※この作品はR-18です。

嗜虐西遊記【完結】   作:ドン・ドナシアン

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584 届かぬ手

「ち、畜生……あ、熱い……ひぐうっ……い、いつか仕返ししてやるからね……ああっ……」

 

 手足のない身体を逆さ吊りにさせた宝玄仙が苦痛の悲鳴をあげている。

 金翅(きんし)は、その声に嗜虐心を満足させられて、心からの愉悦を覚えた。

 

「なに、泣きべそかいてるのよ、宝玄仙。まさか、燭台の役目が一本で終わりだと思っていないでしょうねえ。なんのために、お前の股間にはふたつも穴があると思っているのよ。ちゃんと、前の穴にも挿すわよ。奥に魔法石を埋めているけど、蝋燭を突き挿すくらいのことは問題ないしね」

 

 金翅は、二本目の蝋燭を取り出して言った。

 逆さ吊りにした宝玄仙の肛門には、太さが一寸(約三センチ)もある赤い蝋燭が深々と埋まっている。

 それに火がついていて、灼熱の蝋が宝玄仙の股間に垂れ落ち、そのたびに宝玄仙は苦悶の悲鳴をあげているのだ。また、宝玄仙に示した二本目の蝋燭の太さは、最初の蝋燭の倍の太さがある。

 金翅の腕ほどにも太いその蝋燭を金翅は、宝玄仙の秘肉の中に強引に突き立てていく。

 

「ぐううっ……あがああっ……い、痛いいい……お、お前……せめて……ぐううっ……」

 

 宝玄仙の股間は、まだほとんど濡れていない。

 なんの愛撫も与えずに、いつもの髪吊りの状態から逆さ吊りの体勢に変えると、すぐに蝋燭を尻の穴に突きたてただけだからだ。

 渇いた膣に極太の蝋燭を入れられる激痛に、宝玄仙が身をよじらせて涙を流している。

 

「せめてなによ、宝玄仙? このわたしに股間を悪戯されたかったの? だったら、最初から言わないかい……。うまくおねだりできないから、こんなことになるのよ。次からは、ちゃんとおねだりするのね」

 

 金翅は女陰にぐいぐいと蝋燭をねじ込みながら笑った。

 潤滑油もなしにこれほどの太さの蝋燭を挿入されるのは、さすがの宝玄仙も大変な苦痛のようだ。

 顔を歪めてぼろぼろと涙を流し続けている。

 

「熱ちちち……はがあああ――」

 

 宝玄仙が突然に泣き叫んだ。

 膣をこじ開けられる痛みで身体を暴れさせたために、すでに火がついている肛門の蝋燭から垂蝋が一度に垂れ落ちたのだ。

 肛門の蝋燭は、垂蝋が股間に向けて落ちるように角度をつけている。

 いま挿している蝋燭の根元付近が垂蝋の赤い蝋の痕でいっぱいになった。

 

「あぎゃああ――」

 

 宝玄仙がその熱さで暴れた。

 すると、また蝋がぼたぼたと落ちて、宝玄仙が絶叫する。

 

「ほらほら、動くと苦しむだけだというのがわからないの、宝玄仙? それと、この蝋燭は普通の蝋燭じゃないからね。熱さが倍増するように、特別に加工させたものだから、蝋が落ちるたびにお前の股ぐらに火傷の痕を作るわよ。気をつけてね」

 

「ひぎいいい、あぎいいい」

 

 宝玄仙は金翅の言葉が耳に入っていないのか、ただ泣き叫ぶだけた。

 金翅は構わずに続ける。

 

「まあ、いつもの通り、お前の身体の下からは、微風の『治療術』の風が吹いているから、苦しみながらもちゃんと、その風がお前の股倉を癒してくれるわ。だから、お前は、いつまでも新鮮で敏感な肌に、熱い蝋を受けられることができるということよ」

 

 金翅は笑った。

 宝玄仙の膣深くに埋まっている魔法石に当たるまで蝋燭を埋め終った。す

 ぐに金翅は二本目の蝋燭に火をつけた。

 

「いいようね……」

 

 金翅は宝玄仙を吊っている場所の横にある肘掛け椅子に座った。

 道術で宝玄仙の股間に挿してある二本の蝋燭以外の灯りを消す。この部屋は、宮廷の最上層の外面に面しているが窓はない。

 だから、燭台の灯りを消せば、部屋を照らす灯りは宝玄仙の股間の二本の蝋燭だけということになる。

 薄暗い拷問室の真ん中で、逆さ吊りの宝玄仙の股間の蝋燭がゆらゆらと揺らめく。

 

