「な、なんだ、これは?」
「これは、道術師隊の軍装です」
悪びれずに答えた役人の言葉に李媛は、思わずかっとなった。
「そんなことは見ればわかる──。わらわは、なんで、朝っぱらから、それをわらわの前に持ってきたのだと訊いておるのじゃ」
李媛は声をあげた。
怒鳴りながら、このところ小さなことで苛立って怒ってばかりいる自分に気がつく。
以前は、こんなことはなかったのだ。
優しい慈悲深い貴婦人と自分が称されていたのも知っている。そう思われている自分に誇りを持っていた。
しかし、夫が死に、その夫を殺した魔王の慰み者になり、城郭の住民たちの前で恥ずかしい姿を晒された。
そのことが李媛のなにかを変えた。
自分の中に隠れていた闇の部分が以前の作り物の自分を打ち砕いて表に現われた……。
そんな気分だ。
気がつけば、いつも苛ついて怒鳴っている自分に気がつく。
色々なことが李媛を苛つかせる。
しかし、李媛にはなにが自分をそんなに苛々させるのかわからなかった。
暫定司政官となって以来、ずっとつきまとっている偏頭痛のためだろうか……。
一度は亜人の魔王の慰み者になった李媛を司政官として抱く市民の不満や叛乱への危惧だろうか……。
追い払ったものの、いつ再び戻ってくるかもわからないあの強力な魔王軍の来攻に対する備えについての悩みだろうか……。
亜人を一掃したはずの獅駝の城郭に、まだ潜伏しているであろう亜人の存在のためか……。
そのいずれか、あるいは、それらのすべてが李媛を悩まして、気分を落ち着かなくさせているのだと思う……。
そして、李姫……。
貞女との件で大喧嘩となり、五日ほど前に屋敷を飛び出したまま帰ってこない。
どこで、どうしているのか……?
なにもかも李媛の思う通りにならない。
誰もが李媛に逆らう……。
いや、馬鹿にしている。
魔王の慰み者になり、羞恥の姿を毎日のように晒した李媛を笑っているに違いない。
そんな気がする……。
すべてに対して、苛立つ……。
この実直そうな女役人だって、きっと……。
だが、面と向かって李媛に、そういう馬鹿にしたような態度を取る者もいない。
しかし、それすらも、なにか李媛に不安を与える……。
それにしても、頭が痛い……。
「つまり、この軍装は、装着されている階級章から考えて、どうやら道術師隊の
その女役人は、いつものように表情をあまり変化させない生真面目さを醸し出しながら言った。
「一丈青のもの?」
李媛は首を傾げた。
道術師隊の一丈青の軍装が、行政府前に捨てられるとは、いったいどういうことだろう?
女役人が大きな盆に載せて持ってきたその軍装一式を卓に置かせた。
軍装だけではない。
靴やベルトや装具品の一式もある。
そして、李媛は上下の軍装をひょいと持ちあげて驚いた。
軍装の下に着る薄物の衣類や上下の女の下着もあるのだ。
「なんだこれは? まあいい……。とにかく、一丈青を呼べ。直接に訊ねればわかることじゃ」
李媛は不快になり、下着の類いの上に軍装を重ねた。
「実は、そのことで報告をしにきたのです……。この盆に載せたものは、順を追って、最終的には、下級役人からわたしのところに届けられました。わたしには、これは道術師隊長の一丈青殿の衣類だとわかりましたので、まずは、一丈青殿に届けようと、道術師隊の軍営に行ったのです……。もちろん、こんな状態ではなくて、箱に入れてお持ちしたのです。ともかくも、一体全体、なんの冗談なのか問い質さないとなりませんから……。それが……」
しかし、女役人は少し言い淀んだ。なにやら、喋るべきか喋らない方がよいことなのか迷っている雰囲気だ。
「それがどうしたのだ? 早う言え」
李媛は言葉を促した。
「はあ、ならば申しあげます……。これは、ただのわたしの勘なのです。このような不確かなことを申しあげるのは、李媛様の心を煩わすだけで、間違ってったら向こう方にもご迷惑がかかりますし……。だけど、わたしの勘が正しければ、これは、もしかしたら由々しき事態とも思いますし……」
