※この作品はR-18です。

嗜虐西遊記【完結】   作:ドン・ドナシアン

564 / 819
564 父娘対決

 部屋の中の霊気が激しく乱れだすのがわかった。

 小白香は、椅子に座ったまま、その乱れの中心に視線をやった。

 ここは離宮にある数少ない応接用の部屋だ。

 この奥が小白香の居室であり、そっちは完全な小白香の私的な空間になる。

 

 部屋はやや広い。

 その部屋に大きくない卓があり、その上には、肉や魚や果物などの食べ物が並び、さらに最高級の果実酒や果実水も準備させた。

 ここで、一応は食事をとることのできる支度を整えてあるという体裁だ。

 その卓に椅子がふたつ準備してある。そのひとつに小白香は腰掛けている。

 もうひとつの椅子は、小白香に向かい合うように置いてある。

 椅子の並びは、小白香と金凰魔王が水入らずで食事をするというかたちにしている。

 

 しかし、食事をするにもそれを世話する侍女はいない。

 部屋の中には小白香ただひとりだ。

 小白香側の者はすべて、この部屋から遠ざけている。

 本来は、雪蘭は隣の小白香の居室にいるはずだが、今夜については、別の階に隔離させている。

 

 すぐに、小白香が見つめている場所に金凰魔王が現れた。

 背の低い老婆を連れている。

 

「小白香、久しいな」

 

 金凰魔王が小白香の顔を見て破顔した。

 しかし、小白香は、ほんの少し首を曲げただけだった。

 儀礼のために立ちあがりもしない。

 すでに食事が置かれている卓の前に腰掛けたままでいた。

 

「よく来てくれましたな……。とりあえず、食事でもしながら話したい。それでよいかな?」

 

 小白香は座ったまま言った。

 金凰魔王がちらりと小白香が座る席と、その向かい側の席に視線をやったのがわかる。

 実は、小白香が最初から座っている席は上座に当たる席だ。

 これまでの常識でいえば、金凰魔王は一族の長として、常に上座に座っていた。

 ここで白象が接待したときも、白象は下座におりていた。

 

 だが、小白香は、それをあえて自分が上座に座って待ち構えていたのだ。

 これによって、小白香と金凰魔王が対等の立場であることを示したつもりだ。

 対等であれば、この宮殿の主人は小白香だ。

 小白香が上座でおかしくはない。

 

 金凰魔王は少しだけ不満気な表情をしたが、なにも言わなかった。

 そして、立ったまま、自分の周りに結界を刻み始める。

 しかし、小白香はそれをすぐに道術で打ち消した。

 金凰魔王の顔に憤りのようなものが出た。

 

「ここはわらわの宮殿であり、わらわの結界の下じゃ。その中で断わりもなく、結界を刻むなど礼に反するのではないか、金凰魔王陛下」

 

 小白香は金凰魔王をじっと見つめたまま言った。

 

「十二の小娘のやったことだから、いまのは大目に見よう……。だが、余の道術を途中で遮るなど、礼儀どころか、殺されてもおかしくはない所業だぞ、小白香」

 

 金凰魔王は不機嫌に言った。

 そして、再び、金凰魔王の周りで霊気が充実しはじめる。

 今度は、さっきに比べれば格段に厚い霊気が満ち始めた。

 結界を刻もうとしているのだ。

 小白香は、それも霊気で吹き飛ばした。

 今度は、金凰魔王の顔には憤怒よりも驚愕が出た。

 まさか、いまの霊気を打ち消されるとは思っていなかったのだろう。

 

「何度も、同じことを言わせるものではないわ、伯父上……。いや、父上と呼ぶべきかな?」

 

 小白香は言った。

 少しだけ金凰魔王の眼が見開いた。

 

「……白象が教えたのか?」

 

 金凰魔王はそれだけを言った。

 

「母者はなにも言わん。道術契約で秘密を守る誓いをしているのであろうな。だが、それでも、道術契約で封じた秘密を訊き出す方法が、この世に存在しないわけではない」

 

