「お前たちは退がれ」
幕舎は、布の壁と屋根で覆われていて、内部には、魔王用の小さな卓と簡易な玉座があり、さらに諸将が腰掛けるためと思われる床几椅子が並んでいる。
玉座の後ろには、さらにもうひとつの幕舎が連接されており、そこは魔王の生活空間だ。
いま、その二連の幕舎にいるのは、金凰のほかには、金凰妃の
「座りますぞ」
蝦蟇婆が並んでいる床几椅子のひとつに腰をおろした。
金凰妃は腰掛けずに、周囲を警戒するような素振りをみせながら蝦蟇婆と向かい合う幕舎の端に立っている。
「さて、とりあえず、この幕舎は、余の結界でも包んでおる。いまから、ここで語ることは、外に漏れることはないはずだ。余か、金凰妃か、あるいは、蝦蟇婆が誰かに漏らさぬ限りはな……」
金凰魔王は微笑みながら、じろりと蝦蟇婆を睨んだ。
「怖いのう……。そんな顔をせんでも、いまさら、金凰魔王を裏切りはせん。わしが手をかけてお育てしたお坊ちゃまだからのう」
蝦蟇婆が嫌な顔をした。
「無論、蝦蟇婆のことは信用している。だが、拷問によって喋らされるということもある。これから話すことは、三魔王軍の骨幹に関わることなのだ」
「ならば、そんな大切なことは、一介の奴隷調教師には、話さんことじゃ。わしは、退散するぞ」
蝦蟇婆が気を悪くしたように席を立つ。
しかし、その行く手をすっと金凰妃が阻む。
「な、なんじゃ? この年寄りをどうにかするつもりなのか、お前たち? だったら、そう言うがいいわい」
「もちろん、そのような気はありません、蝦蟇様。でも、うちの人の話を聞いていただけませんか。どうやら、蝦蟇様の力が必要なようなのです」
金凰妃が蝦蟇婆の前に立って言った。
蝦蟇婆が嘆息した。
「やれやれ、今度は、わしになんの用事があるというのじゃ……? まったく……。いつもいつも、慇懃な態度とは裏腹に人をこき使いおるわい。今回も、言われた通りに、一介の調教師として、青獅子軍に入り込んで諜者のようなことをしたりしたが、この年寄りには荷の重すぎる仕事でしたわい。お陰で、人間族の復讐に巻き込まれて、死ぬところじゃった」
蝦蟇婆は悪態をつきながら椅子に座り直した。
「いい仕事をしてれたと思っている。お陰で、宝玄仙を逃がさずに済んだ。蝦蟇婆からの情報がなければ、これほど性急に、玄魔隊の離脱に合わせて軍を対応させることはできなかったし、あのまま玄魔隊だけであれば、あの孫空女とかいう女戦士は、宝玄仙を救い出すことに成功しただろうしな」
青獅子の占拠した人間族の城郭で異変が起きたというのは、ほとんど瞬時に金凰宮にいた金凰魔王の耳に入っていた。
青獅子軍には、蝦蟇婆のような本来は金凰魔王に直接に仕える者でありながら、それを隠して青獅子軍に所属している手の者を多数潜り込ませていた。
だから、その者たちから、青獅子が暗殺されたことと、それと同時に人間族の叛乱が起きたことが、ほぼ瞬時に道術によって知らされていたのだ。
蝦蟇婆からの情報もその中のひとつだ。
もちろん、その情報がなくても、金凰としては必要な手を打つのに必要な情報はほかの情報源から入手していた。
しかし、それはわざわざ蝦蟇婆に言う必要はないだろう。
青獅子は実の弟であり、また、三魔王軍と呼ばれる三人体制の亜人軍の一角を担う存在だった。
しかし、だからといって、金凰魔王は、青獅子を完全に信用をしていないし、依存してもいない。
三魔王軍とか、三魔王領とは呼ばれ、三人の魔王の一枚岩の勢力だと思われているが、実態は違う。
それぞれの支配する領域や軍を持つ独立した存在の集まりであり、金凰の立場は、その盟主ということにすぎない。
