「……」
「……せん……」
「宝玄仙」
声がした。
宝玄仙は眼を開いた。
闇だ。
宝玄仙はまったくの闇の中に浮かんでいた。
「宝玄仙」
声の方向を見た。
少し離れた場所に手足のない宝玉がいた。
ここは意識の世界のようだ。
宝玄仙や宝玉がそう呼んでいる場所であり、闘勝仙からの調教の日々を送っているときに、宝玉の存在とともに突如として出現した場所だ。
もっとも、宝玉は、突如として出現したのは、宝玄仙の方だという。
まあ、いまとなってはどちらでもいい話だが……。
しかし、この意識の世界も、人格交替が
宝玉と自由に会話することも難しくなり、しかも、蝦蟇婆を思わせるような姿の影が出現し、この意識の世界でも宝玄仙と宝玉を家畜のように支配していた。
だが、いまは、その蝦蟇婆もどきの人影はいないようだ。
宝玉だけだ。
だが、その宝玉の気配も非常に薄くしか感じない。
そこに存在するのだが、実際にはなにもないかのようだ。
宝玄仙が感じるのは、激しい孤独感だ。
「宝玉……?」
宝玄仙は呼び掛けた。
「お別れを伝えに来たのよ……」
宝玉がぽつりと言った。
「お別れ?」
宝玄仙の自分の眉間に皺を寄せる仕草をした。
「わたし……死ぬと思うの……。だから、最後に挨拶に来たのよ」
宝玉は無表情だった。
宝玄仙はびっくりした。
「お、お前、なに言ってんだい。死ぬって、どういうことだい?」
宝玄仙は宝玉に駆け寄った。
手足のない宝玉を抱きあげると、宝玉はそっと頭を宝玄仙の胸につけた。
「死ぬというよりは……存在が消える……。そんな感じ……。わたしにはわかるのよ……」
宝玄仙の胸の中で言った。
確かに、宝玉の存在感が薄い気がする。
宝玄仙は当惑した。
「お、お前、気をしっかりと持ちな。消えるとか、死ぬとか、縁起でもないことを喋るんじゃないよ」
宝玄仙は怒鳴った。
「でも、わたしが受け入れられる心労の容量を越えたみたい……。わたしは、わたしの役割を続けられないようよ」
「なにを言っているのか、さっぱりとわからないよ。なんだい、その容量というのは? お前は、升かなにかかよ?」
「それが一番ぴったりの言葉なの……。でも、わたしはしあわせな気分よ……。あなたに会えてよかった……。ひとりぼっちだったわたしが、あなたという存在に会えて、生まれて初めて、心から許せる存在に接した……。わたしの人生において、あなたは、わたしがずっと求めていたすばらしい家族よ」
「お、お前……、まるで別れみたいに……」
「……ねえ……わたし自身であり……、姉妹であり……、友人であり……、そして、そして……そして、眩しい光よ……。妬みの存在であり、わたしの持っていないものをすべて持っている羨ましい人……」
宝玉が宝玄仙の胸に身体を預けたまま言った。
宝玉は眼を閉じている。
宝玄仙に話しかけているというよりは、まるで独り言をつぶやいているかのようだ。
「お、お前、なにを喋っているんだい――。いい加減にしな――。まさか、本当に消えようとしているんじゃないだろうねえ――。気を強く持つんだよ――。まあ、あの金凰妃とかいう女の拷問を受け続けて、気弱になっているのだろうけど――。心配ないよ――。いつか、助かるさ――。だから、気をしっかりと持ちな――」
「ふふふ……」
すると宝玉が眼を開いた。
その弱々しい目の力に宝玄仙はどきりとした。
その宝玉が優しげに笑っている。
「ふふ……。頼もしいのね、宝玄仙……。その強さが羨ましかった……。でも、わたしは、いまなんとなく、わたしの存在の理由がわかったのよ……。だから、もう、あなたを羨んだりしないわ……。わたしが死ぬのかどうかわからない……。でも、死ぬような気持ち……。多分……わたしは、もう、存在を続けられない……。だから、眠りに……」
「ちょっと待つんだよ――。死ぬとか、眠るとか、ふざけたことを言うんじゃないよ、宝玉――」
宝玄仙は宝玉を抱いたまま叫んだ。
「でも、仕方がないわ……。もう、死ぬんだもの……。もう耐えられないわ……。どうせ、生きていても、もうなにもないんだし……」
「冗談じゃないよ――。だいたい、金凰妃に毎日、殴られ続けているのは、わたしだよ。あいつの拷問にわたしが屈するならともかく、なんで、お前がそうなっているんだい――? もしかしたら、お前も同じように拷問を受け続けていたのかい?」
金凰妃がこの身体のふたつの人格のうち、宝玄仙の人格を消そうとしているのは知っていた。
だから、連日、宝玄仙を目の敵にしたような拷問を続けている。
だが、その代わり、残そうと思っている宝玉には、ほとんどなにもしていないはずだ。
もしかしたら、宝玄仙が知らないだけで、宝玉もまた、あんな風に激しい拷問を受けていたのだろうか……?
