「では、沙那と宝玄仙殿の性技勝負を始めるわ。先行は沙那。一回の責めは四半刻(約十五分)。この砂時計が目印よ。とにかく、相手が責めているあいだに、どちらかでも肘掛けから手を離せば負けよ。ただし、力で強引に離させるような行為は認めません……。また、責めを受けるあいだは、両足を椅子の脚に添って開いた状態を維持すること。じゃあ、両者、準備はいいわね」
檻の外で審判役を務める
白象は、金網越しに向かい合って座っている宝玄仙と沙那を横から眺めるように、金網の向きに添うように椅子を置いて座っている。
その白象に向かい合う少し離れた位置には、勝負の行方を見守る
沙那の身柄を賭けた性技勝負が始まったのだ。
「いつでもどうぞ、白象殿」
「まあ、かかってきな、沙那」
沙那に次いで、宝玄仙は言った。
そして、両手を椅子の脇の肘掛けに置く。
また、両足については、拘束こそないものの、取り決めに従い、それぞれの椅子の脚の位置に足を置いて開いている。
相手の責めに対して頑なに脚を閉じたり、あるいは、足そのもので責める手を蹴飛ばしたりすることによって、相手の責めを防ぐことは禁止だ。
「始め──」
白象が横の台に置いた砂時計をひっくり返した。
時計の中の砂がゆっくりと下に落ち始める。
「じゃあ、覚悟はいいですか、宝玄仙様?」
沙那が両手に『道術手』と呼ばれる緑色の薄手の手袋を嵌めながら、意味ありげに微笑んだ。
「へっ、お前を相手に、覚悟なんていらないよ。ちょっと、相手をしてやるから、かかってきな」
沙那が手袋を嵌めた両手を前に出して、念を込めたようだ。
すると、二本の『道術手』が宝玄仙の前に出現した。
この『道術手』は、離れている場所に、手袋を嵌めた部分の複製を送り込む霊具だ。
複製といっても、実際の腕とまったく同じ存在だ。
その複製を道術手と呼ぶが、道術手で触れるものは実際の手で触るのとまったく同じ感触が伝わるし、道術遣いの場合は、霊気そのものもその道術手を通じて送り込める。まさに本物の手と同じなのだ。
沙那の両手の複製が宝玄仙の着ているものをくつろぎ始めた。上衣のぼたんを外して、前部分を開襟させると、沙那の道術手はそれを宝玄仙の背中側に押し込んだ。
上衣の下は胸当てだけだが、それが上にずらされて、乳房が露わにされる。
宝玄仙はそれをじっと肘掛けに両手を置いたまま、されるままにしていた。
すると、沙那の道術手は、今度は宝玄仙の下袍の脇に動いてきた。
宝玄仙は腰を紐で結んで留める下袍を履いていた。
その紐が解けられて、強引に腰から抜かれて足首までさげられる。
さらに腰の下着の両脇にも手がかかり、同じように腰から抜かれた。
尻を密着させて、下着を脱がしにくいようにすることも可能だが、あまり意味はないだろう。
宝玄仙は沙那の両手がしたいままにさせた。
下着もまた、足首までずりさげられて脱がされる。
宝玄仙は、沙那に向ける側の部分をすっかりと素裸にされたことになる。
「さて、では、わたしは、性具は使い放題ということですよね、宝玄仙様……」
「まあね……」
宝玄仙は頷いた。
それが、沙那がこの勝負を受ける条件だから応じたが、道術手による手の責めのみを許される宝玄仙に対して、沙那は性具は使い放題ということになっている。
宝玄仙には著しく不利な条件だが、この沙那のことだ。
そのくらいに絶対に有利な条件でなければ、勝負は受けなかっただろう。
沙那は不確かな勝負はしない……。
そういう女なのだ。
逆に、絶対に有利な条件を与えてやれば、勝負に乗ると思っていた。
そして、案の定、沙那は乗ってきた……。
宝玄仙の狙いは、『道術手』により、宝玄仙が道術を遣える状態になるということそのものにある。
宝玄仙に霊具の使用を許すということは、限定されているとはいえ、宝玄仙が道術を遣う機会を与えるということだ。
霊具の使用というのは、突き詰めれば保持している霊気を霊具に注ぎ込むということであり、道術を使用するのと同じことなのだ。
いずれにしても、宝玄仙の番がやってくれば、この茶番は終わりにできるはずだ。
それまで四半刻(約十五分)だけ、耐えればいい……。