「なるほどな……。ならば、お前の母親のことも知ったか?」

 

「寄生族である実の母親になど興味はないな。奴隷女という話だったが、気を使って、金凰妃とやらをここに連れてこんでもよいぞ、父上。わらわは、別に会いたいとも思わっておらんからな。まあ、父上が、その奴隷女に飽きたというのであれば、奴隷として貰いさげてもよい。わらわの飼う痒み奴隷にしてやってもよいな」

 

「母親を奴隷にか……。業の深い娘だな……。さすがは余の……」

 

 金凰魔王の口が途中でとまって、顔に苦笑が浮かぶ。

 おそらく、道術契約の縛りがかかったのだろう。

 道術契約は常に相互契約だ。

 白象が秘密を守る義務を負ったのであれば、金凰魔王も負ったはずだ。

 いまの反応は、間違いなく、それを気にせずに、小白香のことを“娘”だと呼ぼうとして、道術契約による道術が働いたものに違いない。

 

「だったら今更、秘密にしておく必要はないな。いろいろと教えてやりたいこともあるから、ここに白象を呼べ――。道術契約を解約する。それには、白象が必要だ」

 

 刻んだ道術契約を解除するには双方の合意が必要だ。

 いかに金凰魔王の霊気が強大でも、片側だけではできないのだ。

 しかし、小白香は首を横に振った。

 

「母者は、いまや、わらわの性奴隷だ。わらわの奴隷をここに連れてくるつもりはない」

 

 小白香は言った。

 すると今度は金凰魔王が爆笑した。

 

「本当に白象を奴隷にしてしまいおったか――。わかった。もういい。とにかく、茶番は終わりだ。我が儘を言わずに白象に王位を戻せ。それで今回のことは不問にしてやる。白象に王位を戻せば、実体は、お前の傀儡でもなんでもいい。お前が、皇太女を兼ねて摂政になればよいであろう――。それで手を打て……。まあ、三年とするか……」

 

「三年?」

 

「三年後には白象の統治領土だけではなく、青獅子の持っていたものも、お前にくれてやる。それが余の妥協だ。それでいいな、小白香――。いい加減にせねば、余も怒るぞ」

 

 金凰魔王が言った。

 次の瞬間、凄まじい霊気の気が飛んできた。

 小白香は一瞬にして、目の前に霊気の楯を刻み、その攻撃道術を弾き飛ばした。

 瞬時に、金凰魔王に道術を飛ばす。

 金凰魔王を霊気の網で包み込んで閉じ込める術だ。

 小白香の発したその見えない網が金凰魔王を捕らえた。

 

「こ、これは、まさか、余の霊気が……」

 

 金凰魔王が眼を白黒している。

 一の魔王こと、金凰魔王の霊気は強い……。

 しかし、ここは小白香の大きな結界の中であり、小白香の霊気が大きく増幅され、金凰魔王の霊気は制限される。

 だから、小白香の道術が、金凰魔王の道術を凌ぐのだ。だが、金凰魔王は、たとえ、小白香の結界の下で戦っても、自分の霊気が負けると思わなかったのだろう。

 金凰魔王の顔には、これまでに見たことがないような、焦りと驚きの色が出ている。

 

「三年なんぞ必要ない。それに、勘違いをしておるようだな、父上……」

 

「勘違い?」

 

 金凰魔王が小白香の道術から抜け出そうともがいている。しかし、どうしても果たせないらしく、その顔に大きな焦りの色が浮かぶ。

 小白香はにんまりと微笑んだ。

 

「わらわは、母者に変わって魔王につくことを頼んでるのではない。父上の許可も入らん。わらわは、新魔王になる。それを伝達しているだけじゃ」

 

「くっ……、い、いい加減にこれを解かんかああ」

 

 金凰魔王が真っ赤な顔で怒鳴った。

 小白香は、それには素知らぬ態度をする。

 

「頼むから静かにして欲しいものだな。大人しく、食事をして帰ることだ。わらわの力を理解してくれればよいのだ。わらわには、魔王を継ぐ力が十分にある。それをわかってくれ……」

