「ご主人様のせいです。それは認めてください」
沙那は、宝玄仙の前に、両肩に担いでいたふたりの教団兵の身体を放り投げた。
岩陰に隠れていた宝玄仙が、その兵たちから髪の毛を抜き取り、手に持っていた『操人形』の中に入れる。
少し前に、
それを大量に、宝玄仙が急遽量産したのだ。
「ほら、終わりだよ。また、
「ご主人様──」
沙那は地面に胡坐で座っている宝玄仙を睨んだ。
「わかったよ、沙那。今回のことは、全部、わたしのせいだよ。道中に淫靡な責めを孫空女にしなければ、孫空女も朱姫も教団兵に捕えられるようなことはなかった──。これでいいのかい? 認める。認めるよ」
「結構です。直接、孫女と朱姫にも謝ってくださいよ、ご主人様」
沙那は倒れているその兵の上半身を抱き起こし、背中から喝を入れる。兵が虚ろな表情で目を覚ます。
「お前たちは、わたしたちの諜者よ。なにくわぬ顔をして、五荘観院に戻るのよ。いざというときは、孫空女と朱姫を護るの。ただし、それまではお前が諜者であることを気づかれちゃ駄目よ。わかったわね」
沙那は耳元で囁いた。
「わかりました」
その兵たちは立ちあがって五荘観院に向かって歩いていった。
五荘観院まではすぐだ。
外周警戒の途中でいなくなったことさえ、気がつかれてないだろう。
「これで、十五人だったかね、沙那?」
「はい」
沙那は言った。
襲撃から宝玄仙の『移動術』で逃れてすぐに、捕らわれた孫空女と朱姫を追った。
また、その襲撃で沙那は毒矢を受けたが、それはすぐに宝玄仙が治療してくれた。
問題は連れて行かれたふたりをどうやって救出するかだ。
なにせ、ふたりは火砲まで装備している百名もの教団兵に連れて行かれたのだ。
しかも、その隊は、
とにかく、五荘観院という山中にある教団の施設を砦にしていることは、すぐにわかったから、宝玄仙とともに、そのそばの洞窟に拠点を張った。
それで、まずやったことは、こうやって警戒に出てきている教団兵をひとりひとり捕えては、宝玄仙の魔具である『操人形』で支配しては、五荘観院に送り返すことだ。
『操人形』は、あの『服従の首輪』ほどの完全な支配魔具ではないが、宝玄仙ほどの力があれば、普通の人間が相手なら、ほぼ同じくらいの完全な支配に置いてしまう。
もともと、宝玄仙が嗜虐趣味の余興として、沙那たちを第三者を操って責めさせるために作ったものらしい。
「それで、兵を率いている鎮元仙士というのは、どういう男ですか? 内部かどういう状況かわかりますか?」
沙那は訊ねた。
宝玄仙は『操人形』を刻んだ兵を通じて、砦の様子を見聞きすることができるのだ。
「いや、兵を率いているのは、むしろ、
「自惚れ……ですか?」
「ああ、大した実力はないくせに、自分は八仙の器だと信じ込んでいる。帝都にいたときも、このわたしに、露骨な嫌味を言っていたものさ。嫉妬していたのさ。自分の道術の実力が上なのにわたしが先に八仙に選ばれたことにね」
「ご主人様よりも道術の力は上なのですか?」
沙那は驚いた。宝玄仙よりも強い道術師だとすれば強敵だ。
「冗談じゃないよ。鎮元の取り柄は『移動術』くらいだよ──。まあ、『移動術』にかけては、そこそこのものかもしれないね。それは認めるよ。それこそ、どこにでも跳んでいくからね。普通は『移動術』は、結界紋と結界紋の間しか往復できないし、結界紋はすぐに消えてしまうから、なかなか使いこなすのは難しい。ましてや結界を刻んでいない道中の先に『移動術』で飛ぶなんてことはできない」
「まあ、そうですね。そんなことができれば、こうやって、旅をする必要はありませんものね」
