三個の身体で支配する者が、魔の地でふたつの
それまでの支配者は倒され
ふたつの宝をまとめた者が新たな魔の地の王となるであろう
──金王妃の予言
*
「どういうことなんだよ、説明しな――。さっき、金凰宮に、お前と一緒に、わたしを助けにやってきたのは、あの
宝玄仙は荒れ狂っていた。
ただ、宝玄仙が荒れ狂っている理由がわからず、孫空女は途方に暮れた。
宝玄仙にとって、あの鳴智がどうやら特別な存在だというのは、なんとなく雰囲気でわかるのだが、そもそも、宝玄仙と鳴智がどういう関係なのか、孫空女にはわからない。
孫空女としても、
そして、その通りに実行して、宝玄仙を救出できた。
だから、孫空女も、あの鳴智が何者かなど知らない。
鳴智がどういう経緯で宝玄仙を助けにやってきたのかなど、孫空女が知りたいくらいだ。
とにかく、孫空女は鳴智について、知っていることを説明した。
そして、それはすぐに話し終ってしまった。
「なんだい、それは? まったく、わけがわからないじゃないかい――」
するとまた、宝玄仙が怒りだした。
ここは、金凰宮から少し離れた山中にある丘だ。
また、鳴智が生き返った金凰妃に身体を捕まえられた直後、なにかを魔凛に投げた。
どうやら、それは『移動術』を遣うための『道術紙』だったようだ。
『移動術』で跳躍したこの場所の周囲は、丘になっていて、景色は開けていた。
丘からは、金凰宮の街並みも見える。
「とりあえず、あんたらは、ここにいてくれるかい? わたしは、金凰宮に戻るよ。鳴智を見捨てるわけにはいかないし」
離れた場所に立っていた鳥人族の魔凛が、すっと立ちあがった。
「待ちなよ。戻ってどうするんだい? 金凰宮の連中も待ち構えているに決まっているじゃないか」
宝玄仙が言った。
「だ、だけど……」
魔凛は困惑した表情だ。
「そもそも、お前は誰なんだい?」
宝玄仙が魔凛に言った。
どうやら、宝玄仙は、魔凛があの
孫空女は、それを指摘すべきかどうか迷った。
「いや、そんな言い方すべきじゃなかったね。わたしを助けに来てくれたのに……。あんたが何者かわからないけど、感謝するよ。あんたの名は魔凛かい? 鳴智がそう呼んでいたからね。でも、鳴智とどういう関係なんだい?」
宝玄仙が神妙な表情になって言った。
「鳴智は仲間よ。わたしたちは……」
「あれえ? お前、なんだいそれ?」
魔凛が説明をしようと口を開いたとき、宝玄仙がいきなり悲鳴のような声で魔凛の言葉を遮った。
「ちょ、ちょっと待ちな――。お前のその首にあるのは、もしかして、『服従の首輪』じゃないのかい?」
宝玄仙は血相変えている。非常に驚いているようだ。
「『服従の首輪』?」
孫空女も驚いた。
『服従の首輪』と言えば、確か、宝玄仙が八仙時代に作った復讐の道具であり、沙那を調教するために、沙那の首に装着していたものだ。
そう言えば、女人国の女王騒動のときの壱都もどこからか手に入れて、宝玄仙が酷い目に遭った気がする。
「そう言えば、一瞬だったからわからなかったけど、鳴智も同じものを首に嵌めていた気がするね……。嵌められていたというべきなのかね……。お前たちには、少しばかり、詳しく話を教えてもらう必要がありそうだね」
宝玄仙が言った。
「そうか、わかったよ」
そのとき、孫空女は声をあげた。
鳴智について、どこかで遭ったに違いないと思ってずっと考えていたが、やっと思い出したのだ。
「なんだい、孫空女? 声をあげたりして……」
宝玄仙だ。
「うん、思い出したんだよ。あの鳴智のこと。ずっと、どこかで遭ったと思っていたけど……。ほらっ、宝蔵国だよ。幽霊みたいな元国王がいて、あたしとご主人様が酷い目に遭ったじゃないか――。そして、最後にご主人様が仕返しをして、女の姿に変えて……。そいつだよ、あいつ」
「お前は、もう黙ってな、孫空女」
なぜか、宝玄仙が怒った。
そのとき、なにかの気配を感じた。
ざわざわとなにかが周囲の草むらにざわめきを感じる。
孫空女は、とっさに耳から『如意棒』をとって、身体の前で伸ばした。