 

 小白香は金凰魔王を包んでいる霊気の網を小さくした。

 金凰魔王の手足が身体に押しつけられて、直立不動の状態になった。

 

「ほんに、躾のなっておらん娘じゃのう……。まあ、十二年も放ったらかしにしておったのだ。娘からこれくらいのことをされるのは、我慢せんとな」

 

 突然、背中から声がした。

 そういえば、金凰魔王と一緒にひとりの老婆がやってきていたのだ。

 金凰魔王との霊気合戦にかまけて、すっかりとその老婆のことを失念していた。

 次の瞬間、全身に衝撃が走った。

 

「ぐああっ」

 

 小白香は椅子から転げ落ちていた。

 なにが起きたのかすぐにはわからなかった。

 見あげると、椅子の後ろで、その老婆が金属の鞭を持って立っている。

 

「『電撃鞭』じゃ――。奴隷の躾にはちょうどよいのう」

 

 老婆が笑っている。

 

「ど、奴隷だと――?」

 

 小白香はかっとなった。

 老婆を道術で吹き飛ばそうと思った。

 しかし、老婆がもう一度、その『電撃鞭』を小白香の身体に押しつける方が早かった。

 

「があああ――」

 

 さっきの衝撃がまた全身に走った。

 老婆の手が小白香の首に伸びて、卓のそばから引き離された。

 年寄りとは思えない力で、小白香は、そのまま床に投げ飛ばされる。

 小白香は床に二度三度と転がった。

 

「やれやれ、とんだお転婆娘であるのう……」

 

 金凰魔王の声がした。

 電撃で小白香の道術が切れてしまったので、さっきの霊気の網の拘束がなくなったのだ。

 その金凰魔王の結界が、部屋を覆うのがわかった。

 

「さ、させんぞ――」

 

 小白香は、それを打ち消すために、道術を刻もうとした。

 そして、はっとした。

 霊気が動かない……。

 

 それで首になにかが嵌められていることに気がついた。

 金属の細い首輪だ。

 それが嵌っている。

 

 どうやら、これが小白香の道術を妨害しているようだ。

 さっき、あの老婆に投げ飛ばされたときだとわかった。

 慌てて外そうとした。

 しかし、繋ぎ目のようなものがない。

 霊気がなければ外せないとだと悟った。

 しかし、この首輪が邪魔をして霊気が集められない。

 

「よくやったぞ、蝦蟇婆(がまばあ)――。さて、では、食事とするか……。いま、蝦蟇婆がお前に装着したのは、『道術封じの首輪』と呼ばれる霊具だ。余の霊気が込めてある。さすがのお前でも、それを嵌められては、道術は遣えんだろう」

 

 金凰魔王がさっきまで小白香が座っていた席に腰をおろした。

 蝦蟇婆と呼ばれた老婆も、その向かい側に座る。

 卓にはほかに席はない。

 小白香はかっとした。

 

「貴様ら――」

 

 小白香は叫んだ。

 そして、もう一度、なんとか首輪を外せないものかと首輪を両手で握った。

 だが、突然、右足首になにかが嵌った。

 

 足枷――?

 右足首に革の足枷が出現したのだ。

 金凰魔王の道術のようだ。

 

「う、うわっ」

 

 すると、その足枷が見えない鎖に引きあげられるように、天井に向かい出した。

 右足首に装着された足枷が、まるで見えない鎖に引っ張られるように天井に向かい始めたのだ。

 事態を悟った小白香は狼狽した。

 

「ひっ、な、なにをする――。やめよ――。やめないか――」

 

 しかし、足首はどんどん宙に浮きあがっていく。

 やがて、片足が完全に垂直に伸びる体勢になった。

 当然、下袍はずり下がり、膝が露出して太腿までも露わになる。

 小白香は慌てて、片手で下袍を押さえた。

 

 しかし、足首の上昇は止まらず、やがて、床を踏んでいた左足が宙を浮いた。

 小白香の身体は引っくり返り、さらに下袍がめくり落ちる。

 身体全体が浮きあがり、頭が横にある卓よりも上にあがったところで、足枷の上昇がとまった。

 

