558 別れ再び
「あっ、いや……ご主人様……ああっ、い、いきそうだよ……はああ――」
女陰と肉芽を交互に宝玄仙の舌に掻き回されて、孫空女は拘束されている身体を突っ張らせた。
「ふふふ……、お、お前ばかり……狡いじゃないかい……。わたしには奉仕してくれないのかい……」
笑い声とともに、股間から宝玄仙の声が聞こえた。
その宝玄仙の声も息も絶え絶えの感じだ。
「う、うん……ご、ごめん……」
孫空女は慌てて、目の前にある宝玄仙の股間を舌で舐めた。
汗と混じった宝玄仙の愛液の味が孫空女の口の中に拡がる。
すると、眼の前の宝玄仙の股間がうねり出す。
それと同時に、密着している宝玄仙の身体がさらに熱くなった。
そうやって、宝玄仙の股間を舐めながら、宝玄仙の舌の愛撫を受けている。孫空女は、懸命に舌を動かしながら、宝玄仙の愛撫に耐えた。
「あ、ああっ、そ、そこは――」
宝玄仙の舌が孫空女の肉芽の皮をめくるように動き、中の敏感な部分を二度、三度と突きあげる。
少しばかり乱暴な舌の動きだが、孫空女はそれがもっとも感じるのだ。
孫空女のことをわかっている宝玄仙は、そうやって孫空女が一番弱いやり方で責めたてる。
「ほらほら、いくのかい」
「んあああつ」
孫空女は思わず拘束されている身体を仰け反らせた。
腹のあたりに密着している宝玄仙の巨大な乳房が反動で揺れて弾けた。
それでも、孫空女は、宝玄仙の股間を舐めている舌だけはやめないようしようと頑張った。
「ああっ……いいよっ……わ、わたしもおかしくなるよ……。はああっ、はあっ――」
すると宝玄仙も急に身体を震わせて、声を噴きあげる。
孫空女の顔はほぼ宝玄仙の股間に密着させられていて、宝玄仙の股間が蜜を垂れ流せば、それは孫空女の顔にかかることになる。
孫空女はそれを舌ですくっては、舐めあげていく。
こうやって、ふたりで相手の股間をむさぼり合ってどのくらいの時間がすぎたのか……。
金凰宮に向かう檻車の中だった。
孫空女と宝玄仙は、この檻車の中で忘れられたように放置され続けていた。
孫空女と宝玄仙は、お互いの裸身を反対向きに密着させられ、相手の股間から顔を離れられないようにして雁字搦めにされていた。
喋るのも、息をするのも、身じろぎするのも、相手の股間に口を密着したままの状態だ。
口は完全に相手の股間に密着しているし、鼻は辛うじて目の前の宝玄仙の肌と隙間が作れるくらいの距離だ。
そこから少しも顔を離せないように、ふたりとも相手の股間に顔を埋められているのだ。
顔だけではない……。
向かい合った宝玄仙と孫空女の肌は、完全に密着して革紐で全身を縛られている。
孫空女の両手は宝玄仙の背中側で縛られているし、ほとんど肩で切断されている宝玄仙の腕でさえ、自由にならないように革紐が食い込んでいる。
この状態で二日だ……。
身動きできないように縛られているのはともかく、宝玄仙の命令でずっとふたりで愛し合う行為を続けている。
孫空女はもう息も絶え絶えだ。
だが、宝玄仙は憑かれたように、孫空女との逢瀬を愉しんでいる。
また、檻車の中にいるのは、お互いの股間に顔を無理矢理に密着させられている孫空女と宝玄仙だけで、ほかには誰もいない。
一度は、宝玄仙を移送する玄魔隊から宝玄仙を救出することに成功した孫空女だったが、そこに合わせるようにやってきた金凰軍の大軍に残念ながら再捕縛されてしまった。
そして、そのまま、服を剥がされて、こうやって宝玄仙と逆さ向きに向かい合うように縛られて檻車に閉じ込められてしまったのだ。
最初はなんとか身体を縛っている革紐が外れないかともがいていた孫空女だったが、これは道術がかかっているから無駄なことはやめろとたしなめたのは、孫空女の股間に顔を埋めている宝玄仙だった。