すると、目の前に亜人軍の一軍が出現した。
道術だ。
それがあっという間に周囲を取り巻いた。
孫空女たちがいる石の台を中心にすっかりと取り囲むように、亜人軍の大軍が現れた。
その数は、千は超えるだろう。
もしかしたら、さらにその倍はいるかもしれない。
とにかく、孫空女がいる場所からは、現れた隊の後ろの方は見えないくらいなのだ。
「お痛をしてくれた奴隷たちには、しっかりとお仕置きしてあげるわね、孫空女――。それと逃げた家畜もね――。今度こそ、そんな気も起きないように、徹底的に拷問してあげるわ……。それから、魔凛……。大人しく捕えられるなら、ご褒美に雌犬として飼ってあげるわ。だけど、抵抗しようものなら、ここで手足をばらばらにして殺し、動物の餌にでもしてやるわ」
孫空女を取り囲む亜人軍の先頭に、金凰妃が現れた。
まだ、さっき孫空女が傷つけた血のりがついた服のままだ。
余程、急いで追いかけてきたに違いない。
そして、とにかく、瞬時に動かせる隊を根こそぎここに転送させてきたというところだろう。
「魔凛とやら……。なにか、起死回生の奥の手を隠しているなら、すぐに出しな……。どうやら、まだ緊急事態は続いているようだよ……」
宝玄仙が小声で魔凛にささやいた。
「申し訳ないけど、そんなものは……」
魔凛が緊張した口調で言った。
孫空女は息を呑んだ。
またもや、これだけの大軍……。
しかも、金凰妃ひとりだって相当の力がある。
遮二無二突破するにも、宝玄仙を抱えては戦えないし……。
とても、逃げられない……。
孫空女の心に絶望が走る。
「武器を捨てなさい――。せめて、優しく扱ってあげるわよ……。そうだ。素っ裸になってもらおうか……。宝玄仙はもう裸だから、魔凛と孫空女もここですっかりと服を脱ぎなさい。お前たちふたりは、『移動術』を遣わずに、ここから、魔王宮まで素裸で連行して、住民の前を恥ずかしい姿で練り歩かせてやるわ」
金凰妃が言った。
孫空女は『如意棒』を持ち、魔凛は短剣を持っていた。
いまは、ふたりとも、それを構えている。
「諦めよ。もう、逃げられん――」
さらに隊の後ろから、金凰魔王の声がした。
その金凰魔王も金凰妃の横に現われた。
これで、逃亡を邪魔するものに、金凰魔王の道術も加わった。
いよいよ、脱出の見込みが消える。
「鳴智はどうしたんだい?」
宝玄仙が大きな声をあげた。
「鳴智? ああ、ちゃんと連れてきているわよ。もしも、お前たちがここにいなかったら、さらに心を探って、情報を探らないとならないからね」
金凰妃が笑った。
孫空女は、金凰妃が心を読めるということを思い出した。
だったら、鳴智は捕らえられた後、すぐに金凰妃から心を読まれたに違いない。
それで、こんなにも早く、魔凛たちが準備した隠れ処まで追いかけられてしまったのだ。
この隠れ処は、孫空女も事前に鳴智から聞いていた。
だから、金凰妃は、鳴智の心を読んで簡単にここを知ることができたのだと悟った。
「うわっ」
「な、なに?」
「しまった――」
すると、突如として身体がふわりと浮かんだ。
金凰魔王の道術に捕らえられたのだとわかった。
手を伸ばすが、眼の前に透明の壁のようなものがある。
身体を包む球体のようなものに捕らえられて、三人とも空中に浮かべられた。
「おい、連れて来い」
金凰魔王が背後の隊に声をかけた。
すると、どさりとなにかが隊の中から前に放り投げられた。
「あっ――」
「鳴智――」
魔凛と宝玄仙が悲鳴のような声をあげた。
鳴智は素っ裸であり、全身が痣だらけだった。
手と足がおかしな曲がり方をしていて、骨が折れていることは確かだ。
顔の半分は紫色に腫れていて、もはや、表情すらもわからない。
「さて、では、さっそく、金凰宮を襲った女盗賊の処刑といくか。お前たち、三人はそこで見物していよ」
金凰魔王が合図をした。
すると、数名の兵が前に出てきた。
ぐったりとしている鳴智の手や足を細い紐で何箇所も縛り始める。
「な、なにをするつもりよ」
