「行ったね、あの馬鹿は……」
兵の姿の宝玄仙はにやりと笑った。
すぐそばに、沙那の首が転がっている。
もちろん偽物だ。
沙那に変身させていた教団の兵だ。
鎮元仙士が大事そうに持ち帰った首も宝玄仙ではない。
今頃は、元の兵の首に戻っているはずだ。
まず、『操人形』で支配している兵を宝玄仙の術で、宝玄仙と沙那に変身させた。
そのふたりの兵に、さらに『変化の指輪』の霊具の効果で、もう一度、元の自分に変身させていたのだ。
操人形の効果で宝玄仙の霊気を注ぎ込めたことで、本来は霊気を帯びない兵たちにも、宝玄仙の道術が効果を及ぼしたのだ。
また、兵に化けた宝玄仙と沙那は、襲撃には参加していない。
すべては『操人形』で操り、宝玄仙ひとりがやったことだ。
すぐ隣にいた明月がぎょっとしている。
だが、兵に変身している沙那が、すでに明月に短剣を喉に突きつけている。
それを十人ほどの兵が周りを囲んでいる。
いずれも宝玄仙の魔具である『操人形』で操られている教団兵だ。
これでほかの兵からは、こっちで起こっていることは見えないだろう。
「お、お前は──」
「黙りな、明月。少し、大人しくしてもらうよ。ちゃんと生きて帰してやるから心配しなくていいよ。清風と一緒に、朱姫と孫空女からちゃんとお礼をさせてからね」
明月の顔が恐怖に歪む。
宝玄仙は明月の髪を一本抜いた。
それを隠し持っていた『操人形』に刻む。
これで明月は無力になった。
「さあ、兵どもを解散させるんだよ、明月」
宝玄仙は命じた。
明月が大きな声で叫ぶと、広場に出て来ていた兵たちが館の中に戻っていく。
残っているのは兵に化けている宝玄仙たちと、明月。そして、すでに『操人形』により宝玄仙に操られている教団兵だ。
その操られた教団兵たちが、孫空女を掘り出している。
「もしかして……。お前……。ご主人様?」
地面から出された孫空女が驚いている。
「悪いけど、このまま縛られていてもらうよ、孫空女。この五荘観院から出たら外してやるから、それまで辛抱しな」
「本当に、ご主人様かい? じゃあ、あの屍体は? さっきの首は?」
「あれは『操人形』で操っていた教団兵さ。簡単に説明すれば、変身の術を二重にかけてたのさ」
「どういうこと、ご主人様? わかんないよ」
孫空女は言った。
「だから、殺されたさっきの沙那とわたしは、教団兵にわたしらに変身させた後に、もう一度、別の兵に変身させたのさ。わたしの道術と『変化の指輪』の二重効果だ……。鎮元はまさか、二重に変身術が刻まれてるなど思わなかったから騙されたのさ。いいから、理解しようとするんじゃないよ、馬鹿のくせに」
孫空女が少しだけ、むっとした表情になった。
宝玄仙は、思わず笑ってしまった。
「じゃあ、このまま脱出しましょう、ご主人様……。孫女、心配しないで……。わたしが沙那よ」
兵の姿の沙那がこちらに寄ってきて、孫空女にささやいた。
「よかった……。明月に斬られた兵は沙那にしては剣が鈍かったから、もしかしてとは思ったんだけど……。じゃあ、みんな無事なんだね。朱姫も?」
「朱姫も無事だよ、孫空女。清風を相手に憂さを晴らさせてやっている。お前もこいつに、鬱憤をぶつけるといいよ」
宝玄仙は明月の股間を布越しに力一杯握りしめた。『操人形』に刻まれて意識のない明月の顔が苦痛に歪む。
「これもやるよ、明月」
宝玄仙は、明月の鼻に準備していた霊具を詰めた。
「ご主人様、それは、もしかしたら『淫霧の綿』?」
孫空女が目を丸くした。
