※この作品はR-18です。

嗜虐西遊記【完結】   作:ドン・ドナシアン

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 第11話   妖魔王と王女【黄袍魔(おうほうま)】~椀子山
60 【前日談】妖魔の骸(むくろ)


「もう、飽いたわ」

 

 青蔡(あおさい)が、娼館の地下にある特別の部屋に顔を出すと、若い国王はそう言った。

 それは、“処刑宣告”だった。

 

 目の前の宝象国(ほうぞうこく)の国王は、ぼろ雑巾のようになった雌妖を寝台から蹴り落とした。

 娼館の若主人である青蔡は、一瞬だけ、その雌妖に視線を移したが、すぐに完璧な仕草で、その身分を隠し忍んでやってきている国王に恭しく礼をした。

 

 雌妖は蹴り落とされた状態から、ほとんど身動きしない。

 一見しただけで致死量を超える媚薬を投与されたのだということがわかる。

 その状態でも、快楽を求めて暴れないのは、それをするだけの力が身体に残っていないのだ。

 人間の女なら既に致死量で死んでいる。

 死なないのは妖魔の力だ。

 だが放っておけばいずれそうなる。

 早いか遅いかの違いでしかない。

 

 この若い国王の嗜虐趣味に付き合うようになって、三年になる。

 三年前に青蔡がこの娼館を買い取ったとき、この娼館は王都に数多くある平凡な娼館のひとつにすぎなかった。

 だが、三年後のいま、この娼館は王都でもっとも高級の娼館になっている。

 

 それは、この娼館に国王が密かに通うようになったからだ。

 国王が通うという噂が、この店に箔をつけ、王が抱いた女を抱いてみたいという客が殺到するようになった。

 身分の高い客が集まるようになると、保全のために客を選ばざるを得ないようになり、それも店の評判を高くした。

 儲けが出るようになると、いい女が集まるようになり、女たちにもつらい思いをさせる必要もなくなる。

 そうすると、さらにいい女が集まり、また、客も集まる。

 だから、店が儲かる。

 

 この店がここまでのものになる評判を作ったのは、確かにこの男だ。

 だが、いまは、もう必要がないとも思っている。

 「国王が通う店」という看板がなくても、十分にやっていける……。

 

 それよりも、この男の性癖には、実のところ持て余しもしている。

 世間では全く知られていないことだが、なにしろ、この男は普通の女は抱かないのだ。

 この店に通い始めたのも、この青蔡の地下の檻には、ある特別の「女」が集められていたからだ。

 国王は、その「女」を目当てに、秘密の地下道を使ってこの地下の特別室にやって来る。

 

 つまり、その「女」とは「雌妖」だ。

 

 人間の姿に似ているが人間ではない。

 “獣”だ。

 雌の妖魔のことであり、ほとんどが、獣を思わせる外観の一部があり、人間とは異なる耳と牙を持つ。また、大きさや数に個体差があるものの、例外なく頭部に角がある。だから、『鬼族』、『角族』という呼び名もある。

 いずれにせよ、この宝象国では妖魔族は獣だ。

 牛と馬の価値と同位である。

 

 しかし、実際には違う。

 人間族が道術と呼ぶ能力が長けた個体が多いということと、多少の外観が異なるだけだ。

 生殖行為も可能だ。

 呼び名も、妖魔族蔑視で、存在すら否定する天教の文化圏では、『妖魔』、『魔妖』などとして、魑魅魍魎扱いだが、遠い西の通天河という大河を隔てて、それよりも西の世界では『亜人』と呼び名が変わり、人間族と共存する世界となる。

 さらに、西域という西の秘境世界では、逆に人間族が亜人であり、ここでいう妖魔は『魔族』だ。

 

 とにかく、青蔡がやっているのは、万寿国では獣姦扱いの雌妖を仕入れて密かに抱かせるという商売だ。

 これが繁盛した。

 青蔡が集めているのは、それでいて白い裸身の乳房や性器を持つ雌妖だ。

 雌妖は、強い道術の能力を持つ者が多いが、それは青蔡が雌妖に嵌めた首輪で封じている。

 道術遣いである青蔡だからこそできることだ。

 だから、ほかの娼館は雌妖を扱うことはできない。

 真似をしたくても、青蔡のような力を持つ道術遣いを探さねばならず、探し当てても、多くの引き手がある術遣いは、娼館の雇われ人にはならない。

 だから、自らが道術遣いである青蔡の娼館は、雌妖を扱うことについては独壇場だ。

 