また、宝玄仙は、こうしていても無駄だからと、自分の顔の前にある孫空女の無防備な股間を舌で舐め始めたのだ。
こんなときにとは思ったが、避けようにも孫空女の股間は、完全に宝玄仙の顔に密着されるように縛られているのだ。
抵抗のしようがない。
たちまちに湧き起こった淫情に、孫空女は全身を震わせて反応してしまった。
仕方なく諦めて、宝玄仙の求めるまま、孫空女もまた、宝玄仙の股間を舌で刺激する。
それから、二日……。
宝玄仙と孫空女は、多少は疲れて寝入ったりしたものの、意識のある時間をほとんどこうやって、お互いの股間を舐め合ってよがり狂っている。
もうなにがなんだがわからない。
次から次に起きる絶頂の感覚に、孫空女はもう夢心地だ。
お互いに意識が保てなくなるくらいに、股間の舐め合いと絶頂の繰り返しを続け、疲労と眠気で意識を保てなくなったらふたりで休む……。
そして、眼が覚めたら、また、目の前にある相手の股間を舌で刺激する。
それをひたすらに繰り替えしている。
そこには孫空女と宝玄仙の世界しかない。
ただ、愛し合い、相手の淫液を舐め合い、そして、よがり合って果てあう。
それだけの時間が延々と流れていた……。
ふたりの身体は密着しているが、いまは下側になっているのが孫空女の方だった。
孫空女の視界には、檻車の天井の細い数本の明かり取りの穴がある。
そこから、かろうじて射し込む陽の光で孫空女は時間の経過を測っていた。
この状態で檻車に監禁されたのは、昨日の昼すぎだったと思う。
陽の光が射し込むあいだは、檻車はずっと移動しているようだったが、陽がなくなった気配がして、檻車が完全な闇に包まれると檻車が停止した。
そして、檻車の外は静かになる。
これで一日だ。
しかし、この状態で閉じ込められている孫空女と宝玄仙には、昼も夜もない。
ただ、ふたりで淫情に耽り合い、疲れたら寝るという行為の繰り返しだけだった。
檻車の外に関係のない孫空女と宝玄仙の時間だけが流れ続けていた。
むさぼるように相手の股間を舐め合い、よがり、果てるという時間だ……。
だが、そのふたりだけの時間は、一度だけ破られた。
おそらく夜中の時間であり、そのときは、たまたま繰り返した連続絶頂の疲労でふたりとも寝入っていたと思う。
がちゃりと檻車の鉄の戸が開き、金凰妃の率いる十名ほどの兵がどかどかと入って来たのだ。
孫空女はすぐに目を覚ましたが、股間側からは宝玄仙の寝息がまだ聞こえていた。
完全な闇だった檻車の中が、兵たちの持つカンテラで照らされたのだ。
そして、金凰妃は、孫空女と宝玄仙を一瞥すると、いきなり兵に持たせていたふたつの木桶で孫空女と宝玄仙の顔に水を浴びせたのだ。
宝玄仙も浴びせられた水で意識を戻した気配だった。
しかし、そのとき、宝玄仙の顔のある方向から、かすかに刺激臭のようなものがした。
その刺激臭は、宝玄仙の意識を失わせる匂いだったらしく、悶え動きかけていた宝玄仙の股間が動かなくなり、再びぴたりと静止した。
そして、金凰妃は、今度は孫空女の顔のある方向に寄ってきた。
孫空女の言葉をすべて無視して、宝玄仙になにかの道術をかけた。
すると、宝玄仙の股間から宝玄仙の蜜に濡れた青色の水晶の棒のようなものが、大量の体液を孫空女の顔にぶちまけながら抜け出て来たのだ。
孫空女は、獅駝の城郭で最後に宝玄仙と話したとき、宝玄仙が膣に魔法石を挿入されているので、道術が遣えないと言っていたのを思い出した。
慌てて身体を揺すって宝玄仙を起こそうとしたが、宝玄仙はまったく動かなかった。
すぐに、青い透明の棒が抜け出た宝玄仙の股間に、今度は同じ形の透明の棒を挿入した。