 人間燭台だ。

 

「思ったよりも素敵だわ、宝玄仙。孫空女を陛下がお抱きになるのは、昼からだけど、そのときには、陛下の寝室にお前を移動させることにするわ。お前の供が陛下に犯されるのを、お前は燭台として照らしながら、それを見物するのよ……。どう、素晴らしい考えでしょう?」

 

「ふ、ふざけ……るな……よ。熱ちっいい――」

 

 闇の中に浮かんだ宝玄仙の白い肉体が、炎とともに揺れた。

 宝玄仙の肌は白い。その肌には赤い蝋が本当に映える。

 肛門に挿入した蝋燭には曲線がついていて、そこから落ちる蝋燭は正確に宝玄仙の女陰に垂れ落ちる。

 また、その女陰に挿入した蝋燭は、熱い蝋を肉芽に向けて蝋を垂らすようになっている。

 

「ひぐううっ」

 

 また、蝋がぼたぼたと落ちて宝玄仙が奇声をあげた。

 灼熱の熱蝋が落ち続ける生きた蝋燭立ては、身をよじりながら、絶え間のない苦しみに呻き続ける。

 

 金翅は、しばらく、その苦悶の踊りを眺めていたが、やがて、かすかに肉が焼ける匂いが漂い出した。

 あの蝋燭は普通の蝋燭の数倍もの熱さの垂蝋となるように加工させたものだ。

 それが、宝玄仙の翳りのない恥肉を焼いて、その香りを部屋に漂わせているのだ。

 

 しかし、そんな火傷程度の傷は、あっという間に逆さ吊りの宝玄仙の下から吹く風が癒してしまう。

 だから、宝玄仙は熱さに慣れることも、火傷で感覚が麻痺することもない。

 つまり、宝玄仙は、落ち続ける垂蝋に、いつまでも最初の一滴の熱さを感じ続けることになる。

 

「熱い……。く、くそおっ……。あ、熱いよう……ああ……た、助けて……誰か……」

 

 宝玄仙がすすり泣きがら声をあげ続けている。

 それに、時折、悲鳴が混じる。

 その叫びは、痛々しいが金翅にとっては、心地よい鳥のさえずりのようにも感じる。

 

「そうだ、宝玄仙、もうすぐ、孫空女がここにあがってくるわ。陛下がお抱きになる前に、このわたしが念のために、あの身体を点検するためだけど、そのときには、お前が苦しむ声を聞かせてやることにするわ……。すっかりと孫空女も腑抜けているけど、あんなに主人想いだった女だしね。お前が泣き叫ぶ声を聞かせてやれば、あいつの悲痛も大きくなると思うわ……」

 

「う、うるさい――、んぎいいい、うぎいいいっ」

 

「……そして、午前中は、ここでわたしが、お前の苦痛の声を聞かせながら、孫空女の身体を点検として犯す。午後は、お前も孫空女も、陛下の寝室に移動して、やっぱり、お前の悲鳴を聞きせながら、孫空女は陛下に尻を犯されるということよ――」

 

 金翅はそう言うと、思いついたことを実行するために、逆さ吊りになっている宝玄仙に近づいた。

 そして、垂蝋が落ちている肉芽の皮をぺろりと剥いて敏感な豆を剝き出しにした。

 道術で皮が戻らないように固定してから、蝋燭の角度を調整し、垂蝋が剥いた肉芽にぴったりと落ちるように角度を直す。

 その蝋がぽたりと肉芽に落ちた。

 

「あがああっ――蝋燭があああっ――ぐううっ――ひぎいい――」

 

 宝玄仙がけたたましい声をあげた。

 

「さらに贈り物よ、宝玄仙――。刷毛虫(はけむし)よ。お前の肉芽に這わせてやるわね。だけど、感じてしまっても腰を振るんじゃないわよ。ただでさえ、続けざまに落ちる垂蝋が、さらにお前の股間に降り注ぐからね」

 

 金翅は、宝玄仙の股間に道術で取り出した刷毛虫を一匹放った。

 刷毛虫とは、身体の全面が柔らかい毛筆と同じような毛で覆われている虫であり、それに身体を這われると、筆でくすぐられているのと同じ刺激に襲われる。

 垂蝋の責めで敏感になっている股間に、今度は刷毛虫の刺激が加わり、宝玄仙の泣き声がはっきりと淫情のこもったものに変化した。

 