「だが、あいつは『移動術』の出口に結界紋がなくても、『移動術』が使えるんだよ。過去に訪問したことがある場所なら、その記憶だけで『移動術』で飛べる。だから、どこにでも出現できるのというわけさ」
「そんなことが……。もしかしたら、この教団兵も、その術で帝都から来たのでしょうか?」
「おそらくね……。まずは、鎮元ひとりが『移動術』で飛び、その先に作った結界紋で兵どもを送り込んだのだろうさ」
宝玄仙は言った。
そういうことであれば、今後も同じ方法で、いくらでも教団兵が襲撃できるのかもしれない。
「その鎮元の『移動術』は、鎮元が行ったことのある場所にしか行けないのですね?」
「まあ、そういうものらしいね。自分のその能力が、いかに凄いかという自慢をさんざんに聞かされたものさ。ほかの八仙にも、そんなことができるのはいないからね。わたしになんか、霊具作りしか才能がないくせに、八仙になったのは闘勝仙に身体を差し出したからだと言いやがって……」
「ちょっと、ご主人様、声が大きい……」
「ああ、思い出したら腹が立ってきた。あいつ、このわたしが闘勝仙の『呪い』で苦しんでいたときに、それを知っていて、からかいやがったんだよ。手は出さなかったが、助けようともしなかった」
宝玄仙が怒鳴った。
「わかりました……。落ち着いてください、ご主人様」
宝玄仙はこの巡礼を始める直前、八仙と呼ばれる三人の教団の最高幹部を殺した。殺した理由は、その
その復讐だ。
この経緯については、まだ帝国領を旅しているとき、宝玄仙が話してくれた。
「ところで、鎮元の『移動術』は、どこまで可能なのでしょうか? つまり、今後とも先回りされる可能性があるのでしょうか?」
「ああ、その可能性はあるね……。あいつは若い時代に西域の入口まで行ったことがあると言っていたからねえ。だから西域にだって飛べるさ。いまいましい」
やはり、もしも、この危難を乗り越えたとしても、またやって来る可能性があるのだ。
沙那は嘆息した。
それにしても──と思う。
沙那たちを奴隷のように扱うこの宝玄仙を、逆に奴隷の境遇に二年間も置くとは、教団の最高位の世界はなんと恐ろしい場所なのだろう。
考えてみれば、以前は宝玄仙も沙那たちと同じような仕打ちを別の人間から受けていたということだ。
自分が受けて嫌だったことを自分の供に加えるというのはどういう思いなのだろうか。
もっとも、沙那には、この宝玄仙の性癖もわかってきた。
宝玄仙は、決して沙那たちを嗜虐することで最高の愉悦を覚えるだけじゃないのだ。
自分が被虐されたときも、同じように快楽に酔う。
流沙の宿町で、孫空女とともに宝玄仙を嗜虐したとき、あのときの宝玄仙は、明らかに沙那と孫空女の責めに悦び震えていた。
「なにを考えているんだい、沙那?」
宝玄仙が鋭い視線を送っている。考えていたことを見抜かれたような気持ちになり、沙那は慌てて口を開く。
「いえ……。なんでも……。ところで、孫女と沙那の様子はどうですか、ご主人様?」
宝玄仙は、すでに『操人形』を結んだ教団兵を通じて砦の中を見ることができる。
なにしろ、『操人形』は、支配する側とされる側の魔力の差によりできることが違ってくるらしい。
つまり、最高度の魔力の持ち主である宝玄仙と『魔人形』を結ばれた教団兵では、宝玄仙の分身と同じだ。
「犯されてはいないよ。まだね……。ただ、愉しそうさ。色責めにかけられているね。どうやら、鎮元は孫空女を自分の道具にしようと思っているようだね」
宝玄仙が喉の奥で笑った。
「呑気そうにしないでください。早く、助け出しましょうよ、ご主人様」