宝玄仙の股間は、まるで生き物が食べ物を飲むように、その棒を膣の奥深くに吸い込んでいった。
それで終わりだった。
金凰妃は、孫空女に、「お前のお陰でいい魔法石が育った」という言葉を掛けると、もう一度、なにかの匂いを宝玄仙に嗅がせてから、兵とともに檻車を出ていった。
宝玄仙が意識を戻したので、そのときのことを説明したが、宝玄仙には、特に反応はなかった。
じゃあ、始めようかと笑って、再びお互いの股間を愛し合う時間が始まっただけだ。
そうやって、夜のあいだも、愛し合っては果てるということを繰り返した。
やがて、再び、陽の光が射し込みはじめたと思ったら、また檻車が動き出した。
夜中の一回以外には、檻車に入ってくる者もいなければ、檻車の外から声をかける者もいない。
食事が与えられるわけでもないし、金凰妃がやってきたときに、顔に掛けられたもののほかに、水の一滴がもらえるわけでもない。
孫空女と宝玄仙の安否を確かめるため声をかけることすらしない。
つまりは、この檻車の中で完全にほったらかしにさせられていた。
この間、檻車が動き続けていることだけはわかるが、そのほかのことはわからない。
檻車で輸送されているあいだ、お互いの股間が出す淫液や汗や尿だけが、口に入れることのできる液体だった。
一滴も無駄にしない気持ちで孫空女は、宝玄仙の股間から出たものを舐めとった。
「ふううんんっ――」
宝玄仙があられもなく悶え続けている。
こうやって、お互いの股間を舐め合い続けて随分経つ。
喉の渇きを癒すためには、互いの股間を舐め合うしかなく、それでこうやってふたりで股間を刺激し合っては、股間から出る分泌液を舐め合っているのだが、幸いにしてお互いの股間から出る愛液は、枯れるということはないようだ。
なんとか生命を保つのに十分なものが相手の股間から確保できている。
いずれにしても、これからどうなるのかさっぱりと見当はつかない。
どうなるかを考えることもできない。
宝玄仙は、思考を放棄するかのように、疲労が回復さえすれば、すぐに孫空女の股間を舌で刺激しはじめるし、股間を宝玄仙に舐められると、もう、孫空女はなにも考えることができない。
ただ、宝玄仙の舌の責めるままに、悶え泣くだけだ。
そうやって、お互いに股間を舐めては昇天し、果てしない連続絶頂に疲れたら、そのまま寝る。
それを繰り返している。
いまは、ふたりともある程度の意識を保っている状態だ。
お互いに結構深い睡眠をして、意識を戻してから間もないからだ。
「くふうっ」
宝玄仙がまた孫空女の股間を舐めだしたのだ。
孫空女は身体を思い切り弾かせた。
「い、痛いっ――。お、お前、暴れるんじゃないよ――」
宝玄仙の不満そうな声がした。
どうやら、腰を動かしすぎて、宝玄仙の鼻を股間で突きあげてしまったようだ。
「ご、ごめん……で、でも、そ、そんなにしたら……ま、またいきそうだよ……」
孫空女はあっという間に押しあがってきた快楽のなすがままに叫び狂った。
なにしろ、宝玄仙の舌が容赦なく、孫空女の股間を舐め捲っているのだ。
孫空女も負けまいと舌を動かすのだが、宝玄仙に股間を舐められると、全身が痺れたようになり、舌先でさえ動かなくなる気がした。
「ああっ、あああっ……」
一方で、宝玄仙のよがり声が響き渡った。
なにかを忘れ去りたいかのような宝玄仙の派手な絶叫と乱れ方だ。
その宝玄仙が獣のように果てた。
また、まとまった体液が孫空女の顔にかかる。
「はあ……はあ……はあ……ま、また、いっちまったよ……ふふふ……」
宝玄仙が喘いでいる。
孫空女も限りない数の絶頂をしているが、驚いたことに、おそらく宝玄仙は孫空女にまさる数の絶頂を繰り返していると思う。