「いいえ……。宝玉として拷問を受けたことは、ほとんどないわ……。拷問を受けているのはあなた……。でも、あなたが受けいている拷問は、ずっとわたしも知っていた……。わたしは、意識の中からあなたの耳目に接することができるのよ……」
宝玉の言う通り、宝玉は、自分が意識のない状態で宝玄仙が接しているものを知覚することができる。
逆に、宝玄仙は宝玉が外に出ているときは、完全な無意識に陥っている。
だから、宝玉はすべての記憶を持ち、宝玄仙は宝玄仙としての記憶しかない。
なぜ、そういうようになっているのかわからないが、それが、最初から備わっていたふたりの性質だったのだ。
「なぜ、そういう具合に記憶の分担がなされているのかわかる、宝玄仙?」
宝玉が宝玄仙の顔を見た。
「さあね……。多分、お前が真人格に近いからだろう……」
宝玄仙は、嘆息しながら言った。
以前、この意識の世界の中で、“存在”という不思議なものに体面した。
そのとき、その存在は、宝玄仙も宝玉も、この身体の真の持ち主である人格、すなわち、“真人格”から発生した多重な人格のひとりだと説明した。
この人格の真人格は、幼い自分――つまり、まだ、宝玄仙という名を得る以前の幼い宝玉であり、その“原”宝玉は、母親から受ける性調教を虐待だと勘違いして、無意識のうちに霊気を駆使して母親の仕打ちに耐える人格を作ろうと、無数の人格を産み出したというのだ。
しかし、その多数の人格の意識の世界での言い争いに恐れをなした真人格は無意識に隠れた。その代わり、真人格は、無秩序な人格を制御する役割の人格をさらに登場させた。
その後は、この意識の世界に溶け込んでいるその“存在”が人格たちの整理統合を司った。
それから、歳月の流れとともに、多数の人格は少しずつ整理統合され、この宝玉の原点となる人格と、もうひとつの強い人格のふたつに整理され、さらに強い人格の統合体に、宝玉が吸収されるかたちで人格の統合がなされたらしい。
それが成立する頃には、もう、自分は立派な大人であり、すでに天教の高級幹部になっていたということだ。
だが、再び人格の分裂が起きた。
闘勝仙の罠に陥り、その虐待を受け続ける日々が始まったからだ……。
それは、人格の分裂と再整理という事態を産み、宝玉という人格が主人格となるように再整理して、宝玉を再び表に戻し、さらに、闘勝仙に打ち勝つための存在である宝玄仙という最強の人格を作った。
宝玉は、闘勝仙との道術契約や嗜虐による心の損傷を一身に受け入れ、一方で、宝玄仙はひたすらに闘勝仙に復讐することに専念した。
その結果、外に出ている宝玄仙という人間そのものも、帝都から逃亡しなければならないことになったが、ともあれ、闘勝仙への復讐は成功した。
その逃避行の中で、宝玄仙と宝玉の役割分担が自然に作られ、強い人格の宝玄仙が表の主の人格となり、宝玉は副人格というかたちで安定してしまった。
それが、“存在”が宝玄仙と宝玉に説明した内容だ。
もっとも、宝玄仙は、自分もまた作られた人格だというのは、いまだに半信半疑だ。
ただ、それがすべての辻褄を合致させることも事実だ。
存在の説明が正しいとすれば、宝玉は一度は完全に統合された人格に近いのだから、真人格に近いといえるだろう。
それに比べれば、一番最後に出現した宝玄仙という人格は、新参者といえる。
「違うわ、宝玄仙……。わたしがすべての記憶を担っているのは、あなたを護るためよ……。いま、それがわかったの」
宝玉は言った。
「わたしを護るため?」