「まあ、焦ることはないさ。すぐには殺すつもりがないようだから──。それに、あの砦には百人の兵がいる。鎮元仙士については、わたしが抑え込めるが、清風と明月が率いる教団兵はそうもいかないんだ。用心してかからないとね」
道術遣いである鎮元仙士には、道術で宝玄仙が圧倒するとしても、道術を持たない大部分の教団兵には術は効かない。
彼らを抑え込むには、宝玄仙の術以外の手段しかない。
確かに、現状では、沙那にも良案はない。
「色責めって、なんですか? 本当に、まだ大丈夫なんですか、ご主人様?」
「だから、心配ないよ。孫空女は三人の男に淫具で遊ばれている。色責めであいつが落ちると思っているらしいけど、おめでたい男だよ、鎮元は――。あの女の根性には、この宝玄仙でも屈服させるのは苦労したんだ。そう簡単に孫空女は心を折らせはしないよ」
「心を折るとか、落ちるとか、どういうことです?」
「鎮元は、孫空女に支配術をかけたいのさ。わたしを殺す罠にするためにね。だけど、わたしの『道術返し』が効いていて、孫空女に術が効かない。だから、色責めにかけているのさ」
「だから、その色責めとかいうやつで、孫女が屈服するとどうなるのです?」
「道術も所詮は精神力の一部さ。精神力が弱まれば、当然に、わたしがかけている道術返しも弱まる」
「だったら、多少危険でも、やっぱり急ぎましょうよ。孫女は、ご主人様のあの新しい淫具の実験台になっていたお陰で、普通の状態じゃないんです──。孫女が操られでもすれば、わたしにもどうにもなりません」
「だから、心配ない──。孫空女を責めている三人の教団兵のうちのひとりはわたしだよ。つまり、わたしが操っている『操人形』を結んで送り返した兵さ。ちゃんと手加減してやっているよ」
「なんですって──」
沙那はびっくりした。
「なんで、ご主人様が孫空女を責めているんですか? 助ければいいじゃないですか。せめて、責めるのをやめさせてください」
「冗談じゃないよ──。横にはふたりの教団兵もいるし、鎮元が眼を光らせているんだ。落ちず、落とさずのぎりぎりのところを維持しておく方が安全だよ。下手な行動させるよりも、そっちが確実さ」
いや……。
絶対に孫空女の安全など最優先にはしていないと思った。
この変態巫女は、この状況を愉しんで孫空女を責めて遊んでいる。
そういう女なのだ。
「……まあ、いいです。じゃあ、朱姫はどうなんです?」
「大勢の兵のいる食堂に全裸で連れて行かれている。身体の上に肉を乗せられて“皿”にされているよ。あれは、面白そうだね。今度、やってみようか……」
宝玄仙が笑い声をあげた。
「ご主人様──」
沙那は宝玄仙を睨んだ。
「そんな大きな声を出すんじゃないよ──。ここは連中の砦のすぐそばなんだよ。気づかれるだろう、沙那」
「気づかれたら、また、『操人形』を結ぶ兵が増えるだけです。いくらでも倒してやります。とにかく、朱姫と孫女は敵に捕らわれているんです。それを忘れないでください」
「わかっているよ、沙那……。妙に真面目なんだから……」
宝玄仙は口の中でぶつぶつ言っている。
だが、沙那が腰に手を当てて睨むと肩をすくめた。
「……それにしても、ついに、天教教団はご主人様の捕縛に踏み切ったんですね」
沙那は嘆息しながら、宝玄仙のすぐ隣に腰を降ろした。
「そのようだね。目的が捕縛かどうかは知らないけどね」
「捕縛じゃなければ、なんなんですか?」
「殺すことだよ。帝都に残っている連中からすれば、それが一番都合がいい」
「ご主人様を殺す……」
沙那はそう呟きながら膝を抱えた。
いや、確かにそうだ。