金凰魔王という立場を阻害する最大の潜在的な敵は、金凰と並ぶ立場の青獅子であり、そして、白象なのだ。
金凰はそれを忘れたことはない。
だから、常に百人以上もの手の者を青獅子軍に潜り込ませている。
彼らから青獅子の動向に関する情報は逐一知らされていたし、万が一にも青獅子が金凰に取って代わる気配を示すことがあれば、一気に叩き潰すことも可能だった。
実際、青獅子はそういう諜報とか、謀略とかいうことには無頓着で、実に御しやすい男だった。
大らかで部下には慕われていたが隙が多かった。
だから、青獅子は、三魔王軍の中でも、固有の領域は持たせずに、指揮をする軍団のみしか任せられていなかった。
だが、今回のことをきっかけに、青獅子も自己の支配する領域というものを欲しがった。
それで、人間族の獅駝地方と呼ばれる地域を青獅子の領土とすることを許したが、結局はそれが失敗となった。
青獅子は、わずか半月も領有した城郭を維持できずに、人間族の叛乱に遭って爆死してしまった。
「なにを言っておる……。わしのやる諜報など知れたことであったろう。青獅子陛下などは、半ば、わしが金凰魔王の意を組んだ行動をしていることを感づいおるようであったですぞ。知っておきながら放っておく……。青獅子陛下には、そういうところがありましたな……。よき、王者でありました……」
蝦蟇婆が言った。
「よせ、蝦蟇婆――。青獅子は無能だった。無能であるが故に、父であった前金凰魔王から、青獅子は軍のみの支配しか認められなかったのだ。それで、前金凰魔王領を余と白象のふたりで分け合うかたちになった。余は、青獅子も、余や白象と同様に、支配すべき土地を持つことを望んだが、結果として、青獅子はそれで命を失うことになった」
「ほう、前魔王様がそんなことを?」
「青獅子は未熟であるという父の判断は正しかったのだな。余は、その判断を疑ったこともあったが、いまこうなってみると、父の見る目は正しかったのだろうな」
いまでは、三魔王領と呼ばれている一帯だが、金凰や白象たちの父親である先代の金凰魔王の代までは、金凰魔王というひとりの支配する地域だったのだ。
それを先代の金凰魔王は、その死に際して、支配する地域と勢力を三分して、三人の子に分けた。
すなわち、金凰魔王の直轄領域と最大の軍をこの金凰に残し、真ん中の白象には、多数の部族長領からなる広大な支配地域を分与した。
しかしながら、末の青獅子には、支配すべき領域は渡さずに、金凰軍に匹敵する軍のみを渡し、その軍の管理に必要な資金等を白象に提供し続けるように命じたのだ。
当時の金凰は、自分が金凰魔王の地位を継ぐことは当然だと思っていたが、なぜ、三兄弟の中で、もっとも霊気が低い白象が、当時の金凰魔王領の広大な部分を与えられ、霊気の強い青獅子に一寸の土地も与えられなかったのか不思議に思っていた。
しかし、あれから数十年という月日が経ってみると、父の考えはよくわかる。
白象は実際のところ堅実な施政者だった。
白象宮と呼ばれる宮廷をよく運営している。良質の人材を確保して、各部族長をよくまとめている。
白象宮のよい統治により領域は豊かになり、ほどよい部族長たちへの介入により彼らが互いに争うというようなこともさせない。
およそ富ということだけであれば、白象の支配する地域から得られるものは、いまでは、金凰魔王の領域のものを遥かに凌ぐ。
十数年前から、白象宮には、年々に決まった財を青獅子軍のほかに金凰宮にも提供させているが、それでも白象宮の富はさらに拡大し続けている。
あの女には、統治に対するそれなりの才があるのだと思う。
「青獅子陛下が未熟であったとは思いませんのう……。青獅子陛下は運がなかった。わしはそう思います……。そして、青獅子陛下を殺したのは、おそらく、
