三個の身体で支配する者が、魔の地でふたつの
それまでの支配者は倒され
ふたつの宝をまとめた者が新たな魔の地の王となるであろう
──金王妃の予言
*
「大したものだねえ。いやあ、驚いたよ……。うちの人が、宝玄仙に一目を置いている理由もわかったよ。このわたしじゃあ、口惜しいけど、あんな道術は遣えないね。それにしても、わたしもまた、いまの宝玄仙のお前に対する態度はどういうことか訊きたいね、
鳴智は顔をあげた。
「お、お宝――」
思わず声をあげた。
孫空女と
「お前、誰だい……? ああっ、お前、ご主人様の偽者――」
孫空女がお宝を認めて、飛びかかるような態勢になった。
「あっ」
しかし、次の瞬間、孫空女の手足はひとつにまとまってしまい、その場に倒れ込んだ。
;孫空女の手足首についている『
「ち、畜生――。あたしたちをどうするつもりなんだ、お前――」
孫空女は草の上に転がったまま叫んだ。
「どうもしやしないよ、孫空女……。どうやって、鳴智と魔凛を回収しようかと思っていたけど、都合よく、宝玄仙が寝てくれたんで、そのあいだに連れていくよ――。さすがに、あれだけの霊気を発散したんじゃあ、身体がもたなかったようだね……」
「か、くそうっ、これを外しなよ――」
孫空女は拘束されたまま暴れるが、お宝は無視だ。
「まあ、その感じだと、しばらくは宝玄仙の意識は戻らないだろうさ。そのあいだにこいつらは連れていくよ――。さあ、お前たち、命令だよ。こっちにおいで」
お宝が言った。
鳴智の身体には、『服従の首輪』が嵌められている。
“命令”という言葉には逆らえない。
魔凛も同じだ。
鳴智の身体は、魔凛とともに、お宝のもとに歩み寄った。
膝の上に乗っていた宝玄仙は、そのまま草の上でまだ寝息を立てている。
さっき、“
それは、帝都時代に、宝玄仙が鳴智だけに見せた甘えの呼び掛けだ。
宝玄仙は、なぜか、鳴智とふたりきりになると、ああやって、鳴智のことを“御前”と呼んで、さっきのように、まるで童女のような喋り方になり、鳴智に甘えたものだった。
懐かしい……。
あれは宝玄仙特有のあのときだけの遊びだと思っていたが、いま、その呼びかけを再びしてくれたいうことは、鳴智を許す気持ちになってくれたということだろうか……?
しかし、それを確かめることなく、宝玄仙は疲れたように寝てしまい、いま鳴智はお宝の支配に戻った。
鳴智の身体が、お宝の横まで移動すると、お宝が鳴智を睨みつけた。
「よくやったと言いたいところだけど、どうやら、お前たちは、このわたしを随分と
お宝の言葉で、鳴智の身体は凍りついたように動かなくなった。
確かに、鳴智はお宝には無断で勝手に動いている。
そもそも、この隠れ処だって、お宝には知らせずに準備したのものだ。
それを怒っているのだろう。
どうやって、追いかけて来たのかわからないが、お宝はお宝なりに、道術の耳目で、金凰軍の動きでも押さえていていたのかもしれない。
それで、逃亡した宝玄仙を追いかけて金凰軍が緊急出動したことを受けでもして、それをさらに追いかけて、ここにやってきたのだろうか。
「さあ、どんなお仕置きをしてもらいたいんだい、鳴智? とりあえず、全身の感度をあげられて、丸一日くすぐられるというのはどうだい? それとも、媚薬を発する触手が飼ってある水桶に放り込んで顔だけ水に浮かばせて放置というのもいいねえ」
お宝が鳴智の背中をぽんと叩いた。
身体の道術陣から道術を送られたのがわかった。
さっきは、その道術陣から宝玄仙が『治療術』を送り込んで、切断されまでした身体を治してくれたが、今度はその道術陣から鳴智の肌の感覚を上昇する道術を注ぎ込まれた。
身体の感度があげられた……。
普通は、道術陣とは、それを刻んだ道術遣いしか使うことができないものだが、宝玄仙の一部から作成されたお宝と宝玄仙は、同じ霊気の波を使う。
さっきは、宝玄仙も鳴智に刻まれている道術陣から霊気を注ぐことに成功したが、もとはといえば、それは、こうやってお宝が鳴智の身体を弄ぶために刻んだものだ。
お宝と宝玄仙は、お互いの作成した霊具や魔方陣を自在に使い合う。
さっき、お宝が本来は宝玄仙にしか扱えないはずの孫空女の『緊箍具』を操作したのも同じ理屈だ。
「くうっ」
鳴智は思わず声をあげた。
感度のあがった肌を風が通り抜け、それだけで思わず淫情を覚えるほどに感じるのだ。
いったい、どれだけ、感度をあげたのだ……?