魔凛が叫んだ。
「お前たちが見つかった以上、この女は用済みだ。これからここで処刑をする……。手や足を強く縛って、血があまり出ないようにしてから、切り落としていくのだ」
金凰魔王が笑った。
「小さく切断してやらないと、野犬も食べにくいだろうからねえ」
金凰妃が剣を抜いている。
どうやら、鳴智を切り刻んで殺す役割は、金凰妃が受け持つようだ。
鳴智は仰向けのまま、ほとんど動かない。
金凰妃の剣が一閃した。
鳴智の右手首が切断された。
少し呻いただけで、鳴智はあまり動かなかった。
血はそれほどでもない。
「さっき、殴りすぎたのねえ。弱りすぎて悲鳴も出ないようだわ……。それにしても、あまり、苦しまないんじゃあ、面白くないわねえ……。そうだ、あなた、腕を肩まで斬り終わったら、両脚を縄で繋いで股裂きにしましょうか。両側から兵たちに引っ張らせて、ふたつに裂くのよ。これだけの人数がいれば、十分だと思うし」
「なるほど、それも面白いな……。おい、太い縄を二本準備しろ」
金凰魔王が兵に命じるのが聞こえた。
そのあいだに、鳴智の左手首が金凰妃によって切断された。
鳴智が小さく呻いた。
「や、やめろよ――」
孫空女は絶叫した。
「お、お願いよ――。やめて――」
魔凛も叫んでいる。
孫空女はなんとか透明の球体を破れないものかともがくが、まるで手ごたえがない。
『如意棒』を抜いて突くが、透明の壁というよりは、力場の囲いという感じで、力で破れる感じではないようだ。
そして、鳴智の右手の肘の下が切断された。
「あがああ――」
鳴智は初めて、悲鳴らしい悲鳴をあげた。
「そうよ。もっと、苦しんでちょうだい。そうでなければ、残酷に処刑している甲斐がないもの……。誰か人間族に効果のある回復薬持ってきてよ。少し、飲ませるわ。ちょっとばかり意識を戻させてから、続きをしなきゃ」
金凰妃が声をあげると、すぐに後ろから、竹筒が運ばれてきた。
兵がそれを鳴智の口に注いでいる。
あわせて、さっき金凰魔王が命じた太い縄も運ばれてきた。
「げほっ、はあっ、あっ、あっ……」
鳴智が咳込むとともに、身体をもがかせ始めた。
「ほ、ほ、ほ、ほ……。やっと、少しは意識が戻ったようね、鳴智……。お前のお陰で、逃亡を図った宝玄仙と孫空女も捕えられたわ。ついでに、魔凛まで連れてきてくれて感謝するわ」
「……はあ、はあ、はあ……。……けな……」
鳴智がなにかを喋ったと思った。
しかし、よく聞こえない。
金凰妃も気がつかず、そのまま語りを続ける。
「……この三人は、金凰宮に戻ってから、たっぷりと仕置きするわね。ただ、お前については、ここで切り刻んで、肉片は野犬の餌よ。いま、腕を切り刻んでいる最中なのよ。それが終わったら、股裂きになると思うから、愉しみにしてね」
金凰妃が剣を構えたまま、鳴智に言った。
すると、やはり、なにかを鳴智がささやいた。
しかし、小さな声なのでよく聞こえないが、やっと金凰妃も気がついたみたいだ。
「なにか言った、鳴智?」
金凰妃が首を傾げた。
すると、また、鳴智がまたなにかを言った。
やはり、小さな声で聞こえない。
金凰妃が鳴智の顔に耳を近づける。
金凰妃の顔が近くなったところで、いきなり、鳴智が唾を金凰妃の顔に吐きかけた。
仰け反った金凰妃が悲鳴をあげて袖で顔を拭っている。
「唾を吐いてやるから、もっと、顔を近づけろと言ったのさ……、馬鹿」
鳴智が激しく息をしながら悪態をついた。
「お、お前――」
金凰妃の顔が憤怒のために真っ赤になった。
「か、簡単に死なせないわよ。股裂きの前に、鼻と耳を削いで、目玉も抉ってやるわ……。そうだ。女陰に手を突っ込んで、子宮も抉ってやる。身体を回復させる薬液もあるしね。弱らないように薬液で意識を保たせながら、およそ、考えられる限りの残酷さで処刑してやるわよ、鳴智」
「勝手にしなよ、おばさん」
鳴智が言った。
すると、さらに金凰妃の顔が赤黒くなった。
「……ごぜん……」
そのとき、小さな呟きが聞こえた。
宝玄仙……?
