沙那の拷問を続けようとした手から、からりとのみが落ちた。
卓に落ちたのみを取ろうとしたが、指が痺れたようにうまく動かず、指に当たったのみがころころと転がって床に落下していまった。
「なんじゃ……?」
おかしい……。
顔をあげる。
沙那の身体を押さえていた小愛が、首を落として膝をついている。
よく観れば、小白香も
しかも、金凰魔王までもうつらうつらと居眠りをしている。
風……?
蝦蟇婆は気がついた。
微かだが、部屋に風が流れている。
なぜ、風が……?
ここは、密閉されている部屋だ。風など吹くわけがないのだ……。
「ど、どうし……たの……蝦蟇婆……? も、もう、遊びは終わり……? ひ、左の腕……も痒いわ……。そののみで……掻いてくれない……。た、たっぷりと時間をかけて……ね……」
沙那が垂れていた首をあげた。
沙那も半分意識のない状態だが、それでも、蝦蟇婆に勝ち誇ったような顔を見せている。
「お、お前……?」
蝦蟇婆は首を傾げた。
沙那がなにかをこの部屋に仕掛けている?
そして、わかった。
風が発生している場所がわかったのだ……。
沙那の身体から風が流れている……。
「つ、次からは……ちゃんと身体検査を……してから……拷問を始めるのね……。女の身体には隠し場所が……たくさん……ある……のよ……。まあ、次があればだけど……。わからないように……苦心して隠して運んできたのに、身体を調べもしないなんてね……。あ、呆れたわ……」
沙那が言った。
蝦蟇婆ははっとした。
「しょ、小愛――、起きんか――。沙那の身体を調べよ――。こいつ、なにかを仕掛けておるぞ――」
蝦蟇婆は大声を発した。
しかし、小愛はぐったりしたままだ。
そのまま、床に崩れるように倒れていく。
はつとして、蝦蟇婆は沙那に飛びついた。
股間だ……。
風の流れのようなものが沙那の股間から発している。
下袴に手をかける。
だが、力が入らない。
それに針金が邪魔で脱がすことができない。
とっさに、床に落ちていたのみを拾った。
その刃を使って、沙那の下袴の前側を切り裂く。
二度、三度――。
切り込みを入れると、やっと沙那の下袴の前部分の布を腰から外すことができた。
『痺れ粉』……?
沙那の身体にきらきらと輝く粉のようなものが付着している。
よく見ると、股間だけではない。剝き出しになった乳房や上半身の肌……。
そこにもきらきらと微かに光に反射する粉がついている。
これは『痺れ剤』の特徴だ。
『痺れ粉』とは、その名のとおりに、身体が痺れたように動かなくなる粉だ。
しかし、それは粉の状態では、なんの効果もないが、水分に接すると身体が痺れたようになる風を発する。
しかも、その粉は、風に触れれば透明になってしまうので、余程気をつけていないと、粉の存在を発見することはできない。
つまり、沙那はそれを股間を中心に全身に大量につけていたのだ。
そして、沙那は小便もすれば、たっぷりと汗もかいている。乳房などから流れる血が肌を伝って下腹部に流れもしている。
それが粉に反応して、全身が痺れる風を周囲に発散しているに違いない。
「だ、だが、お前は……?」
蝦蟇婆は、なぜ、沙那が反応していないのだと訊ねようとした。
この状態であれば、最初に沙那が、その『痺れ粉』に反応して、全身が動かない状態になるはずだ。
だが、その質問の答えは、すぐにわかった。
沙那は『痺れ粉』の解毒剤を最初から飲んでいるのだ。
だから、反応しないのだ。
沙那を見上げる体勢になっている蝦蟇婆に、沙那がにやりと微笑を浮かべた。
「あ、あんたらも……いくら結界で護っていても……内側に持ちこまれたら……どうしようもないでしょう……? もっとも、わたしとしては……金凰魔王が……さっさとわたしを……犯すと……思っていたんだけどね……。だから、前の穴にも後ろの穴にも、たっぷりと粉を詰め込んでいたのよ……。まあ、結果的には……多少……時間がかかったけど……、一番……手っ取り早い……ことになったけどね……」