まるでなにかに憑りつかれたかのような宝玄仙の激しさだ。
宝玄仙の常軌を逸したような乱れぶりが、宝玄仙の不安や恐怖を物語っているような気がした。
「うああああっ、あはああっ」
また、絶頂の波がやってきた。
孫空女はその波のうねりのままに、強烈な快感の頂点に昇り詰めていった。
「き、気持ちいいよ、お前――。はあ、ほ、本当に気持ちいい――。孫空女、わたしは忘れない――。こうやって、お前を愛し合ったことを絶対に忘れないよ――。わたしは、いま幸せだよ――」
続いて、宝玄仙が身の世もないように喘ぎ狂いながら、凄まじい咆哮をして全身を震わせた。
*
「呆けてないで立つんだよ――」
いきなり腰が思い切り蹴られた。
激痛に孫空女は目を覚ました。
鎖の音がした。
孫空女は身じろぎした。
また、鎖の音がした。
それが自分の足首に嵌められている音だとわかった。
そして、自分が妙に不安定な体勢でうつ伏せになっているということに孫空女は気が付いた。
「聞こえないのかい――。立つんだよ、新入り――」
今度は下腹部のあたりを力いっぱい爪先で下から抉られた。
「ふぐうっ」
凄まじい蹴りに孫空女の息がとまった。
続いて、胃液のようなものが口から飛び出しそうになった。
孫空女は辛うじてそれを堪えた。
「な、なに……?」
はっとした。
外だ――。
檻車ではない。
いつの間にか、営庭のような場所にいる。
周りからたくさんの喧騒が聞こえた。
そして、孫空女の眼の前には複数の黒い革の靴が見える。
いつの間にかどこかに到着していて、孫空女は檻車から降ろされて地面にうつ伏せになっていた。
宝玄仙は――?
檻車の中でずっと密着されていた宝玄仙がいない……。
「ご、ご主人様はどこさ――?」
孫空女は声をあげて、立とうとした。
しかし、首にずんという重みを感じた。
それで、初めて孫空女は自分の置かれている状況がわかった。
首に丸い板状の鉄の首枷を嵌められている。
大きな鉄の丸い板に三つの穴があり、首と両手首を挟みつけるかたちで肩の上に乗せられているのだ。
その首枷を嵌められたまま、孫空女はうつ伏せというよりは、跪くような体勢で眠っていたようだ。
自分の周りには、おそらく五、六名の亜人兵がいる。
「ほら、立て――」
「ひぐうっ」
今度は首枷の下の乳房を蹴りあげられた。
さすがに激痛が走り、孫空女は顔をしかめた。
いま蹴ったのも、その前に孫空女の腹を蹴り飛ばしたのも女の声だった。
周りにいるのは、全員が女の亜人兵なのだろうか……?
やはり、ここは、どこかの軍営のような場所のようだ。
遠くからは、なにかの訓練をしているような声も聞こえる。
「……け、蹴るんじゃ……ないよ……」
とてつもない重さだった。
首に激しい痛みを感じながら、孫空女はなんとか首を持ちあげて脚を踏ん張りながら、その場に立ちあがる。
「ほう……。金凰妃様が大男用の首枷にしろとおっしゃっただけはあるねえ。その細い身体で、よくも、その首枷が持ちあがるものさ……」
正面に立っている細い棒鞭を持った軍装の女が笑った。
随分と大柄の女で、背は孫空女よりも首ふたつは大きい。
横幅はおそらく孫空女の三倍はあるだろう。
そのほかに、同じような服装の女たちがいる。
いずれも亜人兵だ。
よく観ると、正面の女が持っているものと同じ棒を全員が腰に差している。
「ご、ご主人様はどこだい――?」
孫空女は、目の前の女に向かって声をあげた。
「誰に向かって口をきいているんだい、新入り――」
いきなり横から腹に向かって蹴りが飛んできた。
危うくひっくり返りそうになったが、孫空女はなんとか足を踏ん張って転ぶのを耐えた。
「おっ?