「ああ、清風にも詰めてやっている。今頃は朱姫がきっちりと躾をしているだろうさ。本当は鎮元仙士にもしてやりたかったけど、あいつにはわたしの贋の首を持ちかえるという大事な役割があるからね」
「でも、大丈夫でしょうか? 帝都に戻る頃には、教団兵の首に戻るんでは?」
沙那だ。
「いいんだよ、沙那。鎮元仙士が、あの首を持ちかえればいいのさ。あれは、わたしから教団への伝言だよ。それよりも、そろそろ、脱出するよ」
「ねえ、ご主人様、お願いがあるんだけど……。あ、あのさあ……あたしに股に……」
歩き出そうとすると、孫空女が腰をくねらせた。
「ああ、そうだったね。お前は鎮元に妙なものを挿入されたままだったね」
宝玄仙は孫空女の股間に触れ、孫空女の股間に嵌ったままだった鎮元仙士の魔具を孫空女の服の外に出した。
「な、なんで、それをご主人様が知っているの?」
孫空女が声をあげた。
「ご主人様とわたしは、たくさんの『操人形』を刻んだ教団兵をここに送り返していたの。いま、ここに集まっている兵がそうよ。『操人形』を通して、中の様子を探っていたのよ」
「ふうん、そういうことか……」
「ああ、そうさ───さて、こいつは、どうするかねえ」
宝玄仙は白い張形を振った。
「そいつの尻に突き差してやってよ、ご主人様」
孫空女が怒りをそのまま顔に出して言った。
「……そういうことだから、お前が持っていきな」
宝玄仙は、張形を明月の尻の中に道術で移動させた。
操り状態の明月は、ぼうっとしている。
「うおおっ」
明月が呻いた。
『淫霧の綿』により、すでに下袴の中で勃起していた陰茎から精液が噴出したらしく、明月のスボンの前に丸い染みができた。
宝玄仙は笑ってしまった。
「じゃあ、さっさと、おさらばしようかね」
宝玄仙がそう言うと、孫空女、そして、その縄尻を掴む教団兵の姿の沙那、明月が進みだす。最後尾を教団兵の姿の宝玄仙が進む。
明月は尻に異物を入れられ、おかしな恰好で腰を引きながら歩いている。
宝玄仙が喉の奥で笑った。
*
「沙那、食べないのかい?」
孫空女は洞窟の入り口にいて、ここから離れている沙那に叫んだ。
沙那は大股で歩いてやってくる。
そして、明月と清風にちらりと目をやる。
だが、顔を引きつらせて、すぐに眼を逸らす。
沙那は焚火で温めている鳥肉をひとつ掴むと、また、洞窟の入り口に戻っていった。
「沙那──。見張りなんてしなくても大丈夫だよ。洞窟には結界が張ってある。見つかることもないし、見つかったとしても誰も入ってこれないよ」
宝玄仙もにやにやしながら叫んだ。
「お願いですから、放っておいてください、ご主人様」
「だけど、その肉はまだ焼けきっていないんじゃないかい、沙那?」
「大丈夫です。焼けています。それから、“それ”が終わったら教えください。それまでは、こっちにいます」
沙那の大声だけが返ってきた。
「やれやれ」
宝玄仙が肩を竦めた。
「……嫌われたもんだね、ふたりとも」
孫空女は全裸で直立不動でいる明月と清風の一物を棒で軽く叩いた。
猿ぐつわをされているふたりが悲鳴をあげる。
別に縄や鎖で拘束されているわけではないが、宝玄仙の結界の中にいるので、宝玄仙の道術により、動けなくされているのだ。
すでに『操人形』の支配からは解除されていて、意識は戻っている。
だが、意識が戻ったときは、ふたりとも、こうやって、全裸で宝玄仙の結界の中にいたので、抵抗のしようがなかったのだ。
「ほら、孫姉さん、また、射精しようとしたみたいだよ。こいつら、ぶるぶると震えたもの」
朱姫が手を叩いて笑った。