 小白香の脛から膝、そして、腿の付け根までが露わになる。

 慌てて、両手で下袍の裾が落ちないように、身体を少し曲げて手で押さえる。

 さらに、吊られていない脚をつられている側の脚にぴったりと密着させた。

 

「ど、どういうつもりなのだ。ま、道術を解くのだ、伯父上――」

 

 小白香は叫んだ。

 しかし、金凰魔王と蝦蟇婆という老婆は、まるで素知らぬ顔で小白香を無視して、卓の上のものを飲み食いしている。

 小白香ははらわたが煮えくり返った。

 

 しかし、その沸騰しそうな怒りの傍ら、心の一部の冷静な部分が、この状況に対する打開策を懸命に考え続けてもいた。

 この離宮で行われていることについて、宮廷側の者にはまったくわからない。

 だから、衛兵や廷臣たちが、小白香の危機に対応して、救出にやってくる可能性はない。

 そして、この離宮側にいるのは、数名の女官や女兵を除けば、すべて性奴隷だ。

 彼女たちでは、たとえ、小白香が危機に陥ったことを知ったとしても、それになんの対応もできないし、助けを宮廷府に求めることもできない。

 性奴隷たちには、外部と接触するあらゆる手段がないのだ。

 

 沙那の顔が頭に浮かんだ。

 しかし、その沙那には、白象の身を委ねて、階の異なる白象の監禁部屋に向かってもらっている。

 大声で叫んでも、声の届くことはありえない。

 それに、さっき金凰魔王がこの部屋を覆っている小白香の結界の内側に自分の結界を刻んだ。

 おそらく、小白香の声は、この部屋から出ないようになっている……。

 小白香がこの状況を脱するには、自力しかなさそうだ……。

 

「一体全体、なにをするつもりなのだ、伯父上――。い、いや、わかった……。わらわがさっき、道術の網で伯父上を包もうとしたのが、気にいらなかったのなら謝る。でも、それは、お互い様ではないか。伯父上こそ、最初にわらわを攻撃道術で責めようとした――。わらわは、それに報復しただけだ……。なあ、まずは、それをお互いに水に流そうではないか、伯父上――」

 

 小白香はさらに言った。

 それにしても、逆さ吊りで下袍がまくれないように両手で抑えるのは決して楽な姿勢ではない。

 しかも、下袍を押さえるために身体を少し曲げあげている。

 その無理な姿勢が、足首と腹と首に負担となって痛みが襲いかかってくる。

 小白香がこの苦痛に耐えているのは、惨めな姿を晒したくないという強い自尊心からだった。

 

「伯父上に逆戻りか? まあ、なんでもいいがな」

 

 金凰魔王が食事をしながら、微かに指を動かした。

 あがっている足首がさらに上にあがる。

 

「うくっ、ああっ」

 

 もう限界だ。

 小白香の上体はだらりと倒れて、下袍を押さえている位置は、股間の付け根に変わった。

 小白香は少しでも下袍がずれ落ちるのを防ごうと、指先をぴんと伸ばして股間を押さえた。

 しかし、後ろの部分まで下袍を押さえるのは無理だった。

 お尻の部分では、小白香のはいている白い絹の小さな股布が露わになってしまっている。

 

「く、くそうっ……。も、もう、おろして……。お、お願いじゃ……、伯父上……。た、頼む……。な、なんとか言うてくれ……」

 

 小白香は歯を喰いしばりながら呻いた。

 さらに右脚に密着させている左脚もつらくなってくる。

 しかも、全体重のかかっている右足首の痛みも大きい。

 

「あ、謝る――。謝ると言っておるのだ――」

 

 小白香は振り絞るような声で懇願した。

 そして、ついに小手で押さえていた下袍から片手を離して、片手だけは床につけて、身体を支えようした。

 

「ひがあっ」

 

 片手を床につけた瞬間、強い痛みが首に起こった。

 小白香は悲鳴をあげた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。