※この作品はR-18です。

嗜虐西遊記【完結】   作:ドン・ドナシアン

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614 頭領と副頭領

 大黒天の女房のひとりである京葉(きょうば)が茶湯を運んできた。

 

「小萩(こはぎ)殿はどうしていますか、京葉殿?」

 

 大黒天(だいこくてん)が相変わらずの馬鹿丁寧な物言いで訊ねた。

 

「昼すぎに、やっと身体を起こしました……。いまは、みんなで厨房の使い方などを教えているところです。ご料理もお上手なようですよ……。夕食には、小萩ちゃんの手料理も準備しますので、朱雀(しゅじゃく)様もご一緒してくださいね」

 

 京葉がくすくすと笑って、部屋を出ていった。

 それを確認して、朱雀はやっと口を開いた。

 

「やっぱり、小萩を抱いたのか?」

 

 朱雀は訊ねた。

 大黒天の屋敷にある書斎だ。

 屋敷を訪ねると、そこに通されたのだ。

 大黒山の砦や里の運営に関することは、「衆議館」と呼ばれる重鎮の会議場で話し合うのが常なのだが、こうやって、朱雀が大黒天とふたりきりで話し合って、なにかを決めることも多い。

 なんといっても、朱雀と大黒天は、この大黒山の砦を開いた五人組の一員だが、そのうちの三人は戦いの中で死んでいる。

 だから、これだけの亜人の賊徒の里を作った開祖は、もう朱雀と大黒天のふたりだけなのだ。

 本当に重要なことは、まずは、こうやってふたりで語り合うことだけは欠かさないようにしようとしている。

 

「抱きましたよ、朱雀──。頼まれたましたから」

 

 大黒手はにこにこと笑いながら言った。

 朱雀は苦笑した。

 

「それで、いつものように抱き潰したのか? 可哀そうに……」

 

 朱雀はからかった。

 

「俺の激しい性欲を受けとめてくれました。それで女房にすることにしました」

 

「ほう」

 

 この大黒天が異常な絶倫であることは、この砦でもかなり有名になっている。

 このぼくとつそうで親しみやすい頭領を慕って、それなりに女が言い寄るのは知っているが、大抵の女は一度抱かれると、激しすぎる情交に恐れをなして逃げてしまう。

 それに、大黒天自身も、抱いてくれと言い寄ってくる女は抱くが、あの三人以外の女を女房にしようとはしなかった。

 それがひと晩抱いただけで、妻に加えることを決めたのは、余程に、小萩が気に入ったのだろう。

 

「お前に抱かれて、よくも逃げ出さなかったものだ。まあ、よかったじゃないか。お祝いするよ」

 

「俺も嬉しいですよ。いままでの三人も尽くしてくれるのですが、性の相性ということであれば、小萩殿は一番、俺と合っているように思います」

 

「お前の抱き方に合う女というのは眉唾たが、とにかく、めでたいことだ。今度、改めてお祝いを持ってくるよ」

 

「それよりも、今夜は一緒に夕食を食べていってください、朱雀──。四人の女房も同席させます。家族の祝いに参加してくださいよ」

 

「いや、家族の祝いということであれば、遠慮をしておくよ。またにしよう」

 

「いや、朱雀にもお祝いをして欲しいのですよ。家族も同じですから……。五人組の生き残りじゃないですか……。三人女房は五人組の仲間のそれぞれの女房だったのですから、ある意味では彼女たちも、最初の仲間の生き残りです。それに、さっき京葉殿が是非夕食にと言っていたでしょう。もう、女房たちは、そのつもりだと思いますよ」

 

「まあ、そう言うんならな」

 

 朱雀は言った。

 それにしても、本当にこの男の結婚観は不思議だ。

 いままでの三人の妻だって、もともとこの男の妻ではなかった。

 死んだ三人の友の妻であり、ただ死んだ夫たちに後事を託されていただけだ。

 託した方も、妻たちの生活が成り立つようにしてくれという意味のつもりであり、歳若の大黒天に古女房を押しつける気ではなかったはずだ。

 だが、大黒天は、引き受けるとなれば、彼女たちのすべてを引き受けた。

 すなわち、三人の生活だけでなく、性愛も含めて全部を受け入れて、夫になったのだ。

 

 しかし、夫になったといっても、この男の丁寧な喋り方は変わらない……。

 死んだ夫たちは、大黒天の兄的存在だったので、あの妻たちにも、もともと丁寧な言葉遣いをしていた。

 それを夫となってからも、変えないでいるのだ。

 最初は女房たちも戸惑っていたようだが、いまはそれも個性として、受け入れているようだ。

 

 この男は、基本的には外面は穏やかであり、女房たちだけではなく、誰に対しても物言いは優しいのだ。

 だが、この男の芯にはしっかりとした頭領としての強靭さと、数千もの里の人間を率いていくだけの支配者としての資質が備わっている。

 それを朱雀は知っている。

 大黒天は変わった男だ……。

 改めてそう思う。

 