ふたりの股間は、これ以上もないというくらいに、勃起した怒張がそそり立っている。
ふたりの鼻には、宝玄仙の『淫霧の綿』が挿入されており、そこから出る媚薬の霧が、明月と清風の身体を発情させているのだ。
だが、いくら欲情してもふたりは射精することができない。
勃起した淫茎の根元を細い革紐で強く縛っている。
だから、いくら出したくても、出せないのだ。
この状態で、ふたりは、朱姫の淫具で身体中を嬲られている。
朱姫の淫具は、『振動片』という小さな布であり、それが身体に貼りついて、朱姫の道術で淫らな振動をしてるのだ。
それをふたりは身体中につけられて、最大限の刺激を与え続けられている。
睾丸や陰茎などは、もう肉の部分が見えない程にびっしりと、たくさんの『刺激片』が貼られている。
その状態で、もう数刻も、ふたりをいびり続けている。
「じゃあ、あたしたちも食べようよ。ねえ、ご主人様」
孫空女が言うと、宝玄仙と朱姫が、それぞれに肉をとった。
ふたりが着ていた衣類は、すでに焚火で灰になっている。
具足も武器もすべて途中で捨ててきた。
孫空女と朱姫が気の済むまでいたぶった後は、全裸で放り出すことになっている。
明月がまた呻いた。明月の尻には、宝玄仙の埋めた張形が挿さっていて、それが暴れ回っている。
だから、いきそうになる回数は明月が遥かに多いようだ。
だが、一度も射精させてもらえないことについては、明月も清風も同じだ。
「でも、こいつら、最後はどうするのですか、ご主人様? あたしの『縛心術』で、記憶を忘れさせますか?」
朱姫が清風のそそり立った淫茎に、横にあった壺の液体を注いだ。清風が動けない身体を懸命に暴れさせる。
「まあ、記憶を失くす必要はないさ。喋るなら喋ってもいいし、仕返しをしたけりゃしにくるがいいさ。どうせ、もう教団とは喧嘩別れさ」
「ふうん……」
朱姫が壺の液体を清風の肉棒に注ぎながら言った。
さっきから身体にかけているのは、かけられた部分が猛烈に痒くなる液体だ。
それを朱姫はこれでもかというくらいに、清風の肉棒にかけている。
いくらかけても、壺の中の液体は宝玄仙の道術で補充される。
「こっちにも貸してよ、朱姫」
孫空女は、朱姫から受け取った壺を明月のそそり立った肉棒にも注ぐ。
「んんぐううう──んぐうううう──」
明月が絶叫して暴れる。
だが、その液体はほんの少しだけ粘性がある。
いくら暴れても身体から取れることはない。
一度、身体に貼りつくとひとりでに乾くまで、発狂するような痒みを与え続ける。
手でも布でも拭き取ることはできないらしい。
おそらく、結界から解放すれば、このふたりは、皮が破けるまで掻きむしるかもしれない。
皮を剥いでしまえば、やっと痒みは収まるのだろうが、果たして、解放してやったとき、ふたりはどうするのだろう。
「さて、お前ら、いい加減に解放してもらいたいかい?」
宝玄仙がそういうと、ふたりは猿ぐつわを嵌められた顔を激しく数度頷かせた。
「だったら、この宝玄仙に逆らったらどういうことになるかはっきりとわからせてから、解放してやるよ」
宝玄仙が二本の小刀をふたりの足元に放り投げた。
「孫空女、朱姫、こいつらの右手にそれを握らせな」
言われた通りにする。ふたりの体側にくっついている右手がしっかりと小刀を掴んだ。
「いまから、右手だけが自由に動くようにしてやろう。それで自分たちのいきり勃った一物を切断しな。そうしたら解放してやるよ」
宝玄仙がそう言うと、ふたりが蒼白になった。