「ぎゃああっ――あああっ――あがああっ――」

 

 剝き出しにされた肉芽の上を刷毛虫に這いまわられて、宝玄仙が大きく腰を振った。

 すると、立てつづけに二本の蝋燭から蝋が垂れ落ちた。

 宝玄仙は断末魔のような声をあげて全身を仰け反る。

 その動きでさらに激しく蝋燭が揺れて、宝玄仙の股間に熱い蝋を注ぎ落とす。

 

「や、やめて――し、死にそうだよ――。頭がおかしくなる――や、やめておくれ――」

 

 宝玄仙が叫んだ。

 刷毛虫は熱さを感じないので、いくら垂蝋が落ちようとも、それとは無関係に宝玄仙の肉芽を刺激し続ける。

 そこに、熱い蝋が落ちては火傷の痕を作っていくので、痛みと快感を同時に受ける宝玄仙は、もう頭がどう対応していいのか混乱してわからない状態のようだ。

 

 そのとき、廊下から大勢の人間が近づく気配がしてきた。

 金翅はそっちに意識を向けた。

 やってきたのは、孫空女の連行を命じた丁翠の隊だろう。

 隊が廊下の前で停止したのが、廊下から聞こえる足音でわかった。

 

「丁翠(ていすい)です。孫空女を連行しました」

 

 拷問室の扉が叩かれて、丁翠の声がした。

 

「入っていいわよ」

 

 金翅が声をかけると、後ろでに手錠をかけられて、足首にも鎖のついた枷を嵌められている孫空女が、丁翠の部下に首輪の鎖を引かれてやってきた。

 孫空女は白い一枚着物を着ていて、それを紐の帯で縛っていた。

 部屋に入ってきたのは、孫空女のほか丁翠以下の四名だ。

 その四名がその孫空女を囲むようにやってくる。

 孫空女は怯えたように俯いている。

 

「ご苦労だったね、丁翠……。面倒はなかったかい?」

 

「まったく……。大人しいものでした、金翅様。一応、隊で身体検査をしましたが、寸鉄も帯びてません……。ところで、どこに繋げますか?」

 

 丁翠が言った。

 

「そこの寝台にうつ伏せに拘束してくれる」

 

 金翅は部屋の端にある寝台を示した。

 寝台の四隅には、四肢を縛る革紐がある。

 

 丁翠が部下に孫空女の身体をそこに拘束するように命じた。

 さらに三人の部下が、孫空女をうつ伏せに寝台に押し倒し、まずは、首輪の鎖を寝台の頭側の枠に巻きつける。

 こうしておけば、最悪、途中で暴れられても、寝台から簡単に離れられないからだろう。

 

 そうしておいてから、まずは、部下に身体をしっかりと押さえさせ、一箇所ずつ枷を外して、手足を一本ずつ寝台の四隅の革紐で縛らせる。

 拘束を変えるときに逃げられないための慎重な作業だ。

 やはり、丁翠のすることには隙がない。

 寸鉄も帯びていないというのは、その通りなのだろう。

 

「ちょっと、どきなよ――。あたしも入るんだよ」

 

 すると、廊下から女の声がした。

 追いかけてきたのは緒里(ちょり)だ。

 錬奴院で、この孫空女の調教を請け負った監督官の女だ。

 性格は激しく、奴隷に対する責めは容赦はないという。

 この緒里に追い詰められて、この孫空女はすっかりと牙を抜かれた。

 金翅は、緒里の仕事に満足している。

 

「ごくろうだったわね、緒里――。もう、戻っていいわよ。確かに、孫空女は、この金翅が受け取ったわ」

 

 金翅が声をかけると、緒里が姿勢をただして敬礼をした。

 

「はいっ」

 

「さて、孫空女、久しぶりのご対面よ。お前のご主人様の哀れな姿を見てごらん。その声を聞きながら、まずは、わたしが張形でお前の尻を掘ってあげるわね。一応、それが、この金凰宮の掟なの。陛下にお出しする女の味見は、必ず、この金翅がすることになっているのよ」

 

 丁翠たちが孫空女の寝台に拘束し終わったようだ。

 金翅は、丁翠たちを寝台から離れさせてから、棚から張形を取り出して、孫空女がうつ伏せになっている寝台に近寄った。

 