沙那が嬉しそうに言った。
蝦蟇婆はそれですべてを悟った――。
沙那が宝物庫にいたのは、隠れるためではなく、こういう武器が宝物庫に存在することを知ったからだろう。
そして、すでに捕えられている小白香を救うために、自らの身体に『痺れ粉』を詰め込んで、意図的に捕らえられた違いない。
白象をどこに隠したかは知らないが、沙那の目的は、この『痺れ粉』を自分の身体ごと結界の中に持ちこんで、部屋の中の者の意識を失わせるためだったのだ。
そして、『痺れ粉』の風を充満させる時間を確保するために、拷問に耐え続けていたということだ。
「き、金凰魔王陛下――。坊ちゃま――」
蝦蟇婆は金切り声で悲鳴をあげた。
すでに蝦蟇婆の身体は動かない。
たったいま、大量の『痺れ粉』の風を吸ってしまった。
また、金凰魔王は椅子に座ったままぐったりしている。
蝦蟇婆は最後の力を振り絞って、のみを金凰魔王の足元に放った。
床を滑っていったのみが、うまい具合に、金凰魔王の靴の足先に当たった。
「坊ちゃま――。『痺れ粉』です――。沙那が『痺れ粉』を――」
金凰魔王がやっと顔をあげた。
まだ、状況がわからないのか、まだ半分呆然としている。
「坊ちゃま、風じゃ――。部屋に『痺れ粉』の風が流れておる。わしはもう霊気も動かせん。坊ちゃま――」
蝦蟇婆は叫んだ。
金凰魔王の顔が真顔になった。
『痺れ粉』は単純に筋力が動かなくなり、意識が薄れるだけではない。
道術を遣う者にとっては、霊気を動かす力も痺れるのだ。
金凰魔王の霊気がまだ動かせるのであれば、この結界内に充満してしまった粉の効果を無効にできるかもしれない……。
もっとも、いま、この瞬間にも沙那の身体からは、まだまだ痺れの風が流れ続けている。
それを無力化するには、大量の霊気とともに、沙那の身体を部屋の外に出す必要があるだろうが……。
もちろん、沙那の身体を出すには生きている必要はない……。死骸の状態で出してもよい。
ただ、問題は、誰にそれだけの力が残っているかということだ……。
「が、蝦蟇婆……、ひとまず、余は行く――。『通信球』で状況は報せよ――。そして、その沙那は必ず殺せ――」
金凰魔王は言った。
蝦蟇婆は、すでに、部屋を浄化するだけの力がもう金凰魔王に残っていないことを悟った。
だから、身ひとつで逃亡することを選んだのだろう。
おそらく、蝦蟇婆という余分なものを一緒に連れていく霊気を集められないのだ。
可能であれば、金凰魔王が蝦蟇婆を置いて逃亡するわけがない。
いまは、身ひとつでしか逃げられないのだろう。
つまり、最悪、蝦蟇婆はここで死ぬことになる。
それもわかった……。
「わかりました……。とりあえず、お逃げくだされ――。こいつ、まだ、なにを仕掛けているかわかりませんわい――。後はこの蝦蟇婆が引き受けます……。この沙那は、『痺れ粉』を使って、わしらを眠らせようとしておりますのじゃ――」
蝦蟇婆は叫んだ。
「すぐに助けに戻る。許せ――」
金凰魔王の身体が消えた。
最後の霊気を振り絞って、『移動術』を遣ったのだ。
「承知……」
蝦蟇婆は呟いた。
「か、掛かったわね……」
すると沙那が呟いた。
掛かったとは、どういう意味だ……?
そう訊ねようとしたができなかった。
大きな霊気の動きを感じたのだ。
『移動術』が途中の空間で遮断されるとき特有の霊気の断絶だ。
逆結界――?
とっさに思ったのはそれだ。
『逆結界』とは、道術を遣う者が『移動術』などで逃亡できないように、その術者のいる四周から霊気を遮断する結界を刻んで、『移動術』の途中で、その術者を捕らえてしまう技だ。
しかし、これはどんなに高い術者でもひとりではできない。
だが、逆に、ある程度の術者が複数揃えば、簡単に『逆結界』をかけることはできるのだ。
すると廊下に通じる扉が開いた。
「小白香――」
入ってきたのは白象だ。
蝦蟇婆は驚いた。
なぜ、白象が……?
