「ひがあっ」
なにが起きたのかわからなかったが、床に手をつけたときに、首にしている首輪から強い電撃が流れたのだと悟った。
つまり、手を床につけるなということなのだろう。
小白香は床に着けようとした手を下袍に戻した。
「謝る――。謝ると言っておるのではないか――」
小白香は必死になって声をあげた。
「小白香、お前と余の力の違いがわかったか――? わずか十二の娘の分際で、余に逆らおうというのは、いい度胸と言いたいが、相手を見て逆らわねば、お前の命がいくつあっても足りんぞ」
金凰魔王がやっと小白香に向かって口を開いた。
「わ、わかった……。と、とにかく、足をおろしてくれ、伯父上――。頼むから……。足首が千切れそうじゃ。痛いのだ」
小白香は声をあげた。
一方で、小白香は、全身の霊気を総動員して、霊気の流れを封じられている『道術封じの首輪』に霊気を注ぎ込んでもいた。
小白香は、この首輪によった霊気を封じられているが、この首輪そのものに、小白香の霊気を注ぎ込むことだけはできそうなのだ。
それは、この霊具に注ぎ込まれている金凰魔王の霊気を純粋に上回る霊気を込めることができなければ、絶対に不可能なことなのだが、こうやって逆さ吊りにされながらも、小白香と金凰魔王の霊気では、微かだが辛うじて小白香の方が強い霊気を流せることに気がついていた。
金凰魔王も、まさか娘の小白香が、金凰魔王の作った霊具に小白香の霊気を逆に流すことができるとは夢にも思っていないだろうから、おそらく、小白香の霊気は完全に封じられたと思っていると思う。
普通は道術を遣う者の道術を封じるには、最初に術者が帯びている霊気を全部放出させるのだ。
それをやってから、『道術封じの首輪』のような霊具をはめてしまうものだ。
それをやられると、霊気を集められないので、もう、術者が道術を遣うのは不可能になる。
しかし、金凰魔王や
だから、小白香の霊気を放出させることなく、『道術封じの首輪』をかけたのだ。
だが、これなら、時間さえかければ、この霊具に注がれる霊気を逆転できそうだ。
霊具とは、霊気の出入り口を意図的に作った道具だ。
その出入り口に全身に残っている霊気を注ぐことくらいだったら、霊気の流れをとめられても可能なのだ。
あとは力の強い金凰魔王の霊気を小白香の霊気の強さで押し出せるかなのだが、なんとかできるような気がした……。
そうなれば、金凰魔王の霊気でとめられている小白香の霊気を解放できる。
いずれにしても、とにかく、時間を稼がなければ……。
「余にいくら言っても無駄だぞ、小白香……。お前の脚を吊りあげているのは、余の道術ではないからな。蝦蟇婆の道術だ。許しを乞うなら蝦蟇婆にするのだな」
金凰魔王が手酌で酒を盃に注ぎながら笑った。
「が、蝦蟇婆の道術だと――」
小白香は声をあげた。
それなら、霊具を無効にするには、小白香の身体を吊りあげている足首の枷が容易いと一瞬思ったのだ。
しかし、すぐに思い直した。
足首の枷を強引に霊気で外したところで、道術が遣えない状況はそのままだ。
今度は、念を入れて、全身の道術を放出されてから、道術封じの首輪をかけられるだろう。
小白香は、やはり、首輪の道術封じを無効にすることに専念することにした。
「そうじゃ……。それから、わしのことは、
蝦蟇婆が言った。
「な、なにが……。うあっ――」
小白香は文句を言おうとしたができなかった。
足首を吊っている枷が大きく動いて、身体が金凰魔王と蝦蟇婆が食事をしている真上に移動したのだ。