「そう……。わたしは、護るための人格……。それが役割だったらしいわ……。わたしたちは、もともと、闘勝仙と戦うために登場したのよ……。忘れた? そのとき、宝玉というわたしは、すでに結んでいた闘勝仙とのさまざまな道術契約という縛りを一身に背負わせるために先に出現したの……」
「それがどうしたんだい?」
「そして、あなたが出現した。あなたが後だったのは、そうしなければ、道術契約のすべてをわたしに押しつけることができないからよ……。そして、あなたは、完全に自由な状態として産み出され、あなたが闘勝仙に復讐を果たしてくれた……」
「ああ、そうだよ……。お前とわたしで復讐を果たしたんだ――。ふたりでね」
宝玄仙は、“ふたりで”という言葉を強調した。
すると、宝玉がにこりと微笑んだ。
「……だから、その役割分担の中で、ふたりの関係は成り立っているのよ、宝玄仙……。それは旅が始まってからも、ずっと同じだったのよ……。なにかの心の痛みがあれば、それはわたしが一身に受ける。それによって、あなたは護られて、あなたはいつまでも攻撃的な人格として存在できる……。あなたが外で受けた心の打撃を……つまり、あなたが受けるはずの心の負担の全てをわたしが受けれるために、わたしはすべての記憶を担うことになったのよ……」
「なにを言ってんだか、よくわからないねえ……」
「ふふふ……、でも、わてしは、それがやっと理解できたわ……。それが、わたしたち……。本来、この身体の持ち主は、心の耐性が顕著に低いのよ。その心の耐性のないわたしたちが、心の強い存在をなんとか表にするために、そんな役割になったのよ……」
宝玉は言った。
「そうだとしても、お前が死ぬとか、存在を消すとかいうのは、なんの関係があるんだい――?」
宝玄仙は声をあげた。
すると、宝玉は弱々しく微笑んだ。
「だ、だけど、やっぱり、わたしが受け入れられる心の苦痛にも限界がある。わたしは、これ以上の苦しみに耐えられない……。わたしがいなくなると、今度はあなたが、この心の苦しみを背負うことになるけど、わたしの限界はもうやって来た……。だから、わたしは眠りにつくの……。わたしには、それがわかる……」
「わたしには、まったくわからないね、宝玉。消えるなんて許さないよ。役割とか、そんなのはどうでもいいんだよ。一身に背負い込むことが、お前を消そうとしているなら、わたしにその心の苦しみを渡しな――。お前の言う通りなら、本来はわたしが受かるはずだった心の苦痛の全てをお前が受け入れることで、お前が消えることになるじゃないか――。そんなのは、許さないよ――」
「それが、わたしという……宝玉の役割なのよ……」
そのとき、宝玉の身体の実体の感覚がなくなり、宝玉を抱いていた宝玄仙の両手がすり抜けた。
以前は宝玄仙と宝玉はお互いを触れ合うことはできなかった。
しかし、ふたりの存在がいよいよ安定したせいか、いつの時期からか、この意識の世界の中でふたりは触れ合うことができるようになっていたのだ。
だが、いま、宝玉の実体の感覚が消えたということは、宝玉自身が言っている通りに、宝玉が消える前兆かもしれない。
宝玄仙は焦った。
「待てって、言っているだろう、宝玉――。あんな禄でなしどもなんて、道術さえ戻れば、やっつけてやるよ。だから、気をしっかりと持ちな……」
「そうよ、宝玄仙……。道術さえ戻れば、あんな奴ら、あなたの敵じゃないわ……。だけど、そのためにも消えなければならない……」
「はあ?」
消えなければならないとは、どういうことだ?