考える暇はなかった。
それに続いて、白象宮の近衛団の衛兵が雪崩れ込んできた。
「入るのは解毒剤を服用している者のみだぞ。部屋の中は『痺れ粉』の毒が充満している」
指揮官らしき女将校が叫んだ。
「さ、沙那――? お、お前たち、沙那を――」
沙那の状態に気がついて、唖然としている白象が叫んだ。
そして、白象自身が沙那に駆け寄って、沙那の身体に巻きついた針金を外しはじめる。
ほかの衛兵も群がっている。
そのあいだにも、蝦蟇婆は自分の身体に道術が注がれるのを感じた。
身体にある霊気を発散させる術だ。
複数の近衛兵がそれを蝦蟇婆にかけている。
すぐに『霊気封じの首輪』も蝦蟇婆の首にかけられた。
両手も後手に手枷を嵌められた。
すでに意識のない小愛も『道術封じの首輪』をかけられて無力化されている。
「小白香、起きなさい――」
白象が、兵たちによって拘束を解かれて雪蘭と離された小白香に詰め寄った。
小白香や雪蘭にも、衛兵たちによる『治療術』の道術がかけられていた。
『痺れ粉』の解毒剤も与えられているようだ。
小白香の首の首輪もすでにない。
「……小白香、大丈夫ね――? とにかく、いまは言うことをききなさい――。この二年間でわたしから奪った道術をすべて返すのよ。あらゆるわたしとの道術契約をここで解除しなさい――。お前の『治療術』では無理よ。沙那が死んでしまうわ――。だけど、わたしなら救える――。攻撃道術は大したことはないけど、『治療術』なら得意なのよ――。ほらっ、小白香、しっかりしなさい――」
しかし、山芋の汁の痒みなどを癒す術をかけられながら、毛布をかけられている小白香は、まだ呆けた表情だ。
その頬を白象が軽く叩いた。
「わたしとの道術契約をすべて解除すると言いなさい――。この二年間に結んだすべての道術契約を破棄すると――。わたしの『治療術』を返しなさい」
「は、母者か……? 『治療術』……? 道術契約……?』
小白香の顔はまだ虚ろだ。
すると今度はかなり大きな音が小白香の頬で鳴った。
「沙那を見なさい――。お前を助けるために、身体を張って金凰魔王たちの霊気を痺れさせた沙那を――」
白象が叫んだ。
小白香の眼が見開かれた。
沙那はなんとか針金だけは外されたが、手足に釘が喰い込んでいるために、まだ床と卓に身体を打ちつけられて、椅子に座ったままだ。
「沙那、しっかりするのよ……」
文官のような女が沙那の身体に術をかけているのがわかる。
おそらく、痛みを癒すとともに、身体の衰弱をとめる道術なのだろう。
だが、その女程度の道術では、十分ではないようだ。
張り詰めていたものが切れたようになっている沙那は、もう意識が朦朧とした状態であり、そこから変化はない。
「は、母者との契約を解除する。すべてだ――。すべて解除する――。は、母者、沙那を救ってくれ――。頼む――」
小白香が悲鳴のように叫んだ。
「契約の解除に応じる……。任せなさい、小白香……。沙那は死なせはしないわ……」
白象が沙那に駆け寄るのがわかった。
それが最後だった。
すっかりと吸い込んでしまった『痺れ粉』が、蝦蟇婆の意識を混濁の中に引きずり込むのがわかった。
*
意識が戻ったときには、すでに大勢の衛兵が部屋にいた。
小白香はなにが起きているのかさっぱりとわからなかった。
確か、金凰魔王や蝦蟇婆の嗜虐の責めを受けていて、雪蘭と一本の山芋で股間を繋げられて全身を密着して拘束されていたのだ……。
そして、そこに沙那が運ばれてきて……。
沙那が白象の居場所を言えと蝦蟇婆に拷問を受け始め……。
そのうちに、だんだんと意識が乏しくなり……。
するといきなり、頬を叩かれた。
「……小白香、大丈夫ね――? とにかく、いまは言うことをききなさい――。この二年間でわたしから奪った道術をすべて返すのよ。あらゆるわたしとの道術契約をここで解除しなさい――。お前の『治療術』では無理よ。沙那が死んでしまうわ――。だけど、わたしなら救える――。攻撃道術は大したことはないけど、『治療術』なら得意なのよ――。ほらっ、小白香、しっかりしなさい――」
なぜか、白象が部屋にいる。
そして、やっとすでに、雪蘭から身体を離されているのがわかった。
裸身に毛布も掛けられている。
また、全身を襲っていた痒みが消えている。
自分の周りにいる数名の衛兵が道術で治療をしてくれているようだ。
なにかの薬剤も飲まされた気配がある。
横を見た。
雪蘭は毛布を巻いて横になって眠っている。
その表情は穏やかだ。
小白香は安心した。
「わたしとの道術契約をすべて解除すると言いなさい――。この二年間に結んだすべての道術契約を破棄すると――。わたしの『治療術』を返しなさい」
眼の前の白象が絶叫した。
そうだ……。
考えていたのは、なぜ、ここに白象がいるのだという疑問だ。
そして、どうして、こんなにも宮廷府を護っているはずの近衛兵がいるのだ。
「は、母者か……? 『治療術』……? 道術契約……?」
頭がまだ朦朧としている。
うまく考えられない。
そのとき、激痛が頬に走った。
小白香は顔をあげた。
白象だ。
怒っているようだ。
いま、白象に頬を叩かれたのか……?