「心配しなくても、わたしの道術で繋ぎ直しやる。だけど、機能に問題なくても、かなりの精神的な衝撃だからね。もしかしたら、二度と勃起できなくなるかもね。とにかく、やってみな」
宝玄仙がけらけらと笑った。
ふたりは、猿ぐつわのまま、ぼろぼろと涙をこぼして泣き出してしまった。
*
「そうか、宝玄が死んだか……」
「はい。これに」
鎮元仙士が首桶を前に置き、中から首を出そうとした。
これは鎮元仙士の宝玄仙を討ったという報告に際し設けた集まりだ。
帝都の中心にある曹国仙の屋敷の一室である。
帝仙である曹国仙と鎮元仙士のほかには、
おそらく、こうなることは予想していたのだろう。
鎮元仙士の報告に安堵した曹国仙だったが、いまは失望している。
この男は、もう少し有能だと思っていたが、所詮は八仙の器ではなかったようだ。
「いや、よい。やめよ……」
首桶の蓋を開けようとした鎮元仙士を藍采仙がとめる。
鎮元仙士が訝しむ視線を藍采仙に向けた。
「しかし……」
「人の死に首など見たくはないわ」
少女の姿の藍采仙が、わざとらしく身体を震わせる。
「生きておりますよ。意識はありませんが、藍采仙殿。検分をしていただき、この首をどうするか見ていただけませんと……」
鎮元仙士は得意気な表情だ。
おそらく、藍采仙が臆病な感情で生首を見るのを嫌がっていると考えていると思う。
鎮元仙士の顔には、はっきりとした藍采仙に対する侮りが浮かんでいる。
「黙れ、鎮元」
藍采仙がじろりと鎮元仙士を睨む。
「このような首を……」
「待て、藍采仙よ」
罵りの言葉を吐こうとした藍采仙を曹国仙は押しとどめた。
「いや、言わせてらうよ、曹国仙。この男の賢しげな顔が不愉快なのよ。こんな汚らしい生首なんて、わざわざ持ってきてさあ──」
「な、なんということ、藍采仙殿──。この首を得るために多くの教団兵が犠牲になり……」
理不尽な罵倒を浴びたと思っている鎮元仙士が、怒りを隠さずに言い放つ。
「鎮元、お前は本当になぜ、藍采仙が腹を立てたかわからないのか?」
韓子仙が口を挟んだ。
「は?」
「その首桶に入っているのが、宝玄の首だと本当に思っているのかと訊いている?」
「と、当然です。私には、この首桶の中から発散している霊気も感じることができます」
「確かに、なんらかの霊気は感じるな。しかも、宝玄仙のあの独特の禍々しいほどに強い霊気がな。しかし、そこに入っているのは、宝玄仙自身ではない。そのくらいのこともお前にはわからんのか、鎮元?」
「な、なにを言われます、韓子仙殿。これは間違いなく、宝玄仙の首です。やはり、ご覧になってもらいましょう」
鎮元仙士が首桶から人間の生首を取り出して、盆に載せる。
「いかがです」
鎮元仙士がにやりと微笑んだ。
だが、やはり首桶から出てきたのは、宝玄仙とは似ても似つかない男の首だ。
おそらく、宝玄仙らを襲った教団兵のひとりだろう。
「これで、私の功績をお認めになっていただけますね」
鎮元仙士が言った。
「お前は、どうやら、宝玄から幻術をかけられているようだな、鎮元」
曹国仙は嘆息しながら言った。
この教団兵の首を宝玄仙の首だと思い込まされているのだ。
つまり、完全に手玉に取られたということだ。
もともと、格が違い過ぎたということか──。
「宝玄の幻術?」
鎮元仙士が眉をひそめた。
「口で説明してもわからんだろう。どれ、わしが術を解いてやる」
曹国仙は、鎮元仙士の中に刻まれている道術を探った。
やはり、宝玄仙の幻術が鎮元仙士を縛っている。
だが、それほど、複雑なものではない。
おそらく、八仙の誰かによって、術を解くことを可能にしていたのだろう。