 雌妖はいい。

 奴隷はこの宝象国では禁止されているが、妖魔は別だ。

 法律で認められているし、たとえ、殺しても罪に問われない。

 だから、雌妖を捕えることができれば、首輪で能力を封じて、「調教」して客を取らせる。

 給金を支払う必要はないし、人間とは違い丈夫だから、ひと晩で何人も相手をさせられる。

 弱って客を取れなくなれば、殺して交換すればいい。

 殺してもいいから、かなりの行為もさせることができる。まあ、実際には、青蔡もそれなりに、「商品」を大切には扱っているつもりなのだが……。それにしても、この国王の雌妖扱いは酷い……。

 

 青蔡は、たったいま国王が蹴り落とした雌妖に再び視線を移した。

 四肢には獣を思わせる毛があり、ふさふさの髪からも、狼を思わせるふたつの耳と短い二本の角が飛び出ている。

 それでいて、白い肌には人間の女と同じ乳房があり、性器も少しくらい毛深いことを除けば、上の階で出している人間の娼婦とまったく変わらない。

 青蔡が扱っている雌妖の中では、かなりの上級の雌妖だ。

 

 そういえば、この雌妖だけは「調教」により支配されなかった。

 どんなに責めても、心だけは屈しなかったのだ。

 雌妖といってもわずか十八歳だ。

 寿命の長い妖魔からすれば、まだ、子供としかいえない年齢だ。なぜ、それだけの精神力があるのか不思議に思ったものだった。

 だが、この王の趣味に満足させるのは、ほかの雌妖では駄目なことはわかっていた。

 この雌妖を出すしかなかった。

 青蔡は嘆息した。

 

「承知いたしました。処分しておきます」

 

 青蔡は言った。

 この若い国王は、自分が抱いた雌妖をほかの男が抱くことを許さない。

 だから、一度でも手のついた雌妖は、そのまま処分しなければならない。

 それが約束事だった。

 だが、高い金をかけて妖魔市で手に入れ、手間をかけて調教した雌妖を少しばかり抱いただけで、次々に殺さなければならないのは、青蔡には堪らないことだ。

 もちろん、それなりの代価は支払われているが、「調教」に費やした手間は別のものだ。

 

 王が手を付けた雌妖ということであれば、それだけでかなりの価値がつく。「王の通う店」という評判で大きくなった青蔡の店だが、実際のところ、そういう事情であり、本当に王の抱いた「女」を抱いた客はいない。もっとも、若く人気のある国王の性癖が、人間の女ではなく雌妖だというのもまったく知られていはいない。

 

「待て、青蔡。そういえば、お前は術遣いであったな?」

 

「はあ」

 

 青蔡は、男衆を呼ぶための鈴を鳴らそうとするのを止めた。

 とりあえず、王に向かって頭を下げる。

 なぜ、いまさら、そんなことを訊ねるのかわからない。

 

 道術遣いでなければ、雌妖を性処理の道具として扱えるわけがないのだ。

 寝台から蹴り落とされて身動きしない雌妖の首に装着している術封じの霊具がなければ、こんな若い王などあっという間に、妖魔の爪で切り割かれているはずだ。

 

 寝台の上で裸身のまま胡坐をかいている若い王は、ただの人間の男だ。

 しかし、部屋の隅に立っているふたりの武装の警護兵の存在が、この裸身の男が本物の国王であることを青蔡に知らしめる。

 この国王がやってくるときの警護は、必ず、このふたりだ。青蔡は警護の兵だと思っているが、実際は兵などではなく、もっと身分の高い貴族なのかもしれない。

 特に、ふたりのうちのひとりには、霊気のようなものを感じる。

 もしかしたら、王宮付の道術師なのかもしれない。

 いずれにしても、国王が青蔡の僧館に通うようになって三年が経つが、青蔡はこのふたりの名を知るどころか、ただの一度も声を聞いたことがない。

 