眼の前の隊長らしき女が笑った。
いま孫空女の腹を蹴ったのは、鄔梨李という女のようだ。
孫空女と同じ赤毛だが短髪で、孫空女の胸ほどの背丈しかない小柄な亜人だ。
しかし、身体の細さに比べてその手足は太い。
そこから繰り出された蹴りは、確かに凄まじい衝撃だった。
ほかの女兵から揶揄するような笑い声がした。
「な、生意気だよ、お前――」
するとさっきの鄔梨李という女が真っ赤な顔になり、さらに凄まじい蹴りを孫空女の下腹部に叩き込んできた。
「んごおおっ」
さっきよりもさらに強い蹴りだったが、今度は孫空女も蹴りが来ることがわかっていたので、首枷の重さで体勢を少し崩したものの、やはり倒れずに済んだ。
「お、お前――」
だが、孫空女が耐えたのが面白くなかったのか、鄔梨李がさらに次の蹴り加えるような仕草になった。
「やめるんだよ、鄔梨李――」
女隊長が声をあげた。
すると、鄔梨李が残念そうに姿勢を戻した。
そして、真っ赤な顔のまま、孫空女を睨む。
「あたしは、
「教育監督……? 合格?」
なんのことだか、さっぱりとわからない。
「つまりは、お前の人生はあたしたちが握っているということさ……。まあ、奴隷宮に入ることができれば、お前は綺麗な服を着て、おいしいものを食べ、温かくて清潔な寝具に包まれて寝ることになるはずだ。そして、金凰魔王陛下の伽を競う生活になれる――」
「ちょ、ちょっと待っておくれったら……」
「とにかく、一刻も早く、この教育施設を出て、奴隷宮に行けるように頑張るんだね――。そうなれば、もう、あたしたちと会うこともないだろうけどね。金凰魔王陛下の奴隷のお方々といえば、あたしたちからしても、雲の上の方々だ――。だが、それまでは、あたしたちが鍛える家畜と同じだ――」
「な、なあ、あんた……」
一方的に喋り続けるだけで、まるで話をさせてくれない。
「さあ、さっそく、新入りの歓迎儀式を始めるよ――。いまから、この営庭を駆け足だ――。いきな――」
緒里が言って、道を開けるような仕草になった。
眼の前の営庭には、さまざまな運動施設があるようだった。
そして、いま気がついたのだが、その幾つかでは孫空女のように裸で鎖を付けられた女が大勢いる。
|そういう女たちがここでなにかに追いたてられるように身体を動かせられているのだ。
さっきから聞こえてた喧騒は、孫空女のような立場の奴隷が、ここの女兵たちに、しごかれていたものだったようだ。
もっとも、孫空女がしているような大きな首枷をしている者はいない。
大抵は簡単な前手錠だけであり、それが棒状の鞭で追いたてられて、走ったり、四つん這いになったり、器具で鍛えたりさせられている。
孫空女が、走れと言われた営庭のかたちは丸くなっていて、中心部分にある運動施設を囲むように駆け足をする道が作られていた。
おそらく一周で二十間(約二百メートル)くらいだろう。
ほかの奴隷女たちは、孫空女がいる場所の営庭を挟んだ反対側の敷地にいる。
そこにも、なにかの器具があり、女たちはそこで泣き叫んでいた。
よく見ると、さらにそこ先に丘があり、そこにはたくさんの平屋の建物が並んでいる。
「ちょ、ちょっと待ってよ――。は、走れって……。それよりも、ここは奴隷宮じゃないのかい――? それにご主人様はどこ? それと、金凰妃はどこさ――?」
孫空女は声をあげた。
まるでどうなっているのかわからない――。
一見したところ、ここは金凰軍の軍営のようだけど、宮殿のようなものは近くにはない。
見えるのは、営庭の向こうにある小高い丘の建物だけだ。