「わかっている……。城郭で異変があった直前くらいから、魔凛の行方が知れていない。おそらく、なんらかのかたちで青獅子の支配を脱したのだと思う。そして、その仕返しで青獅子は殺された。おそらく、そういうことであろうな」
「ほう、やはり、魔凜は行方不明とな?」
「余が青獅子に望んだのは、手のつけられなくなった魔凛を処分してくれることだった……。青獅子は、これにも失敗した……。つくづく、未熟者であったことよ」
金凰魔王は肩を竦めた。
魔凛は、青獅子に恨みを抱いていただろうが、裏で糸を引いていたのが金凰だということはわかっているだろう。
よりにもよって、青獅子もやっかいな女を世に放ってくれたものだ……。
「実際のところは、わしも聞かされてはおらぬのだが、そもそも、金凰魔王陛下が、魔凛を青獅子に処分させるつもりになったのは、なぜなのじゃ? 青獅子陛下は、単純に、金凰魔王が魔凛の身体に飽いたからだと考えていたようじゃが? 無論、わしが知るべきでないことがあるのであれば、教えてもらわぬともよいですぞ。わしも、別段、興味があるわけでもないでな」
蝦蟇婆が金凰魔王に言った。
「いや、教えよう――。今回、蝦蟇婆に頼もうと思っていることにも関係することであるからな。知ってのとおり、余は女の膣に精を放つと、余の言葉に、その女を無条件に従わせることができるという能力がある。支配するのだ。ほとんどの者は知らぬ余の秘密であるが、蝦蟇婆は無論覚えているだろう?」
「そりゃあ、坊ちゃまは……、いや、金凰陛下は、わしがお育てしましたでのう……。女好きのお坊ちゃまが、思春期になる頃に、手を付けた女たちが、奇妙なことになって、騒動になったのをよく覚えておりますわい……。実に危険な精でありますよのう……。なにしろ、精を与えた女体が、金凰魔王の言葉にも逆らえなくなるだけでなく、霊気が怖ろしく増幅するのですからなあ……」
「この場では取り繕うな。坊ちゃまでもよいぞ」
金凰は苦笑した。
「ほほ、ならば、坊っちゃま、この金凰妃殿がよい見本ですな。さっき、孫空女と戦うところをみておりましたが、あれほどの道術を遣いこなすなど、わしが調教した一介の女官の時代からは考えられませんものなあ……。さぞや、金凰魔王に濃い精をいまでももろうておるのでしょうな」
蝦蟇婆が振り返って、金凰妃に微笑みを向ける仕草をした。
いまとなっては、金凰妃が一介の女官あがりの奴隷女だったことを知っている者は少ないが、精を与えた女体の霊気を格段に向上させるという能力の恩恵を最も濃く受けているのが、この金凰妃こと金翅だ。
相性というのであろう……。
元々は、大した道術は遣えなかったのに、金翅は金凰から精を受けることによって、予言の力を得て、人の心を読み取ることができるようになった。
また、瞬間移動もできるようになり、金凰魔王でも及ばないような戦闘能力も身に着けた。
だが、これらの能力は、金凰魔王の精を受けてから開眼した後天的なものであり、以前は、多少は神秘的なことができるだけの普通の女官だったのだ。
そして、その代償として、金凰妃は金凰魔王に、絶対服従の支配もされている。
金凰魔王と交わることで、どの程度能力があがり、また、どのくらい支配されるかは、その都度違うが、金凰妃は能力の向上にしろ、金凰魔王の支配の受け入れにしろ、もっとも濃い影響を受けている。
「それが問題なのですよ、蝦蟇様――。うちの人は、あの魔凛に手を出したのはいいのですが、なぜか、魔凛に限っては、うちの人の支配をほとんど受け入れなかったのですよ。それなのに、もともとの操り術については、怖ろしいほどに能力が向上してしまったのです……」