身体の前にあった道術手が消滅した。
沙那が念を止めたのだろう。
「じゃあ、いきますよ……」
沙那は準、備している性具と思われるものを椅子の横に置いて布をかけていた。
その布が外される。
すると、布の下には大きな壺があった。
沙那は、その壺を足の前に移動すると、『道術手』を嵌めた指をどぼんと中に浸けた。
両手を壺から出した『道術手』を嵌めた沙那の手には、ねっとりとした粘性の物質がたっぷりとついている。
宝玄仙は驚いた。
「な、なんだい、それは──? 使うのは性具だろう──?」
宝玄仙は声をあげた。
沙那が手に浸けた粘性の物質からは、つんという刺激臭がした。嫌な予感がする。
「もちろん、性具ですよ……。正確には媚薬ですけどね……。これは、強烈な掻痒剤です。宝玄仙様は強敵ですから、発狂するほどの強力なものを準備しました。一度、これを塗られると、どんなに後で掻いても、道術で癒さない限り、痒みは抜けません。しかも、これは時間が経つにつれて、痒みだけじゃなく、燃えるように身体が熱くなるそうです」
沙那がくすくすと笑いながら、たっぷりと掻痒剤の付着した『道術手』をかざした。
すると、その掻痒剤のついたままの道術手が宝玄仙の身体の前に出現して、それが股間にそれぞれに伸びてくる。
『道術手』をはめた手でなにかを持って、念を込めれば、それを持った状態で複製の道術手は、遠隔した場所に出現する。
その特徴を生かして、沙那は薬剤を道術手を使って、金網の中に送って来たのだ。
「ま、待ちな──。許したのは性具だよ。得体の知れない薬剤は反則だよ──」
宝玄仙は審判役の白象に怒鳴った。
そんなものを塗られては堪らない。
それだと、時間が経つにつれて、宝玄仙が不利になりすぎる。
指のみの責めであろうと、性具を使おうと、相手に責められている四半刻(約十五分)のみを耐えれば、自分の責めの時間は、責められた身体を快復させることができるはずだが、掻痒剤を塗られてしまうと、その責めている時間そのものも、痒みの苦痛を受け続けなければならないことになるからだ。
「性具の定義は、勝負の条件にはなかったですよ、宝玄仙様──。だったら、なにをどう解釈しようが、こちらの勝手じゃありませんか……。わたしの準備した性具は、この掻痒剤の入った壺そのものです。壺は道具ですよ。つまり、性具です」
沙那が口を挟んだ。
「認めざるを得ないわね、宝玄仙殿」
白象は言った。
宝玄仙は舌打ちした。
「これは、素晴らしい薬剤ですよ。最高の感激に宝玄仙様を送ってくれるはずです……。しかも、時間が経てば経つほど、素晴らしい効き目が表れるはずですから、十分に味わってくださいね」
沙那が薬剤を宝玄仙の局部に塗り始めた。
「うっ」
宝玄仙は思わず呻いた。
沙那の指は宝玄仙の股間の亀裂に指を入れると、閉じている花層を露わにして、その内部に怪しげな薬剤を塗り始めた。
「くっ、くく……うう……」
その刺激に、宝玄仙の太腿は激しく痙攣した。
沙那だって、宝玄仙が四年近くも様々な手管を性技として教え込んでいる。
それに、さんざんに宝玄仙に奉仕もさせているから、宝玄仙の感じる場所や責め方も熟知している。
その沙那が、宝玄仙に最大の刺激を与える触り方で、薬剤を塗ってくる。
「は、はあっ……」
沙那の道術手の指は、容赦なく、宝玄仙の敏感な花芯にまで器用に薬剤を塗り埋めていく。
しかも、小刻みに愛撫をしたり、表皮をめくるような仕草で刺激してくるのだ。
宝玄仙はあっという間に、情念の高みに昇らされ、荒々しい息遣いを強いられた。
「もうすぐ、痒くなりますよ……。まあ、最初の四半刻(約十五分)くらいは、ご主人様なら耐えられるかもしれませんが、その次のわたしの責めのときには、我慢するのは不可能だと思います……これは、そういう薬なんですから」
金網の向こうの沙那がにやりとほくそ笑んだ気がした。
「くうう……」
宝玄仙はぎゅっと肘掛けを掴んで歯を喰いしばった。
次の責めの番どころか、すでに痒みが襲いかかってきている。
臓腑を抉るような痒みとは、まさにこのことだ……。
この痒みが、さらに激しくなるだと……?
