることを小白香に教えたのだ。
その胎児、即ち、小白香は、金凰魔王とその金翅の子なのだ。
「沙那、わらわの実母は、その金凰妃の金翅という奴隷女じゃ」
小白香は静かに言った。
沙那は頷いたが、なにも言わなかった。
「な、ならば、いまは、仲は良くないのか……?」
小白香は白象に訊ねた。
白象が、道術契約の縛りで、小白香の母種のことを隠さなければならないのであれば、白象は、その縛りの中で懸命に真実を伝えようとしているということだ。
白象が借腹にされたことが、白象が望んでいたことではなかったとしたら、身体を合わせるほど仲のよかったふたりは、いまは疎遠なのだと思う。
「仲良しよ。とてもね……。金凰魔王の事実上の妃だものね……」
白象は言った。胸の石は真っ赤に光った。
すなわち、嘘か……。
小白香は苦笑した。
「な、なるほどな……。わらわは、母者とは血は繋がっていないということか……。まあよい。わらわのような変態は、母者の子であるからに違いないとは思うておったが、母者が死ぬ前に、事実を教えてくれて感謝するぞ。ついでに、ここまで、育ててくれたことにもな――。さて、では、続きと行くか、母者――」
小白香は笑った。
「ご、ご主人様――」
すると沙那が驚愕したような声をあげた。
「なんじゃ、沙那? そんな血相変えた声をあげて」
「ご、ご主人様は、いまの真実を知って、それでも、まだ、白象殿の刑を執行されるおつもりなのですか?」
沙那は信じられないというような顔をしている。
「当り前であろう――。それはそれ、これはこれじゃ――。母者の罪は、金凰魔王の暗殺未遂じゃぞ。それが消えたわけではない」
「でも、いまの告白……。白象殿が金凰魔王を憎しと思うのは当たり前じゃないですか――」
「うるさいのう。もう、決まったことではないか……。それに、わらわが母者を嫌っておるという事実は変わらん――。だいたい、命乞いをするのが、母者ならともかく、なぜ、お前が関係のない母者の命乞いをそんなにするのだ?」
「そ、それがご主人様のためだからです――。白象殿を殺してはなりません――。小白香様は一生後悔することになります……。なぜならば……」
沙那は声をあげた。
しかし、それを白象の笑い声が阻んだ。
「はははは……あはははは……お、おかしい……。そ、そうなの……。あなたは、わたしを憎んでいるの……? あはははは……はははは……こんな滑稽なことってあるかしら……。はははは……おかしい……はははは……」
白象が狂ったように笑い続ける。
小白香はなんだが腹が立った。
「母者、笑うのをやめんか――。今度は、蟻ではなくて、蛇でもけしかけるぞ。母者の穴という穴に潜っていくようにな」
「いまさら、好きにしなさい、小白香――。だけど、わたしが言いたいのは、お前の血の由来ではなくて、金凰魔王のこと……。金凰魔王は女を支配するのよ……。つまり……」
しかし、白象はそれで黙ってしまった。
なにか伝えたいことがあるのに、それが言えなくなったかのように……。
小白香は嘆息した。
「また、道術の縛りか……」
小白香は呟いた。
白象が苛ついた表情をしている。
懸命になにかを言おうと努力しているようだ。
すると、やっと口が開いた。
「き、金凰魔王に身体を許してはならない……。小白香、いいわね――」
白象が言葉を選ぶように口にしたのは、
それだった。それを告げると白象は、ほっとしたような表情になった。
どうやら、それを伝えたかったようだ。
だが、小白香にとっては、それは意外な言葉だった。
「なんじゃ、それは? ああ……、そう言えば、母者は、二年前にわらわを金凰魔王に抱かせようとしたのう。それが、きっかけでわらわは、母者をわらわの性奴隷に陥れてやったのだがな……」
だが、小白香のその言葉に、白象が眼を見開いた。
「わ、わたしが、あなたを金凰魔王に抱かせようとした? なんのこと?」
白象は驚いている。
「しらばっくれても駄目だ、母者。わらわは、金凰魔王と母者が二年前に、それを話しているのをこっそりと耳にしたのだ。それで、先手を打って……」
「ち、違う――。違う、違うわ。なにをどのように聞いたかわからないけど、まるで逆よ――。わたしは、金凰魔王の要求に逆らうために……」
白象は喋りだしたが、言葉の途中でその口が閉じてしまった。
小白香は苛ついた。
「嘘を言うでないわ、母者。わらわは、確かに母者が、金凰魔王にわらわを抱いてみよと言ったのを耳にした。金凰魔王が二年前に白象宮の離宮にやって来たときじゃ。母者の寝室でふたりが興奮したように喋っておったわ。わらわを金凰魔王に差し出すつもりであったのだろう、母者? わらわは、あのとき、偶然、戸棚の中に隠れておったのだぞ。母者は知らなかったと思うがな」
小白香は言った。
あのとき、どうして、そんなところにいたのか覚えていないが、 確かに金凰魔王と白象が興奮したように、まだ十歳の小白香を金凰魔王の性の相手にするというようなことを話していた。
それで、小白香は、以前から考えていた白象に対する罠を実行に移すことにした。
つまり、白象を騙して、『痒み責めで狂わせての霊気を制限し、小白香の奴隷のようにしてやったのだ。
白象という協力者がいなくなったためか、金凰魔王が実際に小白香に手を出そうという素振りはなくなった。
「まるで違うわ、小白香――。なんのことを言っているのかわかったけど、多分、あなたは、“抱けるものなら抱いてご覧”というわたしの言葉を勘違いしたのよ。わたしは、金凰魔王にあなたを抱かせようとしたことはないわ。まだ十歳の娘を……」
「うるさいわ、母者。いまさら、母親のように取り繕ってどうする? 血の繋がりがあろうと、なかろうと、母者は十歳の娘を性奉仕の道具にしようとした人でなしじゃ――」
小白香は白象の言葉を遮って叫んだ。
「ご主人様――」
しかし、沙那が小白香と白象のあいだに立ちはだかるように身体を寄せて声をあげた。
「なんじゃ、沙那? 邪魔じゃ――。いまは、お前の出る幕ではない。話をしているのは二年前のことじゃ」
「落ち着いてください、ご主人様。白象殿は嘘を言っていません。石の色を見てください……」
その沙那の言葉にはっとした。
白象の胸の石は青色だった。
つまり、白象は嘘を言ってはいない……。
……ということは、あのとき、白象は、小白香を金凰魔王に差し出そうとしていたのではなく、逆に小白香を守ろうとした……。
だが、二年前の小白香は、それを勘違いし、白象小を罠にかけて陥れた……。
そういうことになるのか……?