「ほう? 支配を受けなんだと?」
「ええ、支配できないのに、相手の能力だけが向上するというのは、危険すぎます。ですから、わたしは、魔凛は殺してしまえと助言したんです……。青獅子殿は、うまく魔凛を罠に嵌めてくれてくれたのはいいのですが、それで逃げられてしまっては、逆にとんでもないことになったと思いますね」
金凰妃が息を吐いた。
「まあ、魔凛のことはよい……。いずれ、なんとかなるだろうし、知ってのとおり、余の精の影響により向上した霊気を維持するには、定期的に余の精を受け続けなければならないのだ……。魔凛は逃げた。つまりは、いずれは、余の精の恩恵は止まるということだ。そうすれば、魔凛など危険なものではなくなる。余が抱く前の魔凛の操り術は、あれほど危険なものではなかったしな」
魔凛については、金凰魔王は楽観視している。
結局のところ、金凰魔王が与える精を断ってしまえば、突然出現した魔凛の大きな操り道術は遣えなくなるはずだ。
どのくらいの期間で魔凛が、あの力を失うのかわからないが、魔凛との性の関係の期間は短い。
せいぜい半年も魔凛がいまの力を維持し続けられればよい方だろう。
「魔凛のことはともかく、余の女体を支配する能力が不安定になっている……。その方が問題なのだ」
「不安定? つまり、女がいうことをきかなくなったということですかのう?」
「いろいろと試したが、残念ながらそういうことのようだ。一度精を放っても、定期的に精を与えなければ、支配を続けられないのは昔から変わらぬのだが、どうやら、いまは、ある程度、事前に調教を続けて、女体の心が堕ちた状態になっていなければ、精を与えても支配が築けぬようなのだ」
「調教?」
蝦蟇婆は呆気にとられた表情をした。
「そんな顔で見るな、蝦蟇婆――。そうだ。奴隷宮の奴隷女でいろいろと実験をしてみた。つまりは、ただ、精を放つのではなく、事前の調教で心が弱くなった状態になって、初めて、以前のように精で心の支配を刻めるということだ……。そうかといって、余の精が女体の霊気を増幅させるというのは変わらぬのだ――。いまでは、その不安定さが高じて、簡単に女を抱くわけにもいかなくなっておるのだ……。困ったものよ」
すると蝦蟇婆が大笑いした。
「なるほど、その能力で、女をいいように扱ってきたお坊ちゃまが、うまく女をあしらえぬようになりましたか? さしずめ、この金翅など、聞き分けがなくなって困るようにでもなりましたか? ならば、この蝦蟇婆が調教をやり直してやってもよいですぞ――。女を支配する技など、金凰お坊ちゃまの精の力であろうと、調教の力であろうと、結果は同じですからのう」
蝦蟇婆が大笑いした。
「その通りだ、蝦蟇婆――。頼みたいのは、そのことなのだ」
金凰魔王は強く膝を叩いた。
すると、蝦蟇婆が逆に驚いて、きょとんとした表情をしている。
「そのこと――? いまさら、わしが、また金凰妃殿を調教するのですかな?」
「や、やめてくださいよ、蝦蟇様――。調教をしてもらうのは、わたしではありません。わたしの娘のことです。つまり、小白香――。ご存じでしょう、蝦蟇様?」
金凰妃が言った。
「小白香……? ああ、小白香殿か――。白象様のところの……。ああ……。そういえば……。そなたの娘といえないこともなかったな……」
「なにを言っているのですか、蝦蟇様。あの娘はわたしの娘ですよ。秘密にはなっていますがね……。寄生族のわたしが、間違いなく白象殿の子宮に植え付けた卵から育った娘ですよ」