冗談じゃない……。
たが、すぐに、沙那の言葉が膨張でも、虚仮脅しでもないことがわかった。
一瞬ごとに、さっきまでの痒みなど生易しかったのだといわんばかりに、痒みが強くなる。
それがずっと続くのだ。
宝玄仙の肌からみるみるうちに脂汗が吹き出してくる。
こうなったら、宝玄仙の責め手の番になったときに、『道術手』で霊具が使える状態になった隙に、自分の身体に『治療術』を送り込んでやる。
そう思った。
霊具を使うときには、一時的に道術を遣うことを許すはずだ。
そうでなければ、霊具が使えないからだ。
そのときに、この痒みを消してしまえばいい……。
とにかく、四半刻(約十五分)……。
「ふふふ……。もしかして、自分の番のときに、『治療術』で掻痒剤の効果を消してしまえばいいとか思っていますか、宝玄仙様……? それは不可能ですよ……。ふふふ……」
沙那が、道術手を消してから、もう一度たっぷりと手に壺の中の掻痒剤を浸け直し、再び道術手を送ってきた。
沙那の片手が強引に宝玄仙の臀部の下に割り込んできて、少し浮かせるように隙間を開けた。
その隙間から、もう一方の手が差し込まれ、宝玄仙の肛門に掻痒剤のついた指が伸びる。
「な……。お、お前……」
今度は尻穴だ。そして、肛門の中に新しい薬剤がどんどんと足される。
尻の穴を弄られるその独特の感覚に、宝玄仙は歯を喰いしばって我慢した。
それにしても、さっき沙那は妙なことを言った気がする……。
宝玄仙の番のときに、『治療術』を使うことはできないとか……。
「さ、沙那、い、いまのはどういう意味だい……? はああ……」
宝玄仙は沙那に責めに喘がされながら言った。
「いまの……? ああ宝玄仙様が『治療術』を遣えないという件ですか? 当然じゃないですか。そんなの反則ですよ。『道術手』を使うときに、ご主人様が霊気を込めることができるのは、その『道術手』のみです。ほかの部分に使用しようとしたりすると、霊気が拡散して道術はとまります。朝までの時間を使って、そんな風に金網の道術封じの効果を調整してもらいましたから……」
沙那はそう説明しながら、やっと尻を責めるのをやめて、手を尻の下から抜いた。
今度は乳首にも掻痒剤を塗り足し始める。
「無論、『道術手』に霊気の念を込められることを利用し、金網の外に出現させた道術手を経由して、攻撃道術を飛ばすことも不可能だ。道術手から離れる霊気を発散させるように、結界や霊気への防護策を幾重にも処置しておる」
小白象が口を挟んだ。
「わ、わたしがやりそうなことは……予想していると……いうことかい……」
股間を蝕む痒みに、顔をしかめさせながら宝玄仙は言った。
いくら宝玄仙でも、著しく大きな霊気を必要とする攻撃道術を、道術手という間接的な媒体を使って効果を遠くに及ぼさせることは不可能だ。
だから最初から、それは考えていなかったが、そこまで準備して、宝玄仙の道術を防ごうとしている小白象たちをからかってやりたくなった。
「……へっ、それでも十分だよ……。こいつの身体に……し、仕掛けがある……。ああ……あっという間に……よがり狂わせて……や、やる……くうっ……」
沙那の指が宝玄仙が喋ろうとするのを邪魔するように動くのだ。
宝玄仙は全身を襲う痒みに、肘掛けを握った両手以外のすべての場所を狂おしくよじらせながら言った。
そして、沙那の道術手がいったん、再び引き揚がった。
沙那は、手を壺の中にまた浸けている。
沙那は、この最初の責め番は、とことん、宝玄仙の身体に痒み剤を塗りたくることに使うつもりのようだ。
そして、勝負の決着をを二回目、三回目につけるつもりだろう。
確かに、だんだんとさらに痒みが強くなってくる。
あまりの痒みに、自分の歯がかちかちと鳴るのを聞きながら、宝玄仙は愕然とする思いでそれを思った。