「沙那を見なさい――。お前を助けるために、身体を張って金凰魔王たちの霊気を痺れさせた沙那を――」
白象が叫んだ。
それでやっと我に返った。
沙那……。
白象の居場所を白状しろと拷問されて、それを口にしなかった沙那……。
そのために、蝦蟇婆に拷問を受けて、全身に釘を打たれた。
沙那――?
その沙那は、まだ手足を釘で卓や床に打ち付けられたままだ。
そばには
「沙那、しっかりするのよ……」
百眼女が泣きそうな顔で霊気を注いでいる。
沙那は力尽きたかのように、ぐったりと首を垂れている。
「は、母者との契約を解除する。すべてだ――。すべて解除する――。は、母者、沙那を救ってくれ――。頼む――」
小白香は叫んだ。
「契約の解除に応じる……」
白象がにっこりと笑った。
すぐに白象が沙那に向かった。
「……任せなさい、小白香……。沙那は死なせはしないわ……」
一度その白象が振り向いて、小白香に言った。
白象から沙那に向かって大きな霊気が流れ出した。
「わ、わらわも手伝う……」
小白香は毛布を身体に巻きつけて立ちあがった。
「わたしは沙那の痛みを弱める。あなたは、釘を抜いて、小白香……」
白象が沙那に道術をかけながら言った。
「腕の治療はわたしが……」
百眼女が言った。
全体に注がれていた百眼女の霊気が、沙那の切り開かれた腕に集中するのがわかった。
「母者、なにが起こったのだ? 沙那がなにかをしたのか?」
小白香は道術をかけながら白象に訊ねた。
「『痺れ粉』よ。沙那が自分の身体に大量にそれを付着させて、この部屋に持ち込んだのよ」
「『痺れ粉』か……」
そのために、この部屋の全員が突如、昏睡状態に陥ったのだ。小白香はとりあえず納得した。
小白香は、沙那の身体に霊気を注ぎ、打ちこまれている釘を抜いていく。
やがて、すべての釘が抜けた。
すると白象の『治療術』が本格的になった。
それを百眼女とともに補助をする。
数名の衛兵たちが身体を横たえて運搬する道具を持ってきた。
まずは眠っている雪蘭がその運搬台に乗せられて部屋の外に連れられていった。
沙那の身体もその上に横たえられる。
「隣にわらわの部屋がある。わらわの寝台に寝かせよ――。わらわも行く」
小白香は言った。
「待って、あなたは残って、小白香……。百眼女、お前が沙那についていて。わたしたちは、こっちが終わったらすぐに行くわ」
「わかりました」
百眼女が頷いた。
沙那が部屋の外に運び出されていく。百眼女もついていった。
「な、なぜじゃ、母者……? 沙那はわらわのために、あんな目に遭ったのだ。わらわに行かせてくれ。わらわが沙那を看病する」
小白香を押しとどめた白象に不平を言った。
「お前はこの宮廷の魔王なのよ……。それよりもやることがあるでしょう? 金凰魔王が犯したこの宮廷への侮辱――。それについての始末をつけないといけないわ」
白象が諭すような物言いをした。
小白香ははっとした。
そして、意識を失って部屋の隅に転がされている蝦蟇婆と小愛を見た。
ふたりとも、すでに霊気を放出させられて、両手首と両足首に金属の枷を嵌められるとともに、首に『道術封じの首輪』を装着されている。
こいつら……。
小白香の心に憤怒が湧き起こる……。
「連れてきなさい――」
そのとき、横で白象が言った。
すると、部屋の外から、台車に乗せられた檻が運ばれてきた。
檻の高さは人の身体の半分ほどであり、幅は人ひとりがうずくまれるほどの大きさだ。
天井も側面も網状になっていて内部がはっきりと見える。
その中には、捕えられた金凰魔王が手足を縮めて閉じ込められていた。
どうやら、眠っているようだ。
「霊気を発散させる特別製の檻よ。金凰魔王が『移動術』で逃亡しようとしたところを逆結界で捕えたのよ。いまは金凰魔王は無力よ……。これも沙那の策よ。あなたはこの始末についての最終決心をしなければならないわ」
「わ、わらわが……?」
「もちろん、部下に意見を求めても構わないし、むしろ、意見は求めるべきよ。でも、決断はあなたがするの。それが、決断をしないという決断でもいいし、誰かに判断を委ねるという決心でもいいわ。だけど、その結論には、あなたに責任がある。それが魔王の務めよ……」
小白香は金凰魔王に視線を向けた。
これは、強大な霊気を持つ者でも絶対に逃げられない霊気を発散させる網で組んだ金檻だ。