「世間的には、白象様の娘じゃ。そういことになっておる。そして、その秘密は封印もされた。お互いに道術契約を結び合ってな。このわしも道術契約を交わしたひとりじゃが、あれはそのまま封印すべき事実であろうと思うがのう……。いまさら、そなたが実の母親であると口にしても、誰も悦ばぬ」
蝦蟇婆が金凰妃を睨んだ。
「わたしだって、母親面をするつもりはありませんよ、蝦蟇様。それを望んでもいませんしね……。ならば、白象殿の娘の小白香殿でも結構です。その小白香を蝦蟇様に調教してもらう必要が出てきたのですよ」
金凰妃が言った。
「……そう言えば、童女を調教せよと、金凰魔王がわしに言ったのう……。つまりは、それが小白香殿のことということか……。だが、どういうことなのじゃ?」
蝦蟇婆が怪しむような視線を金凰魔王と金凰妃に交互に向けた。
「蝦蟇婆は知らぬであろうが、実は白象宮でも数日前に異変があったのだ。ほぼ、青獅子が獅駝で暗殺されたのと同じ頃だ。時期が重なったのは、偶然だがな」
「異変とな?」
蝦蟇婆は首を傾げた。
「その小白香が、政変を起こした。白象を捕らえて、自ら魔王につくことを宣言した。小白香自身が、『通信球』で知らせてきた」
「白象様を捕らえたと――? なんでじゃ――? ならば、自分が実は白象様の子ではないことを知ったのか? もしかして、自分が寄生族の血を引いていることを……?」
「それはないようだな、蝦蟇婆――。小白香は、まだ十二歳だ。偽根が生えたりして寄生族の特徴が現われるのは、まだ先だしな。小白香によれば、白象が余に対する暗殺を企てたからだと言っている……」
「白象様が金凰陛下を暗殺を企てじゃと? まあ、仕方あるまいて。身から出た錆びじゃ」
蝦蟇婆が声をあげて笑った。
金凰は思わず微笑んでしまった。
「そう。実際のところ、なにが起こっているかわからぬがな……。わかっているのは、すでに白象は事実上、魔王の地位を廃されているらしいということだけだ……。刑が執行されたという話もあるが、まだ、確かなことは伝わってはいない」
金凰魔王は言った。
手の者を数多く送り込んでいるという点では、金凰魔王は、青獅子軍の倍もの数の手の者をさまざまなかたちで白象宮に送り込んでいる。
しかし、そういうことを嫌う白象は、炙りだした金凰魔王の手の者を見つけ次第、気儘な部下への処断の素振りで殺してしまったり、奴隷にして監禁したりするのだ。
部下に冷酷で我が儘な女魔王として知られている白象だが、金凰魔王からすれば、白象が処刑してしまう部下は、金凰魔王がひそかに送り込んでいる手の者ばかりで、子飼いの部下には手厚い保護を続けている。
白象は、金凰魔王がひそかに送りつける手の者を次々に殺すことで、金凰魔王を牽制しているのだ。
そういう水面下の駆け引きを金凰魔王と白象はずっと続けていた。
それでいて、表向きは白象は、金凰魔王に従順であり、十数年前に強要した毎年の多額の朝貢も諾々と支払いを続ける。
白象からすれば、金凰魔王の精を受け続けているので、金凰魔王に逆らえないのだから当然なのかもしれないが、実際には、金凰魔王の精による支配などそんなに強いものではない。
逆らえないのは、面と向かって言われた言葉くらいのもので、逆らえないような気分になって、金凰魔王の言葉に従ってしまうだけで、白象のように、常は離れて暮らす関係においては、その支配効果は低い。
ましてや、二年前から、白象とは完全に精の関係を遮断しているから、すでに、白象は金凰魔王の支配からは完全に脱していると考えてよい。
もっとも、そのことが、金凰魔王によって高められていた白象の霊気を低下させることになり、それで小白香が白象を霊気で圧倒し、さらに、魔王の地位まで奪うことに繋がることになるとは金凰魔王も驚いたが……。