「じゃあ、始めようかしら」

 

 金翅は孫空女の身体の横に立つと、まずは、道術で孫空女の心に自分の耳目を接触させた。

 こうやって、心を読みながら責めるのが、金翅の得意の技だ。

 こうすると、どんなに隠そうとしても、確実に性感を責めたてることができる。

 

「おやっ?」

 

 しかし、孫空女の心に繋がった途端に違和感があった。

 金翅には、その違和感の正体がわからなかった。

 

「えっ?」

 

 次の瞬間、なぜか孫空女の身体に大量の血が注ぎ落ちた。

 それが自分の血だということは、すぐにはわからなかった。

 だが、自分の心臓を突き破った金色の棒が、しっかりと自分の胸から突き出ていることだけは、はっきりとわかった。

 

「な、なんで……?」

 

 眼の前が一気に暗くなった。

 周囲が騒然となった気がした。

 

 しかし、すぐに、音はなにも聞こえなくなった。

 なにが起きたのかもわからない。

 

 自分の胸に刺さっていた棒が引き抜かれたのがわかった。

 口から血が噴き出す。

 

 力を失った身体が、ずるずると床に崩れていく。

 完全に自分の身体が、床に仰向けに倒れた。

 

 どうしたの……?

 なぜ……?

 

 すると、うっすらと視界が戻った。

 眼の前に、逆さ吊りにした宝玄仙の顔があった。

 

 しかし、宝玄仙は、金翅を無視して、別のなにかを見ている。

 随分と驚いているようだ。

 だが、それがなになのかはわからない。

 

 また、視界が暗くなった。

 

 

 *

 

 

「緒里――。貴様――」

 

 自分に向かって、隊長が怒鳴るのが聞こえた。

 構わず、孫空女は背中から金翅の心臓を抉った『如意棒』をくるりと回し抉った。

 

 金凰妃の心臓を確実に突き破った感触が孫空女の腕に伝わった。

 胸から出た大量の血で寝台を汚した金凰妃が、さらに大量の血を口から噴き出させる。

 

「殺せ――。いや、捕らえよ――。理由を吐かせるのだ」

 

 隊長の命令に、隊の兵たちが騒然となった。

 すでに、隊長だけは剣を抜いている。

 ほかの者もやっと我に返って、剣を抜こうとしている。

 

 孫空女は、伸ばしていた『如意棒』を金翅の胸から抜いた。

 そして、剣ほどの長さまで縮めると、かかってきた隊長の剣を『如意棒』で一度受けて、隊長の身体を蹴り飛ばした。

 隊長の身体が壁まで吹き飛んで、その身体が動かなくなる。

 

「どうも、動きにくいね、この身体――」

 

 孫空女は、服の下に締めていた『変化の帯』を引き抜いて捨てた。

 緒里に変身していた自分の身体が、元の自分の身体になるのがわかった。

 

「どけえっ――」

 

 剣を抜いたばかりの室内の兵を『如意棒』で振って殴り散らす。

 扉に突進する。

 雪崩れ込もうとしている廊下の兵をまとめて蹴り戻すと、鉄の扉を反対側から押してくる兵たちごと押して、扉を閉めてしまう。

 すかさず鍵を閉めた。

 外で叫び声がしているが、これで多少は時間を稼げるだろう。

 

「お、お前が孫空女――?」

 

 突き飛ばされて床に倒れている兵のひとりが、『如意棒』を持って暴れている孫空女と、寝台にまだ拘束されたままの孫空女の姿を両方眺めて驚いている。

 

「お前は死んでな――」

 

 孫空女は棒を振った。

 『如意棒』の先を頭に受けたその兵が床に倒れて動かなくなる。

 死んだのか、気を失っただけかどうかはわからない。

 

 残りの兵は、隊長を含めて、もう動いていない。

 最初の一撃でのびたのだ。

 

「そ、孫空女――、お前なのかい――?」

 

 逆さ吊りの宝玄仙が叫んだ。とりあえず、宝玄仙の股間に蝋燭を引き抜いて横に置く。

 虫みたいなのもあったから取り払う。

 蝋燭も投げ捨てようかと思ったが、いま、部屋を照らしているのは、この蝋燭だけだ。

 これを消すと真っ暗になる。

 

「う、うん、ご主人様――。あ、あのね……」

 