 ここを開いたのは、朱雀と大黒天も含めた五人の仲間だったが、そもそもの頭領は、大黒天ではなかった。

 大黒天は五人の中では、もっとも歳下であり、五人の中では弟分的な存在だった。

 そして、最初の大きな官軍の討伐があり、その攻撃は撃退したものの、頭領を含めて、五人のうちの三人が戦死した。

 それだけ壮絶な戦いだったのだ。

 

 だが、あの勝利がこの亜人の賊徒の里を運命をかたち作った。

 そう簡単には、この砦を陥せないと判断したこの国の宮廷は、力押しで責め陥すよりも静観して拡大を防ぐという方針に切り替えたのだ。

 あれから、小規模な討伐はあるが、里の滅亡がかかったような官軍の攻撃は行われていない。

 

 いずれにしても、そのとき死んだ前頭領が、瀕死の状態で次の頭領として指名したのが大黒天だったのだ。

 朱雀もそれが相応しいと思っていたが、このちっとも偉ぶらない男が、それを受かるかどうかを朱雀は心配した。

 しかし、大黒天はあの呑気そうな態度で、それをあっさりと受けた。

 

 そして、頭領になった大黒天は、朱雀の予想を遥かに凌ぐ逸材ぶりを示した。

 すなわち、この亜人の砦の基本方針を人間族との共存とし、竜飛国という人間族の国と戦うのではなく、ここに集まった者が自給自足できる新しい社会を作ることを目指すとしたのだ。

 そして、その方針のもとに、さまざまなものが整えられた。

 

 官軍との無駄な戦いを避けるために、略奪などは一切やめた。

 その代わり、田畠を起こして里を開き、家畜を増やし、たくさんの工房を立ちあげ、近傍との流通の道を作り、そうやって、この砦をしっかりとした自給自足の体制を整えたのだ。

 その結果が、いまの大黒山にある。

 

 穏やかな頭領の人格もあり、この国のあちこちで行き場を無くした逃亡亜人の受け入れ場所として、これほどの人数の集まる場所になった。

 人間族の宮廷としても、付近の農村に乱暴をせずに、邪魔な亜人を閉じ込めて、ひとつの場所に集めてくれるなら、それがいいとも思っているらしく、官軍による討伐は久しく行われていない。

 すべて、この冴えなさそうな頭領の大きな着想から始まったものだ。

 大した頭領ぶりだ。

 

 それでいて、この男は、朱雀に対する昔からの丁寧な喋り方をやめない。

 朱雀としては、もはや、そういう気遣いは心地が悪いのでやめて欲しいのだが、女房に対してまで丁寧な言葉遣いをするのだから、当人はその方が楽なのだろう。

 本当に変わった頭領だ。

 朱雀は苦笑した。

 

「……それにしても、だったら、俺の忠告は杞憂だったのだな。小萩は怪しいと思ったのだが、どうやら、国都からの間者なのではなかったのか……」

 

 朱雀は言った。

 昨日やってきた二十人のうち、最初にあの小萩という若い女は怪しいと睨んでいた。

 入所を希望する者に間者を紛れさせて、内側から工作をしようとするのは、官軍の最近の常套手段だ。

 外から力押しの代わりに、そういう内側からの陰に籠った工作は頻繁になっていた。

 だから、最近では、砦に入所を希望する者で、経緯が怪しいと判断した者は、無条件に入れることなく、よく見極めることにしている。

 小萩は明らかに怪しく、なんとなく官軍の間者の匂いがした。

 それで、朱雀自らが歩哨の位置から対応して、しばらく接したうえで、大黒天にも忠告していたのだが……。

 

「いや、間者なのは、間違いないと思います。彼女自身が招待場で話した彼女の出所によれば、彼女は国都には行ったことがないはずです。国都は亜人狩りが厳しいですし、道術師隊による取り締まりがあるので、亜人の彼女が簡単に入れる場所じゃありませんから。しかしながら、小萩殿は明らかに国都で暮らしたことがあるということを仄めかしていました……。里の酒を国都にもない味だと主張して……」

 

 大黒天はなんでもないような口調で言った。

 

「な、なんだって──」

 

 朱雀は思わず声をあげ、思い出して、慌てて声を低めた。

 

「お、お前、大黒天……。まさか、それを承知で小萩を女房にしようと思っているんじゃないだろうなあ?」

 

「しますよ……。そう約束したんですから……。いい身体でしたし、さっきもいいましたが、性の相性がいいんですよ……。それに、これを見てください、朱雀」

 

 大黒天が背後から、壺に入ったなにかの液体を取り出した。

 酒のようだ。

 

「なんだ、これは?」

 

「小萩殿が持参した土産の酒ですよ。なにか入っているようだったから、飲んだふりだけして、こっそりこの壺に溜めて捨てていたんです……。でも、後で調べたら笑いますよ。混ざっていたのは、ただの催淫剤、つまり、媚薬です。可愛いじゃないですか。俺に媚薬を飲ませて寝取ろうとしたんですよ……。ほらね。たちの悪い間者だったら、普通に毒を盛りますよ。でも、媚薬ですよ。それに、俺に抱かれる前、小萩は自らそれを二杯も飲んだんですよ」