「能書きはいい。早く、言え」
「はい──。言います。あくまでも、現時点ではただのわたしの勘にしかすぎませんが……。もしかしたら、一丈青殿は、行方不明なのではないでしょうか。わたしが軍営を訪問したとき、道術師隊の軍営はなにやら、朝からただならぬ騒ぎでありまして……」
「騒ぎ?」
「それに、わたしが一丈青殿に小用で面会を申し出ても、都合が悪いの一点張りなのです……。それで、わたしは、そのとき抱えていた箱に入っていたこの衣類と結びつけて思ったのです……。これは、もしかしたら、一丈青殿は夕べ行方不明になったのであり、これはその犯人が置いたものではないかと。そう考えれば辻褄が合うのです……。道術師隊の不自然な対応にも合点がいきます」
「あの一丈青がさらわれたということか?」
李媛は驚いた。
「もしも、本当に一丈青殿がさらわれたとすれば、道術師隊の連中も、そんなことは不名誉なことなので、とりあえず、それを隠して、道術師隊で捜索をしているのではないかと……」
「まさか……?」
改めて、盆の上のものを見る。
ここには、昨夜、この行政府を訪ねた一丈青が身に着けていたものと同じものがある。
これを一丈青をさらった者が置いていったとしたら……。
そして、一丈青ほどの道術遣いをさらえる者がいるとしたら……。
「ああ、そんな──」
李媛に一気に恐怖が襲った。
つまりは、これにはふたつの意味があるに違いない……。
一丈青は宝玄仙を捕らえようとしていた。
その一丈青がさらわれたなら、一番可能性が高いのは、その宝玄仙が逆に一丈青をさらったということだ。
そして、その一丈青が身に着けているものをわざわざ行政府の前に置いていったのは、一丈青は身になにひとつつけない丸裸でいるということを教えているのだ。
さらに、それらをわざわざ行政府に置いたのは、つまりは、李媛を脅しているのだ。
次はお前だということを……。
「ま、道術師隊……。い、いや、王軍の歩兵隊長を呼べ──。すぐにじゃ」
李媛は女役人に言った。
怖ろしい魔女が、李媛を狙っている。
そう思うと、大声で叫び出したくなるような恐怖が李媛を襲った。
*
「気分はどうだい……? 一丈青 ちゃんと眠れたかい……?」
宝玄仙がぴんと天井から吊られている糸を指で軽く摘まんだ。
「あふうううううっ──」
一丈青は身動きできないようにがっしりと寝台に拘束された身体を可能な限り仰け反らせて悲鳴をあげた。
「な、なんでも喋ったわ……。も、もう、許して──」
一丈青は金切り声をあげた。
ここがどこだかはわからないが、どうやら獅駝の城郭内の外郭側にある閉鎖された場末の酒場のような場所だ。
長い夜が終わって、窓からは朝の光が射しこんでいる。
それでも、この宝玄仙という魔女の拷問は終わらない。
一丈青は、最初に捕らえられた商家街から、道術で転送されてここに連れ込まれた。
道術で身動きできない一丈青に加えられたのは、一丈青が想像もできないような淫靡な拷問だった。
ここは、あらかじめ準備されていたのか、元々は客が酒を飲むための場所だと思われる場所だと思う。そこに粗末な寝台が持ちこまれていて、一丈青は、まずは、宝玄仙の命令を受けた沙那という女に、この寝台に両手両足を寝台の四隅の革紐でしっかりと仰向けに縛りつけられた。
それだけでも、一丈青にとっては、言語を絶する辱めだったが、この宝玄仙という女は、その状態の一丈青の肉芽を摘みあげて刺激すると、馴れきった手管でくるくるとその微妙な急所を抉りだし、さらに皮をめくると、しっかりと硬い糸を根元に巻きつけたのだ。
そして、悲鳴をはりあげて、激しく身悶えする一丈青を無視して、天井にある自在鉤にその糸を結びつけた。
しかも、その鉤は壁の操作具で簡単に上下できるようになっていて、宝玄仙はすぐにその糸をぴんと張ったのだ。
途端に身も凍るような衝撃を受けた一丈青は、歯を噛み鳴らして吠えるような泣き声をあげた。
それから訊問が始まった。
質問をするのは、沙那という女だった。