「話は後だよ、孫空女。それより、わたしを先に――」

 

 寝台にうつ伏せに拘束されている鳴智が叫んだ。

 鳴智はまだ孫空女に変身したままだ。

 男の兵たちが牢にやってくる直前、鳴智と孫空女はお互いに『変化の指輪』を嵌めて、姿を入れ替わったのだ。

 

 それが鳴智の策だった。

 鳴智は、孫空女の唾液をすすって孫空女とそっくりの姿になり、孫空女は鳴智が持ってきていた緒里の尿というのを飲んで緒里の姿になった。

 そして、この部屋に着くや否や、緒里の姿だった孫空女は、耳に隠していた『如意棒』を伸ばして、金翅の胸を一気に突き破ったのだ。

 

「待っててね、ご主人様――」

 

 孫空女は寝台に飛びつくと、『如意棒』で、首輪に繋がった鎖が巻きつている寝台の上部を壊し、次いで四肢の革紐を引き千切った。

 

「あんたは、宝玄仙を助けな――。そして、逃げるよ――」

 

 まだ、孫空女の姿の鳴智は起きあがると、身体の下に巻きつけていた『変化の指輪』を抜いた。

 

「な、鳴智――。お、お前なのかい――? 鳴智かい――? えええっ――。な、なんで、お前がここに――?」

 

 宝玄仙が絶叫した。

 

「話は後だよ、宝玄仙。切羽詰った状況だというのは、見りゃあわかるだろう――」

 

 鳴智は、宝玄仙の叫びに眼もくれずに、反対側から激しく物音がしている扉に駆け寄った。

 そして、扉の横の棚を倒して、つっかえ棒をするように扉の前に倒した。

 次いで、反対側の棚も崩す。

 

「ご主人様、いま、助けるから――」

 

 孫空女は宝玄仙に駆け寄る。

 宝玄仙の切断された膝の部分に金具が嵌っていて、その金具に天井から吊られた二本の鎖が繋がっている。

 孫空女はその二本の鎖を『如意棒』で切断して、宝玄仙の身体を抱きかかえた。

 

「な、鳴智、お前、なんで、ここにいるんだい――? お、お前には、いろいろと聞きたいことがあるんだよ。と、とにかく、ここでなにしてるのか言うんだよ、鳴智――」

 

 孫空女に抱きかかけられている宝玄仙が喚いた。

 

「そんなことは、後だと言っているじゃないか、宝玄仙――。でも、周りの空気を読まない、その考えのなさは懐かしいねえ……。久しぶりすぎて、わたしも嬉しいよ――。さあ、孫空女、手を貸しな」

 

 鳴智は寝台を扉の前に移動させようとしている。

 孫空女はとりあえず、宝玄仙を床に置くと、鳴智と一緒に寝台を扉の前に寄せた。

 扉の外はいよいよ大騒ぎになっている。

 しかし、この拷問室の扉は余程に頑丈に作られているに違いない。

 廊下では、大勢の兵が扉をこじ開けようとしているが、まだ、それを果たせないようだ。

 

「そこの壁をぶち抜いておくれ、孫空女――。さっき、宝玄仙が吊られていた後ろくらいだと思う。そこが宮殿の外の壁側に違いないよ」

 

 鳴智が扉の反対側の壁を指さした。

 孫空女はそっちに向かった。

 

「なにするつもりだい、お前たち?」

 

 四つん這いの状態の宝玄仙が声をあげた。

 

「逃げ道を作るのよ」

 

 鳴智が床に落ちていた隊長の剣を拾って、扉の近くで構えた。

 鉄の扉が激しく音をたてて揺れている。

 蝶番の部分が曲がっている。いよいよ開きそうだ。

 

 孫空女は壁に『如意棒』を叩きつけた。

 壁にひびが入って小さな穴が開いた。

 その穴から風が入ってくる。

 確かに、この向こうは外だ。

 

「お、お前たち、ここは、この魔王宮の最上階だよ。穴を開けてどうするつもりだい?」

 

 宝玄仙だ。

 

「だったら、ほかにどうするんだい、宝玄仙? 外には、魔王宮の近衛兵がうようよしているんだよ。それに、魔王宮内では、魔王の結界が邪魔をして、この『道術紙』による『移動術』も遣えないしね」

 