「き、きんお……――? た、隊長――。こいつ、金凰妃様のことを敬称もなく――」
鄔梨李が怒りの形相で叫んだ。
しかし、緒里がそれを宥めるように制した。
「もしかしたら、なにも知らずに、ここに連れてこられたのかい、人間? 普通は、奴隷になる手続きをするときに、ここの仕組みについて教えられるものだけど、確かに、お前については、檻車から直接に金凰妃様が連れて来たからね。もしかしたら、なにも知らされていないんじゃないかとは思ったけど……」
緒里が言った。
その口調は穏やかで、頬には微笑みさえも浮かんでいる。
「知らないもなにも、さっぱりとわからないよ――。あたしは、ご主人様と一緒に金凰魔王の奴隷宮に向かって、檻車で運ばれていたんだ――。そうだ、ご主人様はどこだい――?」
孫空女は叫んだ。
重い首枷を付けたまま周囲をなんとか見回したが、孫空女たちを運んでいたはずの金凰軍の姿はない。
檻車もないし、金凰妃や宝玄仙の姿もない。
一体全体、ここはどこだろう――?
「ご主人様というのは誰のことだい?」
緒里が首を傾げた。
「ねえ、金凰妃様が連れていった家畜のことじゃないですか、緒里様? ほら、こいつと雁字搦めに縛られていたじゃないですか。あの手足のない人間の女ですよ……。随分とこいつの名を叫んでいたじゃないですか」
鄔梨李が口を挟んだ。
「か、家畜? あ、ああ、そうと思う――。そのご主人様は、どこに行ったのさ――?」
孫空女は声をあげた。
「あの手足のない家畜女のことだったら、すでに奴隷宮だよ。金凰妃様が連れていったようだよ」
緒里が言った。
「だ、だったら、あたしも奴隷宮に連れていっておくれよ。あたしは、ご主人様と一緒にいたいよ――。もう、離れたくないんだ――」
孫空女は必死で訴えた。
しかし、周りの亜人兵たちが一斉に笑った。
「な、なにが可笑しいんだよ――? あたしは、ご主人様と一緒に、奴隷宮というところに入れられると言われて連れてこられたんだ」
孫空女はさらに言った。
しかし、緒里が孫空女をなだめるような表情になった。
「よくわかっていないようだから教えてやるよ、新入り――。この金凰宮の奴隷宮に入る女は、全員がここで奴隷としての訓練を受けることになる。ここは、
「れん……ど、いん?」
「ここで、奴隷としての躾や訓練を受けて、合格すれば、初めて奴隷宮で暮らせるようになる――。つまり、ここに集まっているのは、全員が奴隷候補生というわけだよ……。ほとんどの者は、金凰魔王陛下の奴隷になるのを夢見てここに集まってくる。そして、お互いに競争して、選ばれた者だけが奴隷になれるということさ――」
「競争? 選ばれた者だけ?」
「だが、これだけは言っておくけど、全奴隷候補生が奴隷になれるとは限らないよ……。むしろ、奴隷になれる幸せな者は、ほんのひと握りだ。大抵は、奴隷になることなく、ここでしごかれて調教を受け続けることだけで終わる――。まあ……、というわけで、奴隷になりたてくも、すぐには奴隷宮には入れない……」
「ええっ? つまり、ここには奴隷なりたい者が集まる場所?」
奴隷になりたいというのがわからないけど、話を聞く限り、そういうことと思う。
「知らなかったのか? あの金凰妃様でさえ、かつては、この錬奴院でつらい時代をお送りなされたこともあるのだ。お前も頑張れば、奴隷宮にあがれると思うよ――。だから、しっかりと励むんだね」
「じょ、冗談じゃないよ――。あたしは、奴隷になりたいわけじゃないんだ。じゃあ、ここは、ご主人様はいないんだね――。それで、ご主人様が連れていかれた奴隷宮ってどこにあるのさ――?」