 青蔡は視界をそのふたりから王に戻した。

 やはり、ただの男だ。

 本当に、この男がこの宝象国の王であり、多くの家臣と軍隊を従えて、数百万という人民を支配し、そして擁護する人物なのだろうか。眼の前にいるのは、ただの被虐趣味で、人間の女ではなく、雌妖が好きだというただの変態男だ。

 そして、その白い肌には傷ひとつない──。

 本当に透き通るようなきれいな肌をしている。肌だけは、そこら辺のどんな高級娼婦よりも美しいだろう。

 

「どうせ、この雌妖も処分するのであろうが、それを余にやらせてはもらえんか?」

 

「えっ?」

 

 思わず、青蔡は聞き返してしまった。それは、たかが娼館の主人としては、非常に無礼な行為だったが、若い国王は意にも返さなかったようだ。

 

「……陛下ご自身がおやりになるのですか?」

 

 青蔡は国王の真意がわかりかねて質問した。

 この王は、いまここで、床に倒れておる雌妖を殺そうというのだろうか。

 しかも、自分の手で──?

 

「一度、人を殺してみたい。まあ、妖魔ではあるが、こうやって抱き潰した相手だ。余にとっては人間と変わりはない。だから、これで試してみたいのだ。人を殺す感触というものをな」

 

 若い王の顔が気味の悪い笑みで歪んだ。

 

「感触など……。陛下は、いくらでもご経験がおありでしょう」

 

 青蔡は言った。

 この若者が隠れた嗜虐趣味の性癖を除いて、国王としては、とりあけ残虐ではないことは知っているが、慈悲深い王というわけでもない。

 多くの臣民がそれなりに処刑もされているし、家財を没収されて、王都の広場で死刑になった貴族も少なくはないはずだ。

 

「経験はないのだ、青蔡。余は人を殺すように命じることはできる。だが、余自らの手でそれをやったことはない。余は、父上とは違い、戦場にも出たことはない。だから、余は人を殺すということを経験する必要があるのだ……。余は……」

 

「そうですか」

 

 青蔡は眼を輝かせるようにして語り続ける若い王の言葉の半分も聞いていなかった。殺すなら勝手に殺せばいい。

 青蔡に断る必要を感じない。その気になれば、床の雌妖どころか、青蔡の命を絶つことも、この若者には可能だ。

 

「……だが、簡単に死んでは面白くない」

 

 国王は言った。

 

「しかし、簡単に死にますよ、陛下。妖魔であろうと、人であろうと」

 

「わかっておる。だから、お前に頼みたいのだ。余はこの雌妖を殺す。だが、できるだけ苦しみを長引かせるように、術をかけて欲しいのだ。余は、一寸刻みに妖魔の身体を斬り刻もうと思う……。お前は、それを術で治療する。そうやって、少しずつ身体を小さくしていくのだ……。どうだ、面白いとは思わんか?」

 

 ぞっとした。そんなことに巻き込まれるのは嫌だ。青蔡は首を振った。

 

「申し訳ありません、陛下。私の術では、そのようなことはできません。所詮は娼館を経営するくらいの能力しかない道術遣いなのですから……」

 

「そうか、青蔡には、できぬか」

 

 国王は明らかな失望を顔に浮かべた。

 もちろん嘘だった。『治療術』は、道術としては、最高難易度に近い術のひとつだが、青蔡はそれを使える。

 無理な扱いで身体を毀した雌妖を術で治すなどいつものことだ。

 いまも国王が去れば、床に転がっている雌妖は、その『治療術』で身体を治すつもりだった。

 そして、『縛心術』で記憶を完全に消滅させて野に放つ。

 「処分」することになっている妖魔は、大抵はそうやって逃がしていたのだ。

 自分が抱いただけで殺さなければならないという、この国王の論理にはついていけない。その必要性も妥当性にも納得できない。

 

「紅(こう)よ」

 

 この娼館に国王が通うようになって初めて、国王が随行の「兵」のひとりを呼んだ。その男が国王の前に進み出てきた。

 近くで見ると、やはり、兵の顔つきではない。

 

「紅、その雌妖に術をかけよ。少し、生気を戻すのだ。この瀕死の状態で殺しても面白くはないからな」

 

「かしこまりました」

 