いまの状況において、教団が宝玄仙を捕えるよりも殺すことを考えるのは当然だ。
だが、改めて言われると、やはり恐ろしい。
これから、沙那たちは、宝玄仙たちとともに、あの天教教団とも戦わなければならないのだ。
帝国にいたときは天教教団は絶対だった。
ある意味では宮廷よりも権威があり、そして、強力だった。
教団に逆らうなど夢にも思ったことはないし、八仙という最高位の者たちは、神にも等しいものだと信じていた。
しかし、この宝玄仙といい、宝玄仙を慰み者にし続けた三人の八仙といい、教団の最高位たちは、偉大な道術が遣えるが、実は碌でもない連中ばかりだ。
そして、ただの人間だ。
教団もまた同じだ。
恐ろしくて、碌でもなく、そして、ただのつまらない組織だ──。
「おやっ?」
宝玄仙が声をあげる。
「なんですか、ご主人様?」
「朱姫が暴れはじめたね」
「暴れはじめた?」
「道術を遣って、“獣人”になったんだ。だが、つまらないことをするねえ……。あの術は大した時間は続かないんだよ。その割には、朱姫には大きすぎる術で一度あれを遣うと、あいつはしばらく道術を使えなくなるのさ」
「そんな言い方ないじゃないですか──。とにかく……」
沙那は立ちあがった。
こうなったら、このまま砦に乗りこむしかない。
「待つんだよ、沙那──。ここで飛び込んでも死ににいくだけだ」
宝玄仙が強い口調で言った。
「で、でも……」
「冷静になりな。お前らしくない。策を弄するのは、お前の専売特許だろう。無策で飛び込んでどうすんだい」
宝玄仙が静かに言う。
沙那は一度眼を閉じ、そして、大きく息を吸って吐く。眼を開けたときには、少し冷静さが戻ってきた。
また座り直す。
「……朱姫は、あの『獣人術』の魔術じゃなくて、『移動術』で逃げればよかったんだけどね。孫空女を気にして、ひとりで逃げるという選択はしなかったんだろうかねえ……。あるいは、朱姫の移動術を妨げる結界でもあるかだ。さすがに、ここからではわからんね」
「いまは、どういう状況ですか、ご主人様?──。朱姫は、まだ無事ですか?」
「無事どころか……。『獣人』になっているあいつは無敵に近いよ。お前だってかなわないだろうね。ただ、長く続けられないだけさ……。あれっ? しまった──」
宝玄仙が、舌打ちした。
「ど、どうしたのです?」
沙那は慌てた。
「『操人形』を結んだ教団兵が、十五人から十四人になっちまった。朱姫が孫空女のところにいた教団兵を殺しちまった」
「もう、そんなことですか。じゃあ、孫女と合流したんですね?」
「ああ。ふたりで逃げ始めた……。ああ、建物から出て来たね」
宝玄仙は『操人形』を結んでいる別の兵に視点を変えたようだ。
「逃げて来そうですか──?」
沙那は細剣の柄を思わず掴む。
自力で外に出て来れるようなら救出も可能だ。
「いや、鎮元仙士が迫っている。ふたりは気がつかないようだけど……。ちっ、これは逃げられないね……。まずいことになった……。この逃亡未遂で色責めではなく、さっさと殺しておこうという選択に変えるかもしれない……」
宝玄仙も焦った表情になってきた。
そのときは、もう、策など考えずに飛び込むしかない。
宝玄仙は、しばらく、眼をつぶっていた。中に入りこませた『操人形』を刻んだ兵を通じて状況を眺めているのだ。
「……孫空女が倒れた……。あの様子じゃあ、おそらく、仕込まれていた張形を動かされたね……。朱姫は使徒を出したよ……。駄目だ。孫空女は捕まる。もう、逃げられない──。いや、朱姫だけは逃げる。あの羽根のある使徒の
「わたしは朱姫を迎えに行ってきます──」