孫空女はさらに声をあげた。
「奴隷宮というのは、ここから眼と鼻の先だよ――。というよりは、ここは奴隷宮の一部さ――。だけど、ここから奴隷宮は見ることはできない。そこに隣接する金凰宮もね――。錬奴院は、道術で閉鎖された大きな結界の中にあるんだ。錬奴院の外の景色は見ることはできない……。だけど、実際には、この錬奴院は、奴隷宮から見下ろせるような場所にあるんだ」
「全然わかんないよ。あたしは、ご主人様と一緒に奴隷にされるて、ここに連れてこられたんだ。奴隷宮に行くはずなんだ」
孫空女は声をあげた。
すると緖里が、呆れたという表情になる。
「だ、か、ら、奴隷宮には、ここで合格しないとあがれないって言ってんだろう」
「はあああ?」
「奴隷宮いきたければ、ここで励むんだね。いずれにしても、金凰魔王陛下も頻繁に来られるからね。なにかの拍子で、頑張っているところを見染められて、名指しで奴隷宮に拾いあげられることもある。だから、見られていないと思って、手を抜かないようにね、新入り……。もっとも、手を抜くなんてことは、あたしらがさせないけどね」
緒里は言った。
とにかく、どうやら、孫空女は再び宝玄仙と引き離されたようだというのは理解した。
そして、ここは金凰宮に隣接する奴隷宮の一部であり、その一角に作られている錬奴院という奴隷の訓練場のようだ。
いまの緒里の話によれば、ここは、金凰魔王の奴隷になるために、それを目指す女が訓練を受ける場所であり、奴隷としての訓練を受けて合格した奴隷が、奴隷宮にあがるということになっているようだ。
つまりは、孫空女は、この連中の奴隷としての訓練をこの錬奴院という場所で受け、さらに、この女たちの眼にかなって、初めて、宝玄仙のいる奴隷院に連れていってもらえるということらしい。
この場所に檻車が到着したとき、宝玄仙との拘束を解かれて、孫空女だけここで降ろされたようだが、もしかしたら、孫空女は、なにかの道術をかけられて眠らされていたのかもしれない。
とにかく、宝玄仙との別れをすることも許されずに、再び引き離されたことに、孫空女は愕然とする思いだった。
「それから、お前はひとつだけ覚えておかなければならないことがあるね――」
緒里が言って、持っていた細い棒の先を孫空女の横腹にすっと当てた。
「ふぶううっ――」
なにが起きたかわからなかった。
腹に丸太で殴られたような衝撃が走り、一瞬だけ視界が消えた。
次に、強い力が首にかかり、孫空女は全身を地面にひざまずいていた。
どうやら、前のめりに倒れたようだ。
激痛が身体の中に走っている。
それは、孫空女の知っているどんな痛みとも違っていた。
身体の外からではなく、中から込みあがる痛み――。
そんな感じだった。
しばらく息もできなかったが、やっとのこと呼吸が吸えるようになると、たったいま、味わった激痛に対する恐怖が孫空女に襲いかかってきた。
「お前が覚えるのは、まずは、この『心神鞭』の味だ――。身体の外側からじゃなく、身体の中の痛覚そのものを抉る鞭だ――」
「し、神経……鞭……」
口から出た孫空女の声はかすれていた。
本物の激痛というものを孫空女は思い知った気持ちになった。
「この鞭はここにいる躾係の全員が持っている。そして、お前が気に入らないことをすれば、容赦なくこれを浴びせるし、もしかしたら、お前がなにもしなくても、この『心神鞭』を使うかもしれない――。とにかく、まず、お前が覚えるのは、この『心神鞭』の恐怖だよ。奴隷は鞭に怯えて生きる――。それが奴隷の掟だ」
頭の上から緒里の蔑むような声が振ってきた。