金凰魔王が『移動術』で逃亡を図るのを見越して、逆結界を仕掛けておき、これに閉じ込めることに成功したのだろう。
金凰魔王も健全な状態だったら、こんな初歩的な罠に掛からなかったかもしれないが、沙那が自分の身体に付着して持ち込んだ『痺れ粉』が、金凰魔王の身体とともに、判断力を麻痺させていたのだろう。
小白香の身体には、すでに霊気は戻っている。
まずは、小白香は、部屋の隅で拘束されて寝ている蝦蟇婆と小愛を『移動術』で離宮内の牢に跳躍させた。
「近衛団長――」
次に、小白香はまだ残っていた近衛団長を呼んだ。
二葉に変わって百眼女が指名した女武官だ。
「はっ」
近衛団長が小白香と白象のいる場所に近づき、直立不動の姿勢になる。
小白香は直接の面識はないが、百眼女が指名しただけあって、真面目な性格のようだ。
「離宮の各層にしばらく部下を配置させて、そのまま警戒に当たれ。宮廷府もだ。わらわが結界をかけ直したが、金凰魔王の身柄を拘束しておる。金凰宮の連中が取り戻しに来るかもしれん。警戒を怠るな。それと、部下と一緒に部屋の外で待機をせよ。用があればすぐに呼ぶ」
「わかりました」
近衛団長が部下に指示を与えるとともに、兵とともに部屋の外に出ていく。
部屋は小白香と白象、そして、金檻の中の金凰魔王だけになった。
「ところで、母者、どうやって母者は、わらわに化けた小愛が動かしていた性奴隷どもを出し抜いて、離宮の外に脱出できたのだ? 小愛によれば、水も漏らさぬような捜索をしていたようだったが……?」
小白香は白象を見た。
「水も漏らさぬどころか、穴だらけだったわ。この離宮内の性奴隷たちは、そもそも、普段は決められた場所以外には行かないように管理されていて、あまり、ほかの奴隷と会うことはないのよ。それが、あんな風に平素は行かないような隅々まで捜索をさせられて……。しかも、うまい具合に外回りまで探しにいった奴隷までいたのだもの」
白象はくすくすと笑って、懐から一個の指輪を出した。
小愛も使った『変身の指輪』だ。
宝物庫に保管してあったはずだから、そこから出して使ったのだろう。
「これもまた、沙那の策よ……。森で一番見つけにくいのは、森の中で最もありふれている葉から、特定の葉だけを探すことだそうよ……。だから、この離宮で隠れるなら、この離宮内に一番ありふれている性奴隷に化けることが一番だと、沙那は言ったのよ」
「性奴隷のひとりに変身したのか……」
小白香は納得した。
おそらく沙那は、のこのこと宝物庫に最初にやって来た性奴隷のひとりを捕らえて、その中のひとりに白象を変身させたのだ。
そして、知らない者同士が捜索するという弱点を突いて、離宮の外に、白象を出したに違いない。
白象が姿を借りた性奴隷がどうなったかは訊かない方がいいだろう。
宝物庫には、人の身体を溶かしてしまうような劇薬だってたくさん置いてあったはずだ。
「そうか……。そして、離宮の外に性奴隷の姿で出て、宮廷府の者たちを呼び入れたということか……」
白象の言葉なら、百眼女は信じただろう。
そして、今度は近衛団とともに離宮に戻り、この部屋に逆結界をこっそり仕掛けたのだ。
「ほかの性奴隷どもはどうしたのだ、母者?」
「わたしと一緒にやってきた近衛団が、すでに身柄を押さえているわ。彼女たちは、時限性の毒を飲まされていたようね。わたしを見つけなければ、毒が回って死ぬようになっていたそうよ。その毒も解毒させたわ。できれば彼女たちを許してあげて、小白香。彼女たちはあくまでも、あなたの命だと思って、小愛に従ったのよ」
白象は言った。
「わかった」
小白香は頷いた。
「ところで、小白香、これの始末はどうするの? 殺すならそれもいいと思う。だけど、それには危険もあるわ。この男のことだから、どこかに『魂の欠片』を隠しているかもしれないわ。そうすれば、復活する」
「魂の欠片か……」
その可能性は高い……。
ならば、目の前の金凰を殺すことはあまり意味がない……。
すぐに復活してしまう。
「そして、生き返った金凰魔王は、一度殺された復讐をしにやってくるかもしれない……。だけど、こちらに有利な道術契約をしてから放逐するという手もある。沙那はそれがいいかもしれないと事前には言っていたわ……。でも、決めるのはあなたよ。酷い目に逢ったのはあなただし……」
「酷い目に逢ったは沙那だ……。もしかしたら、沙那は、母者が味方を連れて戻る時間を稼ぐためにわざと捕らえられたのか?」