沙那は、まず火のような戦慄で全身の筋肉を硬直させている一丈青の急所に結ばれている糸をさらに上にあげた。
あまりの激痛に、一丈青は限界まで身体を仰け反らせたが、四肢を拘束されている一丈青の腰はそれほどにはあがらない。
それでも、一丈青は、仰向けの状態で肩と足首だけで全身を支えて限界まで身体を反らせた。
沙那は、その状態で糸を固定したのだ。
そして、沙那の質問が始まった。
最初のうちは抵抗をしていたが、答えるのを拒むと沙那は無造作に糸を弾いたり、揺すったりする。
そんな拷問に耐えられるわけもなく、結局、一丈青は、沙那の訊ねるままにすべてを白状した。
沙那は眉ひとつ動かさない冷酷な顔で、記録を取りながら質問を続けた。
しかも、同じ質問を問いかけを変えながら訊ね、少しでも一丈青の答えに矛盾があると、容赦なく糸を動かした。
なにもかも喋った。
朱姫が囚われている亜人収容所のこと……。
獅駝の城郭に駐屯している王軍道術師隊や王軍歩兵隊の勢力……。
司政官である李媛のこと……。
とにかく、ほかにもあらゆることを聞かれるままに喋った……。
訊問は数刻にも及んだ。
それは、孫空女とかいう赤毛の女が、一丈青の衣類を行政府の前に置いてやってきてからも続いた。
やがて、やっと沙那が質問をやめ、一丈青の肉芽を吊っていた糸を緩めて、尻が寝台に着くくらいまで身体をさげることを許された。
やっと終わったのだとほっとした。
だが、それから始まったのが、今度は宝玄仙の「訊問」ではなく「調教」だ。
宝玄仙は、沙那から一丈青の身体を受け継ぎ、一丈青の肉芽を再びぴんとなるくらいに糸を引っ張ると、明日まで休憩だと言って、そのまま放置したのだ。
ここにいるのは、宝玄仙、沙那、孫空女の三人の女だけだったようだが、この三人は、この酒場の床のそれぞれで、適当に毛布にくるまって寝てしまった。
一丈青はあまりのことに、泣き叫んで許しを乞うたが、彼女たちは、余程にこういうことに慣れているのか、一丈青がこれほどに哀願をして泣き叫んでも、平気で寝息をかいて寝てしまった。
そして、ひと晩……。
もちろん、寝れるわけもなく、一睡もできない朝を迎えたところをいま、宝玄仙に糸を揺すられたのだ。
「ああ、も、もう、許して、いっそ殺して──」
一丈青は、もう恥も外聞もなく泣き喚いた。
「ははは……。まあ、死ぬことは諦めな。お前に刻んだ道術陣があるから、なにかの方法で自死をしようとしても、わたしの『治療術』がお前を回復させてしまうさ……。これから、もっとつらくなるからね……。苦しければ、いくらでも泣き叫びといいよ。ここはわたしの結界で包んでいるから、どんなに叫んでも、お前の声は外まで届きはしないしね」
宝玄仙が冷酷に笑いながら、ぐいぐいと糸をしごきあげる。
「あああっ──」
一丈青は激痛に身体をがくがくと波打たせて、引きつった悲鳴をあげた。
「みっともななく、泣き叫ぶんじゃないよ、一丈青──。仮にも、その若さで王軍道術師隊の隊長にもなった英才なんだろう? それに、これは生娘のお前への慈悲で肉芽だけの調教にしてやってんだよ……。感謝をしてもらわないとね。生娘だから、女陰を張形でほじるのはやめにしてやっているんだ──。その代わり、この肉芽を集中的に責めさせてもらうけどね……」
「ゆ、許して……。許してください……」
「ふふふ……。この宝玄仙が腕によりをかけて、お前の肉芽を怖ろしいほどに感じる場所に変えてやるよ……。生娘のままでね……。お前は知らないだろうけど、女の肉芽というのは、鍛えればいくらでも大きくなるのさ……。朱姫を救い出すことができたら、お前は解放してやるが、それまでに、その肉芽を子供の親指ほどにはでかくしてやる……。そうなれば、生娘のお前が、今度は女をそれで犯すなんてこともできるかもね……」
宝玄仙が残酷なことを告げながら、大きな声で笑った。
助けて……。
誰か助けて……。
一丈青は、心の中で叫びながら、伸びきった糸が与える激痛にただただ、しくしくと泣き続けた。