沙那は再び立ちあがる。
「待つんだよ、沙那──。砦の外に、清風が出てきた──」
また、宝玄仙は視点を変えたのだ。
「……追撃隊を編成している。人数は十人。それを清風が指揮するよ」
「清風ですね。わかりました」
沙那は頷く。
「十人の中に、できるだけこっちの手の者が混ざるようにやっている。ちょっと待っておくれ……」
沙那が捕えて『操人形』を刻んだ教団兵は、警戒のために五荘観院の外に出ていた連中だ。
当然、外に配置されている連中が多い。
「四人だ──。四人混ざった。十人のうちの四人──。覚えておきな、沙那」
「承知しました──。わたしが彼らに接触したら、お互いに殺し合わせてください。ただ、清風は放っておいてください。どうせ、兵の能力では清風は倒せません。清風はわたしが仕留めます」
「頼むよ、沙那──。わたしも、後ろから、追うから」
沙那は、全力疾走で駆け出した。
*
朱姫を見つけた。
あの黒い鳥妖の力では、さすがに人を抱えては遠くに飛んではいけないようだ。
はっきりと見えるくらいの高度しかあがっていかなかったし、砦から少し離れただけで、もう高度が落ちかけている。
「すぐに落ちてくる。それまで見失わなければいい」
清風は駆けながら言った。
食堂で朱姫に抉られた腕の肉はまだ傷む。
まさか、妖魔だとは思わなかったから油断したが、かろうじて避けた。
避けきれなかった兵の三、四人が、あの巨大な爪で胸や喉を抉られて死んだ。
このお返しはさせてもらう──。
だが、あの妖魔に変身する術を遣われると面倒だ。
しかし、見たところ、あの魔術はそう長くは続けられないようだ。そうでなければ、孫空女を置いてはいかなかっただろう。
だったら怖くない。
獣人になっても、時間をかせげばいい。
それで娘に戻った朱姫を捕縛すればよい。
今度は、ちゃんと『術封じの首輪』をつける。
それは服の下の内隠しに入っている。
朱姫を抱えた鳥妖が森の樹木の中に消えた。
着地するのだ。
朱姫はすぐに見つかった。
全裸だ。
樹木の間にうずくまっている。
もう鳥妖はいなかった。
力を失って消滅したのだろう。
五荘観院の広場で暴れていた二匹の妖魔もそうだった。
朱姫がこっちに気がつく。
駆け出した。
「お前たち──。捕まえた後は、あの娘を犯していい。好きにしろ。もう、連れ帰っても殺されるだけの娘だ」
清風の言葉に兵たちの目の色が変わった。
獣の眼だ。
「く、来るな──」
朱姫が駆けながら叫んでいる。
怖がっている──。
声に激しい恐怖が滲んでいる。
清風は少し速度を緩めた。
朱姫は懸命に駆けている。
全力で駆ければ、逃げられるかもしれないと思っているのかもしれない。
だが、逃げられない。
捕えようと思えば、すぐに捕まえられる。
だが、しばらく、ああやって全力で駆けさせてやろう。
たっぷりと疲れるがいい。
「……ほら、もっと走らんと追いつくぞ」
清風は速度の落ちた朱姫に言った。
もう、普通の声でも届くくらいの距離だ。
朱姫の荒い息遣いも聞こえる。
「もっと走れ、走れ。こいつらはお前を捕えて、犯し尽くすぞ」
周囲の教団兵たちが歓声をあげている。
もう、すっかりと囲まれている。
それでも朱姫は裸身を揺らしながら駆けている。
だが、もう限界のようだ。
朱姫が足を取られた。
白い肌が泥で汚れる。
ふたりの兵が朱姫の足を掴んだ。
「離せ──。離せ──。離せ──」
朱姫が兵たちの身体の下で暴れる。
清風は、鎮元仙士から預かった『術封じの首輪』を朱姫の細い首に嵌めた。清風は道術遣いではないが、この霊具は朱姫自身の霊気により、本人の術を封じるらしい。