孫空女は視線を宝玄仙に向けた。
そのとき、宝玄仙が包まれている球体がなんとなく光っているのがわかった。
そして、宝玄仙は、球体の中で、短い手足を延ばして座り、鳴智のそばにいる金凰妃や金凰魔王を険しい表情で睨んでいる。
「
また、宝玄仙が声をあげた。
今度は、さっきよりも声の力が強い。
しかし、どことなく、口調が舌足らずで違和感がある。
宝玄仙であって宝玄仙ではないような……。
そんな感じだった。
そして、さっきよりも、さらに強く宝玄仙のいる球体が輝き出した。
だんだんと、孫空女の位置からでも、宝玄仙の身体が確認し難くなる。
「おっ、なんだ?」
金凰魔王が、やっと宝玄仙の変化に気がついた。
「あ、あなた、宝玄仙の霊気が洩れているわ――」
金凰妃も悲鳴のような声をあげた。
その言葉で孫空女もやっと、あの光が夥しい霊気の放出によるものだと悟った。
もの凄い量の霊気の発散だ。
宝玄仙の身体が球体の外から霊気をどんどんと吸い込み、それを自分の身体を通して、周りの球体にぶつけている。
その霊気の勢いが、孫空女の目には、光り輝くように感じたのだとわかった。
宝玄仙の身体に霊気が――?
しかし、宝玄仙は、膣の深くにずっと魔法石を入れられていて、宝玄仙の発散する霊気はことごとくその魔法石に吸収されるので、宝玄仙は道術を封じられていたはずなのだ。
「霊気――? 宝玄仙にか――? 馬鹿な――。宝玄仙は道術を封じているのであろう――?」
金凰魔王が金凰妃に声をあげた。
「も、もちろんですわ――。昨夜も新しい魔法石柱に変えたばかりだし、あれが霊気を吸収し尽くして飽和になるなんて、常識では考えられません。人間族の霊気では、どんな存在であれ、あの魔法石は三日かけても、飽和量の半分も蓄えられないのです。宝玄仙はそれを念のために毎晩交換していたのです。事実、いままでに一度だって、こんなことは……」
金凰妃は狼狽えている。
「だが、すでに宝玄仙の膣の魔法石は、限界まで霊気を吸いこんで吸収できなくなっているぞ。あれは、それが溢れているのだ。間違いない」
金凰魔王が焦ったように叫んだ。
その金凰魔王から宝玄仙に向かって、新たな道術が放たれた。
宝玄仙を包む力場の壁が分厚くなったのが孫空女にはわかった。
道術が遣えない孫空女だが、霊気の流れや集まりだけは、読み取ることができる。
そして、さっきの金凰魔王の言葉で、いま、どういう事態が起きているかの予測もついた。
おそらく、あまりもの急激な霊気の噴き出しで、宝玄仙の膣に入っている霊気の吸収材である魔法石が霊気を集められる容量を超えたのだ。
それで、すでに、宝玄仙は、自分の身体から自由に霊気を放出できるようになっているようだ。
つまり、宝玄仙は自力で金凰魔王の道術の囲みを破って、脱しようとしている……。
それにしても、孫空女は、あんな風に宝玄仙が霊気を集めるのに初めて接した。
あれは、朱姫が霊気を集めるときのようなやり方だ。
朱姫は、霊気の量が一定せずに、霊気が必要なときに、いま宝玄仙がやっているように、周囲の霊気を自分の身体に必要な分だけを集めるというやり方をする。
それに比べて、宝玄仙は容量の大きな一定の升のような感じであり、自分の身体に溜まっている霊気を道術のために使うという感じだった。