 

 大黒天が声をあげて笑った。

 

「俺には、いまの話の可笑しさ所がわからねえな……。だから、なんなんだよ? 次は毒を盛るかもしれないだろう──。ああっ、そう言えば、今夜の夕食には、その小萩も料理を作るとか言ってなかったか? ふたりして毒を盛られるぞ」

 

 朱雀は言った。

 

「小萩はそんなことしませんよ。それに、大抵の毒は、朱雀は平気でしょう? 亜人の血が守ってくれて、劇薬を飲んだって、少し下痢するくらいで……」

 

 大黒天はきっぱりと言った。

 

「俺は下痢も嫌なんだよ──。だいたい、なんで、小萩が危険ではないとわかる? まさか、お前の珍棒で小萩の身体を征服したから、女間者はすっかりと従順になりましたとか、言っているんじゃないだろうなあ?」

 

「まあ、それは直接に肌を合わせた者だからわかる機微というものです。それに、彼女は間者としては小者ですよ。多分、実害はありません。熟練の間者にしては間が抜けすぎています。向こうも大した期待もなく、こんな潜入任務に送り出したんですよ。それに、この里には見られて困るものなんてありませんよ。なにか見ても、そのまま報告してもらえればいい。そうすれば、ここがしっかりしたものであり、攻めても無駄だということがわかるでしょう」

 

「しかしなあ……」

 

 朱雀は呆れてしまった。

 間者であることを知りながら、そのままにしておき、ましてや、女房にしようだなんて……。

 

「大丈夫ですよ。毒だって、あの女房たちがいるんですよ。彼女たちを差し置いて毒など入れられません」

 

 大黒天は微笑んだ。

 それには、朱雀も納得するしかない。

 大黒天の三人の妻たちは、あらゆる薬草、薬剤、毒薬などに精通していて、舌も嗅覚も敏感だ。

 その三人がいれば、毒を入れようとしても、大黒天の前に運ばれる前に、三人が気がつく。

 

「なら、寝屋で寝首をかかれるぞ」

 

「それも、あり得ませんね……。夜の行為の後でまともな状態でいられるわけありませんから」

 

 大黒天は笑った。

 なんだか、朱雀も心配するのが馬鹿らしくなってきた。

 

「まあいい……。そこまでいうなら、小萩のことはお前に任せるよ、大黒天……。ただし、砦に害を成すようであれば、容赦なく殺せよ。それだけは、約束してくれ」

 

「わかりました……。それはそれとして、小萩に紹介状を書いたあの商人……。それは調べましょう。出入りの商人のひとりですが、官軍の息がかかっているのかもしれません」

 

「わかった。それは、俺が手配する」

 

 朱雀は言った。

 だが、そのとき、ふと思った。

 考えてみれば、無害の間者とわかっているのであれば、下手に処分するよりも、そうやって、逆に小萩に接触する者を見極めて、ほかの間者や官軍の工作を炙り出すために使うことが得策かもしれない……。

 ならば、下手に使うよりも、女房でもなんでもいいから、手元に置くことがいいのかも……。

 常に監視できるし、必要なときに処断もしやすい。

 もしかしたら、大黒天はのほほんとしているようで、結構、熟慮の末に、小萩のことを決めたのかも……。

 

 そんなことを少し思ったが、すぐに朱雀は首を左右に振った。

 この男はそんなたまじゃない。

 こいつは、ただの女たらしであり、単純に、小萩が気に入って女房にしただけであり、ほかのことは後付けだ──。

 

「ところで、あの男から手紙が来たが、お前も受け取っているか? 俺たちのもうひとりの義兄弟だ。いまは、双六(すごろく)と名乗っているらしいな」

 

 朱雀は話題を変えた。

 

「来ましたね……。双六とは面白い名ですよね。軽い感じで大切なことを決めてしまうあいつに相応しいような気がします」

 

 大黒天は笑った。

 

「それでどうするんだ? 明後日には、その宝玄仙という人間族の女は、この大黒山にやって来るぞ」

 

 朱雀は言った。

 

「どうするかと、言われても……。とりあえず、話は聞きますよ。そうして欲しいというのが、双六の希望のようですから」

 

「それは、わかっている。俺が訊ねているのは、その宝玄仙という女が要求するであろう、あの亜人収容所を襲撃してくれという申し出に対するお前の肚だ」

 

「さてねえ……。俺も頼まれたことのすべてを引き受けるわけじゃないですから。あの収容所なんて襲えば、国都に宣戦布告するも同じです。折角、この亜人の砦は、人間族にとっては、人畜無害だという評判を築きかけているんですから……。いまさら、派手なことをして、ここを注目させたくはないですね」

 

 大黒天は肩を竦めた。

 

「わかっているならいい。間違っても、引き受けるなと忠告したかったんだ」

 

 朱雀は言った。

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