宝玄仙は腹がたった。
「こ、この身体の持つ霊気は、本来はもっと大きなもののようよ……。本来の人格に吸収されて、それに接することができるいまのわたしには、それを感じる……。わたしも、あなたも、純粋とは程遠いから、この身体の持つ本来の霊気を引き出せないのよ……。でも、不純物のわたしが消えれば、あなたは純粋な存在に近くなる可能性がある……。そうすれば、魔法石による封印を凌げる霊気を集められるかも……」
宝玉が疲れたような笑みを浮かべた。その宝玉が薄くなっていく。
「ま、待つんだ、宝玉――。まだ、話は終わってない――。わたしをひとりぼっちにするんじゃない――」
宝玄仙は絶叫した。
だが、宝玄仙の腕の中で宝玉の姿が消えた。
同時に、宝玉の気配が完全に消滅した。
宝玄仙はひとりぼっちになった。
*
「宝玉、宝玉――」
宝玄仙は意識の世界の中で叫び続けた。
宝玉が消えた……。
しかも、宝玄仙が受けていた心の苦痛を一身に背負い込んで、宝玄仙を護ったために……。
そんなこと、許されることではない……。
「畜生……。こらっ――。存在とやら――。どこかにいるんだろう? ちょっと出といで。話があるんだ」
宝玄仙は叫んだ。
しかし、なんの気配もない。
「このわたしが出てこいと言っているだろう、存在――」
宝玄仙は怒鳴り続けた。
あの“存在”というのが、人格の統廃合を司っているのだ。
こうなったら、直談判して、宝玉を復活させてやる。
ほかのことは後だ。
とにかく、宝玉を……。
だが、なにも変化がない。
感じるのは宝玄仙自身の存在だけだ。
「出てくるんだよ、存在――」
宝玄仙は声をあげながら、意識の世界の闇を歩き続けた。
もちろん、意識の中の話なので、実際に歩き回っているわけではないだろう。
ただ、そういう感覚があるだけだ。
そのとき、不意になにかの気配を感じた。
すると、次の瞬間、目の前に五、六歳の幼女がいた。
その幼女は、暗い顔で宝玄仙の顔をまじまじと見ている。
はっとした。
これは、もしかしたら、宝玄仙の真人格?
宝玄仙は、目の前の幼女をひと目見て、そう思った。
そして、すぐにそれが間違いのない事実だと悟った。
理屈なしに、そう宝玄仙は断じた。
宝玄仙には、それがわかったのだ。
幼い幼女……。
根暗そうで、なにかに怯えている感じだ。
初めて接する自分の原点……。
これが……。
「あ、あなたは、
突然、その幼女が口を開いた。思いのほか、声には力があった。
そして、驚いた。
この幼女の持つ溢れるばかりの霊気にだ……。
それは、この宝玄仙ですら及びもつかない霊気であり、宝玄仙がいままでに想像すらしないほどの強い霊気だ。
それをこの子が持っている……。
「ねえ、お前……」
宝玄仙はその幼女の前にしゃがみながら声をかけた。
「御前をしらない、おねえちゃん?」
いきなり、その幼女が言った。
「御前?」
宝玄仙はそう言ってから、そう言えば、幼い頃の自分は母親のことをそう呼んでいたのを思い出した。
あの母親は、娘たちに“お母さん”とか、“母者”とか呼ばれるのを嫌って、そう呼ばせていたのだ。
つまり、この幼い宝玄仙は、あの母親を探しているらしい……。
「御前はいないの……。宝がだめな子だから……。でも、宝は御前にいわれたこと、いっぱいできるようになったの。わるいおばあさんもやっつけたの……。だから、こんどは、御前がいい子、いい子してくれるかも……。でも、やっぱり、御前はいないの……。たぶん、宝がわるい子だから、御前はあってくれないの」
その幼女は、そう言って、意気消沈したようにうなだれた。
そのとき、宝玄仙の中に、この子の抱く淋しさや母親を渇望する気持ちが雪崩れ込んできた。
それは、同じ自分だからこそ成立する、心の共有によるもののようだ。
しかし、いまの宝玄仙には、この幼女の心のように、母親に会いたいという気持ちはない。
懐かしいとは思うが、いまは、あの母親は宝玄仙の記憶をなくして、宝玄仙が与えた若く美しい姿で、相変わらずの豊かな性三昧の生活を謳歌しているだろう。
会っても仕方ないし、別に心配するようなことは、なにもない。
「あのねえ、お前の御前は……」
宝玄仙は、この幼女にそれをどう説明すべきか迷って、言い淀んだ。
だが、ふと、宝玄仙は、この幼女が、悪いお婆さんを退治したという趣旨のことを口にしたことを思い出した。
もしかしたら、それは、この意識の世界の中に入り込んでいた蝦蟇婆の影のことではないのか?