「宝玄仙殿の言うのは、沙那の身体に刻んである道術陣のことだな……? 沙那から聞いておる。それを通じて、沙那の体内に道術を注がれては堪らんのでな。沙那には、全身の官能の感覚を一時的に完全に凍結させる仙薬を飲ませておる。いくら、道術陣でも、いまの沙那に快感を与えることは不可能だ」
小白象が言った。
「そういうことです……」
沙那もにやりと笑った。
これには、宝玄仙は驚いた。
たっぷりと掻痒剤を載せた沙那の道術手が、また目の前に出現した。
今度は、再び股間に塗り足すつもりのようだ。
掻痒剤のついた指が股間を責め始める。
「……な、なに? お、お前ら──。そ、それなら、ま、道術陣に限らず、わたしの性技が効きようがないじゃないか──」
宝玄仙は怒鳴った。
さすがに、それは性技勝負としては反則だ。
薬物で身体の性感を凍結しているのでは、宝玄仙も沙那を責めたてようがない。
宝玄仙は白象を見た。
しかし、白象は首を横に振った。
「残念だけど、宝玄仙殿──。勝負のやり方として、事前に禁止されなかった行為は、許されると判断するしかないわね」
白象は言った。
宝玄仙は歯噛みした。
白象も、積極的に宝玄仙を敵にするつもりはないが、積極的に味方するつもりもないようだ。
まあ、白象としても、勝敗が宝玄仙の敗北というかたちで終わり、沙那が白象宮に残ることになって、沙那の代償に宝財を宝玄仙が受け取ってくれることが一番望ましいとは思っているだろう。
そうであれば、小白象の評判には傷はつかなし、その与える恩賞に色をつけておけば、逆に、度量の大きい新魔王という評判すら得られるかもしれなからだ。
そして、負ければ沙那を渡すという道術契約を受け入れている宝玄仙が、勝負の後で文句をいう可能性もない……。
まるで、よってかたって罠に嵌められた気分になり、宝玄仙は口惜しくなった。
いずれにしても、そういう効能を詳しく説明するのは、それを知ることで宝玄仙が諦めの境地になるのを期待した沙那のやり口だろう。
とにかく、こういう勝負は、どちらかが諦めたときに勝負はつく。
沙那としても、そうだと考えているに違いない。
その沙那の手が股間で動き続ける。
今度は薬剤を塗る手と宝玄仙の性感をくすぐるように動く手管と半々くらいだ。
宝玄仙は沙那の指が肉芽をいじり、花唇をくつろげるのを荒々しく昂ぶる喘ぎながら受けとめた。
「ここも感じますよね、宝玄仙様……?」
沙那が指を膣の中に挿しこんで、入り口に近い一番敏感な上側部分を強く押し擦った。
「はああっ──」
突然に襲った絶頂感に、宝玄仙はいきなり吠えるような声をあげてしまった。
「い、いやあっ、いやっ、いやっ──」
思わず自分の口から出た弱々しい悲鳴に驚きながらも、宝玄仙は二度三度と激しく首を揺さぶって耐えようとした。
だが、沙那の指は確実に宝玄仙の官能を八合目、九合目くらいまで一気に押しあげた。
「時間よ──」
白象が大きく宣言した。
宝玄仙は顔をあげた。
ふと見ると、白象の横の卓の砂時計の砂がすべて下に落ち終わっていた。
「攻守交替よ──。宝玄仙殿は肘掛けから手を離してもいいわ。沙那は『道術手』を手から脱いで、肘掛けに手を置きなさい──。では、始め──」
沙那が『道術手』脱いで、肘掛けに両手を置くと、すぐに白象の開始の合図が告げられた。
砂時計が返されて、砂が落ち始める。
一方、宝玄仙は、肘掛けから手を離すや否や、痒みが襲う股間と胸に手をやって激しく掻きむしった。
恥ずかしいとかいう気持ちは皆無だ。
「ああああああ」
気持ちいい……。
とにかく、掻いているあいだは、ひと息吐ける。
しかし、いつまでもこうしてはいられない。
気持ちが抜けると、このまま局部と乳房を自分でなぶって、持ち時間の四半刻(約十五分)が終わりそうだ。
「ふううっ……くっ……」
宝玄仙は大きく息を吐くと、意を決して痒みの癒えない身体から手を離した。