「そうね……。それと、あなたを心配してのことよ。だから、『痺れ粉』を身体にまぶして、あえて、ここに連れ込まれたのよ。わたしは、反対したんだけどね」
白象は言った。
小白香は溜め息をついた。
「さあ、魔王として決断しなさい、小白香。金凰魔王をどうする? あなたの決断にこの領域のすべての人民の運命がかかっているのを忘れないで……。金凰宮と戦というなら、それでまたいいと思う。それだけのことをこいつは、白象宮にやり続けたのよ」
白象は金凰魔王を睨み付けた。
放逐か……。処断か……。
感情ではなく、理性で判断せよと白象は言っているのだ。
それは小白香も理解した。
「……とりあえず、母者が金凰魔王と結ばせられている道術契約を解除させて、さらに、こちらに有利な道術契約を結んでから、それから処刑するという手もあるのう」
「その場合は、万が一、金凰魔王が別の魂をどこかに保管していたら、魂が交代するから、この魔王と結んだ新しい契約は無効になるわね。その危険があるわ。まあ、万が一の話だけど……」
「万が一か……」
「でも、こいつは『魂の道術』を遣えるわ。どこかに欠片を隠している可能性は高い。それが、わたしと契約を結んだ後で分離した欠片だったら、破棄させた契約も再び復活する。道術契約というのは、あくまでも、そのときの道術遣いの魂と魂の契約なのよ」
「母者は金凰魔王を殺すべきではないと言っておるのか?」
小白香は訊ねた。
「いいえ。わたしは、あり得る可能性と考慮すべき要因を並べているだけよ。決めるのはあなたよ。魔王であるあなた」
白象は言った。
しかし、小白香は白象の言葉に対して、首を横に振った。
「母者が金凰魔王から受けていた仕打ちは、なんとなくわかった……。そして、わらわの罪もわかった……。わらわは、魔王の器でもないし、魔王として相応しいとも思わん。魔王の地位は母者に返す。母者こそ、魔王に相応しい」
小白香はきっぱりと言った。
金凰魔王の支配を受けながら、懸命にこの宮廷を守り続け、領民への善政に着意してきた白象……。
真に魔王に相応しいのは白象であり、自分のやったことなど、子供の遊びのようなものだ。
しかも、その罪は重い……。
すると、白象がにっこりと小白香に微笑みかけた。
「魔王に相応しい者など、どこにもいないかもしれないわね。この金凰魔王にして、この体たらくだものね。だけど、あなたは偉い。自分が魔王に相応しくないと知っただけで、すでにいい魔王になる素質はあるわ……」
「母者……」
「ところで、わたしは魔王には戻るつもりはないわ。あなたは、わたしから冠を奪って魔王になったのよ。それが、簡単に王位が動いたら、民心は動揺するわ……。しっかりしなさい、小白香魔王」
「だ、だが……」
「だが、じゃないわ、小白香……。あなたは、魔王の地位を奪ったんでしょう。その責任は果たしなさい」
白象は厳しい表情で言った。
「母者は、それでよいのか?」
驚いて小白香は訊ねた。
「いいのよ。それに、正直言うと、魔王なんていうのは面倒だわ……。こんな役割のなにがいいのか知らないけど、最初から欲しいとあなたが言えば、すぐに王位なんか渡したのよ」
白象が笑った。
「しかし、こんなわらわに魔王など務まるかのう?」
小白香は言った。
だが、その言葉に白象がいきなり爆笑した。
「ちょっとくらい奴隷調教受けたくらいで、随分と大人しくなっちゃったわねえ……。まあ、あなたはそのくらいがちょうどいいわね。だったら、皆に頼りなさい。百眼女に頼り、沙那に頼るといいわ」
「なら、母者は……。母者は助けてくれるか?」
「喜んでね……。お前はわたしの娘なのよ」
白象が微笑んだ。
「まだ、わらわを娘と呼んでくれるのか、母者?」
「ずっと、そう呼んでいたはずだけどね」
白象が微笑んだまま言った。
「だが、二年間、あんなことをやり続けたのに……。わらわを護ってくれていた母者を……」
小白香は白象を見た。
「まあ、それもいいのよ……。親として、あなたを顧みなかったのは確かだし、あなたの暴走は、わたしの責任でもあるわ……。母としてね。それに……」
「それに、なんだ、母者?」
「まあ、白状すると、あなたに調教された二年間については、わたしも満更でもなかったわね……。わたしには被虐の血があるようよ。わたしのような変態だから、お前のような変態娘が育つのね」