 孫空女が二発目の棒を叩きつけようとする前に、鳴智がちらりと『道術紙』を宝玄仙に示したのが見えた。

 『道術紙』とは、あらかじめ道術が刻んである紙であり、あれがあれば道術遣いでなくても、道術が遣えるらしい。

 ただ、この魔王宮の敷地内は、金凰魔王の結界がかかっていて、金凰魔王が許さない『移動術』は遣うことができない。

 

 だから、最終的には、『移動術』で姿を消すにしても、とにかく、敷地の外までは、自力で突破しないといけないのだ。

 そのとき、凄まじい爆音が扉から響き渡った。

 扉の前に積み重ねていた棚や寝台が吹き飛び、その衝撃が孫空女たちを突き飛ばした。

 

「うわっ」

「ひいっ」

 

 鳴智と宝玄仙が声をあげて、孫空女のいる壁側に転がってきた。

 

「大した騒動を起こしてくれているようだな――?」

 

 扉ごと壁が毀れて、その周りで砂埃が舞っている。

 その埃の中から、金凰魔王がのっそりと入ってきた。

 その両脇から剣を抜いた近衛の兵たちも雪崩れ込む。

 すかさず、鳴智が前に出た。

 

 その鳴智が自分の身に着けている着物の帯から長釘を引き抜いたのが見えた。

 鳴智は、それを帯に仕込んで隠していたのだ。

 金凰魔王の手首にその長釘が突き刺さった。

 

「痛いっ」

 

 金凰魔王が顔をしかめた。

 

「道術を封じる毒薬が塗ってあるからね――。しばらく、あんたの道術は刻めないよ。ついでに致死量の猛毒も塗っておいたわ……。すぐに毒が回るわよ。死にたくなければ、どこかで『治療術』を受けておいで……。そのあいだに、わたしらは逃げるから」

 

 鳴智が笑った。

 

「くっ……。お、お前たち、捕らえよ」

 

 金凰魔王が手首を押さえてうずくまったまま叫んだ。

 孫空女も体勢を戻して、二発目の『如意棒』を壁に叩き込んだ。すると、そこにぽっかりと大きな穴が開いた。

 

 風とともに陽の光が入ってくる。

 ふと壁の穴から外を見ると、遥か下に魔王宮の中庭が見える。

 

 鳴智が剣で、向かってきた兵の数名を倒した。

 狭い部屋の中だ。部屋の中は吹き飛んだ棚や寝台の瓦礫が散乱して、うまくそれが障害物になっている。

 また、一度にかかってこれる兵の数は限られている。

 鳴智は、うまくそれを利用して、後続の兵を遮っている。

 

「お前たち許さんぞ――」

 

 鳴智と切り結んでいる兵の後ろで金凰魔王が吠えた。

 

「それはこっちの台詞だよ。孫空女、代わって――」

 

 鳴智が叫んだ。

 孫空女は鳴智の前に出た。

 

「やるかい――?」

 

 目の前に飛びかかってきた数名の兵に、『如意棒』を一閃させる。

 飛びかかってきた兵たちが飛ばされて、後続の兵に折り重なった。

 その倒れた兵に後ろの兵が邪魔されたかたちになった。

 しかし、近衛の兵たちが倒れている兵の身体を越えて突進してくる。

 

 孫空女は、さらに『如意棒』を振り回した。

 その兵たちも倒れて、部屋に積み重なる。倒れた兵たちの身体で防壁のようになった。

 

「行くよ、孫空女――。宝玄仙を……」

 

 鳴智が壁にできた穴の前に立ちはだかるように剣を構えた。

 孫空女は、『如意棒』を耳にしまうと、宝玄仙を抱えて、鳴智の後ろの穴の前に立った。

 

「そこからは、逃げられんぞ。諦めろ――。すでに、庭にも兵を配した」

 

 金凰魔王がまだ膝をついたまま声をあげた。

 確かに、壁の穴から下の中庭に大勢の亜人兵がわらわらと出てくるのが見えた。かなりの数だ。

 

「それは、どうかしら……」

 

 壁の外にばさばさという羽音がした。

 外に黒い羽根を拡げた亜人の美女が舞い降りてきた。

 

「ま、魔凛(まりん)――?」

 

 声をあげたのは金凰魔王だ。

 

「久しぶりね、魔王……。挨拶したいけど、今度にするわ」

 

 女の鳥人族だ。

 その鳥人族の女が壁の外から手を伸ばしている。

 鳴智から事前に聞いていた手筈の通りだ。

 