逆さになっている頭が卓のすぐ上になり、髪が卓の上に垂れ落ちた。
くるりと身体が回転して、蝦蟇婆の方向に向けられる。
「蝦蟇様者――。名を呼んでみよ、小白香――」
蝦蟇婆がにやりと微笑んだ。
「わ、わらわを誰だと思うておるのだ――。調子に乗ると承知はせぬぞ、くそ
やっと小白香は声をあげることができた。
あまりの怒りで、なかなか口をきくことができなかったのだ。
「ほんに、躾のなっておらん、奴隷じゃのう……。まあ、それだけ、躾甲斐もあるということでもあるがな……」
ぎょっとした。
蝦蟇婆が例の『電撃鞭』の先を小白香の腕にぎゅっと押しつけたのだ。
「や、やめてくれ――」
さっきの電撃の恐怖が思い起こされた。
体罰など生まれてから一度も受けたことのない小白香だ。
その小白香にとって、あれだけの激痛と衝撃は、恐怖そのものだ。
しかし、容赦なく身体に電撃が走る。
「はぐううっ」
小白香は全身を仰け反らせた。
電撃の衝撃の深さに小白香は泣き叫んでいた。
電撃を浴びた手が痺れて股間を押さえている両手が離れた。
下袍が垂れ落ちて下着が完全に露わになった。
「それ、もう一度じゃ」
とりあえず電撃を直接に浴びていない腕を戻そうとすると、今度はその腕に『電撃棒』の先を押しつけられた。
「い、いやだ――。やめるのじゃ――」
小白香は懸命に逆さ吊りの身体を捻って、棒を避けようとしたが、再び電撃が全身に走った。
小白香は引きつらせた声をあげた。
すると、蝦蟇婆の手が伸びて、だらりと垂れた小白香の両手首に素早くなにかを嵌めた。
なんの飾りもない金属の丸い輪だ。
しかし、それが霊具だということはわかる。
それが両手首に嵌っている。
「うわっ」
蝦蟇婆の両手が伸びて、手首が首の後ろにねじ曲げられた。
すると両方の手首が首輪に密着して、離れなくなった。
どうやら、この霊具は、どこにでも好きな場所に密着して離れなくなる機能があるようだ。
「小白香、蝦蟇婆の言うことは、余の言うことだと思え――。蝦蟇婆を親だと思って、しっかりと服従するのだ。よいな――」
金凰魔王がすぐ後ろで笑った。
小白香はかっとなった。
「な、なにが、父親じゃ――。お前など、親などであるものか――。わらわに親はない。強いて言えば、唯一の親は母者の白象だが、その白象はわらわの性奴隷にした。その唯一の親を性奴隷にしたわらわには、もう、親などおらぬわ」
小白香は喚いた。
「これは、参ったのう……。お前を躾けるというのは、飛んだ難事を請け負ってしまったかのう……。まあいい。とりあえず、呼び方からじゃ――。小白香、わしのことを、まずは、蝦蟇様と呼べ――」
蝦蟇婆が小白香の垂れている髪を片手でむんずと掴んだ。
それをぐいぐいと引っ張られて、顔を卓の方向に引き下げられる。
「い、痛い――痛い――痛いわ――。や、やめよ、蝦蟇婆――蝦蟇婆――」
小白香は髪を引っ張られる痛さに顔をしかめて声をあげた。
「蝦蟇様じゃ――。わからんのか。が、ま、さ、ま――」
蝦蟇婆の顔が小白香の顔に迫る。
「く、くそ婆あ――」
小白香は心の底から叫んだ。
すると蝦蟇婆が小白香の髪を掴んでいない側の手で、果実水の入っている瓶を手に取った。
その瓶を小白香の顔に近づけてくる……。
「な、なにするのじゃ……?」
小白香は嫌な予感がした。
「蝦蟇様と呼ぶ気になるまで、何倍でも水を飲んでもらうぞ。この卓のものが全部なくなっても、いくらでもわしの道術で新たに作れるからな――。ほれ、水を飲め――。鼻でな」