 紅と呼ばれたのは、やはり、国王付の宮廷魔法遣いのようだ。しかも、強い道術力を持っている。それが青蔡にはわかった。その紅から強い道術が雌妖に注がれたのがわかった。

 青蔡は、これ以上、ここで起きるであろう蛮行に関わりたくはなかった。

 部屋の入口の近くに戻り、これからの行為を見守る態勢に戻った。

 

 雌妖が暴れはじめた。身体を動かす力が戻ったことにより、体内で暴れている媚薬が効果を現わしはじめたのだ。獣のように吠えている。

 青蔡は、その雌妖の眼を見て、もう、完全に発狂しているということがわかった。

 なにをしたかはわからないが、数刻で妖魔の頭を完全に破壊してしまうような行為とはなんなのだろうか。

 若い国王は紅から剣を受け取っていた。その紅が腰に佩いていたものだ。

 

 雌妖の右手首に若い王の剣が振り下ろされる。

 人を殺したことがないとは言っていたが、剣筋はいい。

 国王だけあり、腕のいい師範がついているのだろう。

 雌妖の手首は簡単に身体から離れた。

 血が吹き出す間もなく、傷口が紅により治療された。

 だが、雌妖が味わう痛みは、そのままのようだ。

 雌妖は暴れ回っている。

 それとともに股間から愛液を噴出した。

 媚薬のせいであろう。

 右手首を切断された激痛を味わいながら、雌妖はそれを快楽に変化させているのだ。

 その結果が尿を洩らしたかのような潮吹きだ。

 それが面白かったのか、若い王は狂ったような笑い声をあげている。

 

 狂気の笑いだ。

 動き回るからまず、肢を切断してしまおうと、紅と語っている。

 

 肢は右手首ほどうまくはいなかったようだ。

 何度が失敗をしながら、やっとのこと両方の肢を内腿の半分のところで切断をして終えた。

 

 雌妖は、その間に、さらに三度、潮を噴いた。雌妖の顔に苦痛は浮かんでいない。

 あるのは途方もない快楽に身を暴れさせている愉悦だけだ。

 もはや、頭が壊れてしまって、痛覚と快楽の区別ができないようだ。

 

 壊れていく。

 いや、もう壊れている。

 妖魔であろうと、まだまだ若い個体だ。

 頭もよく、妖魔とは思えないほどに、いい性質もしていた。

 それが完全に壊れて、そして、死んでいく様を、青蔡は見せられている。

 

 吐気さえ感じるその蛮行が終わったのは、それから三刻(約三時間)後だった。

 若い王は、狂気の眼を宿したまま、紅ともうひとりの護衛を率いて、地下道から出ていった。

 残ったのは、床に散らばった肉片の塊りと、寝台に置かれた金粒の袋だ。

 いつもの額よりも多いようだ。

 だが、もう、それにはもう興味はない。

 この地下の出入り口は封鎖する。

 青蔡は、そのとき、そう決心した。

 しかし――。

 

 生きている……?

 そのとき、肉片の一部から、青蔡はなにかの生命力を感じたのだ。

 だが、そんなはずはない。

 すでに、首と胴体が離れている。

 心臓は三度も抉られて、完全に停止している。

 道術遣いである青蔡には、それがわかる。

 だが、はっきりとした生命のようなものを手足のない胴体から感じていた。

 

 胎児──?

 青蔡は、その生命力の正体が雌妖の子宮から流れているのを悟った。

 雌妖が生きている間は、雌妖の生命力に隠されて気がつかなかったが、死んだ雌妖には、小さな生命を身体に宿しかけていたのだ。

 

 この雌妖の子宮に新しい生命が?

 あの王の子だろうか?

 だが、それはすぐに青蔡の中で否定される。

 国王がこの雌妖を抱いたのは、この三日間だけのことだ。

 この雌妖と子をなすにはあまりにも短い時間だ。

 

 ……ということは、この雌妖は、青蔡に捕らわれる前にすでに妊娠をしていたということだろう。

 青蔡も妊娠している雌妖に接するのは初めてだった。

 だから、見落としてしまったのかもしれない。

 

 だが、その胎児もまた、死にかけている。

 母親が生命を失ったことで、生命を保つことができなくなりかけているのだ。

 青蔡は、とっさに、その雌妖の死骸の中にある生命を道術の繭に包んだ。

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