「いずれにしても、余は、余の支配していない新魔王が現われるのを悦ばぬ。それが、余の実の娘であったとしてもな――。従って、余の精の力で小白香を支配してしまうつもりだ。それに協力してもらうぞ、蝦蟇婆」
金凰魔王は言った。
「話はだんだんとわかってきたし、わしの役目もわかってきましたがな……。つまりは、魔王が精を与える前に、小白香を調教して、心を砕いてしまえばよいのじゃな。だが、仮にも、小白香は娘であるはずだが、それはよいのか?」
蝦蟇婆が呆れたような顔をした。
「妹を長く食ってきた余だが、十二になったという娘はどんな味か愉しみだ」
金凰魔王はうそぶいた。
「金凰妃殿もよいのか?」
「もちろん、存分にやってください、蝦蟇様」
金凰妃がにっこりと笑った。
「まあ、いいわい……。言われたことをするだけじゃ。いずれにしても、この蝦蟇婆は、ただの調教師でしかないからのう……。だが、わしには、小白香殿を捕らえるなどという芸当はできませんぞ。わしは、ただ、与えられた女を調教するだけのことしかできんのだ」
「それはよい。余が捕える――。実は、場合によっては、金凰宮と白象宮で戦になるやもしれんのだ。いま、こうして、軍を率いて金凰宮を出て来ておるのは、そのこともあるのだ」
金凰が言うと、蝦蟇婆は眼を見開いた。
「戦じゃと? まさか――。三魔王軍の中で戦ですと?」
「そんな顔をするな、蝦蟇婆……。余も、無理に戦を開きたいわけではないがな。場合によっては、戦も辞さん――。そのような態度を見せねば、あの十二歳の娘は、仮にも自分を育ててくれた白象を本当に処刑してしまいそうなのだ……」
「白象様を小白香殿が処刑をのう……。よくはわからんが、白象様も、傍目からは、他人の子と知りながら、大切に育ててきたように思うが……。やはり、種族の血なのであろうかのう……」
蝦蟇婆が嘆息した。
蝦蟇婆は、小白香が寄生族の血を引いていることも、その種族の性質も承知している。
つまり、寄生族は、成長の代償として、育ての親である宿主に、本能的な憎悪を抱くようになる。
そうやって、育ての親から離れ、独り立ちをするのだ。
すなわち、育ての親を憎悪する――。
小白香のように、それが高じて親殺しのようなことなことになるのは多くはないが、珍しい現象ではない。
だからこそ、寄生族は、冷酷な種族とも呼ばれるのだ。
いずれにしても、憎悪することによって、育ての親から離れた寄生族は、やがて、第二次性徴と呼ぶべき身体の変化をして成人となる。
その第二次性徴によって、寄生族の特徴である偽根や姫蜂油などが身体に生まれ、その使い方が頭に覚醒されるのである。
それまでは、寄生族であっても、他種族の子として育つそれぞれの個体は、自分が寄生族であることを知ることもない。
宿主の親もまた、子が寄生族であることは通常は知らない。
そして、成人して、種の本能を覚醒させた寄生族は、性愛については、男とも女とも関係をするように変化する。
つまり、寄生族は通常の男との性行為で自分の胎に子の卵を宿すと、今度は女との性愛をして、姫蜂油で夢心地にした宿主候補の女の子宮に、偽根を使って子の卵を植えつけるのだ。
それが寄生族の性愛だ。
通常は、偽根も相手の女がまともな状態でなくなるまで隠しているので、寄生族の子を植えつけられる女体も、それを知ることは少ない。
白象は、金翅が寄生族であるということを承知していて関係を持っていたので、自分の子宮に新しい子が宿ったときに、すぐに白象は、それが自分の子ではないことを知ってしまったのだ。
そういうものであるというのは、金凰も金翅を通じて知った。