そういえば、さっきから、蝦蟇婆による人格支配の道術の象徴である老婆の影が見当たらない。
「こんどは御前のいったことをがんばるの。そしたら、御前は宝をだっこしてくれるの」
そして、目の前の幼女が予告なく消えた。
「あっ、待って」
宝玄仙は声をあげた。
あの原宝玉に頼むことがあるのだ。
宝玉のこと――。
宝玉を消さないでくれと、言わなければ……。
そのとき、宝玄仙の身体が光に包まれた。
宝玄仙を呼び出す合図の香りは感じなかった。
ただ、いきなり、白い光に包まれただけだ。
宝玄仙は自分の意識が外に出ようとしているのがわかった。
*
「さあ、宝玄仙、今日も拷問の時間よ。痛い思いをしたくなければ、早く、人格を手放すのよ」
頭に鋭い痛みを感じた。
髪の毛で身体を吊られている痛みだ。
また、切断されている足も金具が嵌まって、床と鎖で繋がれている。
目の前に金凰妃がいる。
どうやら、朝がやって来たようだ。
それで、この金凰妃に覚醒させられたのだ。
その金凰妃の拳がうなりをあげて、宝玄仙の顔面に叩き込まれた。
「ふぎぃ」
宝玄仙は凄まじい激痛に悲鳴をあげた。
なんの避ける手段のない宝玄仙の顔の真ん中に、力一杯に拳で殴り付ける金凰妃の残酷さに腹がたつ。
一瞬、気が遠くなる。
そして、鼻が潰れ、鼻血が吹き出しているのがわかった。
「眼が覚めたかい? じゃあ、今日も徹底的にいくよ……。まあ、死なさないようにはするから、安心するのよ。責めては壊し、壊しては責めるというのを繰り返してあげるわね。じゃあ、とりあえず、そのみっともなく拡大した乳房でも焼いてみようか」
金凰妃が笑いながら、宝玄仙の大きな乳房、特に乳首を中心とした場所にどろりとした液体をたっぷりと垂らした。
敏感にされている乳首がくすぐったい……。
宝玄仙は思わず甘い声のようなものを発して、身体を悶えさせた。
「相変わらず淫乱な身体ねえ……」
液体を垂らしていた金凰妃が今度は、その手に火のついた蝋燭を握って近づいた。
宝玄仙は愕然とした。
たったいま、乳房にかけられた液体が、油だと匂いでわかったからだ。
そして、その油を垂らされた乳房の片方に蝋燭の火が……。
「お、お前、なに考えているんだよ。や、やめないか――」
宝玄仙は全身を暴れさせた。
しかし、じゃらじゃらと鎖が鳴るだけだ。
金凰妃が宝玄仙の様子に、愉しそうに笑いながら、炎を近づけていく……。
「ふふふ、暴れないのよ」
「わあっ、わっ、や、やめておくれ――。ご、後生だよ」
宝玄仙は絶叫した。
試しに道術を遣おうとした。
だが、やっぱり、膣の中の魔法石に霊気が吸収されて、道術が発動しない。
すると、その蝋燭が乳首の直前で不意にとまった。
「そうそう、忘れるところだったわ。お前が少しでも絶望するように教えておくわ。孫空女は屈服したわ。奴隷になると、ついに約束したのよ。明日には、魔王様の相手として連れてくるわ。雰囲気が変わっているから、びっくりすると思うけど、お前にも会わせてあげるわね」
金凰妃が言った。
それについて、宝玄仙は思考を巡らすことはできなかった。
金凰妃が乳首の先端に蝋燭の炎を触れさせたのだ。
「うぎゃあはあああ――」
宝玄仙の胸が大きな炎に包まれた。
金凰妃の高笑いが部屋に響き渡り、それが宝玄仙の絶叫に混ざりあった。
(第88話『語られる予言』終わり)