白象が、また笑った。
*
市民に公開している処刑場の広場で、小白香は丸太に開脚で拘束されている蝦蟇婆と小愛を眺めていた。
ふたりとも全裸だ。
宮廷に忍び込んだ盗人ということで、こうやって今朝から公開処刑をしているのだが、やはり見物するのなら若い女がいいのか、観客である王都の住民の興味は、いまや、小愛に集まっていて、蝦蟇婆の老いた裸身に集まるのはあまりいないようだ。
そのふたりとも、いまは、全身を蟻にたかられていて、発狂したような悲鳴をあげている。
そのふたりの処刑を近衛の一隊が管理しており、小白香は護衛の部下を連れて見物にやってきたのだ。
ふたりの身体には、蟻の好きな蜜をたっぷりと塗りたくっている。
特に、たくさん塗った股間と尻の穴の蟻が凄まじい。
そうやって裸身をのたうたせているふたりに、見物人たちも手を叩いて哄笑している。
小白香もふたりが苦しそうにしているのを大いなる満足で眺めている。
「蟻責めは今日までだからのう、お前たち。明日は、とろろを準備しておる。その次はわらわ特性の足癬液を足にかけて一日放置だ……。それが終わればやっと処刑開始だ。ただし、簡単には死ねんぞ。足首から下を特別な溶液に浸して、じわじわと下から腐らせてやる。腸が腐るまで二日、心臓まで腐りが及べば死ぬかも知れんが、そこまでは五日はかかるだろうのう。その間、その丸太からは『治療術』の霊気が滲み出ているはずだから、死んだり弱ったりはできんはずだ。せいぜい、苦しみながら死ぬといいぞ」
小白香はふたりに声をかけたが、蝦蟇婆も小愛も小白香の言葉が聞こえた様子はない。
それよりも、肌を蟻が噛んで痺れるような痒痛に、懸命に身をもがいている。
だが、いくらもがいたところで、蟻の蹂躙は防げない。
ふたりの股間のふたつの穴には、蟻の大群が先を争うように奥を蝕んでいっている。
これは、白象にやりかけた責めだが、白象によれば、女の急所を蟻に食い破られる拷問は、一瞬にして音をあげたくなる淫虐さだったという。
だから、このふたりへの一連の罰の最初に選んだのだ。
小白香は、ふたりの苦しみの悲鳴を聞きながら、復讐が成就する愉悦に浸っていた。
しばらく、準備された魔王のための見物席で、ふたりの苦しむ姿を眺めてから、この処刑場を担任する将校を呼んだ。
「わらわは行く。また、明日の朝来るが、しっかりと管理をするのだぞ。絶対に死なせるな。狂わせもするな。しかし、苦しみ続けさせよ……。そのために、道術でも、仙薬でも、霊具でもなんでも使え」
「お任せください」
その将校はにやりと笑った。
新しい近衛団長が指名した男の将校であり、武術や指揮の能力は大したことはないが、こういう仕事には、空恐ろしさを感じるほど冷酷らしい。
小白香は満足した。
処刑場になっている広場を出立して宮殿側に戻る。
宮殿の敷地になったところで、護衛に離宮に行くことを告げて、ひとり『移動術』で跳躍した。
道術で進んだのは、小白香の自室だ。
寝台に沙那がいる。
どうやら、寝ているようだ。
寝台の横の椅子に雪蘭が座っている。
沙那の看病のためにいるのだ。
ほかには誰もいない。
いまは、改めて離宮で使っている性奴隷たちの見極めを白象を中心にやっているところだ。
完全に金凰魔王の手の者を排除できたとわかるまで、不自由だが性奴隷の使用は制限されることになるそうだ。
小白香に気がついて、雪蘭が挨拶をしようとするのを小白香は手でとどめた。
「隣室におるがよい、雪蘭。沙那と話があるのだ」
小白香が告げると、雪蘭は一礼をして部屋を出ていった。歩きながら、改めて嵌めた赤い貞操帯を装着された股間をせわしなく悶え動かしている。
小白香は雪蘭の切なそうな太股をうっとりと見送った。
「夜まで我慢じゃ。夜になったら可愛がってやろう」
「は、はい……おねえ様……」
雪蘭が真っ赤になった。
そして、部屋の外に出ていく。
小白香は沙那に向き直った。
「沙那……」
小白香は声をかけた。
すると、眠っていた沙那の眼がうっすらと開いた。
やがて、小白香の存在に気がついて、慌てて寝台から出ようとする。
小白香はそれをとどめた。
「いいから、寝ておれ。話をしたいだけじゃ。そのままでよい」
小白香は言った。
「で、でも、もう身体は治ってます。白象殿がよい治療をしてくれましたから……」
沙那は上半身だけを起こして、戸惑いの口調で言った。