 だが、この女がやって来るとは思わなかった……。

 孫空女は、この女を知っている。

 

 魔凛という名は知らなかったが、そもそも、孫空女たちが獅駝(しだ)の城郭で青獅子に捕らえられたとき、それに関与したのが、この女の鳥人だ。

 

「そいつは仲間だよ、孫空女――。わたしを信用しな――」

 

 鳴智が剣を構えたまま、こっちに来ようとする兵たちを威嚇しながら叫んだ。

 迷っている暇はない。

 孫空女は片手で宝玄仙を抱えたまま、片手を外に向かって伸ばした。

 魔凛の片腕が、しっかりと孫空女の手首を掴む。

 孫空女の身体が、抱いている宝玄仙の身体ごと宙にぶらさがった。

 

「うわあっ」

 

 声をあげたのは、孫空女に片手で抱きかかえられている宝玄仙だ。

 遥かな眼下には、金凰宮から出てきた兵たちが大騒ぎをしている。

 

「じゃあね、魔王さん……。また、いつか会うかね……。それとも、その毒が回って、死ぬのが早いかな?」

 

 鳴智が笑いながらこっちに手を伸ばそうとした。

 孫空女に突き飛ばされた兵たちが、やっと体勢を直しているが、それよりも、鳴智が逃げるのが早いだろう。

 

 鳴智の手がこっちに伸びた。

 魔凛も手を伸ばす。

 しかし、その鳴智の身体が突然に倒れた。

 

「う、うわっ――。な、なに?」

 

 壁の向こうで、鳴智が悲鳴をあげた。

 鳴智は誰かに脚を引っ張られたようだ。

 

「鳴智――」

「鳴智――」

 

 魔凛と宝玄仙が声をあげた。

 倒れた鳴智の身体を誰が掴んだのかわかった。

 それは、孫空女が心臓を突き破ったはずの金凰妃だった……。

 

「に、逃がさないわ……」

 

 鳴智の身体にしがみついている金凰妃の姿がちらりと見えた。

 身体にはまだ、血がついているが、どうやら『如意棒』で開いた胸の穴は塞がっている気配だ。

 

 なぜ……?

 孫空女は唖然としてしまった。

 

「そのまま逃げろ――。命令よ――。逃げるのよ――」

 

 鳴智がなにか小さなものを魔凛に投げた。

 魔凛がそれを空中で受け取った。

 その直後に、鳴智の身体は二重三重に近衛の兵たちが掴みかかられた。

 

 もう完全に鳴智の身体は捕えられてしまっている。

 いま、鳴智を助けるには、もう一度壁の向こうに戻るしかないが……。

 

「行け――。魔凛――。行くのよ――。宝玄仙を連れて逃げるのよ――。そう言ったでしょう――。わたしの命に従いなさい――。宝玄仙を連れて逃げて――。お願いよ――」

 

 鳴智が叫んだ。

 

「で、でも……」

 

 魔凛が当惑している。

 

「ま、待つんだ、魔凛とやら――。鳴智――鳴智――。こっちに来るんだよ。いいから、なんとかして、こっちに来るんだ――。手を伸ばせ、鳴智――」

 

 宝玄仙が絶叫した。

 しかし、鳴智の身体は部屋の内側方向に引き摺られていって姿が見えなくなった。

 その代わり、穴から弓矢を持った亜人兵が姿を見せた。

 一方で、庭にいる兵からも矢が射込まれて始めた。

 何本かの矢は、宙に浮いている三人の横を掠め飛んでくる。

 

「ご免よ、鳴智――」

 

 魔凛は声をあげた。

 魔凛の身体が急上昇した。

 金凰宮の屋根があっという間に小さくなった……。

 

 

 *

 

 

「やってくれるじゃないのよ……。あ、あんたは、宝玄仙の仲間かい……?」

 

 全身を血で汚した金翅が、鳴智に詰め寄ってきた。

 その鳴智は、床に仰向けにされて、その身体を十人以上の兵に押さえられている。

 しかも、めちゃめちゃに殴られたため、痛みで身体が動かない。

 どこかの骨が折れていると思う……。

 

「あ、あんな女知らないね……。ちょ、ちょっと通りかかったから、有名な金凰宮に忍び込んでみようと思っただけさ……。大したことはなかったよ……」

 

 鳴智はうそぶいた。

 

「服を取りあげろ。まだ、なにかを着物に隠しているかもしれん」

 