霊気の容量は大きいが、道術を駆使するための霊気が一定の量を超えるということはなかったはずだ。
だが、いま宝玄仙は、明らかに自分が蓄積できる量を超える霊気を集めている。
それで膣の魔法石の能力を無効にし、さらに集めた霊気を急激に発散している。
「いかん――。余の霊気では持たぬ。破られる――」
金凰魔王が悲鳴をあげた。
「わたしが――」
金凰妃が姿を消した。
次の瞬間、その金凰妃が宝玄仙が浮かんでいる球体の前に剣を構えて出現した。
その剣の刃が宝玄仙の胸に向いているのが辛うじて見えた。
「ご主人様――」
孫空女は叫んだ。
しかし、大きな光が金凰妃と宝玄仙を包んだ。
「ぎゃあああ――」
その光の中で悲鳴が聞こえた。
それは、金凰妃の悲鳴だった気がする。
光が収まった。
草の上に宝玄仙が座っていた。
驚いたことに、失われていた手足が戻りかけている。
おかしなかたちに豊乳化されていた乳房も普通の大きさに戻っている。
身体のそれらの部分は、まだきらきらと光に照らされているような感じになっているが、凄まじい勢いの『治療術』が、宝玄仙の失われた身体を再生しているのは確かのようだ。
その宝玄仙の前に金凰妃が倒れている。
金凰妃の胸には大きな穴が開いていた。
金凰妃が絶息しているのは明らかだ。
「御前、御前、だいじょうぶ……? 御前、しんじゃうよ……」
草の上の宝玄仙が泣きそうな顔で言った。
「ご主人様……?」
あれは宝玄仙であって、宝玄仙ではない……。
孫空女は、とっさに思った。
別の人格だ。
しかし、宝玉でもない……。
孫空女の知らない宝玄仙だ。
孫空女はそれを確信した。
たどたどしい舌足らずの喋り方は、幼児を感じさせる。
子供の宝玄仙?
そんな感じだ。
だが、その持っている霊気は凄い。
発揮している道術もいつもの宝玄仙に比べても桁違いの気がする。
ふと見ると、すでに、手足が完全に戻り、身体の外観の回復が終わっている。
以前、智淵城で同じようなことがあったとき、宝玄仙は、『治療術』で切断した手首と足首を復活させるのに、丸一日はかかったと聞いている。
いまは、ものの一瞬で腕も足も乳房も復活している……。
「い、いかん、殺せ――。宝玄仙を殺せ。危険だ――」
金凰魔王が絶叫した。
同時に、金凰魔王が『移動術』で逃亡を図る気配を示した。
「逃がさないよ……」
座っている宝玄仙からなにかの霊気の塊りが飛んだ。
巨大な槍のようなものが金凰魔王に向かって飛んだと思った。
金凰魔王の身体に大きな穴が開く。
道術の槍というべきか……。
それがさっき金凰妃を殺したのだろう。
金凰魔王は呻き声をあげることもなく後ろに倒れた。
死んだのは間違いない。
周囲の兵が騒然となった。
そのとき、孫空女の身体が地面に落ちた。
金凰魔王が死んだので、その霊気で包んでいた球体が消滅したのだ。
ふと見ると、魔凛も同じように地面に落ちている。
しかし、魔凛は、宝玄仙の暴れように顔を蒼ざめている。
「御前をころそうとした……。みんな、みんなゆるさない……。宝がしかえしする。そしたら、御前はきっと、いい子、いい子してくれる……」
宝玄仙が立ちあがった。
次の瞬間、四方八方に霊気の刃のようなものが飛んだ。
「うわっ」
孫空女は慌てて、地面に伏せた。
魔凛も同じようにしている。