あの宝玄仙が本気になれば、曹国仙といえども、簡単には術は解けない。
なんとか、宝玄仙の幻術を、鎮元仙士から切り離した。
「やっ、こ、これは──」
鎮元仙士は眼の前の教団兵の生首を見て、仰天している。
そのとき、その生首がかっと目を見開いた。
これには、さすがの曹国仙も驚いた。
ふたりの八仙も息を飲んだのがわかった。
「……鎮元の術が解けたということは、この首の前におそらく、八仙の誰かがいるんだね……」
その生首が喋りはじめた。
鎮元仙士はもちろん、藍采仙や韓子仙も眼を見開いている。
「……わたしからの伝言を言うよ。あの闘勝仙、漢離仙、呂洞仙の三人は、確かにこの宝玄仙が殺したよ。連中は、それに匹敵する仕打ちをこの宝玄仙にやったとだけ伝えとく。それから、わたしやわたしの供に、今度、手を出すと承知しないよ。八仙であろうと教団であろうと、わたしがすべて返り討ちにする。わたしは、もう帝国には戻らないし、教団には関わらない。わたしは死んだということにすればいい。それで教団は文句ないだろう?」
生首がけたけたと笑った。
宝玄仙も趣味の悪いことをする。
「……それと、鎮元もそこにいるだろうから、お前にも伝言だ。明月と清風には宝玄仙の一行を襲った酬いをたっぷりとしてやる。もしも、お前が今後、わたしの道術の範囲内に入ったら、同じ目に遭わせる。それが嫌なら、二度とわたしに近づかないことだね、鎮元」
生首の口と眼が閉じ、今度こそ本当の生首になった。
さっきまで感じていた魔力はもう発散していない。
しばらくの間、八仙の誰も口を開かなかった。
鎮元仙士だけが、わけのわからない呟きを洩らし続けていた。
「宝玄からの教団への離別状というわけか……」
しばらくしてから、韓子仙がぽつりと言った。
「も、もう一度……。もう一度、行きます」
鎮元仙士が蒼白な顔で言った。
「行ってどうするのよ、鎮元。教団兵を率いていた清風と明月はいないのよ。あの様子じゃあ、宝玄仙に捕まっているわ。どんな残酷な目にあっているか目に見えるようよ。まあ、命だけは助けるつもりなんでしょう。さっきの生首の言葉から判断するとね」
藍采仙だ。
「さて、どうするかな」
曹国仙は呟くように言った。
「どうするかとは、どういう意味、曹国仙?」
藍采仙が言った。
「だから、宝玄仙に対する今後の処置を話し合わなければならん。やはり、張果仙も呼び出して、意見を訊くか……」
「呼んでどうするよの。処置など決まっているじゃない。たったいま、宝玄仙の伝言をその生首が言ったわ。死んだということにして、もう宝玄仙には関わるなと宝玄仙は言ったじゃないの。だったら、そうしなさいよ」
「いや、そう単純にはいかん、藍采仙……。皇太子殿下のご意向もある」
「あの変態皇子がなによ。あれは、宝玄仙が闘勝仙に酷い目に遭っていた時期に、調子に乗って宝玄仙に一緒に手を出して、それで復讐を怯えているだけよ。でも、多分、宝玄仙は眼中にもないわ。あれば、帝都を出ていくときに始末してるわよ」
「滅多なことをいうな、藍采仙」
曹国仙は窘めた。
すると、藍采仙は不機嫌そうに黙り込んだ。
「藍采仙の言う通りだ、曹国仙。宝玄仙が縁切りなら、それでいいではないか。死んだということにすればいい。こちらとしても不都合はないではない。そうすればいい。宝玄仙は西方巡礼の途中で死んだ。あるいは行方不明になった。宝玄仙はもう帝国には戻らんという。じゃあ、好きにさせればいい」
韓子仙も言った。
「しかし、それでは、教団として示しが……」