外すためには清風が持っている鍵が必要だ。
金属なので剣では斬れないだろう。
「あとは好きにしろ。砦に戻るのは朝でいい」
「いやだっ」
朱姫が絶叫した。
兵たちは、もう我先に装具を外して、朱姫に群がっている。
朱姫の裸身が兵たちの身体の下に消えた。
清風は、少し離れた場所に腰を降ろした。
「ぐえっ──」
「おがあっ──」
「な、なにする──」
しかし、朱姫を襲っていた兵たちが急に争い始めた。
「なんだ?」
突然の狂乱に清風は、すぐに行動ができないでいた。
いきなり、兵たちがお互いに殺し合いを始めたのだ。
一瞬、女を犯す順番を争って、喧嘩を始めたのかと思った。
だが、殺している兵たちは、しっかりと装具をつけて、朱姫を犯すために武器を外してしまった兵を一方的に剣で突き刺している。
「な、なにをしている――。やめんか」
清風は、剣を抜いて怒鳴った。
そこに一陣の風――。
清風は、転がってそれを避けた。
「さすがに教団兵の隊長ね。あんたの相手はこっちよ」
細剣を構える若い女がそこにいた。
確か、沙宝蔡だ。
取り逃がしたもうひとりの宝玄仙の従者だ。
斬撃――。
「くっ」
沙那の繰り出す剣を剣で払う。
態勢の崩れた沙那に、剣を突きつけた。
沙那が後ろに跳躍してそれを避ける。
「結構やるな、沙那──。最初の襲撃で、お前を先に殺すんだったよ」
清風は剣を脇に構えながら、沙那ににじり寄った。
「大袈裟な話をするんじゃないわよ。あんたなんかが、わたしたちを殺せるんならやってみなさい」
沙那が動いた。
清風も動く。
一合――、二合――。
馳せ違う。
思ったよりも強いと思った。
隙はない。
清風は叫びながら突進した。
沙那の剣が屈んだ清風の背中を通り過ぎる。
斬り込む。
沙那の足の皮に剣の先が掠る。
いや、服を斬っただけだ。
皮膚には届いていない──。
身体が離れる。
沙那はすでに肩で息をしている。
清風は額にうっすらと汗をかいている程度だ。
沙那が脇に剣を引きつけて構える。
清風はやや剣を下げて構えている。
そのまま膠着する。
沙那も不用意には突っかけてはこない。
清風はわざと隙を見せて誘った。
沙那が声をあげて踏みこんでくる。
清風は退がる。
さらに沙那が前に出る。
清風も出た。
一度、剣と剣がぶつかる。
離れる。
ふたりの位置が入れ替わって、また膠着する。
今度は、清風から動いた。
跳躍する。
胴に向かって剣を横に払う。
沙那が地上を這うように身体を沈めた。
相手の剣が清風の膝の上に入った。
一瞬だけ鋭い痛みを感じたが大したことはない。
掠っただけだ……。
ふたりの身体が離れる。
沙那が後方に跳躍するようにして、大きく距離をとった。
「わたしの剣が当たったわね……」
すると、沙那が言った。
かなり息遣いが荒くなっている。
おそらく、実力なら互角。
だが、ここから先は体力の戦いだ。
男と女では身体が違う。
清風が有利になる。
「あれくらい……。俺の剣は少しも変わらん」
「そうかしら……?」
「それよりも、いつまで俺の剣をかわし続けられる、沙那? もう、肩で息をしているじゃないか。まあ、女のわりには強い方だと言ってやろう、沙那」
清風は剣を構えて、一歩だけにじり寄った。
「そりゃあ、どうも」
沙那が不意に剣を背中側にずいと伸ばした。
呆気にとられていると、背後の樹木の影から、宝玄仙が出現した。手に小さな人形を持っている。
はっとした。
なにかの霊具か?
宝玄仙がその人形で沙那の差し出した剣についている清風の血を擦る。
その瞬間、清風の意識はなくなり、目の前が急に真っ暗になった。