鳴智は歯を食い縛った。
「随分と可愛い声を出すじゃないかい、鳴智――。さあ、覚悟しなよ」
お宝がすっと鳴智の背中を指で撫ぜおろした。
「あはあっ――」
それだけで腰が砕けそうになり、鳴智の股間から樹液が迸ったのがわかった。
身体は脱力して倒れそうになったが、動くなという命令が、なんとか鳴智の身体を維持した。
「ま、待ってください、お宝様――。わたしたちは、ちゃんと宝玄仙を救出しました――。鳴智は、あんな酷い目に遭うまで頑張りました。それなのに、罰とはあんまりです」
鳴智の横で、やはり、命令によって動けなくなった魔凛が抗議の声をあげた。
「うるさいよ、魔凛――。もう、お前にも容赦はしないよ。わたしに逐一報告しろと命じたのはどうしたんだよ? お前からも、一度も報告はないし、お前たちの動向を追いかけるのに苦労したんだ――。お前も、鳴智と同じように折檻だからね。覚悟しな――」
お宝は魔凛の黒い下袴に手を伸ばして、魔凛の下袴の紐を外した。
「ひいっ、いやっ――」
お宝が魔凛の下袴を膝まで下げおろした。
「さあ、ふたりとも、その恰好で魔域まで帰還だ――。ところで、孫空女、宝玄仙が起きたらよろしく伝えておくれ――。魔域まで、元気で旅をすることを祈っているとね。そして、もう、馬鹿な失敗で捕らえられても、面倒は看てやらないともね」
お宝が言った。
孫空女は、四肢を束ねられたまま、草の上で悪態をついている。
宝玄仙……。
まだ、寝ている……。
「くそうっ――。宝玄仙、起きろ――。わたしを助けておくれよ――。お前なら、この首輪を外せるだろう――。頼むよ――。いますぐに起きて、この首輪を外しておくれ――」
鳴智は絶叫した。
しかし、身体がねじれるような感覚が起こり、目の前の景色が消滅した。
『移動術』が全身を包んだのがわかった。
*
「まるで、覚えていないのかい、ご主人様?」
孫空女は言った。
「覚えていないということはないけどね……。ただ、分厚い透明の板の向こうで、自分の身体の外で起きていることをなんとなく眺めていた……。そんな感じだよ」
宝玄仙は答えた。
旅の途中だ。
結局、宝玄仙が眼を覚ましたのは、宝玄仙の偽者や鳴智たちが消えてから一刻(約一時間)以上がすぎてからだった。
眼を覚ましたときには、あの舌足らずの幼児のような口調の宝玄仙ではなく、いつもの宝玄仙だった。
鳴智がいなくなったことをとても口惜しがっていて、孫空女はさんざんになじられた。
それには、理不尽さも感じるが、とにかく、宝玄仙が復活して、孫空女は心から安心している。
その後は、あの不思議な宝玄仙が殺しまくった亜人兵からまだ使えそうな服を探して宝玄仙に着させ、路銀や食べ物の足しになりそうなものを集めて、すぐにその場を逃げ出した。
金凰魔王と金凰妃を殺したのだ。
それがどんな罪になるかなど確認しなくてもわかる。
今度こそ、捕らえられれば死刑であることは間違いない。
ただ、結局のところ、追いかけてくるような軍はなかった。
魔王が死に、それどころではないのか、あるいは、あの宝玄仙の恐ろしさに怯えて、宝玄仙の追補軍に参加したがる兵がいなかったからだと思うが、おそらく、その両方だろう。
金凰魔王領を孫空女と宝玄仙は逃避行を続けているが、それを阻止する者はなにもない。
いまは普通に旅をするのと同じようなものだ。
途中で、亜人の部落で宝玄仙が着易い女物の服を手に入れて、宝玄仙に着替させた。
孫空女も、緒里の軍服のままだったので、男物の衣類に替えた。
また、その部落では、旅に必要な食料や物も手に入った。
金凰宮からかなり離れた部落だったが、どうやら手配されている様子もないということがそれでわかった。
あの殺戮について、宝玄仙は少しは覚えていたようだ。
だが、その記憶はぼんやりとして、あれが現実の出来事だということが、宝玄仙にはしっくりこないらしい。
ただ、あのとき、意識を回復した直後の宝玄仙は、凄惨な殺戮の現場をじっと見つめて、顔を蒼くしていたから、それが自分のやったことだというのは、しっかりとわかっていたようだ。