「なんの示しよ、曹国仙」
藍采仙が声をあげた。
「帝仙の闘勝仙を確かに殺したと、いま宝玄仙は白状したのだぞ。それを放置するのか?」
「なに言ってんのよ。もともと、闘勝仙たちは悪党だった。わたしたちでさえ、歯が立たない偉大な法力を持っていたかもしれないけど、死んで当然の奴だった。正直に言って、わたしはあいつらが死んでほっとしたわ。あいつの矛先がこっちに向いたら、逆らえないと思っていたからね」
「おい、藍采仙……」
興奮気味の藍采仙を冷静にさせようと?曹国仙は口を挟もうとするが、藍采仙は無視して、さらに続ける。
「喋らせてよ――。あいつが生きていた方が教団の汚点よ。だけど、宝玄仙に逆に殺された。殺した宝玄仙に理があり、闘勝仙にはない。それで宝玄仙が教団からも帝国からも去らなければならないのは残念だけど、彼女がそれでいいと言っているのならばいいじゃない」
藍采仙が激しく声をあげた。
「だが……」
「だが、じゃないわ、曹国仙。それでも宝玄仙を追うというのなら好きにすればいい。だけど、わたしは、もう関わらない。今度、宝玄仙に対して教団兵を動かすことについて同意を求められれば、反対という意見を出すわよ」
藍采仙が言った。
「俺も同じ意見だ」
すると、韓子仙も言った。
「わかった。教団兵はもう動かさん。だが、わしの責任において、けじめはつける。文句は言わさん」
曹国仙は、はっきりと言った。
いずれにせよ、教団兵で宝玄仙を殺せないことがわかった。それに、ふたりがはっきりと反対と主張する限り、教団兵は動員できない。
「鎮元──」
曹国仙は、まだ蒼白の鎮元仙士に向かって口を開いた。
鎮元仙士は顔をこちらに向ける。
「は、はい」
「名誉挽回の機会をやろう。まず、最初に教団兵は撤収させろ。そして、今度は、お前の『移動術』で、ひとりだけ魔域に行け……。宝玄仙を確実に殺す手段をお前に与える。ある魔妖に会え。魔妖だが、役に立つ連中だ。利用しろ。それの協力を得て、それで宝玄仙を殺すのだ」
曹国仙は、じっと鎮元仙士の眼を覗き込んだ。
「魔域?」
緊張した表情の鎮元仙士がごくりと唾を飲み込むのがわかった。
(第10話『天教軍の襲撃』終わり)
*
【西遊記:24~26回、鎮元大仙】
玄奘(三蔵法師)一行は、玄奘の知人である
あいにく、鎮元大仙は留守でしたが、鎮元の弟子の明月と清風が「人参果」という珍しい果実を玄奘に振る舞い歓待します。
しかし、接待を受けたのは玄奘のみであり、供たちへのもてなしはありませんでした。
孫悟空と猪八戒は、こっそりと人参果の樹木から、実を盗み食べてしまいます。
しかし、すぐに発覚し、明月と清風は玄奘たちを捕らえて、牢に監禁します。
四人は、孫悟空の術で脱出しますが、そのときの騒動のときに、孫悟空は貴重な人参果の樹木を叩き潰してしまいます。
そのまま、玄奘たちは逃亡をしますが、館に戻って事態を知った鎮元大仙に追いかけられて、再び捕らわれてしまいます。
四人は、鎮元により、釜茹でや鞭打ちによって処刑されることになりましたが、なんとか孫悟空の仙術でかわします。しかし、それも限界に達し、孫悟空は人参果の樹木を持ってくるから許して欲しいと提案します。
鎮元は、本当に人参果の樹木を手に入れることができれば、全てを水に長そうと応じます。
地上だけでなく、天界中を探し回り、孫悟空はやっと、人参果の樹木を手に入れることができました。
鎮元大仙の館の人参果の樹木は復活し、全員で仲直りの宴をし、玄奘と鎮元は義兄弟の契りを結びます。