宝玄仙から放たれたものが、根こそぎ周囲の兵たちの身体を切断していくのが見えた……。
阿鼻叫喚の地獄がそこに起こった。
周囲を取り囲んでいた亜人軍の大軍が、あっという間に全滅している。
宝玄仙の発した道術の刃で肉体を切断されて、大勢の亜人兵が地面に倒れている。
辛うじて、道術の刃に当たらなかった兵も、慌てふためいて逃亡している。
すでに、周りには孫空女たちを囲む兵はいない。
凄まじい血の臭気だ。
「ご主人様――」
孫空女は宝玄仙に駆け寄ろうとして躊躇った。
眼の前に拡がる悲惨な光景は、宝玄仙が作りだしたものだ。
そう思うと、その恐ろしさが孫空女の身体を一瞬凍りつかせた。
「御前、だいじょうぶ? 御前、宝がなおしてあげるね……」
宝玄仙がゆっくりと、鳴智に近づいていく。
「ほ、宝玄仙……。わたしとのあの遊びのことを覚えていてくれたんだね……。嬉しいよ。あんたに、そう呼ばれるのは久しぶりだ……。むかし、あの帝都の屋敷で、“調教ごっこ”するときは、あんたは、いつも、わたしをそう呼んでくれていたものね」
鳴智が弱々しい声で微笑んだ。
その鳴智は、いまの宝玄仙を見て、嬉しそうな表情をしている。
その鳴智のところまで、宝玄仙がやってきた。
「……ああ、でも、御前、まりょくのいりぐちがない……。なんで……? でも、このからだのもようなんだろう……? ここから、まりょくをいれればいいのかなあ……」
宝玄仙が切断された鳴智の腕を寄せて、鳴智の身体に霊気を注ぎ込みだした。
鳴智の顔が生気を取り戻していくのがわかった。
痣だらけだった身体が白くなり、顔の傷もなくなっていく。
切断された腕も繋がり始めている。
「御前、御前、だいじょうぶ? いたい?」
宝玄仙が鳴智の前にしゃがみ込んで、しきりに声をかけている。
孫空女はその宝玄仙にゆっくりと近づいていった。
「も、もう、大丈夫さ、宝玄仙……。あ、ありがとう……」
鳴智は身体を起こした。
孫空女から見ても、鳴智はすでにほぼ快復している。
とりあえず、ほっとした。
なにが起きたのかさっぱりと理解できないが、とにかく、助かったのだ。
「ど、どこにもいかないでね、御前……。でも、ちょっと、ねむたいの……。だけど、どこにもいかないで……。ねえ、宝のこと、いい子、いい子してくれる?」
宝玄仙が言った。
「ああ、いい子だよ……」
鳴智が愛おしそうに、宝玄仙の頭に手をやった。
すると、宝玄仙が嬉しそうな表情になり、次の瞬間、鳴智の身体に身体を丸めて倒れ込んだ。
「ご、ご主人様?」
孫空女は声をかけた。
しかし、すでに宝玄仙は寝息をたてていた。
鳴智の膝の上で、幸せそうな表情をして……。
「ね、ねえ、いまのはなんだったの……? それに、鳴智と宝玄仙って、どういう関係なの? 宝玄仙はあなたのことを嫌っているんじゃなかったの?」
魔凛だ。
魔凛もまた、孫空女とともに、鳴智と宝玄仙を見守る位置までやってきたのだが、ふたりの様子に驚いている。
「大したものだねえ――。いやあ、驚いたよ……。うちの人が、宝玄仙に一目を置いている理由もわかったよ。このわたしじゃあ、口惜しいけど、あんな道術は遣えないね――。それにしても、わたしもまた、いまの宝玄仙のお前に対する態度はどういうことか訊きたいね、鳴智」
すると、背中から別の声がした。