「身体のみはな。だが、お前が思っている以上に心労の損傷は激しいそうだ。今日一日までは寝ているがよい」
「だったら、わたしがあてがわれている部屋で休ませてください。ご主人様の寝台で寝るなど落ち着きません」
沙那は言った。
「それもならん。わらわの命令だ。お前は明日までわらわの寝台で休むのだ。それ以外のことをするのは許さん」
「はあ……」
沙那が困惑したように返事をした。
「それよりも、昨日からの処置を説明しておこうと思ってな。改めて今後のことも話し合いたいし……」
「わかりました」
すると沙那が神妙な表情になった。
昨日、白象が治療を施してから、小白香は何度もここに足を運んでいたが、沙那に感謝と詫びの言葉を言った以外は、沙那が心の負担になるような重い話は避けていたのだ。
しかし、その沙那も今朝にはかなり回復した。
だから、政事に関する意見交換をしてもよいと思ったのだ。
「まずは、金凰魔王のことだ……」
小白香は言った。
「それでしたら、懸命な処置だったと思います。先程、白象殿が来られました。なにがあったのかも伺いました。金凰魔王とはこれまでに結んだ白象殿との道術契約を解除させるとともに、金凰魔王やその部下が、この宮廷や領域に手を出さないと誓わせたうえで放逐したそうですね。よい、ご判断だと思います」
沙那が言った。
金凰魔王には、命を奪わない代わりに、白象の自由を奪っていたあらゆる道術契約を解除させた。
同時に、二度と白象にも小白香にも手出ししないという誓いもさせた。
雪蘭に与えた魔毒も解毒すると約束させた。
すでに雪蘭は、毒から解放されている。
「母者が来たのか?」
「少し前に……。白象殿も秘密を守るという道術の縛りがなくなったので、ある程度のことは直接説明を受けました。それで知ったのですが、道術契約は解除されたものの、そもそも、金凰魔王の精を受けたことがあることで、金凰魔王になにかを直接命じられたら、それに逆らえないという操り術は、残っているようですね。それもあって、ご自身は魔王には復位しない方がいいだろうというご判断だそうです」
「母者には、摂政になってもらうつもりだ。まだ、母者には言うておらんがな。わらわはまだ、未熟だ。支えが必要だ。お前や百眼女もおるが、魔王としての行いについて、わらわに助言ができるのは母者しかおらん」
「それも、よい考えだと思います、ご主人様」
沙那が微笑んだ。
「しかし、問題もあるのだ……。どうも、母者は政務に戻るのは乗り気ではないようなのだ。まあ、そのときは、母者をまた調教してでも、承知させるつもりだが……」
そう言うと沙那が苦笑した。
「ま、まあ、目的が正しければ、手段は許されるかもしれませんね」
やがて、それだけを言った。
「承知ということだな、沙那」
小白香も微笑んだ。
「それと、蝦蟇婆と小愛のことだが……」
小白香は語り始めた。
これも沙那に納得してもらう必要があるだろう。
このふたりは処刑する。
それは、金凰魔王も承知だし、承知でないとしても、もう金凰魔王はこの宮廷内のことに手出しできない。
無論、ただ殺すだけでは気が済まない。
小白香や雪蘭、そして、沙那をあれほどの目に逢わせたのだ。残酷に殺さなければ溜飲がさがらない。
しかし、白象の処刑のときもそうだったが、沙那は残酷なことが嫌そうだ。
沙那はいま行っている処刑法を承知するだろうか?
小白香は実行中のふたりの処刑について話した。
すると、沙那の顔が険しくなった。
「ご、ご主人様、是非ともお願いがあります」
沙那が血相変えて叫んだ。
「な、なんじゃ?」
思った以上の沙那の迫力に小白香もたじろぎを感じずにはいられなかった。
「わたしにもそいつら、見せてください――」
沙那が言った。
小白香は意表を突かれた思いだった。
「残酷な処刑に反対するわけじゃないのだな、沙那?」
「反対? なんで、わたしが……。絶対に許せません、あいつら。ああ……。やっぱり、こんなところで寝ている場合じゃないわ。ねえ、いいでしょう、ご主人様? わたしも見物に行かせてくださいよ」
「わかった、わかった……。手配しよう。まあ、気力が戻れば、それでいいんだし……」
小白香は頷きながらも、まだまだ、沙那については、十分に承知していない部分もあるのだなと、改めて思ったのだった。
(第87話『母娘奴隷への淫謀』終わり)