「白象は処刑はさせぬ――。金凰妃の予言である“三個の身体で支配する者”という状態を具現するには、白象の存在は必要なのだ。白象については、もう一度、余の支配を刻み直す。そして、小白香を新たに、余の支配に刻みつける。それで、金凰妃の予言した“三個の身体で支配する者”というのが余ということになるのだ」
金凰は言った。
「あの予言じゃな……。わしも、獅駝の城郭で耳にしましたわい……。“三個の身体で支配する者が、魔の地でふたつの宝を手に入れる。それまでの支配者は倒され、ふたつの宝をまとめた者が新たな魔の地の王となるであろう”という、あれですな……」
「そうだ、蝦蟇婆……。最初にそれを余が聞いたとき、余は、白象と青獅子とともに三魔王領を支配する余のことだと思った。しかし、それは違っていた。考えてみれば、青獅子と余では別人格だ。三個の身体で支配する者とは満たせないであろう……」
「しかし、予言の条件が揃ったと?」
「だが、余の精の支配の力で、改めて白象を支配し直し、また、小白香を支配し、その両名を三魔王領の支配に参加させれば、まさに、“三個の身体で支配する者”ということになる――。そのためにも、白象は死なせぬ――。また、小白香の支配はなんとしても、実現させる」
金凰は言った。
「なるほどのう……。いずれにしても、わしは、金凰魔王が小白香を捕らえるのを金凰宮で待っておればいいのじゃな?」
蝦蟇婆は言った。
「そのつもりだ……。まずは、軍を率いて白象宮に乗り込む。場合によっては、強引に白象を助けるということになるかもしれん。小白香の調教を白象宮で行うか、それとも、金凰宮に連れて来て行うかは、まだ決めてはおらんが、とりあえずは、穏やかではないであろうからな――。戦が終わったところで、蝦蟇婆には登場願うつもりだ」
金凰は言った。
そのとき、突然に眼の前に、『通信球』が出現した。
驚いたことに、それは白象宮の小白香から送られてきたものだった。
「あなた……?」
金凰妃が不審な表情を示した。
「大丈夫だ。小白香からだ……」
金凰は小白香からのその『通信球』を開封した。
果たして、金凰の頭の中に、小白香からの伝言が流れ込んできた。
それに意識を集中していた金凰魔王は、やがて、笑い出してしまった。
「どうしました、あなた?」
金凰妃が言った。
「いや……。どうやら、戦の必要はなくなったようだ。小白香から白象の処刑は中止したと告げてきた。その理由は伝えてはきておらんがな」
金凰は自分を見ている金凰妃と蝦蟇婆に視線を向けた。
「……同時に、是非、白象宮……、小白香は、小白香宮という表現をしているが、そこに余を招待したいそうだ。新しい魔王として、金凰魔王である余を歓迎するらしい。魔王と魔王の友好を築くためにな」
金凰は笑った。
「どういうことでしょうか……?」
金凰妃は不審な顔をした。
「わからんな。だが、これは余としても願ってもないことだ。さっそく、小白香に余の精を注いで、支配を刻んでしまう機会がやって来たということだ」
「まあ、確かに……」
金凰妃が頷いた。
「しかも、都合の良いことに、白象はその小白香自身によって、無力化されている。二年前に封印された鍵も無効になっている可能性が高い。それ程面倒なこともなく、仕事は片付くような気もするな……」
金凰は、一度口を閉じて、ふたりを見る。
そして、再び口を開く。
「蝦蟇婆、予定変更だ。余と一緒に白象宮に来い――。そこで、さっきのことをやってもらおう。金凰妃は、このまま金凰宮に戻れ。それまで、宝玄仙を管理しておけ……。ついでに、孫空女もな。まあ、ふたりとも、殺さん限りは、好きなように扱って構わぬ」
「まあ、嬉しい」
金凰の言葉に、金凰妃の金翅がにっこりと笑った。
(第85話『女王処刑』終わり)