小白香は、呆然とした。
そして、混乱した。
「ご主人様、これは申しあげるべきか迷ったのですが、わたしが先程、例に出した姫蜂という種は、成長すると、巣立つ前に、育ての親に当たる宿主を餌として食べてしまうという性質があります。親を殺すのです。それが、寄生種の本能らしいです……」
「なにが言いたいのじゃ、沙那?」
小白香は沙那を睨みつけた。
「は、はい……。もしかしたら、ご主人様は、種の本能で冷静さを失っておられるかもしれません。白象殿を処刑されるべきではありません。理由はいくらもありますが、白象殿にはまだ、聞くべきことがたくさんあります。ただ、なにかの縛りで伝えることが難しいだけで、金凰魔王がなにによって、人を支配するのか。二年前になにがあったのか……。処刑しては、それは調べられません。処刑を中止なさるべきです」
沙那はきっぱりと言った。
小白香は吹き出してしまった。
「お前はまったく、物怖じせん女じゃのう。わらわが、こんなに不機嫌な顔をしておったのに、平気でわらわの考えに逆らう発言をする……。まあ、それはよいが、しかし、母者が本当に道術契約の影響でなにかを隠しておるのなら、なにを聞いても無駄ぞ。道術契約というのは、そういうものだ」
「そんなことはありません、ご主人様。それは、訊ね方によります。実際、いまだけで、かなり、隠されていた真実に近づきました。あるいは、操り術もあります。わたしの前の仲間に朱姫という娘がいます。そいつは、操り術が得意で、相手の意識を消した状態にして、隠していることを喋らせるということができました」
「朱姫?」
「ええ。その朱姫だったら、白象殿が喋れないことを表に出すことができると思います。わたしと一緒に、青獅子軍に捕らわれたはずなんです。ちょっと調子に乗る悪い癖がありますが、絶対に役に立ちます。もしも、まだ、亜人軍の捕虜でいるなら、探して呼び寄せることはできないでしょうか?」
沙那は言った。
小白香は、沙那の必死の様子に苦笑した。
「その朱姫のことは、まあ、探してみよう。母者のことはともかく、そういう操り術を遣えるのであれば、確かにわらわの部下にはしたい」
「ありがとうございます、ご主人様」
沙那が破顔した。
「だが、母者を訊問することは不要だ。母者に訊ねずとも、わらわが直接に訊けばよいことよ――。金凰魔王にな」
小白香は言った。
「ご、ご主人様」
「小白香、何度も言うけど、金凰魔王は一筋縄ではいかないわ……」
小白香は、抗議の口調の沙那と白象を手で制した。
そして、道術を込めた。
目の前から白象が消えた。
離宮にある奴隷用の監禁室に転送したのだ。
「ご主人様……」
沙那が微笑んだ。
「母者の処刑は中止じゃ。金凰魔王には、わらわから『通信球』でそれを伝える。
「わかりました。すぐに処置します。百眼女様と話し合い、それでなんとか戦を回避できるように努力します」
「任せる――。いずれにしても、金凰魔王とは、わらわ自身がけりをつける。母者のためにもな」
小白香の言葉に沙那はしっかりと頷いた。
今度は反対はしないようだ。
「それはそれとして、沙那……。百眼女にわらわの指示を伝言したら、とりあえず、すぐにわらわの私室に来い」
小白香はにやりと笑った。
「私室ですか? わかりましたが……」
沙那は首を傾げている。なんのことかわからないようだ。
「生意気の罰じゃ。なるぼど、母者から情報を口にさせた功績は認めよう。だが、いささか無礼でもあったからな。少しの間、痒み触手の貞操帯で遊んでやる。まあ、それで罰は終わらせてやろう」
小白香は言った。
「ええっ?」
沙那は蒼くなった。
また、顔が恐怖に包まれた感じになり、大量の汗がだらだらと流れ出す。
その沙那の様子に、小白香は嗜虐的な満足を覚えた。
沙那がうなだれた。
小白香は笑ってしまった。