そして、事前に渡されて足元に置いていた『道術手』を手に取る。
「うくっ、くううう」
しかし、痒い部分から手を離した瞬間に、大きな痒みが全身に戻ってきた。
沙那が言及したとおりに、掻いても掻いても、痒みは癒えない強烈な痒み剤のようだ。
我慢して『道術手』の手袋を嵌める。
念を込める。
どうにか、霊気は動く……。
宝玄仙はそれを確認した。
ただし、この『道術手』に込められるだけだ。
試しに身体に襲いかかっている痒みを癒そうと、自分の身体に霊気を流そうとしてみたが、それはあっという間に霊気が発散されて失敗した。
やはり、『道術手』以外に霊気を込めるのは不可能のようだ。
宝玄仙は、金網の外にある自分の手の複製である道術手に注目した。
だが、霊気は集められる……。
大丈夫……。
これならいける……。
宝玄仙は確信した。
それにしても、椅子に座っている沙那は、余裕綽々の表情で薄っすらと笑みを浮かべてこっちを見ている。
自分の勝利を確信している表情だ。
その様子に苛ついてくる。
宝玄仙は、道術手で沙那の上着の前部分をはだけさせた。
そして、服の内側を露わにした。
「な、なんだい、これ……?」
宝玄仙は思わず声をあげた。
沙那は服の下に、たくさんの紐で縛っている革の下着を身に着けていたのだ。
革の下着は乳房の部分から腰までひとつながりになっていて、上から下まで横部分でびっしりと結び目がついている。
しかも、ひとつひとつの結び目が堅く結んであり、解くだけで時間がかかりそうだ。
「い、いろいろと考えてくるじゃないか──」
宝玄仙は呆れて言った。
これだと、まともに脱がそうとすれば、最初の宝玄仙の番は、この革の下着を脱がすだけで終わるかもしれない。
「これも禁止されてはいませんでしたからね……。ねえ、白象殿?」
沙那が白象に視線を向けた。
「事前に禁止されていないものは、許されているとみなすしかないわ」
冷静な口調の白象が応じた。
「わ、わかっているよ……。だ、だけど、檻の中のわたしには、そういうものを事前に準備できないんだ……。やり口が狡いとは思わないのかい……」
宝玄仙は吐き捨てた。
いずれにしても、全身の痒みは火のような激しさで宝玄仙に襲いかかっている。
時間をかけている余裕はない。
宝玄仙は沙那が革の下着で包んでいる乳房の上側の部分に手を伸ばした。
そこは、肌が露出している。
その肌の部分を指で触れてみた。
すると、沙那の表情に安堵の色が浮かぶのがわかった。
それまでも、沙那は比較的余裕のある笑みを浮かべていたが、その中にも少しだけ緊張はずっと浮かんでいた。
しかし、それがさっと消滅した。
どうやら、宝玄仙のやりようが想定内だと安堵したみたいだ。
さっき、全身の快感の官能を凍結させる薬剤を飲んでいるとか言っていたから、いまの宝玄仙の指の肌に対する直接の刺激にも、なんにも感じなかったのだろう。
それを確認することができて、沙那の表情に勝利への確信が浮かんだのがわかった。
この性技勝負は宝玄仙の負けだ。
この状況で沙那に勝利する方法はさすがに思いつかない。
また、宝玄仙にも、それはわかる。
いくら、宝玄仙でも、この性感勝負は不公平すぎるのだ。
身体を感じなくさせた沙那に愛撫が通用するわけはないし、この怖ろしい痒みは、時間が経てば経つほど、宝玄仙を苦しめるに違いない。
どうやっても、性技勝負に勝ち目はないということだ……。
だが、宝玄仙の狙いは最初からそれではない。
道術手には霊気が集められる。
それだけが狙いだった……。
沙那に掛けられている真言の誓い……。すなわち、「主従の誓い」……。
だが、道術契約であるそれは、本来は沙那はどんな相手に対しても結ぶことはできない。