その場で孫空女の説明を受け、しばらくは、宝玄仙は黙ってなにかを考え続けていたようだったが、逃避行が始まると、やがて、自分になにが起きたのか、覚えていることを孫空女に説明し始めた。
やはり、突然に霊気が溢れだしたのは、宝玄仙の身体がもの凄い勢いで霊気を集めだし、それが膣に入れられていた魔法石では対応できなくなったからのようだ。
それで、魔法石によってとめられていた霊気の流れが復活して道術が遣えるようになったらしい。
つまり、魔法石が飽和状態になり、それ以上、宝玄仙の霊気を吸収できないよう状態になってしまったのだ。
そうなってしまえば、もう、魔法石を入れられていても、なにも入れられていないのと同じだ。
宝玄仙は、集まった霊気を全解放して、金凰魔王の力場の檻を破壊し、周辺に道術による直接攻撃を撒き散らして、金凰魔王、金凰妃、そして、金凰軍を全滅させた。
しかし、宝玄仙は、それは自分のやったことじゃないという。
別の人格が出現したようだという。
だが、別の人格といっても、宝玉でもないようだ。
すなわち、三人目の宝玄仙の人格ということになりそうだが、宝玄仙はそれは自分でもよくわからないと説明している。
とにかく、その別の宝玄仙に身体を乗っ取られているあいだ、宝玄仙は存在しながらも、存在していないような感じだったというのだ。
そのときに起きたことは知覚はできるが、感情は停止していたような状態に陥っており、いまでも、そのときになにを考えていたのか、まったくわからないらしい。
まあ、とにかく、宝玄仙が道術が遣えるようになったということだけは確かだ。
霊気を吸収する力を失った魔法石は、後で簡単に宝玄仙の膣から抜け出てきた。
「ねえ、孫空女、本当にわたしは、鳴智のことを御前と呼んでいたのかい? しかも、嬉しそうに」
「そうだよ、ご主人様。なんか、とても親しそうだったよ……。それは鳴智も同じだったけど」
孫空女は言った。
この説明は何度もした。
ただ、宝玄仙は、帝都時代の鳴智とのことをよく覚えていないのだという。
いや、覚えているのだが、それにはかなりの記憶の欠落があるようなのだ。
それについて、宝玄仙は最近になって気がついたのであり、今回、久しぶりに鳴智に再会し、その思いを強くしたようだ。
なぜ、記憶が欠落しているのか……?
宝玄仙は考え続けているようだが、答えは出ないらしい。
束の間だけ出現した三番目の人格の存在と関係はありそうだが、孫空女にはわからないし、宝玄仙も同じだ。
沙那なら、このことからなにかを類推してくれるだろうか……。
いずれにしても、いまふたりは、金凰魔王領の山道を白象宮と呼ばれているもうひとつの魔王宮に向かって進んでいる。
沙那を見つけるためだ。
沙那は、
孫空女は獅駝の城郭で玄魔隊に捕らえられていたときに、そう耳にしていた。
しかし、沙那がまだそこにいるかどうかわからないし、そもそも、本当に移送が行われたかどうかも不明だ。
とにかく、行くだけ行ってみようということになったのだ。
宝玄仙の道術も戻ったので、沙那の首にさせた首輪の追跡機能で、宝玄仙は沙那のいる場所まで、『移動術』で跳躍できるはずなのだが、なぜか沙那の首輪の霊気の流れが途切れていて、宝玄仙の道術では繋がらないらしい。
それで、いまは、歩いて白象宮に移動している。
それは朱姫についても同じだ。
朱姫は、獅駝の城郭から移動したとは聞かないが、朱姫の首輪も宝玄仙の道術による追跡機能が発揮しない状態だ。
「ねえ、孫空女、もう一度確認するけど、あの鳴智は、このわたしに、助けてくれと叫んだのだね?」
宝玄仙が言った。
同じ質問を何度するのだろう。
孫空女も同じように返すしかない。
「うん……。とっても切羽詰った感じだった。あの偽者のご主人様は、とても酷く鳴智を扱っていたよ」
孫空女は応じた。
すると、宝玄仙が険しい顔をして、またむっつりと黙り込んだ。
(第89話『魔女の復活』終わり)