蝦蟇婆が髪の毛で押さえつけている小白香の顔に果実水の入った瓶を当てる。
そして、瓶を逆さにして、上を向いている小白香の鼻の穴にぴったりと瓶の口をつけて、鼻の穴に水を注ぎ込んでいく。
「う、うわあっ――ひっ、ひいいいっ、ひぐううっ――、ひぶひぶひぶううっ」
小白香は全身で暴れたが、鼻の穴に注ぎ込まれる水から逃げることができない。
鼻から入った水は、鼻の穴を通って口の中から飛び出してくる。
頭につんという激しい痛みが駆け回る。
「ひぐうっ――や、やめっ――んんがああっ――ああっ――」
小白香は口から水を吐きながら、あまりの苦痛に泣き叫んだ。
「まだ、蝦蟇様という気にはならんのか? じゃあ、お代わりじゃ――」
ひと瓶が空になった。
すぐに次の瓶が鼻の穴に注がれ始めた。
小白香は涙を流して悲鳴をあげた。
「が、蝦蟇様――蝦蟇様――、やめ、やめてくれええ――」
「やめてくださいであろう――。お前は敬語というものを習っておらんのか――」
二本目の瓶を空にした蝦蟇婆が三本目を手に取った。
「蝦蟇様、やめてください――、やめてええっ」
小白香は必死で叫んだ。
すると、蝦蟇婆がやっと小白香の手を離した。
「世話の焼ける娘じゃな――。まあ、よかろう――。じゃあ、手を自由にしてやるから、その場で服を脱げ。素っ裸になるのじゃ――。下着は脱げるところまであげればよい。それが終わったら、その場で自慰をせよ――」
蝦蟇婆が言った。
「そ、そんなことができるはずない――」
小白香はびっくりして叫んだ。
「では、耐えてみるのじゃな――。服を脱ぎ終わるまで、電撃責めを続けるからな」
蝦蟇婆が『電撃棒』をまた取り出した。
小白香の剝き出しになっている下着に先を密着させた。
「はぎゃああっ――」
小白香は獣のような声をあげて、全身を揺すった。
布越しとはいえ、股間への直接の一発は強烈だった。
脳天になにかが直撃したような衝撃が走った。
「それっ、手が自由になったぞ。早く、脱げ、奴隷」
蝦蟇婆の声とともに、両手が自由になった。
しかし、小白亜には応じるつもりはない。
この場で自ら素裸になるなど冗談ではない。
「もう一発、股間にいくか……。いや、じゃあ、今度は尻の穴にでも喰らわせるか」
身体がくるりと回った。
視界に笑いながら酒を飲んでいる金凰魔王の逆さ向きの姿が移った。
小白香の苦しむ姿が愉しくて仕方がないという雰囲気だ。
あまりの口惜しさに、ぐっと歯噛みする。
「それ、尻じゃぞ――。びっくりして、粗相をするではないぞ。わしらは、これでもまだ、食事中じゃからな」
蝦蟇婆の『電撃鞭』が小白香の下着の後ろからすっと、中に入り込んだ。
お尻の亀裂に『電撃棒』が滑り込んでくる。
「や、やめんか――」
小白香は絶叫した。
それと同時に、やっと首輪の霊具に刻まれている金凰魔王の霊気を逆放出できるだけの小白香の霊気が、首輪に注ぎ込むことができたのを悟った。
霊気を込める――。
「うおおおっ」
ありったけの叫びとともに、一気に霊気を爆発させたり
首輪が首から弾き飛ぶのがわかった。
眼の前の金凰魔王の顔が驚愕している。
小白香は、なにも考えずに、全身の霊気を衝撃波として、四周に一気に放出した。
「うわああっ――」
「な、なんじゃ――?」
眼の前の金凰魔王が飛ばされて壁に激突した。
背後でも蝦蟇婆の呻き声とともに、なにかの身体が壁に激突する音がしたから、蝦蟇婆も壁に跳ばされたのだろう。