 苦しそうに床にしゃがみ込んだままの金凰魔王が言った。

 兵たちが鳴智の身体から着ているものを奪い取っていく。

 

「ちょ、ちょっと待ってください、あなた……。わたしが解毒を……」

 

 金凰魔王に金翅が寄っていった。

 金翅が金凰魔王の手首を握った。

 どうやら、金凰魔王の身体に、『治療術』を刻んでいるようだ。

 

「な、なんで……。あんたは、不死身かい……?」

 

 鳴智は金翅に向かって言った。

 孫空女の『如意棒』は、確実に金翅の胸を貫いていた。鳴智もすぐにそれを確かめた。

 

 金翅は死んだはずだ。

 そのあいだにも、鳴智の身体からは、帯も着物も履物もどんどんと剥がされていく。髪を束ねてている髪紐さえも取りあげられた。

 

「もちろん、不死身じゃないわね……。ただ、たまたま、『治療術』の風を床から吹きあげている場所の上に倒れたのよ。運がよかったわね……」

 

 金翅が言った。

 なんのことを言っているかわからないが、どうやら、瀕死の負傷をさせることまでは成功したが、なんらかの理由により死には至らせることはできなかったようだ。

 鳴智は舌打ちした。

 

「なにかを身体の内部に入れておるようだな」

 

 毒の癒えた金凰魔王が鳴智の胸に手を伸ばした。

 その手首から先が鳴智の胸のあいだに吸い込まれた。

 一瞬後、金凰魔王の手が、鳴智がお宝に埋められた『炸裂石』を持って、身体の外に出てきた。

 そう言えば、お宝が鳴智の身体に、そんなものを仕掛けたのだった。すっかりと忘れていたが……。

 

「どこまでも物騒な女だな」

 

 金凰魔王が苦笑して、部下に『炸裂石』を預けた。『炸裂石』は、部屋の外に出されたようだ。

 

「さあ、あいつらは、どこに逃げたの? どうせ、逃げる場所は決めてあったんでしょう。それはどこかしら?」

 

 金翅が鳴智の横にしゃがみ込んだ。

 

「そ、そんなことを喋ると思うのかい……?」

 

 鳴智は金翅の顔を見あげながら笑った。

 どんな拷問をされても、絶対に喋らない――。

 鳴智はそう決めている。

 

 しかし、とりあえず、お宝が待っているあの妓楼については、すぐに喋ってしまうか……。

 少しは時間稼ぎになって、それで宝玄仙たちが逃げ延びる時間が稼げるかもしれない……。

 そんなことを思った。

 

 お宝の隠れ場所と、魔凛と準備した隠れ処は違う場所だ。

 魔凛は、まずはあの隠れ処に逃げるはずだ。

 そこから、さらに宝玄仙と孫空女を逃がす手筈になっている。

 できれば、あの隠れ処で宝玄仙の道術を復活させたいと思うが、それができなければ、とりあえず、金凰宮の領域の外に逃げさせる。

 それまでの面倒は絶対に看ろと魔凛に強く指示している。

 

 その通り、そのまま、さらに逃げてくれればいいのだが……。

 鳴智を助けようとするような余計なことをやろうとしないだろうか……。

 鳴智はそれが少し心配だ。

 とにかく、宝玄仙さえ逃げてくれれば……。

 

「……お宝という女がいる場所と、魔凛たちが逃げ込む場所は違うのね……。そして、あなたは、鳴智という名なのね。そうよくわかったわ……。ところで、思考が複雑で、まだ読み取れないけど、あんたの宝玄仙とは随分と縁がある関係なのね……」

 

 金翅が不敵に笑った。

 鳴智はびっくりした。

 

「……白状しなくてもいいのよ。ただ、わたしの質問の答えを思うだけでいいの……」

 

 心を読む女?

 鳴智は驚愕した。

 そして、愕然とした。

 心に思うことをやめるのは不可能だ。

 金翅に、宝玄仙たちが逃げた場所が悟られてしまう……。

 

「もういいわ、鳴智……。さあ、あなた、魔凛たちの逃げた場所がわかったわ――。すぐに追いかけましょうよ。宝玄仙を捕らえなきゃ――。ついでに、魔凛もね……。魔凛って、あいつ、生きていたのね」

 

 金翅が金凰魔王に声をかけた。

 鳴智は全身の毛孔から冷や汗が一斉に噴き出すのがわかった。

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