単なる操心術であれば、沙那の身体に刻んでいる内丹印を利用することもできるかもしれないが、道術契約はそんな時限のものじゃない。
道術遣いでない者が「真言の誓い」を結ぶなどあり得ない。
それを可能としているのは、沙那の身体に宝玄仙の「魂の欠片」があり、それが沙那の全身にふんだんな霊気を満たしているからだ。
それが沙那をして、道術遣いと同様の条件を作っているに過ぎない。
「いくよ、沙那……」
宝玄仙もまた勝利を確信した。
沙那の顔に不審の表情が浮かんだ。
「なに──?」
「えっ?」
声は沙那ではない。
勝負を見守っている小白象と白象の両方から放たれたものだ。
霊気の籠った宝玄仙の道術手が、沙那の胸の上の中に深く沈んだからだ。
次の瞬間、すでに、道術手は沙那の身体の外にある。
その道術手の手の中には、数年間ずっと沙那の体内に埋まっていた宝玄仙の『魂の欠片』が握られている。
「ああっ、いやああああ──」
沙那が大きな声をあげた。
その眼が見開いている。
「わたしが言ったことをいちいち覚えているだろうね、沙那……?」
「あ、あの……その……こ、これは……ですね……。あ、で、でも……」
すると沙那の顔がみるみる真っ蒼になり、がくがくと震えだした。
みるみるうちに、沙那の全身から汗が噴き出す。
冷や汗だろう。
「どうした、沙那……?」
状況を読み込めていない小白象が不思議そうに言った。
宝玄仙は道術手の念を解いた。
沙那の前から道術手が消滅し、沙那の体内から抜いた『魂の欠片』は、宝玄仙の手もとに移動した。
いきなり、沙那が立ちあがった。
この時点で、沙那は道術を帯びないただの「人間」だ。
「真言の誓い」の縛りどころか、それの源ごと沙那から消滅したということだ。
「あっ、沙那、なんで──?」
小白象が声をあげた。
沙那が肘掛けを離したからだ。
この瞬間、宝玄仙の勝利が決まった。
だが、沙那は脱兎のごとく、椅子から離れると、後ろの操作盤のある卓に飛びついた。
素早い動きで沙那の指が動く。
宝玄仙を囲んでいた道術封じの効果のある金網が上にあがりはじめた。
「な、なんでだ、沙那?」
「沙那?」
小白象と白象が驚愕して立ちあがった。
しかし、もう、遅い──。
みるみるうちに、霊気の流れが周りから回復するのが宝玄仙にはわかった。
まずは、自分を苛む痒みを『治療術』で一瞬で消滅させる。
次に、呆然としている小白象を道術で金縛りにすると、その身体を宝玄仙の足元に滑り寄せた。
「うわっ、な、なんじゃ──?」
小白象はなにが起きたかわからない様子だ。
だが、すでに身動きできない小白象は、宝玄仙の足元だ。
すでに、天井から再び道術封じの金網が落ちて来ないように、今度こそ、それにも備えた強い防護結界をかけているが、万が一、なにかに包まれても、これで小白象を人質にとれる。
宝玄仙は、小白象の頭に手を伸ばして、その身体にあった霊気を全部発散させた。
この状況で、小白象の身体の霊気をとめてしまう。
これで、小白象は無力だ。
その小白象の身体を片足で踏みつけて逃げないようにしてから、宝玄仙は下着と下袍をあげると身に着けているものを直しだした。
「ど、どういうことなのだ、沙那? なんで裏切ったのだ──」
宝玄仙の足の下の小白象が叫んだ。
「やかましいよ、小娘──。さあ、捕えたよ──。じゃあ、誰からお仕置きをしようかねえ……」
宝玄仙はほくそ笑んだ。
「わ、わたしにも仕返しさせてください──。こ、心を操られてたんです──。きっちり、こいつにお仕置きします」
宝玄仙の隣にやってきた沙那が叫んだ。
「やかましい──。お仕置きの対象に、お前が入ってないわけがないだろう。お前は最後だ。しっかりと覚悟しておきな、沙那」
宝玄仙の言葉に、沙那の顔がさらに真っ蒼になった。
新年のお喜びを申しあげます。
次話が、7月1日から続いていた『三魔王の虜囚篇』の最終話となります。