小白香は、足首の足枷に道術を込めて、かかっている道術を弾き飛ばす。
吊りあげられている身体が卓に落ちて、小白香はそのまま、卓から転げ落ちた。
「ゆ、許さんぞ、貴様ら――。こ、殺してやろうぞ――。伯父上、そして、蝦蟇婆、覚悟はよいな――」
小白香は立ちあがりながら言った。
金凰魔王と蝦蟇婆の両方から、奇声とともに霊気の塊りが飛んできたが、小白香は簡単にそれを防いだ。
そして、道術を飛ばして、ふたりの身体を道術の網で拘束した。
「ぐわっ」
「ひいいっ」
ふたりの身体を宙に浮かせる。
そのまま、天井にそれぞれ貼り付ける。
「お、お前、なんという霊気だ――。ま、まさか、余の霊気を対等の状況で上回るなど――」
金凰魔王が信じられないという表情で、眼を見開いている。
「いま頃、気がついても遅いわ、伯父上――。わらわを見くびるなと言ったであろうが――。さてと、わらわをここまで怒らせたのは、お前が初めてだぞ、蝦蟇婆――。どうしてくれようかな……。まずは、手足のない肉の塊りにでもしてやるか……。そして、股ぐらの痒みに苦しみながら、長い時間かけて死んでもらうか……」
「ひいっ」
天井に四肢を拡げて貼り付いている蝦蟇婆が顔を蒼くして悲鳴をあげた。
小白香は今度はその隣に貼りつかせている金凰
「……その次は、伯父上だ。すてきな靴を贈ってやるからな。わらわの道術でなければ、絶対に脱げない靴と貞操帯じゃ――。いま、わかったが、どうやら、わらわの道術は、金凰魔王である伯父上を上回るらしいな。だったら、伯父上も、わらわの痒み奴隷にしてやるわ――。母者と同じようにな――」
小白香は、金凰魔王と蝦蟇婆を交互に睨んだ。
ふたりは、まだ、道術で抵抗しようとしているが、それは小白香の霊気が押さえつけている。
金凰魔王は、まったく事態が信じられないという雰囲気だ。
蝦蟇婆の顔には、はっきりとした恐怖が滲み出ている。
小白香自身も自分の力がこれほどであるというのは、初めて悟った。
これなら、金凰魔王に勝てる……。
小白香は確信した。
そのとき、突然に部屋の戸が外側から叩かれた。
小白香の私室側の戸だ。
今夜は、そこには誰もいないはずだったので、小白香はびっくりしてしまった。
「誰じゃ――?」
小白香の声がする前に、戸が開いた。
すると部屋に
服を着ていない。
いつも履かせている赤い革の貞操帯以外は完全に素っ裸だ。
なぜか怯えた表情をしている。
顔色が悪い。
蒼ざめている。
しかも、両手を背中で組んで縄で縛られている。
小白香は、状況が理解できずにすぐに動けなかった。
「お、おねえ……様……」
雪蘭が小白香を見て呻き声のような声を出した。
「ど、どうしたのじゃ、雪蘭?」
小白香は慌てて、雪蘭に駆け寄った。
すると、雪蘭がその場にがっくりと跪いた。
「雪蘭?」
びっくりして、雪蘭を抱き支えた。
雪蘭を抱くと、驚くほどに身体が冷たい。
「どうしたのじゃ、雪蘭? どうした――?」
小白香は悲鳴をあげた。
雪蘭が痙攣のような震えを始めたのだ。
そして、口から泡のようなものを出し始めた。
「金凰魔王陛下に預かった魔毒を飲ませたのよ……。だから、あなたの道術は効かないわ、小白香。複雑な術式を刻んで、ほかの誰かの『治療術』は、効かないようになっているそうよ……。雪蘭はもうすぐ死ぬわ……。それを防ぐには、金凰魔王にお願いするしかないわね。金凰魔王の『治療術』であれば、この魔毒は瞬時に解毒されるわ」
たったいま雪蘭が入ってきた戸の向こうから女の声がした。